転生チートトレーナーvs転生チートウマ娘   作:アリマリア

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 ちょっと忙しくてあんまり執筆に時間取れなかった……。
 定期的に更新できてクオリティ保ててる方々、ほんとにすごいですね。





多生の縁

 

 

 

 1月下旬、凍てつくような空気が身を包む、とある日の昼のこと。

 

「…………」

 

 冷たく乾いた風の吹き抜ける、静かな草原。

 まばらに生えた木や、1つだけ通っている狭い道の他は殆ど何もない、見慣れた場所……。

 

 私は約1年ぶりに、そこを訪れていた。

 

 中央の温度感に慣れてしまったためか、震えてしまう程に寒い空気の中。

 雲一つない晴天に思わずくらりと意識が揺れて、私は思わず、額に手を当てた。

 

 何だろう。とても寒いのに、同時……。

 

「……なんだか」

 

 ふとこぼした声を、横を歩いていた彼が拾い上げた。

 

「なんだか、何だ?」

「……あー、何でしょう。何か言おうとしたんですけど、忘れちゃいました」

「なんだそれ」

 

 彼は小さく笑って、改めて歩みを進める。

 私は少し慌ててその後を追った。

 

 

 

 前回ここに来たのは、確か去年の3月。

 だから……これが10か月ぶり、二度目の帰省ってことになるだろう。

 

 すごく早かったな、この10か月。

 楽しいことがいっぱいで、辛いことも少しあった。

 けれど、そんな辛い過去を吞み込んで、受け入れて、踏み越えて、私はここまで来たんだ。

 

 ……それなのに。

 全ては、良く終わって。まさしく望んだ通りのハッピーエンドの先にいるのに。

 どうして……どうしてこうも、胸が騒ぐんだろうか。

 

 

 

「ウィル」

 

 かかった声に視線を上げると……。

 彼は少し先で振り向き、こっちを待っていた。

 

「行こう。君の両親が待ってる」

「……はい」

 

 そうだ、行かなきゃいけない。

 お父さんとお母さんに、今年のことを報告しなきゃ。

 

 それはわかってるのに……。

 どうにも、足が重かった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 肌寒い草原の片隅にある、静謐な空気を漂わせる集団墓地。

 その中の1つに、今は亡き私の両親が眠る、小さなお墓がある。

 

 唯一残った肉親である私が最後に訪れてから、既に1年以上の時間が経過しているのに、そのお墓は綺麗なままだった。

 約束通り、親戚の方がきちんと管理してくれているらしい。

 今度改めて、感謝の連絡を入れないと。

 

「着いたな」

「……はい」

 

 トレーナーと一瞬視線を交わして、私は一歩前に踏み出し、墓石の前で地に膝を突いた。

 

 お父さん、お母さん、久しぶり。

 私です、ホシノウィルムです。お2人には他の名前の方が通りが良いかもしれないけど……覚えてくれているでしょうか。

 

 ……思わず、自分の思考に苦笑しそうになる。

 どうだろう、果たして2人は覚えていてくれているだろうか。

 2人にとって、私は敵……とは言えないまでも、親しい相手ではないだろう。

 自分たちの家庭を破綻させた、憎き相手。恨まれて然るべき……かも、しれない。

 

 ……それでも、私にとって2人は、この世界で唯一無二の両親だった。

 だから私は、お墓の前で手を合わせるんだ。

 

 

 

 でも……。

 どうしよう、何の話からしようか。

 

 歩さんに出会うまで、私の人生は面白みなんてないものだった。

 ただ強くなるために走るだけの毎日。特筆すべきことなんて何もなく、ただただ前を目指すだけの、単調でつまらない日々だったんだ。

 

 けれど、この1年は、全然違った。

 

 たくさんのことがあった。たくさんの彩りがあった。多くの人と知り合い、多くのウマ娘と走った。

 これまでにないくらい、忙しくて楽しい、実りのある1年だったと思う。

 

 去年の春から……。

 ネイチャとテイオーと模擬レースをして、熱を感じ始めたり。

 皐月賞やダービーでテイオーと戦って、彼女の才能に燃えたり。

 宝塚記念でスカイ先輩と戦って、転生者である私がパンクしちゃうくらいに走ったり。

 歩さんに救われて、広い世界を知ったり。

 骨折してしまって、トレーナーの指導の下、必死にリハビリしたり。

 なんとか間に合った菊花賞で、ずっと待たせていたネイチャと1度目の決着を付けたり。

 ジャパンカップでシニア級のライバルであるマックイーン先輩と戦ったり。

 歩さんが最悪な事故にあって、昏睡してしまったり。

 有記念ではたくさんの優駿たちと最高に熱いレースをしたり。

 少しだけとはいえ、歩さんを助けることができたり……。

 

 本当に、本当の本当に、色んなことがあった。

 それこそ、どこから語るべきかもわからない程に、色んなことが。

 

 

 

 ……だから、なのかな。

 こうして両親に会いに来たのに……どうにも、言葉が出てこない。

 

 

 

 何を、言えばいいんだろう。

 どんな風に、語ればいいんだろう。

 お父さん、お母さんに、なんて報告すればいいのかな。

 それが……わからない。

 

 いや、わかってる。去年までと同じようにすればいいって、わかってるんだ。

 わかってるのに……できない。どうにも頭が回らなくて、何も言葉が出てこない。

 

 ……去年は、こんな風にはならなかったのに。

 なんで今、私は、こうも心が揺れているんだろう。

 

「…………」

 

 去年はただ、両親に1年の報告をして、トレーナーに両親のことを打ち明けて、それで終わりだったはず。

 何事もなかった。何も感じなかった。凍てつくような寒気は相変わらずあったけど、ただそれだけで。

 何故今、私は……今になって、動揺しているのか。

 

 わからない。

 思考が空回ってしまって、何もわからない。

 

 

 

「大丈夫か」

 

 声が、かかる。

 いつしか閉じていたまぶたを開き、眩しい世界に思わず目を細めてしまった。

 

 ……ほんの一瞬、息を吸って、吐いた。

 落ち着け。普通に、歩さんの声に応えなければ。

 

「トレーナー? えっと、何か?」

 

 我ながら、完璧に取り繕えたと思った。

 自慢じゃないけど、私は演技が上手い。被った仮面の下は、そう簡単には見抜かれたりなんてしない自信があったんだ。

 

 けれど……。

 

「誤魔化すな、君の動揺くらいはわかる。……これでも、2年以上の付き合いだからな」

 

 ……それはもう、歩さんには通じないらしい。

 積み上げた年月の力、か。

 本音が隠せないのは厄介だけど……うん、ちょっと嬉しいかもしれない。

 

 改めて、彼に何と答えようかと、少しだけ考えたけれど……。

 見抜かれてしまった以上、隠すことでもないかと、私はお墓に向き合ったまま、静かに息を吐いた。

 

「……ちょっと、大丈夫じゃないかもです。

 よくわからないんですが、ここに来てから……いえ、北海道に来てから、もっと言えば飛行機に乗ってから、心がざわついてしまって」

 

 そう。

 今日になって、私のメンタルは荒れていた。

 

 朝早く、トレーナーと一緒に空港に行く時から、ずっと。

 飛行機の窓から空を見下ろす時も、トレーナーが運転するレンタカーでここに向かっている時も……今、両親のお墓に向き合っている時も。

 

 集中できない。思考が乱れる。

 ……もっと言えば、ここから逃げ出したいとさえ思う。

 

 なんでこんなことになっちゃったのか、わからない。

 頭がゴチャゴチャして、全然考えが纏まらない。

 

 

 

 どうしたものかと、眼下の石畳の隙間から生えた雑草を見ながら、ぼんやりと考えていた時……。

 

「ウィル、1人で抱え込むな」

「え」

 

 言って、トレーナーは私の頭に手を置き、くしゃくしゃっと撫でてくれた。

 

「俺は察しの良い方じゃない。はっきりと伝えてくれなければ、君と気持ちを共有できない」

「…………」

「君が言ったことだぞ、私にも背負わせてくれ、と。

 であれば同じように、君の苦痛や悩み、俺にも背負わせてくれ。君と同じ世界を見させてくれ。

 それが俺の、君のパートナーとしての責務であり、やりたいことでもあるんだから」

 

 ……なんて、殺し文句。

 思わず唖然として……そして、苦笑する。

 

 あぁ、そうだ、忘れてた。

 そういえば歩さんは、こういう人だった。

 

 この1年、特にダービー以降は、歩さんが無意識の内に追い詰められてしまってたから、その側面が隠れてしまいがちだったけど……。

 この人、普段は距離感を保ってるくせに、こっちが弱った時にはすっと踏み込んでくるんだ。

 

 思わず、ため息を吐く。

 本当、ズルい人だよ、まったく。

 

 ……でも、想いを共有するにしても、困ったことがあるんだ。

 そもそも私自身、その想いってヤツを纏められないってこと。

 

「そうは言っても、頭がゴチャゴチャしてて、自分でもよくわかってなくて」

「思考の垂れ流しでいい。人間……いや、ウマ娘も。話している内にこそ、考えが纏まったりするものだ」

「そう……ですか」

 

 思考の垂れ流し。頭の中のゴチャゴチャをそのまま吐き出せ、と。

 

 正直、他者に深い部分を知られるのは、抵抗がある。

 今では、親しい人にある程度見せるようになったとはいえ、私はこれまで自分を隠して生きて来た。

 思考を読ませないように、弱みを見せないようにして、ここまで生きて来たんだ。

 

 だから、自分の思考を他人に晒すのは、少し怖いけど……。

 

 でも……。

 今は、歩さんになら、いいかな。

 

 私は1つため息を吐いて、思ったことを、そのまま口からこぼす。

 

「……なんだか、調子が悪くて。ああいえ、ご心配なさらずとも、走りの調子が悪いわけじゃないんです。

 ただ……こう、心がもやもやする、というか」

「情緒不安定、ということか?」

「いや、その言い方はちょっとアレですけど……まぁ、似たようなものかもしれないですね。

 ここに来るんだって思うと、ちょっと心が、こう、シクシク痛むような……そんな感じがして。

 去年はこんなのなかったはずなんですけど」

「……うん」

「私は歩さんに助けられて……去年よりずっと楽しく走れて、お父さんやお母さんへの想いだって、ずっとずっと纏まって、普通になったのに、なれたと思ったのに……なんで、今更」

 

 そう。

 今の私は、以前に比べてずっとまともだ。

 

 お父さんの呪縛のような言葉も振り切り、過去に踏ん切りを付けて、走ることを楽しいと思えて、多くの友達や後輩、尊敬できる大人たちに囲まれて……。

 今、ホシノウィルムは、これ以上ないってくらいに満たされている。

 

 だと言うのに、まるでまだ過去に囚われているように、こうして苦しくなっている。

 なんで私は、こんな状態に……。

 

 そうして悩む私に、どこか悲痛そうな色を宿した、歩さんの声がかかった。

 

「……いや。君は、おかしくない」

「え?」

 

 その言葉に思わず顔を上げ、歩さんの方に振り返る。

 

 彼はゆったりとこちらに歩み寄り、私の隣にしゃがみ込んだ。

 その顔は、穏やかで、落ち着いて、そしてどこか寂し気で……。

 

 そうして彼は、静かに、私に教えてくれた。

 

 

 

「何もおかしくないよ、ウィル。

 ……中等部の女の子が両親の死を悲しむことは、何もおかしくないんだ」

 

 

 

「…………」

 

 その言葉に、何かを言おうとして……口をつぐむ。

 

 悲しんでいる。

 私が……両親の、死を?

 

「……なんで、今更?」

 

 だって、両親がいなくなったのは、ずっと前のことだ。

 お母さんも、お父さんも、ずっと前に、死んでしまった。

 死んで、もう二度と会えなく、なって……しまった。

 

「……あ」

 

 ズクンと、胸の奥底が疼く。

 

 痛い。

 切ない。悲しい。辛い。それらのどれが正しいのかは、ぐちゃぐちゃしててわからないけど……。

 今、私の胸は、確かに痛んだ。

 かろうじて抑えはしたけど、目にも涙が溜まりそうになった。涙腺が緩みかけた。

 

 ……歩さんの言葉は、正しいんだ。

 やっぱり私は……今になって、2人と死に別れたことを、悲しんでる。

 

 でも、なんで……なんで、今更?

 

「君は……走りに集中することで過去から目を逸らしていた君は、それを受け入れることで、自分の世界を再構成した。

 ……だからこそ、だよ。ようやく君は過去に向き合い、両親との死別を悲しむことができた」

 

 私が……。

 

 …………あぁ、そっか。

 

 そう、だったんだ。

 

 

 

 受け入れてた、つもりだった。

 

 両親が、死んでしまったことも。

 それが、自分のせいだってことも。

 全部理解して、受け入れている……つもり、だった。

 

 ……でも。

 考えてみれば、私、両親の死を悲しんだことはなかった気がする。

 

 お母さんがいなくなった時は、ただそれを事実として、呑み込んだつもりになってた。

 お父さんがいなくなった時は、ただ走ることに逃げて、現実を受け止められなかった。

 

 一度として、それに……家族がいなくなったという事実に、泣いたりしたことはなかった。

 ずっと「そういうものだ」って理解したつもりになって、受け入れたつもりになって、全然現実を見ていなかったんだ。

 

 

 

「……こんなつもりじゃ、なかったんです」

 

 知らず、想いが口からこぼれ落ちた。

 

「両親と、揉める気はなかった……家族として、親しくしたいって思って、それなのにこんなことになっちゃって……しかも、全部私のせいで」

 

 私が普通のウマ娘であれば、こんなことにはならなかっただろう。

 お母さんは私に嫉妬するようなこともなく、お父さんとは平和に過ごせたはずだ。

 

 家族との平穏を打ち壊してしまったのは、私の意思じゃなくて……。

 それでも、間違いなく、私のせいだった。

 

「お母さんと……仲直りしたかった。お父さんに私を見てほしかった。ずっと昔みたいに、3人で平和に過ごしたかった。

 でも、もう、それは……望めないん、です」

 

 ……あぁ。

 駄目だ。堪えられなかった。

 

 視界が歪む。世界の輪郭が歪み、ゆっくりと中央に纏まって、落ちる。

 

 痛い。

 胸が、痛い。掻きむしりたくなるくらいに、痛くて、辛い。

 

 自分のせいで失われたものがあって、それは二度と取り戻せないっていう事実が……嫌で、辛くて、怖くて、痛い。

 

「取り戻せない。戻れない。二度と、二度と私は……あの人たちに、『ごめんなさい』って言うことすら、できない」

 

 ぼたぼたと、熱い雫が零れ落ちる。

 とめどなく、留められず、石の上に落ちて行く。

 

「私は……私は、この世界に生きる、ウマ娘なんです。普通の、この世界に生まれた、子供なんです。

 最近、ようやくそれを理解できて……だから……だから、ようやく」

 

 力が抜けて、その場に座り込む。

 

 私が奪ってしまった未来(かこ)の前で、静かに、想いを吐き出した。

 

「だから、ようやく、悲しめたんですね。私を産んでくれた、大事な家族たちの……死を」

 

 等身大のウマ娘になって、この世界の住人になって、それでようやく、普通に泣けるようになった。

 それはすごく、すごく辛いことで……でも、これが一歩前に進んだってことなのかもしれない。

 

 

 

「……お母さんは、病弱なウマ娘でした。いつもベッドの上で、申し訳なさそうに、儚げに笑う人でした。

 私が走り出してからは、無視されるようになっちゃいましたけど……赤ちゃんの頃は、ゆっくりと絵本を読んでくれたり、楽しそうにお話をしてくれる、優しいお母さんだったんです」

 

 私の転生者としての素質を見て、自分との差を感じて、お母さんは心に嫉妬を落とした。

 まともに走れなかった自分の素質へのコンプレックスを刺激されて、精神の平衡を乱してしまった。

 

 ……私は、前世で大学まで進んだから、知ってる。

 大人というのは、特別なモノじゃない。聖人君子でもなければ無敵の存在でも魔法使いでもない、ただ人生経験を積み続けただけの、普通の人間やウマ娘だ。

 

 だから、嫉妬することもある。心が折られることもあるんだ。

 

 お母さんがああなってしまったのは、悲しいけれど、当然の帰結だったんだろう。

 私が、彼女の娘として生まれてしまった以上……どうしようもなく、避けられないことだった。

 

 

 

「……お父さんは、真面目な人でした。いつもお母さんのためにお仕事に行って、家庭を支えてくれて。

 お母さんがいなくなってからは、塞ぎこんじゃいましたけど……それまでは、じっと私の話を聞いてくれて、時々微笑んでくれる、穏やかなお父さんだったんですよ」

 

 今の私なら、少しだけ、お父さんの気持ちが想像できる。

 

 好きな人が、自分の子供を愛せず、精神を病んで……その果てに死んでしまったら。

 きっと私も、ズタボロに傷ついてしまうだろう。

 なんでこんなことにって、頭を抱えて、ふさぎ込んでしまうだろう。

 

 お父さんのそれも、責められるようなものじゃない。

 状況が招いた、悲劇的な事故と言っていいものだ。

 

 

 

 ……そして。

 その全てが、私の招いたものだった。

 

 お母さんが狂気に落ちてしまったことも、お父さんが現実を受け止められなかったことも、全て。

 

「私は、そんな人たちを……だから、だからっ、謝るべき、だったのに。謝りたかったのに……っ!」

 

 言葉が、乱れる。

 

 もう、心が散り散りで……言葉すら、まともに紡げやしない。

 

 それはもう、二度と取り戻せない、どうしようもないことなんだって……その事実が辛すぎて。

 

 

 

 …………あぁ。

 ようやく、理解した。

 

 これがかつて、歩さんが味わった気持ち。

 自分のせいで誰かが死んでしまって……二度と謝れないし償えない、取り戻せないっていう実感。

 

 私は、歩さん程真面目じゃない。善く生きたいとも思わないし、誰かのために生きたいとも思えない。

 それに、この事実に直面したのも、まだ精神的に余裕のない初等部の頃じゃない。前世も含めれば、精神的には十分な余裕がある今だ。

 

 ……それなのに。

 それなのに、こんなにも苦しいのか。

 

 取り戻せない。

 もう二度と……どうしようもなく、取り戻せないんだって。

 

 それが、嫌で、辛くて、痛くて、怖くて、苦しくて、悲しくて……。

 

 

 

「私が……私が、生まれなければ、2人は……!」

 

 思わず叫びそうになった、その瞬間。

 

 

 

 私の体を、温かさが包んだ。

 

 

 

「…………え」

「ウィル……もういい」

 

 地面に手を突いた私を、背後から、歩さんが……抱き締めていた。

 

 思わぬ事態に目を白黒させる私を、彼はゆっくりと抱き起して……。

 そして、改めて首に手を回し、ゆったりと包み込んでくれたんだ。

 

 

 

 ……え。

 

 あ、え? な、いや、え、その?

 だ、抱き……え、ハグ? これ? なんで?

 

「君が悪いわけがない。強く生まれたことに、罪なんてあるわけがない」

「いや、ちがっ!」

「違わない」

 

 反射的に言い返そうとすると、きゅっと腕の力が強まる。

 う、うぅ、ちょっと、それ反則……。

 

 顔が近い。匂いが濃い。それに、かっ、身体の感触が……。

 駄目だ、頭が沸騰しておかしくなりそう……!

 

「ウィル」

「な、何ですか……」

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 その言葉に、過熱していた思考が、真っ白に染まった。

 

「……歩、さん」

 

 言葉に、詰まる。

 なんと言えばいいかわからなくて……ただ、彼の言葉の温かさが、心にじわりと広がって。

 

 ただ彼の名を呼んだ私に対して、彼は腕の力を強めた。

 

「君に会えて良かった。君の存在に救われた。君が生まれてきてくれて、本当に良かったと思ってる。

 ……そして、そう思っているのは、俺だけじゃない。

 ブルボンも、昌も、ネイチャもテイオーも彼女たちのトレーナーも、たづなさんも秋川理事長も、君の走りに魅了される全てのファンの方たちも、皆が君に会えて良かったと思っている。君を愛してくれている。

 忘れないでくれ。君がここにいて良かったと思っている者たちが、この世界には数えきれないくらいいることを。君の存在が、数多くの幸福を生んでいることを」

 

 ……なんで、そんな、ことを。

 

「なん、でっ……こんな時だけ、口が回るんですか、歩さん」

「こんな時だけって君、ちょっと失礼な……。いや、口下手な自覚はあるんだが。

 担当が……いや、君がそんな表情をしている時に、口を噤んでいる程に薄情なつもりはないよ」

 

 ……ズルい。

 本当に、この人は、ズルい。

 

 いつもはコミュニケーション面じゃポンコツなくせして、こういう時だけ……私が追い詰められた時だけは、言ってほしいことを言ってくれる。

 温かい言葉を、温かい気持ちを、惜しみなくくれるんだ。

 

 ……思わば私は、一番最初、そういう彼に惹かれた気がする。

 まだ走ることを義務的に感じていた頃、世界の冷たさに震えていた頃に、温かさを貰って……どうしようもないくらいに惚れてしまったんだ。

 

「……あぁ、もう」

 

 また、助けてもらっちゃった。

 私が弱った時に、この人はいつも……いつも、何度でも、助けてくれるんだ。

 

「もう、本当に……私のこと好きすぎでしょ、歩さん」

「まあな。君のことは世界で一番好きだと思うよ」

「!?!?」

 

 あっ……いや、違う! わかってる、これ、違うから!

 これはただ担当ウマ娘として好きってことで、そう! 別に男女間の好きじゃないんだよね、わかってるから、誤解とかしないから!

 

 

 

 思わず顔を赤くする私を抱き締めたまま、歩さんは……ボソリと、呟いた。

 

「……それに、きっと、どうしようもないわけじゃない」

「え……?」

 

 歩さんは少しだけ手の力を緩め、私の目を見て、言った。

 

 

 

「ウィル。君は、輪廻転生を信じるか」

 

 

 

「…………」

 

 心臓が跳ねたのは……果たして、今日、何度目だろう。

 

 輪廻転生。

 ……信じる。そりゃ、信じるに決まってる。

 だって私は、転生ウマ娘だ。ここじゃない世界から転生してきた転生者だ。

 輪廻転生(それ)が確かに実在することを、誰よりもよく知っている。

 

 でも、なんで……なんで今、彼が、それを持ち出してくるのか。

 それが、わからない。

 

「信じるか、って……信じない、ってわけではない……ですが」

 

 正直、その動揺を、上手く取り繕えた気がしなかった。

 心を揺さぶられ過ぎて、あまりにも急過ぎて、演技もままならなくて……。

 

 でも、幸いなことに、歩さんはそれに気付いた様子もなく、言葉を返してきた。

 

「そうか。……俺は信じているんだ。たとえ記憶はなくとも、俺たちには前世があり、そして死んだ後も来世があると」

「それは……何というか、ちょっと意外ですね」

「そうか?」

「歩さんは理論派な印象があったので……そういう、理論的でないものを信じるのは……」

「あー……確かに、俺らしくはないかもしれないが」

 

 歩さんは頭を掻いて、話を続ける。

 

「ともかく、俺は輪廻転生を信じている。理屈や理論を越えて、人間には次のチャンスがあると。

 ……だから、希望を捨てる必要はない。君にはきっと、次の機会がある」

「機会って……何の」

「仲直りをする機会だよ。

 ……確かに、今生ではもうあり得ないだろう。死は絶対的な断絶だ。決して覆りはしない。

 だが……生まれ変わった先で、いつか再び両親だった人たちに巡り合えるかもしれない。そしてそこでは、円満な関係を築けるかもしれない。……あるいはその頃には、もう記憶はないかもしれないが」

「それは……」

 

 それは、理想論だ。

 

 もしかしたら、転生するかもしれない。

 もしかしたら、両親だった人に巡り合うかもしれない。

 もしかしたら、今度こそ円満な関係を築けるかもしれない。

 

 もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。

 全部、仮定に仮定を重ねた理想論でしかない。

 

 だから……。

 もしも、自分で転生を経験していなかったら、そんな夢みたいな話、信じられなかっただろう。

 

「死に別れても、救いがあるって……そう言うんですね」

「ああ。きっとな」

「……本心から」

「そう、願っているよ」

 

 それは…………。

 

 

 

「歩さん、は……」

 

 ……あぁ、そうなんだ。そうなんだね。

 

 彼はもう、振り切ったんだ。

 

 彼の中で、何があったのかはわからない。

 どんな経緯で、それを振り切ったのかはわからない。

 けど、彼は……もう、過去を乗り越えているんだ。

 あんなに辛いことを、あんなに苦しい思いを、どんな経緯であれ、どうにかして、決着を付けたんだ。

 

 ……負けていられない。

 

 歩さんも頑張ったんだ。私も、前に進まないといけない。

 この悲しみを受け入れて、その上で、もっと前に進まないといけない。

 

 でも……今だけは、足を止めて、休んでもいいかな、歩さん。

 

 流れ続ける涙を見られないよう、改めて彼に抱き着く。

 

「……もうちょっとだけ、泣いてもいいですか。そしたら、また、頑張りますから」

「うん。君が大丈夫になるまで、好きなだけ」

「ありがとう……歩さん」

 

 そうして私は、それから5分程、歩さんの胸を借りて……。

 

 ……いい加減恥ずかしくなって顔を赤くするまで、彼の温かさに包まれていたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 今も見てくれてるかな、お父さん、お母さん。

 どうだろう、もう転生しちゃってるかな。私のことなんて、忘れちゃってるかな。

 

 でも、もし見てくれてるなら……安心してほしい。

 

 私、すごく良い人に巡り合えたよ。

 もしかしたら、世界で唯一、「私」のことを理解してくれるかもしれない人に。

 

 どうか、私がそっちに行くまで、もうちょっとだけ待っていてほしい。

 

 私はこの世界で、ウマ娘としてしっかり生きる。最後まで生き切る。

 これから先、辛いことがあっても、苦しいことがあっても、絶対にこの世界を生き切るから。

 

 ……だから。

 

 その先に、希望を持っても、いいかな。

 いつか2人と、今度こそ幸せな関係を築けるって……そう、願っても、いいかな。

 

 

 

 そして、もう1つ、願いが叶うなら。

 

 私だけが知る、かつていた世界の人たちと……この世界のどこかで、出会えたらいいな。

 

 まぁ、その人たちには記憶もないだろうし、実際に会っても気付かないかもしれないし……。

 その人が生まれ変わりだって証明する方法は、どこにもないんだけどね。

 

 それこそ、私と同じように記憶を持って転生した誰かでもいない限り、これが叶うようなことはないんだろうけどさ。

 

 

 







 ウマ娘が存在せず馬が存在する世界から記憶を保持して転生してきた人間なんてどこを探してもおらんやろなぁ……。

 Next Uman's HINT!
「灯台下暗し」



 次回は3、4日後。トレーナー視点で、もう1つの帰省の話。
 だいぶしっとりしちゃったし、次回はギャグ回……にしたいなぁ。
 隙あらばシリアスする癖、いい加減改めないと。



(追記)
 誤字報告をいただき、わざとでない部分は訂正させていただきました。ありがとうございました!
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