忙しすぎる年末の仕事ラッシュも終わり、正月の内に片付けるべきごたごたも片付いて。
そろそろ10日が迫って来るという頃……。
ようやく、俺たちの仕事にも、余裕というものが発生した。
いやまぁ、これまでも余裕がなかったってわけではないんだけどね。
陣営で初詣に行った時もそうだったように、仕事が途切れる瞬間というのは何度か存在した。というか、俺が調整して途切れさせた、っていうのが正しいんだけども。
けれど……。
ここまで仕事がなくなるタイミングは、あるいはウィルが三冠を取って以来、なかったかもしれない。
ちょうど今、ウマ娘のレースはシーズンオフとでも言うべき季節。
いや、一部のレースはこの季節も開かれてるんだけど、とにかくウィルやブルボンが出走するようなG1レース、そしてそのトライアルレースは、3月までは開催されない。
そのため、俺たちの仕事にも少しだけ余裕が出て来るわけだ。
更に、要因はその1つではない。
というのも……ぶっちゃけ、俺と昌が多少なりとも成長したらしい。
以前以上に業務の能率が良い。特に昌は、仕事に慣れたというのもあるんだろう、目に見えて書類の処理速度が上がった。だからと言って雑にはなっていないのがすごいところだと思う。
俺の方も……手前味噌な話になるけど、トレセン学園に来た直後に比べれば、そこそこ成長したと思う。
やはり実体験というのは大事だ。どれだけシミュレーションを繰り返したところで、たった1度の実体験にも勝てない。
こうしてトレセンに来て、トレーナーとして仕事を経験して、初めて得たものは多いんだ。
仕事の絶対量も減り、更にそれを処理する能率も上がったとなれば、当然ながら書類の山はみるみる擦り減っていくわけで……。
今日は担当ウマ娘2人もお休みで、なおかつ俺と昌には手を付けるべき直近の仕事がない。
俺たちの陣営には、6時間とか半日とかじゃなく、丸々1日の余暇が発生した。
あとしばらくしたら入学式があって新入生も入ってくるし、その後はURAファイナルズの予選開催、更にはURA賞の授賞式と、また忙しくなるんだけど……。
とにかく今日1日は、俺も昌も手持無沙汰になってしまったというわけだ。
以前であれば、将来を見越して他陣営のウマ娘について調査を行うとか、レース場の芝の状態の確認とか予測とか、あるいはレースの枠番の考察とか、そういったことで時間を潰せたんだけど……。
今日はちょっとばかり、そうもいかなかった。
いや、いかなかったというか……昨日の夕方、昌により未然に防がれてしまった。
「その調査とか確認とかって今すべきことじゃないんじゃないの? 私が来た時点で大阪杯までのマークは終わってたし、どうせここ半年のレースについてはもう終わってるんでしょ?」
「いや、まぁ、うん」
勿論、状況は時間と共に変化する。
芝の状況なんて直近1か月で大きく変わるし、ウマ娘なんて「3日会わざれば刮目して見よ」だ。
いわゆる要経過観察、欲を言えば常に観察していく方が良いに決まっている。
……だが同時、1か月で大きく状況が変わるということは、つまり1年前に調べたって殆ど意味がないということでもある。
例えばの話、1年前の俺は、トウカイテイオーよりもナイスネイチャの方が勝率が高くなることとか、今もなおトウカイテイオーが重賞未勝利のままだなんてことを、転がっている情報から分析できただろうか?
……いや、できるわけがないんだよなぁ。
圧倒的なレースの天才であるテイオーと、素質がないわけではないがテイオー程とは言い難いナイスネイチャ。けれど、彼女たちの意志と努力によって、その道は分かたれた。
ただの数字的な情報からそこまで推察するのは、流石に難しい。というか無理だ。
ウマ娘の情報やレース場の状態。
前もって調べるに越したことはないとはいえ、現時点で得られるメリットは非常に微妙なものだ。今すべきことかと問われると……正直、その必要性は薄い。
つまりはコレ、ぶっちゃけ無駄に近い行動なわけだ。特に今は半年どころかブルボンの菊花賞辺りまでの調査を済ませてしまっているわけで。
では何故、そんなことをやっているのかと言えば……。
……うん、他にやることないしな…………。
「は? なんか趣味とかないの? 一切?」
「ないよ? トレーナーだし」
「…………」
昌は呆れたように黙った後……ため息1つ、俺に告げた。
俺がついぞ気付くことのできなかった、大きな大きな欠陥を。
「あのさ、趣味の1つや2つ持ってた方がいいんじゃない?
担当ウマ娘とか関係者さんとの会話だって、話題がなくて困ったりするでしょ、それじゃ」
「……ッ!」
それを聞いて、雷が落ちたような衝撃を覚えた。
俺には確かに、その覚えがあったのだ。
1年前、まだホシノウィルムとの接点が多くなかった頃……俺は彼女に振る話題に窮し、しりとりや走ることの話ばかりしていた。
更に言えば、今も業者の方々やURAの職員と話すことは、競走ウマ娘のレースに関することばかりだ。
いつも同じことを話して、それ以外に話題を持たない。
もしかして……あれ、これ、もしかして……。
俺、コミュニケーションが、下手…………?
* * *
いや、その自覚がなかったわけではないんだ。
俺はコミュニケーションが下手。それはもう、昌から何千回と言われたことだ。
実家にいた頃は「主題から話すのはいいけど相手の気持ちも考えろ」「なんでそうやって極論になる」「相手が何を言いたいのか考えて聞け」と何度も何度も怒られたものだ。
何故か父さんにも飛び火したり、兄さんは苦笑したり、母は穏やかに微笑んで見守っていたり。それが堀野家の日常的な光景だった。
だから多分、コミュニケーションの要領も悪いんだろうなぁ、というぼんやりとした自覚自体はあった。
だが……それを明確に自覚できたのは、ここが初めてだったかもしれない。
何を以てコミュニケーションが上手いかを判断するかは、難しいところがあるけども……。
少なくとも、他に趣味を持たず関係者の方や担当ウマ娘とのコミュニケーションが滞ってしまうのは、非常に大きな問題であると思えた。
善は急げと言うが、善に限らずあらゆる行動は急いだほうがいい。
そんなわけで、俺はさっそく余暇を使い、その問題を解決すべく動き出すことにした。
……のだが。
1つ、俺の前には大きな問題が立ち塞がっている。
コミュニケーション力不足。または、話題の不足。
この解決のためには、昌に指摘された通り、趣味を作るのが手っ取り早いはずだ。
では、どんな趣味を作るべきか……。
これが、なかなか難しい。
前世から仕事を恋人にするような人生を送って来た俺にとって、趣味というのは理解しがたい概念だ。
趣味? 何それ美味しいの? とまでは言わないけど、それをして何が変わるのか疑問に思うくらいには有用性を理解できていない。
勿論、趣味に生きるって言葉はよく聞くし、やはりそれはそれで良さがあるんだろう。だけど、現時点の俺は、まだそれを理解することができていない。
だからこそ、ここで難しいのが……何を趣味にするか、だ。
そもそも俺は、何を趣味にすればいいのか、どんなものが一般的なのかもわからないんだ。
「うーん……」
トレーナー業に関すること以外の趣味なぁ……。何があるだろうか。
読書? いや、俺が読んでるのレース関連とかウマ娘関係の本ばっかりだし。料理も担当ウマ娘のために作るだけだし、勿論クレーンゲームに関してもそうだ。
……これまでトレーナー業のことばかり考えて生きてきたこともあって、それに関すること以外の発想が出てこない。
「どうしよう……」
俺は自室のベッドの上で、ちょっとばかり途方に暮れていた。
趣味……趣味な……。あー、昔からこういうのを決めるの、苦手なんだよなぁ……。
俺はチラリと、自分の部屋を見回す。
俺の無趣味っぷりはこの部屋を見てもらえば一目瞭然だろう。
ここに置いてあるものはトレーナー業に必要な資料や器具、URAの企画制作部から送られてくる担当ウマ娘のグッズ。もはやそれらで足の踏み場もない程に埋まってしまっている。
我ながら、本当に仕事のことしかないと言うか、なんというか……。
「……あー、いや」
そうか……1つ、候補があったな。
ちらと視線を向けた部屋の片隅には、ウィルやブルボンのグッズの中に埋もれ、埃を被ってしまっている釣り竿が鎮座していた。
……釣り、行くか。
* * *
誤解なきように言っておくが、俺が釣りに行ったのにも、その場所を選んだのにも、深い意味はない。
何も思い付かなかったところに釣り竿が目に入ったから釣りに行ったというだけだし……。
これまで釣りに行くとなれば毎度──と言っても累計2回だけど──そこに行っていたっていう経験があり、俺の中に釣りに行くとすればそこだという固定観念が生まれていたというだけ。
勿論、釣りに行くことに関して彼女に伝えたわけでもない。
何故か予定を聞き出そうとしてきた昌には言ったけど、昌と彼女の間に繋がりがあるとは思い難いし。
更に言えば、俺がそこに辿り着いた時、既に彼女は長いこと釣りをしていたようで、クーラーボックスの中には決して少なくない量の魚が収められていたし。
……つまるところ。
「あれ、お兄さん?」
「……セイウンスカイ?」
その日赴いた堤防で、セイウンスカイと出会ったのは、完全な偶然だった。
セイウンスカイ。
今更語るべくもない、稀代のトリックスターであり、黄金世代で二冠を取った逃げウマ娘であり、そして俺の前世での愛バでもあった子。
短い芦毛を潮風に揺らす、前世の記憶よりも少しだけ成長した様子の彼女は、少し驚いたような表情でこちらを見ていた。
「……久しぶり、お兄さん」
「あぁ、久しぶり、セイウンスカイ」
俺にとっては慣れ親しんだ、大好きなウマ娘だったが……それはあくまで前世の話。
この世界において、俺とセイウンスカイの間には、数度すれ違う程度の関わりしかない。
これまでの接点は、2つ。
俺がホシノウィルムにとって最高の戦いの舞台を用意するため、彼女を天皇賞に焚き付けた時と……。
去年の有馬記念の噂の裏を取るために、彼女を呼び出した時。
そのどちらも、必要な情報のために互いを利用し合うような、それでいてどこか近しく話し合えるような……不思議な距離感での付き合いだった。
そんなスカイだが、彼女は俺がやって来たことを見て、意外そうに目を見開いていた。
「へぇ……お兄さんも釣り?」
「うん。久々にな」
「お、そうなんだ、いいねぇ~。にゃは、セイちゃんとしては同好の士ができると嬉しいんだけどな~」
「俺としても、これを趣味にできればいいなと思っているよ」
「趣味にできればいい……? ま、いいけどさ」
彼女に隣に座っていいか確認を取った後、俺はバケツに海水を汲み、彼女の横に折り畳み椅子を置いて腰かけた。
まさかセイウンスカイに会えるとは思わなかったが……まぁ、それはそれとして。
俺は釣り針を海の方に放り投げた。
今日は彼女と取引とか情報交換をしに来たわけじゃない。
俺は釣りをしに来たんだ。こっちにしっかり集中しなくては。
それからしばらく、俺たちは無言で釣り糸を垂らしていた。
最初の内こそ、横にスカイがいることに違和感を感じていたけど、段々とそれも気にならなくなり、ただぼんやりと釣り竿を握りしめている時間が過ぎて行く。
……あー、こういう落ち着いた時間、久々だな。
静かに打ち付ける波の音、まだ少し肌寒い潮風と、けれどそれでも体を温めてくれる陽の光。
思わずうとうとしてししまいそうになるくらいに……心地良い。
昨日はなんと0時には眠りに就けたので、今日は睡眠時間は十分なはずなんだけどな……。
「ふわ……あ、すまん、セイウンスカイ」
「別にかまいませんよー。今日は気持ちの良い晴れですからねぇ」
「本当に気持ちの良い晴れだな……」
ウマ娘の前で呑気に欠伸。
普段なら気が緩んでいるから引き締めないと、と思うところだが……今は業務時間外、趣味の時間だ。スカイが許してくれると言うのなら、そこまで気にすることもないだろうか。
少しだけ悪いような気がしながらも、変わらず出ようとする欠伸を口の中で押し殺した。
……と、そんな時。
「お、ヒット。大物の予感」
スカイはそう呟き、クイクイっと俺には理解しがたい緩急で竿を動かし、リールを巻き始める。
しばらく待つと、彼女の釣り竿から伸びる糸の先には……見事に、少し大きめの魚がかかっていた。
「ぃよし、良いカサゴ!」
「おわー、おめでとう」
「『おわー』ってなんですか『おわー』って。気が抜けてますねぇ」
スカイは彼女の釣り竿にかかった、背びれのギザギザした魚をどやっと見せびらかしてきて、俺の反応に苦笑する。
良いなぁ、ちょっと羨ましい。
俺の方はピクリとも反応が来ないのに、スカイの竿には定期的に反応がある。
やはり竿とか餌、そして経験の差だろうか。まぁその辺最初から上手くいくことなんて滅多にないけど……やっぱり悔しいものは悔しいな。
……よし、決めた。次回来るまでに、釣りのテクニックを調べておこう。
改善できないなら仕方ないとしても、やれることはしなければ。ウィルやブルボンだって頑張っているんだ、俺だって技術向上のために努力しない理由はない。
あとアレだ、竿と餌も、もうちょっと良いの買っておこう。
初心者の内から高級品に手を出すのはちょっと躊躇があるけど、むしろそうすることで後に引けなくなるし、逆に釣りにハマることができるかもしれない。
それに、最初の内はモチベーションが大事だ。良いものを使ってどんどん釣れた方が楽しくなるかもしれないし。
……別にスカイに対抗意識を燃やしてるとか、そういうわけではないぞ。
チリチリと心を燃やしていた俺を後目に、横に座っているスカイは……くすりと笑った。
「……お兄さん、なんかちょっと変わったね」
「変わった?」
ちらりと彼女の方を窺うと、スカイは海の方を眺めながら、どこか弾んだ口ぶりで言った。
「変わったよ。前まではピリピリしてたけど、余裕が出てきた感じ」
「そう……か?」
「あ、勿論良い意味でね。……なんていうか、肩から良い感じに力が抜けたような」
どうだろう。あまり自覚は……なくもない、か。
確かに最近、俺は気が緩んでいる気がしていた。
ものを食べれば美味しいと感じ、睡眠を取れば心地良いと感じる。
俺はそれを、トレーナー業に専心できなくなったと認識していたが……。
好意的に解釈すれば、肩から力が抜けたと言える……のかもしれない。
……いやしかし、やはり集中力が落ちているのはどうかと思うんだが。
「気が緩むのは、どうもな」
そう言って、俺は唇を結んだんだが……。
そんな俺に、スカイは明るく言った。
「良いんじゃない? 私のトレーナーさんもそうだったし」
「君のトレーナーも……?」
* * *
この世界における、セイウンスカイのトレーナー。
彼はこの界隈では、知る人ぞ知る有名人だ。
それは何も、担当ウマ娘にクラシックレースで二冠を獲らせたという理由だけではなく……。
そもそも、セイウンスカイを担当した当時の彼が新人であり、更に言えば名門でもなんでもない一般家庭出身だった、という要素が大きい。
俺も何度か話す機会があったが、彼は一見して普通のトレーナーという印象を覚える人間だ。
ウマ娘を愛し、レースを愛し、担当ウマ娘のために奔走する。そういった、中央のトレーナーとしては非常に模範的で一般的な人間性を持っているようだった。
……けれど、彼はそれだけの人間ではない。
黄金世代という魔境の世代に当たって初めて専属を持つことを許され、多くのウマ娘の中からセイウンスカイを見出し──ここに関しては、本人曰く偶然の部分が大きいらしいけど──、果てにはクラシック二冠という栄誉へと導いた天才トレーナー。
それが、彼と言う人間を形容する適切な言葉だ。
同期には名門桐生院の寵児が支えるハッピーミークや、この前あのウィルにも勝ったスペシャルウィークを筆頭に、他にもエルコンドルパサー、グラスワンダーにキングヘイローらを持つ、まさしく豪華絢爛な黄金の世代。
それでもなお、寒門のウマ娘と新人のトレーナーの2人は、2つの冠を手にした。
まさしく、光り輝くシンデレラストーリーだ。当時は世間でもかなり騒がれたらしい。
……まぁ、それも去年のホシノウィルム程ではなかったはずだが。
そして……うん。
桐生院葵トレーナーやハッピーミークと同世代で、セイウンスカイがシニア級2年目になる年からURAファイナルズが開催されており、その上新人の天才トレーナー。
……どう考えても。
彼は、前世アプリの主人公にあたるトレーナーだ。
彼のことを知った時は、そりゃもう驚いたものだった。
URAファイナルズは既に開催されているということで、ここが前世アプリの育成シナリオから数年後の世界であろうことは察しが付いていた。
更に、その開催開始時期やハッピーミークの世代から、本編の時間軸は黄金世代と一致しているということも。
けれど……そうやって察しが付いたとしても、それでもなお、驚いた。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
かつて遊んでいたアプリゲームの主人公が、自分のいる世界に実在している。
それに驚かないわけがないんだから。
* * *
……で。
そんな彼も、セイウンスカイのトレーナーもそうだったというのは、どういう意味か。
思わず眉を寄せた俺に、スカイは独り言を呟くように言う。
「私のトレーナーさんも、最初はすっごく肩肘張ってて真面目だったんだよー。ちょーっとセイちゃんがトレーニングサボるだけですっ飛んで来てさ。……ま、今は程々に休ませてくれるようになったんだけど」
セイウンスカイは懐かしそうに、数年前のことを想起する。
……そうだな。
もしも彼女のトレーナーが「彼」なら、契約した3年間で、頑張るスカイを支えるために柔軟に、そしてダダ甘になっていったはずだ。
俺はそれを、よく知っている。……なにせ、目の前で何度も見てきたようなものだからな。
どんな顔をしていいかわからず、釣り竿の方に目をやった俺に、スカイは続けて言ってくる。
「でもさ……担当ウマ娘からすればそれくらいの、ちょっと緩いくらいがちょうどいいんだよ。
お兄さん、結構精神的にキツキツっぽかったから心配してたんだけど……うん、もう大丈夫そう」
「……君、ホシノウィルムのこと、心配してくれてたのか」
「そりゃまぁ、先輩ですしね? セイちゃんだって、可愛い後輩の心配の1つや2つ、するんですよぉ?」
そう言ったセイウンスカイは、海の方を見ながら、ふっと息を吐いた。
「……それに、心配してたのは後輩のことだけじゃないよ」
「ん? 何、どういうこと?」
よく理解できず反射的に聞き返すと、彼女の表情が呆れに染まる。
「…………本当に頭回ってないんだね? 大丈夫?」
いや、大丈夫だと思うけど……。
……あぁそっか、そういうことね。
彼女はウィルの居心地を心配してたわけだけど、そもそもウィルの居心地を心配するってことはつまり、俺の緩み具合を気にするってことで……それは俺のことを心配することに繋がるわけだ。
そこはしっかりと感謝しておかないとな。
「あぁそうか、ありがとう、セイウンスカイ」
「わかってなさそー……。ま、ただの気まぐれですし、いいですけども」
スカイはそうぼやいて……うわ、また魚ヒットしてるし。
嘘でしょ、上手くなればそんなにかかるの……? いや、スカイだからなのか? やっぱりトリックスターには相手を誘導する才能があるんだろうか。
俺も1匹くらいは釣り上げたいんだけど……お?
「来た!」
「えっ、嘘!?」
「嘘は酷くない!? いや重っ! こんな重い!?」
体は結構鍛えてるつもりなんだけど、それでもここまで重いとは……! さては大物か!
絶対に釣り上げてやると、思わず腰を上げかけて……。
「あ、根がかりだねそれ。あんまり強く引かない方がいいよ。軽く揺するような感じで外すんだ」
「…………」
静かに、腰を下ろした。
結局その日、1度たりとも俺の釣り竿に魚がかかることはなかった。
回数を重ねるごとに釣果落ちていってるんだけど、なんで……?
* * *
そろそろ夕陽も落ちる頃、俺たちは解散することになった。
……というか、スカイが全く帰る気配がなかったので、さっさと帰るように駆り立てたんだけども。
「ぶー。せっかくのお休みだし、夜釣りしたかったんだけどなー」
「それはまた今度、自分のトレーナー同伴でしなさい。そろそろ門限だろう」
「言っておくけど、ちゃんと許可は取ってるんですけど?」
「誰の?」
「…………」
「はい、それじゃ寄り道せず帰ること」
言い繕おうとするスカイを黙らせて、俺はしっしっと彼女を急かす。
いつもこんな調子なら、彼女のトレーナーはやはり気苦労が絶えないだろうな、と思って……。
ふと、スカイが言っていたことを思い出す。
「少し緩いくらいが、担当ウマ娘にとってはちょうどいい」、と。
それは十中八九、セイウンスカイの個人的な所感なんだろうが……。
……それでも、最近緩んでいて駄目だと否定しがちな自分を肯定してもらえたのは、なんというか……救われたような気がした。
そのことも、感謝しておかないとな。
「セイウンスカイ」
「ん? 何~?」
「今日は色々とありがとう。この恩はいつか返すよ。
それと、ドリームトロフィーリーグ、頑張ってくれ。1人のファンとして応援してる」
そう言うと、前を歩いていた彼女は少し硬直した後……振り返って、ニヤリと笑った。
「……それじゃあ、お兄さんには、仲間になってもらおうかな」
「え?」
「いやー、セイちゃんにとって釣りって心のオアシスなんだけどさ、ずーっと釣り仲間が欲しいって思ってたんだよね。トレーナーさんも付き合ってくれるけど、それでも趣味って程じゃないし。
だから恩を返すって思うなら、一緒に釣りを楽しんでもらえたらなーって思うんだけど?」
ニヤニヤ笑う彼女の可愛らしいおねだりに、俺は思わず表情を緩めてしまった。
「……あぁ、わかった。暇な時はここに来ることにするよ」
「ホント? やったー! じゃあ今度、もっと良い釣り場教えてあげますから、楽しみにしててね!」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑う。
……まったく。
そうやって無邪気に笑う姿を見ると、彼女が自分の担当ウマ娘なんじゃないかと錯覚しそうになるな。
だがこの世界において、セイウンスカイは、決して俺の担当ウマ娘ではない。
スカイを支えるトレーナーとして、前世アプリにおける主人公以上の存在はいないだろうし……。
どうあれ、俺の担当ウマ娘はホシノウィルムとミホノブルボンの2人きりだ。
だからセイウンスカイとは、強いて言えば……。
これからは、個人的な友人になるだろうか。
前世の愛バと、今世では友人か。
……存外、悪い気分じゃないかな。
何かが終わるってことは何かが始まるってこと。
次回は3、4日後。ホシノウィルム視点で、生徒会の話。
(追記)
誤字報告をいただき、訂正させていただきました。ありがとうございました!