転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 前回までのあらすじ
 ・トレーナー君はファッションセンス0。
 ・ボーリングも呆れるくらい下手。
 ・はめつのうたを覚えている。
 ・でも料理はかなりできる。
 ・クレーンゲームの達人。


期限短し鍛えよ乙女

 

 

 

 歩さんとのデート、もといお出かけは、楽しいままに終わった。

 

 「トレーナーじゃない歩さんを知ろう」計画は、ひとまず成功としていいと思う。

 

 実のところ私は、トレーナーしてる時以外の歩さんを殆ど知らない。

 彼は良くも悪くも、職務に忠実だ。なんなら放っておくと24時間365日、ずっとトレーナーやってるかもしれないレベルで。

 

 そんな状態じゃ、とても彼を知るどころの話じゃない。

 だから無理やりにトレーナー業から引き離し、丸1日付き合ってもらったんだけど……。

 

 いやぁまさか、トレーナーやってない時の歩さんが、こうも……その、アレだとは。

 まぁ、どの世界にも完璧超人なんて存在しない。

 トレーナー業に強い以上、それ以外に不案内な部分があるのは、ある意味において当然の帰結とも言えるんだけども。

 

 いや、それにしても、エナメルな紫のシャツに銀のドラゴンて……。

 ボウリングだって右に左にとボールが逸れまくるし、カラオケもすさまじい音痴っぷりだったし。

 

 総じて歩さんには……その、すごく、センスがない。

 

 現実にいるんだ、あんなにセンスない人。

 いや、そりゃまぁどこかにはいるだろうけど、まさかこんな近くにいるとは……というか、まさか自分の好きな人がそんなにセンスがないとは。

 

 これまでずっとスーツ姿しか見てなかったけど、もし彼が自分で選んだ私服姿を見ることがあったら……うん、心の準備もなしだと、ちょっとばかりびっくりしたかもしれない。

 なんなら寝込んだかも。とてもイケメンがやっていい恰好じゃないし。

 

 まぁでも、うん。

 そういうところも……なんというか、こう、可愛いよね。

 

 普段無敵のスパダリが、私の前でだけ見せてくれる隙……みたいな?

 いやそりゃ本当は私以外にも見てる人はいるんだろうけども。

 なんだろうな、こう、結構仲良くならないと見せてくれない部分なんだろうなって思うと、ちょっと嬉しくない?

 

 まぁ実際のところ、彼がどこまで私に信を置いてくれてるのかはわかんないんだけどさ。

 それでも、ただの担当に向けるだけのものじゃない感情、多少は持ってくれてると思うし。

 

 であれば、それをお互いにもっと深めていければ……こう、ごにょごにょなこともできるんじゃないかな、と思うわけですよ。

 

 ……いや、あの生真面目なトレーナーが、「担当ウマ娘とトレーナー」という間柄である間、そういった関係の進展を許してくれるとは思えないんだけども。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……で。

 そんな楽しい非日常が終われば、当たり前のように日常が戻って来る。

 競走ウマ娘である私たちは、それぞれトレーニングに勤しんでいた。

 

 私たちクラシック級以上のウマ娘は、年末の大一番、有記念への対策のため。

 ブルボンちゃんたちジュニア級の子たちは、年末の4つのG1に向けての特訓のために。

 師も走る12月、忙しいのは大人だけじゃないわけだ。

 

 勿論、トレーナーさんたち大人も、とても忙しいっぽい。

 特に昌さんは最近、歩く時にフラフラしてて危なっかしい。相当疲れてるみたいだ。

 最近はトレーナーが捌き切れない分の仕事を処理してるらしいけど、どうにもその量が新人サブトレーナーさんの許容量を遥かに超えてるらしい。

 ……いや、勤め始めて2年目のトレーナーが、私を含む2人のウマ娘に関する書類、その大半を処理できてる方がおかしいのかな。

 

 

 

 っと、話が逸れたな。

 私たちのトレーニングについて、ね。

 

 私はここ最近、ブルボンちゃんと一緒にはトレーニングしていない。

 理由は……私のトレーニングの負荷がこれまで以上に上がってしまい、ブルボンちゃんが付いて来れる許容量を超えたからだ。

 より正確に言うと、瞬間的には付いて来れたとしても、消費体力に対する能力向上の費用対効果が著しく悪い……だったかな? トレーナーがそんなことを言ってた。

 

 でも、今のブルボンちゃんがすべきは、基礎的なスペックの向上と共に、何より他の逃げウマ娘の存在に慣れること。

 そしてそれに慣れるためには、逃げウマ娘が周りにいる状況を再現しなければならない。

 その役を私が請け負えないなら、他の逃げウマ娘の協力が必要だ。

 

 そこで選ばれたのが……。

 

「ソウリさん、協力を要請します」

「えっ、ええっ!? 私!?」

 

 ソウリちゃんこと、ピンクちゃんだった。

 

 ピンクちゃんは、私に憧れてくれてるジュニア級の後輩ちゃんの1人。

 あだ名通りの、綺麗なピンク色の髪が特徴的なウマ娘だ。……いや、ピンクの髪ってだけだと他にも大量にいるんだけど、よく絡んでくれる後輩ちゃんの中にはいなかったからね。

 

 ピンクちゃんは逃げウマ娘だ。私の真似をするように逃げを試したら、思いの外自分の脚質に合っていたらしく、以降作戦の主眼に据えてる。

 その上、同じジュニア級ってこともあり、私とブルボンちゃんほどにはステータスに開きがない。

 彼女のトレーニングにはピッタリ的確な相手ってわけよ。

 

 まぁピンクちゃんはデビュー以降、まだ公式レースには出てないらしいらしいんだけども。

 確か、ちょっと前に聞いた次走の予定は……今月中旬のプレオープンレースだったかな?

 

「い、いやっ、私ブルボンちゃんみたいなG1級のウマ娘じゃないよ!? 年末G1も出ないし、なんでよりにもよって私っ!?」

「ウィルム先輩のご紹介です」

「ちょ、先輩っ!」

 

 ピンクちゃんはちょっと涙目になって睨め付けて来た。かわいい。

 

「駄目だった? ピンクちゃんのトレーニングにもなるかなって思ったんだけど」

「いやそりゃ、ブルボンちゃんとの併走とか、すっごく勉強にはなりますけど……!」

「じゃあ良いのでは?」

「い、いや、こう、空気感っていうか」

「ブルボンちゃんが頼んだんだから大丈夫でしょ。むしろ押し付けられたトレーニングでしごかれてるってことにすれば、被害者側の立場に立てるだろうし」

「そ、それじゃブルボンちゃんの立場が……」

「問題ありません。そもそも私が強くなるための施策です、私だけが非難を受けるならば許容の範囲内であると考えます」

「う、うーん……いやでも……トレーナーが反対するかも……」

 

 ピンクちゃんは予期せぬ事態に頭を抱え込んでしまった。

 私はブルボンちゃんと顔を見合わせて頷き合い、ポケットからスマホを取り出す。

 

「実は既にソウリちゃんのチームトレーナーさんには話を通して許可をもらってあります」

「いや早いですよ行動っ! いよいよ逃げる言い訳なくなっちゃったじゃないですか!」

「いえ、私と共に逃げていただければ良いのですが」

「そっちの逃げるじゃなくてっ!」

 

 なんだかんだ良い子なピンクちゃんは、それからしばらく続いた私とブルボンちゃんの説得の結果、なんとか頷いてくれた。

 今はピンクちゃんのチームのサブトレーナーが、彼女たちのトレーニングの様子を見てくれてるはずだ。

 この前ちらっと見た時は、平然としてるブルボンちゃんの横でピンクちゃんはぜぇはぁと肩を揺らしてたけど……ピンクちゃん、大丈夫かなぁ。

 

 

 

 で、ブルボンちゃん以外の、私の友達やライバルのウマ娘たちは……。

 

 まずは、やっぱりテイオーか。

 彼女の怪我はしばらく前、無事に完治した。

 ここしばらくは有記念出走に向けて、復帰トレーニングに精を出している。

 

 有記念は、宝塚記念と合わせて二大グランプリと呼ばれるレースだ。

 他のレースとは違い、出走のためにはファンの方々の投票が必要となる。

 

 この半年出走できなかった彼女は、私の存在の大きさもあるのか、世間から若干忘れられつつあるっぽかった。あんなに強いのに失礼しちゃうよね。

 だから、アピールの意味もあるんだろう。テイオー陣営は結構頻繁に公開トレーニングをしてたわけだ。

 

「頑張ってますね、テイオー」

「とーぜんでしょ! 今度こそ、ボクが勝つんだからーっ!!」

 

 この前話した感じ、気合十分って感じだったね。

 きっと有記念では、彼女らしく走る姿を見せてくれるだろう。

 

 ……ただ、ちょっと残念なことに、トレーナーはその脅威度をネイチャよりも1段下に置いている。

 やっぱり半年もトレーニングができなかったハンデのためか、今回の有記念のメンバーの中では若干見劣りしてしまうらしい。

 

 それでも、彼女は決して立ち止まらない。

 どれだけ厳しいメニューになろうと、多くのメディアが見守る中、テイオーは走り続けた。

 

 私の復帰期間は4か月だったのに、それでもかなりキツかったんだ。半年以上となると、あの時以上の厳しさになるはず。

 それなのに笑顔で取り組めてるのは、流石の明るさというか……いや、アニメでのテイオーを思い出すと、もしかしたら取り繕ってるだけなのかもしれないけども。

 

 それでも……。

 不運を嘆いたり、タイミングを呪うんじゃなく、真っすぐに頑張ってるんだ。

 

 やっぱりテイオーは、すごいと思う。

 

 

 

 一方、ネイチャやマックイーンさんの方は……残念ながら、そこまで詳しくは知らない。

 

 というかむしろ、テイオーみたいにガンガン公開トレーニングしてる方が珍しいんだよね。

 普通は一部を除いて、トレーニングは積極的に公開はしない。何せそれを明かせば、次のレースでの作戦を公表するようなものなんだから。

 

 勿論、隠すのにも限界はあるし、そこまで徹底して隠すものでもない。

 その辺の調査を怠らないトレーナーは知ってるのかもしれないけど、とにかく私は知らなかった。

 

 でも、時々話す感じからすると、やっぱり懸命にトレーニングに励んでいるみたいだ。

 特にマックイーンさんの気合の入りようは、かなりのものだった。どうやらあのジャパンカップでの敗北の雪辱を果たしにくるつもりらしい。

 

 

 

 ……うん、やっぱり楽しみだ。

 かなり厳しい戦いになることは間違いないだろうけど……。

 

 たくさんのライバルたちとの、頂上決戦。

 

 ウマ娘として、これ以上楽しみなこともないよね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、他のウマ娘たちはそんな感じとして、一方私はと言うと。

 

 ここ数日はトレーナーの方針で、ジムでのレッグプレスやスクワットを繰り返していた。

 

 今回の有記念の中核を担うであろうウマ娘、スペシャルウィークちゃんとサイレンススズカさん。

 この2人と私の間には、致命的と言っていいくらいのスペック差がある。

 ……そりゃあ本格化1年分あちらにアドバンテージがあるわけで、当然と言えば当然の話なんだけども。

 

 そんな彼女たちと争うなら、小手先の技術を磨く前に身体能力の強化を図った方が良い……らしい。

 他の側面に関してはアレだけどトレーナーとしてはめっちゃ有能なトレーナーの言うことだから、多分間違いはないだろう。

 

 で、こうして脚に負荷をかけて筋力を増やすのは、最高速度や加速力の向上に繋がるとのこと。

 

 今回の有記念は、私にとっては前半と後半に分けられる。

 前半は即ち、大逃げウマ娘との戦い。師匠とスズカさんを追い抜いて先頭を取ることが目標だ。

 後半はその後、後続のウマ娘との戦い。彼女たちから逃げ切ることができれば、晴れて勝利となる。

 

 特にその前半部分、スズカさんとの競り合いを考えると、現状のままではいられない。

 

 トレーナー曰く、スズカさんのスタートの技術は私と同格らしい。

 であれば、その加速力でどちらがハナを切るかが決まるはずだ。

 そしてスズカさんに先手を取られた場合、最高速度と加速力が劣っていては追い抜くことができない。

 

 要は、大逃げという同じ脚質で戦う以上、最高速度とパワーである程度競り合えないと、そもそも勝負にもならないってことだ。

 ……普通は相手が垂れることに期待できるけど、相手はスタミナ無限のスズカさんだしね。

 

 スズカさんと私の間にあるスペック差は、先日見せてもらった資料では……最高速度が300弱、加速力が300強だったはず。

 この差をどこまで埋められるかというのが、レース前半部分の攻略の肝になるだろう。

 

 

 

「……とはいえ、幸いと言うべきか、スピードに関してはそこまで考えなくていい」

 

 トレーニングの合間、短期的な疲労を抜くための休憩時間。

 両足の疲労とバクバク言う鼓動を感じながら、椅子に座ってタオルで汗を拭いている私に対して……。

 1時間ぶりに様子を見に来てくれたトレーナーは、スポドリを渡しながら教えてくれた。

 

「サイレンススズカには、長距離の適性がない。……あぁいや、『なかった』が正しいか」

「どういう意味でしょう?」

「彼女がデビューした時点での長距離適性は、俺の思い違いでなければ……Eだったはずだ」

「えっと、前回見た資料では……あれ、Bでしたよね? つまり、えっと、D、C、Bだから……」

「彼女はその長距離適性を、3段階上昇させた、ということになるな」

 

 それは……すごい話だな。

 

 トレーナーは昔、この適性のランクについて語ってくれた。

 曰く、適性はC以上でようやく「適性がある」と呼べるレベルになる。そしてG1レースに限定するのなら、少なくともB以上でなければ勝利は難しい、と。

 

 じゃあ適性を上げればいいんじゃないかってなるだろうけど、それは難しい。

 原則として、ウマ娘の能力はその血に強く依存する。言い換えてしまえば、残酷なことだけど、生まれが能力の大部分を決めるのだ。

 努力によってその基礎を伸ばすのは、トレーナー曰く不可能ではないが困難。それこそ適性のランクを1つ上げるにも、下手をすれば年単位になるような懸命な修練が必要……とのことだ。

 

 最初にトレーナーが見た際のスズカさんの長距離適性は、E。G1レースに出走するには致命的なレベルで低かった。

 それが、彼女自身の努力により、3段階上がって……G1に通用するBまで来ている。

 

 そりゃあ彼女はシニア4年目、競走ウマ娘としては6年という非常に長いキャリアを持っている。

 可能かどうかと言えば、そりゃあ時期的には可能なんだろうけども……身に合わず、綺麗に走れない距離に何度も挑戦し続けるのは、相当に厳しい道のりになるはず。

 

 それを叶えたのは、克己心故か……あるいは単純に、噂に聞く彼女の走りへの積極性故か。

 

 ……どちらにしろ、脅威だな。

 彼女はその努力で、有記念の長距離の走行を、不可能な段階から可能な段階にまで引き上げたんだから。

 

「だが、幸いと言うべきか、それでも長距離適性Aまでは上がっていない。

 つまり彼女は、未だ長距離におけるペースの感覚を完全には掴めておらず、最高速度の出し方を理解しきれていない。

 そして君の適性は全てAを超えるS。これらを鑑み、適性の補正分を考慮すれば……。

 君の最高速度は900辺り、加速力は800弱。

 サイレンススズカの最高速度は950辺り、加速力は1000強。

 これが今回のレースにおける適正な評価になるかな」

 

 おお、だいぶ差が減った。

 ……けど、適性2段階の差を以てしても、300の差は完全には埋まらないのか。

 やっぱり数字の大きさって大正義なんだな……。

 

 むむむ、と悩む私の頭に、ポンと手が置かれ、軽く撫でられる。

 おわ、サプライズ頭撫で……!

 

「大丈夫、そう不安そうな顔をするな。

 適性の他にもう1つ君に有利があるとすれば、サイレンススズカは既に本格化を終えている、という点も挙げられる。

 君は本格化中であるが故にそのスペックを伸ばすことができるが、彼女は既に打ち止めだ。差が縮まることはあっても、開くことはない」

「あ……そっか、そうですね」

 

 ウマ娘の身体能力は、本格化中の3年間の間に一気に伸びる。逆に言えば、本格化以外の期間では非常に緩やかにしか伸びないのだと言う。

 スズカさんは本格化を終え、ここから急激にステータスが向上することはないだろう。一方私は、短い期間とはいえステータスの向上を図ることができる。

 

 差は、多少なりとも埋められる。

 私が頑張った分、スズカさんとのスペックの差は縮んでいくはずだ。

 

 そう考えると、僅かな希望の光が見える気がする。

 

 

 

 ……いや、でもなぁ。

 今回の有記念、怖いのはそこだけじゃないんだよね……。

 

「トレーナー」

「ん?」

「競走ウマ娘の領域って、変わることがある……んですか?」

 

 そう、最近気になってた点が、そこだ。

 

 天皇賞(秋)の終盤で見えた、マックイーンさんの領域。

 それは、宝塚記念で見たものとは大きく……とは言えないまでも、明確に様相を変えていた。

 

 宝塚記念の時は、庭園で優雅にティータイムを過ごし、そこから一気に走り出す彼女の姿を幻視した。

 けれど、天皇賞(秋)では、違った。

 降りしきる雨の中、恐らくは同じ庭園の中をマックイーンさんが走り、いつか青空の下へと辿り着く。

 ……そんな景色が見えたんだ。

 

 この2つは、近いようで異なるものだ。

 そして前者よりも後者の方が……何というか、すさまじかった。

 

 私がトレーナーにそれを相談すると、彼は「ふむ」と顎に手を当てる。

 

「……まず、『領域が変わることがあるか』という問いに答えると、ほぼ確実にあると思っていい。

 だが、『変わる』というのにも2通りある、というのが俺の見解だ」

「トレーナーの見解……ですか?」

「前にも言ったが、そもそも領域はウマ娘にしか感じ取れない。俺たち人間からすると、ただ君たちが急に速くなったようにしか観測できないんだ。

 更に言えば、科学的にその存在を証明する試みは1つ残らず失敗している。現在の科学技術では、ウマ娘に関する秘密を解き明かすことはできないらしい。

 ……故に、領域に関する話は、あくまで君たちウマ娘に聞いた話を元にした推測にしかならない。

 その上で、堀野の歴史を紐解いて、そこに出てくる叙述を繋げた結果だ。……だから、あくまで俺の推測に過ぎないことを理解してほしい」

 

 つまるところ、論理的根拠のない話だってことか。

 トレーナー、確定してない情報を話すのを嫌うとこあるからね。間違っている可能性があることを前提に話しておきたかったんだろう。

 ……まぁそれでも、何十年何百年という歴史をソースにした話であれば、少なくとも大筋は外れてないんだろうけども。

 

 

 

 スポドリを飲みながら聞く姿勢を取る私に対し、トレーナーは話し始める。

 

「ウマ娘の領域というのは、その心象風景を具現化する行為だ、という言説がある。

 これが一定の説得力を持つ根拠として、新たな勝負服に身を包んだり大きなレースを前にしたりして、そのウマ娘の心持ちや精神状態が大きく変化すると、領域が別の形になるらしいことが挙げられる。

 ……まず、これが1つ目。領域が全く別のものになるケース。

 存在するかもわからない仮説段階だから決まった呼び名はないが、領域の変更、転化、換装などと呼ばれたりするものだ」

 

 全く……別のもの?

 

「それは……えっと」

「領域を開く条件も変われば、ウマ娘の走り方……つまり領域の恩恵、効果も変わる。

 勿論、その領域内で見える光景も、全く別のものになるらしい」

「あー、じゃあマックイーンさんのはそれじゃないですね……」

 

 マックイーン先輩の領域は多分、その方向みたいなものは、前と変わっていない。

 ただ単純に、こう……昇華されたような感じなんだ。

 

「もう1つが、進化とか昇華などと呼ばれる現象だ」

 

 彼の口が、私の思っていた言葉をそのまま形作る。

 思わずトレーナーの方を見ると、彼はこちらと目を合わせた後、改めて前に向き直って話を続けた。

 

「領域がまるきり別のものになるのではなく、一歩進んだようなものになる。その景色はより走りに向き、ウマ娘に生じる効果も強烈になる。

 方向性は変わらないままベクトルが伸びるように、あるいは色自体は変わらずより濃くなるように、領域が次なる段階に入る。それがもう1つのケースだ。

 状況から判断するに、メジロマックイーンの領域の変化はこちらに当たるんだろうな」

「領域に磨きがかかるってことですか」

「いや……うーん、磨きがかかるのとは、これまた少し違うと思う。

 君に伝わる例えで言うと……そうだな、ポケモンで例えればわかりやすいか? 磨きがかかるのが領域のレベルアップ、昇華は領域の進化みたいなものと思えばいい」

 

 領域はただでさえとんでもない効果を発する。

 そのウマ娘の実力の限界を超えることもあるし、時には物理現象を無視することもあるって聞いた。

 それが更に強くなる。それもレベルアップではなく進化と言われると……。

 

 それは脅威であり、同時に自身の強化への近道だ。

 

「どうすればその、昇華? が起こるんですか?」

「不明だ」

「……不明?」

 

 いやにきっぱりと言い切るな。

 ……あぁいや、そもそもこれ自体が論理的根拠に欠ける話って言ってたから、そりゃ不明ではあるんだろうけども。

 

「そもそも領域を開けるウマ娘は、1つの世代でも10を超えない。

 その上それを昇華するのは、1世代に2人いれば多い方で、1人すらいないことも珍しくない。

 条件を絞り込もうにもデータが少なすぎる、というのが正直なところだ」

「そうですか……」

「強いて言えば、領域の習得と同じく、極めて研ぎ澄まされた精神と肉体が必要……な、可能性はある。

 だが、残念ながら確定情報ではない。今から半月程度で目指すのはリスキーが過ぎるな」

 

 うーん、ちょっと残念。

 もしも私の領域の強化が叶えば、きっと有記念での大きな助けになったと思うんだけどな。

 

 まぁでも、それもむべなるかな。

 運よく色々と噛み合って領域を開けた私だけど、更にそれを昇華できるウマ娘は一握りらしいし。

 ……何より、多分まだ私、領域の精度が足りてない。トレーナーに倣ってポケモンで例えれば、進化に必要なだけのレベルに到達してない……気がする。

 

 では、領域の精度を上げるにはどうすればいいかと言うと……これまたハッキリしないんだよな。

 

 菊花賞でネイチャの領域の雰囲気が変わったアレは、多分精度の向上、レベルアップだと思う。多少風景は変わったけど、マックイーン先輩程一気にヤバくなった感じはしなかったし。

 とすれば……他のウマ娘との領域が重なる、あるいは重なるじゃなくても刺激を受けるとか?

 あるいはもっと多くのレース経験、人生経験を積むとかそんな感じ?

 

 ……そのどれにしろ、今すぐに取れる手段ではない、かな。

 

 

 

 結局、近道なんてない。コツコツトレーニングするしかないってことか。

 ……ま、それも悪い気はしないけどね。

 

 トレーニング……っていうか、走ることは好きだ。自分のスペックが目に見えて上がっていくのは悪い気分じゃない。

 

 もっと強くなりたい、もっと速くなりたい。

 そして、最高に楽しいレースをしたい。

 それが、今の私を突き動かす、胸の底から湧き上がる渇望だから。

 

「なるほど。では、そろそろトレーニングに戻ります。タオルとスポドリ、ありがとうございました」

「うん。1時間後にまた来る。何か問題が発生したら、躊躇わずに連絡するように」

「もう、何回目ですか。了解してます」

 

 そう言って私はトレーナーと別れ、再びジムスペースに向かった。

 

 

 

 ブルボンちゃんの朝日杯、そして私の有記念まで、もうあまり時間も残っていない。

 精一杯できることをして、後悔のない、楽しいレースにしないとね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんな中で、ふと思い出した。

 

 そういえば、あの日に聞いたトレーナーの古い記憶。子供の頃に知らない異性と1日遊んだという経験。

 

 ソレが、ちょっと気になる。

 

 私は前世でも今世でも、そんなアオハルっぽい経験をしたことがない。そもそも前世の私は人嫌いだったから、知らない人と遊んだりはしなかったし。

 だからわからないんだけど……ひょっとして、というかやっぱり、それって……恋心を覚えたりするものなんだろうか。

 

 もしかしてトレーナー、その子が初恋だったりするんだろうか!?

 

 だとすれば、それは非常に重要な話なのではないか? その子の特徴とか聞いたりして今後に活かした方が良いのではないか!?

 

 そう考えて、それとなくトレーナーにその思い出について聞いてみたんだけど……。

 

 

 

「……ん? 子供の頃に女の子と……?

 そんな話をしたか? いや、俺に覚えはないんだが……思い違いじゃなくて?」

 

 

 

 どういう訳か、トレーナーは……。

 その記憶を、そしてそれを話した記憶まで、さっぱりと失ってしまっていた。

 

 

 







 まるで川の汚泥のように。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、ブルボンの朝日杯、作戦会議の話……?



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
 過去イチレベルで誤字が多かったです……。反省。
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