【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
まどろみの中を歩くようであった。
城の地下へソーは向かう。
降りゆく道だと言うのに、おどろおどろしさがなかった。
歩みを進めるたびに暗く、冷たくなっているが、自らを包む情景は、相変わらず氷雪を削り出したような、繊細かつ整然とした造りとして続いていた。
音が、どこまでも吹き抜けていくようである。
スカディの、神の世界へのこだわり。
それは、この細部に渡って及んでいるのだった。
それでも、つい、と視線を曲げた先。
地下にあるのは牢屋であった。
それも、ひとつではない。
居並んでいる。
変わらず、その構造は氷雪を削ったような造りである。
だからか、暗い。
だからか、寒い。
そして、それがソーには謎であった。
牢屋とは、罪人に反省と屈服を促すために存在する場所だ。
あるいは、制御不能な何か──誰かを収めておく場所である。
ソーの世界においても、スーパーヴィランに更生を促すべく、彼らを収容するための専用施設はいくつも存在する。
しかし、スカディの北欧における他者へのスタンスは常に、「殺そうか、愛そうか」である。
ならば、城の地下に、こうも整然と牢屋が用意されていること自体が、矛盾ではないのか?
クリプターなる少女と騎士が、北欧に訪れたのはごく最近だと聞いている。
そして、スカディの北欧の統治は三〇〇〇年間に及ぶとも。
この世界のヒトは、力無きものばかりである。
この世界の巨人は、仮面をつけられスカディの魔力によって、無差別的な破壊活動はできない。
そもそもの話、戦争のために作られたわけではない氷の城では、たとえ牢に巨人を押し込めたところで、たちまちのうちに破られてしまうだろう。
スカディの力ならば暴れる巨人とて御し切るのは容易いだろうが、そもそも巨人は智慧と深慮とは縁遠い存在。
更生を促してそれが成るならば、城内に巨人のひとりでも召し抱えているだろうが、その姿はない。
なれば、この牢の並びは、なんのためにあるのか。
三〇〇〇年の歴史で、唯一神たるスカディに鋒を向けるものが、果たして幾人も、この北欧に存在していたのか……
答えはNOだ。
ソーにはわかる。
スカディの魔力は絶大である。
スカディは、玉座にいながら北欧の隅から隅まで目を行き届かせ、情景と音を拾えるのだ。
企みは不可能である。
そもそも、意志を抑制された巨人と、神への敬意以外の叡智を削ぎ落とした人の子らに、複雑怪奇な企てなどできようはずもない。
武力、魔力、神格、いずれにしても、オーディンに授けられし原初のルーンを扱えるスカディに、この
何が言いたいか?
ソーのたどり着いた結論。
つまり、この世界においては何かを閉じ込める必要がないということ。
スカディの麾下においては、牢の存在は不要極まると言うことだ。
だと言うのに、この廊下や居並ぶ牢屋には、ときどきに使い古された趣があった。
この存在が、すなわちスカディの矛盾ではないのか。
ソーの直感は疑念と答えにたどり着く。
北欧世界に対する、北欧世界に抱く、スカディの矛盾。
言葉では、既にそれを聞いている。
ならばこれらは、その漠然としたものが視覚化したものではないか?
不安、恐れ、未来への暗き想い。
いつか、自身を脅かす存在の予感。
ソーの知る限りでは、間違い続ける為政者が倒れる時、それは弱きものが正しき意志の元に集い、立ち上がる未来に他ならない。
スカディが抱く、自身の統治が間違っているという確信。
しかし、それを続けなければならないという強迫観念。
この、地下に存在する身を絞めし暗き世界こそ、スカディ自身の恐怖の具現ではないか──?
「…………」
ソーは歩いている。
悠然とした歩みであった。
視線はもう揺らがせず、まっすぐであった。
思考に意識を寄せながらも、ソーの肉体は身に落ちる変異を敏感に察知する。
既に、違和感はあった。
もう、しばらく前から。
ただよう魔力に紛れる、微かな獣臭。
強者の臭いである。
超然たるものが、自然を統べるほどの超常者が発する臭いであった。
だが、それは己を脅かすものではない。
それはわかる。
漫然と漂いソーを包み、誘導せんとする魔力には、殺気がない。
そして、ソーは道中でいつのまにか、まどろみの世界に落ちていたのである。
いかなる幻術か。
現実感のない虚空に包まれている。
しかし、ソーは落ち着いていた。
まだ、歩みを止めない。
歩いてる、という感覚はあった。
肌を撫でる魔力は、ソーを導いているのだ。
意識もはっきりしている。
雷神の力はまだ、そう念じるだけで、自らの肉の裡から迸る。
ましてや、この手の搦手は、ソーには慣れたものであった。
いざとなれば、ムジョルニアで雷鳴を打ち鳴らそう。
それだけで、現実へと脱出できる算段であった。
そして──視線の先に、岩が現れた。
いや、それは山であった。
正確には、岩の剛直さと、山の量感を人の形になんとか押し込めた、凄まじい存在がそこに立っていた。
ソーが見上げた。
その男の顔は、ソーが見上げねばならぬ位置にある。
身体が大きい。背が高い。
纏う筋肉が太い。
一般的に巨躯の部類に入る、ソーのさらにひと回り上背があり、肩幅が広かった。
その体高に勝ち誇るほど、筋量がある。
かのハルクを思わせるほどバルクアップされた肉体。
それでいて、均整のとれた美しさがあった。
彫像の
黒に近い、灰色の肌をしていた。
それがより一層、ごろりとした大きな岩のような印象を、見るものに持たせるのであった。
厳しい表情が伺えた。
目元はモヤがかかったように、その輪郭がはっきりしないのだが、強い意志を含んだ、こちらを測るような視線が伸びているのがわかる。
横に広い口が、きちっと結ばれている。
手に、大理石を乱暴に削ったような、身の丈ほどもある大剣を握っていた。
使い慣れているのか、よく馴染んでいる。
首の長さまである黒髪が、四方にゆらりゆらりと流れていた。
風のせいではない。
山の肉体が放つ熱に、当てられているのだ。
そして、理性を忘れた雰囲気であるが、その分、情感に溢れる威厳があった。
神々しさがある。
その肉体の持つ強さは、いうまでもないだろう。
それに違えぬ誇り高い佇まいであった。
ソーには、その全てに見覚えがある。
外見こそ大きく違うが、立ちはだかる山が秘める、高潔な魂を悟る。
故に、そのものの真名に、ソーは行き当たった。
ハーキュリーズ。
つまり、ギリシャ神話最大最強の英雄。
ヘラクレス。
ソーの世界においても、かの者の栄誉と力は変わらない。
超神ゼウスの子。
ソーに勝るとも劣らぬ武勇を持つ超人。
強く、大きく、豪気な男である。
純粋な力において、この雷神と並ぶにふさわしい英雄のひとりである。
「そなたであったか」
ソーの声は、懐かしさを滲ませていた。
それでいて、ヘラクレスの先手を伺う慎重さがあった。
かの英雄が、なぜここにいるのか。
ソーは足を止めていた。
対峙している。山が、二つ並んでいた。
山ほども大きな男が、ふたり。
目線を外さない、お互いに。
意地になってしまうほど、睨みつけていた。
「大丈夫よ」
延々続くと思われたそれを、幼い声が打ち破る。
まどろむ空間から滲み出たように、反響していた。
「大丈夫よ、バーサーカー。雷神は私に乱暴したりしないわ」
少女の声であった。
気安く、張り詰めた二人の間に割って入る。
只者ではない声であった。
ソーが、初めてヘラクレスの背後へと視線を伸ばす。
ヘラクレスは小さくうなりをあげていた。
どういう声であろうか。
どういう感情があるのか。
すっ、とその姿がソーの前から消えていく。
──従えるか、かのハーキュリーズを。
ソーの、率直な感想であった。
声と、ヘラクレスの関係性。
主従と問えばそうなのだろう。
オフェリア・ファムルソローネと、あの騎士のように。
だが、すなわちそれは、かの大英雄が、この何者かを自らが従うに値する存在と認めていることになる。
ソーの警戒心は高まっていた。
心と身体をつなぐ緊張感が張り詰めている。
ソーの肉体は、俄然、そのまどろみの世界にあって、空気を震わせる力を放っていた。
2.
そして、ソーは相対する。
見下ろさねばならなかった。
少女であった。
白髪。
いや、銀髪であろう。
一目で印象的なのは、長い、絹糸のように透き通る、かろやかな銀髪であった。
肌も白い。雪のようである。
その肌より白色に輝く白を基調とし、薄紫の装飾で彩った厚みのある民族衣装に身を包んでいる。
その瞳の色は、スカディと同じように、見る角度や光の加減によっては、紫にも紅にも見える、不思議な光を宿していた。
快活な雰囲気を纏っている。
そして、いくつかの神性も。
その神性のひとつが、ソーにとっては目を見開いて、思わず口を開けてしまうほど意外なものであった。
「そ、そなたは……フレイヤか?」
「ちょっと、なんでそんなに驚くのよ!? 驚きたいのはこっちもなんだからね!」
ぷりぷりと頬を膨らませ、怒りの表情を見せる。
幼子そのものの振る舞いであった。
だが、漂う魔力、その魂は、確かにフレイヤのものである。
「私はシトナイ──まあ、イリヤって呼んでほしいし、自我はイリヤなんだけどね。トールのお察しの通り、フレイヤも混ざっているの」
「……説明を求めてもよいか?」
戸惑うソーに、シトナイは簡潔に言った。
自分はサーヴァント。
オフェリア・ファムルソローネの騎士や、ナポレオンと、定義では同じ分類の存在であると。
その中でも、自分はイリヤという少女を依代として、フレイヤをはじめ三柱の女神が複合しているハイ・サーヴァントなのだと。
「……何故、フレイヤ本人が来ぬ?」
「腐っても神だからよ。英霊の座は、神ほどの超然存在をそのまま記録したり、ましてや再現できるものじゃないの。だから、
なるほど、とソーは納得する。
それにしても、とシトナイ。
「本当にトールなんだね。おっかなびっくりだわ。私の中のフレイヤも、さっきからずっと、うるさいぐらい。これじゃあ、
「そなたは、なぜここに?」
「……私は、汎人類史の側なの」
「なんと……」
つまり、シトナイはこの世界を滅ぼさんと現れたもの。
スカディの敵対者。
で、あるならば、ここにいることになるほどと納得する。
神の──その一部とはいえ──力を担う敵対者となれば、如何にスカディといえども野放しにはできまい。
ならばせめて、城の地下に閉じ込め、監視するのは道理であろう。
ましてや、シトナイはかのヘラクレスをも従えているのだ。
例えそれが残滓にすぎなくとも、まともにぶつかればスカディと戦乙女たちとて無事では済むまい。
それほどの危険性だ。
それでも、シトナイを殺さず捕らえただけということは、シトナイもまた、スカディにとっては「愛する側」なのだろう。
「そなたに会えと、我はスカディに言われたが──」
「うん、知ってる。だけど、私はまだ、ここから出るわけにはいかないわ」
まだ、その時じゃないもの。
シトナイは言った。
困ったような、しかし、確信した声色であった。
本当は出て行きたいのだろう。
当然だ。
牢の中は、冷たく、暗く、孤独な世界である。
ましてや、プライドの高いフレイヤにとって、牢暮らしに身を収めることは、死に匹敵する苦痛と言っても過言ではないだろう。
「カルデア、とやらか」
「うわ! びっくり! トールなのに、察しがいいのね!」
「…………」
「あ、ごめんなさい! 今のは私の中のフレイヤが叫んだことが、つい……え、えへへ……」
おっかなびっくり苦笑いを浮かべるシトナイに、しかしソーは怒れなかった。
「そなたがここにいる。それを我が知ることに、大きな意味があるのだろう」
「たぶんね。私もそう思うけど、トールは……」
「ソー」
「……ソーは、汎人類史に味方してくれるの?」
「…………」
敵ではない。
と、ぽつりとこぼした。
ソー自ら、情けないと思うほど、弱々しい声であった。
シトナイはうーん、と頭を捻って、
「まあ、しょうがないよね。悩んでくれてるだけ、ありがたいってものだろうし、うん」
と素直な感想を言った。
3.
爆発であった。
不意の奔流。
いかに戦神たるソーとはいえ、不意打ちが過ぎた。
ソーがそれに気づいた瞬間、目の前で瞬時に炸裂した魔力は、ソーの身体を吹き飛ばし、地下の一部を崩す。
倒れ伏したソーが立ち上がらんと見上げた先、碧色に光る刀身を携えて、魔剣が翻る。
「ほう、一撃で仕留めるつもり
ねばつくような声が降り注ぐ。
地獄の色をした双眸が、神の世界とは無関係に、不気味に揺らいでいた。
仮面を外している。
服装が、より鋭く、刺々しい戦士の装いへと変化していた。
立ち上がるソーから十分な間合いをとって、殺意を持って射すくめるのは、オフェリア・ファムルソローネの騎士であった。
「騎士よ、これは蛮勇に等しき愚行なり。北欧の地にて、我に敵うと思っておるのか」
「クク。逆だ、雷神よ。北欧の地
「──なに?」
魔剣の騎士が駆け出した。
迎え撃たんと、ソーはムジョルニアを振りかぶる。
迎撃する気であった。
吹き飛ばして、その身体ごと城外に撃ち出すつもりであった。
城内にはスカディがいる。
ソーが本気で戦えば、戦闘の余波だけで氷城は砕けかねない。
下手をすれば、この近辺一帯の大地が裂け、沈みかねない。
逆にいうならば、目の前の騎士は手を抜いて戦い、勝てる相手ではないと、ソーの直感は瞬時に悟っていた。
強さとは別の、何か不気味な圧力を、騎士から感じていたのだった。
そして、その圧力のせいであろうか。
ソーがムジョルニアを振り抜くより早く、踏み込みによって急加速した騎士の魔剣がソーの胴体にぶち当たり、薙ぎ払われ、逆にソーが天井を砕き城外に弾き出されてしまったのだった。
「なっ……!?」
氷城の床を貫き、打ち上げられ、正門の橋の右手の山嶺に落下した。
針葉樹を砕きながら落ちる。
空中で上下の体勢の入れ替えて、片膝を立てて伸ばした左腕で着地しながら雪原を削る。
摩擦と衝撃で巻き上げられ、空気に溶けゆく水分がきらきらと幻想的に散らばっていた。
ソーの周囲に舞う氷の粒が、その身体に触れる前に気化していく。
ソーの身に打ち抜かれた騎士のパワーを殺すのに、それだけの力が必要であった。
ダメージはさほどではない。
だが、凄まじい膂力であった。
ソーは、思わず歯を食いしばっていた。
その目つきが鋭くなる。
測り損ねたか!?
よもや、これほどの腕力を秘めているとは。
ソーの視線の先に、騎士が降り立った。
「ひとつだけ、聞いておこう」
ソーの、戦神としての視線を、騎士は真っ向から受け止める。
「これはオフェリアなる少女の望みか?」
そうだ、と騎士は言った。
迷いのない言葉であった。
血色に光る目が、いやらしく歪んでいる。
ソーは顔に影を落とし──
ならば、
と言った。
ならば、語ることはなし。
「早急にそなたを撃ち倒し、オフェリアに
「叶わぬよ。雷神よ、それは叶わぬ!」
ソーがムジョルニアを掲げた。
騎士が、魔剣を振るった。
戦いが、始まった。
恐るべき、戦いが。
4.
──スルーズはどう思う?
ヒルドにそう尋ねられたのは、もはや日課となった、雷神の普段を遠くから見届けて、城に戻って、すぐであった。
既に、カルデアなるものたちが北欧に現れ、かの騎士はおろか、戦乙女のひとりを打ち果たしたと情報が入っている。
こんな状況下で、緊張感なく無駄口を叩くことが、どちらかというとスルーズは嫌いであった。
これは戦乙女として基本的なことである……のだが、妹──特に、ヒルドの方はおしゃべりが好きであった。
叱りつけるべきかと、スルーズが困ってちら、と視線を流すと、この時ばかりは珍しく、普段は控えめなオルトリンデさえも、スルーズを見る目に好奇の光があった。
同期すれば済む話だろうに。
あくまで、スルーズの口から聞きたいと言うことか。
しぶしぶ、スルーズは口を開いた。
「雷神は、この世界に変革をもたらすでしょう」
「もー! そーいうことじゃあなくってえ……」
「父として、と? ヒルド、それはあくまでヒトの世の伝承のひとつ。私には当てはまりません」
「えっ? いやそんなんじゃなくて、スカディ様がウキウキなことについてどう思う? って話だったんだけど……」
「…………」
「わっ! 怒らないでよ!! ごめんなさい! やめて、槍を構えないでよ!!」
スルーズがちくちくと槍の刃先でヒルドをおしおきしていると、オルトリンデが言った。
「ですが、オーディンに造られた私たちと、オーディンの長子たる雷神は……見方によっては兄妹……となるのではないでしょうか」
「オルトリンデ、そもそもあれは異界の雷神です。この世界のトールであったなら、その理論も成り立つでしょうが……」
「でも、あの神もトールなんでしょ?」
「それは……間違いない、ですが……」
いけない。
迷いが生まれている。
戦いたくないと言う迷い。
戦うことを恐れる迷い。
これはいけない。
戦乙女として生まれ、この世界でスカディの元で働いて三〇〇〇年。
ここまで心が揺らぐのは、二度目であった。
一度目は、なにを隠そう戦乙女の長子。
汎人類史のブリュンヒルデと相対した時である。
愛する姉、誇り高き姉。
ヒトに恋をして、悲哀に身を焼いた姉。
敵対するべきだったが、できなかった。
それは、ヒルドも、オルトリンデもそう。
だから、スカディの計らいで、山岳の中の、炎の城に監禁した。
汎人類史の残党。
オフェリア・ファムルソローネの言うところの、カルデアなるものが入り込んでいる現状。
スルーズの不安のひとつとして、ブリュンヒルデが彼らに解放されるのでは、という予感があった。
それを考えると、戦乙女が、こんな世間話に花を咲かせる暇などない。
スカディの──神の真言を聞き、入力されたそれを速やかに実行することこそ、戦乙女の在り方なのだ。
神の思惑を推し量ることは愚行である。
が、スルーズの計算では、間違いなくスカディはカルデアを殺せとは言わないだろう。
愛すべきものと定める。
我が前に連れてくるがいい。
命令されるとしたら、こんなところか。
派生型とはいえ、戦乙女を討ち倒すものたちである。
しかし、その程度では、とてもスカディの相手が務まるはずもない。
ならば、戦力を集めるだろう。
かつて氷城に侵入したナポレオンや、城の地下に幽閉している、フレイヤの権能を持つ複合女神。
そして、ブリュンヒルデ。
この北欧で、汎人類史の味方になると確信できるのは、この三名。
雷神は、まだわからない。
ナポレオンと接触したことは知っているが、行動を共にするわけでもなく、集落の外れでそのまま別れている。
雷神の力は絶大だ。
あの力がもし敵対すれば、戦乙女では手に負えない。
スカディが出ても、五分がやっとであろう。
何より、そうなってしまうと、スカディのメンタルが不安である。
「…………」
やはり、どうにかして排除するべきだ。
少なくとも、汎人類史の味方にならないよう、誘導するべきだ。
スルーズが考え抜いた結論を、ほかの戦乙女と同期させようとした時。
城全体を揺らがせる、大きな力がぶつかりあった。
「──っ!?」
ぐらぐらと、氷城が揺れる。
足場が悪くなったが、さすがは戦乙女たち。
四度目の揺らぎの時には、既に重心を安定させ、槍を握り、臨戦体勢に入っていた。
雷鳴が轟く。
熱波が空気を灼く。
城の中にも届くほどのエネルギー。
三人は窓の外を見た。
雷神と、騎士が戦っていた。
5.
なぜだ──?
魔剣に身体ごと弾かれて、口の端から血を流す。
ソーの頭をよぎるのは、不可解な疑問であった。
なぜだ。
なぜ、こうも食い下がられている?
騎士は、確かに強い。
ただならぬ魔剣。
ただならぬ膂力。
ただならぬ動き。
速く、重く、それでいて、細かな剣戟をも得手としている。
だが、それだけだ。
魔剣といえど、死にゆく星の心臓を加工し、オーディンの力を秘めるムジョルニアには及ばない。
膂力はあるが、それはハルクやハーキュリーズには及ばない。
動きは速く、戦い慣れてはいるが、その所作のひとつが光速に至るセントリーやハイペリオンの疾さとは比べるべくもない。
だというのに、仕留められない。
ともすれば、押されていた。
騎士は、青く発光する短剣を持って入り身を深く、ソーの胸に飛び込んでくる。
大胆な跳躍から、ソーがムジョルニアを振り切る前に短剣を細かく動かして腕、肩、と刻み、ソーの腕が振り切るのをコンマ数秒遅れさせる。
ソーがわずかにバランスを崩した瞬間、魔剣に持ち替えて胴に振るうのだ。
ムジョルニアは騎士の皮一枚を掠めるに終わってしまう。
剛力を誇るソーに対して、大胆な攻め方であった。
騎士は、ムジョルニアの破壊力を見切っている。
そして、繰り出されるひと振りは不可解な重さを秘め、纏わりつくような熱がソーを打ちのめしているのだった。
もちろんソーとてやられっぱなしではない。
騎士といえど、当然ムジョルニアによる一撃を何度も止めることは出来ず、ムジョルニアは騎士の身体をことごとく穿ち、呼び寄せた雷鳴はたびたび魔剣ごと騎士を貫いている。
だというのに、動きが止まらない。
衰えない。
いっそう、激しくなっていく。
外部からのエネルギーを取り込んでいるのか?
X-MENには、そういう能力のミュータントがいた。
あの男と同類の力を持っているのか?
あり得ない話ではない。
だが、それにしたって許容限界はあるはずだ。
シトナイが言うには、神の規格はサーヴァントに収まらない。
それが、単に強さのことではないとは承知しているが、正真正銘の雷神たる自身の強さがサーヴァントたる騎士に劣る理由はないはずだ。
では、それが理由ではない。
騎士にあって、ソーにないものがあるのだ。
ソーが神であり、騎士が神でないように。
違う何かが、騎士の力を高めているのではないか。
結論から言えば、このソーの予想は半分は当たっていた。
サーヴァントとして顕現した騎士は、オフェリア・ファムルソローネという稀代の魔術師と契約している。
だがそれ以上に、騎士──セイバーの
それは、本来ならば到底、サーヴァントの規格に収まりきれない存在である。
神を殺せるものは、神だけだ。
だからこそ、元の世界でマイティ・ソーは、異邦の神々であるビヨンダーズに挑むこととなった。
だが、北欧神話に於いては、その事情は大きく異なる。
何度目かの撃ち合い。
吹き飛び、大きくのけぞった。
今回は、騎士の身体も大きく撃ち飛ばした。
ムジョルニアに砕かれた身体から、血が噴き出している。
そこで、ソーは見た。
吹き出した騎士の血が、揺らいでいる。
大気に浮かぶように、いやらしい光を放ちながら、ゆらゆらと形を持って揺れている。
まるで──炎のようだった。
「そなたは……まさか……」
ソーの脳裏によぎったものは、絶望的な予想であった。
魔剣の輝きに呼応するように、騎士の背後の空に浮かぶ、巨大な太陽が脈動しているように見えた。
「クク、その通りだ」
そして、騎士は。
ソーの真横を通り過ぎた。
心の虚をつかれた動きであった。
ソーが遅れて振り返る。
騎士は、解放した魔剣の力を、氷城に向けて撃ち放った。
それを、ソーはにべもなく止めた。
全速で飛び、騎士の前に先回った。
騎士と、城とを挟む形で、防御体勢も不十分なまま。
ソーは全開の魔剣をその身に浴びてしまった。
第六話:アトミック・ビヨンドに続く