後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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第16話

立香たちが教会を発ってすぐ後、ヘラクレスに立ち向かう六騎は警戒しながら城に向かっていた。

 

「セミラミス、調子はどうですか?」

 

「悪くはない。汝に毒を与える程度なら造作もないぞ」

 

「それはよかった。さて、歩きながら段取りを決めましょうか」

 

枯れ葉を踏みしめる音が重なって、それなりに大きな音になる。先頭を進むケイローンは、よく通る声で話し始めた。

 

「今回の目的は、きっとまた大広間にいるであろうヘラクレスを芝生の広場に連れ出すことです。初戦で私が投げつけられたところですね。基本的にはカルナを追って行動するでしょうから、カルナが戦闘しながら外に出ればよいのですが……」

 

「建物から外に出るための隙を作る必要があるね。では、そこは私が引き受けよう。花でも散らしてどうにかするさ」

 

ぽわぽわと花びらを生み出す男の台詞に、ガネーシャ神は眉を顰めて囁く。

 

「めっちゃ適当に聞こえるんスけど……」

 

「ああ見えて与えられた役目は十分果たすタイプの男だ、問題ないだろう」

 

「ほんとッスか?やってみてだめだと誰かに丸投げしそうッス」

 

「ちょっとそこのお二人さーん。本人の前でひそひそ話すのはやめてくれないかな。流石の私も傷つくぞぅ?」

 

列の前のほうで話す二人に、後ろから花の魔術師が抗議の声をあげる。その発言ごと無視した孔明がケイローンに呼び掛けた。

 

「ケイローン、貴方が今回の要だ。間違ってもヘラクレスの注意を引くような行動は控えてくれたまえ」

 

「こういうのをマスターの時代では何というのでしたか、ええと……フラグを立てる、でしたかね。立てないように気を付けましょう」

 

「今のでフラグはもう立っちゃってるッスから、ケイローンさんはフラグを回収しないように気を付けるんスよ」

 

思わずつっこんだガネーシャ神に、ケイローンはからりとした笑い声をあげた。

 

「回収でしたか、これは失礼。――ところで、今回ガネーシャ神にはとても重要な役目をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 

「も、も、もちろんッス。ピコ頑張るッスよ!」

 

突然真面目な雰囲気に切り替わったケイローンに面食らいながらも、ガネーシャ神はうんうんと首を縦に振る。

 

「今回はマスターの代わりに私たちを守ってほしいんです。具体的には、あの塔にヘラクレスの攻撃がいかないように食い止めていただければ」

 

そう言ってケイローンは木々の隙間を指差す。その先には、半壊した大広間と大きな穴が開いた広場、そして一部を残して崩壊した見張り塔が見えた。

 

「毒を付与されたのち、あちらの塔の上から矢を射かけます。私とセミラミス、そしてマーリンは途中塔から動けなくなるので、そこを守ってもらえると助かります。お願いできますか?」

 

「それくらいならお安い御用ッス。守りはガネーシャさんに任せなさい!みーんな守り切ってみせるッスよ!……なんちゃって。ちょっと、なんでカルナさん笑ってるんスか?今ガネーシャさんの頼もしい決め台詞だったんスけど?」

 

肩を震わせて口を押えるカルナの姿に、ガネーシャ神がすかさず食ってかかる。その様子を後ろから見ていたセミラミスは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で孔明にそっと囁いた。

 

「……軍師よ、あの男はあのような顔をよくするのか?」

 

「カルナのことだろうか。そうだな、それなりによく見る様子ではある。特にガネーシャ神が一緒にいるときはああやって笑っていることも多い」

 

「そうか……ふ、なんともこれは、面白いこともあるものよな」

 

くすりと笑ったセミラミスに、孔明が怪訝そうな顔をした。

 

そのとき、先頭のケイローンがふと歩みを止めて、場の談笑が一気に静まり返る。いつの間にか随分と城に接近していた。斜面を下ればそこはもう大広間の目の前だ。ギリシャきっての大賢者は、愛用の弓を顕現して不敵に微笑む。

 

「それでは皆さん、戦闘準備をお願いします」

 

艶やかな栗毛の髪が逆光を浴びるのに目を細めたガネーシャ神は、不安そうに呟いた。

 

「……ケイローンさん、無茶はしちゃだめッスよ」

 

「ありがとうございます、ガネーシャ神。私は私の最善を尽くすまでですよ」

 

教え子に向けるような穏やかな笑みを浮かべたケイローンは、ガネーシャ神に頷きかける。そして、隣に立つカルナに視線を向けた。

 

「カルナ、最後まで頼みましたよ」

 

「あぁ、任された」

 

短い言葉に全ての感情を込めたやり取りに、ケイローンは満足げに頷いた。

 

ふとカルナが顔の前に拳を持ち上げ、ケイローンに向けて突き出す。

 

「懐かしきものと再会したとき、共に戦いに挑むとき、あるいは戦いを終えたとき、こうすると何かの折に聞いた。共に戦う戦士としての挨拶と、オレは理解している」

 

「ふふ、これは良い挨拶ですね。――この特異点での戦いを終えたときに、またこの挨拶を交わせることを楽しみにしましょう」

 

「違いない」

 

戦士として、仲間として共に先頭に立つ二騎のサーヴァントは、拳の先端同士をこつんと打ち合わせて小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

以前よりも遥かに崩壊が進んだ大広間を進む。寸分たがわず同じ場所に蹲っているヘラクレスを一瞥し、カルナは静かに槍を顕現した。砕けた大理石の欠片が一歩進むたびにざらついた音を立てる。崩れ落ちた壁から晴天の陽光が差し込んで、床に濃い影を作った。

 

カルナの細い影が、徐々に山のように大きな影に近づいていく。

 

「――初めてここで貴様に相対したとき、オレは悪く思うな、と告げた。貴様ほどの大英雄であれば、たとえ狂化されようと、聖杯により霊基が変質しようと、胸に秘めた信念があると思ったからだ。そしてそれは、どうやら正しかったようだ」

 

ヘラクレスの口元から白い息が零れ落ちる。ゆっくりと瞼が開いて、赤い瞳が現れた。血潮の赤であり、アインツベルンの赤目ともよく似た色が、目の前に立ちはだかる敵を見定める。

 

「貴様が守るべきものが、かつてここにはあったのだろう。そして、今は失われている。そのことを貴様が自覚しているかは分からんが――己の手から零れ落ちてもなお守ろうとするその強さ、感服するほかない」

 

地を這うような呻き声と共に、ギリシャの大英雄が片膝をついて立ち上がった。聖杯から受ける魔力が竜巻のような突風となり、砂煙を巻き起こす。

 

「もう一度言おう、大英雄。オレの守るべきものと、貴様の守るべきものは相容れない。故にオレは貴様を討つ。悪く思うな」

 

カルナが静かな声でそう告げたと同時に、ヘラクレスの手のひらが床に突き刺さっている斧剣を掴む。瞬間的に踏み込んだカルナが振った槍が、一筋の光を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

ずん、と地響きが周囲を襲い、ガネーシャ神の背後にある見張り塔からぱらぱらと細かい瓦礫が降り注ぐ。青空を切り裂くような激しい金属音が絶えず響き渡っていた。

 

大広間の壁には、広場に向かって大きく二か所の穴が開いている。そこから見える光景は舞い上がる粉塵と火の粉だけ。

 

「出てこないッスね」

 

「いくら施しの英雄といえども、あの狂戦士と真正面から対峙して誘導までするのは難しかろうて。魔術師、どうにかせよ」

 

「えっ私かい?まあ引き受けると言ったのは事実だからね。ではどうにかするとしようか」

 

見張り塔の上に立つセミラミスが、隣に立つマーリンを肘でこづいた。へにゃりとした気の抜ける笑顔を浮かべた花の魔術師は、掛け声とともに塔から一気に飛び降りる。着地の際に横に振った杖の先端が被り物の牙を掠り、ガネーシャ神は小さく悲鳴を上げた。

 

「な、なにするッスかぁ!」

 

「おや、掠ったかい?これは失礼」

 

へらりと笑ったマーリンは、手のひらを軽く握って開く。生み出された桃色の花をガネーシャ神に差し出して、ウインクを飛ばした。

 

「お詫びにこれを。さて、上の女帝サマの視線も怖いし、役目を果たすとしよう」

 

半ば押し付けるように花を渡した魔術師は、大広間に近づいていく。歩くたびに足元から生まれる小さな花が、抉り取られた芝をより痛ましく見せていた。

 

すると、回廊の二階に設えてあるバルコニーに身を潜めているケイローンが顔を出した。大広間まで数メートルの距離で立ち止まったマーリンに声を掛ける。

 

「マーリン、どうするつもりですか」

 

「そうだねえ、こんなのはどうかな」

 

花の魔術師は、右手の杖を頭上に掲げた。眩い光の塊が杖の先端に宿って、球状に大きくなっていく。膨大な魔力が膨れ上がって、マーリンの長い髪が風になびく。

 

「普段だったら面倒だからこのまま放つんだけど、今回は少し趣向を凝らしてみようか」

 

そう言ったマーリンの両足が地面を踏みしめる。足元に美しい紋様が一気に展開されて、杖の先の光が弧を描いて上空に撃ち出された。屋根を越えた位置まで上がった光球は、そこで突然形を変える。現れたのは、無数の光の矢。

 

「ケイローンの矢を真似てみたんだけれど、なかなかだろう?――さあ、いきなさい!」

 

豪速で撃ち出された光の矢が、大広間の二階に開いた壁の穴に向かって飛び込んでいく。絶え間なく降り注ぐ光の雨に、大広間内部から短い狂戦士の咆哮が響いた。

 

「さあ、これで二人合わせて外に……あれ?」

 

全ての矢を放ち終えたマーリンは、きょとんとして首をかしげる。大広間の中は静まり返り、誰かが出てくる気配はない。

 

「■■■■■■■!!」

 

突然咆哮が空気を揺さぶった。続けて響いたのは鋭い金属音。びりびりとした衝撃波が大広間から広がって、壁の一部が大きな音を立てて崩落する。

 

「……マーリン、全く相手にされていませんよ」

 

「こうもスルーされると寂しいものだねえ。やはり本来の師がいいということだろうか……よし、反省終了!ケイローン、君に任せた!」

 

「絶対反省してないし、ほんとに丸投げしたじゃないッスか」

 

少し離れた位置から飛ぶガネーシャ神のツッコミを丸無視して、マーリンはケイローンに向けてにっこりと微笑む。屋根の上にいる孔明の怒声にも動じない魔術師に、ケイローンは呆れを通り越して朗らかに笑う。

 

カルナの短い声の直後、大広間から熱風が吹き出す。ケイローンが弓に矢を番えたのを確認したマーリンは、そそくさと見張り塔に向けて駆けだした。

 

「仕方ありませんね。愉快な仲間の尻拭いもときには起こりうること。逆に言えば、一人で戦っていないという証でもありますから。――いきます。皆、備えて!」

 

ケイローンが弓を引き絞り、鋭い音を立てて矢が上空に放たれた。その数、十数本。放物線を描いた矢は、マーリンの光の矢と同じように目標に向けて突き進む。

 

直後、大広間から甲高い金属音が響いた。矢が迎撃される音を捉えたケイローンは、高速で矢を射続ける。命中した手ごたえがないことは意識から切り捨てて、ひたすらに矢の雨を降らせる。今すべきことは、注意を引いて時間を稼ぐことだ。

 

ひと際強い熱風が大広間から吹き出して、弓を射るケイローンの頬を撫でた。次の瞬間、大広間の一階に開いた穴からカルナが飛び出してくる。

 

「■■■■■■■!!」

 

大咆哮が敵を追いかけて、壁に突進する。轟音と共に残っていた壁が瓦礫へと変わり、勢いはそのままにヘラクレスは芝の上に躍り出た。

 

広場の中央あたりで振り返ったカルナは、一瞬で仲間の配置を確認すると自身の右目を押さえた。指の隙間から恒星のような輝きが溢れ出し、足元に目の紋様を描いた炎が湧き上がる。

 

「――武器など前座、真の英雄は目で殺す」

 

カルナの右目から放たれた光線が、大広間の屋根と並行の光の線を一本描く。途端に光に沿って炎が巻き起こった。一瞬ののちに爆炎をあげて燃え上がる。

 

爆発音、そして同時に屋根がぐしゃりと崩壊し、直下にいたヘラクレスを呑み込んだ。

 

「■■■■……■■■■■■!」

 

呻き声交じりに吠えながら、狂戦士は燃え上がる瓦礫から這い出してくる。四つん這いで一声吠えると、身体を包むような魔力の渦が巻き起こった。背中に突き刺さった無数のガラス片による傷も、たちどころに治っていく。

 

ケイローンが無事見張り塔に撤退したのを確認したカルナは、自身の槍を素早く一回転させた。陽光で輝く穂先は、太陽そのものにも見える。

 

「貴様が拘っていた場所はもうない。ここからは、こちらの陣地で戦ってもらう」

 

四肢に力を籠めたヘラクレスが跳躍する。抉れて飛び散った土煙を切り裂いて、黄金の神槍の強烈な一閃が巨体を迎え撃った。

 

跡形もなく崩壊した大広間を上から眺め、セミラミスは小さく息をついた。

 

広場の中央付近で繰り広げられる死闘の余波で、見張り塔は常に軋んでいる。塔そのものに対する攻撃は、下でガネーシャ神が防いでいるようだが、崩壊も時間の問題だろう。

 

すぐ隣で楽しげに観戦する花の魔術師を睨み付けたとき、回廊の屋根からケイローンが飛び移ってきた。

 

「なんとか上手くいきましたね」

 

「汝はこやつを殺してもよいのだぞ」

 

「いえ、マーリンはいつもこのような感じですから慣れています」

 

「カルデアとやらも面倒な場所よな……我は呼ばれても行かぬぞ」

 

指先で髪をかき上げながら眉をひそめたアッシリアの女帝に、ギリシャの賢者は苦笑する。なんだかんだと最初からここまで協力を惜しまない彼女と、十分に縁は結ばれただろう。きっといつか立香に召喚される未来を思い描いて、しかし口に出すのはやめておいた。

 

「……なんだ、その顔は」

 

「ふふふ、少し考え事をしていました。……さて、そろそろお願いします」

 

ケイローンの言葉に、セミラミスだけでなくマーリンも姿勢を正す。

 

「本当にやるのだな?やはり汝は随分と酔狂だな、ケイローン。あの無神経な英雄(アキレウス)の師なだけはあるということか」

 

「君のその胆力には流石の私もびっくりだ。私の宝具を先に発動しよう。きっとそのあとにカルナと孔明がヘラクレスの動きを止めてくれるだろうから、せめて毒の付与はギリギリにしないかい?私も退散しないと危ないだろうし」

 

「マーリン、最後の一言が汝の本音か?あの反吐の出る作家と同類の気配がするな。後ほど汝にも毒酒を呷る機会を与えよう。光栄に思え」

 

セミラミスの威圧を適当に躱したマーリンは、にこりと笑って一歩前に出る。身体の正面に両手で杖を掲げると、足元に光り輝く魔法陣が広がった。

 

「星の内海、物見の(うてな)。楽園の端から君に聞かせよう……君たちの物語は祝福に満ちていると。罪無き者のみ通るがいい――『永久に閉ざされた理想郷(ガ ーデン・オブ・アヴァロン)』!」

 

途端に花の魔術師の足元から魔力が巻き上がる。薄桃色の花びらが舞い上がって、ケイローンの周りをくるりと取り囲んだ。青空と花びらのコントラストに、ケイローンは目を細める。美しい光景がもたらすのは、この後自身を蝕む猛毒からの持続的な体力回復効果だ。

 

「ありがとうございます、マーリン」

 

「急ぎヘラクレスの動きを止めるぞ。仕方ない、我が直々に手を下してやろう」

 

そう呟いたセミラミスは、回廊の屋根の上でタイミングを伺う孔明に、鋭い視線を飛ばした。微かに頷いた孔明を見て、アッシリアの女帝はぱちんと指を鳴らす。

 

「散逸せよ」

 

途端に塔の上空に漆黒の石棺が出現し、ヘラクレスの背中に向けて一斉に光線を放った。すかさず振り向いたヘラクレスは、斧剣で薙ぎ払う。

 

「ちっ……本調子からほど遠いとはいえ、腹立たしい」

 

セミラミスが舌打ちをした瞬間、回廊の上から孔明が軍配を振り下ろす。

 

「これぞ大軍師の究極陣地、『石兵八陣(かえらずのじん)』!破ってみせるがいい!」

 

空中に現れた巨岩がヘラクレスを取り囲むように轟音を立てて落下する。ぎりぎりで回避したカルナは後ろに飛びのいた。

 

囚われた狂戦士は己の得物を振り回し、巨岩を破壊しようと試みる。しかし、それは叶わない。『石兵八陣(かえらずのじん)』は、侵入した者たちを迷わせ死に追いやる伝説の陣だ。本来であれば与えられるダメージはヘラクレスに対しては効かないが、それでもそう簡単に巨石の迷路からは抜けられない。

 

地上からカルナがちらりと見張り塔を見たのに合わせ、マーリンが慌てて塔から飛び降りる。今一度弓を握りなおしたケイローンは、微かに笑って目を閉じた。

 

セミラミスはケイローンに向けて手を掲げる。ヘラクレスの前で持ちこたえる孔明の宝具の効果がいつ失われるとも限らない。もう猶予は残されていなかった。

 

「――刻限だ。では、授けてやろう。心して受けよ」

 

最古の毒殺者は重々しく告げて、指を一度鳴らした。

 

 

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