後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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七章 爛漫
第19話


「ボクの第二宝具を使おうと思うッス」

 

教会に戻ってくるなりガネーシャ神の口から飛び出した言葉に、立香は呆気に取られて固まった。

 

「ええと、まずはおかえり、ガネーシャさん、カルナ。とりあえず中に入ろ?」

 

「あ、そうッスね……あと、その、ええと……」

 

我に返って途端に後ろに下がりかけたガネーシャ神の肩を、後ろからそっとカルナが押す。抵抗するでもなく立香に向かって一歩進み出た彼女の、眼鏡の隙間から困ったようなココア色が覗いていた。

 

「戻ってきてくれたから、もうそれで十分だよ。ありがとう、ガネーシャさん」

 

「……マスターはサーヴァントに甘すぎッス。こんなんじゃ他の皆に示しつかなくない?」

 

「あはは、元々そんなものないよ。私は皆から助けてもらっているばかりだもん」

 

立香は話しながらガネーシャ神の腕を引っ張り、教会の中に引き摺りこむ。ひらひらと手を振るマーリンの向こう側に、見慣れた栗毛はもう見えなかった。それだけで縮こまりそうになる弱い心をなんとか奮い立たせて、ガネーシャ神は礼拝堂を進んでいく。

 

「よく帰ってきた。……どうやら見つけたようだな」

 

通路の先には、ため息をつきながら眉間の皺をほぐす時計塔のロードの姿があった。ガネーシャ神はすぐ後ろのカルナを振り返る。晴れやかな空色が嬉しくて、ふひひと小さく笑った。くるりと孔明に向き直ったガネーシャ神は、孔明に向かって力強く頷いて見せる。

 

「……まあいい。マーリンによれば、ヘラクレスはまた大広間に戻ったようだ。とりあえずさきほどの話を続けてくれ」

 

微かに口角を上げた表情とは裏腹に、孔明はぴしゃりと厳しい言葉を続ける。立香も頷き、ガネーシャ神に一番前の長椅子に座るように促した。カルナはその横にそっと立つ。

 

「ヘラクレスの抑え込み方だけど、多分ボクのスキルを使う程度では抑え込めないと思うんスよね。だから、ボクの第二宝具――インドで空岩を作ったあの宝具を、使おうと思うッス。あのときは長い時間耐えるために使ったけど、今回は絶対不可侵の盾として使う」

 

普段使っている第一宝具ではなく、第二宝具『帰命せよ、我は障害の神なり(ガネーシャ・ヴィグネーシュヴァラ)』を使えば、絶対の不可侵領域を作り出せる。

 

「超ありがたーい無敵の障壁を創り出して見せるッスよ。それなら、ヘラクレスを抑えつつ、ボク自身に対しても絶対の防御が付与できる。例えヒュドラ毒だって問題にもならないッス。だからね」

 

言葉を切ったガネーシャ神は、ぐるりと周囲を見回した。いつの間にかギルガメッシュとセミラミス、シェイクスピアもすぐ傍の椅子に座っていた。ついさっきまで怖くて逃げていた弱虫なサーヴァントの言葉を、皆が真剣に聞いているのは、なんだかとても恥ずかしくて――嬉しい。

 

「カルナさん」

 

「なんだ」

 

だから、言える。ガネーシャ神は深呼吸して、こちらを見つめる自身のヒーローを真っ直ぐに見返した。

 

「ボクに向かって、宝具を撃ってほしいッス」

 

きっぱりと言い切られた言葉に動揺したのは、孔明だった。

 

「……待て、レディ。今君は何と言った?」

 

「ここでその呼び名はやめてほしいッスね……ボクは今サーヴァントとして戦略を提案してるんスから。あっもしかしてふざけてると思われてる!?心外ッス!」

 

「待て、そんなこと誰も言っていないだろう!そもそもふざけてそんなこと……いや、むしろふざけていないと言えないランクのことを君は言っている自覚はあるのか?」

 

孔明の必死の問い掛けに、ガネーシャ神は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。眼鏡の奥に揺るぎない決意がよぎったのを見た心配性の教師は、複雑な表情でなおも食い下がろうとする。それを止めたのは立香だった。

 

「孔明、ここは本人たちに任せたほうがいい気がする。カルナ、ガネーシャさん、二人で話す時間はいる?」

 

「不要だ」

 

即答したカルナは、ふと口を噤む。すっとしゃがみ込み、改めて長椅子に座るガネーシャ神を見上げた。その横顔は、いつもより少しだけ固い。

 

「ガネーシャ神よ、おまえはそれでいいのか?」

 

「うん、いいよ。カルナさんこそいいの?」

 

「あぁ」

 

傍から見れば端的なやりとりかもしれない。しかし、言葉の端々に滲むのは、二人がここまで何度も出会い、何度も別れを繰り返しながら積み重ねた絆そのものだった。

 

「加減はしない。何が何でも耐えるがいい」

 

「上等ッス。つよーいカルナさんを見せつける時が来た!むしろボクの障壁をぶち抜くつもりでやっちゃってよ」

 

「む、それは困る。オレは君を傷つけたくはない」

 

おどけた口調のガネーシャ神に、カルナは薄い唇を少しだけとがらせる。まさかのカウンターに、眼鏡を支える耳がほんのりと赤みを帯びた。

 

「そ、そ、そういうコト、ここで言う?」

 

「無論だ。大切なことは言っておかねば」

 

立香の隣に立つ孔明が、耐えきれずに何とも言えない表情で俯いた。立香は声を立てずに笑って、信頼で結ばれた主役たちを振り仰ぐ。

 

「じゃあ、ガネーシャさん、カルナ、任せたよ!」

 

「はいッス!カルナさんの宝具に耐えられる障壁の強度になったら合図するッスね」

 

「承知した」

 

勢いよく答えたガネーシャ神は、ぴょんと飛び上がって長椅子から立ち上がった。礼拝堂にいる他のサーヴァントたちを見回して、微かに首を傾げる。

 

「ところで、ボクが宝具を発動するまでってどうするの?あの素早さじゃ対応できないッスよ。ヘラクレスがボクのところまで一直線に走ってきてくれれば話は別だけど」

 

今までであればサポートに入っていたのはケイローンだったが、もう違う手を考えなくてはならない。手負いのセミラミスと全く戦力にならないシェイクスピアを除くと、サポートに回れるのは孔明、マーリン、ギルガメッシュのキャスター三騎だ。正面からどうにかするのは難しそうだと思案するガネーシャ神をよそに、立香がふと顔を上げた。

 

「……一直線に走らせればいいんじゃない?ガネーシャさんに向かって真っ直ぐな道を作るとか」

 

立香の呟きがぽつりと皆の間に落ちる。

 

いつの間にか天窓から差し込む光が随分と傾いていて、ガネーシャ神は目をぱちくりさせた。冬の夕暮れは早い。この分だとヘラクレスとの最終決戦は夜までかかるかもしれない。カルナの宝具は闇夜に映えるな、と呑気なことを考えたそのとき、腕組みをして黙り込んでいた孔明が、あっと声を上げた。

 

「……そうか、君の言う通りだ、マスター。私の宝具は、簡単に言ってしまえば巨石の迷路を作るようなものだ。今回は迷路ではなく一本道を作ろう。そこに囚われたヘラクレスはガネーシャ神の元へ進むしかない。マスター!いけるぞ!」

 

嬉々とした表情で提案する孔明に、マスターがやったぁと声を上げる。

 

「ガネーシャ神とヘラクレスが一直線上に並んだ瞬間、私が宝具を発動しよう。その代わり、私がその様子を見ることが必要だ。この城で一番高い塔――池に近い尖塔になるか。そちらに登ることにしよう。カルナ、なるべく視界が開けるように建物を壊しながら戦闘できるだろうか」

 

「承知した。マスターもそちらへ行ってほしい。オレの宝具は広域を巻き込むぞ」

 

立香は孔明とカルナの提案を受け入れて、気丈に笑って見せる。

 

「それじゃあ皆、気張っていこう!」

 

全員の返事が礼拝堂にこだまする。ギルガメッシュがよく通る声で指示を付け加えた。

 

「皆、戦場での位置取りは我の采配に従え。特に象、貴様は絶対だ。我が右と言ったら右に、蟻のようにせこせこと移動するがいい。よいな」

 

「は?なんで急に……あうう、睨むのまじやめて……わ、分かったッスけど、でも、なんでッスか?」

 

蛇に睨まれた蛙のように肩を震わせたガネーシャ神は、遠慮がちに問い掛ける。しれっとした目でこちらを見たウルクの王は、一度鼻を鳴らしてから吐き捨てるように言い放つ。

 

「軟弱極まりないものの、凡庸な人間なりに立ち向かう貴様に、プレゼントがあるそうだ」

 

「プレゼント?」

 

ギルガメッシュはそれ以上答えてくれなかった。なんだか分からないまま首をかしげていると、教会の入口から立香に呼ばれる。皆が出ていくのに続こうと、ガネーシャ神は小走りで入口に向かう。

 

開け放たれた扉の向こうに見える黄色みがかった青空に、何故だか目の奥がツンとした。更に肩がふるりと震えたのに、ガネーシャ神はくすりと笑う。

 

インド異聞帯で経験したから知っている――これは武者震いというやつだ。

 

今までにないほどの大口をたたいた自覚はもちろんある。しかし、不思議と怖くはなかった。初めてヘラクレスと戦闘した日のような変な昂揚感も感じない。きっとマスターが、ケイローンが、皆が、そして誰よりカルナが信じてくれているから。

 

だからきっと大丈夫。

 

泣いても笑っても決戦の時間が迫っていた。

 

 

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