ポケモンの体毛を利用した、衣服の製造が開始した。
といっても、これは一般向けではなく、要人向けや、自衛隊向けのものが中心となっている。
まず、初めに、要人の命を守ることを優先した、動きやすいスーツの縫製に着手した。命を守るために、まず、物理に強いのは前提に。火事に巻き込まれても燃えてしまわないよう、耐熱性のあるものを。伸縮性がほどほどにあるのも望ましい。高級感のある手触りを実現したい。などなどと要望は山のように上がってきたが、ポケモンたちはそれを難なく叶えた。
まず、布を織る為の糸として採用されたのは、オニシズグモの耐水性に優れると同時に、炎にも燃やされにくい巣材として使われる糸。そこに、耐久性に優れ、絶縁性に優れたアローラ地方原産のダグトリオの髭。だが、ダグトリオの髭は伸びるのが非常に遅く、量を確保するのが困難な為、絶縁性には欠けるものの、物理的な耐久性に非常に優れ、美しい艶感を出すチルタリスの羽毛が取り入れられることとなる。
複雑に織られたその布は、ナゾの実の皮を利用して美しい烏羽色へと着色された。
さて、ここから服を仕立てるまでの話になるが、耐久性を持たせた分、並大抵の刃物では裁断が困難である。なんとか布を切ろうにも、その布の切り口はボロボロになってしまう有様。
「ヤー」
見かねたトレーナーが連れてきたのは、カミツルギ……ウルトラビーストのうちの一体であった。
カシワ、と名付けられたその個体は身体の大きさに応じて控えめな性格で、モノを断ち切っても自信なくオドオドとしている、ずいぶんと身体の小さな個体だった。
「カシワくん、こんなに綺麗に切れるの?!すごい!!」
切り口がボロボロになっていない布を見て、最初に驚いたのち、早速、ミシンを使っての縫製に乗り出した。
ミシン針はナットレイのミサイルばりを加工したものを使い、糸は決して切れてしまわぬよう、オニシズグモとチルタリスのものを織り合わせて。ちくちくと縫製していくうちに、暇になったカシワは、店の主人の子どもや妻から歓迎を受けていた。
「カシワくん、中に虫の入ってないどんぐりいっぱいあるけど一緒に食べる?美味しいよ」
「カシワくん、無理を承知で頼んだ宝石のカッティングもできるってどういうこと……?」
「カシワくんはすごいなぁ!干す前の渋柿あるけどいる?…………いるの?!」
「カシワ、………端材で作ったこのリボンを付けてあげよう」
あっという間にカシワはその家に馴染んだ。
「まっくろリボン」を頭の後ろにちょこんと結びつけ、ペラペラの体がふっくらと厚みを持ち始める頃には、依頼されていたスーツは出来上がっていた。
「ヤ!!ヤー!!!!ヤ゛ーーーー!!!!!」
「コラッ!また依頼があったらポケジョブするから!!帰るよ!!帰るって言ってるでしょこのデブ!!!可愛がってもらいやがって!!」
焦りからの暴言である。
カシワがカシワモチと呼ばれるようになる頃には、カシワは俊敏な動きをすっかり忘れきってホニャホニャに鈍り飼い慣らされた愛玩ポケモンと成り果てていた。
「うちの家内が、随分と……すいません」
「いえいえっ、ここまで可愛がってっ、くれるなら、なによりっ……逃げるな!」
「………本当に、申し訳ありません……」
「いえそんなっ、それこそ、ポケモンと人とが共存するのを目指してるのでェッ!里親候補が増え!るのは!嬉しいですゥ!
お前っ……だから今はダメなの!!」
非常に申し訳なさそうな表情で沈黙する店の主人は、真っ先にトレーナーに里親希望を伝えた男である。こっそりとカシワに柏餅を大量に食わせている犯人であるので騙されてはならない。
ポケジョブのもう一つの目的、「ポケモンの里親候補の募集」。
ポケモンと人間、相性が良く、また、トレーナーが人間性としても問題ないと判断された人間にのみ与えられる、ポケモンとの共生権。
そう。帰還者であるトレーナーには、こなさなければならない使命があった。それこそが、ポケモンという種の世界への普及。
そうしなければ————地球という星は、私の死を以てして終わりを迎えるから。
既存の動物にも、「ポケットモンスター」という幻想は伝播し、緩やかに彼らもまた、「ポケットモンスター」の存在として進化を遂げるだろう。それはもちろん、今の脆弱な人間という存在も含まれる。
アルセウスは、私という存在を楔にこの世界の存続を与えたもうた。それは、幻想があり得ないものとして放棄された世界で、幻想を再び掘り起こしたことによる大災害。
幻想に適応していない存在はすべて、幻想のチカラに飲み込まれて死滅するのが本来の道筋だった。されど、アルセウスは、たった一つの条件を対価に、一人にその全ての幻想を集約し、起こるはずの災厄を無かったことにした。
それでも、私は人間だ。たとえ、この幻想が、世界の始まりの力を秘めたそれだとしても。私は必ず、死ぬ。
だからこそ、幻想が根ざすための土壌を整えねばならない。私という存在から幻想を元に戻せるように。いつの日にか、この星が、幻想と手を取り合う日を、幻想の光景を識っている側として夢見ながら。
アルセウスは神だ。
神は、その行いが人間に理解し難いものであったとしても、人間を愛している。
現在のポケモンとの融和の政策に反対意見が複数出ているが、それでも私は現人神として愛する人のために、幻想との融和を進めよう。
それこそが、この地球で幻想を手放すことを選択した人間の選択を受け入れ永い眠りにつくことを選択した、始まりのたまごから産まれた者の代行者である、私の勤めである。
カシワ
ひかえめな 性格。
アローラ地方から
時間と 空間を こえて
はるばる やってきたようだ。
昼寝を よくする。