ポケットモンスター、縮めてポケモン。
彼らの現実世界への進出に混乱していた世界は、一瞬で落ち着かざるを得なかった。
「ああ、どうか、彼らにあまりおかしな真似はしないように。
神は、常にこの地球を観ておられます」
「感覚共有」と称して全世界の人類に、伝説と呼ばれるポケモン————そのテレパシーを介して届けられたものは、あまりにもおぞましく、厳かな視線であった。
ある時は、太陽に。
ある時は、月面に。
ある時は、壁面に。
ある時は、天井に。
ある時は、ある時は、ある時は————
いつどのような時でも、どのような場所でも。
あかと、みどり。
無機質な双眸と共に、その神は視線を合わせ続けていた。例え、その者が耄碌しきった目の見えぬ老人であろうと。そも、視界を知ることすら知らなかった者ですら。
神は、アルセウスは、いつも観続けている。この世界の全てを。
見定めるその視線に発狂したものも居た。神は、その崩れた心を難なく積み上げ直した。生きとし生けるものはそこで、ポケモンとの共存が「成功への近道」などではなく、「人類にとっての試練」と理解した。
実際のところ、アルセウス本神の意志としては、「共存を選ぶも、袂を分つも、生きるも、滅びるも自由」というスタンスではあったが、その双眸は人類の心の中に恐怖という形で染みついた。
故に、ポケモンの世界進出は難航しており、日本国内からまずはポケモンとの共存政策を行おう、となっている次第である。
国外への旅行等もより厳格に行い、少しでも、あの瞳孔が嘆きと憤怒で縮まらないように。
幸いなことに、ポケモンらは隣人と呼ぶに相応しく、善性に満ちたモノばかりであった。それは、トレーナーが特別信頼関係を結べていた、とも言えるのだが。
……現代世界唯一のトレーナーとして、現在の話をしよう。
私のいまの住まいは、東京……ではない。日本ですらない。いまは、反転世界にひっそりと、住居を構えている。
日本に住むには、この身にはあまりにも力を持ちすぎた。かつての家に帰れない、というのは納得しきれては居ないが、その理由はしっかりと理解している。
ただ、その分、鏡面経由で世界の全てに来訪することができるのは強みだろう。現在、目標としている「
一体で都市一つの電気を余裕で賄えるレジエレキや、サンダー、ゼクロム……といったポケモンは、管理できる人材を育てることそのものが困難なので無しとして。電気タイプの中でも比較的人類に対して害が少なく、温厚な個体が多いとされているコイル種やギアル種、バイオマス発電との相性が良いエレズン種や体毛の活用が可能なメリープ種が現在運用されている。
発電効率は従来のものよりもはるかに良く、電力問題に関しては、普及が進めば解消される、とすら謳われている。当然だ、10万ボルトを技として打ち込むことができるポケモンなのだから。
餌に関しても植えて数日で収穫可能な木の実が中心であり、糞尿に関しても堆肥として有効活用することが可能というのもあり、着実に、普及は進んでいっている。
電気を食糧とする性質もあるので、多少の火力発電は今後も必要とはなるだろうが……それでも、この日本の未来は明るいと言って差し支えはないだろう、物理的に。
飼育員経験の持ち主や、牧場勤務を行なって来た者を中心に雇用を進めている。多少、取り扱う個体が個体のため、電気関係の資格を取ってもらう必要はあるが……されども、競争率は高い。
そこで、資格取得にあたっての学習の場を用意することにした。
「どう?モンゴウイカ。催眠学習は終わった?」
カチヂヂカチカチカチヂヂカチヂヂヂヂヂヂカチヂヂカチカチヂヂヂヂヂヂカチヂヂカチヂヂカチヂヂカチヂヂ
どこかざらついた鳴き声と、嘴を噛み合わせる音。
エスパー・悪タイプのポケモン、カラマネロ。催眠が得意なポケモンだ。
「
マーイーカ種以外にもゴチル種やスリープ種が講師役として活躍をしているが、受ける側の感覚としては少し気持ちが悪いところがある。何せ、何もしていないのにいざその場面に出会したら、「進○ゼミで見た!」のノリでその知識を思い出すのだ。すっ、と頭の中に染み込むというところがなんとも不思議な感覚である。
「ありがとう、モンゴウイカ。あとでご飯食べようね」
受講条件はやや厳しく定めてはいるが、受講料は……なんと1000円ぽっきりである。
1000円で、何十時間もかけて学ぶような内容を数秒で理解できるのだ。本当は無料にしたかったが、諸事情によりこのような形となった。
とはいえ、暗示のようなものだから、それら全てを記憶として留められるかは人次第だ。人によっては、数回受講を繰り返すことで全てを身につける事ができる者もいる。
中には、事前に一度だけ催眠学習をしておいた上で、学校等でそれを改めて学ぶ者もいる。催眠学習では学べない部分を学ぶ、しっかりと覚えておく、というにはそちらの方が一番だからだ。
競争率が高いのもあって、複数回の受講は下手すれば一回で半年以上待たされる事すらある。それならば、一回だけ受けて少しでも覚えやすくしておこう、というのも一つの手、というわけだ。
一般受けしないような、悪役らしさのある外観の彼女だが、受講者からは妙に人気が高い。また会いたいが故に、再び受講するという者すらいる始末だ。
現代の悪役令嬢、などと呼ばれているが、この子のニックネームはモンゴウイカである。育て親が言うのもなんだが、考え直してほしい。せめてそこはダークヒロインであろう。
「何が食べたい?」
カチヂヂカチカチカチヂヂヂヂヂヂカチヂヂヂヂカチカチカチカチカチヂヂヂヂカチカチヂヂヂヂヂヂヂヂカチヂヂ
「……カレーでいい?」
カチヂヂカチヂヂヂヂカチヂヂカチヂヂヂヂカチカチヂヂヂヂヂヂカチヂヂヂヂカチヂヂ
「なんでぇ……」
スパイシーなものを求めておきながら、カレーを否定する彼女に、「何がいいんだろう」などと思いながら、そっと触手を握った。
半透明の触手はつるりとした表面で、ひんやりとしている。
受講者からの「いいなぁ」という視線を背中に背負いながら、鏡から反転世界へと、私は帰った。
モンゴウイカ ♀
おとなしい 性格。
アローラ地方から
時間と空間を超えてやってきた。
昼寝をよくする。