【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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第三話:サン・オブ・スーパーメン

0.

 

 

 太陽のような男であった。

 

 大きな男が、雪原をお手製のスキー板で駆け抜けている。

 肩幅が広く、腰がしまっており、尻から太ももにかけてむっちりとした肉感に溢れている。

 栗色の毛髪。短く切った髪が、天に向かって巻き上げられている。

 もみあげが長く、指で容易に掴めるほどの厚みがあった。

 顎に、ひとかたまりの髭を添えている。

 お洒落なカタチに整えられていた。

 男の顔立ちは精悍さを携えており、決して下品でも不潔でもない。

 目に、火が灯っていた。

 大胆に光り輝く、情熱の火である。

 歩みゆく先々から明るさと熱を拾い集めて、その火が、だんだんと大きくなっているようだった。

 熱い視線の指す方向が、今だけでなく、遥かな未来までもを見ている。

 

 その未来とは、希望である。

 そして──愛である。

 

 大きな砲を、驚くべきことに、片手で担いでいる。

 優に五〇キロはありそうな、ともすれば一〇〇キロを超えていそうな、口の大きな砲身を、軽々と肩に持ち上げている。

 それを持ちながら、すごいスピードで、バランスを崩さずに雪原を駆け抜けていく。

 

 人間ではなかった。

 彼は、英霊だった。

 人理に選ばれた、人の世の英雄であった。

 

 名を、ナポレオン・ボナパルトと言った。

 

 輝ける銀世界に身を置く、

 熱き魂の快男児であった。

 

 

1.

 

 

 朝の時間。

 穏やかな風が吹いていた。

 大きすぎる陽光が、十分以上に世界を照らしている。

 降り注ぐ光熱が度を過ぎてなお、それが人体に不調や嫌悪をもたらさないのは、この世界の土壌がもともと、寒冷に身を沈めるからであろうか。

 

 ゲルダは、焼きたてのパンとサンドウィッチを詰めたバスケットを手に持ち、第二三集落の中をるんるんと駆けていた。

 歩くたびに、さくさくとパンが擦れる美味しそうな音と匂いがする。

 畑の方へと向かっていた。

 正確には、畑のそばにいるはずの、神のもとへ。

 

「ソーさま!」

 

 その大きな後ろ姿を見つけて、ゲルダは表情に花を咲かせた。

 屈託ない笑顔を浮かべ、スカートを少し叩いて、その隣に歩み寄った。

 

 ソーは、マントをはためかせながら首を振り向かせ、ゲルダを見た。

 その手に、指先でつまむほどの、少量の土が握られていた。

 

「ゲルダか、何用か?」

「えっと、その……はい! ご、ご飯をお持ちしましたです……!」

 

 いまいち締まらない言葉に、ソーは微笑んだ。

 そうか、と。

 いつもすまない、と笑った。

 

 ソーは、スカディの氷城を出てから、戦乙女たちに案内されて、ぐるりとこの世界を見て回った。

 いくつかの集落を遠巻きに見て、その状態を説明してもらい、山嶺に潜む巨人たちの縄張りなども、注意深く教えてもらっていた。

 時折、襲いくる巨人を倒した。

 時折、集落に立ち寄り雷神の豊穣の一面を見せた。

 

 そして、この世界の抱える問題を、いくつも理解していた。

 

 どこの集落にも、大人がいない。

 老人は当たり前におらず、ヒトが子を成すのも、まだ身体から成熟し切らぬうちであるという。

 そして、定めの日に従ってヒトは外に追放され、成すすべなく死を迎える。

 それに、この世界のヒトは、恐怖はあれど、疑問を持たない。

 

 ソーの頭を悩ませるものがこれであった。

 巨人を一掃すること。

 それによって人を救うこと。

 どちらも、ソーであれば可能だろう。

 一昼夜もあれば、この世界から全ての巨人種を一掃できよう。

 

 だが、彼らもまた、この世界ではスカディの子に他ならない。

 スカディが測る命の価値は、人も巨人も平等なのだ。

 それは、外様の存在であるオフェリアなる少女と、あの不穏なる騎士もそうである。

 

 ソーには、スカディの行いを傲慢と切り捨てることはできなかった。

 むしろ、こうまで深く他者に愛を持ち、世界に切り込めるものかと感心するほどであった。

 かつて、オーディンの兄たる邪神。

 サーペントによるアスガルドとミッドガルドの危機を前に、オーディンはソーに尋ねた。

 

 「そなたはどちらの味方だ? 人か、神か?」

 

 と、

 答えとして、ソーは迷いなく「人」を選択している。

 だから、心情を語るならば、人を護らねばならないと思っている。

 だが、そのための行い──つまり、巨人種の絶滅は、スカディの積み上げた愛と平定の三〇〇〇年を討ち倒すことにほかならない。

 

 責めることはできない。

 彼女には他に道がなかったのだ。

 死に際のオーディンにルーンを託されようと、それは全能(オーディンフォース)には程遠い。

 この世界の、おおよそ全てを平等に愛するスカディには、何ひとつ捨てることができなかったのだ。

 

 悔やむべき事実は、スカディだけが残ったこと。よりによって、スカディであったことなのだ。

 

 どこにも、導くに足る神がいない。

 スカディの他に神性を帯びるものは戦乙女たちだけ。

 しかし、この世界の彼女たちでは、スカディの秘める頂の葛藤を理解しきれまい。

 

 スカディ。

 心に名を刻み、この世界のスカディの姿を思い返す。 

 その言動にひた隠された感情を、瞼に浮かべる。

 

 あのスカディは、自らがかつて戦ったスカジ──つまり、サーペントの娘のスカディとは、まるで違う。

 他者を慈しみ、愛し、オーディンのことを心から敬愛している。

 この世界において、その身が女王然と在ることを、自らに戒めている。

 神であることを……唯一の……

 

 祝福されし気配はない。

 まるで、じわじわと呪いに蝕まれる、幼子を見るようであった。

 自らの玉座から向けられる魔力を吸い上げる時、そこから届く人々の呼吸を、足音を、せめてもの慰めにしている。

 だからこそ、ソーがスカディに敬意を示すと言ったのは、心からである。

 ソーは、自らもオーディンの後継としてアスガルドの王座に着いたこともある。

 だが、不本意に満たされ、覚悟が足りぬ王の在り方は、結果としてアスガルドに混乱を呼び、血と裏切りに玉座を染めてしまった。

 

 だが、ソーは、それは……それすらも、恵まれていたのだと思い直した。

 ソーはこの銀世界において、自らの過去を戒めた。

 仲間がいるから、争えたのだ。

 アスガルド神族は争いのない世界とは相慣れない。

 ともすれば、小さな内乱から世界を巻き込む大乱にまで及びかねないそれすらも、オーディンが創り出し、磨き上げ、そして育んだ家族と仲間がいてこそ起こり得るものだと。

  

 ここに、ほかの神はいない。    

 スカディだけなのだ。

 

 ──我が父よ。

 

 ソーは瞼を閉じて、心の中で唱えた。

 

 ──我が父であって、そうではない主神よ。

 

 ──あなたは、だからこそ、死にゆく我が身をこの世界に導いたのだな。

 

 解けぬ問題を紐解けと。

 救って見せよと。

 スーパーヒーローならばと。

 オーディンの啓示は試練である。

 

 ならば、ソーのやることはひとつである。

 北欧に生まれ、

 北欧を愛し、

 北欧を統べる神として、

 答えを示さなければならない。

 

 スカディも、ゲルダも、オフェリアなる少女も……巨人たちでさえ、救わねばなるまい。

 

 ゲルダと共に腰を降ろしたソーは、それを覚悟して、食前に祈りを捧げた。

 ゲルダも真似して、手を組み、目を閉じた。  

 静かな時間が流れていた。

 

 ゲルダの頬を、くすぐったい風が撫でている。

 ちら、と横目を開くと、真剣な表情で目を閉じる、ソーのハンサムな横顔があった。

 ゲルダは少し、頬を緩ませた。熱がほんのりと込められていた。

 

 それを、遥か空の上から、二羽の烏が眺めていた。

 黒々とした烏は、雲の下を、示し合わせたように一定の距離を保って飛んでいる。

 二羽の烏は、ソーが膝を折るのを見計らうと、眼下のソーとゲルダを取り囲むように、互いに旋回し合っていた。

 

 

2.

 

 

 その日、ソーは慣れぬ大工仕事に苦心していた。

 ある集落を訪れた時、招かれた家の戸口を力余って壊してしまい、その修理をしていたのだ。

 

 神さまを働かせるなんて!

 とその家主に止められたが、ソーは自ら責任を果たすと言って聞かず、金槌と錆びた釘を手に打ち直し──

 

 結果として、力有り余ってどんどん家を壊していった。

 

 家主といえど子供である。

 ガラガラとゴミになっていく我が家を見て、あられもなく泣き叫んだ。

 ソーは懸命に和ませようとするが効果はなく、最終的には騒ぎを聞きつけたほかの住民たちと協議して、最後には協力してもらって家を建て直したのだった。

 

「あなた、神さまなのに大工ヘタなんだね」

 

 時間としては、夕暮れ過ぎに、集落の男子に向けられた悪意なき言葉と笑顔に、ソーはむっつりとした苦笑いを浮かべるほかはなかった。

 

 

3.

 

 

 ある時は、ある集落の子供に頼られ、巨人のたむろする草原に降り立ち、花を集めようとした。

 

 現れた熱源に我先と群がる巨人を、ソーはムジョルニアで起こした旋風で吹き飛ばす。

 誰ひとりとして殺さず、ソーはその場を飛び去った。

 

 しかし、旋風の影響でつみ上げた花束もことごとく散っており、集落に降り立ったソーが握るものは、ほとんど茎の束であった。

 

 すまぬ、と口籠るソーに対して、頼み事をした女の子は一輪、花びらの取れていないものを抜き取って、

 

「ありがとうございます、神さま! わたし、とても嬉しいです」

 

 と頭を下げて、ほかの住民の元に駆け寄り、自慢して回った。

 

 ソーは、その様子を目を細めて眺めていた。

 柔らかな感情を与えられて、ソーの口角が微かに吊り上がった。

 

 

4.

 

 

 またある時は、寒さに凍えるゲルダのために、山嶺に燻る蒼炎を拾い上げ、暖炉に放った。

 

 たちまち、部屋の中に暖かさが満ちて、ゲルダはともだちを呼んで共に温まった。

 

 ソーは背を向けていた。

 表情が厳しく引き締まっていた。

 

 蒼炎を拾い上げた指先が、火傷している。

 アスガルド人の中でも格別の肉体を持つ、ソーの皮膚と肉を、その炎は容易く傷つけたのだ。

 

 言い知れぬ不安が、心に残っていた。

 

 

5.

 

 

「スルーズよ、オーディンソンの様子はどうだ?」

 

 氷の城。

 玉座にいるスカディは、目の前で傅く戦乙女に言った。

 呼び出され、礼もそこそこに打ち切られ、ぶしつけに問われたのだった。

 上機嫌であった。

 普段から、穏やかで、愛らしく、一抹の冷淡さを併せ持っているスカディではあるが、オーディンソンが来てからというもの、その顔は日々生き返るようであった。

 

 だが、優しく投げかけられた質問は、スルーズには些か返しに困るものだった。

 

「お言葉ですが、雷神の様子なれば、私などに聞くまでもなく、女王陛下はお知りになられているものかと──」

「私は、おまえの口から聞きたいのだ」

 

 スカディはふふんと笑う。

 少しだけ顔を傾けて、流し目である。

 悪戯な愛嬌があった。

 

「私は、入力されたこと以外は……」

「本当にそうか? 我が父の抱擁を経て、何も感じぬと?」

「────!」

 

 スルーズは、北欧神話においては、雷神トールの娘である。

 この世界に限って言うならば、戦乙女は大神オーディンが創造したものであり、ソーの世界においては、ソーには恋人はあれど子供はいない。

 

 だが、この世界は紛れもなく北欧である。

 なれば、訪れた雷神にその側面があることは「現実(テクスチャ)」を通した事実でもある。

 

 この惑星においては、神話の姿、人の営みに育まれる真実の姿は、ひとつではないのだ。

 

 スルーズは喋り出すために、一拍、二拍と十分な間を置いた。

 

「私は──排除の必要を訴えます」

 

 そして、驚くべき言葉をスカディに投げた。

 スカディは驚くでもなく、ほう、と漏らす声に、再び疑念を滲ませる。

 スルーズは若干顔を伏せて、続けた。

 

「あれほどの力を持つ雷神です。この世界に変革を齎す存在であることは明白かと」

「…………」

 

 スカディは、黙って聞いていた。

 スルーズの言いたいことがわかっているのだ。

 マイティ・ソー。

 あれは、自らをヒーローと呼ぶ。

 ヒーローとは、人を助け、悪を挫き、救うもの。

 今は、スカディの言いつけに従い、思うより多くの巨人たちを殺していない。

 遭遇しても、出来るだけ生態系を傷つけぬように振る舞っている。

 

 だが、定めの日が近い。

 人を、あるはずもない、ヴァルハラに導く日が。

 それを、マイティ・ソーなるヒーローが、みすみす見逃すだろうか。

 いや、ありえないと断じれる。

 この数日で、マイティ・ソーが、元の世界でいかにヒトに寄り添い、ヒトを理解し、愛し、愛されていたかは実感している。

 

 なればこそ、目の前で失われるヒトの命を、あれは見捨てまい。

 

 それもまた、スカディや戦乙女たちは実感していた。

 

「ならば戦うか? あの雷神と」

「雷神は……戦乙女(わたしたち)が、束になっても敵う相手ではありません。計算するまでもないことです」

「ふむ、ではどうする?」

 

 意地悪な問いが続く。

 スルーズにとって、これはまさに、母に叱られる幼子の心地であった。

 困り果てて、目を閉じた。

 暗闇の中に、ふっ、とスカディの笑いが落ちた。

 

「すまぬ、いじわるが過ぎたな」

「いえ、答えを持ち合わせぬ無知を、どうかお許しください」

「かたいものよ、相変わらず」

「…………」

「私は、私も、変わる気がしているぞ、スルーズよ」

「変わる……ですか」

 

 ああ、とスカディは答えた。

 可憐な、ささやきのような言葉に、イキイキとした力が乗っていた。

 

「良くも悪くも……あれほどの神だ。この世界は、変わるだろう」

 

 それは、見上げるスルーズが、初めて見る表情であった。

 いや、これを昔、見たことがある。

 一度ではない。

 記憶を探る。記録に手を伸ばす。

 

「今、面白いことが起こっておる。ふふ、未知の未来に胸が高鳴るなど、三〇〇〇年ぶりか……」

 

 ああ、そうだ──

 スルーズは思い出した。

 

 三〇〇〇年。

 三〇〇〇年前のスカディは、こういう風に笑う神であった。

 

 

6.

 

 

 その男と、ソーが対峙したのは必然であった。

 その男が言うには、だが。

 

「ヒトではないな」

 

 集落の中で相対した男に対し、ソーはひと目でその本質を看過した。

 ヒュウ! とその男は口笛を吹いた。

 空気を高く揺らすその音に、並々ならぬ自信が漲っている。

 一見軽々しいその動きが、やけに似合う男であった。

 

「すげえな、さすがはかの雷神だわ。その威厳、この威圧。オレたち二人の間の空気がビシビシと張り詰めてやがる」

 

 スカディとは全然違う神々しさってヤツだな。

 正直怖いぜ……ちょっとだけな。

 

 口が作る言葉と、奏でる音に落差がある。

 男は、巨大な砲身を握る手に、しっかりと力をこめていた。

 いつ、どのタイミングでソーが動き出しても、即座に戦闘態勢に入るためである。

 

 ヒトではない。

 そして、並々ならぬ戦士である。

 オフェリア・ファムルソローネの使い魔と同類であろうか。

 

 ソーが口に出すと、男は「そう、それ! なんだ、オフェリアにも会ってるなら話が早いぜ」と言った。

 

「オレの名前はナポレオン・ボナパルト。汎人類史の英霊さ」

 

 臆面なく、その男は胸を張らせて名乗った。

 汎人類。

 その言葉を、ソーはスカディとオフェリアに聞いている。

 ソーの心がわずかに震えた。

 その機微を、ナポレオンは敏感に感じ取っていた。

 

「ちょいと、場所を移してもいいかい?」

 

 

7.

 

 

 はっきり、結論から聞くぜ。

 

 ナポレオンの言葉は、どこまでも堂々としていた。

 ソーの目を真っ直ぐに見据えている。

 ソーはその視線、その瞳の中に、炎が宿っていることに気づいていた。

 ここに住まうものに負けぬほど純朴で、強い意志と情熱の籠った目だ。

 

「この世界は異聞帯──つまり、汎人類史からしてみれば、存在しちゃいけない世界ってわけだが……」

 

 それも、ソーはスカディに聞かされていた。

 ここ数日、下界で過ごす日々は、その確認のためでもあった。

 歪な世界であることは、最初、ゲルダに招かれた時から気づいていた。

 だが、それが果たして滅ぶに値するほどであるのか。

 

 ナポレオンの声は、はきはきとしている。

 ソーの思考に遠慮なく割り込んだ。

 

「もうすぐ、これを正すために、カルデアって組織がこの世界に来る。オレは、そいつらと組んで、この世界を無かったことにしなきゃならない」

 

 ナポレオンの瞳に宿る炎に、覚悟が染み込んだ。

 

「で──アンタはどうするんだ?」

 

 ソーは、

 ソーは……答えに窮していた。

 

 滅ぶはずの世界。

 世界の世界をかけた、生存競争。

 ソーの目から見て、この世界の者たちが滅ぶのは、忍びないというハナシではない。

 当然、許せない。

 だが、元を正せばこの世界が間違っている。

 それは、ソーの一方的な視点の話ではない。

 その正しさを測るものが、そう言うのだ。

 その間違いを奇跡と謳い、しかし、心中で誰より間違いだと認めるものは、この世界の唯一神。    

 

 つまり、スカディであるのだから。

 

 そして、ソー自身がそれに、軽々しく答える口を持てない。

 

 なぜなら、自分達もまた、インカージョンによって滅びゆく世界を前に、異なる世界と戦争を行っていた事実がある。

 

 インカージョン。

 無限に存在する多次元宇宙の全てが衝突を繰り返し、泡のように消え去る超宇宙的災厄。 

 最終的には全ての宇宙が滅びさると、リード・リチャーズは断言していた。

 

 これを起こしたものが、

 『象牙の王たち』

 『宇宙外の神々』

 ソーの命を奪った異邦の神。

 

 ビヨンダーズなのである。

 

 最後に残った宇宙は二つ。

 赤い空、宙空に並ぶ二つの地球。

 私たちと、彼ら。

 異なる歴史を紡ぐ者たち同士は、最後の最期、生存を賭けて戦ったのだ。

 

 だから、汎人類史と異聞帯という生存競争に対する答えを、ソーは導き出せずにいる。

 

「オレとしては──」

 

 ナポレオンは言葉を紡ぐ。

 

「アンタとは戦いたくない! 正直、勝てる気がしないからだ」

 

 もっとも、

 と続ける。

 

「戦うとわかっていれば、それなりに足掻ける。なにせ、人間のやる戦争には、えげつない裏技がわんさかあるからな」

 

 実感のこもった声であった。

 にやりと、白い歯を見せて笑いかける。

 冗談でも、強がりでもない。

 仮に強がりだとしたら、それをおくびにも出さないこの男は、なんという強きものであろうか。

 

「だから、今、ここでアンタの答えを貰いたい。汎人類史の残滓にすぎねえオレが、かの雷神に戦の何かを問うのは烏滸がましいかもしれないが……今、まさにこの瞬間が、戦局を決める神の一手──そのぐらい切羽詰まる場面だってことを、理解してほしいぜ」

 

 ソーは、沈黙であった。

 だが、ナポレオンは待った。

 その沈黙を、少しも恐れていなかった。

 

「我は、この世界を救う意志がある」

 

 ソーの言葉は、自らに問いかけていた。

 

「しかし、そのカルデアとやらを、ましてやそなたを軽んじる気は毛頭ない」

 

 ひとつひとつ、確認するものであった。

 ナポレオンは、黙っていた。

 さっきまでの飄々とした雰囲気が嘘のように、その顔に貼り付けるものは、歴戦の戦士の表情である。

 

「……わかったぜ」

 

 ぽつり、

 長い沈黙に首をもたげる前に、ナポレオンが言った。

 重石にメスを入れて、するりと切り裂くような、滑らかで鋭い声である。

 

「じゃあ、とりあえずアンタは見届けててくれ」

 

 そして、表情がころりと変わる。

 人懐っこい微笑みが浮かんでいた。

 

「すまぬ」

 

 とソーは言った。

 

「いや、上等さ」

 

 とナポレオンは答えた。

 そして、張り詰めた空気を大袈裟に破るように、ふいーと息を吐いた。

 

 凄まじい男だと、ソーは思った。

 

 この男は、このソーを敵と思いながら、その意志を確認し、約束をさせるために眼前に赴いた。 

 カルデアのため。

 人理のため。

 それも、無論あるだろう。

 使命を果たすべく覚悟を秘め、道を成すために歩みゆくヒトの強さを、ソーは身に染みて知っている。

 

 だが、この男の奥底に燻るは、それだけではない。

 おそらく、ナポレオンという炎は、責任感だけでこの局面に足を運ぶ男ではない。

 

 となれば、その理由をソーは察する。

 

 ──愛のため。

 

 ナポレオンは飄々とした空気のなかにいる。

 しかし、その瞳の中で、情熱が瞬いている。

 星を宿す──いや、その情熱のためならば、ともすれば、それを貫くために星を焼き尽くさんとする、情愛の熱であった。

 

 だから、ソーは敬意を払った。

 こんな人間もいる。

 汎人類史というものは、おおよそ元いた世界に似ることは想像できていた。

 

 ならば、かのキャプテンたちに比肩しうる男たちがいることも、予想していた。

 

 

 それから、ちょうど一日をすぎる頃であった。

 北欧異聞帯に、カルデアが入り込んだのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8.

 

 

 その男は、カルデアが到着する半日前、第二三集落に降り立った。

 

 最初に見つけたゲルダに対し、軽く挨拶をしあった後、

 

「腹が減った」

 

 と男は言った。

 空腹でしょうがない、と。

 

 ゲルダは、男を家に招いた。

 そして、自分のお昼ご飯であったパンを、男に笑顔で差し出した。

 

 もらおう! と男は言い、うまい、うまいと言いながら、男はサクサクとパンを平らげた。

 

 ありがとよ。

 

 男が笑ってそういうと、

 ゲルダは「どういたしまして」と言った。

 

 よほどお腹が空いてたのね。

 と続けた。

 男はまあな、とそっけなく返した。

 

「ここ最近──力を使いっぱなしでな、常に腹が減ってたんだよ。ギャラクタスもかくやだな、笑っちまうぜ」

 

 男が揚々と語る言葉に、ゲルダは首を傾けた。

 

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