転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 もっと何事もないような日常回をやりたい気持ちもあるけど、本筋を進めたい気持ちもある。難しいですねぇ。





三冠と最強

 

 

 

「さて、それでは……」

 

 暖房を付けたトレーナー室の中で、俺は軽く周りを見回した。

 俺の横で議事録を付けるためにノートパソコンに向き合っているのは、実の妹であり、同時に俺の補佐をしてくれるサブトレーナー見習いである昌。

 そして机の対面で座っているのが、俺の担当ウマ娘である2人。今年シニア級に入ったホシノウィルム、そしてクラシック級に入ったミホノブルボン。

 

 これで1週間ぶりに、俺たちの陣営はそのメンバーを全員揃えたことになる。

 今日から、いよいよ再始動だ。

 

「改めて、今年のローテーションの話をしようか」

 

 時は1月5日、日曜日。

 

 一般人であれば、まだ日曜日ってこともあり、ゆったりと休んでいるところだろうが……。

 三が日も終わって初詣も済ませた俺たちは、早速今年の話を始めることにしたのだった。

 

 

 

 ……いや、念のために断っておくけど、俺は明日でいいと思ったんだよ?

 昌は不慣れなトレーナー業務に悪戦苦闘してるみたいだったし、ホシノウィルムやミホノブルボンも去年はすごく頑張った。もう少し休暇があったってもいいだろうって。

 だから陣営のグループLANEでも『せっかくだし日曜日までしっかり休んで、月曜日から頑張ろうか』って話したんだけど……。

 

『え? そろそろちゃんとしたトレーニングがしたいんですが』

『同意します。加えて、目標であるクラシック三冠に向けた、具体的かつ現実的なプランが必要です』

『私はどっちでもいいけど、2人がこう言ってる以上、明日にでも始動すべきなんじゃないの?』

 

 と、俺以外の全員から、やる気のあるお返事をいただいてしまった。

 新年早々からホシノウィルムもミホノブルボンも絶好調だ。やる気的にも調子的にも。昌の方も慣れて来たのか、やる気十分って感じだし……。

 

 まぁ元々、このお休みは担当ウマ娘たちの精神的な休養のためにあったわけで、彼女たちが十分に疲れが取れたと言うのなら、こちらから言うべきことはないんだけどさ。

 

 強いて言えば昌の状態が心配ではあったけど……多分、それも大丈夫かな。

 あの有記念以来、昌は何故か以前に比べて生き生きとしてるというか……肩から力が抜けたような感じがする。

 だからなのか、今日もそこそこ疲れているだろうに、割と平気そうな顔色だ。

 ……うん、昌だって自己管理はできるだろうし、いよいよとなったら言ってくるだろう。ここは昌のことを信じようか。

 

 

 

 そんなわけで、俺は今年の予定についての話をしようとしたが……。

 その前に、話を聞いていたブルボンがぴっと手を挙げる。

 

「主題に移る前に、1つ質問をよろしいでしょうか、マスター」

「あぁ、構わない。どうぞ、ミホノブルボン」

 

 ふむ……少し珍しいな。

 ブルボンはこういう時、取り敢えず相手の話を全て聞き終えてから、自分の意見なり質問なりを出すタイプだと思っていたんだが、一体何だろう。

 

「ありがとうございます。

 昨年、私がマスターに契約を結んでもらう際、マスターは『朝日杯で、その走りによって俺を惚れさせろ』と発言されました。

 その走りに惚れこまなければトレーナーはできない。だからこそ、G1の舞台で自分らしい走りを見せ、自分を魅了してみせろ、と。それまではあくまでも仮の関係である、とも」

「そうだな」

 

 少し懐かしい話になるが……その想いは、今でも変わっていない。

 ウィル程に惚れこむことはないと思うが、それでも自分が担当するウマ娘の走りには好感を持たなくてはならないと思う。

 いざという時……ウィルの宝塚記念の時のように、何かがあった時、その走りを信じるためにも。

 

 俺がコクリと頷いたのを見て、ブルボンは1つ頷き、話を続ける。

 

「しかし、マスターは朝日杯の日に昏睡されており、私の走りを見せることができませんでした。

 また、あの日の私の走りは精彩を欠くものであったと、マスターの評価に値するものではなかったと推察します」

「あっ」

 

 うわ、嘘だろ……この件、完全に頭からすっぽ抜けてた。

 そうだ、このことも彼女に伝えなければ。

 

 

 

 俺は1か月前、交通事故により2週間程度の間昏睡状態にあった。

 

 この事故に関しては、どうやら俺が眠っている間に、既に処理されていたらしい。

 その結果、俺は完全に被害者とされているようだ。

 

 後で昌から聞いた話にはなるが、どうやらあの日、俺は害意のある誰かに突き飛ばされ、更に最高速度を超過した車に撥ねられたとのこと。

 街頭の監視カメラにはその一部始終がしっかり残っていたらしい。

 その事後処理も父さんがわざわざ中央まで来てくれて請け負ってくれたようで、目を覚まして以降、この件について何か言われたことはない。

 

 とはいえ、あの時の俺がもう少し良い状態であれば、突き飛ばされても踏ん張ることもできたし、もっと早く起き上がることもできただろう。

 担当ウマ娘の管理に穴が開いたことに関して、完全に俺に責がない、とするのは……彼女たちに対して無責任が過ぎる。

 

 そんなわけで、俺はその2週間の空白を埋めるべく、ここ最近まで奔走してきた。

 勿論その中には、ミホノブルボンの朝日杯やホシノウィルムの有記念の映像を見たりすることも含まれていたわけで。

 

 その朝日杯に関しては……残念ながら彼女の言う通り、あまり良い走りではなかったと思う。

 明らかに平静を欠いた、大きく掛かったもの。

 

 それを見て、俺が最初に抱いた感想は……。

 「残念」、だった。

 

 本来のミホノブルボンならば、もっと綺麗に走れるはずなのに……恐らくは俺のせいで、彼女の走りは酷くギリギリの、見ていられないものになってしまった。

 

 それが、とても残念で……。

 ……そして、残念だからこそ。

 俺は、今度こそ彼女の……ミホノブルボンの綺麗な走りを見たいと、そう思ったんだ。

 

 

 

 が。

 それなのに、俺は書類仕事に追われる内、それをすっかり伝え忘れてしまっていたわけだ。

 

 うおぉ、やってしまった……!

 久しぶりの酷いミスに、思わず頭を抱えそうになる。

 何やってんだ俺。報連相は社会の基本。こんなの、彼女たちのトレーナーとして失格レベルのミスだぞ……!

 

「すまないブルボン……完全に伝え忘れていた」

「マスターに対して責任を求める意図はありません、お気になさらず」

「そう言ってもらえると助かるよ。ここまで不安にさせてすまなかった」

 

 ここしばらく、色々あって気が緩んでいたのかもしれないな……。

 俺は彼女たちのトレーナーで、なおかつ保護者だ。改めて、引き締め直さなくては。

 

 俺は1度まぶたを閉じて心を落ち着け、改めて無表情のブルボンに向き合った。

 

「ただ私は、今でも……いいえ、契約時以上に、マスターの指示を必要としています。

 そのために必要なタスクがあるのならば、それに臨みたいと思います」

「了解した。……それでは、君のローテーションの話をしながら、そのことについても伝えよう」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ローテーション、つまりは今後の出走の予定を立てる上で最も大事になるのは、当然ながら彼女たちウマ娘自身の意志だ。

 まぁブルボンの意志がそう簡単に変わるとは思えないが……ひとまず、その点を彼女に尋ねる。

 

「念のため確認するが、ミホノブルボン。君の最終目標は『クラシック三冠の達成』から変化はないか?」

「はい。私と父の夢、そしてマスターとの共通の目標であると認識しています」

「わかった。それでは……」

 

 隅に寄せていたホワイトボードを引っ張り出し、全員から見える位置に配置。

 マーカーを手に取って、俺は改めて話し始めた。

 

「もはや確認の必要もないと思うが、クラシック三冠とは即ち、3つのG1レース、皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞での勝利を意味する」

 

 手帳を取り出して今年のレースの開催日を確認しながら、ホワイトボードに3つのレースを書き込む。

 

『4月19日 G1 皐月賞』。

『5月31日 G1 日本ダービー』。

『10月25日 G1 菊花賞』。

 

 この3つのレースでの勝利が、ミホノブルボンの最終的な目標となるわけだ。

 

 そして、そこに立ち塞がる最大と言っていい障害を、彼女は既に突破している。

 

「ミホノブルボンは昨年末のジュニア級G1、朝日杯フューチュリティステークスの勝利によって、現段階で十分な数のファンを獲得している。皐月賞への出走は問題なく叶うだろう。そして……」

「皐月賞で勝利すれば日本ダービーへの、日本ダービーで勝利すれば菊花賞への優先出走権が付与される。

 ……ですよね?」

「去年それを実行したウマ娘ともなると流石に覚えているか、ホシノウィルム。

 ……つまるところ、ミホノブルボン。あくまで『勝ち続ければ』という但し書きこそ付くものの、君は既に、支えてもらえるファンの数という、クラシック三冠に必要な条件の内の1つを満たしているわけだ」

 

 本来、殆どのウマ娘は、この段階で弾かれる。

 

 皐月賞。

 これは日本のトゥインクルシリーズにおいて、最高峰の格を持つG1レースだ。

 

 出走できるチャンスは生涯にただ1度、クラシック級の4月のみ。

 中長距離路線を走る何百というウマ娘たちの内、頂点に立つ18人のみが出走を許される。

 

 ただ……ミホノブルボンはその中で本当の、たった1つの世代の頂を目指していたからな。

 去年の内にG1レースに勝利し、余裕を持って今年のレースに臨めるようにしていた。

 

 ファンの数という、謂わば中央トレセンへの入学に続く第二選考とでも言うべき段階は既にクリア。

 クラシック三冠に向けて残すところは、レース本番という最終選考のみ、という状態だ。

 

 ……とは言え、他のレースに出走せず皐月賞に直接乗り込む、というのは難しいだろうが。

 

「しかし、出走は可能だからと言って、そこまでにレースに出ないわけにはいかない。

 ブルボン、何故レースに出る必要があるか、わかるか?」

「その時点での調子を確認するため、他のウマ娘と本気で競うことで闘争本能を落とさないようするため……そして何より、私の距離の適性を確認するため、でしょうか」

「流石、正解だ」

 

 

 

 俺はホワイトボードの、レースの部分から少し離れた場所に、『適性問題』と書き込んだ。

 

「ミホノブルボンのクラシック三冠への問題は、大きく分けて3つ。『スタミナ』『適性』『気性』だ。

 この内スタミナ問題に関しては、俺がトレーナーとして責任を持って解決しよう。気性問題に関しては、ホシノウィルムやあのソウリクロスとの併走で解決していきたいと思っている。

 ……で、最後に残るのが適性問題だ。これに関しては、実際にレースに出ながら向上を確認すべきだと思われる。よって……」

 

 『適性問題』から矢印を引き、皐月賞の少し上の部分に伸ばす。

 

「皐月賞、初の中距離レースの前に、1つ2つ、中距離の重賞レースに出ておく。

 ミホノブルボン、少し遅れてしまって悪いが……ここで君の完璧な走りを見せてくれ」

「了解しました」

 

 ブルボンは聞き分けよく頷いてくれた。

 ……俺のかけた面倒を思えば、叱責の1つや2つされてもおかしくはないんだが……今回も彼女の物分かりの良さに助けられてしまったな。

 

「ありがとう、ミホノブルボン。

 さて、出走する重賞レースは、今月のシンザン記念も考えていたが……今の君には必要ないだろうな」

 

 ちらとブルボンの方を窺うと、「アプリ転生」が彼女のスペックを映し出す。

 流石に去年のウィルには劣るが、それでも十分過ぎる程に高いステータス。

 今更G3、それもマイル距離のレースで、彼女の力を確かめる必要はないだろう。

 

 ……それに、この正月の間、彼女が自主トレで溜め込んだ脚への負担も気になるところだ。

 ある程度余裕がある今、無理に事を進めるべきではないだろう。

 

「そう考えると……出るべきレースはこれだろう」

 

『3月29日 G2 スプリングステークス』。

 

 俺はその名前を、皐月賞のすぐ上に書き込んだ。

 

「皐月賞のトライアルでもある、G2、1800メートルのレース。

 このレースを目途に、君の中距離への適性を上げることを目指す。そして実際のレースの中で、ライバルたちとの実力差やスタミナの割り振りを学習する。

 ミホノブルボン、君にとっての当面の目標はこれになるだろう」

「了解しました」

 

 ……実のところ、俺は「アプリ転生」によって、ブルボンの適性を知ることができる。

 だが、実際にその適性によってどれだけ走りやすくなるか、それは彼女がレースを走ることでしか体感できないものだろう。

 そのためにも、やはりスプリングステークスへの出走は重要だと思う。

 

 ……まぁ、また「優先出走権の枠を潰すな」だの何だのと言われるかもしれないが、そんなことは知ったことではない。

 何を天秤にかけても、担当ウマ娘ファースト。トレーナーとして、この軸は譲れない。

 ある意味では、それこそが彼女たち担当ウマ娘の信頼に返せる、俺なりの誠意なのだから。

 

 

 

「さて、その後皐月賞、日本ダービーに出走する。これらの間隔は1か月しかないし、他のレースに出走する余裕はないだろう。

 ……が、ダービーから菊花賞までの間には、5か月近い間隙がある。レース勘を取り戻すためにも、どこかでレースに参加しておきたい。

 ここも同じように……菊花賞のトライアルである神戸新聞杯になるかな」

 

 誰しもがホシノウィルムのように、いつでも全力を出せるわけじゃない。

 ここでもう1つレースを挟むのが安全だろう。

 それがこのG2レース……。

 

『9月27日 G2 神戸新聞杯』。

 

「そして菊花賞に参加、クラシック三冠達成だ。

 その後は順当に行けば、去年のウィルと同じくジャパンカップや有記念を目指していくことになるだろう。……まぁそこは、少々先の話になるから、今は一旦置いておくが」

 

 

 

 俺は一度マーカーに蓋をして、ブルボンの方に向き直る。

 

「以上が、俺から提案する当面の目標レースだ。ブルボン、何か意見はあるか?」

「いいえ、ありません。マスターから下されたオーダー、必ずやコンプリートしてみせます」

 

 ブルボンは胸に手を当て、決意を秘めた……ような気がする無表情で、そう答えた。

 

 となると、今年のブルボンのローテーションは……。

 

『3月29日 G2 スプリングステークス』

『4月19日 G1 皐月賞』

『5月31日 G1 日本ダービー』

『9月27日 G2 神戸新聞杯』

『10月25日 G1 菊花賞』

 

 このようになるわけだ。

 

 彼女の目標は、父との夢、俺との目標であるクラシック三冠。

 ひとまず当面の間は、そこに集中力を注いでいくべきだろう。

 

 そして彼女の夢が叶った後……あるいは散った後。

 菊花賞後のレースに関しては、脚の負担や疲労などの状況によって、臨機応変に対応することになる。

 

 ……彼女が三冠を獲れば、自然と有記念への出走が求められるだろう。

 場合によっては、昨年の三冠ウマ娘であるウィルとぶつかることもあるかもしれないな。

 

 その時は……うん。

 公平に、両者を支えるとしよう。

 

 ……しかし、どんな展開になろうと、少なくともどちらかの担当ウマ娘が敗北するレースか。

 俺はそれに直面した時、一体何を思うんだろう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、ブルボンのローテーションの話が終われば、次は……。

 ウチの陣営の、ある意味での問題児の番か。

 

「……では次に、ホシノウィルム。君の今年の目標を聞いておこうか」

「できるだけたくさんのG1で勝ちたいです!」

 

 …………うん。まぁ、そうだよね。

 

 ランニングジャンキーかつレースジャンキーな俺の担当ウマ娘、ホシノウィルム。

 今の彼女は、走ることを心の底から楽しんでいる。

 いや、それ自体はトレーナーとしてこれ以上なく歓迎すべき状態なんだけど……彼女はそれはもう、他のことが目に入らないくらい夢中になってるんだ。

 

 勿論、競走ウマ娘として、レースを楽しめるのはこの上なく良いことだ。

 俺個人としても、そうして楽しんでくれることはとても嬉しい。

 

 ……けれど、夢中になりすぎて猪突猛進になってしまうのは頷けない。

 ウマ娘の脚は非常に繊細だ。レースが楽しいからって連闘を続けたりすれば、とてもじゃないが持たないだろう。

 幸い彼女は、丁寧に話せばわかってくれる、非常に理性的なウマ娘だ。その辺りの塩梅は、俺が上手く管理しなければな。

 

 

 

「ではひとまず、宝塚記念までの、君の出られる中長距離レースを並べて行こうか」

 

 シニア級のウマ娘が春……正確には春ってわけでもないが、レース興行において春と区分される期間に出られる、G1の中長距離レース。

 その候補は、3つだ。

 

『4月5日 大阪杯』。

『4月26日 天皇賞(春)』。

『6月28日 宝塚記念』。

 

「いわゆる、春のシニア三冠レースだな。短いもので大阪杯の2000メートル、長いもので春の天皇賞の3200メートルと、クラシック三冠以上に距離の幅の広いレース群だ」

「いいですね。中距離も長距離も、それぞれ違う難しさがありますし、違うライバルがいるわけですから」

 

 そう言って楽しそうに笑うウィルに、思わず苦笑いが漏れる。

 普通、こういう時の反応は、広すぎる距離の幅に怯えるとか、あるいはライバルの脅威に気合を入れるとかだと思うんだが……。

 まぁ、今更この子を「普通」のカテゴリに括ってはいけないか。

 

 なにせ、ホシノウィルムは天下の五冠ウマ娘。

 ……そして何より、俺が惚れ込んだ、たった1人の大逃げウマ娘なのだから。

 

「勿論、トレーナーが許してくれるなら3つとも出ますよ! 天皇賞にはマックイーン先輩も来るでしょうし、ここで再戦と行きましょう!」

「去年の菊花賞を見るに、君は長期間レースに出走していなかった直後でも全力を尽くせるタイプだろう。この3つを走るのなら、他のレースはやめて、それだけに集中すべきだろう」

「ふむ……そう言われるとちょっと勿体ないような気もしますが、やはり空腹が最高のスパイスとも言いますからね。トレーナーの指示であれば従います」

 

 いや、これ以上のペースでレースに出るのは厳しいからね?

 ウマ娘のレースは月1ペース。それ以上のペースで走れば、どうしたって脚への負担が増えてしまう。

 殊に、熾烈極まるG1レースともなれば、更に間隔を空けてもいいくらいだ。

 

 いざ4月になって「私の体頑丈だから大丈夫です! もっともっとレースに出ましょう!」なんて言い出されても困る。

 ここは……彼女が他のレースに気を取られないように、1つ情報を落とすべきだろうな。

 

「ふむ。ではそんな君に、1つ良いニュースがある」

「ニュース?」

 

 こてんと首を傾げるウィルに対し、俺は数秒後に浮かべる彼女の表情を予想し、少しばかり愉快な気持ちでそれを告げた。

 

 

 

「大阪杯と、天皇賞。これらのレースに、トウカイテイオーも出走予定だ」

 

 

 

 ウィルはパチパチと何度か瞬きして、少し意外そうな顔をした。

 

「へぇ……トレーナーがわざわざ伝えてくるってことは、今回のテイオーは脅威ってことですか?

 有記念ではネイチャよりも1段劣るって言ってましたよね」

「正確に言えば、そうなる可能性は秘めている、といったところか。

 なにせ彼女は、有記念では抑えて(・・・)走っていたようだったからな」

「抑えて……?」

 

 ウィルは、少し眉をひそめる。

 疑問に感じた、という風ではなく……どこか不愉快を感じたような表情。

 

 ……ああ、これは言い方が悪かったか。

 

「いや、すまん、撤回する。抑えて走っていた、というのは表現として違うな。

 彼女は新しい走り方を模索していたようだった、というのが正確だろう」

「えっと……それは、どういう」

 

 俺は数日前に見た、有記念のレースの映像を思い出す。

 トウカイテイオーが映ったのは一瞬だったが……その走りは確かに、以前のものと違った。

 

「有記念の映像では、彼女は以前に見せていた、極めて大きな歩幅を取るストライド走法を見せなかった。ダービーでの骨折から、あれが脚に大きな負担をもたらすことを理解していたからだろう。

 つまるところ、彼女は脚に負担をかけないように、けれど同時にG1に適うレベルの走法を模索し……しかし、復帰からほとんど時間がなかった有記念では、それがまだ未完成だったと見ていいだろう。

 ……だが、トウカイテイオーは天才だ。ここから3か月あれば、確実にその走法をモノにしてくる」

 

 トウカイテイオーは感覚派の天才だ。その領分に限っては、あるいはホシノウィルムを凌駕する程に。

 

 あのダービーで受けた衝撃は、今でも思い出せる。

 G1レースの最中、前世アプリにおける上位スキル、この世界における研鑽された技術の神髄を、即興で再現できてしまう程に……彼女のレースへの感覚は頭抜けているんだ。

 

 確か、前世史実におけるトウカイテイオーは、皐月賞と日本ダービーを制した二冠ウマ娘だったはず。

 この世界でも、ウィルというとんでもない鬼才さえいなければ、彼女は悠々と2つの冠をその手にしていたんだろう。

 それ程に、トウカイテイオーの才は図抜けている。まさしくレースの天才とでも呼ぶべき存在だ。

 

 「有記念ではその走法が未完成だった」とは言ったが、それは彼女の限界を示すと同時に、恐るべき意味合いも有している。

 そう、彼女は故障から復帰して1、2か月程度で、今までの人生でずっと使ってきた走法を放棄し、自分の中に新しい型を形成しつつあったんだ。

 それも、以前よりも負担は軽く、けれどG1レースに十分通用するという、恐るべき走法を。

 

 つまり、彼女は「結果として有記念に勝てなかった」のではない。

 「半年ぶり、休養明けのレースに未完成の走法で出走し、それでもなお、あの有記念で9着をもぎ取った」と見るべきだろう。

 

 

 

 そのニュアンスが伝わったのか……。

 ウィルは、彼女が自然と浮かべた時特有の、形の整わない笑顔を浮かべた。

 

「……ふふ。それは、面白くなってきましたね。

 そうですか、あの日もなかなか耳に入ってこなかったから、どうしたのかと思っていましたが……。

 低負担で、なおかつ速く走れる走法……やっぱり天然の天才は違いますね……ふふふ

 

 彼女はおかしそうにクスクスと笑いながら、小さな声で何かを呟いている。

 

 お気に召したようで何よりだ。

 できればそのまま、大阪杯と天皇賞(春)に夢中になったままでいてくれないかなーと思うが……。

 多分、模擬レースとかは要求されるんだろうなぁ。どうか程々に抑えて欲しいなぁと思うところ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、ウィルのローテーションに関しては、話はここで終わらない。

 と、言うより……むしろ、ここからが今日の本題と言っていい。

 

 ようやくテイオーとの戦いの予感が落ち着いてきたらしいウィルに対して、俺は声をかけた。

 

「さて、ホシノウィルム。この先のローテーションについてだが、大事な話がある」

「大事な……あの、経験則上、歩さんがその切り出し方をする時って大体嫌なことが起こるんですが……」

「え? あー、いや、すまない、今回はそういうものじゃない。むしろ君にとっては、この上なく良い話になると思う」

 

 きょとんとするホシノウィルムに対して……。

 俺は横でキーボードを叩いていた昌と顔を合わせ、頷いて……それを、言った。

 

 

 

「ホシノウィルム、君は今、名実ともに日本のトゥインクルシリーズ現役最強だ。

 ……それを、世界最強にしてみる気はないか」

 

 

 







 何のことかよくわからない方は、もう少し先にちゃんとした説明があるので少々お待ちください。



 次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、ピンク色の後輩のお話。



(本編に関係ない呟き)
 ブルアカのストーリーにドハマリして、「転生してゲヘナのモブ生徒になったけど、平然と使われる銃火器が怖すぎてずっと寮に引きこもっていたが、先生に説得されてガチ恋した結果シャーレに所属しようと決心し、恐怖を乗り越えて成長しながらちょっとずつ世界に馴染みながら先生にアピールしようとするけど、ネームドたちの圧に負けがちでなかなか先生に関われない、むしろ何故かライバルのネームド生徒たちの方に気に入られていく(でも先生は譲ってもらえない)青春物語とか、書きて~~~」ってなったんですが、ウマ娘もぼざろも全然書き終わらないし、自分の欲求に執筆力(しっぴつぢから)が追い付かなくて辛い……。

(追記)
 誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!
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