後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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第22話

 

 

 

 

 

 

柔らかな夜風が吹き抜けるたび、炭になった木々に残った火がちりちりと音を立てて燻る。干上がった池のほとりにしゃがみ込んでいたジナコは、近づいてくる影に笑いかけた。

 

「カルナさん、お疲れ様ッス」

 

「大事ないか」

 

「大丈夫ッスよ。何しろガネーシャさんの障壁は特別製ッスからね」

 

その場に片膝をついたカルナは、眉をほんの少しだけ顰めながらジナコの顔を覗き込む。一通り確認して、最後に唇の端で視線が止まった。

 

「唇が切れているぞ」

 

「ん?あー……歯食いしばったから、そのときかも。もう血は止まってるから、心配いらないッス。それよりカルナさんこそ怪我してない?あれだけ戦闘してたらいろいろあるでしょ」

 

「大きな負傷はしていない。しかし、そうだな。強いて言えば……」

 

「強いて言えば?」

 

カルナにしては珍しい発言に、ジナコは目をぱちくりさせる。基本的に弱音というものを一切吐かないこの男が、強いて言えばであっても己の状態についてネガティブなことを言おうとするのは本当に稀だ。

 

ジナコのきょとんとした顔を見て、カルナの空色の瞳がゆるりと緩む。小春日和のような温かな色を滲ませて、小声で呟いた。

 

「……少し、疲れた」

 

あれだけ長時間時間を稼いだ上、常に魔力放出を続けて、最後には全力で宝具を撃ったのだから、至極当然のことだった。通常、どんなサーヴァントでも根を上げる行為を、カルナは平然とやってのける。でも、こうやって弱音を口に出してくれることが、ただただ嬉しかった。

 

ふひひと笑うジナコに、カルナはまばたきをしてから口先を尖らせる。微かに漂う不満げな空気を吹き飛ばすように、にやりと笑って見せた。

 

「ボクも疲れちゃったッス。帰ったら部屋でゴロゴロしながらロールケーキでも食べようかなー!カルナさんもどう?」

 

「おまえが許してくれるのであれば」

 

「許すも何も、誘ってるのはボクッスから。だからね」

 

よいしょ、と掛け声をかけて、ジナコは疲れ切った体に鞭を打つ。なんとか立ち上がり、ほんの少し痺れが残っている手のひらを伸ばして、曇りのない瞳の持ち主の頭にぽんと載せた。

 

「帰ろ、カルナさん」

 

「……あぁ」

 

柔らかな白髪をそっと撫でる。されるがままになっているカルナに気を良くして、ジナコは両手でわしゃわしゃと髪をかき混ぜてみた。

 

「ガネーシャ神よ……」

 

カルナがため息をつき、突然ジナコの両手首を両手で掴んだ。そのまま立ち上がったカルナは、何故か黙り込む。じんわりとぬくもりが伝わって、ジナコは子供のように微笑んだ。

 

そのとき、城のほうからざわざわと話し声が近づいてきて、二人は同時に振り向く。先頭を歩く泥だらけのローブを羽織った男は、いつも通りの食えない笑顔を浮かべて、ひらひらと手を振っていた。

 

「おーい、そこのお二人さん、なんだか楽しそうじゃないか!私も混ぜてほしいなぁ!」

 

「マーリン、そういうとこ本当にどうかと思うよ」

 

ぴしゃりと言い放った立香は、花の魔術師を置いてこちらに駆けてくる。

 

「マスター!ボクに令呪使ってくれてありがとうッス!」

 

「ガネーシャさんもよく耐えきってくれて……本当にありがとう。カルナもしんどかったよね。帰ったらゆっくり休もうね」

 

お礼を言いつつ、立香はなんとなく有無を言わせない圧を放った。

 

さて、と呟いた立香に続き、一同は焼野原を歩いていく。向かう先は、黒焦げになって未だに燃えているヘラクレスの亡骸だった。

 

四つん這いのような状態で片腕を伸ばした姿に、立香は首をかしげる。

 

「なんでこんな体勢を取ったんだろう……?」

 

「……あ、もしかして、お墓……ここに誰のだか分からないお墓があったんスよ」

 

ガネーシャ神の言う通り、ヘラクレスの身体の下には、他より土が盛り上げられた部分が見えた。腕の先には、黒く煤けた石片が散らばっている。

 

「そっか……ヘラクレスがこの特異点に召喚されるきっかけと関係があるのかもしれないね。もしかして、ヘラクレスのマスターだったりするのかも」

 

立香が寂しそうに微笑んで、くるりとマーリンに向き直った。

 

「マーリン、とびきり綺麗な花をいくつか出せる?」

 

「お任せを」

 

花の魔術師は手のひらを立香に差し出す。瞬きののちに、薄ピンクの花が三輪現れた。

 

立香とガネーシャ神が、墓とヘラクレスに向けて花を供える。

 

「……貴様が本当に守りたいものを、最期に守り切ったか。安らかに逝くがいい」

 

その様子を後ろから見ていたカルナは、独り言のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がったマスターに、前かがみでよろよろしながら孔明が声を掛ける。

 

「ところでマスター、やはり欠片だったようだぞ」

 

バーサーカーが最期までずっと抱えていた人形の代わりに、骸の傍らには不思議な光を放つ欠片が落ちていた。立香は無言でしゃがみ込み、そっと手に取る。この微小特異点を作り上げた聖杯の欠片は、カルデアのマスターに無事回収された。

 

「一つ聞きたいんスけど」

 

サーヴァントたちの間にほっとした空気が流れる中、ガネーシャ神がぽつりと呟く。

 

「ケイローンさんの宝具が、最後押しとどめてくれたんスよ。ギルガメッシュさん、あれはどういうことッスか?」

 

立香の後ろに立つギルガメッシュに、ガネーシャ神が眼鏡越しに強い視線を送る。

 

「あれは紛れもなく賢者の宝具よ。奴の宝具は真名解放さえしておけば、いつでも発動することができる。しかし、本来であれば死した後はさすがに無理というもの。そこを軍師の宝具でどうにかした」

 

「孔明さんの?」

 

「あぁ……私の第二宝具『出師表(すいしのひょう)』は、諸葛孔明の伝説に沿って必要な能力を相手に与える効果がある。そこで、今回はケイローンに『自身の死後も自軍に有利な効果を与え、敵軍に不利な効果を与える』という能力を付与した。その結果、宝具発動さえしておけば、退去後も宝具が発動するようになったわけだ。流石に威力は半減どころではなかったが、足止めくらいにはなるだろうと彼は言っていた」

 

その通りだったな、と大きなため息をつきながら、孔明はなんとか説明する。

 

「しかし、奴の宝具が落ちてくる位置は調整しきれんのでな。仕方なく我が『視て』誘導してやったのだ。全く、この我にそこまでさせるなど、とんだ賢者もいたものだ」

 

そう言って腕組みをしたギルガメッシュは、言葉とは裏腹に愉快そうな笑みを浮かべた。

 

そのとき、彼の足元からきらきらと光の粒子が宙に舞い上がった。どうやらこの特異点の崩壊が始まったようだ。

 

「む、退去の頃合いか。雑種!今回はタダ働きもいいところだったわ。我は過労死はごめんと決めている。次は協力せんぞ」

 

「今回王様は肉体労働ばかりでしたもんね。ありがとうございました!次もよろしくお願いしますね」

 

全く悪びれない立香を睨み付け、ふっと皮肉な笑みを浮かべたウルクの賢王は、あっさりと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

燃え残った木々がざわりと音を立て、夜風が頬を撫でる。風の音に紛れて、テノールの歌うような声が段々と近づいてきた。

 

干上がった池を横切って登場した男は、マントを翻して恭しくお辞儀をする。

 

「皆さまお揃いで、いや、ギルガメッシュ王がいませんが、まあご無事で何よりです!大変に良い取材ができたので、吾輩としては大満足にございます。我がマスター、とっとと書斎に帰るといたしましょう!」

 

「シェイクスピア、セミラミスは?」

 

立香の一言に、稀代の劇作家は大げさに首を左右に振った。

 

「アッシリアの女帝は、ヘラクレスが討ち果たされた直後に退去いたしましたよ。『次会うことがあったらそこの作家に毒の杯を煽らせることとしよう』とのことです。はて、何のことだか吾輩にはさっぱり!」

 

どう考えても己に対する殺害予告だろうに、一切気にかけない劇作家に立香は笑った。

 

「セミラミスらしいけど、ちょっと寂しいね。もう少し話してみたかったな」

 

「召喚すればよろしいのでは?今回で十分に縁はできたでしょう」

 

シェイクスピアはここぞとばかりにウインクを飛ばす。それもそうか、と笑ったそのとき、立香の手首につけた機器がチカチカと点滅して、ホログラムが突然立ち上がった。

 

『先輩!!ご無事ですか!!』

 

「マシュ!大丈夫だよ!」

 

画面に近づきすぎてアップになったマシュにけらけらと笑いながら、立香が元気よく答える。途端に笑顔になったマシュの後ろからひょっこりとダ・ヴィンチが顔を出した。

 

『いろいろとお疲れ、立香ちゃん!その様子だと無事オーダーはクリアできたようだね。話は帰ってきてから聞くとして……今レイシフトの準備をしているから、あと十五分くらい待ってくれるかな?』

 

頷く立香に、マシュが慌てて画面に割り込む。

 

『皆さんに伝言があるんでした。ケイローンさんですが、医務室でアスクレピオスさんが診ています。帰ってきたらお話しましょうと言っていました!』

 

「よかった!帰ったらすぐに行くようにするよ。それと、孔明が重傷だから、それもアスクレピオスに伝えてくれるかな」

 

『分かりました!お帰りをお待ちしていますね、先輩』

 

二言三言交わした立香は、笑顔で通信を切る。

 

その様子を少し離れた場所で見ていたガネーシャ神は、何となく城を振り返った。池に近い大部分の建物は、最初に見たときでは考えられないくらいに崩れて燃えていた。

 

「なーんか……長かったような、あっという間だったような」

 

「レイシフトとはそういうものだ」

 

「ボクはバトル系キャラじゃないんで、こういうのはもうコリゴリッスよ。はぁ、帰って早く寝転びたーい!あっでもケイローンさんのお見舞いが先ッスね」

 

「あぁ、すぐに行くとしよう」

 

目尻を穏やかに緩ませて、カルナが答える。あまりの反応の速さに、ガネーシャ神は思わず声を上げて笑う。口から零れた白い息は、眼鏡のレンズを曇らせた。

 

ガネーシャ神は大きく伸びをして、そのまま夜空を仰ぎ見る。頬を包む冷気とは裏腹に、心はぽかぽかと温かい。

 

その温もりに包まれて、先端がほころんでいた蕾が一気に花開く。

 

心の中に咲いたのは、鮮やかなマゼンタの花だった。

 

 

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