転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ホシノウィルムのヒミツ③
 実は、ガチャの運がとても悪い。
 ガチャを引くこと自体は好きだが、後で後悔する。





クレカの刃 ~無限ティッシュ編~

 

 

 

 新年あけましておめでとうございます。

 ……と、元旦にこの定番のセリフを言うようになったのは、実はこの2年のことだったりする。

 

 私は割とアレな過去を持つ。その重さたるや、一周回って話のタネになるレベルだ。

 いや、割とホントに重いから、話をするタイミングは考えなきゃいけないけども。

 

 母が私を要因として心を病んでしまい、家庭環境が崩壊。

 更には幼少の頃に母が病死、それからしばらくして父は事故死。

 中等部に入ってトレセンの寮に入るまでの間、広くて寒い家に1人きりだった、っていうもの。

 

 ……いや、既に受け入れた過去とはいえ、並べてみるとなかなかだね。

 やっぱりこれ話のタネにするのやめておこう。普通に引かれかねないわ。

 

 そんなわけで私は、両親と死に別れてからは、1月1日を誰かと一緒に過ごすっていう経験を持っていなかった。

 そうなると当然と言うか、元旦の内に「あけましておめでとうございます」なんて言葉を使うタイミングもなかったわけだ。

 強いて言えば、お世話になった親戚の方に年賀状やメールを送ったことくらいなんだけど……それも言葉じゃなくて文字だったしね。

 

 

 

 だからこそ、というか。

 実際にそれを……それも、年上の男性と女性の2人に言うのは、なんだか特別なことのように感じた。

 

「歩さん、昌さん、新年あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「うん、改めて、今年もよろしく」

「明けましておめでとうございます、こちらこそよろしくお願いします、ホシノウィルムさん」

 

 1月1日、元旦の朝。

 私は2人の契約トレーナーさんに、頭を下げた。

 

 仕事の手を止めて頭を下げ返してくれたのは、堀野歩さん。

 私を冷たい世界から救ってくれて、そしてこれから私が救っていく……その、好きな……片想いと言うか……懸想相手? みたいな? そういう感じの人です、はい。

 

 そしてその隣、丁寧に言葉を返してくれたのは、堀野昌さん。

 歩さんの妹さんで、優しくて真面目なお兄さん思いの良い人だ。何度かお話もさせてもらって、歩さんとはまた違った形でだけど、私は彼女を結構信頼している。

 

 競走ウマ娘ホシノウィルムを監督し保護してくれる、トレーナーさんとサブトレーナーさん。

 そういう意味では、2人は私の保護者と言っていいかもしれないし……。

 ある意味では、育ての両親に近い存在と言えるかもしれないな。

 

 ……うーん。育ての親、両親、か。

 自分で思ってなんだけど、それはちょっとヤだな。

 

 昌さんは流石家族といったところか、歩さんと良い距離感を保っている。

 近すぎてイチャイチャしてるって程でこそないけど、互いに相手を大事に想っていることがよく伝わって来る、家族らしい距離感だ。

 そういう意味では、熟年夫婦と思って見ても、そこまで強く違和感のある2人ではないと思う。2人とも、特に昌さんは「いやそれはない」って言ってくるかもしれないけども。

 

 昌さん、表面上はツンケンしてるけど、ああ見えてかなり家族思いだ。

 抜けたところが多く、トレーナー業以外はポンコツと言って差し支えない歩さんのパートナーには、昌さんくらい厳しめの性格の方が良いのかもしれない。

 

 ……けど、2人の相性はさておき、ヤなものはヤだ。

 だって育ての親、両親ってことは、2人が夫婦ってことじゃん?

 懸想している相手にパートナーがいるなんていう事実、乙女としちゃ認められないよね。

 

 普通に考えれば、妹っていうのは敵にすらならない。

 既に家族だからこそ、これ以上深い関係にはならないことが保証されている。それが妹という属性の宿命なのだ。

 

 けど、私知ってるよ。

 そういう禁断の関係こそヤバいんでしょ? そういうギャルゲ、前世ではめっちゃ多かったし。

 

 そんなわけで、警戒は怠れない。

 昌さんも、私のライバルになり得る存在なのだ。多分本人に言ったらすっごく嫌そうな顔で否定されるんだろうけども。

 

 

 

 そんなわけで。

 有記念前の事故のショックで吹っ飛んでしまっていたけど、私は当初の目的に向かって再び手を伸ばすことにした。

 

 そう。

 ホシノウィルムには、存分に楽しく走ること以外にも、もう1つ目的がある。

 

 それは、片想いしている私のトレーナー、堀野歩さんを射止めること。

 

 ……改めて考えると、自分の恋愛脳っぷりに頭を抱えそうになるな。

 けど、仕方ないじゃんね。

 好きになっちゃったって事実は変えられないし、そうなれば振り向かせたくもなるってものだ。 

 

 歩さんには私を惚れさせた責任を取って、私に惚れてもらおう。

 目指すは両想い、そして……こう、お付き合いとか、デートとか、そんな感じ!

 

 そのためにも、まずは歩さんと2人きりの時間を確保しなければならない。

 サブトレーナーの昌さんが来てから、歩さんと2人きりになれるタイミングは急激に減少している。これは由々しき問題だ。

 そんなわけで、私は懸命に歩さんと2人の時間を作ろうとしているわけで。

 

「歩さん、その、一緒に初詣とか……」

 

 その日も昨日の夜に引き続き、一緒の時間を過ごそうというお誘いを致したわけだけど……。

 

「あぁ、初詣はブルボンが帰って来る4日からにしようと思っている。君も是非同行してほしいと思っているが、どうだろう」

 

 ……残念ながら、現実はそう甘くはないのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 いやまぁね? わかってましたよ。

 

 私たちの陣営は、去年に比べて大きくなった。

 後輩の逃げウマ娘であるブルボンちゃん、サブトレーナーである昌さん。

 私と歩さんを含めれば、全部で4人。

 

 そりゃあ去年みたいに2人きりの初詣とはいかないし、ブルボンちゃんが帰って来るまで待つっていうのが妥当なところだろうって。

 

 わかってはいたんですよ?

 ……ただ、やっぱり駄目かーって、消沈してしまう気持ちは止められないっていうか。

 

「……はぁ」

 

 ちょっと……いや、かなり残念。

 こういうイベントこそ、歩さんと過ごせればなーって思ったんだけどなぁ。

 

 あー、まだ2人きりだった去年の春に戻りたい。

 あの頃から歩さんへの想いを自覚していれば、ブルボンちゃんや昌さんが来る前に、もっともっと濃密に2人きりの時間を過ごせたのに。

 あるいは、もっとアタックをかけてドギマギさせたり……は、無理だったかな。相手は歩さんだし。

 

 ま、そんなイフを考えても意味はないんだけどさ。結局こうなってるってのがたった1つの現実なわけで。

 あークソ、なんて勿体ない。

 歩さんとの蜜月……は言い過ぎだけど、2人きりの時間の価値を、私はわかっていなかったんだ。

 

 トレーナーのことだもん、これからも担当するウマ娘はどんどん増えていくに違いない。

 というか、あの管理能力の高さを放置するようなら、トレセン学園に未来はないかもしれない。

 今年は……ちょっとトレーナーも限界っぽいし増えないかもだけど、どうせ来年には1人、いや2人くらい増えたりするんだろうな。

 

 もう2度と、トレーナーと2人きりの毎日を過ごす時間なんてこないに違いない。

 それどころか、私と触れ合ってくれる密度もどんどん下がっていくんだろうな。

 果てには私の価値なんて足が速いことだけになるんだ。無敗三冠とか五冠ウマ娘ってことにしか価値のない、過去の栄光にすがる老害に成り下がっちゃうんだ……。

 

 あー、鬱だ。もう未来に何の希望もない……。

 

 

 

 そんな風に落ち込みながら歩いていたところに、声がかかる。

 

「表情の悪化を確認。何か支障がありましたか、ウィルム先輩」

 

 どこか機械的に聞こえる、特徴的な言葉遣い。

 それを出したのは、認めたくないことにどう見ても私より年上っぽい、栗毛の後輩。

 私の隣を歩いていた逃げウマ娘、ミホノブルボンちゃんだった。

 

 年上のはずの私より15センチ以上背が高いし、身体付きもすごく良いし、更に言えばおっぱいもでかい。まさしく胸囲の格差社会ってか? 残酷すぎるでしょ。

 

 私これでも、前世から数えれば彼女の3倍くらいは生きてるんですけど。

 であれば胸も3倍……いやそこまでは求めないけども、せめて同じくらいに大きくてもいいんじゃない? って思う訳です。

 お母さんも結構大きい方だったのに、何故私はこうも小ぶりなのか。慢心、環境の違い……。

 

 と、そうは言っても。当然ながら彼女も、完全超人ってわけではない。

 精神的に未熟な部分とか、三冠路線への拘りがすごく強いところとか、色々と年相応なところはある。

 でも、そういうところがギャップになってすごく可愛い、まさに助けてあげたくなる後輩ってわけだ。

 

「あぁいや、ごめんね。ただ考え事があっただけだから」

 

 無表情ながらどことなく心配そうな雰囲気を漂わせる彼女に対し、私は慌てて取り繕った。

 ……駄目だな、もっと気を引き締めないと。

 以前のように完全に感情を隠すのが正しいとも思わないけど、出しすぎるのも考え物か。難しい。

 

 私は軽く頭を振り、改めて彼女に微笑みかけた。

 

「大丈夫、何でもないよ」

「了解しました」

 

 今の私は1人のウマ娘だけど、同時にミホノブルボンという将来有望な競走ウマ娘の先輩でもある。

 そして先輩とは先達、先を行く者。

 有記念前の私にとってのスペ先輩がそうであったように、ホシノウィルムはミホノブルボンの行く道を照らし、その手を引く者でなければならない。

 

 それに、私は転生ウマ娘だ。この世界を生きるウマ娘の大半よりも、人生経験はそこそこ豊富だろう。

 だからこそ、縁のある後輩ちゃんたちはできるだけ助けてあげたい。前世ではモニターを通して見ていた彼女たち、そして今ある人生を必死に走る彼女たちの助けになりたいと、そう思う。

 

 

 

 ……いや、まぁ。

 そうして節操なく手を伸ばそうとした結果、ブルボンちゃんだけでなくそのライバルのライスちゃんまで助けようとしてるのは、我ながらどうかと思わないでもないけどさ。

 

「ウィル、ブルボン? どうした?」

「いえ、すみません、今! 行こう、ブルボンちゃん」

 

 そう言われ、私とブルボンちゃんは速足で歩さんたちに向かって歩く。

 

 本日は、1月4日。

 三が日が終わってすぐ、私たちは初詣に向かっていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 つい昨日の、つまり3日のこと。

 ブルボンちゃんは、そろそろ日が落ちるくらいの時間に、トレセン学園に帰還した。

 

 両親と色んなことを話してきたとのことで、今まで以上にやる気の入った顔で「目標を再設定。『クラシック三冠』達成に向かって躍進します」って言ってたのが印象に残ってる。

 

 ……ぶっちゃけ、ほんの少しだけ、羨ましいと思わないでもない。

 私にはもう、語り合える両親がいない。

 共に夢を見られる父も、気にかけてくれる母もいない。

 

 でも、いいんだ。

 私には何もないわけじゃない。

 むしろ、必要なものはすべてを持っていると言っていいだろう。

 

 両親は、もういない。

 けれどその代わりに、一緒に夢を見てくれる歩さん、私を気にかけてくれる昌さん、そして共に走る友人たちに恵まれた。

 だから、ホシノウィルムは報われている。

 これ以上を求めるのは、ないものねだりってやつだろう。

 

 え、何? あと10年もすれば現役引退して、歩さんと昌さんとの縁も切れるって?

 そりゃあなた……そこまでの間に、なんとか射止めればいいってものですよ。

 私には歩さんが必要だ。競走ウマ娘としても、1人のウマ娘としても。

 絶対、何がなんでも振り向かせてみせる……いや、振り向かせたい。できれば。そのために頑張る。頑張ろうと思います。そのつもりです、はい……。

 

 

 

 ……で、その後。

 

 日付が変わって今朝、私はブルボンちゃんと共にトレーナー室に集合し、改めて皆で新年の挨拶をしたり、私とブルボンちゃんは騒ぎにならないように変装して……。

 

 改めて4人で、初詣に行くことになったのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 久方ぶりに訪れた神社は、相変わらず盛況だった。

 たくさんの出店が並び、下手すれば呑まれてしまいかねないレベルの人混みが境内を埋め尽くしている。

 その中を4人で纏まって進むんだから、これがなかなか時間と忍耐力が必要だ。元旦に初詣とか行ってる人はすごいね、尊敬するよ。

 

 今世を生きてだいぶ緩和されてきたとはいえ、私は前世から続く厭世家。カッコ付けず言うなら陰キャ。

 こういう人混みが得意な方ではなかったんだが……。

 

「ちょ、人多……え、こんなに多いの!? もう4日でしょ!?」

「この辺りはトレセン近くということもあって、ウマ娘たちのファンの方も多いからね。推しの応援目的で訪れる一般の方も多くなるわけだ」

「オペレーション『神頼み』は勝負における勝率を上げる有効な策であると父が言っていました。ファンの方々全員が祈れば、勝率は跳ね上がるのでしょうか?」

「いや、それは……まぁ、人事を尽くして天命を待つ、なのかな。無駄じゃないと思いたいね」

 

 そんな風にやいのやいのと話しながら、ゆっくりと進む人混みに身を任せているのは……思いの外、悪いものじゃなかった。

 というか……うん。

 ぶっちゃけ、楽しい。

 

「そういえば、3人は賽銭用の小銭は用意してきたか?」

「一応5円玉は用意しました」

「投擲準備、完了しています」

「ブルボンちゃん、投擲準備はちょーっと早いかも」

「……なんか、ちょっと意外。兄さんのことだから、『担当のためだ』とか言って大金投げ込んだりしないか心配してた」

「あぁ、大金を賽銭箱に入れるのはマナー違反だからな。事前に祈禱料として神社に渡してるよ」

「…………兄さんに変な期待した私がバ鹿だった」

「オペレーション『神頼み』は、金銭の量に応じて効果が向上するのでしょうか」

「そんな現金すぎる神様もどうなんだろうねぇ」

 

 歩さんが皆に呼びかけてそれに応じたり、かと思ったらズレたことを言って昌さんが頭を抑えたり、天然なブルボンちゃんにクスクス笑ったり。

 そういった、平和で日常的なやり取りが……温かくて、楽しい。

 

 これが、今のホシノウィルムの日常。私が手に入れたハッピーエンドの先の光景。

 そう思うと、自然と頬が緩んでしまう。

 

 あぁ、幸せだな、って。

 そう、痛感するんだ。

 

 

 

 ……そういえば、去年の初詣の時は、私と歩さん、どんな話してたっけ?

 えっと、確か……そう…………共通の話題が思い付かなくて、しりとりやってたような。

 

「…………」

 

 冷静に考えると、何やってたんだ私たち。もっと他になかったんだろうか。

 いやまぁ、あの頃の悪い意味で尖ってた私が悪いんだけどね。もっと最初から、歩さんとコミュニケーションを取ろうとしてればなぁ……。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 歩さんの妹とは思えないくらいファッションについて詳しい昌さんから最近の流行を聞いたり、その間歩さんが会話に入れず気まずそうにしていたり。

 私とブルボンちゃんが逃げる時のスタミナの配分の感覚について話している間、歩さんと昌さんは今後の仕事についての打ち合わせをしていたり。

 私とトレーナーが走り方について話しているのに対して、ブルボンちゃんが「なるほど」と頷いているのを昌さんが「いやいや、普通は無理ですからね」と押し留めたり。

 

 そんな風に話しながらしばらく待つ内に、ようやく私たちの番が来た。

 

「賽銭、鐘を鳴らす、お辞儀2回、拍手2回、お祈り、それからお辞儀だぞ」

 

 歩さんの言葉に従い、賽銭箱の中に5円玉を投げ入れて、代表者の歩さんが鐘を鳴らし、お辞儀と拍手を済ませてから、静かに手を合わせる。

 

 えっと……確か、お願いの前に感謝だよね。

 

 去年は、たくさんのことがありました。

 辛いこともありました、悲しいこともありました。こんな世界なんて、って思ったこともありました。

 ……でも、それでも今、私はトレーナーの横に立ててる。それが嬉しいんです。

 だから、ありがとうございます、三女神様。

 私とトレーナーを出会わせてくださって。そしてここまで導いてくださって。

 

 ……うん、感謝は終わり。

 

 色んなことがあったけど、総合的には感謝の方がずっと大きい。

 この世界に私を転生させてくれて、歩さんと出会わせてくれて、ここまで導いてくれた女神様がいるのなら、本当にありがたいと思う。

 

 ついでにお願いまで聞いてもらえれば、更にありがたいんですけど……と。

 

 ……あれ、困ったな。

 

 何のお願いをしよう。

 

 

 

 閉じていたまぶたを、薄っすらと開ける。

 

 私の左にいるブルボンちゃんは、多分三冠のことをお願いしてるんだろう。

 右の歩さんは、十中八九、私たちの健康と安全のことなんだろうな。

 昌さんは……ちょっとわかんない。でも、きっと彼女らしい、すごく真面目で良い願いなんだと思う。

 

 さて、一方私は、何を願ったものか。

 

 脚の安全祈願……は、歩さんが請け負ってくれるから、不安はない。

 レースでの勝利……も、歩さんや昌さんと共に自力で掴むから、神様に願うことでもない。

 ……強いて言えば、私と私の周りの人やウマ娘たちの健康かな? うーん、でも……せっかくの神様へのお願い権、こんなことで使うのはちょっと勿体ないような。

 

 やっぱりお祈りなんだから、自力だけじゃ叶え難いものにしたいよね。

 とはいえ私、レース関係はほとんど自力でなんとかするしな。

 三女神を祀る神社でお祈りすることとなると……うーん……。

 

 この神社のご利益は、あくまでレース関係と健康祈願、あとは……。

 

 ……そうだ。

 そういえば、縁結びも、ご利益に入ってたか。

 

 

 

 競走ウマ娘たちにとって、その素質や実力と同じくらいに大事なのが、巡り会いの運だ。

 

 学校の担任とか大学の教授に当たる運と同じように……いや、それ以上に。自分に合うトレーナーに巡り合う運は重要なものになる。

 スタンスの合わないトレーナーと契約するとどうなるか、というのは……あんまり言いたくないけど、ブルボンちゃんが前のトレーナーさんと破局したっていうのが良い例だと思う。

 

 だからこそ新入生たちはトレーナー選びに懸命になるし、真偽問わず色んな噂が流れるわけだ。

 私が新入生の頃も、それはもう色んな噂があった。友達がいない私の耳にも届くくらいに。

 歩さんなんて「良家のコネで就職した、ウマ娘のことを何とも思ってないボンボン」なんて言われてたんだよ。今思うと真逆にも程があるよね。

 

 ちなみに去年、ブルボンちゃんが新入生だった頃に聞いた噂だと、歩さんは「有能ではあるけど、限界ギリギリのトレーニングを積ませて来るスパルタトレーナー」って言われてたらしい。

 ……客観的に見て、こっちはそんなに間違ってないかもしれない。確かにトレーニングはかなり厳しいと思うし。

 

 とにかく、そんなわけで。

 私たち競走ウマ娘にとって、巡り会いの運は非常に重要。

 だからこそ、私たちが崇める三女神も、縁結びを司ってくれているのだ。

 

 

 

 で。

 この縁結びっていうご利益には、複数の種類がある。

 良きトレーナーに巡り会うこと、良き友に巡り会うこと、良き競走相手に巡り会うこと……そして、良きパートナーに巡り会うこと。

 

 ……考えてみれば、これはちょっと、私の力だけだと叶え難いものかもしれない。

 

 レースや今年の安全を祈っている3人の横でこんなことを願うのは、ちょっと申し訳ないような気もするけど……。

 うん、これにしよう。

 

 三女神様、どうかこれからも、良き出会いがありますように。

 ……そして何より、歩さんの心を射止められますように! 本当に、本当にお願いします!!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ……そんな祈りが、あるいは天に届いたのか。

 チャンスは、思ったよりも早く訪れた。

 

 

 

 初詣からの帰り道。

 歩さんが途中で「買い出しに行くから」って商店街に向かうのに私もお供して、ブルボンちゃんや昌さんと別れた後。

 私は運よく歩さんと2人きりになれて、ホクホクで歩いてたんだけど……。

 

「ん? あれは……」

「……あぁ、やってたか」

 

 ふと、それが目に入った。

 

 結構賑わってる商店街の1スペースに置かれた、大きな机に乗せられているのは……。

 時々見る、福引でガラガラするヤツ?

 なんて名前なのかは知らないけど、こう、ハンドルを掴んで回して、色んな色の玉が出て来るアレだ。

 

「さあさ、新春・大福引祭り開催中だよ~!」

 

 おぉ……福引。

 どうやら商店街のイベントとして開催されているらしいそれは、この辺りのお店でお買い物することで福引券をもらい、1枚につき1回引くことができる、という趣旨のものらしい。

 

 トレセンの周りの商店街は、靴やタオルなどの消耗品をガシガシ消費したり、運動量の問題から大食いだったりするウマ娘が多いこともあり、かなりの賑わいを見せている。

 更にこの時期は、色々と入り用だったり買い替えの時期だったりするからか、かなり人手が多い。

 書き入れ時にブーストをかけるためのイベント、というわけだ。

 

 さて、景品は……残念賞がティッシュ、3等がにんじん1本、2等がにんじん山盛り、1等は特上にんじんハンバーグ。

 そして特賞、煌めく金色が……!

 

 ぺっ、ペアの、温泉旅行券……!?

 

 いや、残念賞はまともなんだけど、3等とか2等はウマ娘じゃない人間が引くと微妙な気分にならない? とか、そりゃ特上のにんじんハンバーグは美味しいだろうけど山盛りっていう物量より魅力的か? とか、色々とツッコミ所はあるんだけど……。

 

 今は何より、特賞、ペアの温泉旅行券!

 これ! これはチャンスですよ!!

 

「歩さん、確か買い物があるんでしたよね?」

「うん。……まぁ、数回は引けるかな」

「なら、せっかくだし回していきましょう! もしかしたら温泉旅行、行けるかもしれませんよ!」

「いやー、うん。まぁティッシュじゃなければ御の字かな……やる気も絶好調だし、今は体力も……

 

 何故かあまり乗り気じゃない……ってわけじゃなさそうだけど、どことなく諦め半分な気配を見せている歩さんを引っ張って行き、私はテキパキと福引券を3枚確保。

 福引会場に戻っても……うん、まだ特賞は引かれてない!

 

「ぃよし……!」

 

 こんなチャンスはそうそう来ないぞ。

 これで温泉旅行券を当てれば、当てさえすれば……!

 

 「いつもトレーナーも頑張ってくれてますし、一緒に温泉に行ってお休みしませんか?」みたいなお誘いもできるんだっ!!

 

 これは歩さんとの2人きりの時間が減ったことを嘆く私に、三女神様がくださったチャンス!

 歩さんとの距離を縮める、これ以上ない絶好の機会だ!!

 

 1度、深く深呼吸。

 

「……ここで、引き当てる!」

 

 私は勝利を目指し、福引を回した──!!

 

 

 

 

 

 

 ……んだけど。

 

「ティッシュ、にんじん1本、ティッシュ……」

 

 結果は、惨敗でした。

 

 残念賞、3等、残念賞って……。

 あの、三女神様? 私の祈り届きませんでした? ここはスパっと特賞引かせてくれてもいいんですよ?

 

 いやまぁ、冷静に考えると、たった3回で特賞なんて引ける方がおかしいんだけどさ……。

 

「まぁ、にんじん1本当たっただけ良しとしよう。

 元気を出せウィル。もし君が望むなら、何か料理でも作ろうか……って、ウィル? 聞いてる?」

 

 歩さんは私を元気付けてくれようとしてたけど……。

 その言葉は、私の耳を右から左に通り過ぎていく。

 

 だって……。

 

「……負けられません」

 

 だって私は、この福引に対して闘志を燃やしていたんだから。

 

「え?」

「負けられませんこんなところで! 福引に勝てない者がレースに勝てるものですか!

 歩さん、追加です! もっともっと引きますよ!」

「おい、ウィル?」

 

 こんなところで諦めてたまるか!

 私は……私は絶対に、歩さんと一緒に温泉旅行に行くんだ!!

 

 私これでも五冠ウマ娘ぞ!? これまで負けたのはスペ先輩だけだぞ!?

 こんなところで福引なんかに負けていいわけないだろ!! 最強tierランクSSがスぺ先輩と福引だけになったらどうしてくれるんだ!?

 

「お金はあります! 歩さん、どんどん福引券もらってきてください! ここで確実に仕留めますッ!!」

「いや、あの、ウィル? それならもう普通に温泉旅行に行けばいいのでは……」

 

 普通に行くんじゃ駄目だ、それじゃ絶対に昌さんやブルボンちゃんも付いて来る!

 「ペア」の旅行券で、更に言えば「たまたま手に入った」という条件があるからこそ、これは私と歩さんが2人きりになるチャンスたり得る……!

 

「いいから! ほら、買ってきてください!! タオルとかシューズとか蹄鉄とか、買い溜めしといていいものはたくさんあるでしょう!!」

「あ、はい……」

 

 幸運の女神の後ろ髪は短い。遅れて手を伸ばしても掴めはしない。

 通りすがった瞬間に飛びついて前髪を掴み上げ、それを振り回すくらいの勢いでなければ、幸運は捉まえられない。

 

 だからこそ……。

 この勝負、負けられない!

 

 絶対の絶対の絶対に、ぜーったいに!

 ここで温泉旅行券を引き当てて、歩さんとの2人きりの時間を手に入れるんだぁーッ!!!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 その戦いは、実に2時間近く続いた。

 

 本当に熾烈な戦いだった。

 途中で何度も心が折れそうになった。

 あとティッシュとにんじんなどの荷物が私でも抱えきれなくなるくらいに増えたので、トレセンに郵送することになった。

 

 そして、その果て。実に162回の施行。

 お金に換算すると……ちょっと考えたくないくらいの出費の果てに。

 

「つっついに! ついに出ました!! 特賞『温泉旅行券』!! おめでとうございまぁぁああす!!」

 

 カランコロンと鳴らされる祝福のベルの下。

 私はついに、勝利を掴んだ。

 

 金色に輝く──いやこれは滲んだ涙でそう見えただけで、実際はただの黄色なんだろうけど──ペアの温泉旅行券を!

 私はっ!! 手に入れたんだぁーッ!!!

 

「ふぅ、ふぅ……ようやく、ようやく勝ちました……!!」

 

 レースの直後くらい息が上がっているのを感じながら、ようやく勝ち取った勝利にガッツポーズ!

 これでっ……これで! 歩さんと温泉旅行だ!!!

 

「……とんでもないパワープレイで手に入れてしまったな。

 ともあれ、おめでとう、ホシノウィルム。レースで得た利益も含めて、君の努力の成果だ」

 

 歩さんと共に、いつからか周りで見守ってくれていた商店街の方々やウマ娘たちにも拍手を向けられる。いっぱい見られてちょっと恥ずかしい。

 

 でも、勝った……私は勝ったんだ……!!

 ヤバい、これ射幸心めっちゃ煽られる。実質ソシャゲのガチャだこれ。皆もやろうよ新作スマホアプリゲーム福引。

 

 よし、これで後は……歩さんを旅行に誘えば、これ以上ない完全勝利S!

 勢い込んで彼に向き合った私に対して、チケットを確認していた歩さんは……。

 

「ふむ……有効期限は来年の4月までか。なら、急いで使う必要はないな」

「え?」

「今は本格化中だし、落ち着かないからな。もう少し落ち着いてから……来年のURAファイナルズを君が走り終わった頃に使うといい」

「……えぇー…………」

 

 ここまで来て、お預けですかぁ……?

 

 流石に落ち込んでしまった私に、歩さんはクスリと笑って。

 

「大丈夫。君ならすぐに、必ず辿り着けるよ。それまで一緒に頑張ろう」

 

 そう言って、温泉旅行券を受け取る手を拾い、握ってくれた。

 

 ……はぁ。

 そんな台詞と、握られた手の温かさだけで不機嫌が消し飛んで、むしろすごく嬉しいって思っちゃうなんて……私、めっちゃチョロいんだろうなぁ。

 

「もー……でも、はい、よろしくお願いします!」

 

 そう答えた私は、多分、満面の笑顔だったと思う。

 

 ……周りの観衆たちは、何故かギョッとした表情してたけども。

 

 

 







 Q.運が悪くて温泉旅行券が引けません。どうすればいいですか?
 A.引くまで引けば必ず引けます。



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、今年のローテーションの話。



(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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