【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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第五話:ラグナロク・ホワイト【挿絵有り】

 

1.

 

 

 まどろみの中を歩くようであった。

 

 城の地下へソーは向かう。

 降りゆく道だと言うのに、おどろおどろしさがなかった。

 歩みを進めるたびに暗く、冷たくなっているが、自らを包む情景は、相変わらず氷雪を削り出したような、繊細かつ整然とした造りとして続いていた。

 音が、どこまでも吹き抜けていくようである。

 スカディの、神の世界へのこだわり。

 それは、この細部に渡って及んでいるのだった。

 

 それでも、つい、と視線を曲げた先。

 地下にあるのは牢屋であった。

 それも、ひとつではない。

 居並んでいる。

 変わらず、その構造は氷雪を削ったような造りである。

 だからか、暗い。

 だからか、寒い。

 そして、それがソーには謎であった。

 

 牢屋とは、罪人に反省と屈服を促すために存在する場所だ。

 あるいは、制御不能な何か──誰かを収めておく場所である。

 ソーの世界においても、スーパーヴィランに更生を促すべく、彼らを収容するための専用施設はいくつも存在する。

 しかし、スカディの北欧における他者へのスタンスは常に、「殺そうか、愛そうか」である。

 ならば、城の地下に、こうも整然と牢屋が用意されていること自体が、矛盾ではないのか?

 クリプターなる少女と騎士が、北欧に訪れたのはごく最近だと聞いている。

 そして、スカディの北欧の統治は三〇〇〇年間に及ぶとも。

 この世界のヒトは、力無きものばかりである。

 この世界の巨人は、仮面をつけられスカディの魔力によって、無差別的な破壊活動はできない。

 そもそもの話、戦争のために作られたわけではない氷の城では、たとえ牢に巨人を押し込めたところで、たちまちのうちに破られてしまうだろう。

 スカディの力ならば暴れる巨人とて御し切るのは容易いだろうが、そもそも巨人は智慧と深慮とは縁遠い存在。

 更生を促してそれが成るならば、城内に巨人のひとりでも召し抱えているだろうが、その姿はない。

 なれば、この牢の並びは、なんのためにあるのか。

 三〇〇〇年の歴史で、唯一神たるスカディに鋒を向けるものが、果たして幾人も、この北欧に存在していたのか……

 

 答えはNOだ。

 ソーにはわかる。

 スカディの魔力は絶大である。

 スカディは、玉座にいながら北欧の隅から隅まで目を行き届かせ、情景と音を拾えるのだ。

 企みは不可能である。 

 そもそも、意志を抑制された巨人と、神への敬意以外の叡智を削ぎ落とした人の子らに、複雑怪奇な企てなどできようはずもない。

 武力、魔力、神格、いずれにしても、オーディンに授けられし原初のルーンを扱えるスカディに、この世界(北欧)に生まれし定命のものが敵うはずもない。

  

 何が言いたいか?

 ソーのたどり着いた結論。

 つまり、この世界においては何かを閉じ込める必要がないということ。

 スカディの麾下においては、牢の存在は不要極まると言うことだ。

 だと言うのに、この廊下や居並ぶ牢屋には、ときどきに使い古された趣があった。

 

 この存在が、すなわちスカディの矛盾ではないのか。

 ソーの直感は疑念と答えにたどり着く。

 北欧世界に対する、北欧世界に抱く、スカディの矛盾。

 言葉では、既にそれを聞いている。

 ならばこれらは、その漠然としたものが視覚化したものではないか?

 不安、恐れ、未来への暗き想い。

 いつか、自身を脅かす存在の予感。

 ソーの知る限りでは、間違い続ける為政者が倒れる時、それは弱きものが正しき意志の元に集い、立ち上がる未来に他ならない。

 スカディが抱く、自身の統治が間違っているという確信。

 しかし、それを続けなければならないという強迫観念。

 この、地下に存在する身を絞めし暗き世界こそ、スカディ自身の恐怖の具現ではないか──?

 

「…………」

 

 ソーは歩いている。

 悠然とした歩みであった。

 視線はもう揺らがせず、まっすぐであった。

 思考に意識を寄せながらも、ソーの肉体は身に落ちる変異を敏感に察知する。

 既に、違和感はあった。

 もう、しばらく前から。

 ただよう魔力に紛れる、微かな獣臭。

 強者の臭いである。

 超然たるものが、自然を統べるほどの超常者が発する臭いであった。

 だが、それは己を脅かすものではない。

 それはわかる。

 漫然と漂いソーを包み、誘導せんとする魔力には、殺気がない。

 

 そして、ソーは道中でいつのまにか、まどろみの世界に落ちていたのである。

 

 いかなる幻術か。

 現実感のない虚空に包まれている。

 しかし、ソーは落ち着いていた。

 まだ、歩みを止めない。

 歩いてる、という感覚はあった。

 肌を撫でる魔力は、ソーを導いているのだ。

 意識もはっきりしている。

 雷神の力はまだ、そう念じるだけで、自らの肉の裡から迸る。

 ましてや、この手の搦手は、ソーには慣れたものであった。

 いざとなれば、ムジョルニアで雷鳴を打ち鳴らそう。

 それだけで、現実へと脱出できる算段であった。

 

 そして──視線の先に、岩が現れた。

 いや、それは山であった。

 正確には、岩の剛直さと、山の量感を人の形になんとか押し込めた、凄まじい存在がそこに立っていた。

 

 ソーが見上げた。

 その男の顔は、ソーが見上げねばならぬ位置にある。

 身体が大きい。背が高い。

 纏う筋肉が太い。

 一般的に巨躯の部類に入る、ソーのさらにひと回り上背があり、肩幅が広かった。

 その体高に勝ち誇るほど、筋量がある。

 かのハルクを思わせるほどバルクアップされた肉体。

 それでいて、均整のとれた美しさがあった。

 彫像の肉体美(トルソー)であった。

 黒に近い、灰色の肌をしていた。

 それがより一層、ごろりとした大きな岩のような印象を、見るものに持たせるのであった。

 厳しい表情が伺えた。

 目元はモヤがかかったように、その輪郭がはっきりしないのだが、強い意志を含んだ、こちらを測るような視線が伸びているのがわかる。

 横に広い口が、きちっと結ばれている。

 手に、大理石を乱暴に削ったような、身の丈ほどもある大剣を握っていた。

 使い慣れているのか、よく馴染んでいる。

 首の長さまである黒髪が、四方にゆらりゆらりと流れていた。

 風のせいではない。  

 山の肉体が放つ熱に、当てられているのだ。

 そして、理性を忘れた雰囲気であるが、その分、情感に溢れる威厳があった。

 神々しさがある。

 その肉体の持つ強さは、いうまでもないだろう。

 それに違えぬ誇り高い佇まいであった。

 

 ソーには、その全てに見覚えがある。

 外見こそ大きく違うが、立ちはだかる山が秘める、高潔な魂を悟る。

 故に、そのものの真名に、ソーは行き当たった。

 

 ハーキュリーズ。

 

 つまり、ギリシャ神話最大最強の英雄。

 ヘラクレス。

 ソーの世界においても、かの者の栄誉と力は変わらない。

 超神ゼウスの子。

 ソーに勝るとも劣らぬ武勇を持つ超人。

 強く、大きく、豪気な男である。

 純粋な力において、この雷神と並ぶにふさわしい英雄のひとりである。

 

「そなたであったか」

 

 ソーの声は、懐かしさを滲ませていた。

 それでいて、ヘラクレスの先手を伺う慎重さがあった。

 かの英雄が、なぜここにいるのか。

 

 ソーは足を止めていた。

 対峙している。山が、二つ並んでいた。

 山ほども大きな男が、ふたり。 

 目線を外さない、お互いに。

 意地になってしまうほど、睨みつけていた。

 

「大丈夫よ」

 

 延々続くと思われたそれを、幼い声が打ち破る。

 まどろむ空間から滲み出たように、反響していた。

 

「大丈夫よ、バーサーカー。雷神は私に乱暴したりしないわ」

 

 少女の声であった。

 気安く、張り詰めた二人の間に割って入る。

 只者ではない声であった。

 

 ソーが、初めてヘラクレスの背後へと視線を伸ばす。

 ヘラクレスは小さくうなりをあげていた。

 どういう声であろうか。

 どういう感情があるのか。

 すっ、とその姿がソーの前から消えていく。

 

 ──従えるか、かのハーキュリーズを。

 

 ソーの、率直な感想であった。

 声と、ヘラクレスの関係性。

 主従と問えばそうなのだろう。

 オフェリア・ファムルソローネと、あの騎士のように。

 だが、すなわちそれは、かの大英雄が、この何者かを自らが従うに値する存在と認めていることになる。

 

 ソーの警戒心は高まっていた。

 心と身体をつなぐ緊張感が張り詰めている。

 ソーの肉体は、俄然、そのまどろみの世界にあって、空気を震わせる力を放っていた。

 

 

2.

 

 

 そして、ソーは相対する。

 見下ろさねばならなかった。

 少女であった。

 

 白髪。

 いや、銀髪であろう。

 一目で印象的なのは、長い、絹糸のように透き通る、かろやかな銀髪であった。

 肌も白い。雪のようである。

 その肌より白色に輝く白を基調とし、薄紫の装飾で彩った厚みのある民族衣装に身を包んでいる。

 その瞳の色は、スカディと同じように、見る角度や光の加減によっては、紫にも紅にも見える、不思議な光を宿していた。

 快活な雰囲気を纏っている。

 そして、いくつかの神性も。

 

 その神性のひとつが、ソーにとっては目を見開いて、思わず口を開けてしまうほど意外なものであった。

 

「そ、そなたは……フレイヤか?」

「ちょっと、なんでそんなに驚くのよ!? 驚きたいのはこっちもなんだからね!」

 

 ぷりぷりと頬を膨らませ、怒りの表情を見せる。

 幼子そのものの振る舞いであった。

 だが、漂う魔力、その魂は、確かにフレイヤのものである。

 

「私はシトナイ──まあ、イリヤって呼んでほしいし、自我はイリヤなんだけどね。トールのお察しの通り、フレイヤも混ざっているの」

「……説明を求めてもよいか?」

 

 戸惑うソーに、シトナイは簡潔に言った。

 自分はサーヴァント。

 オフェリア・ファムルソローネの騎士や、ナポレオンと、定義では同じ分類の存在であると。

 その中でも、自分はイリヤという少女を依代として、フレイヤをはじめ三柱の女神が複合しているハイ・サーヴァントなのだと。

 

「……何故、フレイヤ本人が来ぬ?」

「腐っても神だからよ。英霊の座は、神ほどの超然存在をそのまま記録したり、ましてや再現できるものじゃないの。だから、()はその抜け道として、権能や霊基の一部を他の英霊に預けて依代にして顕現しているのよ」

 

 なるほど、とソーは納得する。

 それにしても、とシトナイ。

 

「本当にトールなんだね。おっかなびっくりだわ。私の中のフレイヤも、さっきからずっと、うるさいぐらい。これじゃあ、お義母様(スカディ)があれだけ動揺するのも無理ないね……」

「そなたは、なぜここに?」

「……私は、汎人類史の側なの」

「なんと……」

 

 つまり、シトナイはこの世界を滅ぼさんと現れたもの。

 スカディの敵対者。

 で、あるならば、ここにいることになるほどと納得する。

 神の──その一部とはいえ──力を担う敵対者となれば、如何にスカディといえども野放しにはできまい。

 ならばせめて、城の地下に閉じ込め、監視するのは道理であろう。

 ましてや、シトナイはかのヘラクレスをも従えているのだ。

 例えそれが残滓にすぎなくとも、まともにぶつかればスカディと戦乙女たちとて無事では済むまい。

 それほどの危険性だ。

 それでも、シトナイを殺さず捕らえただけということは、シトナイもまた、スカディにとっては「愛する側」なのだろう。

 

「そなたに会えと、我はスカディに言われたが──」

「うん、知ってる。だけど、私はまだ、ここから出るわけにはいかないわ」

 

 まだ、その時じゃないもの。

 シトナイは言った。

 困ったような、しかし、確信した声色であった。

 本当は出て行きたいのだろう。

 当然だ。

 牢の中は、冷たく、暗く、孤独な世界である。 

 ましてや、プライドの高いフレイヤにとって、牢暮らしに身を収めることは、死に匹敵する苦痛と言っても過言ではないだろう。

 

「カルデア、とやらか」

「うわ! びっくり! トールなのに、察しがいいのね!」

「…………」

「あ、ごめんなさい! 今のは私の中のフレイヤが叫んだことが、つい……え、えへへ……」

 

 おっかなびっくり苦笑いを浮かべるシトナイに、しかしソーは怒れなかった。

 

「そなたがここにいる。それを我が知ることに、大きな意味があるのだろう」

「たぶんね。私もそう思うけど、トールは……」

「ソー」

「……ソーは、汎人類史に味方してくれるの?」

「…………」

 

 敵ではない。

 と、ぽつりとこぼした。

 ソー自ら、情けないと思うほど、弱々しい声であった。

 シトナイはうーん、と頭を捻って、

 

「まあ、しょうがないよね。悩んでくれてるだけ、ありがたいってものだろうし、うん」

 

 と素直な感想を言った。

 

 

3.

 

 

 爆発であった。

 不意の奔流。

 いかに戦神たるソーとはいえ、不意打ちが過ぎた。

 ソーがそれに気づいた瞬間、目の前で瞬時に炸裂した魔力は、ソーの身体を吹き飛ばし、地下の一部を崩す。

 

 倒れ伏したソーが立ち上がらんと見上げた先、碧色に光る刀身を携えて、魔剣が翻る。

 

「ほう、一撃で仕留めるつもり()()あったが……クク、やはり一筋縄ではいかんものだ」

 

 ねばつくような声が降り注ぐ。

 地獄の色をした双眸が、神の世界とは無関係に、不気味に揺らいでいた。

 仮面を外している。

 服装が、より鋭く、刺々しい戦士の装いへと変化していた。

 立ち上がるソーから十分な間合いをとって、殺意を持って射すくめるのは、オフェリア・ファムルソローネの騎士であった。

 

「騎士よ、これは蛮勇に等しき愚行なり。北欧の地にて、我に敵うと思っておるのか」

「クク。逆だ、雷神よ。北欧の地()()()()()、俺はおまえに勝てるのだ」

「──なに?」

 

 魔剣の騎士が駆け出した。

 迎え撃たんと、ソーはムジョルニアを振りかぶる。

 迎撃する気であった。

 吹き飛ばして、その身体ごと城外に撃ち出すつもりであった。

 城内にはスカディがいる。

 ソーが本気で戦えば、戦闘の余波だけで氷城は砕けかねない。

 下手をすれば、この近辺一帯の大地が裂け、沈みかねない。

 逆にいうならば、目の前の騎士は手を抜いて戦い、勝てる相手ではないと、ソーの直感は瞬時に悟っていた。

 強さとは別の、何か不気味な圧力を、騎士から感じていたのだった。

 

 そして、その圧力のせいであろうか。

 ソーがムジョルニアを振り抜くより早く、踏み込みによって急加速した騎士の魔剣がソーの胴体にぶち当たり、薙ぎ払われ、逆にソーが天井を砕き城外に弾き出されてしまったのだった。

 

「なっ……!?」

 

 氷城の床を貫き、打ち上げられ、正門の橋の右手の山嶺に落下した。

 針葉樹を砕きながら落ちる。

 空中で上下の体勢の入れ替えて、片膝を立てて伸ばした左腕で着地しながら雪原を削る。

 摩擦と衝撃で巻き上げられ、空気に溶けゆく水分がきらきらと幻想的に散らばっていた。

 ソーの周囲に舞う氷の粒が、その身体に触れる前に気化していく。

 ソーの身に打ち抜かれた騎士のパワーを殺すのに、それだけの力が必要であった。

 ダメージはさほどではない。

 だが、凄まじい膂力であった。

 ソーは、思わず歯を食いしばっていた。

 その目つきが鋭くなる。

 測り損ねたか!?

 よもや、これほどの腕力を秘めているとは。

 ソーの視線の先に、騎士が降り立った。

 

「ひとつだけ、聞いておこう」

 

 ソーの、戦神としての視線を、騎士は真っ向から受け止める。

 

「これはオフェリアなる少女の望みか?」

 

 そうだ、と騎士は言った。

 迷いのない言葉であった。

 血色に光る目が、いやらしく歪んでいる。

 ソーは顔に影を落とし──

 ならば、

 と言った。

 ならば、語ることはなし。

 

「早急にそなたを撃ち倒し、オフェリアに()()を聞こう」

「叶わぬよ。雷神よ、それは叶わぬ!」

 

 ソーがムジョルニアを掲げた。

 騎士が、魔剣を振るった。

 

 戦いが、始まった。

 恐るべき、戦いが。

 

 

4.

 

 

 ──スルーズはどう思う?

 

 ヒルドにそう尋ねられたのは、もはや日課となった、雷神の普段を遠くから見届けて、城に戻って、すぐであった。

 既に、カルデアなるものたちが北欧に現れ、かの騎士はおろか、戦乙女のひとりを打ち果たしたと情報が入っている。

 

 こんな状況下で、緊張感なく無駄口を叩くことが、どちらかというとスルーズは嫌いであった。

 これは戦乙女として基本的なことである……のだが、妹──特に、ヒルドの方はおしゃべりが好きであった。

 叱りつけるべきかと、スルーズが困ってちら、と視線を流すと、この時ばかりは珍しく、普段は控えめなオルトリンデさえも、スルーズを見る目に好奇の光があった。

 

 同期すれば済む話だろうに。

 あくまで、スルーズの口から聞きたいと言うことか。

 しぶしぶ、スルーズは口を開いた。

 

「雷神は、この世界に変革をもたらすでしょう」

「もー! そーいうことじゃあなくってえ……」

「父として、と? ヒルド、それはあくまでヒトの世の伝承のひとつ。私には当てはまりません」

「えっ? いやそんなんじゃなくて、スカディ様がウキウキなことについてどう思う? って話だったんだけど……」

「…………」

「わっ! 怒らないでよ!! ごめんなさい! やめて、槍を構えないでよ!!」

 

 スルーズがちくちくと槍の刃先でヒルドをおしおきしていると、オルトリンデが言った。

 

「ですが、オーディンに造られた私たちと、オーディンの長子たる雷神は……見方によっては兄妹……となるのではないでしょうか」

「オルトリンデ、そもそもあれは異界の雷神です。この世界のトールであったなら、その理論も成り立つでしょうが……」

「でも、あの神もトールなんでしょ?」

「それは……間違いない、ですが……」

 

 いけない。

 迷いが生まれている。

 戦いたくないと言う迷い。

 戦うことを恐れる迷い。

 これはいけない。

 

 戦乙女として生まれ、この世界でスカディの元で働いて三〇〇〇年。

 ここまで心が揺らぐのは、二度目であった。

 一度目は、なにを隠そう戦乙女の長子。

 汎人類史のブリュンヒルデと相対した時である。

 愛する姉、誇り高き姉。

 ヒトに恋をして、悲哀に身を焼いた姉。

 敵対するべきだったが、できなかった。

 それは、ヒルドも、オルトリンデもそう。

 だから、スカディの計らいで、山岳の中の、炎の城に監禁した。

 

 汎人類史の残党。

 オフェリア・ファムルソローネの言うところの、カルデアなるものが入り込んでいる現状。

 スルーズの不安のひとつとして、ブリュンヒルデが彼らに解放されるのでは、という予感があった。

 

 それを考えると、戦乙女が、こんな世間話に花を咲かせる暇などない。

 スカディの──神の真言を聞き、入力されたそれを速やかに実行することこそ、戦乙女の在り方なのだ。

 

 神の思惑を推し量ることは愚行である。

 が、スルーズの計算では、間違いなくスカディはカルデアを殺せとは言わないだろう。

 愛すべきものと定める。

 我が前に連れてくるがいい。

 命令されるとしたら、こんなところか。

 派生型とはいえ、戦乙女を討ち倒すものたちである。

 しかし、その程度では、とてもスカディの相手が務まるはずもない。

 

 ならば、戦力を集めるだろう。

 かつて氷城に侵入したナポレオンや、城の地下に幽閉している、フレイヤの権能を持つ複合女神。

 そして、ブリュンヒルデ。

 この北欧で、汎人類史の味方になると確信できるのは、この三名。

 雷神は、まだわからない。

 ナポレオンと接触したことは知っているが、行動を共にするわけでもなく、集落の外れでそのまま別れている。

 

 雷神の力は絶大だ。

 あの力がもし敵対すれば、戦乙女では手に負えない。

 スカディが出ても、五分がやっとであろう。

 何より、そうなってしまうと、スカディのメンタルが不安である。

 

「…………」

 

 やはり、どうにかして排除するべきだ。

 少なくとも、汎人類史の味方にならないよう、誘導するべきだ。

 

 スルーズが考え抜いた結論を、ほかの戦乙女と同期させようとした時。

 

 城全体を揺らがせる、大きな力がぶつかりあった。

 

「──っ!?」

 

 ぐらぐらと、氷城が揺れる。

 足場が悪くなったが、さすがは戦乙女たち。

 四度目の揺らぎの時には、既に重心を安定させ、槍を握り、臨戦体勢に入っていた。

 

 雷鳴が轟く。

 熱波が空気を灼く。

 城の中にも届くほどのエネルギー。

 三人は窓の外を見た。

 

 雷神と、騎士が戦っていた。

 

 

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5.

 

 

 なぜだ──?

 

 魔剣に身体ごと弾かれて、口の端から血を流す。

 ソーの頭をよぎるのは、不可解な疑問であった。

 なぜだ。

 なぜ、こうも食い下がられている?

 

 騎士は、確かに強い。

 ただならぬ魔剣。

 ただならぬ膂力。

 ただならぬ動き。

 速く、重く、それでいて、細かな剣戟をも得手としている。

 

 だが、それだけだ。

 

 魔剣といえど、死にゆく星の心臓を加工し、オーディンの力を秘めるムジョルニアには及ばない。

 膂力はあるが、それはハルクやハーキュリーズには及ばない。

 動きは速く、戦い慣れてはいるが、その所作のひとつが光速に至るセントリーやハイペリオンの疾さとは比べるべくもない。

 

 だというのに、仕留められない。

 ともすれば、押されていた。

 騎士は、青く発光する短剣を持って入り身を深く、ソーの胸に飛び込んでくる。

 大胆な跳躍から、ソーがムジョルニアを振り切る前に短剣を細かく動かして腕、肩、と刻み、ソーの腕が振り切るのをコンマ数秒遅れさせる。

 ソーがわずかにバランスを崩した瞬間、魔剣に持ち替えて胴に振るうのだ。

 ムジョルニアは騎士の皮一枚を掠めるに終わってしまう。

 剛力を誇るソーに対して、大胆な攻め方であった。

 騎士は、ムジョルニアの破壊力を見切っている。

 そして、繰り出されるひと振りは不可解な重さを秘め、纏わりつくような熱がソーを打ちのめしているのだった。

 

 もちろんソーとてやられっぱなしではない。

 騎士といえど、当然ムジョルニアによる一撃を何度も止めることは出来ず、ムジョルニアは騎士の身体をことごとく穿ち、呼び寄せた雷鳴はたびたび魔剣ごと騎士を貫いている。

 

 だというのに、動きが止まらない。

 衰えない。

 いっそう、激しくなっていく。

 

 外部からのエネルギーを取り込んでいるのか?

 X-MENには、そういう能力のミュータントがいた。

 あの男と同類の力を持っているのか?

 あり得ない話ではない。

 だが、それにしたって許容限界はあるはずだ。

 シトナイが言うには、神の規格はサーヴァントに収まらない。

 それが、単に強さのことではないとは承知しているが、正真正銘の雷神たる自身の強さがサーヴァントたる騎士に劣る理由はないはずだ。

 

 では、それが理由ではない。

 騎士にあって、ソーにないものがあるのだ。

 ソーが神であり、騎士が神でないように。

 違う何かが、騎士の力を高めているのではないか。

 

 結論から言えば、このソーの予想は半分は当たっていた。

 サーヴァントとして顕現した騎士は、オフェリア・ファムルソローネという稀代の魔術師と契約している。

 だがそれ以上に、騎士──セイバーの()()()()()()の正体であった。

 それは、本来ならば到底、サーヴァントの規格に収まりきれない存在である。

 

 神を殺せるものは、神だけだ。

 だからこそ、元の世界でマイティ・ソーは、異邦の神々であるビヨンダーズに挑むこととなった。

 だが、北欧神話に於いては、その事情は大きく異なる。

 

 何度目かの撃ち合い。

 吹き飛び、大きくのけぞった。

 今回は、騎士の身体も大きく撃ち飛ばした。

 ムジョルニアに砕かれた身体から、血が噴き出している。

 そこで、ソーは見た。

 

 吹き出した騎士の血が、揺らいでいる。

 大気に浮かぶように、いやらしい光を放ちながら、ゆらゆらと形を持って揺れている。

 

 まるで──炎のようだった。

 

「そなたは……まさか……」

 

 ソーの脳裏によぎったものは、絶望的な予想であった。

 魔剣の輝きに呼応するように、騎士の背後の空に浮かぶ、巨大な太陽が脈動しているように見えた。

 

「クク、その通りだ」

 

 そして、騎士は。

 ソーの真横を通り過ぎた。

 心の虚をつかれた動きであった。

 ソーが遅れて振り返る。

 騎士は、解放した魔剣の力を、氷城に向けて撃ち放った。

 

 それを、ソーはにべもなく止めた。

 全速で飛び、騎士の前に先回った。

 騎士と、城とを挟む形で、防御体勢も不十分なまま。

 

 ソーは全開の魔剣をその身に浴びてしまった。

 




第六話:アトミック・ビヨンドに続く
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