転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 新章ということで、ちょっと真面目な地固め回です。





キラキラとステップと転生チートの季節
転生しても社畜だった件


 

 

 

 例えばの話だけど。

 自分に娘がいるとするじゃん。

 で、自分なりに、その子が真っ当に生きられるように手を尽くしてきたとするじゃん。

 でもある時、娘がこう言ってくる。

 

「お父さん、私生きるの楽しくない」

 

 この時、父親はどう思うだろうか。

 

 

 

 

 

 

 答え。

 

「はぁ……」

 

 脳が停止するので、何も考えられない。

 

 ……耳の中にリフレインする、あの言葉。

 

 

 

『レースを楽しいと感じたことはありません。私は、勝つために走っているのですから』

 

 

 

 メイクデビューの後に告げられた真実は、既に3か月が経過したというのに、今もなお俺に重くのしかかっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 根本的に、ウマ娘は走ることを楽しむ生物である。

 ……少なくとも、転生前のアプリでは皆楽しんでいたと思うし、堀野の家でも例外は聞かなかった。

 

 考えるに、ウマ娘は人間よりも強く本能を宿している。

 走ること。誰よりも速く駆けること。

 それは本来、自分よりも強い捕食者から逃げるための、遥か昔からの動物的本能。

 ウマ娘たちは恐らく、その本能を悦楽へと昇華している。

 捕食者から逃げるという目的を失った疾走は、単純に快楽を摂取する手段になったのだ。

 人間が食べること、寝ること、交わること。それらに快楽を得るのと同レベルの話で、ウマ娘たちは走ることを楽しんでいる。

 

 ……と、これが中央トレセン学園に来るまでの、俺の持論だった。

 だが、現実はどうだ。俺の担当ウマ娘は走ることを楽しんでいない。

 ただ「勝たなければいけない」という強迫観念を満たすための手段として走っているだけだ。

 

 

 

 では。

 この時、「彼女の心に寄り添う」とは、どうすることを指すのか。

 

 

 

 彼女は別に、走りたいと望んではいない。

 更に言えば、「勝ちたい」という衝動だって、彼女の中で理屈が通っているようには見えない。

 ただ「自分はそうしなければいけない」と思い込んでいるだけ……という可能性も高い。

 

 彼女の心はどこにある?

 ホシノウィルムという少女が本当にやりたいことは、何だ?

 

 

 

 俺の中には、まだはっきりとした答えが出ない。

 答えが出るまでは、悔しいが、現状維持しかない……と、思う。

 

 あぁ、本当に不甲斐ない。

 俺がしっかりとしたトレーナーなら、彼女の望むことなんてすぐに見抜いて、彼女を適切に支えることもできたかもしれないのに。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ちょいちょい、堀野トレーナーさん?」

「んう、あ?」

 

 声がかかって、思索の世界から抜け出す。

 ……不覚にも、注意が疎かになっていたらしい。目の前にいるウマ娘にも気付かなかった。

 

「ナイスネイチャ? 君がいるということは……そうか、そろそろ合同トレーニングの時間か」

「そーですけど……堀野トレーナーさん、お疲れですかい? こっちからアタシのトレーナーに伝えとこうか?」

「不要だ。俺が見ていなかったから君が事故を起こした、などとあっては死んでも詫びきれん」

「死んでもって、相変わらずおおげさですねぇ」

 

 まったくまったく、と両手の平を上にして呆れるウマ娘。

 彼女の名前は、ナイスネイチャ。

 ……ウマ娘のアプリにも登場した、いわゆるネームドウマ娘である。

 

 

 ナイスネイチャ。

 言わずと知れた、庶民派平熱ウマ娘。明るく快活だが、自分に自信がなくて時々卑屈になるのが玉に瑕。

 親しみやすく面倒見の良い、多くの人に愛される子だ。トレセン近くの商店街ではアイドルもかくやという人気を誇り、ネイチャの出走する非公式レースは結構人気があったりする。

 実力はと言えば、有記念で3年連続3着というある意味とんでもない伝説を残し、ブロンズコレクターとまで呼ばれた程。実力は折り紙付きである。折り紙トロフィーだけに。

 ……もちろん、それは前世のアプリで史実競馬を反映した結果。

 この世界で1つの命として生きるナイスネイチャがどこに行き着くのかは未知数だ。アプリじゃ無敗三冠だって目指せるしね。

 

 

 

 俺は新人トレーナーで、持つことのできる担当は1人まで。

 そしてその枠はホシノウィルムで埋まっているわけで、当然ながらナイスネイチャは俺の担当というわけではない。

 

 彼女は、俺の同期トレーナーの担当ウマ娘だ。

 そしてホシノウィルムと同世代であり、同じレースで競う可能性のあるライバルでもある。

 

 そんな子が俺のトレーナー室にいる理由は簡単で、同期繋がりで模擬レースを組んだ縁から、ここ3か月でネイチャ陣営と合同トレーニングをするようになったからだ。

 ……ホシノウィルムめ。メイクデビュー完走のご褒美をこんなことに使うとは、よほどネイチャのことを気に入ったらしい。でも気持ちはわかる、ネイチャ良いよね……。

 まぁネイチャ陣営としても願ったり叶ったりだったらしく、話はとんとん拍子に進んだから問題はなかったのだが……。

 

「……ふむ。やはり踏み込むならば、そこからか?」

「ん? どしたー、堀野トレーナー?」

「いや、何でもない。行こうか」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホシノウィルムというウマ娘は、非常に扱いにくい癖ウマだ。

 トレーニングは粛々とこなしてくれるし、基本的に言うことは聞く。

 ……のだが、やめろと言っても勝手に自主トレするわ、速くなる方法や展望以外の話は興味を持たないわ、果てにはレースで手加減ができず、最悪過労でぶっ倒れてしまうわ。

 ゴルシとはまた違うベクトルで厄介というか、かなり繊細に気を遣う必要があるウマ娘なのである。

 

 多分俺以外の、アプリ転生を持ってないトレーナーが担当すれば、その管理は困難を極めるだろう。

 ちなみに管理が難しいからと言って、放任することもできない。何故なら放置していると勝手に過重なトレーニングを積むし、下手をすれば勝手にレースをして勝手に壊れるからだ。

 ……この子、これまでどうやって生きてきたんだろうな。

 

 一応、攻略法はある。俺が1年弱という時間をかけて見出した、とっておきのやり方だ。

 それは、自主トレをする余裕もないくらいにカッチカチにスケジュールを固めることで、強制的に思い通りの行動を取らせる、というものだ。

 睡眠、食事、勉強など日常生活に必須な行動以外の時間を、トレーニングと休憩に割り振る。

 なおここで注意しなきゃいけないのは、休憩が30分以上続くと、彼女が我慢できずに自主トレを始めてしまうってこと。

 20分休憩、1時間トレーニング、20分休憩……という感じで完全にスケジュールを組んで差し上げることにより、彼女の不自然な体力減少は大幅に抑制できる。

 とはいえ、そんなスケジュールではジリジリと体力が削れていくばかりだ。

 1週間に1日くらいは全休にして、無理やりにでも休ませよう。縄で縛っても無理に破ってくるので、車の中に突っ込んでドライブに付き合わせたり、ネイチャに押し付けたりするのが有効だ。物理よりは人情の方が拘束力が高い。

 

 ……うん、なんというか、トレーナーと言うより介護をしている気分だ。

 やはりウマ娘に寄り添うのは大変なのだなぁと実感する。

 

 しかし逆に言えば、きちんとスケジュールさえ組めば、彼女は勝手にトレーニングを行ってくれる。

 つまるところ、彼女を放置して他の仕事ができるのだ。

 勿論、放置するのは失敗率が0%の時に限るし、1時間に1度は様子を見に行くようにしているが、この特徴のおかげで事務処理や研究に使える時間が大幅に増えたのは僥倖だった。

 

 そんなわけで、今日も今日とて彼女のスケジュールノートを更新した後、定期的に見に行きながらトレーニング室に引きこもっていた。

 そしてこれからを考えている内、思索の海に沈んでしまい……。

 結果として、ネイチャがトレーナー室に来たことにすら気付かなかったわけだ。

 

 

 

「堀野トレーナーさん、今日は何すんの?」

「今日は坂路だ。ひたすら坂路」

「うげー! ネイチャさん、坂路よりプールがいいなぁ」

「プールはもう十分。今は坂路に集中してくれ」

 

 ネイチャとも気軽に会話できるようになったもんだね。

 最初の内、彼女には何故か避けられがちだったんだけど、ある時期から気安く接してくれるようになった。

 元アプリ勢からすると、ちょっと引き気味で苦笑いするネイチャに心をズタズタのグチャグチャにされていたので、こうして仲良くなれたことはシンプルに嬉しい。

 

 それにネイチャがいると、雰囲気が明るくなるんだよね。ここ最近は悩んだり困ったりと雰囲気が沈みがちだったから、彼女は今や、俺にとっての一服の清涼剤となっている。

 勿論、自分の担当ではないし、距離感とかやり方に一線は引くけど……。

 それでもアプリで好きだった彼女と会話できるのは、やっぱり嬉しいものがあるよね。

 

「で、ホシノウィルムは?」

「あー……一応誘ったんだけど、『トレーナーにスクワットを続けるようにと言われています』ってさ」

「なるほど。勝算のない賭けとはいえ、気を使ってくれてありがとう、ナイスネイチャ」

「あはは……ほんとストイックだよね、ウィルちゃん」

 

 

 

 俺と同期のトレーナーがネイチャを担当していると知った時には、思わずセイウチの断末魔の真似をするくらい驚いてしまったものだが……。

 もう1つ驚いたのは、ホシノウィルムがネイチャに強い興味を持ったことだ。

 

 彼女はこれまで、他のウマ娘にあまり興味を持たなかった。

 例外は時々話に出てくる同室の先輩くらいのもので、それもずっと一緒にいたが故に仲良くなっただけ。最初から興味を持っていたわけではない。

 そんな彼女が、ネイチャには「友達になりましょう」と詰め寄ったのである。

 どこを気に入ったのだろうか。やっぱりあれか、めちゃつよウマ娘としてのレーダーが、ネイチャのとんでもない潜在能力を捉えたのか。天才と天才は引かれ合うのかなぁ。

 

 とにかく、ホシノウィルムはネイチャと急速に友好を深め、3か月経った今ではすっかり友人といった空気感を漂わせている。

 ……まぁ俺の見た限りでは、ネイチャはホシノウィルムをライバル視したいのにベタベタされて戸惑っていたようだったけど。

 今では諦めたというか吹っ切れたというか、公私ともに親しくしているようだ。よきかなよきかな。

 

 

 

 そんなことを考えている内に、学園内部のジムスペースにたどり着く。

 ここにはたくさんのトレーニング器具があり、特に予約したりせずとも空いているものを勝手に利用できる。

 契約トレーナーを持たない未デビューのウマ娘や、外でトレーニングを行うことを嫌うウマ娘たちに人気のスポット。

 ……なのだが、今はそこに、少し異様な空気が漂っていた。

 

「はぁ……くっ、ふぅっ……!」

 

 ジムの隅から、聞きなれた声。そして他のウマ娘たちは、声の発信源から少し距離を置いてトレーニングに勤しんでいる。

 ……ネイチャを気に入ったとはいえ、相変わらず他のウマ娘に対しては無関心というか、仲良くはしないままなんだよな。

 アプリ知識を持つ俺としては、できれば多くのウマ娘たちと触れ合ってほしいと思うのだが、これがホシノウィルムの気性だとすれば……それは仕方ないし、受け入れよう。

 彼女の性質を否定するのではなく、可能な限り伸ばすのが俺の仕事なのだから。

 

 ……いやまぁ、保護者としては、友達が少ないのはちょっと心配だけどね。

 

 取り合えず、汗をぽたぽた落としながら未だにスクワットを続ける彼女に声をかけた。

 

「ホシノウィルム」

「トレー、ナー……っ」

「スクワット停止。10分の休憩の後、ネイチャとの合同トレーニングだ」

「了解、しました……」

 

 ずるんと倒れるように、ホシノウィルムは座り込む。

 ……うん、体力はまだ余裕があるな。失敗率は1%になる直前くらいで、休めばすぐに回復するだろう。

 

「ウィルちゃん、ほらお水持ってきたから飲みな。無理しちゃだめだぞー?」

「ありがとう、ございます、ネイチャちゃん……。まだ無理ではありません、トレーナーが……トレーニング禁止と、言っていないので」

 

 実際、今彼女が感じているのは短期的な疲労なので、休憩を挟めば問題なくトレーニングできるだろう。

 今後のトレーニングをどれくらい続けさせるか目算を立てながら、俺はホシノウィルムにタオルを手渡した。

 

 ウマ娘の体はすごいもので、疲労があっても10分から20分程度休憩すればほとんど吹っ飛んでしまう。

 ほとんどに含まれない長期的な疲労も、それこそ1日しっかり休めばけろっと完治。

 まさしく鍛えるための体と言った感じで、やろうとすればかなりハードにトレーニングを積むことが出来る。

 

 ……まぁ、選手生命的な意味での脚へのダメージは、これらと全く別の計算式で動いているっぽいのが怖いところだけど。

 流石のアプリ転生とはいえ、ウマ娘の脚の耐久値を見ることはできない。

 定期的な診断と検診から推し量っていくしかないのだ。

 

 まとめると、短期的と長期的な疲労、そして脚への負担。

 この3つと上手く向き合いながら、その限界を突き詰めていくのがトレーナーの仕事なのである。

 

「ナイスネイチャ。他人事のように言っているが、君もこれから同じくらいに追い込まれることを忘れないように」

「うげーっ、そうだった……。あんまり酷いことしたら、アタシのトレーナーに泣きついちゃいますからね!」

「アイツはやけに俺に甘いし、むしろしごいて来てもらえとでも言いそうなものだが」

「……堀野トレーナー、もしかしてエスパーだったりします?」

 

 

 

 俺の同期でもあるネイチャのトレーナーを一言で表すと、穏やかな策士だ。

 本人は平凡な人間だなんて言ってるが、あれはあくまで謙遜だろうな。

 自分のウマ娘のため、使えるものは親でも使うタイプ。体は貧弱だが頭はかなり回り、自分の立場やアドバンテージを上手く使って、いつも器用に立ち回ってネイチャを支えていた。

 その貪欲さと容赦のなさ、そしてウマ娘へ向ける熱意は俺も舌を巻くし兜を脱ぐ。

 俺の数少ない友人の中でも特に尊敬に値するトレーナーの1人であり、俺も日々、彼から色々なことを勉強させてもらっている。

 

 ……のだが。

 よくわかんないんだけど、何故か彼は俺に信頼? 尊敬? そんな感じの目線を向けてきており、よく相談を持ちかけられたり飲みに誘われる。

 ぶっちゃけなんでこんなに懐かれたのかわからなくて、ちょっと据わりが悪いくらいだ。

 今回の合同トレーニングの件も、話を持ち込んだら5分くらいで了承のメールが返ってきた。

 どころか「そちらのトレーニング方針に合わせたい。僕に内容の相談をする必要はないし、その日やったことも事後報告でいいよ」だって。

 正気か? 俺がおかしな調整をするとは考えないのか? と返信すると、「君はそんなことをしない人間だと、僕は知っているからね」と。

 いやまぁもちろんしないけどさ……。なんとも買いかぶられているな、って感じ。

 ただの新人トレーナーを、よくもまぁそこまで信じられるわ。感謝を通り越して、少し呆れてしまった。

 

 

 

「しかし、ネイチャさんが天下のホシノウィルムと合同トレーニングとは……。今でも現実感が湧きませんなぁ。私なんかとやったって、ペースを引っ張られるだけで面白くもないでしょうに」

「私は……ネイチャちゃんと一緒に、トレーニングできて、楽しいです」

「ナイスネイチャ、君は自分を過小評価しているようだが、ホシノウィルムと同等の負荷をかけたトレーニングに付いて来られるガッツを持つウマ娘は少ない。誇っても良いと思うぞ」

「う、そっすか……。そりゃなんというか、ありがとうございます……」

 

 軽口にマジレスで返されて恥ずかしそうに縮こまるナイスネイチャ。

 今はいないが、こういう時にそうだそうだと話を盛り上げる策士、ネイチャトレーナー。

 相変わらず無表情だが、ネイチャとトレーニングする時は心なしか調子が良いホシノウィルム。

 

 少しだけ騒がしくなった俺のトレーナー生活は、大体こういう環境で回っていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 一般論として、トレーナーたれば担当ウマ娘のトレーニングは見守るべきである。

 担当の調子を伺ったり、その伸び方を見たり、事故を起こさないかを警戒したり。

 その後ろ姿を見ながら考えることや考察すること、学ぶことは非常に多い。

 故にトレーナーは、いつだって担当ウマ娘たちに付き添って彼女たちを見守るのである。

 

 ……まぁ、俺にはその必要もないが。

 「アプリ転生」の力でそれらを管理できる俺からすると、あまり彼女たちを見ている意味はないのだ。

 それこそ1時間に1度、ステータスの上がり方や体力の減り方、失敗率の管理をするだけでいい。

 が、だからと言って担当でもないウマ娘を放り出すのも外聞が悪い。

 もしもちびっこ理事長に見つかりでもすれば「叱責!!」されることは想像に難くないしね。

 

 なので俺は今、ちらちらと坂路を走る2人を見ながら、バインダーにこれからの計画を書き出したりしている。

 授業中に隠れて漫画を読んでいた学生時代を思い出すなぁ。

 

 

 

 ……さて。改めて、俺の担当ウマ娘の話をしよう。

 

 ホシノウィルム。とんでもないステータスを持つ逃げウマ娘。

 入学した時点でとんでもなく高いステータスを持っていたが、クラシック級が迫って来た今、それらは更に上がっている。

 

 不足しがちだったパワーは、ようやくクラシックG1基準に至った。皐月・ダービー・菊花を走るのならもう少し欲しいところだが、これから鍛えていけば十分に間に合うはずだ。

 スピードスタミナ根性の3つは、他2つに比べて控えめ。元の値が高かったから、そのままでもある程度戦っていけるだろう。

 賢さはほとんど触れてない。現時点の彼女のレース展開を考えれば、そこまで必要にならないという判断である。……ああいや、大幅な出遅れは怖いから、もちろん将来的には伸ばしていくけどね。

 

 

 ……とは言っても、実のところホシノウィルムは、入学してからそこまでステータスを伸ばしていない。

 というのも、俺がトレーニング時間の半分程度をスキルの習得に使わせているからだ。

 

 この世界のスキル習得には、アプリ版と違ってスキルポイントという概念がない。

 シンプルにひたすら反復練習・実践演習で身に染み込ませていく感じだ。

 例えば出遅れせず綺麗なスタートを切るスキル「集中力」が欲しいなら、ひたすらスタートの練習をさせ、その状態で模擬レースなどに出してしっかり定着させるといった感じ。

 

 ホシノウィルムはこれまでに、「大逃げ」「集中力」「先駆け」「コーナー巧者○」「末脚」「逃げのコツ○」を習得している。

 ……いやぁ、実装されたんだなぁ、大逃げ。俺がアプリから離れた段階だとなかったから、ちょっと嬉しい。というか逃げのやり方を教えて選抜レースに出したら本番で習得して帰ってきたからビビる。切れ者すぎない?

 他のスキルの内、集中力、先駆け、末脚、逃げのコツ○は、アプリをやっていた時代に強かった覚えがあるので習得させた。殊に集中力は、逃げの敗北原因の1つである出遅れが発生する可能性を大きく減らせる有能スキル。三冠を取るため、皐月賞までには上位スキルであるコンセントレーションに育て上げたいところだ。

 一方コーナー巧者○は、前世ではあまり強そうには感じなかったが、堀野の家の歴史を読み解くに、コーナーで速度を落とさないための練習がかなり肝要そうだったので採用。実際これも安定に貢献してくれていると思う。

 今後取っていくスキルの予定としては、長距離である菊花賞を見据えて大正義円弧のマエストロ……の下位スキルである「コーナー回復○」。コーナーで少しだけ足を緩め、息を入れる練習って感じになるな。

 他にもいくつか案はあるが、そこはホシノウィルムのレースを見ながら臨機応変に決めていこう。

 

 

 

 さて。

 出てもスキルポイントがもらえないのなら、レースは何のためにあるのか。

 ……いや、何のためって言うか、レースこそが本番なんだけど、一応ちゃんとメリットはある。

 レースに出ると、後方作戦のウマ娘であれば、他のウマを観察して走り方を盗む……つまりはスキルのヒントを得ることができるっぽい。

 昔はレースに出まくって、とんでもない成長をし続けた追込バなんてのもいたようだ。残念なことに選手生命は短かったらしいが。

 

 ……うん、誰より前を行く大逃げウマ娘には関係のない話ですね!

 ホシノウィルムにとってレースに出走することは、スキルの実践演習とファン数を獲得するくらいの意味しか持たないのだ。残念。

 

 

 

 だが、レースに出さないわけにもいかないのが悩ましいところである。

 

 ウマ娘は、速力が全てじゃない。レースで新たなファンを獲得していくのも重要な要素になる。

 というのも、格式の高いレースへの参加は、基本的に人気のあるウマ娘が優先されるからだ。

 故にトレーナーは、最終的な目標レースを見据え、担当をこれからどのレースに出すのか、その道筋……いわゆるローテーションを組む必要がある。

 

 

 

 ホシノウィルムの最終目標は、クラシック三冠……つまりは皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞。

 皐月賞に勝てば優先出走権が与えられるから日本ダービーに出られるし、同じくダービーに勝てば菊花賞に出られる。

 つまるところ、あくまで勝利前提の話ではあるけど、皐月賞にさえ出走できればクラシック三冠の全レースに参加できる、ということになる。

 つまるところ、今考えるべきは……皐月賞に確実に出走する方法。

 

 その場合、中核となる方法は2つだ。

 

 弥生賞か、G1……ホープフルステークスか。

 

 弥生賞とは、皐月賞の1か月前に開催されるレースで、皐月賞のトライアルレースとして認識されている。

 ここで勝てれば皐月賞の優先出走権が与えられ、まず間違いなく出走が可能。

 

 一方G1……つまりは国内で最もグレードの高いレース。これで1着を取ることができれば、皐月賞への出走はほとんど間違いのないものとなるだろう。

 そして、皐月賞までに開催される唯一の中距離以上のG1レースが、ホープフルステークスだった。

 

 しかし、ホープフルステークスか……。

 アプリを嗜んでいた者としては、非常に懐かしく、同時に苦々しい名前である。

 それはジュニア級の12月後半に開催される、中長距離を走るウマ娘にとっての試金石となるレースだ。

 可能な限り出走するレースを厳選しなければいけなかった前世アプリでは、このホープフルに勝てず育成失敗するウマ娘をたくさん生んでしまった。今となっては何と残酷なことをしていたのだろうと心が痛いよ。

 

 

 

 さて、ホープフルステークスにホシノウィルムを出す……ここまでは確定としていいだろう。

 では次に、ホープフルステークスに確実に出走できるよう、プレオープンからG3程度のレースに出ておきたい……。

 

 が。ここが少し難しい。

 そもそも、ジュニア級には中距離以上を走ることのできるウマ娘が少ない。それだけのスタミナがないからだ。

 ホシノウィルムやナイスネイチャのようなしっかりとした素質を持つ子でなければ、十全に走ることはできないだろう。

 なので当然、ジュニア級の間は中距離以上のレースが少ないのだった。

 

 万全を期すために弥生賞に出走することを前提に考えれば、1か月間隔でレースを行う状態に慣れた方がいい。

 ……となると、ホープフルから1か月前くらいにある中距離のレース……。

 

「葉牡丹か」

 

 葉牡丹賞。プレオープン、中山の芝2000メートル。

 アプリをプレイしていた時は名前すら覚えていなかったが、今回はこのレースが適切か。

 

 

 

 よし、これである程度ローテーションは決まった。

 

 まず11月後半、プレオープン葉牡丹賞。まぁここは勝てるだろう。こんなこと言うのはなんだけど、負ける道理がないし。

 次に12月後半、G1ホープフルステークス。ここでG1のレベルをホシノウィルムに実感させる。

 年が変わってクラシック3月前半、念には念を入れ、G2弥生賞に出て、確実に皐月賞の出走枠を確保。

 そして本番、4月前半、G1皐月賞。ここで三冠の1つ目を取る。

 

 ……もしかしたら、「十分人気なんだから、優先出走権を譲るために弥生は出走回避しろ」とか言われるかもしれない。

 気持ちはわかる。自分の好きなウマ娘が出走できるチャンスを、強者がかっさらってくる……これは大きな脅威だろう。非難したくなる気持ちはよくわかる。

 だけど、そんなことは知らん。

 どうしても皐月賞に出たいなら、他レースでファンを集めるか、ホシノウィルムを破ればいいのだ。……どちらにしろ、強いウマ娘だけが夢を掴める世界なのだから。

 感情的なクレームと担当バの夢、どちらを優先するかと言われれば悩む必要などない。

 

 ……うん、結構堅い、しっかりと地に足の着いたローテーションだと思う。

 ホシノウィルムにも要相談だが、多分彼女はどこのレースに出るとか興味ないだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 …………さて、しかし。

 皐月賞に出られたとして、その勝利までの間には、まだ問題があるのだが。

 

 

 

『「帝王」対「蛇」! クラシックの冠を取るのはどっちだ!!』

 

 

 

「……どうしたものかな」

 

 俺はバインダーに張り付けた週刊誌の記事を見て、再び頭を悩ませ始めた。

 

 

 







 トレーナー君、ホシノウィルムが絡まない時はまともです。気苦労が絶えませんね。

 ナイスネイチャと「帝王」が、物語に新しい風を運びます。転生コンビのクラシック路線は、果たしてどこへ向かうのか……。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、初めてのG1と勝負の話。



(追記)
 そろそろメンタルとフィジカル共に失敗率が付きそうな予感がするので、3、4日間隔の投稿に切り替えます。正常化しただけとも言う。
 その分クオリティを保てるように頑張ります!

(追記2)
 次回予告がめちゃくちゃ嘘予告になっちゃってました。ごめんなさい……。
 修正しておきました。
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