転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ちょっと暗めのシーンもあるのでご注意を。


ピンクの伝説 夢を見るウマ

 

 

 

「ふむ……」

 

 走りながら、ぼんやりと考える。

 

 改めて、ウマ娘って不思議なものだよね。

 

 どう見たって人間と同じ……ではないけど、ウマ耳と尻尾を除いて、人間と同じ体。

 それなのに、人間に比べて、体力も筋力も段違いにズバ抜けてる。

 

 現に、こうして寒空の下走っていても、全然疲れが来ない。

 いやまぁ、今やってるのはローペース以下でのランニングだし、私はこれでもアスリートなわけで、ここまでも必死に体を鍛え上げてきたんだ。そういう意味じゃ、バテないのも当然と言えば当然なんだけども。

 

 それにしたって、しばらく……多分もう20分以上走ってるのに、息の1つも乱れないってのは、なかなかに不思議な気分だね。

 

 

 

 多分これ、私が転生ウマ娘だからこその違和感なんだと思う。

 

 なんだかもうずっと前のことに思える、前世の記憶。

 私は普通の女子高生として、年1のマラソン大会でめちゃくちゃ苦しめられた。

 普通のオタクであり、普段から運動などするはずもなかった私にとって、3、4キロという距離は本当に辛いものだったんだ。女子高生としてはどうかと思うけど、走り終わった後は吐きそうになったのを覚えてる。

 

 あーあ、今の身体能力のままあの頃に戻れれば、誰より速くゴールできるんだけどな。3キロくらいなら3分くらいで走れるし。

 いや、人間の競技にウマ娘が入ってくんなよって感じではあるけどさ。

 

 ……それに、私だけ戻ってもつまらないしね。

 歩さんも一緒に行ってくれるんじゃなきゃ、やだ。

 

 

 

 と、ちょっと話が逸れたか。

 話を戻して、あの心臓がぐちゃぐちゃになるような苦しさを知っているからこそ、ウマ娘の心臓……いや、身体の強さが異常であることが理解できる。

 脚力もそうだけど、やっぱり呼吸器官とかも優れてないとここまでの能力は出せないはずだ。多分。あんまり人やウマ娘の体に詳しいわけでもないから断言はできないけども。

 

 この前トレーナーと雑談した時に聞いたところによると、ウマ娘は理論的に言って、ここまでの身体能力を持てるはずがないのだとか。

 従来の進化論で語るとすれば、本来生物がこの身体能力を持つには、もっと体が大きくなるか、あるいは体重が重くなるかするはず……みたいなことを言ってた気がする。

 

 いや、正直うろ覚えだから、正しいかはわかんないけどね。

 更に言えば、その話自体も彼のお兄さんからの伝聞らしくて、「そういう話もあるらしい」って程度のものだった。

 又聞きの上うろ覚えとなると、信憑性には疑問が残る。与太話の類と思って聞いてほしいレベルだ。

 

 

 

 でもとにかく、ウマ娘の身体能力が異常ってことは間違いないと思う。

 本来私たちはこの体格で、この筋力を持つはずがない。

 でも現実的には、ウマ娘は人間と殆ど同じ体で、人間よりも遥かに高い身体能力を有しているわけで。

 

 一体何故、私たちウマ娘がこんな摩訶不思議な力を持っているのかというと……ぶっちゃけ、その真相は明かされていない。

 

 ウマ娘の研究はかなり盛んで、世界中で進められてるんだけど、それでもブラックボックスは多い。

 他種族であるはずの人間との間に子を成せるのも謎だし、その子供がウマ娘だったり人間だったりと綺麗に分かれるのも謎。そして雌しかいないっていうのも謎。ありとあらゆることが謎に満ちている。

 

 うーん……我がことながら、本当に謎生物だな、ウマ娘。

 前世ではアニメのキャラクターとして登場していたから違和感もなく受け入れてたけど、現実的に考えるとすっごい不思議だ。

 

 幸いなことがあるとすれば、この世界の人間たちが、善性に傾いてることだろう。

 個体数が少ないとはいえ、自分たちより圧倒的に高い身体能力を持ち、その上力の源が謎に包まれてる生物とか……前世の世界だったら最悪、差別隔離人体実験紛争戦争コース不可避だったよね。

 

 「なんかよくわからん他種族だけど、自分たちと似てるし友好的だし隣人として共生しよう」なんて思える時点で、この世界の人たちは本当に優しいと思う。

 

 そして私は……いつしか、そういう世界が好きになっていた。

 

 いやまぁ、そりゃあそうというか。

 私のために頑張ってくれるトレーナー、折れず曲がらず努力し続ける昌さん、すごく真っ直ぐで良い子なブルボンちゃん、そして私たちが走るのを懸命に応援してくれるファンの皆。

 

 そんな温かいものに囲まれれば、そりゃあ好きにもなるってものだ。

 

 

 

 ……なんて、ぼんやり考えながら走っていると。

 

「ウィルム、先輩……ソウリさんが」

 

 ちょっと息が上がってる、ブルボンちゃんの声が聞こえてきた。

 振り返ると、私のペースに併せてついて来てるはずの2人のウマ娘の内、片方が見当たらない。

 

「あれ? ピンクちゃんは?」

「後方、63メートル……」

 

 肩で息をしてるブルボンちゃんの後方に目をやると……あ、ピンクちゃん、四つん這いになってら。

 結構ガッツのある子だし、ただ疲れたってだけじゃないだろう。いよいよ限界が来ちゃったかな。

 

「ピンクちゃーん、大丈夫?」

 

 声をかけると、彼女はよろよろと立ち上がって……あ、駄目だ、立ち上がれてない。フラついて内ラチに寄りかかってる。

 

「……大丈夫じゃなさそうだ」

 

 

 

 あの状態、覚えがある。

 

 まだトレーナーに出会う前、がむしゃらに走り続けていた頃。

 とにかく速くなるために走らなきゃと思って、私はひたすらに足を動かし続けた。

 

 それでも、当然のことながら体力的な限界はあるわけで。

 そこまで行っちゃうと、その意志に体が付いて行かず、どうしても体が動かなくなる。

 

 数年前は、私もよくああなってたものだけど……いざ外から見ると、だいぶ痛々しく見えるんだね。

 

 

 

 ……ピンクちゃん、かなり無茶しちゃってるな。

 ここは先輩として、手遅れになる前に止めるべきだろう。

 

「ブルボンちゃん、トレーニング一旦中止。改めて小休止にしよう。悪いけど、あっちのサブトレさんに話付けておいてくれる?」

「了解しました。ソウリさんをお願いします」

 

 ブルボンちゃんはぺこりと頭を下げてくる。

 私の可愛い後輩は、こういう時察しが良いし話が早いから本当に助かるよ。

 

 私たちは二手に分かれ、それぞれに行動を起こす。

 ブルボンちゃんは、こっちを見て心配そうにしていたピンクちゃんのチームのサブトレーナーさんの方に向かい……。

 私は、まだ立ち上がろうとしているピンクちゃんの方に走り寄って話しかける。

 

「ピンクちゃん、立たなくていいから、そこに座って」

「せん、ぱい……まだ、行けます」

「行けないよ。そんなに脚ガタガタで、それ以上行けるわけないでしょうが」

 

 ちょっとばかり平静を欠いているピンクちゃんを無理やり抱え上げ、緊急搬送開始。

 ピンクちゃんはちょっと抵抗しようとしたけど……私はこれでも五冠ウマ娘。後輩ちゃんに負けるようなパワーしてはいない。

 

「せっ、先輩……!」

「だーめ。まったく、無茶し過ぎだよ。ウチのトレーナーに言われたでしょ? 今日は厳しいって感じたら無理せず休憩、息が整ったらまた走るを繰り返す、って」

「でも、もっと、頑張らないと」

「んー……」

 

 いつものピンクちゃんなら、すぐに頷いてくれるところなんだけどねぇ。

 

 

 

 年が明けてから……いや、私が気付いていなかっただけで、多分もっと前か。

 恐らく、彼女が公式レースで負けてしまった12月中旬あたりから……ピンクちゃんは、どこか思い詰めているようだった。

 

 彼女が何を思っているのかは……まぁ、想像できないこともないけども。

 それでもやっぱり、本人から聞いておこうか。

 

「どうしたのさ、ピンクちゃん。ちょっと焦ってない?」

 

 私の背の上で、彼女が少しだけ言葉に詰まる気配がした。

 そして……。

 

「……先輩には、わかりませんよ」

 

 少しいじけたような口調で、そう言った。

 

 あらら、いつも素直で可愛かったピンクちゃんがこんなこと言うなんて、反抗期かしら。

 ……なんてね。

 

 確かに、私が普通の五冠ウマ娘であれば……それこそ前世アニメの日本ダービーまでのテイオーみたいな、挫折を知らないエリートであれば、あるいは彼女の想いもわからなかったかもしれない。

 

 けれど、私は前世で色々挫折も多かった転生ウマ娘だし、今世だって出身は一般家庭、ついでに言えばそこそこ重い過去も持ってる。

 

 だからこそ……。

 ただ巡り合わせが悪かったって理由だけで、自分が持ち得なかったものへの嫉妬も……すごくよく、理解できるんだ。

 

「ブルボンちゃんのこと?」

「……っ」

「ま、ブルボンちゃん、世代でも飛び抜けて強いもんね。一緒に走ってれば、どうしても『あれに比べて私は』って思っちゃうよね」

 

 そう言うと、彼女は首に回してくれていた手を一瞬だけ強張らせて……脱力した。

 

 

 

 やっぱりちょっと酷だったかなぁと、反省。

 

 ピンクちゃんにブルボンちゃんとの練習を頼んだのは、私だ。

 ブルボンちゃんにとっては同世代の同じ逃げウマ娘と競え、ピンクちゃんにとっても格上と競えるチャンスだと思ったから誘った。

 そして、その判断自体は、今でも間違っていないと思うんだけど……。

 

 そう言えば、ピンクちゃんは真っ当な子だったなぁと、私は最近になって思い出したんだ。

 

 私の周りには、ちょっと異常なメンタルの人やウマ娘が多い。

 トレーナー業に全てを向けている歩さんもそうだし、三冠のためならどこまでも走って行きそうなブルボンちゃんもそう。そして真面目さと対抗心だけでめちゃくちゃ頑張れる昌さんもそうだ。

 彼ら彼女らは、目の前に苦難があれば、自力でそれを乗り越えてしまう。そこで感じる苦痛も苦悩も、その全てを根性でねじ伏せる。

 

 私はずっとそんな環境に囲まれて、そして私自身もそういうタイプだったこともあり……。

 いつしか、普通の感性が鈍ってしまっていた。

 

 ピンクちゃんの気持ちになって考えれば、すぐにわかるはずだったんだけどね。

 普通、自分が持ち得ない才能を目の前で見せつけられたら、そりゃあ落ち込んでしまうだろう、って。

 

 相手が私なら、まだいい。

 恐らくホシノウィルムは彼女から見て、理外の存在だろう。

 憧れは理解から最も遠い感情とはよく言ったもので、相手が憧れの存在となれば、そのあまりにも遠い距離にも諦めが付くというもの。

 

 けれど同世代で、それも同じ脚質の相手に、圧倒的な差を付けられているっていう現実。

 練習中に、何度も何度もそれを見せつけられると……うん。

 

 ちょっと凹んじゃうというか、捻くれちゃう気持ちも、わかる話だよね。

 

 

 

 改めて、背に負うウマ娘に話しかける。

 

「ごめんね、思いやりが足らなかったと思う。ここまで頑張ってくれてありがとう、ピンクちゃん。

 走るのは、楽しくなきゃ駄目だ。もしこのトレーニングが辛いなら、私から皆に話しておくよ」

 

 私は、歩さんと共に駆け抜けたクラシック級の中で学んだ。

 ウマ娘は、楽しく走らないと駄目だ。きっとそれは、私たち競走ウマ娘にとって最も大事なことだから。

 

 ピンクちゃんをこの環境に巻き込んで、走ることに悲壮感を持たせてしまったのは私だ。

 どんな形で終わるにしろ、そこは最後まで責任を取らないと。

 

 そう思っての言葉だったんだけど……。

 

「……う、うぅ」

「ん? ピンクちゃん?」

「んあーっ! もう!!」

 

 ピンクちゃんは癇癪を起こしたように大声を上げ、ぽかぽかと私の肩を叩いて来る。可愛いけどちょっと危ない。体幹鍛えてて良かった。

 

「そんなに優しくしないでくださいよ!! もう、私がすっごい子供みたいじゃないですか!!」

「え、いや、中等部って子供だし、子供でいいんじゃない?」

「もう、そうじゃなくて! ……はぁ、本当、先輩って……」

「私って?」

「いーえ、なんでも!」

 

 ぷりぷりと怒っていたピンクちゃんだけど……しばらくして怒りを発散し終わったか、私にはしっと抱き着いて来て。

 

「……先輩、後でちょっと話聞いてもらっていいですか」

 

 そう、小声で言ってきた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 私にとって、ピンクちゃんは大事な後輩だ。

 

 勿論、流石にブルボンちゃん程に肩入れしているわけではない。ちょっと申し訳ないけど、流石に同じ陣営であるブルボンちゃんよりも優先するっていうのは筋違いになってしまうと思うし。

 で、ネイチャと同じ陣営に属するライスちゃん程でもない。これに関しては完全に私の私情だけど、前世アニメでその苦難を見てしまったライスちゃんは、特別に応援してあげたいと思ってしまうんだ。

 

 ……でも、逆に言ってしまえば。

 私はその2人の次に、ピンクちゃんという後輩を贔屓している。

 

 いや、別に大した理由はないんだけどね。

 私と親しくしてくれる優しい後輩ちゃんたちの中でも接触が多く……。

 そして何より、個人的に最も応援してあげたくなるウマ娘だから、って感じ。

 

 

 

 競走ウマ娘はアスリートで、トゥインクルシリーズは極めてシビアな世界だ。

 同期だけで数えても400人以上、中央全体で見れば2000人という膨大な人数を誇るこの競技には、勝者の17倍の数の敗者が存在する。

 

 そうなれば、悲しいことだけど、たくさんの敗北に心の折れる子や、もはや敗北することを受け入れて負け癖が付いてしまう子も出てくるわけだ。

 

 歯に衣着せず言うと、私が付き合いのあった後輩ちゃんたちも、少なからずそうなってしまった。

 

 最初の頃は、そうでもなかった。

 彼女たちも皆、勝利を望んでトレセン学園に来たんだ。私が知り合った頃の後輩ちゃんたちは、勝利への渇望は皆一様に強く、「きっとトゥインクルシリーズで結果を残してみせる」って意気込んでいた。

 

 けれど、去年の秋あたりには、その心を折られてしまったんだ。

 

 

 

 中央トレセンには、全国から優秀な脚を持つウマ娘が集まって来る。

 そして地方からやって来た多くの子が、地元では負け知らずだったり、極めて高い成績を収めていたりする。かく言う私もその1人だ。

 というかむしろ、そうして高い成績を収めているからこそ、中央トレセンに入学できるわけだけどね。

 

 で、そんな自分の脚に自信を持って入学してきたウマ娘たちは、この中央トレセンで本当の蠱毒の激しさ、中央のレベルの高さを知り……急激なギャップで心を折られてしまう、というわけだ。

 

 今年もそろそろあるはずの入学式では、理事長が「覚悟ッ! ここは君たちが走ってきた戦場とは全く違う! 覚悟してトレーニングとレースに臨むように!」って言ってくれてたりするんだけど……。

 連続した成功体験で天狗になってる、まだまだ子供の中等部の女の子たちに対して、その言葉がどれだけ効力を持つかは微妙なところだよね。

 

 実際ここに、まさか自分が負けるだなんて思わず、最初の模擬レースで心をバッキバキに折られかけたウマ娘もいるわけで。

 ……そういう意味では、私もあまり人のことを言えたものじゃないんだけどさ。

 

 幸いなことに、私は転生ウマ娘ってこともあって素質自体は十分で、更に堀野歩さんという最高のトレーナーに巡り合うことができた。

 その結果として、こうして五冠ウマ娘になることができたんだ。

 

 けど、もしもその2点がなかったら、今頃私は…………。

 

 いや、考えたくないな。多分、最悪なことになってるだろうし。

 

 

 

 で。

 私の後輩ちゃんたちの大半も、そうした泥沼に足を踏み入れてしまった。

 

 ある子は心が折れて、地方のトレセンに転校し。

 ある子は敗北を認められず、せめて未勝利戦に勝ちたいと涙ながらに走り続け。

 ある子はなんとか勝ち取れた勝利に喜び……けれど直後の敗北に叩き折られ。

 

 正直、そういう光景は、見ているだけでもかなり心が苦しい。

 真っ当に頑張っていた子の心が折られるっていうのは、どうしようもなく重く、辛いものだ。

 「どうして私は、先輩みたいに……」って言われると、正直かなり心に来るものがあるんだよ。

 

 

 

 ……と、ちょっと脅すみたいになっちゃったけども。

 今語ったのは、あくまで極端な例に過ぎない。

 

 確かに多くのウマ娘が、自身の限界という泥沼に足を取られることになる。

 けれど、そこで諦め足を止める子ばかりではない。

 むしろその泥沼を正しく認識して、それでもなお懸命に前を目指そうとするウマ娘も多いんだ。

 

 そしてその筆頭が、目の前にいるピンクちゃんだった。

 

 

 

 彼女はよく、自分のことを「どこにでもいるような普通の(モブ)ウマ娘」と形容する。

 

 ……実際のところ彼女は、ブルボンちゃんやライスちゃんのような、非常に優れた素質を持っているとは言い難い。

 

 メイクデビューでは無事に勝利を飾れたものの、12月中旬に走ったプレオープンレースでは中団から仕掛けようとして追い切れず、8着に敗れてしまった。

 

 彼女はブルボンちゃんのように、大幅に出遅れて自身に向かない脚質を使うことになって、それでもなお勝ててしまう程に、圧倒的スペックを持ち合わせてるわけではないんだ。

 

 そういう意味において、確かにピンクちゃんは「どこにでもいるような普通の(モブ)ウマ娘」かもしれない。

 約束された勝利なんてない。1つ1つのレースに対して全力を注ぎ、それでもなお勝率は高くならないような、そんなウマ娘。

 

 ……けれど、それでも。

 

 

 

「すみませんでした、先輩。さっきの私、すっごく態度悪かったですよね。

 この前のレースの負けとか、ブルボンちゃんとの差とかで焦っちゃって、とにかく走って速くならなきゃって……。

 でも、先輩の言葉のおかげで目が覚めました。ていうか、なんか情けなくなって逆にモヤモヤがなくなりました。ありがとうございました!」

 

 2人で話そうと訪れたカフェで、ピンクちゃんはそう言い、ペコリと頭を下げる。

 それを見て私は、すごく穏やかで温かい気持ちになった。

 

 ……本当に良い子だな、この子は。

 

 ピンクちゃんは精神的に、すごく真っ当なウマ娘だ。

 ショックなことがあれば凹むし、辛いことがあれば悩むし、嫌なことがあれば眉をひそめる。

 自分だってトレーニングを積んでいるはずなのに、それでもどんどん差が開いていくブルボンちゃんを見て、やはり心に暗い影を落としていたんだろう。

 

 でも同時に、彼女は良い意味で真っ当でもある。

 たとえ辛いものを感じようと、追い詰められようと、誰かに向けられた善意を無視できる子じゃない。

 私の気遣う言葉に気まずくなり、冷静になって、そして今までの自分を反省する。

 そして意地を張ることもなく、すぐさま頭を下げて謝ることもできる。

 

 そういう、可愛い後輩なんだ、この子は。

 

「……私、もっと強い自信があったんです。

 メイクデビューも1発で勝てましたし……それこそ、G1レースでも十分通用するんじゃないかって、そんなこと思って。

 でも、現実は違いました。G1ウマ娘であるブルボンちゃんとの差は歴然で、プレオープンレースにも負けてしまって……やっぱり私、普通のウマ娘なんだなって思わされて。

 だから、もっと強くならなきゃって、ブルボンちゃんに追いつかなきゃって思ってしまって……」

「うん。信じられないかもしれないけど、その気持ちはわかるよ」

「……いえ、信じます。先輩、本当に辛そうな顔してくれてますし。

 私、焦りすぎてましたよね。なんていうか、先輩やブルボンちゃんの足並みに、無理に合わせようとしちゃってました。

 私は普通のウマ娘なんだから、もっと普通にしか走れないって、わかってたはずなのに」

 

 そう言って、ピンクちゃんは肩を落としてしまった。

 

 ……普通、かぁ。

 

 

 

 実際に彼女が「普通か」と言えば、そんなことはないと思う。

 

 中央トレセンに所属する平均的なウマ娘は、重賞にも出られないくらいだ。

 彼女がそこに当てはまるかと言えば、そんなことはない。

 

 ピンクちゃんは、私やブルボンちゃんに並ぶ程でこそないけど、多分重賞でも十分に通用するレベルの素質は持っていると思う。

 だから、そこまで落ち込むことはないと思うんだけど……。

 

 プレオープンレースに大敗してしまい、更にブルボンちゃんとの覆しようのない程の差を感じてしまって、彼女は自身の素質を疑ってしまっているんだろうな。

 

 その疑念は、きっと私から何かを言って解決する問題ではない。

 彼女自身がレースを通して自分の素質を確かめることでしか、抜本的に払拭することはできないだろう。

 

 だからせめて、私に言えるのは……。

 

 

 

「……友達にね。あなたと同じことを言ってた子がいたよ」

「友達に……?」

「うん。自分には素質がない、私と……ホシノウィルムとトレーニングするようなウマ娘じゃないって。

 そう言って諦めかけて……それでも、絶対に諦めなかった子。今でも諦めず、勝利を狙ってくる子。

 ……ナイスネイチャってウマ娘なんだけどね」

「ネイチャ……先輩、が?」

 

 ピンクちゃんは、その目を大きく見開いた。

 ……うん。今のネイチャからは、とてもじゃないけど考えられないよね。

 

 

 

 ナイスネイチャ。

 私と同世代の、三等星とも呼ばれる策謀家のウマ娘。

 12戦8勝、今のところG1レースでの勝利こそ達成していないものの、他3件の重賞レースでは1つ残らず勝利を刻んでいる、紛うことなき優駿だ。

 

 そこまで目立つ戦果こそないけれど、菊花賞では私と1バ身差での惜敗、そしてあの有記念でもマックイーン先輩やスズカさんを超えて3着に滑り込むなど、その実力は誰もが認めるレベル。

 

 そして私にとっても、彼女は最初にして最高の、油断ならないライバルでもある。

 

 そんな子が、最初はあんなに逃げ腰だったなんて……後輩たちは知らないんだろうなぁ。

 

 

 

「ネイチャもさ、自分に自信がない子だった。私を見ただけでびっくりしちゃうような子だった。

 それでも、菊花賞で私を追い詰めて来たよ。

 まったく、何が『素質がない』んだか。まさしく『素晴らしい素質』だよ。

 ……いや、自分に素質がないことを自覚してるからこそ、単純な走力以外も全部使って勝ちに来る、ネイチャらしい戦い方が確立したんだろうけどさ。

 でも、そうやって色んなことを使えるってことこそが、彼女の素質なんだって思うんだよね」

 

 ある意味では、それも成功の1つなんだろう。

 

 自分ではどうしようもなく足りないのだと、泥沼に足を取られて。

 ……それでも決して諦めず、足を取られて動けないのならと、その手を使ってツタを引き寄せ、口を使って周りの者と協力し、道具を使って沼を抜け出そうとした。

 

 その結果が、今のナイスネイチャという優駿だ。

 決して諦めずに足掻き続けた結果、彼女は自分なりの走り方、自分なりの星を見つけ出した。

 

「勿論、ネイチャの戦い方がピンクちゃんに馴染むとは限らない。ネイチャのアレは、もはや一周回ってそういう才能だからね。

 だけど……諦めずに走り続ければ、きっとピンクちゃんも見つけられるよ。君らしい、君だけの走り方……抗い方が」

 

 

 

 私がそう言うと……ピンクちゃんは、頷いた。

 

「そう、なんですね。……そうなんだ」

 

 そう言って、顔を上げる。

 

 彼女の表情には、もう陰りはない。

 ただ未来を見据える、強い輝きが瞳に宿っていた。

 

「先輩、ここで宣言します。

 私の夢は、G2レースに勝ってG1レースに出走することでした。

 けど、今、ここで変更です!」

 

 ぐっと拳を握り、彼女は高らかと未来を宣言する。

 

 

 

「私、菊花賞までに自分を磨き上げます! それで、菊花賞に出て……ブルボンちゃんに、勝つ!!」

 

 

 

 ……それは。

 果たして、どれだけの苦難を伴う道だろう。

 

 あくまで重賞級のウマ娘だと思われるピンクちゃんにとって、菊花賞に出走すること、そこで勝つことは熾烈を極めるだろう。

 その上、今年の菊花賞ではブルボンちゃんとライスちゃんの叩き合いが発生する。そこに彼女の介在する余地はあるかわからない。

 ……極めつけに、ブルボンちゃんのトレーナーは、あの歩さんだ。きっとこのトレセンの誰にも負けない、圧倒的な育成手腕を持っている。

 

 だからきっと、彼女の新たな夢は叶わないだろう。

 今年の菊花賞に勝つのは、ブルボンちゃんかライスちゃんのどちらかだろう。

 

 ……けど。

 

 応援くらいは、しても許されるよね。

 私は彼女の、先輩なんだから。

 

「うん、頑張れ……ソウリクロスちゃん。君のこと、見てるからね」

「っ、はい!!」

 

 そう言って、彼女はにこっと、輝く笑顔を見せてくれたのだった。

 

 

 







 ライバル(候補)を奮起させることに定評のあるホシノウィルム



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、趣味の話。



(報告)
 URAファイナルズの開催時期についてガバがあったので訂正しています。
 何故か1月中に予選準決勝決勝が続くデスマーチになってたんですが、1月に予選、2月に準決勝、3月に決勝がある形になりました。

(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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