【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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第一話:ブレイク・アウト

 

0.

 

 

 ──雷神、ここに死す!

 

 マイティ・ソーは、ヒーローである。

 それも、スーパーなヒーローである。

 闇に堕ちてなお、世界を背負って戦った。

 太陽と星、創生と進化と轡を並べて戦った。

 その末に、異邦の神々に雷神は敗れた。

 閃光と雷鳴の彼方で、ヘラの抱擁も届かぬ虚無の世界で、ここに雷神は完全なる死を迎える。

 

 ビヨンダーズ。 

 象牙の王たち。

 それは、宇宙の外から現れた超越存在たち。

 世界を滅ぼさんと暗躍せしものたち。

 多次元宇宙(マルチバース)に存在する『宇宙の神々(コズミック・ビーイング)』をことごとく撃ち倒し、ついに、その多次元宇宙の化身たるリビング・トリビューナルすら屠ったものたち。

 

 この恐るべき神々に勝つために、ヒーロー、ヴィランたちが立ち上がった。

 多元宇宙が消え去る中で、残った二つの宇宙は絶望の中でもがいていた。

 その作戦の中で、マイティ・ソーは、戦友ハイペリオンたちと共に、異次元空間にて決死の特攻を行った。

 帰りの便はない。

 片道切符の捨て駒の役割を、しかし、ソーたちは勇んで望んだ。

 彼らと、異次元で対峙する。

 ビヨンダーズの歩みを堰き止めるべく、ソーは神の力を振るった。

 

 しかし、『宇宙の神々(コズミック・ビーイング)』をも超越せし神々たるビヨンダーズの力は絶大であり、多くの犠牲を払い、ソーたちが命をかけてやっと二体、行動不能にするのがせいぜいであった。

 残ったのは二人。

 ソーは左腕を失い、ハイペリオンは目を失った。

 そして、休む間もなく、絶望が津波となって、次元の果てから押し寄せる。

 空間の亀裂からなだれ込む、視界を埋め尽くすビヨンダーズの援軍に立ち向かい、ソーとハイペリオンはなすすべなく彼らに敗れた。

 

 だが、死にゆくソーの心には、爽やかな風が吹いていた。

 悔いはない。

 ここに、力という意味で、純粋に並び立つ戦友がいる。

 黄泉の世界(ヴァルハラ)への旅を、二人で歩めるのだ。

 なんと清々しい最期であろうか。

 だから──心残りはない。

 地球に残りしアベンジャーズたち。

 彼らはマイティ・ソーが知る限り、史上最強のヒーローたちだ。 

 北欧神話最強を誇るこの雷神をして、彼らに土をつけられたのは、一度や二度ではない。

 

 トニー──アイアンマン。

 その賢しい知恵にはいつも頭を悩ませられた。 

 ある意味ではオーディンをも説き伏せる弁舌を奮いながら、危機と自滅と縁切れぬ愚者でもある。

 だが、一体何度、その智慧と愚行に助けられたか。

 いざというときに頼りになる。

 本物の男だ。

 

 バナー──インクレディブル・ハルク。

 強さにおいて比類なき彼とは、幾度となく強さをぶつけ合った。

 銀河を砕き神を屠るセントリーの全力とすら相討つ剛腕。

 神話の世界に比肩する、自身やハーキュリーズに並ぶ怪腕。

 彼が地球に、ヒーローとしていることは、なんと幸運であるだろうか。

 

 スティーブ──キャプテン・アメリカ。

 オーディンの慧眼やヘイムダルの千里眼は無くとも、容易くわかる。 

 彼は、ヴァルハラに導かれるに値する戦士だ。

 彼を喩える言葉は百や二百では到底足りまい。

 戦を知り尽くし、悲しみを背負い、絶望にあってなお希望を掲げて進み続ける戦士だ。

 ヘラの抱擁を超越し、自由と意志の元に、オーディンやサーペントにすら啖呵を切る傑物の中の傑物。

 

 彼らの力を、知恵を、心を。

 そして、なによりもしぶとさを。

 共に並び立ち戦ってきたマイティ・ソーは、誰よりも知っている自負がある。

 身体ではなく、記憶ではなく、心で知っている。

 神の本能が告げるのだ。 

 彼らは必ず、この雷神の死を越えて、ビヨンダーズを打ち倒すであろう。

 

 だから、最後は笑って飛び立った。

 

 最後の最期に、再びそこにはないムジョルニアに認められる身となった事も、その歩みに力をもたらしていた。

 

 だから──心残りはない!

 

 父なるオーディン、大神オーディン。

 偉大なる王、全能のオーディン。

 貴方に感謝します。

 最期に、あなたの息子(オーディンソン)として。

 ふさわしい神として、戦いに臨めたことを。

 ふさわしい黄泉路を、歩めていることを。

 

 そう。

 我が名はマイティ・ソー。

 悪に堕ちた雷神、ソァではない。

 オーディンの息子にして、地球最強のスーパーヒーロー。

 アベンジャーズの、マイティ・ソー。

 

 ならば、正義の戦いの果てに死すことに、なんの憂いがあろうか。

 世界を護り、朽ちることに、なんの恥辱があろうか。

 

 太陽の最期の輝きの後、

 神々の軍勢をつんざく、

 ひときわ大きな雷鳴が轟いた。

 

 あとには、静寂が残った。

 

 雷神──ここに死す。

 

 

1.

 

 

 ゲルダがそれを見つけたのは、雪原の中であった。

 北欧に降り注ぐ光は、大袈裟なほどに白く、透き通るそれである。

 青々とした空の下である。

 冷たい風が、しかし、柔らかく肌を撫でる。

 積雪を削って造られたような針葉樹の葉が不思議と揺れている。

 その動きが、風と熱の視覚化を果たしていた。

 ばたぱたと走るゲルダの眼に、である。

 

 本当は、外に出てはならない。

 だが、それは、あまりに近くに落ちてきた。

 第二三集落の、すぐ近く。

 空の、うんと高い場所から、雲を引き裂き、太陽を横切り、真っ直ぐに落ちてきた。

 

 みんな、混乱した。

 慌てふためいた。

 数少ない大人たちが、それを落ち着けた。

 『御使いさま』の判断を待とう。

 外に出てはいけない。

 全ては神さまの思し召に──

 

 だから、みんな、見なかったことにした。 

 それを、事実として心の底に留めながら、忘れるフリをしていた。

 

 だが、彼女の心の奥にあるものは、好奇心を仕舞い込むよりつんつんとツツいて押し出していた。

 ゲルダの秘める好奇心が、他ならぬ彼女の心にくすぐられていた。

 

 だから、こっそり。

 人知られずに、外に出た。

 すぐ近くだ。

 巨人に見つかっても、ぺしゃんこにされる前に戻れる。

 自身にそう言い聞かせて、外に出た。

 

 

2.

 

 

「あれ? 何にもない……」

 

 十分とかからず、ゲルダはそこにたどり着いた。

 雪原が抉れていた。

 熱に溶かされ蒸気化した雫が、風に戯れて空に溶けている。

 何かが落ちてきたのは間違いない。

 何かがあったのは間違いない。

 だが、落下物が見当たらない。

 

 もしかしすると、とゲルダは思った。

 

 御使いさまが、落ちてきちゃったのかな?

 つい、うっかりしちゃって。

 だが、すぐにぶんぶんと首を振って、否定する。

 

 御使さまは、神のしもべ。

 故に、完全完璧に最も近い存在。   

 それが、ヒトのように。

 自分達のように、『ついうっかり』などするはずがない。

 

 だとしたら、なんだろう?

 ここにはいない、誰か。

 ここにはいない、何か。

 楽しいものであってほしいな。

 嬉しいものであってほしいな。

 

 そう思って、思うだけで、ゲルダは踵を返した。

 

 そこで、うかつすぎる自分に気づいた。

 

「あ────!」

 

 反射的に出た声であった。

 それを、見て。

 巨人が、唸るように、こちらを見ていた。

 長い腕をだらんと垂らして、仮面の下から殺意を滲ませて。

 ゲルダを、真っ直ぐに見ていた。

 

 逃げられなかった。

 巨人がいる場所は、外壁の──つまり、集落の側だったからだ。

 行き場を失ってしまった。

 狼狽えるゲルダの意志を無視して。

 どしん、

 と巨人が足を踏み出した。

 どしん、

 どしん、

 歩くたびに、踏みしめる氷雪が砕けるようだった。

 雪に込められる魔力が、煌びやかな残滓となって散っていく。

 どだい、柔らかな雪では巨人の歩みを止めることも、絡め取ることもできない。

 ゲルダはそれでも、逃げられないかと頭を捻った。

 だが──

 

「そうだよね……勝手に、外に出ちゃったのは、あたしだものね……」

 

 自らを説き伏せるために呟いて、その場で傅いた。

 手を合わせて、顔の前で握った。

 祈りのポーズであった。

 助けを求める祈りではない。

 どうか、一瞬ですみますように。

 どうか、なるべく早く、怖くありませんように──

 

 諦観の祈りは、やはり巨人の歩みを止められない。

 巨人はゲルダを歩幅に捉えると、一際大きく足を上げた。

 影が、ゲルダを覆った。

 目を、閉じた。悲しみが込み上げた。

 

「──?」

 

 しかし、その時は来なかった。

 恐る恐る目を開く。

 何が起こったのか?

 奇跡が起こったのか?

 

 そう。

 それは、間違いなく奇跡であった。

 光に誘われたゲルダの眼前を埋め尽くすのは、大きなマントであった。

 黒いマント。

 長く、幅があり、あるがままに風に靡いている。

 マントの横から、太い、腕が見えた。

 その手に、銀色に輝くハンマーが握られている。

 もう片方の手が、巨人の足の裏に伸ばされ、その自重の全てを受け止めていた。

 掌を開き、軽く曲げられた腕に、山のような力こぶが隆起している。

 

「少女よ、無事か?」

 

 首だけを、それは、振り返った。

 ゲルダを見据えるのは、強い目であった。

 かくばった長く際立った鼻。

 眉毛が太く、金色である。

 長い金髪であった。

 翼の装飾が美しい、銀色の兜から覗く金色の髪は長く多いが、その一本一本は絹のような軽さなのか、ある程度のまとまりを持ってふわりと柔らかく流れている。

 

 神さま──?

 

 それが、ゲルダの第一印象であった。

 そして、それは間違っていない。

 

 彼の名はマイティ・ソー。

 北欧神話に名高い豊穣と戦の神。

 バイキングにとって、畏敬の具現体。

 

 ソー・オーディンソン。

 またの名を、北欧神話のトール本人なのだから。

 

 

3.

 

 

 ──懐かしい。

 

 というのが、この世界を見たソーの、第一印象であった。

 

 落ちてすぐ、我が身の万全を知った。

 手の中に、ムジョルニアの鼓動を知った。

 空に飛び立ち、その力の健在を知った。

 

 そして、眼下に見下ろした世界は、ソーの帰郷心をイヤに刺激した。

 

 似ている。

 懐かしいほどに。

 

 この世界は、アスガルドによく似ている。

 雪原に覆われ、山間に切り開かれた世界。

 山々の上に、めらめらと炎が横たわる世界。

 見た目は全く似ていない。

 のどかで、牧歌的。

 永遠を底にとどめたような世界であった。

 だが、その肌を撫でる風が、似ている。

 その匂いが似ている。

 それも、(ふる)きアスガルドに。

 華やかさと煌びやかなままにアメリカに降り立ち、破壊され、また再生したアスガルドとは違う。

 目を凝らせば、雪原を駆け回る幼少の自分と、共に戯れるロキの姿が浮かぶようだ。

 

 次に感じたのは、おぞましさであった。

 

 悪しき何かが漂っている。

 一見して美しい世界だが、その表面を撫でるように、()()()()()()()()()()()()が、ぴたりと張り付いている。

 

 それは、視覚化されていた。

 

 めらめらとした、炎だ。

 

 山の上に、寝転ぶように広がる蒼炎だ。

 この世界の大地にぴったり蓋をするように煽っているもの。

 見覚えがある気がした。 

 身に覚えがある気がした。

 

 ソーが、その身を啄む嫌悪感に眉を顰めた時。

 

 マイティ・ソーは、巨人に襲われるゲルダを見つけたのだった。

 巨人──その存在に、一瞬驚きを覚えたものの。

 ヒーローたるソーのとるべき行動は、ただひとつであった。

 

 

4.

 

 

 ゲルダは、目をぱちくりとさせていた。

 目の前の光景が信じられなかった。

 

 神さまは、巨人の身体を軽く転がすと、起き上がるその頭にハンマーを打ち付けて、あっさりと倒してしまったのだ。

 

 神さまは、巨人が沈黙したのを見届けると、ゲルダに振り返った。

 たたずむその姿が、荒々しく逞しく、そして、気品を纏っている。

 

「あ、あの──」

 

 言葉を見失う存在感であった。

 神さまは、ゲルダに歩み寄り、膝を折った。

 

「わ! ど、どうしたんですか!? も、もしかして怪我を──?」

「ふむ……懐かしき北欧の民のようにも見える。少なくとも、アメリカ人ではない、か」

「?」

 

 ごちる言葉はわからない。

 だが、その瞳の色が厳しくも優しい。

 敵意があるわけではないことは、十分に伝わっていた。

 

「あ、あの。あなた、神さまですか?」

「──そなた、名はなんという?」

「えっ……あ、そ、そうですよね! 人に……ううん、神さまに会って、自分から名前を言わないのって、すごく失礼ですよね。……ごめんなさい……」

 

 かまわぬ、と神さまは言った。

 ゲルダの心を気遣う、やはり、柔らかな口調であった。

 釣られて、ゲルダはほっと胸を撫で下ろす。

 そして、しどろもどろと話し出した。

 

「あの、あたし……ゲルダと申します。その……」

「ゲルダよ。そなたは我を知らぬと見る……が、それにしては我の本質を見事に言い当てた」

 

 その慧眼に信を置き、尋ねたいことがある。  

 そう続けた。

 神さまの目は、真っ直ぐであった。

 降り注ぐ陽光が邪悪に歪んで見えるほどに。

 

「ここは何処であろう?」

 

 

5.

 

 

 氷の城であった。

 この世界を北上した先にある、この世界ほぼ唯一の建造物。

 城壁もなく、砲門もなく、美しさ以外の全てを削ぎ落としたような城である。

 その中心部。

 位置的な意味ではなく、そこは、この世界の中心である。

 すなわち、異聞帯の王の座す場であった。

 

 スカサハ=スカディは、その存在を感じた時。

 はしたなくも玉座から飛び上がった。

 ドレスが翻るのも気にできないほど、動揺した。

 

 これは……!!

 

 空から落ちてきたものは、懐かしい力であった。

 ただ、そこにあるだけで、猛々しい力であった。

 ヒトの大きさであるにもかかわらず、山のような質量を誇る力であった。

 この世界が、三〇〇〇年前に、忘れ去っていた力であった。

 世界が、その力を迎え入れた時、大きく唸りを上げた。 

 懐かしい、

 懐かしい。

 おかえりなさい、と。

 それは、歓喜のうねりであった。

 

 すなわち──それは、スカディの歓喜でもあった。

 

「いかがされました、女王陛下……?」

 

 恐々として、それを尋ねたのは、この世界を担当するクリプター。

 オフェリア・ファムルソローネである。

 彼女も、落ちてきた『何か』の存在は認識している。

 それが、只者ではないことは、とっくに察していた。

 

 だが、目の前のスカディの狼狽えぶりを見て、それが自身の感じている以上にイレギュラーなものであると悟った。

 

()()()……ああ、オーディンソン……!!」

 

 歓喜か、悲しみか。

 抑えきれぬ三〇〇〇年の情感が言葉となった時。

 

 オフェリアの顔が、先のスカディを超える驚嘆で彩られていた。

 

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