後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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第21話

絶え間なく舞い上がる土煙を、槍の一閃で振り払う。ヘラクレスが屋上庭園に跳躍してからまだ数分しか経っていないが、既に建物は崩壊寸前だった。

 

飛び散るバーサーカーの血を燃やすために、カルナは絶え間なく魔力放出を続けていた。この場だけではなく、池のほとりで待つガネーシャ神も含めた辺り一帯に影響が出ないよう念入りに毒を燃やしていく。

 

「カルナ、君かなり疲れていないかい?私の宝具で回復しようか?」

 

「不要だ」

 

カルナの一言に、塔の上にいるマーリンはあからさまにしゅんとする。本心が相手にうまく伝わっていないことに、最近のカルナは気が付くようになっていた。言葉が足りていないならば、己の口で足すまでのこと。

 

「必要なときは頼む」

 

「……君、なんだか昔と雰囲気変わったよねぇ。ケイローンが言っていた意味がようやく腑に落ちた気が……おっと!」

 

こちらの会話などお構いなしに、バーサーカーは攻撃を繰り出してくる。

 

溜めに溜めたヘラクレスの渾身の斬撃は、片腕で繰り出しているとは思えないほどの威力で石造りの床を粉砕した。石が軋む嫌な音と共に、一直線に刻まれた亀裂の先にある塔の一部が崩れる。標的となった魔術師は残った部分になんとか踏みとどまった。

 

すかさずカルナが火球を放つが、ヘラクレスの足元に渦巻く聖杯の魔力に全て阻まれた。

 

一声大きく吠えたバーサーカーは、正確さを欠いた太刀筋で得物を振り回してカルナに向かっていく。武芸を極めた大英雄らしからぬ滅茶苦茶な動きは、かえって読みにくい。威力だけは普段の倍はある斬撃を槍で受け、カルナはそのまま一歩下がって耐える。ピシリという小さな音を立てて、足元の床が砕けた。

 

そのとき、尖塔の先端付近からきらりと光が瞬いた。マスターがこちらに送った合図に、マーリンの周囲にいくつも花が生み出される。

 

「ようやく辿り着いたようだね!そろそろお役御免になるかな?」

 

「まだだ。バーサーカーを誘導してそのまま塔を壊す。うまく避けるがいい」

 

「えっここを壊すのかい?じゃあ私はどこに逃げればいいんだよーやだなぁー」

 

力だけに頼った突進に耐えていたカルナは、身体を半回転して捌く。バランスを失ったヘラクレスは上半身から勢いよく地面に叩きつけられた。

 

「細かすぎるとは思うが」

 

カルナの左手に紅い光が収束し、数本の光槍が狙いすましたように飛んでいく。這いつくばって悶えるヘラクレスの頭上を正確に射貫くはずの光は、魔力の暴風の前に霧散する。

 

「■■■■■■■!!」

 

雷鳴のような咆哮を上げた狂戦士は、何の前触れもなく大きく跳躍した。ヘラクレスが踏み切った床は砕け散り、屋上庭園の一部ごと崩落する。

 

振り上げた斧剣が狙う先には、塔から離れようとする花の魔術師の姿があった。

 

「円卓の皆も大概だけど、ギリシャの英雄もはちゃめちゃだな!」

 

叫び声を上げながらマーリンはすんでのところで斧剣を躱す。咄嗟に仕込み剣を抜き、瓦礫に突き刺さったバーサーカーの得物を更に強く叩きこんだ。

 

しかし、マーリンが自由に動けたのもそこまでだった。うなりを上げて近づいたのは、ヘラクレスの手のひら。斧剣を捨て、花の魔術師をわし掴みにする。

 

「うわっ!乱暴だな、君は!あ、これはまずいんじゃないか、私!?」

 

ズンッと衝撃波が辺りを襲う。次の瞬間、真上に跳躍したバーサーカーは、掴んだキャスターごと大きく振りかぶった。

 

豪速で撃ち出された白い弾丸は、崩れかけの塔の中心に直撃する。轟音を立てて三階分の瓦礫が倒壊し、巻き上がった粉塵で視界が奪われた。

 

崩落箇所のぎりぎりに立ったカルナは、手のひらの上に大きめの火球を生み出した。ふっと息を吹きかけ、舞い上がった塵と毒を一瞬で燃やし尽くす。霧が晴れたように急に目の前が開けて見えたのは、瓦礫の下でもがくマーリンと、瓦礫の中で暴れ苦しむヘラクレス。

 

同時にカルナの目に飛び込んできたのは、池のほとりでこちらを見据えるガネーシャ神の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

爆発音と黒煙が徐々に近づいてくるのを、ジナコは冷や汗をかきながらじりじりと待っていた。時折火の粉と花びらが風に乗って飛んでくる。戦況は分からずとも、それだけでカルナとマーリンが踏ん張っていることは見て取れた。

 

立香たちが登っている尖塔からチカチカと光が見えてから、少し経つ。そろそろ何が起きてもおかしくなかった。

 

かさりと乾いた音が聞こえて、ふと後ろを振り返る。ジナコが立つ池のほとりから少し離れた木の下から聞こえたようだった。きょろきょろと周囲を確認してから足早に歩み寄ると、初めてこの城に近づいたときに見つけたお墓があった。

 

「すっかり花も乾いちゃったッスね」

 

冬の森で唯一咲いていたクリスマスローズを供えたのは、つい数日前のことだった。あれから随分長い時間が経ったような気がしたけれど、そんなことはない。状況とジナコ自身が、めまぐるしく変化しただけだ。

 

誰のお墓かは知らないけれど、帰還する前にもう一度花を供えよう。

 

そう心に決めたとき、背後でひと際大きな轟音が辺り一帯に轟いた。

 

反射的に振り向き、手に斧を顕現させようとしてやめた。いつも持っている山盛りのモーダカもなし。今回は全てを防御に集中させる。

 

「ムシカくん、しっかり捕まってるッスよ。ここからは、ない根性をひねり出すときッス」

 

崩壊した塔の瓦礫の上に蹲る巨体が見えて、ジナコの肩はふるりと震えた。あの毒に侵された狂戦士と正面からぶつかるのだ。思わず生唾を呑み込んでから、思い直して深く息を吸う。

 

何故か呼ばれた気がして顔を上げると、残っている回廊の上にマゼンタが見えた。こちらから見えなくてもあちらからは見えるだろうと、人影に向けて笑ってみる。

 

強がりもあるけど、それだけじゃない。今の自分ならできると信じられるから、ジナコは笑う。なんとなくカルナも笑った気がして、ジナコの肩から少し力が抜けた。

 

「ガネーシャさん!いくよ!!」

 

ヘラクレスの地を這うような唸り声にかき消されながらも、立香の高い声が耳に届く。

 

「しょうがないッスねー!神様らしいとこ見せちゃうッスよー!!」

 

ジナコが大声を張り上げたそのすぐ後、孔明の声が微かに聞こえた。

 

途端に夜空に暗雲がたちこめて、雲の合間を赤い光が駆け巡った。厚い雲を突き抜けて現れたのは大きな石柱。いつもなら円形に敵を取り囲むそれは、今日だけは道を作るように真っ直ぐに並んでいる。

 

腹に響くような風切り音と共に石柱が落下して、地面に突き刺さる。『石兵八陣(かえらずのじん)』は、諸葛孔明が撤退時に仕掛けた究極の陣形――囚われた者は出ることはできない。そして、一本道となった陣の中にいるのは、ジナコとヘラクレスだけだった。

 

「■■■■■■■!!」

 

異変に気付いたヘラクレスが吼えて、膨大な魔力の渦が鋼のような身体を包む。既に斧剣はなく、ひたすら守り続けた人形だけを抱えて、毒に侵された狂戦士は地面を蹴る。

 

目を閉じたジナコは、小さな両手を前に突き出した。指の先から淡い光が広がって、ジナコ自身を覆っていく。

 

「――ボクは、ボクを信じるだけッス」

 

さあ、力を固めて世界(じぶん)を守ろう。

 

神さまだってこじ開けられない、絶対不可侵の領域を作ろう。

 

そして今だけは、絶対の盾としてヘラクレスを抑えきる。

 

「『帰命せよ、我は障害の神なり(ガネーシャ・ヴィグネーシュヴァラ)』!」

 

 

 

 

 

 

 

最初に見えたのは、血のように赤い瞳だった。直後に全身に襲い掛かるのは、津波のような衝撃波。

 

「――■■■■■■■!!」

 

至近距離で放たれる咆哮に、ジナコの指先は微かに震えた。ヘラクレスの巨大な手のひらが振り上げられて、空中で一瞬止まった。拳が握りこまれるのを真っ直ぐに見据えたジナコは、その場から一歩も退かずに踏みとどまる。

 

溜めに溜めた拳が空気を押しのけて振り下ろされる。圧縮された空気が鼓膜を圧迫して、全ての音が籠って聴こえた。

 

ヘラクレスの拳がジナコまで迫る。接触するように見えた瞬間、生命を奪うはずの拳がぴたりと止まった。ずんっと周囲を衝撃波が襲い、ジナコを中心にして地面が同心円状にめくれあがる。

 

「……神様パワー、舐めるなッス」

 

狂戦士の拳はジナコには届かない。ガネーシャ神の障害を除去する神としての性質を純化させて創り出した絶対不可侵領域は、指先から約十センチのところで襲い来る全てを押しとどめていた。口から漏れだす白い蒸気も、毒と化した血しぶきも、なにもかもがジナコには触れられない。

 

ジナコは歯を食いしばり、自分の中にいるガネーシャ神に話しかける。

 

「ねえ、ガネーシャさん。アナタの力、本当はこんなもんじゃないッスよね。ボクが恐れずに前に出れば、きっともっともっと強くなれる――そうでしょ?」

 

なんとなく肯定された気がして、口元がふっと緩む。

 

そのままジナコの足は一歩前に出た。二歩、三歩、前に進む。

 

ジナコの歩みに合わせて、ヘラクレスはじりじりと後ろに押されていく。踏みしめる足の形はそのままに、地面が線状に抉れる。

 

あまりに重い障害に、ジナコは内心苦笑した。こんな怪物を相手に涼しげな顔で立ち回り、ときにはおもちゃのように吹き飛ばしていたなんて、真っ当な英雄は本当に理解不能だ。

 

冷静に戦況を捉えながらも、うっすらと曇った空色の瞳でこちらを見ているであろうジナコのヒーローの姿を思い浮かべる。

 

「本来スーパーカタツムリなボクは真っ当な英雄なんかじゃないけど……これくらいはやって見せるッスよ!」

 

叫んだ勢いに乗じてジナコは指先に力を籠める。手のひら全体から溢れ出る金色の光で指輪が煌めき、眼鏡のレンズに反射した。

 

ぐっと障壁の範囲が広がっていく。ジナコをまるでカプセルのように包んだ透明の壁は、暴れるバーサーカーをものともせずにどんどんと広がる。為す術もなく押しのけられたヘラクレスは、孔明の宝具である石柱に押し付けられて嵐のように慟哭した。

 

真っ直ぐに前を向いたジナコは、視線を塔の上に飛ばす。そして、月明かりの下に見える黄金の鎧に向かって、割れるような大声で叫んだ。

 

「カルナさん!!今!!」

 

 

 

叫び声を受け止めた施しの英雄は、穂先を上空に向けて両手で槍を持つ。マゼンタ色が夜風にたなびいて、まるで天を貫くように黄金の神槍が真っ直ぐに掲げられた。

 

「――神々の王の慈悲を知れ」

 

カルナの真名解放が始まる。細い身体がふわりと宙に浮き上がるのを目の端に捉えて、ジナコはほんの少しだけ息をつく。

 

その瞬間だった。

 

「――■■■■■……■■■■■■■!!」

 

突然、ヘラクレスが吼えた。

 

今までとは違う威圧感にジナコはぞっとする。己の身体が千切れそうなくらいの激しさで、狂戦士は障壁の下で暴れ狂う。それはまるで瀕死の野生動物が暴れているような、本能に支配された動きだった。

 

「や、やばいッス!!」

 

ジナコは必死に障壁に意識を集中させる。しかし、あまりに猛烈な手足の動きに思わず怯んだそのとき、身体を押さえつける障壁を大きな掌が掴んだ。どす黒い指先の皮膚が白く変わり、指先の位置から細かいひびが入る。ジナコは思わず息を呑んだ。

 

「――令呪を以て命ずる!!ガネーシャさん、堪えて!!」

 

尖塔から響いた声が、稲妻のようにジナコの鼓膜を貫いた。

 

全身に温かい力が漲り、途端に指に力が戻る。令呪の分も含めてありったけの魔力を注ぎ込んで障壁を厚くしていく。

 

「絶滅とは是この一刺し」

 

遠くで太陽そのもののような炎が巻き起こるのを感じる。夜であることを忘れたように、カルナを取り巻く業火が周囲全てを煌々と照らす。

 

まだ時間を稼がないといけない。障壁をもっと厚く、もっと強く。カルナがとどめを刺すまで、決して逃がさないように。

 

しかし、現実は得てして非情だった。

 

パリンと乾いた音が耳に飛び込む。あんなに強化した障壁をヘラクレスの指が貫いた。

 

ジナコは唇を噛み締めて、更に魔力を絞り出す。一瞬の痛みの後に口の中に鉄の味が広がったが、そんなことはどうでもよかった。

 

「ガネーシャ!障壁ごと一歩後ろに下がれ!」

 

そのとき、尖塔から聞こえたのはギルガメッシュの声だった。ジナコは無我夢中で障壁ごと一歩下がる。突然圧が下がったヘラクレスが前によろめいた。

 

その瞬間、夜空が強烈に瞬き、轟音が頭上から降ってくる。

 

それはまさしく、星を穿つ一撃だった。

 

「……ケイローンさんの、宝具……!?」

 

前方に差し出されたヘラクレスの頭部を貫いたのは、紛れもなく『天蠍一射(アンタレス・スナイプ)』だった。

 

何度も皆を救った流星の煌めきに、ジナコの呼吸は思わず止まる。

 

教会で言われたギルガメッシュの言葉が脳裏をよぎる。とんでもないプレゼントに、どうしようもなく目の奥が熱くなった。

 

きらりと光る水滴を振り払い、ジナコは指先に力を込めた。咆哮するヘラクレスを一気に押し込んで、耐える。

 

「――インドラよ、刮目しろ」

 

カルナの背後の熱量がこれ以上ないほどに膨れ上がる。爆炎にスーリヤの目が浮かんで消え、巨大な神殺しの槍が地上に向けられた。穂先に光が収束し、池の水が全て蒸発する。

 

全身全霊の魔力を使って自身の身体も障壁で覆ったジナコは、喉が割れるほど叫んだ。

 

「カルナぁぁぁぁぁッッ!!」

 

「――焼き尽くせ、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』!」

 

轟音と閃光が全てを支配した。

 

雷光でできた必滅の槍から放たれた炎の奔流は、ジナコもろとも焼き尽くす。

 

孔明の宝具が耐えきれずに崩壊し、石柱が消滅する。支えを失ったヘラクレスは、後ろにのけ反った。

 

火の海の中で、岩のような腕が何かを探すように真っ直ぐに伸ばされるのを、ジナコは視界の端で捉えた。

 

 

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