お尻救済
魔力特性を勘違いしていたので修正。
『セイッ!!ハッ!!』
それぞれの得物を手に気合の入った掛け声が、この広大な山脈に響き渡る。
7名の冒険者で構築された一行は、定められた目標へと到達するために心を研ぎ澄ませながら己の実力を高めていた。
大剣、杖、槍…握る物は違えど振るう動作はしっかりと行われている。
まだトレーニングメニューの中では3番目と言ったところであり、前衛職だけでなく後衛職も全員実施していた。
「いいぞ。あと素振り50回!」
『 はいっ! 』
気合の入ったいい掛け声が響く中、全員がなんの不満も持たずに取り組んでいるのは各自のステータスがすでに上昇の方向へ進んでいることが要因だろう。
今が何日目なのかは数え忘れてしまっていたのでわからないが、まだまだ伸びしろがあることが目に見えてわかる今の状況は冒険者達にとって楽しい状況というわけだ。
「よし、全員一旦休憩。休憩後は食事に入りますよ」
『うぉっしゃぁああ!!』
「…相変わらず暑苦しい……」
「ははは…でも気持ちはわかります。普段携帯食とかですから、しっかりした食事はやはり楽しみになっちゃいますよ」
「…そういうウィル様はしっかりとメニューをこなさなければ食事はできませんよ?」
「うっ…」
勝鬨を挙げるが如く喜びを表す彼らを見ながらセレナと伯爵家三男のウィルは話していたのだが、まだウィルがやるべきトレーニングが終わっていないのを現実逃避するためだったようだ。
だがセレナがちらりと内容を見るに、あともうひと踏ん張りと言ったところなので食事の準備を行う間に完了するだろう。
なおセレナは一番先に終わらせて独自に修行を行っていた。
認識阻害をかけて魔人族であるということはバレていないが、それを加味してもセレナが他の人間族と会話をするようになるぐらいには心を許しているという所か。
やはりコミュニケーション。コミュニケーションはいろんな事柄を改善する方向へ進めてくれる…。
「うっし!今回は事前に仕込んでおいたカレーにするか」
「うぉぉおおお”!カレーですか
「こうしちゃいられねぇ!早く片付けるぞお前ら!」
『 応ッッ! 』
「いや気合入りすぎでしょ」
「ぜぇ…ぜぇ…お…おわりまし…た…!」
「お疲れ様。水はそこに準備してるよ」
「あ…ありがとう、ございます」
皿の準備と加熱、そして付け合わせの準備などを諸々やっている間にウィルも無事に終わらせられたらしい。
肩で息をしているが、水を一気に喉へと押し流して座り込んだ。
ウィルの呼吸が落ち着いた頃になれば、片付けを汗を流していた
各食器を魔法で運ばせる光景も、すでに彼らにとっては見慣れた光景になっていた。
「では全員準備できたな。では手を合わせて…」
『 いただきます! 』
手を合わせて日々の食事に感謝を伝える所作。
これらも最初は変な目で見ていた彼らであるが意味を聞いて納得し、同じように食べる前にはやるようになった。
冒険者の都合上、食事に関して感謝の気持ちを持つことに思う所があるのだろう。
「辛い…けど旨い!コメも進むし身体も温まる…やはりカレーは最高だな!」
「まぁこの味にするのが俺らじゃ無理かもしれないが…やはり食欲がそそられる」
「色を見て最初は嫌だったけどむしろやめられねぇよなぁ…」
すでに何度も食べているのだが、ここまで喜ばれると作った側としても嬉しいというもの。
とろっとなるまで煮込んだ肉やいい甘みを出してくれる野菜がとても美味しいので、辰巳自身も今回の出来に満足していた。
なおルーは地球の市販品であるので、手に入れることさえできれば誰でも作れるレベルである。
「しっかしほんとこの肉うまいよなぁ…最初は腹部に違和感あったけど今じゃむしろ元気がでる感じがある」
「あーわかる。なんだろうなこれ」
「万部さんすいません。この肉はどこから仕入れたんですか?」
「ん?その肉はブレイズボアの肉ですね。ほら…始め辺りに追い掛け回されてたやつ」
「あーアイツですか…」
「背中がすごく燃えてた猪ですかーこんなに旨いんすね」
「……ん?ブレイズボア…?」
『 ブレイズボア!? 』
ブレイズボアとは彼らが滞在している北の山脈地帯に存在していた猪型の魔物である。
背中から燃え盛る炎が特徴的な猪なのだが、成体の身長は2mから大きいもので5mほどにまで成長すると言われている。
燃え盛る炎が体毛のようになっているため、猪が炎に包まれた姿をイメージすればわかりやすいか。
基本は山脈地帯など人族がいない場所に生息しており、個で生きているようで見ることは少ない。が、危険度は知られているようで、見つけた場合は水術師たちが急ピッチで集められるものらしい。
「ちょっと…静かにしてください。食事中ですよ」
そんな猪を自分たちが食べていたという事実に思わず立ち上がって驚愕する彼らをセレナが諫める。
食事中に騒ぐのはマナー違反であるからね。仕方ないね。
「い、いや驚くのもしょうがねぇって!」
「そうですよ!ブレイズボアって魔物ですよ!?」
「ん?魔物は普通の獣と変わらないのでは?」
「いやいや、魔物の肉は人にとっちゃ毒なのは有名だぞ!?学者が研究で食べた直後に全身の骨がおかしな方向に飛び出して死んだってのは有名な話だ!」
「なんで俺達は食べても大丈夫なんだ…?」
「まぁ主様ですし…」
「いや普通に魔力をちと抜き取っただけなんだが」
そんな騒がしい食事でも「普通はそれができないんだよ!」と突っ込まれながらも食事を終える。
「…今更なのじゃが、
「?これまでも一緒に食事をされていたではないですか
「いやそうなのじゃが…そうではないというか…」
「??」
今までの流れを眺めていた女性がポツリと呟いた。
腰まである美しい黒髪に
名はティオ・クラルス。
彼女の正体はなんと前回で冒険者達を襲っていた黒竜である。
彼女は昔滅んだと言われていた竜人族であり、姫君の立場にいるというのだ。
竜人族は“竜化”という固有魔法を使うとのことでものすごくロマンを感じる存在であるのだが、魔力消費が激しい影響で一度休息のために眠りにつくと丸一日起きられない程だという。
そこを今回の襲撃を企てた首謀者の闇魔法によって操られてしまうことになってしまったとは彼女の談。
希少な存在になっている竜人族との出会いに一行は驚きと襲われた恐怖を抱いていた。
黒竜となり死と隣り合わせの経験をすればそれはもう怖い感情が出てくるのは当然というもの。
しかし襲われこそしたものの、怪我の大小はあれども結果的には誰一人死なずに済んだことともし暴走のような形で脅威になった場合は辰巳が責任をもって対処することを確約したことで彼らと同行しているのである。
「しかし妾の分まで食事を用意してくれていることは本当に感謝する。魔物の肉、というのは流石に驚いたがの」
「俺から見ればたいして変わらないタンパク源だしな」
一族の姫君らしく、丁寧で気品のある所作で感謝を述べるティオも魔物肉の食事は初めてだったらしい。
竜なのだが魔物を食べていたりはしなかったのだろうか?
「しかしお主の魔力とやらには本当に驚かされる…。操られてはおったが妾に意識は残っていた。なんなのじゃあのでたらめな魔法達は…。ブレスに関しても加減なぞしておらんかったぞ?」
ティオは最初に敵対した時のことを思い出しながら辰巳の力に関して興味がある様子。
これに関しては他の者達も同じ意見だったようで、食器を片付けながらも此方に耳を傾けている様子であった。
「うーん…正直なところあまり俺自身の力に関しては教えたくないところなんだが…」
「無理しては聞かんよ。妾とてそのあたりの分別は弁えておる。知られるだけで厄介ごとを招くこともあることを知っている…というより体感しているのでの」
「まぁ
『リーダーに同じ』
冒険者達も情報の大切さを理解しておりティオの発言に同意する。
ものすごく人として出来ている者達である。
「いや…セレナにはいつかは教えることになるし、ティオさんに関しても異世界の来訪者絡みなら色々と関わるだろうから話すことにする。ただし契約として他言無用を遵守することになるけどね」
「まぁそれぐらいでいいのなら…」
「ちなみに破ったらケツの穴に自動で流砂が大量にぶち込まれて一生いろんなものが垂れ流しになることになるから破らないでね?」
『 !?? 』
そんな寛大な処置に納得したのか全員が頭を勢いよく上下に振って意志を見せた。
彼らの姿を見て辰巳は頷き話を続ける。
「まず簡単に納得してほしいんだが、俺は先ほどティオさんが言ってた異世界の来訪者になる。最も“神の使途”なんて呼ばれ方は不快なので俺には言わないでくれ」
「うむ」
「で、この『トータス』にやってきた面々は各々ステータス技能がある程度保障されていてな。それぞれの適正職があってこの世界の住人と比べると大きなアドバンテージが存在する。まぁ俺はまた別の要因があるけど今は重要じゃないんで省く」
辰巳は指先に魔力を練り上げて先ほどの戦いで彼らを守った小型の立方体を作った。
この世界ではあまり見かけないものらしく、物珍しそうに眺める冒険者一行。
「俺には魔術を習った師匠が居てな。その人がほんとめちゃくちゃ有能な人で使えない魔術はないんじゃないかって思うぐらいの人だ。その人が言うには人間…いや『魔力』を持つ者にはそれぞれの個性があってな。例えば『火炎』の個性があれば炎関連の魔術が強化されてより強力になる…みたいなものと思ってくれ」
「おう。それだけ聞いてもかなり凄そうな内容だ…俺らはそんなの聞いたことないぞ」
「それも異世界人の特性…と言っていいのじゃろうな。各々に存在する魔力特性…妾で言えば“竜化”が近い感じかの?」
ティオの問いにその通りと返しておく。
魔神族の魔力特性に『
そこから更に加えて個人の特性が追加されていくのだが、そこまで説明はややこしくなるため省いた。
「魔力特性はあくまでも得意分野と思ってくれればいい。そこから純粋な魔力を用いて術式を構築して、魔力を流すことで特定の事象を引き起こす。それが魔術になる…そう考えてる」
「考えてる…?なんか含みのある言い方だな」
「まぁ今まで使ってたやつは自分の見様見真似だからな」
「流石主様ですわ」
話を戻すぞ。
そう続けて辰巳は左手の各指に魔力で使ってきた魔術をミニチュアサイズで展開した。
火、水、風、土、雷など属性も様々だ。
「『
「…つまり先ほどの魔法達はこれまでお主が経験してきた魔法を再現したモノ…というわけじゃな?」
「あぁ。最も瞬時に再現できるのは同格かそれ以下。格上相手や複雑すぎる物なんかはかなり時間が掛かってしまうのが難点だけどな」
((((いや、充分反則だろ…))))
辰巳の話を聞いて全員の意見が一致した瞬間である。
なお当の本人もやばい特性であることは理解しているが、それ以上に『
「まぁそんなこんなでこれまで戦ってきた相手の力をある程度であれば使えるから、切れる手札の枚数で言えばそうそう負けないって話だ。これでも勝てない相手はまだまだいるんだけどな」
「あ…主様でも勝てない相手ですか…!?」
辰巳を敬うセレナは驚く。
彼よりも強い存在を認めたくない様子であるが、辰巳自らの言葉に納得するしかない。
ティオも彼の発言に「謙虚じゃのぉ…」と呟きながらも、己を圧倒した彼よりも強い存在がいることに冷や汗が出る。
過去に人間族との抗争によって滅亡したと言われている竜人族の生き残りがティオだ。
望まぬ敵対とは言えども、命のやり取りを行っている仲でいまだに自分が生きていることを許されているのは辰巳の存在が占めているのは言わずもがなである。
(少なくとも妾が辰巳殿の補助をできるぐらいには強くならねばならぬか…)
弱肉強食の世界では勝者が敗者を従えるのは世の摂理。
辰巳から言われてはいないものの、ティオはすでに辰巳を己の上に立つ者としてある程度認めていた。
思うがまま生き抜くのも正解であれば、生きるために強者の元へ付くこともまた正解。
ティオは竜人族のため、そして自分の成長のために彼の元に付くことをこの時に選択していた。
「あ…」
そんな心境の中でティオはふと思い出す。
己が操られていたということはその奏者もいる事実を。
「ティオさんどうされたんですか?」
そんなティオに声をかけるセレナにティオは辰巳に伝えていた内容をセレナに話す。
「いや、数日前に妾を操った首謀者が魔物を使って町を襲おうとしておる、と辰巳殿に伝えたはずなのじゃが…どうするのか気になっての…」
『…え?』
「……主様?」
ティオの発言に今まで知らなかったと言わんばかりに辰巳を見る一行。セレナですら初耳ですと辰巳を見た。
冒険者達にとっては完全に寝耳に水だ。
近場の町が魔物に襲われている中、山籠もりしてましたなどと言えるはずもない。
今すぐ助けに行かないといけない。
そんな視線(セレナは除く)を一様に受けた辰巳の反応は…
「いや…まぁ種族間抗争だし、率先的に関わらなくてもいいかなって…」
『 いや駄目だろ! 』
辰巳の反応に冒険者一行は一斉にツッコミを入れたのであった。