後ろ姿よ、さようなら   作:こり

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第8話

マスター以下カルデアのサーヴァント六騎と、はぐれサーヴァント二騎が教会に集合したのは、焼け爛れたような空が広がる夕方だった。

 

教会の天窓から差し込む光も赤みを帯びていて、入口付近に静かに佇むカルナの髪もほんのりと赤を纏っている。礼拝堂の通路をちょこちょこと移動したガネーシャ神は、小声でカルナに話しかけた。

 

「なんだかすごいメンバーッスね……キャスターのギルガメッシュだったとは予想外にも程があるでしょ」

 

「そちらもアッシリアの女帝とはな」

 

「カルナさんはセミラミス……サンを知ってるんスか?」

 

「以前別の聖杯戦争で同陣営だったことがあるように思う。ケイローンやアキレウス、シェイクスピアも同時に召喚されていた」

 

「めちゃくちゃな聖杯戦争ッスね……」

 

ガネーシャ神は苦笑し、ふと視線を感じて前を向く。礼拝堂の前方でセミラミスと話していた立香が手招きして呼んでいた。前方のほうに集まったサーヴァントたちを見回して、立香が口火を切る。

 

「皆お疲れ様!無事でよかった。それと、新しく協力してくれることになったセミラミス、ギルガメッシュ、ありがとう。よろしくね!」

 

「は、我は気まぐれでついてきてやっただけだ。ではな」

 

立香が笑顔を向けたのに対し、そっけない反応をしたギルガメッシュは霊体化してその場から姿を消した。苦笑いしたものの大して気にしていない立香に、セミラミスは咎めるような眼差しを向けた。

 

「我も条件付きだろうに。呑気なことを抜かすでないぞ、仮初のマスターよ」

 

「大丈夫、大丈夫。じゃあ仮契約して霊核を直そう!」

 

立香は黒い手袋に覆われた左手をセミラミスに差し出す。吹っ切れたように息を吐いたアッシリアの女帝は、立香の左手にそっと己の右手を載せた。

 

「令呪を以て誓約を果たす。サーヴァント・アサシン、セミラミス。傷を癒やして私と征こう!」

 

立香の右手の甲が紅く光り輝く。令呪三画のうち最も長い外側のラインが、かすれた線だけを残して消えた。同時にセミラミスの背部に光の粒が集中する。

 

「これでどうかな?」

 

「……消滅は免れたようだ。よい、契約通り協力してやろう。ただし、我は戦闘はできぬぞ。それでよいな?」

 

「もちろん。改めてよろしくね、セミラミス」

 

晴れ晴れとした笑顔でぐっとガッツポーズを決めた立香に、ガネーシャ神は思わず小さく笑う。本当にこのマスターはいつでも前を向いて明るい。彼女がいるだけでなんとなくやれそうな気がするのが、サーヴァントたらしと言われる所以だろう。

 

ひと段落したところで、思い思いに礼拝堂の長椅子に腰を下ろす。カルナは椅子の端に軽くもたれかかり、いつでも動けるような体勢をとっていた。

 

ケイローンが後ろを向いて座る立香の側に歩み寄る。

 

「それではマスター、今後の動きについて決めましょう。まずはナーサリーライムについてですが……孔明、いかがですか?」

 

話を振られた孔明は椅子から立ち上がり、立香に向けて右手の人差し指と中指を真っ直ぐ立てた。

 

「分かったことは大まかに二つだろう。一つ目は、アインツベルンのマスターとヘラクレスが互いを気にかけているならば、やはりかの大英雄を倒す必要があること。二つ目は、『砂糖はあげている』という発言だが、砂糖が意味するのは……マーリン、君はどう思う」

 

「聖杯の魔力だろうね。下手するとあの人形が聖杯そのものかもしれないよ?ナーサリーライムが激高した僅かな間だけ、何度か人形から異様な魔力が溢れていたからね」

 

まるで明日の天気を答えるような気楽さでマーリンは答える。

 

「それって、人形だけ回収したら解決……とはいかないんスか?」

 

「いい質問だ、ガネーシャ神」

 

前の椅子の背もたれに身を乗り出したガネーシャ神の不思議そうな呟きに、何故か孔明が言葉を強めた。

 

「砂糖、つまり聖杯の魔力リソースの大部分をヘラクレスの強化に使っている場合、城にいるヘラクレスは変質している可能性が高い。もし人形と聖杯を回収できても、ヘラクレスが特異点の核になってしまえば解決にはならない。つまり我々がやるべきことは」

 

「人形の回収とヘラクレスの撃破だな」

 

冷静な言葉が礼拝堂の空間に落ちる。端的な言葉で結論付けたのはカルナだった。

 

いつの間にか天窓から差し込む光が薄くなり、礼拝堂の中は闇に沈みかけている。

 

マーリンが杖で床をコツンと叩くと、天井から吊り下げられた照明に一斉に明かりが灯った。

 

「マスター、時間が経てば経つほどヘラクレスは聖杯の魔力で変質が進みかねない。できる限り早く彼を倒すべきです」

 

ケイローンの忠言は、その場にいる全員の心に染み込んでいく。立香はきつく目を瞑り、握りこまれた拳に刻まれた令呪をさすった。マスターの逡巡を、サーヴァントたちは静かに見守る。

 

「まずはできることから一つずつだもんね」

 

黒ずくめの魔術礼装がゆらりと立ち上がる。白い大地を踏破すると決めたときから、立香は止まるわけにはいかない。決して沈まぬ太陽の揺らめきのような夕暮れ色の瞳が、サーヴァントたちを見回した。

 

「ヘラクレスに会いに行こう」

 

 

 

 

 

 

 

雲一つない満天の夜空の元、立香とカルデアのサーヴァント四騎は、見張り塔の真横にある木立に身を潜めていた。マーリン、シェイクスピアのキャスタークラス二騎は、城から繋がる別の入口から侵入する手筈だ。

 

庭に張り出したひと際目立つ建物を窺う。石造りの壁にはめ込まれたアーチ状の窓から中を覗きこもうと試みたが、ぼんやりと明るいこと以外何も見えなかった。

 

「城は無人なはずなのに、明かりは灯ってるのがなんとも気持ち悪いッスね……」

 

両手で自らの二の腕をさすったガネーシャ神の顔色は、はたから見てもいいとは言えない。ケイローンの説明を受けた後では、無理もないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヘラクレスは聖杯の魔力で変質が進みかねない、と先ほどお伝えしましたが、万が一聖杯の力で『本来の彼』に限りなく近くなっていた場合……我々はそれだけで追いつめられたと言っていい状況になるでしょう」

 

教会を出発する直前、ケイローンは穏やかに立香に語り始めた。まるで講義のような雰囲気に、思わず立香の背筋が伸びる。

 

「マスターはもちろんご存知かと思いますが、ヘラクレスの宝具は、彼が乗り越えた十二の試練の逸話が昇華されたものです。カルデアにいる彼の宝具、『射殺す百頭(ナインライブズ)』は、乗り越えた結果得た弓矢による攻撃宝具ですが、本来の彼の宝具は異なるのですよ」

 

「もしかして、『十二の試練(ゴ ッド・ハンド)』……!」

 

大賢者は目を細めて頷く。教師はときには残酷な事実も告げなくてはならない。ケイローンはよく通る声で淡々と告げた。

 

「『十二の試練(ゴ ッド・ハンド)』の本質は、試練を乗り越えた数だけ蘇生すること――つまり、『本来のヘラクレス』であれば、十二回倒す必要があります。加えて、ヘラクレスにはAランク以上の攻撃しか通らず、一度受けた攻撃に耐性を得ることすらありえます」

 

「……Aランク以上って、そんな、だってそれじゃあ……」

 

数歩離れた位置で聞いていたガネーシャ神が、必死の形相で振り向く。城から漏れる光が、彼女の動きに合わせて首元の装飾に鈍く反射した。

 

「このメンバーでは、カルナの攻撃か私の宝具しか通用しません。しかし、私の宝具は一夜に一射しか撃つことができない……そう、マスターの人選は正しかった。カルナがいるから、私たちは戦うことができます」

 

 

 

 

 

 

 

一行は庭を回り込み、大広間の正面扉の前に辿り着いた。

 

立香は木製のドアの前に立ち、金属のドアノブをしっかりと握る。扉の向こうの物音はなく、まだ見ぬ嵐をわざわざ起こしに行く無謀な一行の息遣いだけが響いていた。

 

「行くよ」

 

一言告げて、立香は扉をゆっくりと開ける。隙間から漏れた中の明かりが、暗い芝生をぼんやりと照らした。入り口すぐの薄暗い空間で、ケイローンは片手を上げて立香を留める。

 

「マスターとガネーシャ神、孔明はこちらで待機を。ここならば逃げることも容易く、様子も見えます。もしもの場合はサポートをお願いします」

 

「もちろん」

 

立香の答えに頷いたケイローン、そしてカルナが各々の得物を顕現して前に出る。ふとカルナがガネーシャ神を振り返った。

 

「ガネーシャ神よ、マスターを頼む」

 

「……分かったッスよ」

 

眼鏡越しの強い目線に目尻を緩ませたカルナは、槍を握りなおして大広間に歩み出る。ガネーシャ神は手を伸ばし、立香を己の背後に押しやった。

 

カルナのあとに続いたケイローンは、二階右手のギャラリーに一瞬で飛び上がった。二階に設けられた細い通路であれば、大広間のどこでも即座に狙うことができる。

 

元の状態が想像できぬほどに破壊された床を、足音も立てずに槍兵は進んでいく。目指す先にうずくまるのは、魔力が溢れた黒い山のような戦士。

 

床に突き立てられた斧剣から二メートル程離れた位置で、カルナは歩みを止めた。

 

「――大英雄、ヘラクレスとお見受けする」

 

カルナの声に、ピクリとヘラクレスの肩が動いた。

 

「我が名はカルナ。訳あっておまえを討つ。悪く思うな」

 

静寂を切り裂くように、施しの英雄の声が大広間に反響する。ヘラクレスに目立った動きはなく、緊迫した空気がじりじりと積み重なっていく。

 

そのとき、硬いものが砕ける小さな音が、広間の壁に反射した。

 

ガネーシャ神と立香は、はっとして広間を凝視する。断続的に聞こえる微かな音は、段々と頻度を増す。目を細めたカルナは神槍を回転させ、構えた。

 

ぱきん、という音と共に、大理石に細かな亀裂が走った。

 

ヘラクレスの足に力が入り、ゆらりと巨大な体躯が起き上がる。同時に、大英雄の眼前に立ちはだかるカルナは、床を強く踏みしめる。

 

――響き渡ったのは、獣のような咆哮だった。

 

「■■■■■■■!!」

 

カルナの槍が動いたのを目の端で捉えたガネーシャ神は、咄嗟に立香に覆いかぶさる。

 

めりめりと石が砕ける音と同時に、建物がみしりと軋んだ。己の得物を引き抜いた狂戦士は、目の前のランサーに向かって全力で斧剣を振り下ろす。

 

轟音、そして粉塵が舞い上がり、ガネーシャ神は手で顔を覆う。薄目で必死に目を凝らすと、もうもうと上がる煙の合間にマゼンタがよぎった。

 

体勢を立て直したカルナは、低い位置から槍を振り上げる。槍の攻撃をものともせずに、ヘラクレスは一気に距離を詰めた。穂先が巨石のような腕に触れる瞬間、直視できないほどの光が槍の先端に宿る。

 

炎の刃がヘラクレスの腕を切り裂こうとした刹那、カルナの前から標的が掻き消えた。後ろにのけ反って槍を躱した戦士は、一回転して後方に退く。

 

「……素晴らしい動きだ。これでクラスがバーサーカーとは、驚嘆するほかない」

 

空を切った神槍を己の目の前に持ち上げたインドの大英雄は、左手を柄にかざす。カルナの手から生み出された炎が、槍を飲み込み、光となって収束していく。

 

「余力を残そうと考えたことを謝罪しよう。ここからは手加減はなしだ」

 

うねる紅炎に照らされたカルナの耳輪が煌めく。

 

床に這うように低い姿勢をとったヘラクレスは、唸り声を上げて間合いを測った。狂戦士の足元の大理石が砕け、あたりに飛び散る。

 

ヘラクレスの咆哮とカルナの短い雄叫びが交錯した。幾度となく響く重い金属音に合わせて、地響きのような低い音が建物を襲う。大広間に舞い散る火の粉と降り注ぐ石片に、ガネーシャ神は身を低くして目を細めるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

二階の両サイドに設けられた細い通路は、細かな振動に絶えず襲われていた。天井から吊るされた明かりが、音を立てながら大きく揺れる。建物の歪みを気にも留めず、ケイローンは全身に緊張感を漲らせていた。

 

「やはり通常の攻撃では通りませんね……カルナの場合、魔力放出を伴った攻撃か、もしくは複数持つ宝具になるか……」

 

爆風と衝撃波が二階まで届き、天窓のガラスが限界まで軋む。

 

立香が潜伏する周辺を確認すると、最も入口に近い柱あたりで、飛散した石が不自然に遮られていた。ガネーシャ神が障壁を創り出して守っているようだ。

 

ふと広間の奥、城と繋がっている方向に目をやると、人影が見えた。ケイローンが今いるギャラリーに繋がる階段にマーリンが、逆側のギャラリーの端にシェイクスピアがしゃがみこんでいた。マーリンは戦況を把握することに努めているようだが、シェイクスピアは全く隠れる気配がない。華奢な柵から柄のついた双眼鏡を突き出し、広間の隅から隅まで舐めるように観察している。

 

思わず呆れてため息をつきそうになったとき、ケイローンの腕にさっと鳥肌が立った。

 

直後、今までにない揺れがケイローンの真下、広間の右側手前を襲う。ガラスが砕け散る音に被せて、ガネーシャ神の悲痛な叫び声が耳に飛び込んできた。

 

「まずい……!」

 

ケイローンは身を乗り出し、あらかじめ番えてある矢をヘラクレスに向ける。弦を引き絞り矢を放とうとした瞬間、広間の左側奥に瓦礫の中に倒れたカルナが見えた。

 

「……ッ?」

 

ケイローンは混乱して思わず動きを止めた。頭部から血を流して瓦礫から起き上がろうとするカルナの後方の壁には、ぽっかりと大穴が空き、見えるはずのない芝生が見える。

 

「……マーリンの幻術!!」

 

ギリシャの大賢者は息を呑み、一拍おいて口元を上げて笑った。

 

実際は右側手前に吹き飛ばされたカルナの像を、対角線上の左側奥に幻術で投影したのだろう。弓を引き絞ったまま二階右奥に視線を投げかけると、魔法陣を展開してウインクをする花の魔術師が見えた。

 

ずん、と建物が揺れ、咆哮と共にヘラクレスが広間中央から跳躍する。バーサーカーとは思えない敏捷さをもって、広間左奥の虚像のカルナに向けて突っ込んでいく。

 

「今ッ!!」

 

ヘラクレスの着地と全く同じタイミングで、ケイローンは左側の二階ギャラリーに向けて矢を十数本連射した。

 

轟音を立てて瞬く間にギャラリーが崩れ落ち、大量の瓦礫がヘラクレスに襲い掛かる。瓦礫と粉塵が狂戦士の視界を奪ったのは、ほんの僅かな時間だった。

 

――刹那、業火がヘラクレスの背中を貫いた。

 

背後からバーサーカーを貫通したのは、魔力放出により灼熱を纏った黄金の神槍だった。

 

ヘラクレスは、衝撃波にも似た唸り声を上げながら振り向こうとする。その度に槍を伝う戦士の血は焼き尽くされて、滴り落ちることはない。

 

「詰みだ」

 

腹に響くような低音とともに、カルナが握る槍に沿って猛火が渦を巻く。紅の竜巻は瞬く間に目が眩むような強烈な光と化し、その場全ての視界を白く塗りつぶした。

 

「――■■■■■■!!」

 

最期の咆哮が爆発音で掻き消えて、バーサーカーは膝をついた。胸部に風穴が空いた躰が、ゆっくりと前方に倒れ伏す。

 

ヘラクレスの血のように紅い瞳は、光を失っていた。

 

「……これで一回」

 

そう呟いて、ケイローンは肺の中の空気を全て押し出すように大きく息を吐いた。ギリシャの大英雄ヘラクレスが、一度倒して終わるわけがない。

 

何回蘇るのか、同じ攻撃がいつまで通じるのか。真っ当に戦ったら勝ち目は薄いことは分かっていた。

 

「今夜は、この特異点での貴方を知るための夜にしましょうか、ヘラクレス」

 

ヘラクレスから距離を取っていたカルナが槍を一閃する。

 

大英雄の命が尽きるまで、あと十一回。

 

 

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