終末世界で探し続ける   作:創作修行者

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強者

 かつて魔獣が暴れた痕跡を色濃く残した無人の都市。空は夕暮れで、太陽が隠れ、夜と月が支配しようとする。

 三人の男と少年が向かい合い、傍らに少女が尻もちをついていた。

 

「ひいいいっ! 来るなっ、来るんじゃねぇ!」

「突然なんなんだ、お前は!?」

「ば、化け物!」

 

 三人の男は動けずにいた。規格外の敵からの一撃で強さの次元が違うことを察し、絶望のあまりに身体が震えている。

 彼らの側で、三匹の猿が切り傷をつけて、地に伏している。

 少年の側にいる赤い竜は片足を力強く踏みつけて大地を鳴らす。三人の男は威圧され、小さな悲鳴をあげる。

 

「俺の前から消えろ。今なら五体満足で見逃す」

「りざあぁああ!!」

 

 竜の咆哮に、三人は怯えながらも、それぞれの猿を大事そうに抱えた。

 

「おい、お前ら、ずらかるぞ。こんな化け物を相手にしてられっか!!」

「誰だ。取引が破格な上に女を楽に手に入るって言って実行したやつは!」

「サルキチ、今すぐ安全なところへ行くからな」

 

 一人は焦燥し、一人は悪態をつき、一人は半泣きになりながら、この場を去った。

 

「大丈夫か?」

 

 少年は倒れた少女に手を差し伸べる。

 突然の状況に呆然とした少女は我にかえり、手を握り返し、立ち上がった。

 

「あ、ありがとう。キミ……その、凄いね」

「不快だったから対処しただけだ……そのピカチュウ、瀕死だな。飲ませる薬はあるのか?」

「そうだ、チョコちゃん!」

「ぴぃかぁ……」

 

 チョコと呼ばれた黄色い鼠は、少女に返答しようと、力なく鳴き声をあげる。

 負傷が蓄積し、満身創痍の状態だった。

 

「怪我を治すためにきのみを! ……あぁ、どうしよう。リーダーの分までなくなっちゃう」

「きのみが足りていないのか——オレンの実は一つあるか?」

「えっ。気休め程度のきのみを一個?」

 

 本当に大丈夫なのか、心配げに見つめる。

 少年は腰を下ろし、バッグを置いた。赤い竜に顔を振り返る。

 

「ゼパルトラ。もう夜で暗いから、手元を明るくしてくれ」

「りざあ!」

 

 ゼパルトラと呼ばれた赤い竜は、尻尾の火でバッグの中を照らした。

 バッグの中からハサミと乳鉢、乳棒などを、少年は取り出していく。

 少女は馴染みのない道具を見て、目的が理解できず、

 

「えっと何かな。ハサミは分かるけど、他は……昔、学校で見たような…………もしかして、薬を作るの?」

 

 問いに頷く。

 少女は信じていいのか迷いながらも、怪我で苦しむチョコの様子に見て、青いきのみを渡した。

 少年は青いきのみを潰し、

 

「オレンの実にクスリソウを混ぜ合わせて……瀕死を考慮するとピーピーグサも入れたほうがいいか」

 

 何度もこなしたような慣れた手つきで、物をすり潰して調合していく。

 クスリソウと呼んだ草を入れると、少女は訝しそうな顔をする。

 

「そこら辺に生えてる雑草だよね。役に立つの?」

「クスリソウを雑草? ……ああ、そういうことか。これはきのみと組み合わせることで効用が出るものなんだ」

 

 そうなんだ、と感心したように少女は呟く。

 数分後、作業を止めた。

 少年は液状の薬を嗅いだり舐めたりして、問題がないかを確認する。

 

「できた。お前のピカチュウ……チョコだったかな。彼の負傷部分に塗っていく。横にしてくれないか」

「う、うん……」

 

 傷に響かないように、そっと地面に横たわせる。

 少年は薬を手にし、チョコに声をかける。

 

「染みるかもしれないが我慢してくれ」

「ぴぃ、ぴっかぁ! ぴっかぁ!」

 

 チョコは苦痛で顔を歪み、鳴き声をあげる。

 時間が経つと、傷がみるみると治っていき、楽な表情になる。

 

「怪我が治っていく! 一個のオレンの実が材料だけなのに!」

「瀕死状態で自己回復機能が落ちてるせいか、いいきずぐすりの効き目が薄いな。ゲンキノツボミがあれば良かったんだが……うん?」

 

 チョコは目を閉じて、ピクリと動かなくなった。くうくうと小さな寝息を立て始める。

 

「眠ちゃった……」

「瀕死だからな休息を取らないと、治りが遅くなる。今日明日は無茶をさせない方がいい」

 

 少年は調合に使った道具をバッグの中にしまう。

 

「これからどうするつもりだ」

「村の人に安否の連絡をとって……あれ、つかない?」

 

 少女は電源を何度も押すが、スマホの画面は暗いままだった。

 

「充電が切れたか……確か、太陽光発電だったか? 今の時間は夜だが、ゼパルトラでどうにかなる」

「う、うん。光があれば充電できるけど……充電器、村に置いてきちゃった……えっと、そのお」

 

 期待するような眼差しを向けられ、少年は察して、おもわず目を逸らす。

 

「昔、支給された物は壊れてしまったんだ。すまないが、期待に応えられない」

「ううう。遠出した上に帰れないとか」

「遠出? まさか、村は近くにないのか?」

「そうだよ。ここら辺の地理はスマホ頼りだったから詳しくないんだ」

「……帰り道は分かるのか?」

「……空が明るかったら分かるかも」

 

 一瞬の無音。

 少年は心底呆れたような顔をして、

 

「無計画すぎないか?」

「い、言わないで。私だって、私だって! 理由もなしに知らない場所へ行きたくないよ!」

 

 涙目で叫ぶと、少年は困ったように眉根を寄せる。

 そして、しばらく考え込むように俯いてから顔を上げ……口を開いた。

 

「あー、知らない場所でよく頑張った。怖いだろうによく頑張った。お前は偉い偉い」

「共感してくれるのは嬉しいけど、棒読みで雑だねぇ! 最後の偉い偉いは、もうちょっと感情を込めて言って欲しいよっ!」

「……よしよし、頑張ったな……ぐらいか?」

「うわぁ、すっごく気持ちが籠ってない!? でもなんか安心するから不思議だよ!」

 

 周囲を警戒するゼパルトラが、話が進まないことを心配そうに「りざぁ」と声をかける。

 ゼパルトラに「申し訳ない」と詫び、少年は話を切り替える。

 

「……お前はこれからどうするつもりだ?」

「そうだね…………日の出まで野宿をしようと考えてる」

「俺もいた方がいいか? 助けた相手が無計画に野宿をして死ぬとか、後味が悪すぎる」

「キミぃ! 私が一人だとぉ、野宿で死ぬとでもぉ!?」

「いや、お前の友達が瀕死状態なのに大丈夫なのか?」

「はい、すいません。私が悪かったです。変に見栄を張って、具合の悪いチョコちゃんを忘れてた私が悪かったです」

 

 眠るチョコをちらちらと見る少女。

 

「野宿の場所を探すか。ゼパルトラ、俺は暗くて判断できないが、郊外で作れそうな基地を確認してくれないか?」

 

 ゼパルトラは頷き、夜空を飛ぶ。

 その様子を見て、少女は感嘆している。

 

「空を飛んだ……リーダーの相棒と違って、本当に空を飛んだっ!」

「何を感動しているんだ、お前は……戻ってきたか」

 

 ゼパルトラは地上に降り立ち、首を横に振る。

 

「そうか。本当に外で野宿をするしかないか。幸いか、ここは人が住んでいた都市だから、休める場所はあるだろう……うん? ゼパルトラ、浮かない顔をしてどうした?」

 

 ゼパルトラは身振り手振りで伝える。

 少女は意味が分からず首を傾げて、

 

「ねえ、この子は何を伝えようとしているの?」

「このサインは……ここ一帯にモンスターの気配がしない?」

 

 ゼパルトラは警戒した表情で頷く。

 少女はそんな様子に気づかず、

 

「そうなんだ。襲われることがなくて、運がいいや!」

「……言葉通りに受け取るなら、そうだな」

「なら家具屋を探しに行こうよ。もしかしたらベッドがあるかもしれないし。家具屋を探そうよー、家具屋をー」

「はあ……分かったから」

「高そうなベッドで眠れるかも。それに、誰も手をつけてない美味しいものが残ってるかも。ひひひひひひひひ」

 

 欲望に浸り、不気味な笑いをしている。

 少年は思った。仮にあったとしても、高そうなベッドは灰まみれで、美味しいものは消費期限が切れているのではと。

 だが、妄想で楽しんでいる少女の夢を壊すのはよくない。口にせずに、そっとしておいた。

 家具が置いてある店を探しに歩いていると、

 

「あー!? そういえば名前を聞いてなかったね。私はセンカだよ。キミは?」

「俺は……サトシだ」

「頭が良さそうなキミにはぴったりな名前だね」

 

 サトシは困惑した表情を浮かべる。

 

「頭が良さそうなのか?」

「うん。『さとし』と呼ぶ漢字が頭が良さそうなのばっかりだから」

 

 サトシは遠い目をしながら「意外だ」と呟く。

 

「猪突猛進な熱血主人公が由来だと、名前をつけた俺の師匠から聞いたから、今の頭が良さそうという評価に驚いた」

「師匠? 親じゃなくて?」

「……親みたいなものだ」

 

 サトシの横顔が曇る。

 気まずい雰囲気を察して、話をそらすように別の話題を出す。

 

「そうだ! 何か手伝えることはない? 助けてもらったから、何かしてあげたい!」

「別に礼はいらな——」

「遠慮しなくていいから、ね!」

 

 グイグイと詰め寄ると、サトシはたじろぎながら口を開く。

 

「う……待ってくれ、考えるから」

 

 頼み事と呟き、何かを思い出したかのように尋ねる。

 

「そうだな……まず、お前は何ができる?」

「へっ? 何ができるってなんのこと?」

「相手がどんなスキルを持ってるか、知っておかないと、仕事の頼み事ができないからな」

「仕事って堅苦しいよね!? 私たちは友だちだから気楽にしようよっ! ゼパルトラくんもそう思うよね!」

「りざあっ!?」

 

 えっ自分に聞くのとばかりに、ゼパルトラは声を漏らした。

 

「と、友だち? お前と会ってから、それほど時間が経っていないんだが?」

「私が思ったから、キミは友だち! そう、友だちだよ!」

 

 良いね、と指先を押し付ける。

 一方のゼパルトラは戸惑いつつも、嬉しそうな表情で、サトシを見つめている。

 

「……友だちってそんなものなのか?」

「そーゆうものだよ。一緒に笑い合ったり、悲しんだり、殴り合ったりするのが友だちだよ」

「今、おかしなものが混ざっていたような」

「私とチョコちゃんは貴重な甘味をかけて、日々殴り合ってるよ」

「そ、そうか。友だちは奥が深いんだな」

「りざっああ! りざっああ!」

 

 その手があったかとばかりに、グーの形をつくるゼパルトラ。

 そんな相棒の姿を見て、サトシはどこか危機感を覚える。

 大きなため息を吐き出して、

 

「ホワイトと名乗る女の子を知らないか?」

「変わった名前だね。日本人なの?」

「…………日本人だ」

「知らないや。村に帰ったら、ネットで探してみるよ」

「そうか、頼む…………話は変わるが、チョコちゃんだったか重くないか?」

「う、確かに重いかも」

「ゼパルトラ、頼めるか?」

「りざああ!」

 

 ゼパルトラは両腕でチョコを受け取ると、造作なく持ち上げる。

 

「おお。チョコちゃんを軽々と持ち上げるとは——ゼパルトラくん、力持ちだ!」

「りっざあ!」

 

 ゼパルトラは褒められて、満更でもない様子だった。サトシも微笑ましく、笑顔になった。

 ——どしんと重厚な足音が鳴った。人が立てるものでなく、巨大な何かが着地したような響きだった。

 サトシとゼパルトラは表情が抜け落ちる。

 

「ゼパルトラ、火を隠せ」

「何なの、この足音?」

「肌がざわつく感覚……オヤブンか」

「お、オヤブン!? そんな大物がいるの、ここ!?」

 

 地響きを伴う足音が近づいてるのか、より大きく揺れる。

 

「さっき私たちがいた場所から聞こえてない?」

「異変に気づいて、現場を確認しにきたか」

 

 建物の影から伺い、地響きの正体を確認しようとする。

 

「暗くて顔が分からないか」

 

 足音の主は、月明かりが雲に覆われ、夜の帷で隠されていた。

 

「キミだったら倒せるんじゃないの?」

「訓練の一環ならともかく、瀕死の仲間がいるんだ。極力戦わなくて済むなら、その方がいい。それにオヤブンのタフさは面倒だ」

「あれ? 顔が見えるよ」

 

 雲が過ぎ去り、夜の月明かりが巨大な影を照らす。

 いくつもの棘が生える背中。青い菱形模様。全長3メートルを超える、緑色の巨体。

 

「なに、あの怪獣。すごく強そうなんだけど」

「バンギラス……」

 

 息を殺した。

 一度目視すれば、ジリジリとくる緊張感。

 足音が一つ、また一つ。

 そして、三十の足音を超えた辺りで、

 

「……通り過ぎたか」

「ここ、あんな怪獣が住んでたんだ」

「……都市から離れて、森で野宿をすべきか?」

「えっ、ここから離れるの?」

「あいつはゼパルトラでも手に余る」

「私が見た中でダントツで最強な怪物使いのキミでもヤバいの、あの怪獣?」

 

 サトシは深刻な表情で、

 

「妙だと思っていた。都市一帯にモンスターが現れないのは——っ!」

 

 カタカタと奇妙な音。

 

「えっ、なにこれ?」

 

 無数の砂が浮かび、嵐のように回り始める。

 センカは冷や汗をかく。何かが起きようとしているのを肌で感じとる。

 

「逃げるぞ。砂嵐の中で寝たくないだろ」

「ああああ、私の高級ベッドの野望が!? んん、後ろから変な音が?」

「伏せるんだ! ゼパルトラは上昇しろ!」

 

 驚きの一瞬。

 胴体があった場所に何かが通り過ぎる。

 赤い熱線が全てを薙ぎ払っていた。数多の廃墟が四方の柱を欠けて、無残に崩れていく。

 

「なんなの、今のやつ!? 死ね死ね光線か!! 絶対に殺すという殺意を感じたんだけど!?」

「無駄口を叩く暇はないぞ。全力で走れ」

「ちょ、キミ、足が早すぎなんだけど!? 待ってよぉぉぉおおお!!」

 

 視覚の障害たる廃墟を吹き飛ばした怪物は、先程まで隠れていた敵を捕捉する。

 熱線の反動が消えた瞬間、無数の岩を放つ。

 

「早業でぼうふうだ!」

 

 ゼパルトラは急転回し、両翼を振りかざす。

 一瞬にして強烈な風が形成され、岩の軌道をずらす。

 飛来先の廃墟を粉々にする。

 

「なになに! あの大怪獣は岩を投げてるのっ!?」

 

 センカは振り返る余裕すらなく、状況を理解できず、足を動かし続けている。

 サトシは横目でちらりと確認し、

 

「おにびを打て」

「りざああ!」

 

 吹き荒れる砂嵐の中、人魂の如き紫の炎が吸い込まれていく。

 砂嵐にいた怪物は苦々しげに叫び声をあげる。

 

 

 

 

 月光すら見えぬ森の中。

 

「に、逃げ切れた……」

 

 センカはぜーはーぜーはーと息を切らす。

 隣の人物を見ると、余裕に満ちている。

 

「私がこんな有り様なのに、キミはなんで息が切れてないの?」

「……鍛え方が違う」

「『鍛え方が違う』、ひゅーカッコいいね……じゃないよ! 同じ現代っ子なのに、キミは綺麗なフォームで走ってんの? 元有名マラソンランナーだったりする!?」

「運が良かった。治療の最中にアイツが襲ってきたら、お前たちを見捨てていたかもしれない」

「いやぁぁ! 私たちを見捨てないでえぇ! オヤブン(あんなの)見た後だと生き残れる気がしない!! うちのチョコちゃんが死ぬのはいやだぁぁああ!!!」

 

 涙目で縋りつく。

 

「安心しろ。乗りかかった船だから見捨てるつもりはない」

 

 良かったと、へなへなと崩れ落ちる。

 

「ここら辺で休むか」

「さ、賛成。もう、歩けない……」

 

 バッグの中からテント用具を取り出す。かなり使い込まれているように、センカには見えた。

 テントの中に入り、どさっと倒れた。

 

「お家、帰りたい」

 

 一言を呟いて、寝息を立て始めた。

 サトシは起こさないよう、そっと毛布をかける。

 

「師匠と違って、手間のかかる子だなあ」

 

 横顔を見て、小さく笑った。

 

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