【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】 作:ロウシ
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0.
不安だった。
オフェリア・ファムルソローネの心中は、穏やかではなかった。
暗中模索。
その心は、船頭のいない泥舟に乗って、あるはずもない宝を探しに、底なし沼を進むが如く心地である。
暗い暗い未来へと。
今にありながら、時の歩みに従って、進むごとに自らが沈みゆく未来がわかってしまうようだった。
最初の謁見──というよりは、神同士の再会か。
スカディとソーの会話。
そして、セイバーとソーの対峙。
息が止まりそうになる瞬間であった。
神々とした力同士が戯れ、次に、神を滅さんとする力が神たるソーと静かにぶつかり合っていたのである。
人の身にありながら、全ての事情を把握しているオフェリアには勘弁願いたいシーンの連続である。
ソーが城から去った後、オフェリアは雷神の訪れをキリシュタリア・ヴォーダイムに報告し、相談した。
我ながらに混乱していたが、この行動に間違いはないと自負している。
どのようにすればいいのかを尋ねる。
我らがリーダーに。
心を落ち着かせ、ひとつひとつの言葉を慎重に詠唱する。
ソーはトール──つまり、正真正銘の雷神である。
北欧神話において、ともすればオーディンの名声に並び、主神とも讃えられる神の降臨。
疑いようはなかった。
その戦闘能力、その威光、その存在の全てが、自身の手に余ることは明白であった。
報告を聞いた瞬間、キリシュタリアの表情は明確に驚嘆に染まり、戸惑いの色さえ見せた。
彼は言葉に詰まり、神妙に瞼を閉じて見せた。
それは、オフェリアも見たことがないほど、真剣な表情であった。
キリシュタリアはしばらく考え込み、更なる仔細をオフェリアに問い立てた。
はい、と頷いて、雷神の秘める恐るべき力と存在を、オフェリアは感じ取ったままに伝えた。
破格の魔力。
破格の神格。
超然の存在。
超然の体現。
百歩譲った話である。
仮の話、
スカディと敵対することになっても、スカディと戦乙女たちだけならば、
異聞帯の要は、空想樹の安定にある。
それを収め得る王の存在も要訣極まりないものではあるが、最悪、世界を安定させるためには代理を立てればいいと考えてもいた。
最悪の場合には、であるが。
オフェリアとて、スカディに対する心情は極めて好意的であった。
自らを北欧全ての『母』と断じ、オフェリアはおろかセイバーですらその対象にしてしまう寛容さは、いっそ愚かしいほどに甘く、優しいのである。
言い換えれば、北欧に存在する全てのものを庇護下に、自らより格下と定めるのがスカディの王の姿勢である。
そして、そのスカディが、明確に「対等の関係性」を見出しているのが、かの雷神なのだ。
この一点だけで、途方もない脅威である。
異聞帯の王が、自らに並ぶことを赦す存在を、世界に抱き込んでいるのだから。
ただでさえセイバーの本質が、力だけならばそれを凌駕せんというのに。
言うなれば、現在この北欧には、異聞帯の王クラスの存在が三体も同居しているのだ。
スカディを除けば、後の二人はイレギュラーにして、脅威。
だからこそ、オフェリアの未来への心労は加速度的に吹き溜まっていた。
余談ではあるが、異聞帯の王をすげかえる──これが、いかに甘い考えであるのか、そして難しい話であるのかは証明されている。
奇しくもロシア異聞帯において、自らのサーヴァントであるアナスタシアを皇女たらしめんとした、カドックの苦心に似るところではあった。
はあ、とため息が出る。
状況を整理すれば整理するほど、人の身には余りある状況と立場、そして責任であった。
ともかく、オフェリアの予想が正しければ、本当にいざという時には、スカディのみならず、かの雷神が相手となる可能性が高い。
そうなれば、いくらセイバーを差し向けたとてそうそううまくはいかないだろう。
セイバーの……
セイバー自身は、その逸話からして、雷神に負けるつもりなど毛頭ないのだろうが。
証拠に、彼は日々、雷神と相対するその時を楽しみにしている風ですらあった。
また、スカディ曰く、あの雷神は自らの知る雷神とは、ひと味もふた味も違うとのことだ。
その力、魔力、その神性。
こと──性格にかけては、特に。
それは考えるまでもなく、オフェリアにもわかっていることであった。
元からかの雷神は、争い事の神ではないスカディと違って、戦争と強さの象徴であり、北欧における数々の冒険、英雄譚を彩る、バイキングたちの頂点ともされる神なのだから。
もっと乱暴な存在だと思っていた。
話の通じぬ、神らしい神であると。
…………
考えれば考えるほど、未来が暗い。
魔眼で観るまでもない。
カルデアの到着の近い現状、その存在は不穏な要素に他ならないのだ。
スカディは雷神を信頼し、雷神もスカディを信頼している。
だが、そこにカルデアが介入すればどうなるか?
汎人類史が地球の正史である以上、この世界が間違っていることは明白であり、それは既に雷神の既知である。
ならば、汎人類史を取り戻さんとするカルデアに、雷神は迎合するのではないか?
そうなれば、スカディはどう振る舞うのか。
オフェリアの不安の要点はそれであった。
雷神は強い。
スカディが戦乙女を率いて戦っても、負けるかはともかく、勝てるとは思えない。
そもそも、スカディは雷神を古き友として信頼している。
雷神がこの異聞帯と敵対すれば、例えスカディがその上で雷神と敵対したとしても、異聞帯存続の意志に、歪みが生じるのではないか?
隠せど隠せぬオフェリアの焦燥を、モニター越しに、キリシュタリアは食い入るように聞いていた。
『オフェリア。どうやら想定を上回る苦労を被っているようだね……』
言葉のまとまったキリシュタリアは、まず慰労を口にした。
オフェリアは視線を伏せて、珍しく素直に息を吐き、はい、と言った。
どっ、と、疲れた熱が吐き出された。
『すまないが、しばらくは静観に徹し……様子を見ていてほしい』
悠長な判断であった。
オフェリアの心に、やはり……と諦観の念が顔を出すほどには。
だが、と思い直す。
いや、と、わかっている、と心中で頭を振る。
賢明な判断でもあるのだろう。
雷神はスカディを信頼している。
スカディも雷神を信頼している。
特に、三〇〇〇年ぶりの同胞の訪れに、スカディは見てわかるほどに浮き足立つ心地だ。
そして、正しさを尊ぶかの雷神が、クリプターに賛意を示すとは思えない。
だが、スカディの心を汲み取れないほど愚鈍でもないだろう。
雷神は敵対する。
カルデアも敵である。
そして、スカディはわからない。
戦乙女はスカディに従う。
こちらの戦力として期待できるのは、セイバーのみ。
戦力差が明白すぎる。
だから、ぎりぎりまで見極める必要がある。
スカディの言動を、雷神の機微を、彼らの選択、振る舞いひとつで世界の行く末が大きく変わる。
ひいては、クリプターの行く末を左右しかねない。
それほどの力を、スカディも、セイバーも、雷神も持ち合わせているのだ。
そこをいくと、キリシュタリアの言葉はやはり正論なのだろう。
思考を巡らせて、だからこそ、と結論づけた。
使命感に身をやつすオフェリアは、背中を押されたのだと思った。
オフェリアはおもおもしく頷いた。
はい、と必要以上の力を込めて、言った。
1.
まだ、朝であった。
ソーは各集落を飛び回り、忙しく村民の言葉と心に耳を傾け、親交を深めていた。
未だ、方法が見つかっていない。
その心は、なんとしてもこの世界を救うことに決めているが、未だにその妙案がソーには浮かんでいなかった。
ナポレオンとの邂逅から、カルデア──悪い言い方をすれば、この世界を破壊せんとする者たちの到着が近いことはわかっている。
しかし、彼らを悪と断じてムジョルニアを振るうことはできない。
なぜなら、彼らもまた、自らの正義のために動いているからである。
ナポレオンから伝え聞く、その正義の全容も、ソーの心を納得させるに足るものであった。
自らの世界を取り戻すために、失われた人々のために、彼らはこの世界を破壊しなければならない。
そして、スカディらの言葉の通りならば、本来間違っている世界はこの世界の方なのだという。
さもありなん。
この世界は異常極まる。
ヒトが成人と共に死に、巨人が闊歩し、異常な太陽が世界を照らし続け、山嶺に怪しげな蒼炎が燻り、この大地以外に、地続きの世界が存在しない。
スカディの心は理解する。
その苦労も、理解はできる。
だが、この世界の正否を問うにあたって、その献身は秤にかけるべきではない。
この世界は間違っている。
それは、間違いない。
だが、それはあくまで『世界』という観点から見た、無情の裁定に他ならない。
なぜなら、ここに住まう者たちは、確かに生きているからだ。
歳若き人間たちも、巨人たちも、わずかに寄り添う動物たちも、彼らの息も、鼓動も、流れる血も、偽物ではない。
ソーの手から、一輪の花を取った少女の笑顔は紛れもなく本物である。
ましてや、それを三〇〇〇年保ち続けたスカディの苦労、疲弊した心は事実として存在する。
それら全てをまやかしと断ずる冷徹さを、ソーは生来持ち合わせていない。
どちらも悪ではない。
唯一、悪と断じれそうなのは──インカージョンにおけるビヨンダーズに相当しそうな存在は、『異星の神』なるものであるが、相対する手段がソーにない以上、今すぐ打ち倒すこともできない。
「神さま、ソーさま。どうかされました?」
第二三集落において、ゲルダに問われた。
ソーは、うまく言葉を紡げなかった。
「あのぅ……ソーさま。お願いがあるんです」
顔に影を落とすソーの心を知ってか知らぬか、ゲルダは言葉を落とした。
3.
「ズイブンと、面白いことになっているようですねぇ」
氷城の中、自分のためにと用意された個室であるにもかかわらず、オフェリアの背後から声がかけられた。
セイバーの声ではない。
女の声であった。
甘ったるい、甲高い声であった。
妙に人心をくすぐる、媚びたような声である。
砂糖菓子を気化させて、ついでに大気を振動させたなら、甘い匂いとと共に、きっとこんな音がするのだろう。
その声の主は、オフェリアの既知である。
タマモヴィッチ・コヤンスカヤ。
『異星の神』の同盟者。
クリプターの、敵でもなければ、おそらく味方でもない存在。
オフェリアを見る金色の目が怪しく光っている。
傍目で見ても、防寒器具を這い出して、その身の上から、人心をとろかせる怪しさが滲み出ていた。
向ける意識を絡め取って平らげるような、甘く恐ろしい罠である。
ぴりっと、オフェリアは神経を尖らせた。
隙を見せてはならない相手である。
コヤンスカヤは面白がって、ころころと傍目には可愛らしい笑みを浮かべた。
「今、貴女に構っている暇はないのだけれど」
ツンケンした態度を取る。
もちろんワザとだ。
だが、それにしては自然と、呼気が強くなっていた。
できれば、関わり合いになりたくない相手であった。
コヤンスカヤと相対する時は、気を張り詰めなければならない。
こちらの心の隙間を見つけて、にべもなくするりと入り込み、中からめちゃくちゃにかき乱してくる……コヤンスカヤとは、そういう手合いなのだから。
相対するだけで疲れる。
この世界に彼女がいるというだけで、常に神経を尖らせておく必要があった。
「ええ、もちろんそうでしょうね。せっかく、ここまで順調に空想樹を育てたというのに……まさかまさか、カルデアの来訪のみならず、異界の雷神まで降臨するだなんて」
悲しみを携えるフリをして、コヤンスカヤはおよよと目を伏せる。
同情するフリをして、その実、オフェリアに向けられる意識──金色の瞳は愉悦に澱んでいた。
オフェリアは一層強く睨みつけた。
コヤンスカヤはたまらず、あらあら怒らせてしまいましたか。と、とぼけた顔で慄いたフリをした。
「なんだか事を難しく考えすぎのようですが、そこまで思い詰めることもありませんでしょう? アナタには
「…………」
オフェリアは眉を顰めた。
コヤンスカヤはあらあら、と言った。
せっかく美人ですのに、そう眉間に怒りばかり寄せていては、台無しですわ。
と冗談めかして言った。
「何を企んでいるの」
断定する物言いであった。
コヤンは失礼ですわ、とこぼした。
「
撤退?
やはり、あの雷神の存在はコヤンスカヤをして、脅威に他ならないのか。
「いえ、違いますわ……いや、それは違わないんですが、ええ。ちょっと、雷神とは違う意味で、私の手に負える相手ではなさそうなので……」
「?」
オフェリアには、コヤンスカヤの言葉はチグハグに聞こえた。
疑念に視線が揺らぐと、コヤンスカヤはごまかすように大袈裟に笑って、
「まあ、大丈夫ですわよ。オフェリア・ファムルソローネ。この世界はアナタが思うより単純にできていますわ。そして、ごくごくシンプルに──救いある結末を迎えますことよ」
コヤンスカヤはつまらなさそうな表情を浮かべていた。
しかし、言葉に乗せる心は、真剣であった。
4.
「現れたようだな」
玉座のスカディがつぶやいた。
誰にかける言葉でもない。
自然と、口から出た言葉であった。
目を閉じていた。
視覚を塞ぐ代わりに、その身に帰結する魔力の色に心を傾けていた。
カルデアなるものたち。
オフェリアの敵対者たち。
汎人類史の生き残り。
とうとう、この北欧にたどり着いた。
オフェリアの差し向けた騎士を、命からがら退け、この世界の散策を始めている。
なんだ──
と、
可愛いものたちではないか。
とスカディは思った。
自らの世界のために、世界を滅ぼす者たち。
どんな悪辣とした怪物かと思っていたが、小さい者たちではないか。
足掻き、苦しむ、愛すべきヒトではないか。
殺そうか、愛そうか。
判断を揺らがすまでもない。
愛そう。
スカディはそう決めた。
「良き
古めかしく荘厳な声が響いた。
スカディの斜め正面下から。
つまり玉座の下から。
スカディはゆっくりと目を開いた。
思っていた通りの人物が、そこにいた。
「オーディンソンよ、今帰ったか」
「北欧の大地が揺れた。おそらくは、我やそなたでなければ気づかぬほど微細に」
何があった?
とソーは聞いた。
カルデアよ。とスカディは答えた。
ついに来たか、とソーは言った。
ああ、とスカディは返した。
「既に、オフェリアの騎士が赴いたが……彼奴らめ、命からがらとはいえ、退けおったぞ」
「なんと──かの騎士をか」
「ああ。万全無事ではないがな。全く、ハラハラさせてくれる」
「スカディよ、我は……」
ソーは言葉を詰まらせた。
スカディは慈愛を持って、その言葉の続きを言い当てて見せる。
「わかっておる。カルデアと合流したいのだろう」
「…………さよう。さりとて、この世界を滅ぼすためではない」
「わかっている」
この世界を救うため。
ああ、トールよ。
そなたはいつも、そうだった。
海は飲み干せぬと言われたならば、海を飲み干すまで酒を飲む。
あれは倒せぬと言われたならば、真正面からそれを打ち倒す。
勝てぬ敵だと言われたのなら、咆哮と共に戦地を駆け、勝ってみせる。
いつも、ロキが羨んでいたな。
その豪胆さを。
その豪放っぷりを。
だが、実は、この
そなたの強さを。
私にはできぬ事を、他の者にはできぬ事を、真正面からやり遂げてしまう、そなたの強さを。
「だが、その前にひとつ、頼みがある」
スカディはふう、とひと間をあけた。
ソーは黙って、じっ、とスカディを見上げていた。
言葉を待っていた。
それは、ソーなりの優しさであった。
ソーなりの、敬意の証明であった。
「城の地下に行ってほしい。私は建前上、共に行くことができぬが……そこで、懐かしき者にあってほしい」
話をしてほしいのだ。
とスカディは言った。
理由は、聞かないでほしい。
困ったような笑顔が、そう訴えている。
ソーは黙って頷いた。
そして、踵を返した。
第五話:ラグナロク・ホワイトに続く