ある意味救済・・・?
『だれか…いるの?お願い…私を…』
南雲ハジメが彼女と会ったのは運命という他ない。
実戦訓練のために『オルクス大迷宮』にて行われた遠征。
これにてハジメ達クラスメイトとメルド率いる騎士団は順調に階層を進めていた。
一部の者達は団長の言葉を護るように気を張り詰めすぎず、かといって気を緩めすぎない程度に進めてきていた。
だがそうではない者たちによって迷宮内の罠を作動させてしまう。
そこからは65階層まで足を進めた最強の冒険者でも歯が立たなかったとされる魔獣“ベヒモス”が全員の転移と共に召喚されたのである。
それにより錯乱状態に陥ってしまった生徒達は団長の言われた通り反対側へ逃げ出すのであるが、“トラウムソルジャー”と呼ばれる骸骨の集団が行く手を阻んだ。
それらの苦難を南雲ハジメと【勇者】の天職を持つ男 天之河 光輝の機転と力により何とか難を逃れた。
逃れたはずだったのだ…
(何だ…!?僕に向かって撃ってきた…!?)
一斉に詠唱された魔法攻撃がベヒモスへと降り注ぐ中で、立った一つ。
火球がハジメの元で爆発を起こしたのである。
ベヒモスを足止めするために用いた【錬成】の技能。それですでに持ちうる魔力の大半を損失していたハジメは踏ん張ることができず、崩れた地面共々そのまま大迷宮奥深くへ落ちてしまったのである。
そうして気づけば大迷宮の奥深く。
奇跡的に流れる地下水脈に落下の衝撃を吸われたことで命を取り留めたハジメであったが、そこからが彼が変わるきっかけになった場面である。
落下のダメージで軋む身体に鞭を打って歩き始めるハジメが最初に見た光景は、地下資源たる鉱物『緑光石』が輝いて幻想的な洞窟。
そして次に見たものは下半身が異常に発達したうさぎのような魔物である。
「うわぁあ!?」
まるで砲弾と錯覚してしまうほどに、発達した脚部から繰り出される蹴りは速さと威力を兼ね備えていた。
そのまま蹴り殺されるかと思いきや、さらに凶悪な熊の魔物が現れてソレを食い殺し、そのまま ハジメの左腕を切り裂いて食らう。
ベヒモスなど比ではない威圧感と痛みによる恐怖の感情。
左腕を食われるという非現実な光景を目の当たりにして彼がとった行動は「逃げ」の一手。
【錬成】の技能で洞窟の壁に穴をこさえることができたハジメでなければそのまま食われて死んでいただろう。
だが、彼は生き延びた。
回復効果のある『神水』と『神結晶』を発見したことで、彼の
が生まれたのだ。
死にたくないというハジメの根底に存在する生への執着。
「約束」を果たすためにも、気を許した少女と共に元の世界に帰ると決めた決意。
それを邪魔する者はなんであっても殺すという覚悟。
それらすべてが彼を再起させた原動力となった。
極限までの空腹。無いはずの腕の痛みが今を生きていると実感させる。
獣にはなく、人にはある知識を武器に、ハジメは徹底して狩りを行った。
獲物を喰らい、神水で胃袋へと押し流す。
バキンッ
「あ?…なんだ…身体が!?」
手が届く距離に神水が湧く場所があったことが功を奏した。
文字通り身体が砕ける感覚と、腕を失ったときとは比べ物にならない激痛。
全身が砕け散る感覚と神水の力によって強制的に修復されるの繰り返し。
破壊と再生が収まったころには、彼は文字通り人外の強さを手に宿していたのである。
「うっ…うぅ…」
「いきなりどうした?」
「ハジメかわいそう…」
そんな彼、南雲ハジメはまだオルクス大迷宮を探索していた。
ここまでくる流れで封じられていた少女を解放してドデカいサソリの魔物と戦い抜き、新たな武装を構築した後に身体を合わせる仲にまで発展している。
彼女こそハジメの伴侶となる正妻、名をユエという(ハジメ命名)。
先程までハジメの経歴を聞いて涙を流していた彼女であるが、ユエ自身も身内に裏切られて三百年もの長い年月を封印されて過ごすという壮絶な人生を辿っている吸血鬼なのだ。
魔物を喰らったことで全体的なステータス上昇と技能を得る能力を持ったハジメであるが、魔力操作では彼女に全く歯が立たない。
“魔力操作”と“自動再生”の固有魔法に目覚めた影響で少女のまま成長が止まってしまっているのだが、そこがハジメの性癖にドストレートでぶっ刺さり、伝えてはいないが一途の恋心を抱かせるほどに愛くるしい存在なのだ。
なお気持ちを伝える前にユエがハジメを美味しく頂いているため、すでに相思相愛の関係なのは言うまでもない。
「まぁ正直生きてるのが自分でも不思議なくらいだ」
「すごく…がんばってすごい」
ハジメにとって、ここまで自分のことを思ってくれている女性に会うのは
ここまで生き抜く過程において、微かに覚えていることもある。
それが混濁する意識の中で、絶対に生き延びてやるという執着と決意を抱くまでに至った過程が……。
「あ゛…」
「?…どうしたの?」
「あー……なんて言ったもんか…(白崎のことをどう伝えるか…)」
改めて記憶を掘り返して振り返ったことで、ハジメは思い出した。思い出せたというべきか。
オルクス大迷宮へ足を踏み入れる前に彼女に伝え、そして言われた言葉を。
『僕も頑張って強くなるから』
『…うん、わかった。…私が守る!』
今の今まで忘れていた。
すでに身体を合わせてしまった以上、どうあがいても彼女に対する裏切りになるであろう。
「ま、まぁ…そんなことより、生きる
「帰る?」
だがそのことをユエに伝えるべきなのか、正直悩んだ。
当然だ。
彼女はハジメと出会った期間は短いとはいえども、生死を分ける環境下で共に戦って生き延びた仲。すでに他人の関係ではなくなっているし、ハジメだって彼女に惹かれている。
故に選んだ答えは
未来の自分に罪をなすりつける通称『なんとかなるさ戦法』である。
「そりゃあ帰るさ。色々と変わっちまったけど…俺が生まれて育ってきたのは故郷なんだ…」
「……そう…。私にはもう…帰る場所がない…」
やべ。地雷踏んだ。
ハジメはそんな気持ちを一切見せずに、現状を打破する回答を見事当ててみせたのだ。
「なんならユエも来るか?」
「え…?」
「俺のふるさとにだよ。ユエには色々と窮屈な世界かもしれないけど、ユエがいいなら一緒に地球に来ないか?」
彼女からしたら異世界からやってきた
だがハジメが掲示した案は違う。
地球はこの
三百年ものの封印で顔見知りなど一切存在せず、裏切られた関係上帰る家も失っているユエからすればその提案がどれほど救われるものであったのかは彼女自身にしかわからない。
問題は辰巳がユエを地球へ送ってくれるのかという問題であるが、今のハジメは辰巳に頼りきらず最悪ハジメ自身で帰る手段を確立できるように旅をする考えがあったのがよかったのだろう。
「んっ!」
ハジメに応えるように見せた笑顔は本心から見せてくれたものであることは確かである。そう理解できるほどに彼女の笑顔が美しかったとハジメは後に語る。
「でもハジメが考えてたこと…あとで教えてほしい…」
「?考えてたこと…?」
「…たぶん、私とは違う女性」
「!???」
そして女が持つ特有の察知能力は恐ろしいものだと理解させられたのもこの時からであったと、過去を思い返してハジメは頭を抱えながら呟いたことは関係者が苦笑するのに十分な威力を有していたという。
◇
ハジメがユエと出会い、封印を解いた際に出現したサソリモドキとの死闘を繰り広げていた日。
光輝が率いる勇者一行は『オルクス大迷宮』へ再び挑んでいた。
ただしクラスメイト全員がやってきていたわけではない。
迷宮へ訪れているのは光輝達勇者パーティーと小悪党組。そして遠征前に
全員が来なかった理由は単純明快。ハジメが大迷宮遠征時にベヒモスと共に奈落へと落ちてしまい、死亡扱いを受けているからである。
実際に死体を確認したわけではないが、彼ら生徒とてどこまで続いているのかわからない空洞へと落ちたら生きて帰ってこれる確率がどれほど低いのか理解していた。
故に一人を除いた全員は彼が死んだものとして扱われても仕方がないと考えていたのである。
今まで戦いというものを本当の意味を把握し始めていたとは言えども、理解できていなかった生徒達に“戦いの果ての死”はかなり響いた。
一部の生徒を除いて戦うどころか武器を手にすることにすらトラウマを覚えてしまった生徒もいたのだ。つまりまともな戦闘ができなくなってしまったのだ。
そんな姿を見て当然いい顔をしなかったのは聖教教会関係者である。
毎日のようにやんわりとさっさと復帰して戦えと言ってくる連中に、愛子先生が猛烈に抗議をおこなった。
“作農師”という超特殊兼レアな天職を持った彼女は農地開拓に力を入れてほしいという協会側の考えにより当時遠征には参加していなかった。
そんななかで行われた遠征の結果、ハジメの死が通達されてしまい、彼女はショックのあまりに寝込んでしまったというほどだ。
元々責任感の強い愛子であったが、寝込みから復活した際にその責任感を武器に立ち上がったのだ。
戦いに対して前向きな生徒はともかく、万部に言われた時の様に戦えない生徒達を無理やり戦場に送り出すことなど持っての他であった。
この抗議を蔑ろにしたことで農地開拓が止まってしまうことになれば、教会にとっても大きな痛手。しぶしぶではあるが彼女の抗議を受け入れて、戦う意志のある者だけが戦闘訓練に参加するようになったのである。
なお、ハジメの死を認めていないのは事前にハジメを守ることを約束していた白崎香織である。
冷静に考えてハジメの死は確定事項と言っていい。
高さと周囲にいるであろう魔物の存在を考えれば、ハジメの生存は絶望的なのだ。
そんな中でも逃避でも否定でもなく、香織は自分の目で見たものが答えだといわんばかりに足を進める。
自分の納得のために前へと進める彼女は強い。精神的な強さという部分では今迷宮にいるクラスメイト達の中で最も強い。
「香織…無理しないでね?」
「大丈夫だよ雫ちゃん。ちゃんと頼らせてもらうから」
香織の瞳には強い光が宿っている。
雫は昔から鍛えられた洞察力により人の機敏を感じ取ることに敏感である。そのため香織が本心で大丈夫なのだと言っているのが理解できたのである。
今香織を含んだ勇者パーティーは順調に進んでいる。
構成はこんな面々。
天之河 光輝 天職:勇者
坂上 龍太郎 天職:拳士
八重樫 雫 天職:剣士
白崎 香織 天職:治癒師
中村 恵里 天職:降霊術師
谷口 鈴 天職:結界師
攻防のバランスが取れた良いパーティーと言えるだろう。
天之河と坂上を除いた面々は辰巳が伝えた内容を理解している。
男二人以外は辰巳の言った意味を理解してそれでも進むと決めた面々だ。覚悟が違う。
最もその中で一人だけ、その瞳の奥底で黒々しい欲望を孕んでいたのであるがここでは語れるものではない。
小悪党組は省くが重吾率いるパーティーも各々が真剣に武器を手に取って戦いに集中していた、
永山 重吾 天職:重格闘家
遠藤 浩介 天職:暗殺者
野村 健太郎 天職:土術師
辻 綾子 天職:治癒師
吉野 真央 天職:付与術師
彼らも勇者パーティーほどではないが、命の重さを理解した上で戦う意志を固めた戦士達。
覚悟に比例して相応の成長の片鱗をすでに見せてきている。
暗殺者の遠藤などはその典型的な例であり、魔物の探知能力ですら認識できないほどの影の薄さを武器に首を斬り捌きながら魔物を討伐していた。
光輝ほど才はなくとも、堅実に進んでいく彼らが一番生き残る確率が高いのかもしれない。
ハジメを気にかけていた団長メルドも一層奮起している者の一人だ。
責任を感じて再度挑むことを決意した彼らを今度こそは失敗しないという強い覚悟をもって序盤の階層でも気を巡らせ続けている。
その甲斐があってなのか、一行は歴代最高到達地点である六十五層へとたどり着いた。
変哲もない直線。そのまま進めば見えてきたのは大きな広間だ。
通常ではなかった階層に嫌な予感がする一同であったが、その予感は間違っていなかった。
広間へ侵入すると同時に部屋の中央に浮かび上がるは魔法陣。
それも赤黒く脈動する魔法陣はとても見覚えのあるものだったからだ。
「まさか…アイツなのか!?」
「おいおい…アイツは死んだんじゃなかったのかよ!?」
「迷宮に存在する魔物の発生原因は明らかにされていない…。一度倒した魔物と何度も遭遇することなんて普通にある。気を引き締めろ!退路の確保を忘れるな!!」
険しい表情をしながらも冷静に状況を把握して退路の確保を優先するメルド団長。部下がそれに即座に従うことで命令が即座に完遂されるのは優秀な証拠だ。
「俺達はもうあの時の俺達ではありません!何倍も強くなれたんだ!もう負けはしない…必ず買ってみせます!」
「へっ、その通りだぜ。いつまで負けっぱなしは性に合わねぇ。…リベンジマッチといこうか!!」
光輝の叫びに龍太郎が応じる。
他の生徒達も出現に最初は面食らった反応を受けたものの、ここで止まっていては進めない事実を理解している。
故に全員が武器をしっかりと握りなおし、眼前の脅威を睨みつけた。
「行くわよ。香織」
「うん、気をつけてね雫ちゃん。…もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼の元へ行く」
確かな意志と覚悟のもと、香織は魔獣を睨み返す。
それに不服であるかのように、ベヒモスが叫ぶ。迷宮すべてに響き渡るのではないかと思わざるを得ない豪咆をあげ、過去を乗り越える戦いが始まったのであった。