【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:アストニッシング・ウェーブ

 

1.

 

 

 ゲルダに案内されて、ソーは第二三集落に赴いた。

 落ち着ける場所を探し、説明を充分に求めるソーに対し、ゲルダは恥ずかしながらも我が家に案内しようとした……のだが、

 

「わあ! 大きい!!」

「すごい! カッコいい!!」

「ねぇねぇお姉ちゃん! この人だあれ?」

「御使いさま? それにしては……」

 

 心配と不安、安堵を持ってゲルダの帰りを迎えた住民に、ソーとゲルダはあっという間に取り囲まれた。

 ソーは、大きかった。

 第二三集落に入ると、そこの住民の誰よりも大きい。

 それは物理的な大きさもそうであるが、なにより、存在の持つ大きさとでも言うべきものが、段違いに大きい。

 だから、ヒトの目を否応なく集めた。   

 子供たちの眼を、大人になる寸前の少年少女の眼を。 

 その威厳、その力、その佇まい。 

 ソーの身体から発せられる、言葉にせずとも伝わってくる神々しいものを、みな、感じ取っていた。

 

「みんな、ダメだよ。神さまを困らせちゃ、バチがあたっちゃうよ!」

「えっ!? おにいさん神さまなの!?」

「御使さまより偉いひと?」

「うわあ! 僕、神さまって初めてみた!」

「こら、神さまにそんな口聞いちゃダメよ。はしたないわ!」

 

 群がる子供たちを抑えようとしたゲルダの言葉は、却って彼らの幼い好奇心と信仰心を刺激した。

 ソーは、彼らをじっと見下ろしていた。

 自身に集められる、純朴な瞳をひとつひとつ見返していた。

 

 感じるものは、神への興味。

 集まるものは、神への信仰。

 そして、向けられるものは総じて、なんの色もない純粋さ。

 子供らは、神の敬愛に疑念を持っていない。

 神を目の当たりにする彼らに、俗世に塗れるヒトにありがちな下心がない。

 それは、単に彼らが子供であるからだろうか。

 彼らは、ソーの目には等しく純朴に映った。

 外に押し出す喜怒哀楽に、常識と偏見に濁ったフィルターを通していない。

 根源的な──原始的なヒトの子らであった。

 

「話のできるものは、おらぬか?」

 

 それは、いくつかの意味を持たせた言葉であった。

 話、というひと単語に、『この世界のこと』や、『どこで話すか』や、『責あるものはどこにいるか?』と言った意味を込めていた。

 だが、子供らの反応は、

 

「はいはい! 僕たちもお話しできます!」

「神さま、どんなお話しをしてくださるんですか!?」

「美味しいもの、食べてるんですか?」

 

 と言った──言葉を言葉のまま、うけとっているものだった。

 

「そうではない。責を担う立場にあるものは……」

「セキ? セキってなぁに?」

「私しってる! 責任のことですよね!」

 

 違った。

 彼らは知らない。

 言葉の意味を知らぬのだ。

 その深慮を察することが出来ぬのだ。

 だから、言葉を言葉のままに、受け止めるしかなかったのだ。

 彼らの眼差しは、それをソーに確信させるほどに、純朴で敬虔すぎる瞳であった。

 

「なんと──」

 

 放心に近い動揺。

 解法を求め、ソーは己の裡に問いかける。

 神への信仰以外の、智慧を削ぎ落とした瞳。

 それが、より集まっていること。

 幼子だけが寄り添い、知恵者の導きなく生きていることは、ヒトの世の健全ではないだろう。

 だから、ソー自身もまた、ヒトの世を知る相棒に問いかけた。

 マイティ・ソーのヒトの世の姿。

 人間の医師たるドナルド・ブレイクに。

 だが、返事がない。

 再び名を呼ぶ。 

 しかし、返事はない。

 眠っているのか。

 あるいは……

 

「どうしたんですか、神さま──っ!!?」

 

 言葉に迷うソーの顔を、ゲルダが不安げに覗き込んだ時。

 雲を巻き取りながら、それは現れた。

 ソーたちの前に、それは、ふわりと舞い降りた。

 羽根を持っていた。ただし、頭から生えている。

 純白の衣に身を包んでいた。

 絹糸のように細やかな金髪を、腰の先より少し長く伸ばしている。

 その顔は、精悍ではあるが、大人びているが、同時に少女の面影を強く残す。

 顔、首、肩、腕、脚。

 肌が露出する造形が美しい。

 白銀の世界においてなお、ヒトの目を止めるに足る、美しさがあった。

 纏うケープから覗く肢体は意図的に造られた美しさだ。

 強く、大きな太陽の煌めきをものともせず、白い肌である。

 髪、皮膚、肉、あるいはその骨に至るまで、一分の隙もない、磨き上げた美によって形成された創造物であることがソーにはわかった。

 不自然極まりない、自然。

 ヒトの形をしているが、ヒトではない。

 金剛に輝く槍を右手に持ち、同色の円形の盾を左腕に備えている。

 戦士の証明。

 

 ひと目で、わかった。

 その姿形は、必ずしもソーの記憶には一致しない。

 だが、ソーの優れた直感と、やはり滲み出す郷土愛が、その正体と名を看破する。

 

 『戦乙女(ワルキューレ)』。  

 

 名は、スルーズ。

 

 全能なる父、偉大なる王。

 大神オーディンに創造され、選ばれし、戦乙女(いくさおとめ)のひとり。

 その中でも、特にソーと縁深いもの。

 

「み、御使いさまだ!」

「わあ! きれい! どうして? どうして?」

「まだ、定めの日ではないよね?」

 

 超常者の登場に沸き立つ子供たち。

 反して、ソーの心は静かであった。

 構えなかった。

 敵意はないことは一目瞭然だからだ。

 ただ、無言で、その斜線上から庇うように、ゲルダの前に立った。

 

「……驚きました。まさか。()()とは判りながら、あえて言いますが──本当に……我らが北欧の雷神。アース神族最強の戦士。トール……なのですね」

 

 スルーズの声は、機械的に事実を述べた。

 神によって入力された戸惑いを、戦乙女()()の感じた戸惑いを、そのまま言葉に乗せた。

 ソーを見るサファイアの瞳が、少し、大きく開いている。

 

「スルーズ、戦乙女よ。我の知らぬ姿であろうと、その魂の色は我の知るものに相違ない。ならば我は、そなたにこそ説明を求めよう。ここが何処であるのか……一体、()()()()()()()を」

「はい。そのためのプロセスを、私は我が神に入力されております、雷神トールさま。我が神の元にあなたを案内するため、私はここに参上したのです」

 

 すまぬ、ゲルダよ。

 ソーは言った。

 

「しばしの別れだ。世話になった」

「……ううん。神さまなんだもん。神さまは、お城に住むんだよね? だから、お迎えに御使さまが来られるのは、とうぜんだよね……」

 

 ゲルダは、残念そうに目線を泳がせた。

 ソーは再び、ゲルダよ、と名を呼んだ。

 膝を折り、目線を合わせる。

 彼女の目が、ソーを収める。

 強い瞳が、彼女の不安を覗き込んだ。  

 

「案ずるな、ゲルダよ。神は例えそこになくとも、常にヒトに寄り添うもの。我が姿が例えそなたに見えなくとも、我が雷と心はそなたの側にあろう」

 

 ソーは、そう言って膝を立て、スルーズに向き直った。

 

「待たせた。では、参ろうか」 

「はい。女王がお待ちです」

 二人は、空に飛んだ。

 ゲルダは、子供たちは、空に小さくなっていく偉大なものを、見つめていた。

 

 

2.

 

 

 氷の城に、ソーは招かれた。

 蒼く、しかし透き通るような純度に飾られた、雪原と銀世界にふさわしい、美しい外観である。

 城を眼下に捉え、正門に向かって降下を始めた時、そこに、沈殿するように漂う絶大な魔力をソーは感じ取る。

 

 門をくぐり、廊下を抜け、いくらか歩いた。

 会話はない。

 スルーズに先行させ、ムジョルニアの肢を握る。

 歩みを深く、奥に進むたびに、ソーの眼が真摯な輝きに引き絞られていった。

 

 たどり着いた広間。

 空気がふわりと入れ替わる。

 一段と美しい氷雪世界であった。

 山のように大きな氷を削り出し、整えたような世界。

 そう──神の世界だ。

 部屋は外観のみならず、その気温が冷たい。

 生物が恒常的に暮らすことは叶わぬであろう。

 つまり、これは神が、神のために作り上げた世界なのだ。

 見上げる。

 その神に目線を合わせるためには、少しだけ、首をもたげる必要があった。

 玉座は二段式の、階段の上にある。

 視線常に、その世界を一望するための高さにあった。

 

 そこに座る、少女。

 紫のドレスを着ている。

 紫の髪を伸ばしている。

 宝石のような瞳が、ソーたちを見ていた。

 光の角度によって、その色は紅にも見えるし、その髪や服と同じく、紫にも見える。

 言葉に詰まっている様子であった。

 口角を噛むように結んでいる。

 何を話すのか、どう動くのか。

 考えるより、動くよりも、逸る気持ちがその身体から滲んでいた。

 

「スカジ──か」

 

 ソーの呼ぶ名に、しかし、かぶりを振った。

 

「スカディだ。私は……やはり、トール……トールではあるが、そなたは……」

 

 ああ、

 ああ!

 だがしかし!

 だがしかし、私にはわかる。

 そなたはトールだ。

 オーディンソン。

 オーディンの長子、勇猛果敢の戦神。

 木曜日を告げるもの。

 

 こぼれだした。

 口を開いた瞬間にである。

 それは、スカディの言葉であり、心が。

 ()()()()()()()、スカディの口から正しくこぼれだした。

 

 

3.

 

 

「いや、すまぬな。別人──いや、別神であるとは、判っている……」

 

 だが、と続きそうなためらいがあった。

 スカディが理性的な言葉を紡ぐために、しばらく時間を要した。

 ソーはその間、ただ黙って、真摯な表情で、スカディの心を受け止めていた。

 並々ならぬ異常。

 スカディの魂に刻まれる、尋常ではない経緯を、その狼狽から察してのことであった。

 

「ここは、並行世界の北欧であろう」

 

 ソーは言った。

 不思議ではない。

 ソー自身、別宇宙の自分は初めてではない。

 もっと言えば、別神となる、北欧の神々を見るのは初めてではない。

 同じ名を持ち、同じ逸話を持ち、同じ力を持つ。

 だが、異なる歩みにて歴史を綴る神々の存在は、ソーにとっては既知である。

 

「そのようだな」

 

 スカディの言葉はすっかり落ち着いていた。

 ようやく、どの言葉を適度に選べば良いのか、判断がつく状態となっていた。

 

「そなたがトールであることに変わりはない──だが、私の知るトールではないのは事実。ならば、私はお前をオーディンソンと呼ぼう」

「好きに呼ぶがいい、スカディよ。我はこの世界について説明を求める」

「無論だ、そのために呼んだのだからな。代わりに、私も、そなたのことを知りたいと思うがよいな……?」

「構わぬ。我が知りうる限りのことを語ろう」

「ああ……ただし」

 

 酒を飲みながら、とはいかぬぞ、オーディンソンよ。

 

 スカディは微笑みながら、揚々と告げた。

 ソーはむぅ、と口を結びながら、渋々と、

 

「ここはそなたの世界。それがそなたの法というならば、従おう……」

「ふふ……ずいぶん物分かりがいいではないか。やはり、私の知るトールとはひと味違うようだ」

 

 スカディは皮肉めいた、悪戯な笑みを浮かべていた。

 それは、この三〇〇〇年において、久しぶりに浮かべる笑顔であった。

 

 

4.

 

 

「そうか……そなたもまた、滅びを迎えた先であったか……」

「さよう。我が身、我が力、我が心。いずれもビヨンダーズには力及ばす。我は友と、黄泉路を歩む道すがらであった」

「そなたを容易く屠る神々とは、にわかには信じられぬが──」

 

 スカディの視線が落ちる。

 その顔に影が差していた。

 いや、ソーの言葉。

 ソーの語る世界を知るにあたって、その美貌はたびたび色を変えていた。

 目を細め、頬をこわばらせ、感情を揺らがせる。  

 瞳に羨望を滲ませ、深く、重い視線がソーを射抜いていた。

 それは、ソーの言葉の深慮を探る目でもあった。  

 神の眼は、その視線ひとつに多面的な意味を含ませる。

 スカディの視線は、ソーの言葉に連なる、ソーの歩んだ歴史、世界を探らんとするものであった。

 

 それらを夢想せんとする、

 哀しみと羨みの目であった。

 

 比較しているのだ、とソーは思った。 

 我が守護した世界と。自らが守護する世界を。

 ソーの言葉によって、スカディには想起するものがあったのだ。

 そのひとつを、ソーは察する。

 それは、ソーがたった今知った真実。

 

 狂える『神々の黄昏』。

 狂える巨人の引き起こした、あり得ぬはずのラグナロク。

 ソーの世界に於いては『サーター』の名を冠する、終焉の巨人の異端が齎したもの。

 それとはすなわち、黒き日曜日。

 北欧神話の終末を司る焔、スルト。

 

 この世界は、終焉に終わらず、続いてしまった世界だという。

 残った唯一の神として、スカディが全てを支配する世界だと。

 

「笑うか」

 

 と尋ねたスカディに、

 

「笑わぬ」

 

 とソーは言い切った。

 

「そなたはオーディンではない。にも関わらず、その力を託され、三〇〇〇年の永きに渡って世を治めたのだろう? なればそれは、神の世にあっても真似できぬ偉業に他ならぬ。誰がそなたを乏しめようか」

 

 そなたの苦悩、このソーにすら計り知れぬことをここに打ち明けよう。

 

 ソーは言った。

 スカディは、

 

「……そう、か」

 

 と、顔を沈めて、苦笑を浮かべて。

 しかし、どこか満足気につぶやいた。

 決して白くはならぬ神の吐息が、その時ばかりは強い熱を持っていた。

 

 

5.

 

 

「しかし、ラグナロクすら乗り越え、ヒトと共にあれるとはな。いや、世界が違うのだから仕方ないのであろうが……少々ずるいと思わんでもないぞ」

「我らも一度は滅んだとも。その折、転生を果たしたに過ぎぬ」

「……オーディンは、()()()?」

「その答えは、スカディよ。幾多に紡ぐことができよう」

「……そうか。流石は大神よのう」

 

 神の会話であった。 

 紛れもなく、神々の会話であった。

 スカディの心は、きっと安らぎに満ちている。

 トールは、トールではない。

 証拠に……

 

「しかし、よほど良い経験を積んだと見える、オーディンソンよ。アベンジャーズであったか? 神々と戦列を並べるヒトの戦士たち……会ってみたいものだ」

「必ずしも良き行いばかりする者たちではないが……ヴァルハラに導かれるを問えぬほど、我が友に相応しき戦士たちよ」

「そのようだ。かのトールともあろうモノが、まさかこんなにも長話が得意になっているとは思わなんだぞ」

「……スカディよ、それはどういう意味か」

「いや、なに。私の記憶するトールは、長話となれば途中で飽きて暴れるか、酒を飲むか、寝始めるかする豪胆豪傑であったものでな、許せ」

「…………」

「ふふ。どうやら心当たりがないわけでもないらしいな、オーディンソンよ」

 

 楽しそうであった。

 事実、スカディにとっては楽しかった。

 

「それで、オーディンソンよ」

 

 スカディは問うた。

 

「どのみち、しばらくはこの世界に腰を下ろすのであろう? ならば、寝食はこの城でするがいい」

 

 派手なもてなしも、豪勢な食事も用意はできぬが。

 と申し訳なさそうに言った。

 だが、ソーは、

 

「それには及ばぬ」

 

 と返した。

 スカディにとって、想定しない返事であった。

 

「なぜだ、オーディンソン?」

「スカディよ。そなたの歓迎はこの銀世界において、我が心を溶かすが如く穏やかで芯に届いておる。が……」

 

 ソーは、出入り口を睨んだ。

 鋭い戦意を投げつけた。

 

「我を歓迎せぬものがおることは、事実であろう」

 

 出てこい。

 視線の先に向けて、ソーはいささか暴力的に、そう言っているのだ。

 ムジョルニアを握る手に力が入っている。

 今にも雷鳴が轟きそうであった。

 

 こっ、と足音が響く。

 そこから、ひとり。

 いや、ふたり、出てきたモノがいる。

 

「……申し訳ありません、トールさま。神々の会話にヒトが相席することは不敬かと思い──」

「そなたではない」

「──っ!」

「このソーの喉元に殺意を突きつけるものよ、姿を現すがいい。我に小細工は通じぬぞ」

 

 びりっ、と空気が張り詰めた。

 ソーの視線が、出てきた女性──オフェリアの前方に留まる。

 そこに、観念したと言わんばかりに、男が浮かび上がる。

 

「クク……雷神めが、器用なものではないか」

 

 仮面をつけ、全身を拘束具のような厳しい鎧で包んだ騎士であった。

 赤い──地獄の色を双眸に漲らせ、ソーを舐め尽くす視線を向けている。

 不敵な声であった。

 ソーの力、視線、その威圧をまともに受けながら、けろりとしている。

 尋常のものではない。

 その力も、その存在も。

 

「セイバー!」

 

 オフェリアが呼んだ。

 セイバーと呼ばれた男は、クク、と意味深に笑った。

 

「オフェリア、今すぐ俺に指示するがいい。この神を斬れ……と。雷神が相手となれば、俺も、存分以上に魔剣を振るえよう」

「セイバー、弁えなさい! 過ぎた冗談を私は好まないわ! ……申し訳ありません、女王陛下、雷神さま。この者は私の使い魔でありまして」

 

 それは、ソーにもわかっていた。

 魔力だ。

 二人は魔力と、『何か』で繋がっている。

 言い知れぬ力の奔流が、オフェリアとセイバーの間に結びついているのだ。

 

「スカディ、この者らが……」

「そうだ、オーディンソン。クリプターのオフェリアと、その騎士。どちらも私の客分であり、私の同盟者であり、()()()()()()に他ならぬ」

「…………」

 

 異聞帯となった北欧を、紡ぐために降り立った者たち。

 そして、北欧の地にある命である限り、スカディの愛する子供たちでもある。

 

 ソーは、身構えている。

 ムジョルニアを握る手には、まだ力が込められている。

 だが、この世界の唯一神たるスカディの顔を立てて、手を出すことを躊躇していた。

 

 ──殺そうか、愛そうか。

 

 それが、この北欧における、スカディの選択。

 それを三〇〇〇年続け、世界を綴り続けたスカディの覚悟と歴史には、敬意を払わなければならないだろう。

 だから、手を出すことを躊躇っていた。

 

「スカディよ」

 

 ソーは、スカディに視線を向けていない。

 その眼は、セイバーを見据えている。

 

「心苦しさを理解はしよう。だが、我はそなたの申し出を断る。我はそなたに()()()()()()()()()、この城を居城とはせぬ」

 

 それは、戦神としての勘であった。

 ソーの、経験が培う未来を憂う言葉であった。

 

 この城に在れば、近い未来、この男と殺し合うことになる。

 例えソーがそれを望まぬとも、それは確実に起きる。

 だが、スカディはこの者たちを『愛するもの』と決めている。

 ならば、その争い自体が、この世界の神の意向に沿わないことであった。

 もし、これを破れば、ソーはスカディにもムジョルニアを向けることになりかねない。

 何より、秩序そのものであるスカディ自身が、それを許す事が許されないのだ。

 なれば、ソーはスカディと、戦乙女たちと戦わねばならなくなる。

 

 それは、あってはならない事だと理解していた。

 

「クク……雷神よ、お互いこうなると不便なものだな」

「……騎士よ。覚えておくがいい、そなたの不穏は、もはや我が(いかづち)の知るところである。そなたがスカディを害するならば、たちまちその心臓を我が雷鳴が貫こう」

「ククク……大神(オーディン)の名にかけて、か?」

「そうだ。我が父の名にかけて、我がムジョルニアがそなたの命を撃ち抜かん」

「……クク、それはそれで、楽しみにしておこう」

 

 そこまで言って、セイバーは殺意を収めた。

 もっとも、敵意や不穏さは何ひとつ変わらずである。

 オフェリアが再び頭を下げた。

 それを、ソーは真摯に受け取った。

 

「ではオーディンソンよ。降る先はそなたに任せるが──くれぐれも巨人を狩り過ぎぬように努めてほしい。彼らも、私にとっては愛しき子であるゆえな……」

「スカディよ、そなたの願いはできる限り叶えよう。だが、それに関しては万全の約束はできぬ」

「……まあ、で、あろうな。ああ、懐かしき猛々しさよ。かつてはちょっと、暑苦しいとさえ思っていたが……今の私には、その勇猛ささえ心地よいものだ」

 

 そうして、ソーは城を出た。

 

 入城と同様にスルーズに同伴され、下界に降りた。

 

 

6.

 

 

「クク……楽しいものだな、オフェリアよ」

 

 セイバーは猛っていた。

 心の深層で燃え盛る黒煙が、オフェリアの目に見えるようであった。

 

 ソーが城から離れる様を、オフェリアは窓越しに眺めていた。

 

 不安に胸が軋む。

 

 既に、この世界には汎人類史の英霊が召喚されている。

 この城に殴り込み、あげく相対する自分をひと目見て求愛を捧げた弓兵がいる。

 戦乙女の頂点──セイバーを殺し得る英雄殺しが炎の城に監禁されている。

 そして、城の地下牢には女神の複合体たる、謎のハイ・サーヴァントがいる。

 

 これらの示し合わせる事実。

 魔眼で視るまでもない未来の情景。

 

 つまり、カルデアの到着が近い。

 

 祈りたい気持ちを、

 縋りたい気持ちを、

 オフェリアはギリギリで廃していた。

 

 通信を開く。

 相談せねば。

 

 蒼い光が目の前に浮かび上がり、ノイズが走る。

 なにはともあれ、キリシュタリア・ヴォーダイムに報告せねば。

 

 今、オフェリアの姿の無様を指摘する者はいない。

 セイバーは、オフェリアを愛している。

 だが、その姿には興味がなかった。

 彼は、間違いなくオフェリアを想っている。

 

 だが、痛々しいほどに、救いを求める少女の姿には、まるで興味がなかった。

 

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