たったそれだけで、ほんのちょっとだけちがうかもしれない話。
「……行ったな。」
海岸に立つ、ちいさな影がひとつ。
海賊や海兵たちが島に背を向けて消えていく。
地平線の彼方へ。海賊にとっての冒険の旅へ。海兵にとっての守るべき世界へ。
いつだってそうだった。
彼も、伝説も、新時代を待つばかりの一般人だ。
そこに彼の居場所があるのか、伝説が語り継がれるのかは、結局のところ新時代の創造主にしかわからない。なじみ深い者が語る新時代と、それ以外の者が語る新時代の意味は異なるだろう。
どちらにしても、大海賊時代は終わる。
最悪の場合でも、四皇たちの時代が転換期を迎える程度に収まる。
ただ、海賊たちが最後まで笑う未来はない。夢が終われば、あとは衰退しかない。
いまさら海賊として自由を求めれば、海賊の時代は先細るだけの日々に変わる。
奪われるものにだって、奪われるための資源という限界があるのだから。
「……相棒、俺たちの冒険はここからだ、」
しかし、少年は笑う。
麦わら帽子の海賊旗を見届けて、手元のチリドッグをまわして語る。
彼の隣には、だれもいない。
かといって、この世にいない何者かに語りかけるわけでもない。
砂浜に伸びる影もひとつ。近寄る影があったとしても、それは彼と親しい老人だけだろう。
廃墟の島に住まう人間は、三人から二人に減った。
「あれ、そうだっけ?
俺の名前、ちゃんと言ってなかったっけ?」
かつてそこにあった国の名前は、エレジア。
音楽の島とも呼ばれる国を祖国とする少年はひとり、虚空にむかって語りかける。
「いいか、俺は――――」
俺はシュヴァルツ・ベニー。
名前は自由によんでくれ。
俺は今、ちょっと大切な……でもないな。
けっこう気になった友達を見送ったところなんだ。
あいつのこと、なにかと見てたからさ。気分がちょっとな。
ああ、いや、しめっぽいのはスキじゃないし、正直、俺の趣味じゃない。
どんな気持ちからも自由でいたいし、感情に囚われる恐怖からも自由でありたい。
無我の境地ってわけじゃないぜ? おもしろいだけじゃおもしろくない。
つまらないことがあるから、おもしろいものは楽しいのさ。そうだろ?
自由に世界を走って、自由に寝て、自由に今日のチリドッグを食べる。
あとは、世界のどこかの友達が元気だってことがわかればいい。
簡単だろ? 俺がほしいのは、いつだって人生っていう冒険なのさ。
……そっか、おまえもさみしいのか。
そうだよな、おまえのほうが、もっとあいつといる時間は長いのかもな。
とにかく、話を戻すぜ。俺は冒険家になってみたかった。
でもほら、大海賊時代って物騒だろ? いや物騒なんだよ、本当に。
スーパーパワーがなきゃ勝てないし、スーパーパワー同士の真剣勝負にだって勝たなきゃならない。スーパーパワーに頼った冒険なんて、言っちゃなんだけど悲しすぎる。
だって、それだけ旅先の友達を信じられないってことだろ?
誰かが海賊かもしれないし、誰かが海賊の手下かもしれない。
いつもどこかで、海賊がやってきて、世話になっただれかを泣かせるかも?
恐怖の時代。
きっと歴史じゃあ世界で一番つまらない時代で、スーパーパワーを持った連中なら愉快で仕方がない時代なのかも。俺、歴史そんな知らないけど。
しかも退屈なことに、俺はスーパーパワーを持ってる。
っていうか、スーパーパワーを食べた。そう、悪魔の実ってやつ。
なんだったかな。うちの家訓は、ええっと、
――――どんなヤツにも、自分を必要とされる運命がある。
だから俺は諦めない。自由も、冒険も。
ラッキーなことに、俺のスーパーパワーは超クールだ。
いつでも身体は絶好調! 音楽を聞けば、もっと絶好調!
いつどんな時でもゴキゲンになれるし、エイトビートは特に相性がいい!
ただ、問題がひとつ。
俺の故郷、音楽がすきな連中ばっかりでさ。
……俺、ひとの楽譜通りに演奏とか歌とかやるのが、さ。
すっげえ、キライなんだよな。
だから、苦労したんだぜ?
俺のすきな音楽で、リズムで、こうやって自由になれるけどさ。
おまえは自由じゃない、そのくせ悲しいことばっかり。
まずは、おまえを自由にするところから。
俺の冒険は、そう、おまえと出会うところから始めたかったのさ。
あれは、そう、いつだったかな。
俺は、故郷の音楽がとにかく苦手だったんだ。
そりゃあ、そうさ、寝ても起きても学校でも街でも畑でも!
音楽音楽、音楽音楽音楽音楽音楽音楽……頭おかしくなっちまう!
そのくせ、すきでもない種類の音楽まで勉強させられるんだぜ!?
音楽がだいすきなヤツだって、そんな生活はちょっと勘弁……そうでもないかもしれないけれど、「自分が演奏する側になれ」って言われたら勘弁……だろ?
楽器を持たされて、楽譜を渡されて、決まった音楽に従うなんて!
自由な音楽家ならともかく、音楽がすきなだけのファンじゃあ話がちがう!
え、じゃあ、みんなそんな生活だったのかって?
いやあ、さすがに俺だけかな。
こまったことに、うちの両親は期待しすぎたのさ。
ちょっと鼻歌を唄っただけで、天才だのなんだのって。
猫がピアノであいつの歌を弾いたら、それって猫が天才なのか?
ちがうだろ? 俺の鼻歌や口笛だって同じさ、ただの気まぐれなんだ。
なのに、親父も母さんも聞きやしない。
だから逃げたかった。学校をサボって絶不調な体で逃げ回って、つまんないくらい泣いて、つまんないくらい友達にも追いかけられて、つかまって。
子供の我儘だって言われて音楽室に閉じ込められて……まあ授業を受けるだけなんだけど、俺にとっちゃ閉じ込められたようなもんさ、扉が閉まってたし。
そんなわけで、もうヤケクソだった。
ちょっと高い場所から海に飛び降りて、盛大な水泳大会でもやろうかな、なんて思って砂浜を走ってたら……どんぶらこ、どんぶらこと、悪魔の実が流れてきたわけだ。
そうだと知らずに俺は食いついた。
うまいことコロッと……じゃなくて、自由になれるかなって。
そっから先は絶好調、おまえも知ってるだろ相棒!?
俺が食べた悪魔の実は【ムズムズの実】。
全身のリズムを思いのままにできる、全身ビート人間!
緊張して高鳴る心臓のペースも、神経が逆立っちまうときも、あんまり眠れなくてリラックスできないときも、こいつの能力ひとつでゴキゲンになれる!
快眠快食快べ……おっと言いすぎた。
とにかく毎日が元気でいっぱい、それが俺のスーパーパワー!
え、これだけで自分に会えた理由がわからない?
わかってるくせに、この、この!
全身のビートを操れる、つまり全身をチューニングできるってことは、だ。
どっかのだれかさんの音楽をくらっても。
夢の中で、自分だけの音楽を生みだせる、ってことだろ?
同じ音楽同士なら、ノリに乗ったほうが自由だ。
あいつの世界の中でなら、俺のスーパーパワーはもっとすごくなる。
やろうと思えば、自分で起きられるしな!
へ? 意味がわかんない?
いいか、『眠る』のだって医学的には『リズム』なんだぜ?
全身の音楽を自由にコントロールできるなら、そいつは『眠る』も『起きる』も自由自在さ。
だから、あいつの世界では。
あいつだけが万能ってわけじゃない。
俺ひとりに限るけど、俺の自由だけは間違いなく俺のモノさ。
おかげで都合がよかった。
昔話で聞いたことのある伝説じゃあ、どうも世界でただひとり、ずっとひきこもり続けている不自由な、きらわれ者のやつがいるらしいからな。
おまえのことだぜ、相棒。
そんなの、おまえが一番つまんないだろ?
だから、相棒を探しに行く旅を始めたのさ。寝ている間だけな!
俺の足のリズムに追いつけるヤツはいない。あいつの世界なら、なおさらな!
あいつの世界を俺の音楽で走りまわって、城中を走って、ちょっと休憩して、また城中を走りまわって! とにかく、おまえが封印されている場所を捜しまわった。
部屋のノックもしたし、近所迷惑にも気をつかった。
出前のサービスは頼んでないとしても、おみやげくらいはないと困るだろ?
花束だって用意したし、クッキーだって用意したんだぜ?
だけど、なかなか会えない。
なんかさみしくなって、てきとうな壁に寄りかかって歌を謡ったら……!
そうだぜ、相棒、おまえに出会えたんだ!
楽譜のおまえと、自由な俺。
最初思ったんだ、「冗談だろ?」って。
いちいち決められた楽譜に従わなきゃ意味がない音楽なんて、そりゃあ自由でもなんでもない。そのくせ封印されっぱなしなんて、退屈なんてもんじゃない。
だから俺は、友達として歌ったのさ。
もちろん挨拶だってした、憶えてるだろ?
俺だけが知っている歌、俺だけの音楽ってやつで。
俺もおまえも自由になりたい。せめて自由に話せる口ってやつがあればいい。
だれに命令されるわけでもなく、楽譜を読むわけでもなく、だ。
だけど、おまえはウンともスンとも言えない。
最初はガッカリしたぜ。
せっかく会えたのに、あいつが歌い終わったらオシマイ!
相棒を自由にするためには、相棒を縛る楽譜通りに俺が縛られなきゃダメ。
あーあ、俺の冒険もここで終わりかなー、なんて思ってたらさ。
ひらめいた。
おまえは自由に出られないけど、楽譜は動かせる。
つまり、「楽譜の外の世界は全部見えてる」、ってことだろ?
だったら俺が楽譜を持って街中を走りまわれば、それっておまえが楽しめるんじゃないかってな。ラッキーなことに、俺のリズムはだれにも捕まえられない。
俺だけが自由に走れるなら、俺が相棒の足になればいい!
簡単な話さ、なんで最初から思いつけなかったんだろうな?
あとは、おまえも憶えてるだろ?
あいつの世界を走って、走って、走って跳ねて、走って跳ねての大冒険。
おおきなモニュメントを駆けあがる音速のジェットコースター。
あれって最高に楽しかったよな! おまえもそう思うだろ?
思った? だったら、俺の勝ちだな!
伝説に勝つ俺、最高にクールだぜ!
……え、伝説っておまえのことかって?
ちがう ちがう。
おまえのことを怖がって、こわぁ~い伝説にした連中の気持ちにだよ。
そっから何回か、あいつの能力が発動するたびに会ったよな。
絵本を取ってきたり読み聞かせたり、パラパラして動く絵だって見せた。
いつか、おまえが自由に世界を走れるときまで。あんな楽譜の音楽に支配されなくていいおまえになれるまで、とことんやるって決めたからな、俺。
ただ、最後のあれは……まあ……不幸な事故だったよな。
自由になれたばっかりのおまえは、なんていうか、手加減ができなかった。
そりゃあ四六時中入院生活していたやつと、普段から運動しているヤツ、どっちが自由に走れるかって
どっちが自由を喜ぶかなんて、なおさらさ!
ただ、けっこう傷ついたんだぜ?
せっかく自分の体をチューニングしてコツをつかんだってのに、まさかアイツがおまえを解放するなんて思わなかった。
あの楽譜を使った方法で。おまえが自分で歌わせたんだよな、あれ?
まあ、確実な方法って言えば、十中八九そっちだ。
俺を信じてくれなかったのはわかるよ……あやまるなって。
とにかく、あれからだ。
あの日から、あいつの調子がおかしくなった。
飯の準備とかは親父さんの手伝いしたし。あの場所まで遊びに行ったけどさ。
それでも毎日、毎年おかしくなってくのは……ゴキゲンじゃないな。
俺を縛る音楽がなくなったとはいえ、俺の家族だって死んだ。
世界経済新聞を毎日読んだって、友達や仲間が増えるわけじゃない。
やっと『自分であいつの世界に行く方法を見つけた』っていっても、相棒と冒険できるのは、あいつの世界の中だけで、しかも島の外を出るのも一苦労だ。
相棒ごと海王類に喰われかけたのも一度や二度じゃない。
ほんっと、あれは冒険だったけど退屈な感じがしたぜ。次の島まできりがない。
おまえはどうだった? つまんなかったか? ……そっか。
あいつは世界中に音楽を広められるようになったけれども、俺たちだけは島の中だ。
心だけでも繋がれるウタとちがって、俺たちだけが、ずっと……な。
ちょっとおかしくなっても、元気そうならそれでよかった。
だけど、結局アイツは、最後の最後におまえの力だけを求めた。
本当は自由でもなんでもなかった。そのくせ、封印された相棒を利用した。
せっかく自分でチリドッグを作れるようになっても、あいつの能力のおかげでチリドッグをおまえに食わせてやれるかと思っても、ウタはおまえの力だけを求めた。
心は求めてなかった。そりゃあフキゲンってものさ!
だから、俺は止めにきたんだ。
ウタじゃあなくて、おまえを、だぜ、相棒。
そこはわかったよな?
おかげで、あいつは親父さんと、今度こそ冒険できるってわけだ。
ファンの気持ちとか関係なく、ちゃあんと自由に、だぜ。
……眠るの、間に合うといいよな。
さて、次は俺たちだよな。
ったく、ゴードンの親父さん目当てに誰か来ないかな?
うまくいけば、俺たちで旅ができそうなモンなんだけど……。
ま、気長に待とうぜ!
旅に出るまでの間は、俺も俺の能力を鍛え直すか。そして!
俺の心臓から。
魔王なんて呼ばれたおまえを、自由になれるようにしなきゃな!
俺の肉体に、俺のリズムで、おまえの楽譜を深く刻みこめば。
ムズムズの実の能力で、おまえの曲の内容をそっくり真似れば。
あいつの世界をいっしょに脱出できるかもって作戦、うまく行ったろ?
ちょっと曲の雰囲気明るくしたけど、まあそこは
……さて。
当分の旅の目標は、赤髪海賊団に追いつくことだな!
ウタに見せてやろうぜ。ひとりぼっちじゃない、俺たちの姿を!
ウタ生存√の可能性高めの、トットムジカ救済√のIFの話だと思ってください。