後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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第3話

自分は戦えない。死にたくない。

 

そんなアタシをなんで依代に選んだんだろうと考えなかったと言ったら嘘になる。波長が合うってナニソレ。あくまで一般ピープルであるアタシには荷が重い。

 

それでも、人理が消えるのはどうしたって見過ごせなかった。

 

インド異聞帯に召喚されたときは、本当に途方に暮れていた。ガネーシャ神という高位の神霊の疑似サーヴァントになったということ、汎人類史が危機だということ、それを守るためにここに召喚されたということ。見慣れない風景と見慣れない格好に慌てながらも、その事実だけは何故かストンと腑に落ちていた。

 

自分の中に感じる神霊の力――きっと戦える。やるべきことがあって喚ばれたという強い確信――それも無視できない。

 

理解はできている。でも感情はそれに追いついてこなかった。

 

「ボクが世界を救うなんて無理ッスよぉぉぉぉ……」

 

誰もいない見知らぬ山の上で細く叫んだのを、昨日のことのように覚えている。

 

抑止力側のサーヴァントとして、この異聞帯を解決しないと帰れない。戦う力もある。でもできるならば、自分で戦わなくて済むなら戦いたくない。

 

そりゃあ思うでしょ。確かに月の聖杯戦争には参加したけれど、この聖杯戦争は根本からして違う。魔術が残っているこの世界では、アタシ自身の戦闘力なんか皆無だ。いくら戦い方が分かっていても、尻込みするのは当たり前だろう。

 

そんな風に思っていたのも、カルデアのマスターと出会うまでだった。

 

近づいてくる人の気配をやり過ごそうとして、石像の中で小さくなっていたアタシの耳は、聞き覚えのある声を拾ってしまったから。まさかと思ったけれど、余計にどんな顔をしていいか分からない。そうこうしている間に石像まで破壊されて大パニック。今考えても本当に滅茶苦茶な再会だった。

 

月で出会ったカルナとは異なる霊基であることはもちろん分かっていた。それでも、間違いなく彼はアタシのヒーローだ。例え認識阻害を受けて、カルナがアタシ自身のことを認識できていなかったとしても、カルナであることに何ら変わりはない。

 

でも、世の中は残酷だ。二度目の出会いは、そんなに長続きしなかった。

 

あの強大でどうしようもなく無慈悲な世界の機構から一行を護るために、カルナはいなくなった。大きなものを勝手にアタシに託して、消えてしまった。

 

託された事態の重さを大事に大事に抱え込む。こんなアタシに頼むと言ってくれたヒーローがいたことだけは、嘘にしたくないから。そのためなら、アタシは戦えるし、痛みにも耐えられる。

 

――痛くない、痛くない、痛くない。

 

虚言癖は、逆手に取れば嘘から出たまことだ。痛くないと繰り返していれば、そんな気がしてくる。嘘、本当は痛いけど、耐えられた。

 

だって、勝手に託された身としては、ちょっと無理をしてでも見せ場を作っておかないと立つ瀬がないでしょ?

 

三度目に出会ったときの感情は、今もうまく表現することができない。嬉しくて、あったかくて、切なくて――どうしようもなく込み上げた想いは、整理できないまま今もアタシの中で輝いている。

 

 

 

 

そうやって、戦って、また別れて。もう会うことはないと思っていたのに、世の中は残酷なようで慈悲深い。

 

何故かアタシはノウム・カルデアに召喚されて、そこには当たり前のようにカルナがいた。二度あることは三度あるとは聞いていたけれど、四度目があるとは初耳だ。

 

月の彼とも、異聞帯の彼とも違う霊基。例え認識阻害を受けていても、異聞帯の記憶を直接持っているわけではなくても、アタシのヒーローであることに何ら変わりはなかった。アタシにとって、どんなカルナでもカルナなのだから。

 

そうして、アタシは今も彼の後ろを歩いている。

 

予想以上に広いカルナの交友関係に問答無用で巻き込まれ、引きこもりのアタシは本当に辟易したけれど、いつの間にか慣れた。気づいたらカルナとセットで扱われるようになったことにもなんだかんだ慣れてしまった。そんな頃、アタシは不思議な噂を聞いたのだ。

 

『ガネーシャ神が来てから、カルナが変わった』

 

『ここのところ、カルナはよく笑うようになった』

 

『カルナの人間味が増した気がする』

 

正直、いまいちぴんとこなかった。そんなに変わっただろうか?ついにマスターまでもが同じことを言ったときはすごく不思議で、アタシは何度も首をひねる。

 

逆に、一つだけ納得する噂もあった。

 

『最近、カルナが強くなった』

 

元々めちゃくちゃに強い人だけれど、確かに更に強くなっているような気がする。カルナ本人に特段変わった様子はないけれど、何かあったのだろうか。理由が気にならないと言ったらそれは嘘になるけれど、強くなるのはいいことだろうし、本人が言わない限りアタシが訊くつもりはなかった。

 

でも、ある日事態は急変した。

 

環境シミュレーターの川のほとりで、当の本人に言われたのだ。

 

「どうやらオレはおまえが傍にいてくれると強くなれるようだ。オレの我欲に付き合わせるのは気がひけるが、願わくば、これから先も傍にいてはくれないだろうか」

 

いつも通り淡々と、でもほんの少し焦ったような空色の瞳から目が離せなかった。

 

他の誰でもないアタシのヒーローが、アタシが傍にいると強くなれると言う。

 

カルナがアタシに影響を与えるのは当然のこと。だってアタシのヒーローだから。でも、まさか逆があるとは予想外にもほどがある。

 

心からの驚きとほんの少しくすぐったい気持ちが入り混じって、胸がほかほかした。春の日差しのように温かくて柔らかい光が、心を照らす。

 

きっとそのときだった。

 

温められた心を養分にして、アタシの中に小さな芽が芽吹く。その芽の名前は『高望み』。

 

アタシがアナタにほんの少しでもいい影響を与えられているというならば、アナタの傍にいられるアタシでいたかった。

 

できるならば、カルナが命を懸ける戦場でこそ傍にいたい。それでアナタが強くなり、無事に帰ってこられるならば、どんなに怖い戦場でも傍で立っていたい。

 

そんなことを望んでいいのかすら分からない。でも、あまりの嬉しさに、ニートでチキンなジナコらしくもないことを、アタシは望んでしまった。

 

しかし、そんな簡単にはいかないのが世の中だ。何を隠そう、未だにアタシは戦場に立つのが怖いから。ガネーシャさんの力を使うことができても、結局アタシという人間の根本は変わっていない。できるならば、戦場で一歩退きたくなってしまうことに変わりはなかった。

 

このままじゃいけない。

 

高望みの芽が心の中でぐんぐんと伸びていくのを、アタシは呆然と眺める。

 

異聞帯で最後まで立っていられたのは、ある意味ビギナーズラックなことは自覚していた。もっと揺らがない強い意志を持たないと、過酷な戦場には立ち続けられない。カルナの傍にいられなくなるのだけは嫌だと、幼芽を宿してしまった心の奥底が大声で叫ぶ。

 

でも、どうしたらいいの。アタシはどうしたら強くなれるの。

 

誰にも聞けないまま、ずっと一人で考える。よく分からない焦燥感がアタシの心の底をじりじりと灼いて、今にも焦げ付きそうだ。

 

そんなときに、シェイクスピアから叩きつけられた言葉は、アタシの心をわし掴んでぐらぐらと揺さぶった。

 

守りとは精神で守ることと同義……本当にその通り。言い返す言葉もない。

 

――じゃあ、アタシは一体、どんな想いを抱いて戦場に立てばいいのだろう?

 

 

 

 

「ガネーシャ神」

 

隣からぽつりと聞こえた声が意識を引き戻す。声の主を見上げると、ほんの少し困ったような目がこちらを見ていた。

 

「だいじょぶッスよ。どう見てもレイシフトのブリーフィングなことに驚いてるだけッス」

 

「……そうか」

 

カルナは何か言いたそうな顔をしつつも、結局言葉を飲み込んだ。別に嘘は言っていない。己を本格的な作戦に呼ぶという選択肢が立香にはあるのだな、と面食らっているのは事実だからだ。

 

「ガネーシャ神、カルナ。来てくれましたか」

 

穏やかに声を掛けてきたのは、つい最近知り合ったばかりのケイローンだった。カルナが軽く頷くと、ギリシャの大賢者は目を細める。

 

「詳細な説明はブリーフィングで話がありますが、今回ガネーシャ神を推薦したのは私です。貴方がたの信頼関係は、戦場においても如何なく発揮されるでしょうから」

 

「えっそれは買い被りッス!カルナさんはともかくとして、ボクは前線に向いてないっていうか……」

 

すっと目の前にケイローンの手が出され、思わずジナコは言葉を切った。カルデアでも最高戦力に名を連ねるサーヴァントの圧は、想像以上に重い。

 

「どうやらメンバーが揃ったようです」

 

ケイローンの呟きとほぼ同時に、奥からホームズの声が管制室に響いた。

 

「では、ブリーフィングを再開しよう。一時間前、ごく微小な特異点反応を検出した。西暦二〇〇〇年代前半、場所は日本の冬木市。ここまで聞けば勘のいい諸君は分かるだろうが、冬木の大聖杯が絡んでいる可能性が高い。そこで今回は、微小特異点らしからぬ最高戦力を集めたというわけさ」

 

ジナコは管制室に集まったメンバーを見回す。カルナ、ケイローンの他にいるのは、諸葛孔明、マーリン、シェイクスピアのキャスター三騎だ。

 

「冬木の大聖杯絡みだと何が起きてもおかしくない。立香ちゃん、そして皆。気を引き締めて任務に当たってもらいたい。もちろん今回の目的は、微小特異点の解決と、きっとあるであろう聖杯の回収だ!まあ微小だから欠片ランクかもしれないけれど。立香ちゃん、いいかな?」

 

ダ・ヴィンチの問いかけに、立香は笑顔で頷いた。いつもの黒い魔術礼装に身を包んだ彼女は、突然ジナコのほうに歩み寄る。驚くジナコの手を掬い上げ、胸の前でそっと握った。

 

「ガネーシャさん、今回はマシュが同行しないんだ。皆の守りは任せたよ!」

 

「え、えぇぇ!?ボクッスかぁ!?」

 

「はい、ガネーシャさんなら先輩を守れます。マシュ・キリエライト、ガネーシャさんを信じています!」

 

立香の後ろで至極真面目に声を上げたマシュに、ジナコは目を白黒させる。つい数刻前にカルナが言っていた通りの事態になるとは、嫌な予感は当たるものだ。

 

「私も大丈夫だと思う。だから、行こう、ガネーシャさん!」

 

ジナコの手をぎゅっと握りなおした立香は、冬の青空のように澄み切った笑顔を浮かべた。

 

己のマスターに信頼を寄せられて、断れるサーヴァントなどこの世に存在しないというのに、本当にこのマスターはずるい。

 

「う……分かったッスよぉ!引きこもりなりに頑張ってやろーじゃん!」

 

半ば自棄で小さく叫んだジナコに、立香は大輪の花のような笑顔を浮かべた。釣られてレイシフトメンバー全員の表情が心なし明るくなる。

 

「では、十五分後にレイシフトを開始します。先輩、皆さん、準備をお願いします!」

 

マシュのきびきびとした声で、ブリーフィングは解散となった。思い思いに行動する他のサーヴァントを横目に、ジナコは立ち止まったまま俯く。

 

アタシに何が守れるのか。アタシはマスターを、仲間を守れるのか。突然任された大役に、言いようのない不安が心の中に渦巻く。ついさっきまで生き生きしていた高望みの芽も心なしか萎れている。

 

泣いても笑っても十五分後にレイシフトなことは決まっている。それでも無性に部屋に帰りたくなる己を自嘲したところで、突然肩のあたりにぬくもりを感じた。

 

誰の手だと振り返る必要もなかった。管制室に残っているサーヴァントは、一人を除いてもう誰もいない。

 

「ガネーシャ神」

 

「……なんスか」

 

肩の上にそっと置かれたカルナの温かな手が、ジナコの緊張をじんわりとほぐしていく。それで緊張がほぐれてしまうことに内心苦笑いして、ジナコはほんの少しだけ顔を上げる。

 

視線の先にあったのは、薄曇りの空色の瞳だった。

 

「だいじょぶッスよ。ピコッと頑張ることにするッス」

 

ぎこちない笑みを口元に貼り付けて、大きく頷いてみせる。自身が最前線に立つのは分かりきった上でジナコを心配する優しいヒーローを、強がりでもいいから安心させたかった。

 

「そうか」

 

短く応えた施しの英雄は、十五分後のそのときまで手をどかそうとはしなかった。

 

 

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