転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 別視点回です。





幸せになれなかった魂のためのキリエ

 

 

 

 あの日から、色々なことがあった。

 

 ホシノウィルムさんは、有記念で、僅か3センチメートルという差で惜敗した。

 

 ……その要因は、疑うまでもなく、私の調整不足だ。

 彼女にはこのレースでも勝てるだけの素質があったし、能力があった。

 それなのに彼女が敗北したのは、前日までに彼女の体を完璧に仕上げることのできなかった私の責任に他ならない。

 

 けれど、彼女は唇を結びながらも、私を責めなかった。

 初めての敗北、自分の黒星。それが悔しくないわけがないのに……それでも、決して責任転嫁すらすることなく、自分の過失として受け入れていた。

 

 改めて、すごい女の子だと思う。

 私が彼女と同じ年頃で同じことを経験すれば、まず間違いなく周りに当たり散らしていただろう。

 ……というか、去年トレーナー免許試験に落ちた時は、それなりに父さんに当たり散らしてしまった。今も昔も、そう変わらないかもしれない。

 

 それなのに、彼女はそれを、自分の不足だと受け入れていたんだ。

 担当ウマ娘とか年下とか以前に、1人のウマ娘として尊敬に値する人物だと思う。

 

 

 

 ……で。

 それだけだったなら、残念ではあっても、まだ平和に終わったんだったんだけど……。

 

 更に、その有記念の数時間後、兄さんが目覚めた。

 

 ……いや、兄さんが目を覚ますのは、間違いなく良いことだ。

 私だってこれでも家族なわけで、そりゃあ喜ばしい気持ちはあった。

 

 けどさ、普通病院から脱走なんてする?

 2週間意識がなかったんだよ? 体なんてガタガタで、私と会うや否や倒れ込むような体だったんだよ?

 そんな状態で、何を当たり前みたいな顔で脱走してるの?

 

 私、手帳に書いたよね? 勝手に出歩くなって。兄さんの性格的にまず間違いなく見たでしょ? なんで平然と無視してるの?

 

 本当にバ鹿。本当の本当の本当にバ鹿。

 どうせ今日の夜まで待てば、私もホシノウィルムさんも兄さんに会いに行っただろうに……その数時間すら待てないなんて。

 こっちがどれだけ驚いて、どれだけ心配したと思ってるの?

 

 それに……私が驚いたのは、それだけじゃないし。

 まぁ、それは兄さんが悪いわけじゃないし、一旦置いておくとしても……。

 

 あぁ、もう……。

 前からそうだったけど、兄さんと付き合っていくのは心臓に悪すぎる。

 ……あんな兄さんのことが好きっぽいなんて、ホシノウィルムさんの気が知れないよ、ホント。

 

 

 

 そして、兄さんが意識を取り戻したってことは、引継ぎが不十分で停滞しがちだった仕事が動き出すってことも意味する。

 兄さんを病院に叩き込んで精密検査を終え、無事に健康体だっていうお墨付きを貰った後……。

 私と兄さんは、この2週間で溜まりに溜まった仕事の消化に奔走することになった。

 

 悔しいけど、兄さんでさえ1人では手に余っていたような業務を、私1人でこなすなんて不可能もいいところ。

 この2週間は、余裕のある仕事は極力後回しにしながら、とにかくホシノウィルムさんの周りの状況を整えようとしていたんだ。

 結果として、文字通り「山」と呼んでいいだけの仕事が積もりに積もっていたんだけど……。

 

「あー、なるほどなるほど。まぁこの量なら……2日くらいで終わるかな」

「は?」

 

 兄さんが2晩でやってくれました。

 

 ……信じられない。

 どういう頭をしてれば、アレが2日で片付くんだ。

 いや、勿論私も精一杯手伝ったんだけども……正直全体の10%も受け持てなかった気がする。

 

 やっぱりこの人、少なくともトレーナー業に関してはちょっとおかしいわ。

 

 確かに、才能はないのかもしれない。

 1つのことに手を付けても、普通の人の半分しか結果を残せず、学べないのかもしれない。

 

 それでも、兄さんはいつだって死ぬほど努力し、どれだけ苦しくても諦めず、最後の最後までやり通す。

 そうして培われたものが、小さいわけがないんだ。

 

 そういうところ、妹としては嫉妬を通り越してただただ尊敬するし……。

 同時に、「このくらいなら昌もすぐできるようになる」なんて悪意なく言い放つのが、気に入らない。

 

 何でもないって顔でそんなすごいことされたら、全く追い付けない私の自尊心がバラバラになっちゃうじゃん。

 もっと、自分はすごいんだって、認めてほしい。

 ……私の家族のことを、認めてあげてほしい。

 

 そう思ってしまうから、やっぱり兄さんのことは、どうにも苦手なままだった。

 

 まぁ……。

 あの頃の、ぐちゃぐちゃな色をしてた兄さんよりは、ずっとマシだけどさ。

 

 

 

 で、そんな兄さんと一緒に、地獄のデスマーチ2日間を乗り越えて……。

 

 今日は、12月25日。

 世間ではクリスマス、救世主の降誕祭として知られている1日だ。

 

 そして今年のこの日、中央トレセン学園のトレーナー棟、そのとある一室では……。

 

「えぐっ、うっぐ、負け……負けだぁ……あとぢょっどだっだの゛に゛ぃ……」

「お、お姉さま……そっ、その、元気出して! お姉さまも、カッコ良かったよっ!」

「うわ、ウィルムがこんな壊れてるところ初めて見た。酔ってる?」

「いえ、アルコールの類はこのテーブルにはありません。肌の赤みや言葉の調子からしても、酩酊状態は確認できません」

「え、じゃあこれ場酔い? うわぁ、これまで見たことのないはっちゃけ……」

 

 遅れてやってきた敗北のショックに打ちひしがれるホシノウィルムさんを、友達でありライバルでもあるウマ娘たちが励ましていたり……。

 

「それで、堀野君、体の調子はもう大丈夫なの?」

「問題ない。多少筋力は落ちてしまったが、それも半月で持ち直せる範囲だ。トレーナーとしての業務に差し障る程ではないよ」

「この仕事、体が資本なんだから、大事にするに越したことはないよ? この前も俺の同期が体を壊して辞めちゃったしさ……」

 

 たった3日で体の調子を戻してしまった兄さんと、同業者であるトレーナーたちが会話していたり……。

 

 そんな、平和で平穏な光景が広がっていた。

 

 

 

 今日はクリスマスってこともあり、トレーナー業もトレーニングも一旦中止。

 

 私たちは、クリスマスパーティ、兼身内の忘年会、兼有記念残念会として、小規模ながら立食パーティを開いていたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 ホシノウィルムさんが場酔いの結果テンションがおかしくなり、兄さんにしがみ付いて「褒めてくださいよぉ~、あんなに頑張ったんだから褒めてぇ~!」と絡み始めたり……。

 兄さんも兄さんで、それにバ鹿真面目に応えて「ホシノウィルムは偉いな。いつも一生懸命に走ってるし、そういった自分の努力を他人にひけらかさない。君の走ることへの真摯さは本当に立派だと思う。それにやはりいつでも前を向けるところは俺も見習わなければと思わされるし……」とか長々と褒めだしたり。

 それに対してホシノウィルムさんは、顔を真っ赤にして大人しくなり、部屋の隅っこの方に行って湯気を吹き出してしまったり。

 

 他にも、たくさんのウマ娘やトレーナーたちにより、色んなイベントが起こっていた会場。

 本当は、私もそこで羽を伸ばすつもりだったんだけど……。

 

 

 

 ふと、巡らせた視線の先に、ソレ(・・)を見つけてしまった。

 

 

 

「……はぁ」

 

 見つけてしまったものは、仕方がないか。

 

 私はてきとうに言い訳して、会場になっているトレーナー室を抜け出し、中の暖気が漏れないように……あるいは、変なモノが入ったりしないように、しっかりと扉を閉めた。

 

 そして、ポケットから取り出したスマホを、耳に当てる。

 勿論、別に今から通話をかけようってわけじゃない。そもそもスマホはロック画面すら解除してない。

 

 単に、こういう時には恒例になっている動作だ。

 なにせ、こうしておけば独り言を呟いててもおかしくは見えないんだもの。文明の利器って、便利なものだよね。

 

 そうして、堂々と独り言を呟く大義名分を手に入れた私は……。

 

「それで、あなたは誰なの?」

 

 今もパーティ会場のトレーナー室を覗き込んでいる、黒いモヤのようなモノ(・・)に、話しかけた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私、堀野昌には、軽い霊感のようなモノがある。

 わざわざ「のような」って言うのは、これが俗に言う霊感と同じモノなのか、イマイチよくわかっていないからだ。

 

 それは例えば、明らかに普通じゃない、変なモノが見えるとか。

 腕の数がおかしかったり、頭が半分ないなんてのはまだマシな方で、人っぽいけどどう見ても人型じゃなかったり、もはや生き物かすら怪しい外見だったり、半透明だったりどういう立体なのかわけわかんなかったりと、その見た目は大抵がめちゃくちゃで秩序がない。

 

 どうやらそういうモノは、私以外の人間やウマ娘には見えないし、触ったり話したりもできないらしい。

 私にとって、それらはこの世界にあって当然のものなんだけど……他の皆にとっては、違うんだ。

 

 

 

 最初にそれに気付いたのは、ずっと昔のこと。

 母さんに「あそこにいるの、何?」って聞いて、「何って……そこに、何かいるの?」って言われた時だった。

 

 私と他人とでは、見えている世界が違う。

 幼かった私は、母の言葉で、その事実に気付いてしまった。

 

 末っ子だったこともあって、昔から空気を読むことに長けていた私は、それで変に浮いてしまうことを恐れて、おかしなモノが見えることを他人に言うことをやめた。

 

 あの変なヤツらも、私がソレらを見えてるってことに気付かなきゃ、基本的にはただそこにいるだけの無害なモノだからね。

 ソイツらが見えないように振舞うのはそう難しい話じゃなかったし、もしバレても大丈夫なようにいなし方も覚えた。

 だから私は今まで、そういうモノを見ながらも、何事もなく平穏無事に暮らして来れたんだ。

 

 

 

 ……で、更に言えば。

 「変なモノが見える」っていうのは、そういう化け物に限った話じゃない。

 

 私は人とかウマ娘などの生物を見た時に、なんとなく、普通の色以外の変な色が見える。

 

 感覚的なモノだから、他人には説明しにくいけど……例えば、Aという人間がどんな格好をしても、たとえ変装とか整形をしたって、同じ色が見えるんだ。

 すごくスピリチュアルな話をすれば、その人がその人であることを示す連続性……言っちゃえば魂の色のようなものなんだと思う。

 

 例えば、ホシノウィルムさんであれば、少し複雑で冷たく映る、厚塗りの灰色が。

 ミホノブルボンさんであれば、割とショッキングな、紫とピンクの中間のような色が。

 かつての兄さんであれば……どことなくゴチャゴチャして、気持ち悪い感じの色が見えていた。

 

 より正確に言えば、色っていうか気配みたいな感じなので、言葉で表現するのは難しいんだけど……大体そんなイメージだ。

 

 

 

 この色? についてわかっていることは、2つ。

 

 まず、それが人やウマ娘のものであれば、ある程度その人柄に連動していること。

 嫌な性格をしてるヤツは濁り切った酷い色をしてる傾向にあるみたいだし、逆に上の兄なんかはいっそ気持ち悪くなるくらいに澄んだ色をしている。

 ……いや、澄んでるから良いってわけでもないと思うんだけどね。水清ければ何とやらとも言うし。

 

 そしてもう1つが、この色は、基本的に変わらないこと。

 時間経過でゆっくりと移り変わることはあるみたいだけど、瞬時に変化することはこれまでになかった。

 まぁ、これが魂の色だったとしたら、そう簡単に変わったりするわけもない。

 ……というか、そう簡単には変わらないっていう特性が、この色が魂なんだって理解できた要因の1つでもあったんだけども。

 

 

 

 ……だからこそ。

 私はあの時、酷く驚かされた。

 

 あの有記念の後、ホシノウィルムさんの控室に入って来た兄さんは……。

 以前とは、全く違う色をしていたんだ。

 

 たった2週間前に……もっと言えば、つい今朝見たものとは、本当に、全く別の色。

 それこそ、見た目だけは兄さんでも中身は別人なんじゃないかってくらいの変化だった。

 

 私はそれに大いに狼狽して、結果として兄さんの担当ウマ娘たちにも、恥ずかしいところを見せてしまったわけなんだけど……。

 

 

 

 ついさっき、トレーナー室を覗いていたモノを見て、その変化の理由にも、大方の見当が付けられた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 改めて、私は目の前の黒いモヤに話しかける。

 

「私にはあなたが見えてる。あなたも元は人間かウマ娘みたいだし、言葉くらい話せるでしょ。

 それで、あなたは誰? なんであの部屋を覗き込んでるの?」

 

 おかしなモノの中には、元々人間だったりウマ娘だったりするモノもいれば、そうではないモノもいる。

 けど、それらの違いは、魂の色を見ればなんとなくわかるんだ。

 

 これまた説明しにくいけど……明確な自我、意識を持っているモノは、それが強ければ強い程に複雑な色合いになる。

 黒いモヤの中に見えたのは、深海の底のような、黒に近い群青。相対的に見れば、かなり複雑な色だ。

 だからソレが、元は人間だったんであろうことはわかっていたんだ。

 

 そして同時に……。

 あくまで推理に過ぎないけど、その正体にも察しは付いている。

 

『……私は、その……えっと…………』

 

 どこかぼやけた、男か女かも判別の付かない声が聞こえる。

 

 相変わらず、こういうモノの言葉を聞くのは、おかしな感じだ。

 耳で聞いてるのか、それとも頭に直接意味を流し込まれてるのか、よくわからなくなる。

 

 軽く眉をひそめた私の前で、黒いモヤはうぞうぞとうごめくばかりで、明瞭に答えようとはしない。

 

 ……ま、答えないのなら、勝手に考察させてもらうけど。

 

 

 

「あなた、兄さんにくっ付いて来た『彼女』でしょ?」

 

 

 

 黒いモヤが、ビクリと震える。

 

『なっ、えっ、なんで……!?』

「やっぱり、そういうことね」

 

 自分の推察が正しかったことを知り、1つ頷く。

 

「死んだ人間の霊が近しい人間に取り憑く、なんて……実害が少ないからあまり大っぴらにはならないけど、その実珍しいことじゃない。

 ま、そのまま一緒に生まれ変わるとなると、ぐっと珍しくなると思うけどね」

 

 

 

 人間が死ぬと、魂の色は体から抜け出す。

 

 それは、そのままどこかに消えてしまうこともあれば、その辺りに漂うこともあり、変なモノになってしまうこともあり……そして、誰かの体や魂にしがみ付く、つまりは取り憑くこともある。

 

 まぁ取り憑くと言っても、基本的に魂っていうのは無害なんだけどね。

 なにせ、物理的な体を持っていないから、何もできない。

 「憑依」なんてのはホラー系の題材になりやすいけど、変なモノになって新たに体でも形成したり、荒ぶってその体を奪いでもしない限り、これといった影響はないんだ。

 

 ……けれど、例えばの話。

 魂が生まれ変わるとなった際に、他の魂がそれにしがみ付くように取り憑いていたら、どうなるのか。

 

 もしかしたら、魂が選別されて、1つだけが生まれ変わり、もう1つは放られるのかもしれない。

 ……でも、もしかしたら、もう1つの魂まで一緒に転生してしまうことも、あるのかもしれない。

 

 

 

「多分、兄さんを通して知ってると思うけど、私はあなたのことを聞いてる。

 幼少の頃、兄さんの呪いになった女の子。兄さんに『助けて』って言い残して消えた子。違う?」

 

 黒いモヤは、しばらく黙り込んだ後……。

 諦めたようにトレーナー室の窓から離れ、話しだした。

 

『……はぁ。まさか、私のことが見える人がいるとは。それも、よりにもよって昌ちゃんなんて』

「昌ちゃん……? まぁ、いいけど。

 あなたみたいなのが存在したり、輪廻転生なんてモノが存在するよりは、そういうモノが見える人間がいる方が、まだ現実的でしょ」

『私が言うのもなんだけど、どっちも現実味は薄いと思うな』

「む」

 

 考えてみれば、私も『彼女』たちと変わらない、おかしなモノの一員か。

 そういったモノが見える、触れる、話せる。

 それだけで、普通の人間じゃないって言われるには事足りるだろう。……たとえ、私自身は普通の人間だとしても。

 

 

 

 ただ、私の霊感モドキは、そんなに強いものじゃない……と思う。

 見えるって言ってもその頻度は高くないし、触れる、話せるとなると更に珍しい。精々1日1件、少なければ1週間ずっと見ないようなことさえある。

 「何かいる」とだけわかったり、形は見えずとも色だけは見えたりすることも多いんだけど……それはとにかく。

 

 私は基本的に、波長みたいなモノが合わなければ、ソレらを見ることができないんだ。

 

 それなのに、黒いモヤは、はっきりとその形を目視できる。

 ……いや、モヤなのにはっきり見えてるって言うと矛盾しているようだけど、「モヤ」として捉えられている以上、これでもしっかり見えてる方なんだ。

 コレらはそういうモノ。一々理論的に考えているとバ鹿を見るのはこちらの方だ。

 

 なんで黒いモヤ、もとい『彼女』とこんなに繋がってしまっているのか、私は疑問だったんだけど……。

 

『なんとなく私が見えてるような気はしてたんだけど、まさかこんなに明瞭に見えてるなんて……。

 あー、もう、こんなつもりじゃなかったのにな……。なんで毎度こう、決まらないんだろう』

 

 ……なるほどね。

 

 呟いた『彼女』の言葉が聞こえて、ちょっと理解できた気がした。

 

 

 

 兄さんの前世の世界で、『彼女』は死んだ。

 その死因はわからない。兄さんの見たニュースの通りなのかもしれないし、あるいはそれ以外の何かなのかもしれない。

 けれどとにかく、兄さんよりも早く死んだことは確かだ。

 

 そして、『彼女』の魂は、兄さんに取り憑いた。

 それも、魂にしがみ付く程に、しっかりと。

 

 その結果、兄さんが死に、その魂が輪廻転生を遂げる時……どういうわけか、『彼女』の魂まで一括りに世界を渡ってしまった。

 2つの魂が1つの魂とされたのか、それとも本来は分かれるはずだったのに激流に呑まれて2人とも押し流されたのか……転生の仕組みに詳しいわけもない私には、わからないけど。

 

 ともかく、『彼女』は兄さんと共に転生してきた魂だ。

 本来、新たな体を授かり、兄さんと兄妹として、あるいは私の姉として生まれるはずだったのかもしれないけど……そうはならなかった。

 

 恐らく『彼女』は、彼の魂と共に転生した弊害か、体を授かることはなかった。

 

 兄さんの魂の色が気持ち悪かったのは……そしてあの日、兄さんの色が急に変わった理由は、それだ。

 

 兄さんの体には、2つの魂が宿った。転生した彼と同じように、『彼女』もその体に入っていた。

 ……いや、その主導権が兄さんにあったこと、そして魂だけの存在だった『彼女』を兄さんが知りもしなかったことを考えれば、『彼女』が体に取り憑いている状態に近い……のかな。

 

 とにかく、1つしかない兄さんの体に、変則的に2つの魂が入っていた。

 だから……彼と『彼女』の魂が重なっていたから、その色がゴチャゴチャして気持ち悪かったんだ。

 

 そして今は、兄さんの体から『彼女』の魂が分離しているから……。

 あの有記念以後の兄さんの色は、とても澄んでいるんだろう。

 

 更に、考察を進める中で、やけに『彼女』と波長が合う理由にも大方見当がついた。

 

 兄さんを通して、私は20年以上『彼女』の色を見続けていた。

 だから私の感覚……波長みたいなモノが、それに合ってしまった、って感じだろうな。

 

 

 

 変なところで変な縁ができてしまったと、私は軽く眉を寄せる。

 堀野昌は凡人だ。こういう異常事態の専門家でもなければ、何でも解決できるスーパーマンでもない。

 あまりこういう縁を深めたいとは思わないんだけど……と。

 

『……誤解してほしくないんだけど、私は彼に、害意を持ってるわけじゃないんだよ』

 

 私の表情をどう受け取ったのか、『彼女』は弁明するように語り始める。

 

『そもそも取り憑いたのだって、事故みたいなものなんだ。

 死んで……幽霊って言うのかな? それになってすぐはね、思考がボンヤリして、冷静に物が考えにくくなるんだよ。私なんか、この世界に来て、ようやく意識がハッキリしたくらいだし。

 それで、多分死んだ直後に、私は……そうだね、「彼と一緒にいたかった」とか、そんなことを思ったんじゃないかな。

 気付けば、私は彼の周りに纏わりついていた』

 

 ……まぁ、大方そんなところだろうな。

 

 そういうモノと会話を交わしたことは何度かあるけど、死んですぐの魂は大抵が混乱している。

 

 死ぬ時はどうしたって恐怖とか激痛が走りがちで、記憶が飛んだりするし、最悪それだけで人格に影響がある。

 その上、現代じゃ天国とか地獄は否定されがちで、「死んだら終わり」って教わることも多いからね。

 

 気付けば体もなくなってふわふわ浮いてれば、そりゃあ混乱もしてしまうってものだろう。

 

『そしてそれから、ぼんやりする意識を通して、彼の近くで色んなものを見て、知って……そうして、目の前で、彼が……死んだ時、に、付いてきちゃったみたいで』

 

 兄さんの前世の死について語ろうとした時、その言葉が揺れる。

 ……兄さんのかつての死に、少なからずショックを受けてたってことだろうか。

 

 その言葉を真実とするなら、『彼女』にとって前世の兄さんは、最期の瞬間に想うような相手だったんだろう。

 そんな人が、手も出せない自分の前で、死んだ。

 そりゃ……ショックも、受けるか。

 

『この世界に生まれ変わってからは、彼の体の中で、彼の目を通して、世界を見て来た。

 平和で、満たされた……前世で、私が得られなかった、幸せな世界を』

「……そう」

 

 『彼女』は、堀野の家族たちを見て……果たして、何を思っただろう。

 

 父は、不器用でコミュ障ではあるけど、あれでいて子供想いで。

 母は、誰より私たちのことを考えてくれて、とても優しくて。

 上の兄は言うに如かず、特に兄さんに対しては甲斐甲斐しくて。

 私は……まぁ、そうでもなかっただろうけど。

 

 幸せな家庭を、幸せな家族を、幸せになるはずの人生を見せられて……。

 

 自分の手の届かなかった景色を、眼前に置かれて。

 

『……わかってたよ。私の人生じゃないんだって。これはあくまで彼の来世であって、私のものじゃない。

 それでもさ、ただ特等席から見ているだけでも……楽しかったなぁ』

 

 楽しかった夢のことを話すような声で……あるいは、夢から醒めたような声で、『彼女』は語った。

 

 

 

 ……『彼女』の言葉が真実だとするなら、1つ疑問が残る。

 

「それじゃ、そのまま兄さんの中にいれば良かったじゃん。なんで出て来……」

 

 聞こうとする中で、ふと……その答えに感付く。

 

 ……そうだ。

 体から、魂が出て来る理由なんて、……1つしかない。

 

「あの事故……まさか、兄さんの代わりに、」

『違うよ』

 

 すっぱりと、『彼女』は言い切る。

 

『違う。代わりじゃない。

 そもそも、私がこの世界にいるのがおかしかったんだよ。あの体から出たのは、本来あるべき状態に戻ったってだけ。

 ……それに、私だけじゃ足りなかったしね』

「足りなかった……?」

 

 黒いモヤの姿をしていた『彼女』はゆっくりと移動して、廊下の隅、外が覗ける窓辺に赴く。

 薄暗い月明りに照らされながら、彼女は呟いた。

 

『あっちの世界に片足を踏み入れるとね、戻って来るのには代償が必要なんだよ。

 突き飛ばすようなものだよね。私が体の外に飛び出る反動で、彼は体の中に戻れる、みたいな。

 ……でも、魂1つじゃ釣り合わなかった。もう少しだけ、彼をこっちに戻す推進力が必要だった。

 だから……あの人を、少しだけ貰ったんだ』

「兄さんを、もらった……?」

『うん。あ、別に寿命を、とかじゃないよ。

 ……あの人が本来背負うべきじゃなかったもの。あの人が、新しい人生を生きるのに邪魔になるもの。

 そう言えば……あなたなら、わかるでしょ?』

 

 それは……いや、まさか。

 

「あなた、まさか、自分の記憶を……?」

『正確には、もうちょっと多いかな。多分、小学生の頃までの彼の時間は、私と一緒に消えたはず』

 

 ……そんな。

 

「寂しく、ないの……? あなた、だって、最期だって兄さんに会いたいって……。

 それじゃ、あなたを覚えてる人は、もうどこにも……!」

『寂しい、よ。すごく』

 

 黒いモヤが、少しだけ揺れる。

 

『寂しい。とっても、寂しい。

 忘れられる。あの人に。もう会えない。辛い。寂しい。怖い』

 

 

 

 本来、異常なモノは皆、「寂しさ」に弱い。

 

 そもそもソレらを認識できる者が少なく、生きている者たちからの疎外感や孤独感を感じやすいというのもあるんだろう。

 こちらがアレらを認識できると知るや否や、仲間にしてやろうと、1人でも仲間が欲しいと、追い回したりしてくるんだ。

 

 ……恐らく、『彼女』もその例外ではない。

 前世から数えれば、もう何十年も誰からも認識されずにいた『彼女』もその例に漏れず、「寂しさ」を厭っているはずなのに……。

 

 それなのに。

 

 

 

『……でもね、いいんだ』

 

 『彼女』は……小さく、笑った。

 

『負けちゃったから、さ』

「負けた……?」

『悔しいけど、私には、どうやったって彼を幸せにはできない。彼の歩む足を引っ張って、ただただ辛くすることしかできない。

 ……でも、あの子なら、できるかもしれない。この世界で彼を、幸せにできるかもしれないんだ』

「あの子って……もしかして、ホシノウィルムさん?」

『そう』

 

 『彼女』は、夢を謳うように語る。

 

『あの子なら、きっと、救い合うことができる。

 私みたいに、ただ彼に救われるだけじゃない。あの子が彼に手を差し伸べることができる。互いに救い合うことができる。

 だから……うん。だから、私が消えることで、あの人が救われるのなら、私はそれでいいんだ』

 

 

 

「消える、って……確かに体から出たのは残念かもしれないけど、また兄さんに取り憑けばいいじゃん。

 それなら、まだ兄さんの傍で見ていられるでしょ?」

 

 ……いつの間にか、私は『彼女』を引き留めようとしていた。

 

 最初は、兄さんに危害を加えるナニカなのではないかと警戒し。

 『彼女』であるとわかってからは、それでも兄さんに害になるのなら排除しようと、決めていたのに。

 

 それなのに……『彼女』は、どこまでも純心だった。

 

 ただ兄さんを想い、自らとその記憶を投げ打って、兄さんが救われるように背中を押して……。

 そんな優しい女の子が消えるなんて、間違っている、と。

 『彼女』にも、幸せになる権利があるはずだ、と。

 

 いつしか私は、そう思うようになっていた。

 

 

 

 ……けれど。

 

『それは、無理なんだよ』

 

 ざり、と。

 黒いモヤの輪郭が……『彼女』が、ブレる。

 

『……私は、この世界のモノじゃない。彼にひっついてこの世界に来た、ただの不純物でしかない。

 だから、体っていう入れ物がなくなると……2、3日くらいで、消えちゃうみたいなんだ。まぁ、体から出る前から、薄々わかってたことだけど』

 

 消える、って……。

 

『言い訳するつもりじゃないけど、さっきパーティを見てたのも、思い出作りのつもりでさ。

 誰にも見つかることなく、綺麗に消えるつもりだったんだよ? 結果的に、昌ちゃんに見つかっちゃったけど』

 

 『彼女』は兄さんの体の中で、どんな気持ちで、今世を過ごしてきたんだろうか。

 自分の恩人で、想いを寄せる人が……全てがリセットされるはずの来世でも、自分のせいで追い詰められている現実を見て。

 一体、何を思ってきたのか。

 

 ……そう、か。

 それがきっと、今の『彼女』の原動力。

 

 もう彼に、これ以上の傷を残したくないと。

 自分の記憶も魂も奪い去り、その気配すら感じさせることなく消えることで、救われる彼の背中を押したいと。

 

 ただ、そう思って……それだけのために。

 

『……あぁ、でも言っておくけど、消えること自体には納得してるんだよ? 彼を苦しめるばかりの私は、ここで消えてしまうべきだもの』

 

 黒いモヤは、その黒色を徐々に剥がれ落としながら……。

 そう、静かに語った。

 

 

 

 ……そんな。

 

「なんで……なんで、そんな」

 

 信じられない。

 なんで、そこまでできるの?

 

 多くの人にとって、死は断絶だ。

 何故なら、私のように「死んだらどうなるのか」を知っている人は少ないからだ。未知こそが、死を絶対たらしめている。

 

 逆に言えば、私のように魂が見えている者にとって、死は恐ろしくはあっても絶対的なものではない。

 死んだら魂となって浮き出る、死んでもその先があると、知っているから。

 

 ……でも、その更なる先は、違う。

 

 死んで魂になった後、私たちはいずれ、どこかに消えていくことになる。

 その消滅は……消えるのは、すごく、怖い。

 どこにいくのか、どうなってしまうのか、わからないから。

 

 あるいは、兄さんの言うように、生まれ変わるのかもしれない。

 でも、そうだとしたら……何故私や他の皆は、前世の記憶を持っていないんだろう?

 ただ忘れているだけ? 忘れていない兄がレアケースなの?

 ……それとも、そもそも生まれ変わること自体が、すごく珍しいことなんじゃないの?

 

 私や魂を知る者たちは、「死」の先を知っている。

 けれど、その「消滅」の先は、知らない。わからない。わからないからこそ、怖い。

 

 『彼女』の言う「消える」とは、そのことだ。

 私たちにとっての、どうしようもない断絶。普通の人の言う、「死」に近い恐怖。

 

 『彼女』はそれを受け入れてまで、兄さんを救おうとしている。

 

 なんで、どうして、そこまでして……。

 

 

 

『当然だよ』

 

 月明かりに照らされた『彼女』は……厳かに、祈るように、言った。

 

『確かに、彼に温もりをもらって、逆に世界は冷たいんだって知ることになった。

 ……でもさ、それでも。

 私は確かに、あの人に救ってもらったんだよ。

 死ぬまで知らなかったはずの温かさを、あの人にもらったんだ』

 

 既に救済は済んでいたと、『彼女』は独白する。

 ……兄さんが叶えたかったことは、本人が自覚できていないだけで、とうの昔に叶っていたのだと。

 

『でも、今、私はそんな人の足かせにしかなっていなくて、しかも彼が目の前で死にかけていて……私がいなくなれば、彼は幸せになれるかもしれないんだよ。

 だったらさ……迷惑をかけてしまった分、幸せになってほしいと思うでしょ?』

「それは……っ」

 

 ……口を開きかけて、閉じる。

 

 わからない。

 凡人に過ぎない私には、そんなに重い経験は、ない。

 

 だから私には、『彼女』の決断を、肯定することも否定することも、できない。

 

 押し黙った私に対して、『彼女』は穏やかに語る。

 

『……ありがとう。昌ちゃんのそういう気遣いに、あの人も……私も、ずっと助けられてきた』

「私も、って……」

『言ったでしょ? あの人を通して、私は世界を見て来た。

 だから、私に幸福な家族の形を見せてくれたのは……あなたたち、堀野家の皆なんだよ。

 ずっと未来を、未来に幸福があるってことを信じられなかった私に、「もしかしたら」って思わせてくれたのは……あなたたちなんだ』

 

 だから、ありがとう、と。

 

 黒い、ゆっくりと崩れ落ちていくモヤは、感謝を告げた。

 

 

 

 『彼女』の崩壊は、加速度的に進んでいく。

 

『……そろそろ、限界かな。

 悪くない。うん、悪くないな。彼の幸福な未来を見届けられたのは、すごく良かった。

 それに、昌ちゃんに話を聞いてもらって……すごく、気持ちが軽くなった。

 私がやったことで、取った決断で、少しでもあなたたちに恩を返せたのかな、って』

 

 ポロポロと、黒いものが剥がれていく。

 『彼女』が……欠けていく。

 

 

 

 ……駄目。

 

 好きだった人に忘れられて、自分は全部失いながら、それでも笑って消えるなんて……。

 

 そんな悲しい終わり方、駄目に決まってる!

 

 何か、何か、せめて最後に……!

 

 

 

「……あなたの、名前!」

 

 考えるよりも先に、私の口が動いた。

 

『え?』

 

 困惑する『彼女』に、私は縋るように言った。

 

「あなたの名前を、教えて。

 兄さんは、あなたの記憶を失ったんでしょ? この世界に、あなたを覚えてる人はいないんでしょ?

 だったらせめて……あなたのことを知ってる私に、その名前を、教えて」

 

 ……そんなことが、慰めになるとは思えないけれど。

 私の、自己満足に過ぎないのかもしれないけれど。

 

 せめてこの世界にいる、誰か1人くらい……。

 兄さんを助けてくれた女の子の名前を、憶えているべきだと、そう思ったんだ。

 

『……そっか、覚えててくれるんだね。

 あの人を呪って、縛った、こんな私を……あなたは、覚えていてくれるんだ』

 

 私の言葉に、『彼女』は、動きを止めて……。

 

 

 

『────、だよ。私の前世の、生きてた頃の名前』

 

 

 

 それを、教えてくれた。

 

 私の姉として生まれるかもしれなかった魂の、幸せになれなかった少女の、たった1つの名前を。

 

「覚えてる。きっと、ずっと覚えておくから。私の兄さんを助けてくれた人のこと」

『……、そっか。

 現金だなぁ、私。この期に及んで、まだそんなことで喜んじゃうなんて……彼を貶めた私が救われることなんてないって、覚悟してたはずだったのになぁ』

 

 そう言って、『彼女』は……小さく、泣くように、笑った。

 

『酷い死に方をするし、初恋は破れたし、散々だったけど……なんだ、良いこともあるものだね』

 

 私が『彼女』のことを覚えているっていう、ただそれだけなのに。

 それを『彼女』は、夢を見ているかのように、すごく嬉しそうに語って……。

 

『……うん、今度こそ、満足。

 恩人も助けられたし、その妹さんには覚えていてもらえるし……過去は、十分清算したよね。

 私もそろそろ……未来に進まないと』

 

 崩れていく黒いモヤは、もはや原形すら留めていない。

 『彼女』は……『彼女』は、もう。

 

『さようなら、昌ちゃん。ありがとう』

 

 そう言って、『彼女』は最後に、その深海の底のような、黒い群青色を瞬かせて……。

 

 ほんの刹那、瞬きの間に、跡形もなく消え去った。

 

 

 

「……さよなら、──さん。こっちこそ……ありがとう、ございました」

 

 小さく呟いて、私はまぶたを閉じる。

 

 死後の魂が消えた先が、天国なのか、それとも輪廻転生なのか、私には知る由もないけど……。

 

 

 

 そのどちらにせよ。

 どうか、『彼女』の魂に、慈悲と安らぎのあらんことを。

 

 

 

 冬の夜、窓の外の真っ暗な空に向かって……。

 私は1人で、静かに祈りを捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは物語のエピローグ、その、更にずっとずっと未来の話。

 余談、あるいは蛇足と呼んでも構わない、語る必要のない話かもしれない。

 

 私が兄さんの元から独立し、初めての専属担当ウマ娘を持って、彼女と3年間を駆け抜けて。

 幸運にも学園の理事長から高い評価をいただき、チームを持てるようになって。

 プレオープン、オープン、そしてG3、G2と、担当ウマ娘たちと共に勝ちを重ねて行った……。

 

 そんな、とある頃の話だ。

 

 

 

 桜咲く春、出会いと別れと、新たな旅路の始まる季節。

 そんなとある日、私は自分が運営するチームの入団テストを行うために、トレセン学園のグラウンドに出ていた。

 

「ふむ……」

 

 無意識に呟きながら、手元の資料をパラパラとめくる。

 それは今日のテスト受験者の名簿と、その各種データや来歴の載った書類の束だった。

 

 ……ここに来て間もなく、兄に徹底的にしごかれた経験からか、気付けば私はデータ至上主義に染まっていた。

 

 私は浅学菲才の身だ。兄のように完璧なレースの展開予測ができるわけじゃない。

 

 自分でウマ娘を担当するようになって、改めてあの人のおかしさを理解した。

 なんで「あのウマ娘は750メートル地点から1段階ペースを落とす」とかわかるんだよ。圧倒的な過去のデータと経験則による予測って言ってたけど、未来視の能力を持ってるって言われた方がまだ納得できるっての。

 

 結局のところ、兄は要領こそ悪いけど……いわゆる「努力の天才」ってヤツだったんだろう。

 手を付けたことのない事柄、経験のない体験には弱かったけど、逆に自分が取り組んできた事に対してはめっぽう強い。

 ……それこそ、無敗の三冠ウマ娘を育ててしまう程に。

 

 それに比べれば私は確かに、分家のアホ共が言うように、出涸らしだった。

 上の兄程要領が良くないし、下の兄程努力の鬼でもない、中途半端な人間だ。

 

 ……けれど、そんな非才の私にも、データは嘘を吐かない。

 自分の担当ウマ娘とライバルのウマ娘、レース場とコースやバ場状態……。

 そういったピースを十分に集め、パズルのように組み合わせていけば……兄程ではないにしても、私にもある程度はレースの展開予測ができたんだ。

 

 データは正直だ。常に一定の法則で動く、私にだってわかりやすい指標。

 私がデータ至上主義に落ちていくのに、そう時間はかからなかった。

 

 ……三下のデータキャラって、こうして生まれていくんだろうな。

 非才が故にデータを集め始めて、必死に努力し続けて……でも、本物の才能には勝てはしない。

 だって天才は……本当に天才的なウマ娘たちは、データなんて軽々と飛び越えていくんだから。

 

 

 

 ……まぁ、そんな愚痴を言っていても仕方ない。

 私は益体のない思考を打ち切り、改めて、今日来るチーム入団志願者たちのリストを分析していたんだけど……。

 

「あの」

 

 そんな私に、声がかかる。

 

 聞き覚えのない声に振り向いた先にいたのは……今日のテストを受けるウマ娘の1人。

 

 

 

 長く伸ばした黒髪に、同色の綺麗な瞳。

 あの頃のホシノウィルムさんよりも、更に一回り小さな体躯。

 大きな耳と尻尾を緊張で張らせ、真新しいトレセンのジャージに身を包んで……。

 

 

 

 

 

 

 そして、その魂の色は。

 深海のような、少しだけ黒に近い、群青だった。

 

 

 

 

 

 

 …………そう、か。

 

 そうか、そういうことも、起こり得るのか。

 

 

 

「あの、〈チーム・シェアト〉の入団テストの会場ってここであってます?」

「……あぁ、あってるよ」

「そうですか! 遅れずに済んで良かったぁ」

 

 彼女はほっと、胸を撫で下ろす。

 

 ……果たして、彼女は私のことを覚えているのか。

 そして、私がその〈チーム・シェアト〉のメイントレーナーだと理解しているのか。

 

 それはまだ、わからなかったけれど……。

 

「……まだテストまで時間もあるし、ちょっと聞いてもいい?」

「え? はい、どうぞ」

「あなたの夢は、何?」

 

 唐突にそう訊かれた彼女は、一瞬ポカンとした表情を浮かべた後……。

 

 楽しげな笑みを浮かべて、言った。

 

 

 

「私、ここまでずっと、たくさんの人に助けられてきたんです。

 不器用だけど真面目なお父さん、優しくていつも支えてくれたお母さん、それにたくさんのお友達も。

 だから……今度は私が、誰かを救えるようなウマ娘になること。

 それが、今の私の夢、未来への希望です!」

 

 

 







 「転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘」
 第二部「堀野歩」 完

 本編完結です。
 転生者2人……と、そしてずっと密かにそこにいた、3人目の転生者。
 彼と彼女、そして『彼女』の物語を楽しんでいただけていたら、この上なく嬉しいです。
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!






 ちなみに3、4日後からは長い長いエピローグ、あるいはホシノウィルムのシニア級、もしくは生まれ変わった彼と彼女の新たな人生、またの名を第三部が始まりますので、そちらもよろしくお願いします!
 メインストーリーは終わったので、ここからは急激にシリアス度減少、ギャグ度と糖度が急上昇する予定です。是非ともお楽しみに!



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、大晦日の話。



(報告)
 活動報告にて、第二部終了の謝辞の方を掲載させていただいています。
 今後の方向性も軽くですが書いているので、興味のある方はご一読ください。

(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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