転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 第三部開幕。
 有記念もメインストーリーも終わったことですし、しばらくは平穏で砂糖多めの日常をお楽しみください。





幸せに終わった物語の続き
当然のように明日が来る、とある日の話


 

 

 

 トレセン学園のトレーナーに、仕事納めなどという概念は存在しない。

 ……と、それは流石に言い過ぎか。

 

 正確には、中央トレセン学園には明確な「仕事納め」が存在する。

 まぁ当然と言えば当然だろう。トレセン学園のトレーナーは公的な教職員。だからこそ、他の公務員と同じく、12月28日が最終就業日とされているんだ。

 

 ……が、これはあくまで規定上の話。

 その実、果たして何割のトレーナーがこれを守っているんだろうか。

 

 

 

 この前にウィルも走った、有記念。

 国内最高峰のレースであるそれは、年内最終盤にして最大のクラシック・シニア混合レースという都合上「年度の締めくくり」と言われるが、実のところこれは正確じゃない。

 

 あまり詳しくないファンの方は意外に思うかもしれないが、有記念は必ずしも最後のG1レースというわけでもない。

 ジュニアG1の1つであるホープフルステークスは、この後に行われることも多いからだ。

 

 今年の場合、ホープフルステークスが行われたのは12月28日。

 有記念から6日後であり……規則上におけるトレーナーの仕事納めの日である。

 

 語るまでもないことだけど、そうしてレースがある以上、出走するウマ娘のトレーナーたちは仕事に追われることになる。

 当日までの調整にウマ娘の追い切り、そして当然のことながら、レース後の事後処理も、だ。

 

 さてそうなると、ホープフルステークスに出るウマ娘のトレーナーが28日に仕事納めするには、その日の内にG1レースの事後処理を終える必要があるわけだ。

 果たして彼ら彼女らは、これをこなすことができるだろうか?

 ……できるわけがないんだよね、これが。

 

 そもそもトレーナー業というものは、必ずしも定時で終えられるものじゃない。G1に出走するようなウマ娘と契約すれば特に、だ。

 更に、秋川理事長が選んだトレーナーたちが皆、その形の差はあれどウマ娘を好んでいるという都合もあり、中央のトレーナーはサビ残前提で働き続ける者も多い。

 その上年末は、関係者への年賀状の作成とか今年のレースのまとめとか年始の準備とかで、そりゃあもう忙しくなる。

 

 それらの条件が重なった結果として、俺や昌含むトレーナーたちは、12月29日以降も当然のような顔をして働く。勿論給与は発生しない、いわゆるサービス残業というヤツだ。

 そして「残業はやめてって言いましたよね!」と、たづなさんに鬼のように怒られるのだった。

 

 

 

 とはいえ、それにもいつかは終わりが来る。

 というか、終わらせなきゃいけない。ひとまず年内の仕事はここまで、と区切りをつけることは大事だ。

 

 ただ俺たちの場合、それが遅れに遅れた。

 ……ぶっちゃけ寝坊助の俺のせいで、業務が停滞気味だったのが原因なわけだが。

 

 結果として……。

 

「よし、終わった」

 

 俺がペンを置いたのは、実に12月31日の正午も迫る頃。

 28日から遅れに遅れに遅れ、年の瀬どころか大晦日に突入し、更にその4分の1を使い切ってしまった時だった。

 

 

 

 いやぁ、ここまで大変だった……。

 ホシノウィルムが今年、好成績……とかいう次元じゃない、とんでもない記録を残してしまったことで、俺たちトレーナー陣も色々とすべきことが増えてしまった。

 

 いや、勿論それ自体は担当ウマ娘の躍進であり、これ以上ないくらいに光栄なことだ。

 でも正直これ、もしも俺が名門出身で、ある程度とはいえ仕事に慣れてなかったら、普通に過労死するレベルだったんじゃないだろうか。

 

 26日から31日昼までの5日半、俺と昌はとんでもない量の書類の束や溜まっていくメールとの戦闘を強いられていた。

 俺が目を覚ますまで頑張ってくれた昌には疲労の色が見えたし、流石に30日以降は、丸1日休みを取らせるつもりだったんだけど……。

 そう言うと彼女は、「は? 兄さんが休むまでは休まないけど?」と、いつもの意地っ張りモードに突入してしまった。

 

 そうなれば、彼女を休ませるには早急に仕事を済ますしかなかったんだけど……。

 そう決意するや否や、これでもかと言わんばかりに追加の仕事が舞い込んでしまった結果、ついにはここまでかかってしまったわけだ。

 

 少しは仕事に慣れてきたと思ったが、まだまだ予測が甘かったな。

 俺の仕事の計画には昌や担当ウマ娘も関わってくるんだから、これからはもっとバッファを持った予定を組まなければ。

 

「お、おわ、おわった……?」

 

 自分の机に座って、死んでから3か月経った魚のような目をしていた昌は、ぼんやりと虚ろに呟く。

 

 ……改めて見ると、ちょっと無茶させすぎたかな。

 ここまで2徹だったからな。いや、3徹だったか? うん、昌もすごくよく頑張ってくれたと思う。

 

「うん、これで……最後の1枚だ。お疲れ様、昌。……昌?」

 

 返事がないと思ったら、昌は机に倒れ伏していた。

 息は……あるな、良かった。

 脈は不整脈だし体温は低いけど、どうやら寝不足が祟って気絶したらしい。

 

 ふぅ、びっくりした。それと、安心した。

 ……俺が事故にあった時、そしてひとまず命に支障がないとわかった時、昌やウィルたちも同じように思ったんだろうか。

 いや、昌は普通に怒ったかもしれないけど。

 

「……頑張ったな。お疲れ様、昌」

 

 昌をソファの上に移動させ、トレーナー室に備えてあった毛布を体にかけて、「仕事は終わったからゆっくり休んで。施錠はしっかりお願いね」という旨の書き置きを残して……。

 

 俺はトレーナー室に鍵をかけ、そこを後にした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 時は12月31日の昼下がり。

 いわゆる大晦日の日、いつもは活気のあるトレセン学園も、今日ばかりは静かなものだ。

 ……ごめん嘘、別に静まってはいないわ。

 いつもよりかは少ないとはいえ、今日もトレーニングに励むウマ娘の声は遠くから聞こえてくる。

 

 現在、トレセン学園は冬休みの真っ最中。

 ウマ娘の出走レースやトレーナーの指針にもよるが、この時期はトレーニングはお休みにして、実家に帰省する場合もある。

 彼女たちは初等部を終えて、親元を離れたばかりの子も多い。たまのお正月くらいは帰省し、慣れ親しんだ家庭に戻る権利もあるだろう。

 

 ……が、そうしないウマ娘も、決して少なくはない。

 彼女たちは学生でもあるが、同時にトップアスリートでもある。大晦日にもトレーニングに励んでいる子もいるわけだ。

 

 担当の勝利を一番に考えるなら、きっとその選択が正しいんだろうな。

 アスリートである彼女たち、それも本格化中のウマ娘にとっては、一瞬一秒が惜しいのだから。

 

 けれど俺の指針としては、走ることを楽しみ、人生を豊かにしてほしいという想いがあるわけで……。

 ウィルもブルボンも、今年はすごく頑張ったんだ。

 サボるというわけではなく、メリハリを付けてモチベーションを保つという意味で、彼女たちにはしばらく休んでもらおうと思ったわけだ。

 

 昌もあの様子を見るに、しばらくは動けないだろうし……。

 俺たちの陣営は、一時的に足を止め、ほんの少しの小休止に入ったことになるだろう。

 

 

 

 ……だが。

 そうなると、俺はどうしようか。

 

「ふむ……」

 

 昌の久々の睡眠の邪魔はしたくないから、トレーナー室には入れない。

 となると、トレーナーとしての仕事は殆どできないだろう。情報収集はできるかもしれないが……年末の1日となると、できても電子書籍を読むことくらいか。

 

 勿論、ウィルやブルボンに連絡を取り、休暇を邪魔するわけにもいかない。

 久々に休暇を取るのは、何も昌だけじゃない。彼女たちにはそれぞれに安息の世界がある。そこに踏み込むのはちょっとやり過ぎだろう。

 

 と、すると……。

 

「うん、寝るか」

 

 そういえば、俺もしばらくの間睡眠を取っていない。

 明日以降にきちんと働くためにも、今は一度自室でしっかりと睡眠を取るべきだろう。

 

 6時間くらい眠ればある程度スペックが戻るはずだし、夕方くらいに起き出して昌の様子を伺って、そこからちょっとだけまた仕事を……。

 

「ん……」

 

 うわ、仕事が終わったことで気が緩んだのか、睡眠不足を自覚するとめっちゃ眠くなってきたな……。

 この疲れ、明日までにしっかりと取らなければ……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……などと。

 

 そんなことを考えながら寝たら、12時間くらい爆睡してしまった。

 

 

 

「あー……」

 

 マジか。

 

 スマホに示されている時間は、もうあと1時間弱で年が明けることを示している。

 

 ……いや、マジか。

 

 アラームは……うわ、止まってる。

 記憶は残っていないが、どうやら俺は1度起き出して無意識にアラームを止めた後、再び眠りに落ちてしまったらしい。 

 いわゆる二度寝というヤツである。

 

 試しにスマホを再起動してみたけど、その数字は変わることはなかった。

 ……考えたくないことだが、どうやらこれは、紛うことなき現実であるらしい。

 

「……やっちゃったかー」

 

 いやまぁ、明日の……もう今日の、か。今日の朝にまでするべきことは全部やっている。

 ここで寝ていても、誰かに迷惑をかけるわけではないんだが……。

 

 寝坊。寝坊かぁ……。

 思い通りに起きられなかったの、本当に久々だ。

 

 

 

 最近の俺は、どうにもおかしい。

 いや、おかしかったのはあの宝塚記念以来ずっとなんだけど、ここ最近は特におかしい。

 

 何がおかしいかと言うと、なかなか一言で表すのが難しいんだけど……。

 簡単に言うと、気が緩んでいるような……あるいは、生物的な欲求が強くなったような、そんな感じだ。

 

 例えば、疲れている時に布団に倒れ込むと、すごく心地良くて動きたくなくなる、とか。

 朝に温かい布団から出ることに抵抗感を覚える、とか。

 あとはやけに食事を美味しく感じたりもしたし、あまりに仕事を長く続けていると疲れを強く感じて休憩を取りたくなったりと……。

 なんというか……昔より強く欲求を感じるようになってしまったんだ。

 

 

 それらを一言でまとめるなら……そう。

 俺は弱くなった。それが、一番近い表現だろう。

 

 以前に比べて、俺の「我慢しなければならないという理性」に対し、「食べたい、寝たい、休みたいという欲望」が大きくなってしまっている。

 

 理性と欲望。

 前者が弱くなったのか、それとも後者が肥大化したのか、俺はしばらく考えていたが……。

 結論としては、その両方っぽいんだよなぁ。

 

 以前のように簡単に我慢が利かなくなったことからも、理性が脆弱になっているのは間違いない。

 そして同時、睡眠を心地良いと、食事を美味しいと、休んだ時にほっとすると感じるようになったのは、欲望自体が肥大化しているとも感じる。

 

 俺からすれば、自分がどんどん駄目になっていく感じがして、ちょっと不安になるんだが……。

 ……俺に「もっと食えもっと寝ろもっと休め」と言って来ていた兄さんが知ったら、喜ぶだろうな。

 

 

 

 何故事ここに至って、俺はこんな状態になっているのか。

 その理由は……正直、よくわからない。

 

 どうしちゃったんだろうな。あの有記念以降、どうにも俺はおかしくなってしまった。

 もしかして頭をぶつけた際に、大事な何かが壊れたりしたんだろうか? 一応、精密検査でも文句なしの健康体だったはずなんだが……。

 

「……ま、いいか」

 

 色々と考えていた思考を、一言で打ち切る。

 

 俺は、以前のように無理ができなくなった。

 ずっと仕事を続けていると息抜きが欲しくなるし、ちょっと食事を抜いただけで空腹を我慢できなくなるし、3徹以降は目に見えて能率が落ちる。

 

 ……けど、トレーナー業の効率が落ちたかと言うと、そういうわけでもないんだ。

 

 食欲や睡眠欲を凌駕するレベルではないようだが、俺の中には確かに、ホシノウィルムとミホノブルボンのトレーナーとして頑張りたい、彼女たちを支えたいという欲求がある。

 だからこそ、理性が弱くなっても、本能から行動を起こすことができるようだし……。

 

 ……少しばかり、皮肉なことに。

 しっかりと食べて、寝て、休んで取る活動は、以前よりも効率の良いものだった。

 

 頭はより回るし、勘も利く。以前なら少し頭を捻らなければならなかったようなことでも、すぐさま解決法を思い付く。

 結局のところ、以前までの俺には休息の時間が足りなかったんだろう。脳と体のスペックを何段階か落とした状態で活動していたんだ。

 

 長時間動けるが能率の悪かった昔と、短時間しか動けない代わりに能率良く働ける今。

 どちらがより多くの仕事をこなせるかというと……ぶっちゃけ今の方がマシだと思う。

 

 以前のように無理は利かなくなった。多分30時間ぶっ続けで机に向き合うことはもうできない。

 けれど、休憩を挟みながら20時間くらいならできる。そしてその20時間での能率を2倍以上にすることができれば、以前より多くの仕事をこなすことができる、というわけだ。

 

 以前よりも仕事ができるのなら、これはきっと、良い変化と呼んでいいものだろう。

 そんなわけで、俺は自分の変化に戸惑いながらも、それを半ば受け入れつつあった。

 

 

 

「いやしかし、それはそれとして、寝坊は良くないか……」

 

 寝坊とは即ち、予定通りに起きられないということで。

 もしもそれが、大事なレースの朝にでも起こったら……うわ、めっちゃ鳥肌立った。

 もっとしっかりしないと、マジで取返しの付かないことになりかねん。気を引き締めよう。

 

 ……しかし、寝坊か。

 寝坊なんてしたの、いつぶりだろうな。

 

 今世ではした覚えがないから、自然と前世の話になるんだろうが、最後は前世のいつ……。

 

 …………?

 

 中学生以降にした覚えはないから、初等部の頃……だと思うんだけど。

 ……どうにも、その辺りが思い出せない。

 

 人生で1度も寝坊してないとは流石に思えないし、流石に初等部の頃にはしてると思うんだが……。

 

 いや、そもそも俺、初等部の頃はどういう子供だったっけ?

 どこの学校に通って、どんな友達がいて、何をしていた?

 その頃の将来の夢は? お気に入りの遊具は? 流行っていた芸能人は……?

 

「……思い、出せない?」

 

 漁ろうとしても、記憶がない。脳からすっぽり抜け落ちたみたいに、その部分だけ空白になっている。

 これは一体……。

 

 ……いや。

 考えてみれば、そんなものなんだろうか。

 

 前世の初等部時代となると、既に30年以上前だ。

 記憶というものはどんどん経年劣化していくし、それは人が生きていく以上防ぎようのないもの。

 

 特に俺は、転生者だ。前世の記憶が今世にどうやって持ち越されているのか、どうやって保存されているのかが判然としていない。

 もしかしたら、前世の記憶は今世の記憶よりも劣化しやすく、こうしてどんどん思い出せなくなっていくのかもしれない。

 

「……うーん」

 

 そう思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 

 忘却は、ある意味で仕方のないことだ。

 人間は全てを覚えておくことはできない。そこには無駄が多すぎるし、何より忘れる事で精神的な負荷を減らさなければ、人生はどんどん重いものになっていってしまう。

 

 生きることは、辛いものを抱え、苦しみが増え続けることなのだと……。

 そう、どこかで聞いた気がする。

 誰から聞いたのかは、思い出せなかったけれど。

 

 だからこそ、忘れることは、ある意味で生きることを望む者の自衛行為でもある。

 一定以上に抱え込み過ぎないように、苦しみが増え過ぎないように、潰れてしまわないように……。

 背負っていたものを過去に置いて、未来に進む行為。

 

 それは、仕方のないことだ。

 人が生きる上で、いつかは経験することだ。

 

 ……ただ、何故かそれが、少しばかり寂しかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「あー、駄目だ。ちょっとネガティブになってるっぽいな」

 

 どうやら俺は、覚えている限り初めての寝坊という失敗に、思いの外ショックを受けているらしい。

 これはこれでしっかり反省するとして、今は気を持ち直さないとな。

 

 ……さて、改めて、ここからすべきことを考えよう。

 

 ひとまずこの12時間で何かなかったか、連絡用のLANEを見てみると……5時間程前に昌からメッセージが飛んできていた。

 

『ごめんなさい、寝てた。毛布ありがとう』

『というか、正直ここ最近の記憶がないんだけど、どうなってた? 私ちゃんと仕事できてた?』

 

 そこから20分程時間が飛んで、3件のメッセージ。

 

『ちょっと』

『大丈夫?』

『確認したら連絡ちょうだい』

 

 ……ヤバい、これめちゃくちゃ心配かけてるな。

 あの事故の後、昌その辺にすごい敏感になったからな……。またぞろ事故にでもあったんじゃないかと心配されているに違いない。

 

 俺は『ごめん、こっちも寝てて気付かなかった。普通に無事だから気にしないで』と昌にメッセージを送って……。

 え、もう既読付いた。1秒も経ってないのに。

 

『バ鹿』

『もう』

『いや、バ鹿は言い過ぎた』

『ごめんなさい』

 

 その昌らしい不器用な気遣いに、思わず頬が緩む。

 他人に対して心配性で、考えすぎることも多く、思わず感情を出してもすぐに反省することができる。

 身内贔屓ではあるけど、そういう真面目さは昌の美点の1つだと思う。

 

『それで、状況は?』

 

「ふむ……状況」

 

 改めて聞かれ、俺はここ数日のことを思い出しながら、パタパタとスマホに打ち込んでいく。

 

 ……まだ若干寝ぼけて意識も曖昧だし、ここは一旦、あの有記念からの記憶を整理してみようか。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ホシノウィルムの有記念が終わり、今年の俺たちの陣営が出走するレースは全て終わった。

 そして同時、俺が遅まきながら目を覚まし、翌日午後から仕事に復帰。

 そこから2日間ひたすらに仕事の処理をして、昌が手に余らせ積み上げていた山に大体の決着を付けた。

 ……まぁ、あくまで「大体の」でしかないし、追加でやるべき調査や整理はまだまだ残っていたわけなんだけども。

 

 で、ひとまず色々と片付いた12月25日、クリスマスの日。

 最初は陣営内でクリスマスパーティ&有記念残念会を開こうと思っていたが、ウィルが漏らしたらしく、ネイチャとテイオーの陣営も参加を希望。

 結果として、かなり大規模になってしまったパーティが行われたのだった。

 

 ……冷静に考えるとあのパーティ、今年の有記念の2着と3着と9着がいたんだよな。

 更に、ブルボンはG1レースである朝日杯を制したジュニア級王者。

 あれ、実はとんでもなく豪華なパーティだったんじゃないだろうか。

 ファンの需要もあっただろうし、配信とかすべき案件だった気がしないでもない。

 

 ともあれ、そんなクリスマスが終わると、いよいよ今年も終わりに近付く。

 学生であるウマ娘たちは本格的に休暇シーズンに入り、俺たちの陣営だと、ブルボンは実家の方に帰省したのだった。

 

 ……まぁ彼女の場合、休暇というよりは、両親に顔を見せるという意味合いが強かったっぽいけど。

 「あちらでもトレーニングができるようにメニューが必要です。マスター、出力をお願いします」なんて言われた時は、割と本気でどうしようか迷ったものだ。結局作って渡したんだけどさ。

 

 一方で、ウィルはトレセンに残った。

 というか、彼女の場合は北海道の家を売ってしまったらしいからな。トレセンの寮を出ても帰省する先がない、と言うべきだろうか。

 ……こう言うと少し寂しく感じるが、今の彼女の財産を考えると、家の1つや2つは簡単に建てられるだろう。そこまで悲観すべき状況ではないはずだ。

 必要なら、俺が色々と手を尽くしてもいいしね。

 

 話を戻して。

 そんなわけで、ウィルはまだトレセンにいるわけだが……。

 とはいえ、流石に彼女に28日以降もトレーニングを強いることはできない。

 いくらアスリートであると言っても、彼女たちウマ娘はあくまで学生だ。年末年始くらいは休みが与えられるべきだろう。

 

 まぁ、その年末年始にも走ってそうな子ではあるので、「もしも自主トレをするのなら」と軽いメニューを渡してはいるんだが。

 そして毎日「今日はここを走ってきました!」とか「見てください、ここにこんなお店できてたんです。今度一緒に行きませんか?」とかの報告とか雑談も来てるわけなんだけども。

 

 ……ま、まぁアレだ。トレーニングを押し付けられるのと、自分から自由にトレーニングするのじゃ、気の持ちようも違うだろうしね?

 

 

 

 さて、そうして担当ウマ娘たちにはそれぞれしばらく休息の日々を──いや、実際に休んでいるかどうかはともかくとして、それぞれの思うままに過ごせる日々を──与えて。

 一方で俺と昌は、やはり仕事に忙殺されていた。

 

 25日までに片付けたのは、「大体の」書類でしかない。

 来年の春以降に訪れる多忙さに対策しようとすれば、仕事が尽きるなんてことはないんだ。

 

 だって、考えてもみてほしい。

 1月に入れば、初詣に行かなきゃいけないし、ウィルのご両親にご挨拶もしなければならない。私事ではあるが流石に俺と昌も本家に戻って報告しなきゃいけないだろうし、正月が過ぎれば今度はウィルと、恐らくはブルボンも取るであろうURA賞の受賞関係で奔走しなければならないし、その後はマックイーンたちシニア級2年目のウマ娘たちのURAファイナルズの観戦が待っている。勿論春に向けたトレーニングだって欠かせないし、今年の新入生たちの調査だって怠れない。

 

 ……今更ながら、トレーナーの1月、忙しすぎるのでは?

 

 いや、わかってる。これはあくまで、ホシノウィルムとミホノブルボンという傑物中の傑物を担当しているが故の忙しさだ。

 普通は無敗三冠、現五冠ウマ娘とジュニア級王者のウマ娘を同時に担当なんてするはずがないんだから。

 

 正直、専属を持ってようやく3年目の俺には、手に余るものがあるが……。

 ……ま、彼女たちのトレーナーである以上、頑張るしかない。ちょっと申し訳ないけど、これも経験と思って、昌にも踏ん張ってもらおう。

 

 そんなわけで、俺は昌に書類を整理してもらいながら、URAの方と話したり、理事長に呼び出されたり、来年以降の粗いプランを立てたり、彼女たちの脚について研究したりと、多忙な日々を送って……。

 

 ついに今日のお昼、それらすべきことの大部分が片付いた、というわけだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 昌に状況を整理して送ると、『取り敢えず了解。申し訳ないけどまた寝る。じゃあまた明日、トレーナー室で』とメッセージが飛んでくる。

 

 ……三が日どころか元旦から働く気まんまんな辺り、昌もトレーナーに慣れて来てるなぁ。

 よし、俺も頑張ろう。精進しなければすぐに昌に追い付かれてしまいかねない。

 

 取り敢えず、ずっと読めていなかった月刊トゥインクルでも読もうかと、タブレットを取り出そうとしたんだけど……。

 手放そうとした瞬間に、再びスマホが震える。

 

「ん……?」

 

 昌が何か伝え忘れたか? いや、寝るっていってたし違うかな。

 こんな深夜となるとURAの方ではないだろうし、振付師とかのライブ関係の方でもないな。となると電子でたのんだ領収書か、堀野家の面々が早めの明けましておめでとうでも送って来たか……と。

 

 そう思って、スマホを覗き込むと。

 

「ウィル……?」

 

 ウィルから、LANEが来ていた。

 

『トレーナー』

『えっと』

『お時間ありますか』

『いえだぃざかな』

『大事な用ではないのですが』

『お忙しいでしょうし、誰かといるのなら勿論大丈夫で』

『す』

『いえ本当に』

 

 結構なスピードでメッセージが更新されていく。

 しかし、俺がそれらに既読を付けると、その更新ラッシュはぴたりと止んでしまった。

 

 ……さて、こうなると、俺は彼女のトレーナーとして一体どういう対応をするべきだろうか。

 何故こんなに慌てているべきか、その用件が何か、当然ながら気になる。

 だが、テキストで聞き出すとなると……少し難しいか。

 

 となれば、取るべき手段は1つ。

 

『ウィル』

『ひい』

『今、電話をかけて大丈夫か?』

『え、はい!』

 

 俺は早々に文字によるコミュニケーションを切り上げて、彼女に電話をかけることにした。

 

 

 

 コールすること1秒足らず。

 殆ど待つこともなく、彼女は通話に応じてくれた。

 

「もしもし、ウィル?」

『え? えっと……トレーナー』

 

 ベッドの中から通話をしているのか、僅かな衣擦れの音が聞こえる。

 ……そりゃそうか、もう栗東寮は就寝時間のはず。消灯後にこっそりと連絡してきた、という感じか。

 

 用があれば明日にすればいいのに、何故そんなことを、と疑問に思う俺に対して……。

 彼女は、少し怪訝そうな声音で聞いて来る。

 

『もしかして、寝起きですか?』

「あれ、バレたか。実は先程まで睡眠を取っていた」

『いや、こう、息遣いとか喋り方が……ちょっと甘いというか』

「甘い……?」

 

 喋り方が甘いって何? 活舌のこと? だとするとちょっと申し訳ない。

 ん、ん、と喉と舌の調子を整え、改めて俺は口を開く。

 

「で、改めて何の用だ、ウィル。今更言うまでもないが、夜更かしは体力と調子に良い影響をもたらさないぞ。いやホントに」

『いえ、それはそう、ですけども……ですけども……』

 

 どうにも今日のウィルは彼女らしくなく、奥歯に物が挟まったように口ごもっていた。

 俺がその態度に首を傾げていると、彼女は……少し恥ずかしそうに、言った。

 

『その、もうすぐ新年じゃないですか。でも、同室のミーク先輩は帰省中でいないですし……。

 だから、えっと……できれば、会って話すのは無理でも、通話して一緒に年越しとか……寝落ちとか……

 

 後半は声が小さかった上に、衣擦れの音が大きくて聞こえなかったけど……。

 

 なんだ、そんなことだったか。

 

「安心した。何か悩みがあるのではと思ったよ」

『あ、そっか、すみません、誤解を招くような……』

「いや、構わない。むしろ君のことはもっとよく教えてほしいから、なんでも気軽に言ってくれ」

『あ、う……』

 

 気恥ずかしがるように呻く彼女に、思わず笑みが漏れる。

 

 ……彼女は本当に、歳相応の女の子らしい反応を見せるようになったと思う。

 出会った当初の彼女は、まるで冷たい機械のようにさえ思えた。

 けれど触れ合っていく内に、ただ自身を抑圧しているのだと知り、徐々にその内面を俺にも見せてくれるようになって……。

 今ではこうして、自分の素直な心を明かしてくれるようになったんだ。

 

 些細かもしれないけど……その進歩が、俺は嬉しかった。

 

「……それで、一緒に年越しってことだが」

 

 ちらりとベッドサイドの時計を見ると、今は11時半。

 

 彼女はこの1年、その年に似合わぬ程頑張ってきた。

 その努力に、ほんの少しの時間で報いられるなら、むしろ安いものだろう。

 

 

 

 それに……。

 

 年越しまでの30分を、担当ウマ娘と……今年を共に駆け抜けて来た、ウィルと共に過ごす。

 

 ……うん、悪くない。

 むしろ、どこか心が弾むような気さえする。

 

 

 

「わかった。ただし、年を越したら終わり。すぐに寝るように。いいな?」

『っ、はい!』

 

 スマホの向こう側から、本当に嬉しそうな、弾んだ声が聞こえた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからの30分間、俺とウィルは、本当に何でもない話をして過ごした。

 

 同室の先輩──聞いてみれば、その正体はハッピーミークらしく、酷く驚いてしまった──と、どちらも有記念を制することができず、勝負がなあなあになってしまった話とか。

 この前URAの職員と話した際に発生した、ちょっと面白かったすれ違いの話とか。

 最近寮の食堂で突発的に発生した大食い勝負で、ふらっと現れて勝利を掻っ攫って行ったレジェンドウマ娘、オグリキャップの話とか。

 最近、やけに食欲とか睡眠欲が湧いてきて困る、という話とか。

 

 そんなことを静かに、クスクスと笑いながら語り合っている内に……。

 

 気付かぬ内に年は明けていた。

 

「……あ、しまった、もうこんな時間か」

『え? あ、気付きませんでした。もう年明けてたんですね』

「すまない、熱中し過ぎたな」

『いえ、楽しかったから大丈夫です!』

 

 少しでも楽しんでもらえたら嬉しい。

 それに……俺も、思わず笑いが漏れるくらいには、満ち足りた時間だったし。

 

 ……が、それはそれ、これはこれ。

 こういうのはメリハリが大事だ。

 

「それでは、今日はここまでだな」

『あ……そうですね』

 

 楽しそうにしていたウィルの言葉に、ほんの僅かな悲しみの色が落ちる。

 でも、大丈夫だ。

 

「ではまた明日、改めて話そうか」

『! そうですね、また明日会えますもんね!

 それじゃ、えっと、ハッピーニューイヤー。……今年もよろしく、歩さん!』

「ハッピーニューイヤー。今年もよろしく、ウィル」

 

 そう、穏やかに言葉を交わして……。

 俺たちは、静かな年明けを終えた。

 

 

 

 とても長かった、けれど同時にとても短かった、ホシノウィルムのクラシック級、ミホノブルボンのジュニア級が終わった。

 

 さぁ……ここからはホシノウィルムのシニア級1年目、そしてミホノブルボンのクラシック級だ。

 改めて気合を入れて、彼女たちのトレーナーとして頑張るぞ。

 

 

 







 大忙しな1年が終わり、もっと大忙しな1年が始まります。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、2度目の初詣の話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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