セレナの軽めの過去です
私がこの世界『トータス』に生を受けて十と数年が経つ。
魔人族全体での平均寿命からしてみれば大した長さでもないこれまでの人生の中で、私は今救われていると断言してもいいだろう。
かつては忌避していた感情もこの短時間の中で大きく改善に向かっているのがわかる。
それほどまでに私が出会い、忠誠を誓った主の存在はとても大きな存在であった。
人間族、亜人族、魔人族と大きな枠組みに入れられてはいるものの、どの種族間内でもそれぞれの階級差や貧困差というものは存在している。
奴隷や愛玩具として用いられるためにその身を狙われる亜人族はその危機感からも民族内の繋がりが比較的強い傾向にあるだろうが、魔人族と人間族は違った。
数が増えれば争いや差別が増えてくる。例え他種族との抗争中であったとしても、利権がある方に民衆がついていくのは世の常だ。
そうなれば上下の差も時が経つにつれて現れてくるものであり、私たちの家族も例外なくその波に呑まれていた。
それが不幸であったとは私は思っていない。
貧しかったとはいっても両親は愛情をもって私たち家族に接してくれていたし、何よりも常日頃から笑顔で語り掛けてくれた。
貧しければ貧しいなりに食べていく方法は見つけられた。
食べるものが無かったときは身を寄せ合いながら凌いでいくこともできた。
それが根本的に破綻したのは愛してくれた両親・家族を失ったときだろう。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
今となっては人間族も把握しているが、魔人族は魔物を使役して人間族との抗争に挑むようになった。
人の身では有することが困難な膂力、生命力は強力な武器になる。
そんな魔物をより強力に、そして従順に改良出来ないかとあれこれ研究を繰り返していた実験体が魔国ガーランドのどこかで管理されているのだという話は数回聞いたことはあったのだ。
でもそんなものは私たちの家庭に関係することでもなく、父もそこまで重要な話ではないと呟きながら来る戦いに備えて素振りをしていた。
女である私は率先して戦場に出されることは少ないだろうとの考えの元で母の家事を手伝いながら、裁縫や食材の知識を教えられていたのである。
その凶刃が降りかかってくるのは突然であった。
私たちの家族と近場に同じように暮らしていた魔人族は暴走した魔物に食い荒らされた。
原因は研究していた実験体の魔物が脱走し、私たちの集落を襲った。ただそれだけの話。
偶然なのか、森の幸を取りに森へ赴いていた私だけが助かった。
帰ってきたら家もなく燃え広がる火の海と、原因であろう魔物を丁度仕留めにかかっていた魔国軍の姿だけ。
事後処理に追われていたのか、私に気づくことはなかった。
私はあまりのショックに現実を受け入れることができず、只々彼らとその惨状を眺めていることしかできなかった。
私はその日、すべてを失った。
家族も、友達も、生きる目的も。
廃墟と化した自宅を眺めて数日。空腹に気づけたのはその昼頃だった。
なぜ生きているのだろう。なぜ私だけが生き延びたのだろう。
そう自問自答しながらも自ら命を捨てるようなことはできなかった。
そうしてしまったら…私の大好きな家族が、完全に死んでしまう。そう思ったから…。
戦争孤児は悲惨だ。
栄養面でも経済面でも技術面でも己一人で如何にかできるモノではない。
子供同士で徒党を組んで悪事を働きながら食い繋ぐ者たちもいる中で、私は別の道を選ぶことに感謝した。
末端の一兵卒ではあったが父も魔力を微量ながら扱えた。
その子である私も一人になる前に多少の手ほどきを受けていたのだ。
と言ってもあくまで護身用の力。
それを生き残るための手段に用いることは若干の罪悪感があったものの、そのおかげで培うことができた短剣術と『感考能力』こそが私の生きる術になった。
満足に身体も洗えなかったあの環境下を川を見つけては、可能な限り身だしなみを整えて上の者に媚びながら食い繋ぐ。
そうして人に取り入って知識と食料と金銭を得ていた私は、日々
そういった者達の情報を売り、汚れ仕事を請け負って金を手にする環境が嫌いではなかった。
否。そう思い込まないと笑いながら暮らしている同胞たちに憎悪を向けてしまいそうになったからだ。
裏仕事をしている者が表で幸せに暮らせることなどありえない。
そう教育されたわけではないが、察していた。
今の環境下でどんなに裕福になったとしても、裏方で生き延びてきた私のような存在に手を差し伸ばすような物好きは存在しない。
ただ一人で生き、独りで死ぬ。
それが決定づけられたのだと、そう思いながらも生き続けた。
任務を終えて多くもない金銭を受け取れば家族の墓へ花を手向ける。
いつかは私もそちらに向かうと。その時が来るまでは、無様でも生き続けると語り掛けては任務へ足を運ぶ…そんな人生。
そんな第二の人生が崩壊の音を告げ、第三の人生へと進めることができるなどとは当時の私は思うまい…。
『俺と共に色々行動してみないか?』
始めは何を言っているんだこいつ?と思った。
人間族なのに、魔人族の私を見ても物怖じしない。それどころか嫌悪の感情も一切ない。
道具を用いているのか魔法を行使することができずに相手の思考感情を読み取ることはできなかったものの、表情や動作からはそういったものは感じ取れなかった。
『アンタ、人間なのに一緒に旅する相手がいないってわけ?』
『やめてくれ。その言葉は俺に効く…やめてくれ』
立場では圧倒的に優位で上のはずの男が私の言葉で傷ついた表情を見るのは面白いものがあったが、その内心にはちょっとした仲間意識が芽生えた。
自分で言ってて悲しいものだが、家族もいない仲間もいない私は口だけかもしれなくとも、同類を見つけたような感覚になったのだ。
鍛えあげると言われた時は意味が解らなかったが、彼が…
圧倒的な存在感と私如きに下さった慈悲を身に染みて感じている。
自分など捨ておいてもおかしくないほどの差が存在しているというのにも関わらず、互いにメリットを提示ながらの交渉という対等な姿勢で接してくださった。
それがこの世界でどれだけ衝撃的なことなのかは主様はおそらく考えもしていないのだろう。
だがそれでもかまわないのだ。
食事も恵んでくださり、主様自ら鍛えてくださり、それどころか主様の旅に同行してほしいと言ってくださった。それが全てだ。
私が何をおっしゃろうとも、主様はついてこいと言ってくださるのだ。
誰も手を差し伸ばしてくれなかった魔人族の者達とは比べることも烏滸がましいその器量の広さと優しさに、私は応えていけるように人生全てを捧げると誓ったのです。
「だから主様…これからも私めをどうかお傍に…」
私はこれからも主様の期待に応えられるように努めていく。
この気持ちを阻む者は、例え神であっても容赦はしません――――。
◇
セレナとの出会いから辰巳が過ごす時間は新しい刺激からより充実してきている。
綺麗な女性ということで花があるというものもあるが、やはり話し相手ができたことが一番大きいものだ。
100年ほど荒廃している大地で孤独に過ごしたこともあるが、あれは流石に気が狂いそうになった。
そのおかげか研究に没頭していたことで色々と魔術への解釈が広がったのだが、何度も経験したいものではない。
彼女の存在はやはり心の安定としては大切なものだった。
今も
まぁ始めは胃が受け付けなかったのかわからないが体調を崩していたが今ではこの時間を楽しんでいるようにも思える。
やはり食事は幸せの基本。おろそかにしてはいけないんやなって…。
そんな魔人族の彼女 セレナは辰巳と出会いてからしばらくの間訓練を続けていた。山岳という環境下で実行し始めたブートキャンプにより、短時間ながら戦闘力の向上が進んできている。
彼女のやる気と根気も大きく関係しているが、それ以外では彼女がこれまで置かれてきた環境が大きくかかわっていたのだろう。
聖騎士や七つの大罪たちに手ほどきを受けた武術も含めて平行して教えているが、スポンジが水を吸う様にどんどん覚えていくのは面白くなってくる反面、自分自身の物覚えが悪く
成長が目に見えてわかるステータスプレートが手元にないためこの世界の数値は分からないが、辰巳の手元には同じように戦闘力――闘級を測れる『バロールの魔眼』があるため逐次確認すればある程度の成長は解るというもの。
叩けば伸び、語れば理解する彼女の貪欲さと柔軟さが面白くなってきて色々と魔改造を施している最中であった。
辰巳と出会ってから短い期間ではあるが、十分成長している証だろう。
魔力の纏わせ方も大分早くなってきているし、常に練り上げ方と大気中からの
「うん。いい感じに魔力を扱えるようになったな」
「これも主様の教えのおかげでございますわ」
「ここまでの見込みが早いとすぐに追い抜かれてしまうかもな」
辰巳はセレナに犬の尻尾がブンブンと動いている姿を幻視した。
まるで褒めて褒めてと言わんばかりの空目の尻尾に誘われ、辰巳はセレナの頭を撫でることにした。
「~~~~ッッ!!」
(おぉ…ほんとに見えてるんじゃないのかこれ…?)
「あ、そうだ」
「…?主様?」
「大分セレナも成長したし、この前買ってきたステータスプレートを折角だから使ってみようか」
愛くるしくなったセレナを撫でまわしながら丁度いい機会だからと辰巳はポケットからステータスプレートを取り出した。
バロールの魔眼で見てもいいのだが、これの有る無しでトータスの過ごしやすさが変わってくる。
魔人族だから人間領土内では使えないのではないか?と疑問の声が上がるかもしれないがそこは認識阻害をかけておけば大した問題はない。
身分証明として使えるだけではなく、一滴の血液を垂らすだけで己のある程度の実力を確認できるとあっては使っても損は一切ないのである。
一応であるが特訓前の『バロールの魔眼』による闘級は155。
ステータスプレートの数値に直すとするなら
筋力:8
体力:30
耐性:50
俊敏:17
魔力:30
魔耐:20
こういった数値になるだろうか。
前も書いたかもしれないが『バロールの魔眼』は3つの範囲で闘級を確認する。
それを彼女の特異不得意を割り出してこのぐらいかな?といった数値だ。
そこから新たに確認できるようになったセレナの能力値はこんなものである。
セレナ
Lv:10
天職:従者
年齢:17歳
筋力:60
体力:120
耐性:150
敏捷:80
魔力:200
魔耐:145
「…こ、これが今の私のステータス…」
『バロールの魔眼』による闘級が155だった。
それが今は合計数値755。
どう見ても相当な数値が成長を遂げており、特に魔力の伸びが素晴らしいものがある。
規則正しい食事と睡眠と休息をしっかりとれるようになったからなのか、心なしかセレナのお肌事情も改善してより綺麗になってきている気がする。
ちなみに主な比較ではあるが“神の使途”として呼ばれ、天職に勇者を持つ天之河が始めに測った数値がオール100であり合計は600。総合計値で言えば彼に勝ってしまっている。
辰巳は知らないが初期値オール10だったハジメが様々な訓練を下にも関わらずほとんど伸びていなかったことを考えると明らかに異常数値であった。
「すごい…すごいですわ主様!」
「いやほんとすごいと思う。魔力の伸びとかすごく良いし、何よりまだ修行初めて短期間でこれほどまで伸びるとは今後も楽しみだな」
「はい!主様のご期待に添えれるよう、精進いたします!」
予想を上回る伸びの良さに、そして少なくとも下位の魔人族を超えた数値になっている事実にセレナはものすごく喜んだ。
主を信じて取り組んだ結果が目に見えてわかればその喜びも相当であるというもの。
あまりの喜びに自然と辰巳も笑みを浮かべ、今後の魔改造計画を脳内で巡らせるのであった。
なお彼らはまだ気づいていない。
この修行中は全て辰巳がその辺の
前回南雲ハジメが奈落へ落ちた際に魔物を喰らったことでどのようなことが起きたのか…それは諸君らは知っているだろう。
彼が日々狩って調理したのはその辺の獣ではない。魔物だ。
そう、強さの度合いは異なるとは言えども…魔物であるのだ。
魔物の肉には人が取り込めない毒素を有している。それは人間族だけでなく、亜人族や魔人族であっても同じと言える。
始め辺りでセレナが食事後に体調を崩していたのはこれが起因していることに気づくことはなかった。
ハジメは回復効果のある『神水』と『神結晶』により無理矢理体内に取り込んだことで爆発的な成長を手にした。
セレナも辰巳の解体過程において毒素が多少なりとも抜かれた状態を接種していたのだ。
これから彼女が伸ばしていくであろう成長グラフは、食事をとり続けた時間に比例して爆発的に伸びていく。
今後辰巳達が魔物肉の重要性と異常性に気づくことと、『オルクス大迷宮』の魔物数が定期的に激減する期間が生まれて大迷宮の不可思議現象として語られるようになるのは無関係ではないだろう。