【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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あまりにも長いので前後に分けて全八話にします
無計画でごめんなさい……
10/20 誤字修正 報告ありがとうございます


第六話:アトミック・ビヨンド(前)

 

1.

 

 

 おぼつかない足取りであった。

 歩くたびに、身体の節々が軋む。

 流れる血が止まらない。

 騎士は、その道を一歩一歩と進むたび、積雪の上に凄惨な血の(しるべ)を作っていた。

 しかし、その顔は悍ましい笑みを浮かべていた。

 幽鬼のような歩みと同じく、血の色をした瞳が、ゆらゆらと残光を放っている。

 

 強かった。

 

 それが、騎士の抱く感想である。

 雷神と相見えた。

 互角以上の戦いを制したのは自分だ。

 狙い通り、雷神は氷城を庇った。

 全力全開の魔剣。

 竜殺しの英雄の会心。

 そこに本来の力まで乗せた。

 たとえ雷神といえど、不完全な姿勢のまま受け切れるものではない。

 爆発と、それが引き起こした熱を纏いながら、雷神は地に堕ちた。

 

 騎士の五体は、未だ無事。

 血に塗れ、骨も折れて、内臓も相当にやられているが、まだ意識はある。

 歩みはふらつけど、倒れるほどではない。

 それはそれとして、計算外であった。

 霊基は傷つき、四肢も臓腑もボロボロ。

 それでもなお、雷神の力は騎士の命まで届かなかった。

 

 騎士は、雷神に己を殺して欲しかった。

 しかし、オフェリアの令呪によって自殺はおろか、自傷もできない。

 だから、わざと負けることができなかった。

 戦いの中で手を抜き、もらう必要もない攻撃をもらって死に至ることは、自傷に等しい。

 

 雷神は強かった。

 この本身の力を持ってしても、異聞帯ではなく汎人類史の上で戦えば、容易く打ちのめされていたかもしれない。

 だが、まさに、この異聞帯の土壌が、騎士に味方をした。

 異聞帯という土地と、騎士の中に潜むものの本質が合わさり、雷神の力を知らずに削いでいたのだ。

 

 騎士は振り返る。

 緩慢な動きであった。

 首の骨が軋み、肉が擦れる。

 絞られた血が、首元にそってほのかに滴った。

 氷城が遠い。 

 もう、屋根も見えないほどに。

 

 もう、あの城には帰れまい。

 まあ、もとより帰るつもりもないが。

 

 殺されなかったとは言え、満身創痍には違いない。

 道中で駆け寄る巨人を薙ぎ払うのにも苦痛を感じるほどだ。

 スカディは、この身の在処をとうに知っていよう。

 だが、放心か、動揺か。

 追手はない。

 

 立ち塞がる巨人を、木々を斬り払い、焼き払う。

 その度に、身体が軋む。

 あと、ひと押し。

 あとひと押しなのだ。

 歩を進める。

 肉体の力では無く、執念で動いていた。

 あとひと押しで、忌まわしいこの殻は壊れる。

 殻を脱ぎ捨て、本当の終末をもたらすことができる。

 未来への期待が、背中を押す。

 

 全てはオフェリアのために。

 全ては、愛のために。

 その一念が、力となって、ここまで騎士の身体を動かしていた。

 

 眼前に聳え立つ、炎の城。

 恒久に燃え続ける城は、北欧の世界の中で、忘れ去られた場所にあった。

 門は、固く閉じられている。

 

 騎士は、震え、逆方向に折れ曲がった指を無理やり押しつぶして魔剣を握る。

 

 目的は、ここにいるもの。

 騎士を殺しうるもの。

 逸話に従って、騎士が雷神に勝てるのならば。

 逸話に従って、騎士は戦乙女に貫かれよう。

 

 魔剣の一振りで、門は、砂糖菓子のように崩れ去った。

 長い廊下を、騎士の目が睨む。

 

 

 日曜日(終末)が、そこまで迫っていた。

 

 

2.

 

 

 第二十三集落。

 カルデアのマスターとマシュ・キリエライトはここにいた。

 住民であり、ともだちのために外に出ていたゲルダを巨人から助け、彼女の家に身を寄せた。

 そして、夜を明かし、『定めの日』に舞い降りた戦乙女(ワルキューレ)を撃退したのであった。

 

 その最中、汎人類史の英霊、ナポレオン・ボナパルトと合流し、この異聞帯を治めるスカサハ=スカディについて聞き、彼女の住居である氷城に向かう算段を立てていたところであった。

 空想樹が見当たらない以上、スカディがその居所を知っているはずであり、何にせよまずは話をせねばと。

 ナポレオン曰く、スカディは北欧にあるものを残らず愛しているのだと言う。

 だから、不躾に押し入っても処刑されることはない。

 どころか、多少強引な方がスカディの気を引けるぜ! とも力強く説得された。

 

「あ、そうだ」

 

 話の途中、ナポレオンが言った。

 どうしたの? と藤丸立香が聞くと。

 ナポレオンは気まずそうに、ポリポリと頬を掻いた。

 

「いや……実はこの世界には、もうひとり……気をつけなきゃいけない奴がいるんだ」

「スカディやワルキューレ、あの騎士以外にも、まだ何かいるんですか?」

 

 マシュの言葉に、ナポレオンは返した。

 

「ああ。この世界には、雷神もいるんだ」

 

 雷神。

 北欧神話において、それは、

 

「まさか、トール神のことですか……?」

「トール? それって、戦神のことですよね……え?」

 

 マシュと藤丸立香、二人の戸惑いにナポレオンはそうだ、と深く頷いた。

 

「ちょっと待ってください! 北欧神話のトールといえば、オーディンにも並ぶ主神ですよね!? まさか、トール神が敵なんですか!?」

「落ち着きなお嬢さん(マドモワゼル)。トール神は敵じゃないぜ、一応な」

「? どういうこと?」

 

 わたわたと慌てふためくマシュに対して、藤丸は落ち着いていた。

 いい度胸である。

 あるいは、物知らずなだけか。

 ナポレオンはうーんと頭を捻り、言葉を選んだ。

 

「この世界にいるトールは、異界のトールなんだ。異聞帯のトールじゃない」

「汎人類史のトールということですか?」

「いや、どうやらそれとも違うらしい」

「?」

 

 まま、とナポレオンは言う。

 それはあんまり重要じゃない、と。

 

「実は、オレはトールとは一度顔を合わせて話をしてる。あの神サン、こっちの事情を述べたら、ずいぶん悩ましい顔をしてくれたぜ」

「悩ましい顔?」

「オレたちを敵だと思ってないとさ」

「ほ、本当ですか!?」

 

 ナポレオンの話によると、トールは汎人類史のこと、カルデアの事情を真剣に汲み取ってくれたのだと言う。 

 この世界を救うつもりであり、だが、そなたらを軽んじるつもりはない。

 と妙に声を低くして、立てた人差し指をくるりと回しながら、ナポレオンは言った。

 おそらく声真似であろうが、かの時代のフランス人らしい茶目っ気と大仰な振る舞いである。

 

「じゃあ、一緒に戦ってくれるかも……?」

「あー……そこまでは期待しない方がいいぜ。なんせ、やっこさんも北欧の神だ。スカディのことはちゃんと敬ってたし、スカディの敵に回る様なこともしないだろうしな」

 

 それにしても、とマシュ。

 

「トールという神は、もっと、こう……」

「話のわからない、粗暴なヤツだと思ってた……かい?」

「えっ! ……え、ええ。その、『エッダ』などに綴られるトール神は、もっとこう……乱暴なイメージと言いますか」

「気持ちはよくわかるぜ。トールと言えば豪気豪放。なにせバイキングの神だからな。俺も、話を聞き取ったトールの深慮深い顔を見た時は、失礼ながらビビったもんだよ。『全然違うじゃねーか』、ってな」

 

 まあ、それは俺も同じか。

 汎人類史の()()()()()、人に望まれた『ナポレオン』である俺。

 あのトールも、人にそう望まれたからこそ、そう在る存在なのかもな。

 

 一抹の寂しさを感じさせる言葉であった。

 その儚さに、マシュが心を乱した一瞬。

 その時である。

 

 空から、魔力が舞い降りた。

 

「!?」

 

 完全に、不意をつかれた。

 誰にも話を聞かれぬ様にと、あえて広場に陣取って目立っていたか。

 マシュがそちらに振り向くより早く、ナポレオンが砲身を空に向けていた。

 しかし、撃たない。

 ナポレオンは、降りてくるそれを見て、驚愕の表情を浮かべていた。

 ようやく、マシュもそれを見た。

 

 戦乙女(ワルキューレ)であった。

 金髪で、人形の様な白い肌と、均整の取れた長く美しい四肢があり、紅い眼がこちらを見下ろしていた。

 それが、ヒトを抱えていた。

 大男である。

 筋骨隆々の、大男。

 血を流していた。

 ボロボロの大男。

 ロングショットでこの場面を切り取ったなら、きっと絵画のような情景に違いない。

 

「なっ……トール!?」

 

 ナポレオンが言った。

 その名に、マシュたちの心臓が跳ねた。

 

「えっ!? あれがトール神、ですか……!?」

 

 マシュたちの困惑をよそに。

 ふわりと、戦乙女は地に降りた。

 音がしない、緩やかな着地であった。

 先に戦った量産型で、機械的すぎる彼女たちとは、全く違った動きである。

 

 藤丸も、マシュも、ナポレオンすら困惑していた。

 

「着きましたよ、ソー」

 

 戦乙女が名を呼ぶと、息も苦しそうに、トールが三人を見た。

 蒼く、爽やかな朝の日差しをたっぷりと蓄えた様な瞳が、三人の姿を捉えた。

 藤丸は、思わず傅きたくなった。

 瀕死でありながら、神の視線は力を放っている。

 あまりにも神々しい。

 その瞳の中に、飛び込んで行きたかった。

 

「す、すまぬ。スルーズよ……そ、そなたらが、か、カルデアのもの、か……」

 

 しかし、神の決死の言葉を聞いて、我に帰る。

 

「つ、伝えねばならぬ……つ、伝えねば……」

 

 ソーは、そのまま意識を失った。

 場は、沈黙していた。

 

 どう切り出すか、突然すぎる事態に、誰もが言葉を失っていた。

 

 

3.

 

 

 藤丸たちは、ソーをゲルダの家に運ぼうとした。

 他に頼る当てもない。

 しかし、見た目より重いその身体をナポレオンとマシュが運んでいた時、集落の子供が叫んでいた。

 

「神さま!? ソーさま!!? どうしたんですか!!?」

 

 足をもつれさせ慌てて駆け寄ってくる少年の声を聞き、人が集まってくる。

 皆、倒れ伏したソーを見るや、我を忘れて駆け寄ってきた。

 

「神さま! 神さま! どうしたんですか!?」

「ひどい怪我だ……!」

「わぁん! ソーさま! 死なないで!!」

「バカ! ソーさまが死ぬわけないだろう!!」

「き、きみたちがやったのか!?」

 

 違います! 

 敵意に変わり始めた言葉を、マシュは強く否定した。 

 つい先日、自分達は御使いの戦乙女を打ち倒したばかりである。

 疑われるのは仕方ないとは言え、誤解は困る。

 しかし、中々喧騒が鳴り止まない。

 マシュはどうするかとナポレオンを見るが、彼もまた説明に追われていた。

 

 そこに、

 

「下がりなさい」

 

 鶴のひと声ならぬ、神のひと声であった。

 戦乙女のスルーズ。

 彼女である。

 

「私たちは雷神の身体を休める場所を探しています。人の子らよ、ふさわしき場所があるのなら、案内なさい」

「……! わ、わかりました、御使いさま。わたしの家のベッドなら、ソーさまでも横になれると思います」

 

 こちらに、と青年が頭を下げて、先を示した。

 

 青年の家の、少し大きめのベッドにソーを寝かせた。

 家の周りにへばりつく様に、住民たちが集っている。

 それをまた、スルーズが命じて家に帰らせた。

 家主の青年も、今日ばかりは他のものの家に泊まる様に言った。

 彼もまた、神々のただならぬ事情を察し、その言葉に従った。

 

 だが、ひとりだけ、そこに残っていた。

 少女であった。

 

 家に戻りなさい。

 とスルーズが言っても、その少女は泣きながら、ふるふると首を横にふった。

 スルーズは驚いていた。

 集落のヒトの子が、自分の言葉に従わないとは思わなかったからだ。

 その少女、名をゲルダと言った。

 

「わ、わたし……お腹、空いてたから……」

 

 ゲルダはぽつぽつと言葉をこぼし始めた。

 

「ソーさまに、お城のごはん、少し持ってきてくださいって、い、言ったから……」

 

 スルーズは、俯く少女の言葉の意味を察知した。

 この少女は今、罪の告白をしているのだ。

 自分が罪を犯したのだと思い、ソーがああなったのは自分のワガママのせいだと思っている。

 それを、神の使者たる自身に、正直に告白しているのだ。

 

「だから、ごめんなさい! わっ、わたしの……せい、で……」

 

 大粒の涙がボロボロとこぼれ、手で拭っていた。

 審判を待っている。

 この、小さな少女は、私が審判を下すことを待っている。

 ずきりと、スルーズの胸に痛みが走った。

 

「それは違います」

 

 スルーズの言葉に、恐る恐る、ゲルダは顔を上げた。

 

「雷神がああなったのは、ひとえに彼自身の力不足……()()雷神ならば、そう言うでしょう」

 

 人の子よ。 

 雷神がああなったのは、あなたのせいではありません。

 だから、あなたが涙を流す必要はありません。

 

 あくまで、合理的な判断のもとで、スルーズはそう言った。

 ぼうっと、涙はまだ流しながら、ゲルダはこくりと頷いた。

 

「さあ、家にかえりなさい。雷神は、私たちが見ていますので」

 

 こくり、こくりと静かに頷いて、涙を堪えながら、ゲルダは踵を返した。

 遠くなって、またスルーズに振り向いて、今度は深く一礼をして、ゲルダは家に帰ったのだった。

 

 

4.

 

 

「やるじゃねえの」

 

 家に入る前に、呼びかけられた。

 戸口の隣に腕を組んで、伊達に構えるナポレオンであった。

 

「なんのことでしょう、汎人類史のアーチャー」

「またまた、とぼけちゃってさ」

 

 きっ、とスルーズはナポレオンを睨んだ。

 おっとっと、とナポレオンは両掌を見せて、降参降参と言った。

 

 スルーズはガンを飛ばしつつ、中に入る。

 

「ヒトの子よ、雷神の様子は?」

「今は、落ち着いています。血も止まっているし、脈拍も正常です」

 

 恐るべき回復力であった。

 ベッドに寝かされている雷神は、マントもメットも外し、上半身も裸であった。

 傷口に薬を塗られ、その上から包帯を巻かれ、局所にはガーゼも当てられていた。 

 神の血を吸ったそれらが湿り気と重さを帯びているのが見てわかる。

 同時に、目に見える出血は止まっていることもわかる。

 

 だが、目を覚さない。

 

「何が、あったんですか……?」

「ヒトの子よ、尋ねる前に名乗りなさい」

 

 男の方が、藤丸立香。

 女の方が、マシュ・キリエライト。

 そして、ナポレオン。

 三人が名乗り、聞き届けて、スルーズは自身の紹介をした。

 

 そして、ソーに何があったのかを話し始めた。

 

 オフェリア・ファムルソローネの騎士と、雷神が戦い、そして、雷神が負けたのだと。

 藤丸たちが息を呑んだ。

 驚いていた。

 無理もない、とスルーズも思う。

 同時に、また、ずきりと胸が痛んだ。

 

「ちょい待ちな、戦乙女のスルーズ。雷神は、マジで雷神だろう!?」

 

 ナポレオンの言葉は、一見すると馬鹿らしい。

 だが、その言葉の意味を汲み取れないものは、この場にはいない。

 

 オフェリア・ファムルソローネの騎士は、サーヴァントである。

 如何に強力な英霊であるとしても、原則として、正真正銘の神ほどの力は持たない。

 それは、例え冠位を持つものでもそうである。

 サーヴァントの強さとしての上限から、そう定まっていることなのだ。

 最も、神霊という規格として英霊の座にあるものは別であったり、ギリシャのエウリュアレやステンノの様に、そもそも戦闘に向いた神ではない場合はその限りではないが。

 

 だが、雷神は正真正銘のトールである。

 すなわち戦の神であり、その力と活躍は現代にも語り継がれる剛力無双である。

 だが、騎士は雷神に勝ったのだと言う。

 ましてや、この北欧の地で。

 

 だらこそ、ナポレオンの言葉は放つ自身が信じられぬと疑うほどに、滑稽なものとなったのだ。

 

「私も、汎人類史のアーチャーに同意します。かの騎士が、人界に於いては比類なき英傑であることはわかりますが……ならばこそ、神の中に於いて()()にあたる雷神に、勝てるはずはないでしょう」

 

 だから──こっちに来たんですね。

 

 と藤丸が言った。

 二泊ほど間を置いて、視線をずらし、ええ、とスルーズは言った。

 騎士は、オフェリアのサーヴァント。

 そして、クリプターは元々カルデアに在籍していた魔術師である。

 スルーズは、騎士が雷神に打ち勝つ要素があるとすれば、間違いなくオフェリアの存在であると睨んだのだ。

 

 雷神と騎士の戦いの後、すぐにスルーズはソーを助けに飛び、ヒルドとオルトリンデにオフェリアを探させた。

 騎士の跡を追うことはしなかった。

 致命を負っていることは容易に計算できたが、かの雷神を打ち倒せし騎士は、計算を上回る『何か』を持っている可能性が高い。

 それを三人で共有し、スルーズはうわ言の様に呟くソーの頼みもあって、カルデアの元に行き、妹の二人はスカディの元に行ったのだった。

 

 そして、氷城の中に、オフェリアの姿も魔力も無くなっていることを、つい先程同期したばかりである。

 玉座から崩れ落ちんとするほどのスカディの狼狽えっぷりが──それを抑え込まんとしている姿が、悲痛なことも既に知っていた。

 

「マシュ、オフェリアさんは、そんなにすごい魔術師だったの?」

「それは……間違いなくすごい人でした。特に戦闘面では……その……」

 

 マシュが、ちら、とスルーズを一瞥した。

 オフェリアは、戦闘においてはその強さと巧みさから『現代の戦乙女』とも呼ばれていた。

 それを口に出そうと思ったのだが、流石に本家本元の戦乙女を前にしては憚られた。

 

 それを察したのか、藤丸は微笑みを浮かべて「わかった、ありがとう」とマシュに言った。

 

「いや、わからねえ!」

 

 微笑ましさの空気を、全く読まずにぶち壊したのはナポレオンであった。

 二人の視線がナポレオンに向く。

 それに遅れて、スルーズが目を向ける。

 ナポレオンは全く納得のいっていない顔であった。

 

「ここは北欧だぜ? ましてや、神代の終わっていない北欧だ。いくらオフェリアが凄腕の魔術師だったとしても、北欧神話最強と謳われる雷神に、この土地であの騎士(セイバー)を勝たせられるとは思えん」

 

 ──そこに関しては、わたしからいいかな?

 

 ナポレオンの言葉に相応したのは、可愛らしく柔らかい少女の声であった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん!?」

『おうとも! ダ・ヴィンチちゃんだよー! ごめんね藤丸くん。実は回線自体は結構前から開いていて、会話、聞いてたんだ』

「さ、先に言ってよお……」

 

 小さな青いホログラムが光たち、そこにダ・ヴィンチの姿が浮かぶ。

 彼女はスルーズとナポレオンを見ると、可憐にお辞儀をした。

 

『初めまして。わたしはカルデア技術顧問をやらせてもらっている、レオナルド・ダ・ヴィンチちゃんだ』

「おっとぉ! これはこれは……なんて可憐なお嬢さん(マドモワゼル)なんだ。まるでそよ風に身を揺らす、さりげなくもしなやかな花のようだ! オレはナポレオン。汎人類史のサーヴァントにしてカルデアの協力者さ。是非よろしく!」

『むっふっふー! 嬉しいこと言ってくれるなぁこの伊達男さんは!』

 

 上機嫌な声を上げるダ・ヴィンチは、さて、とソーへと視線を伸ばす。

 

『おっどろいたなあ! 本当に雷神トールなんだ! うーん、この世界がスカディの魔力に満ち満ちていなければ、彼の魔力も推し量れたのかなぁ』

 

 ダ・ヴィンチは自らに問うて、ふむふむと頷いた。

 

「ダ・ヴィンチちゃん。あの騎士が雷神を倒したことについて、何か……」

『あるとも! マシュ、ここは発想を逆転させるんだ。かの騎士が、北欧において、()()()()()()()()()()()()()を受け取れる存在だとしたら、どうだろう?』

「えっ──で、ですけど、それは……」

『うん、普通はいない。なにせ、かの雷神は北欧神話最強の神。存在としてトールより明確に()()()と言えるのは、それこそ大神オーディンぐらいだろう』

 

 引っかかる物言いであった。 

 もちろん、ダ・ヴィンチの口調はそう感じるように仕向けている。ワザとである。

 それに、がたりと足を鳴らして反応したのは、スルーズであった。

 目が、見開いている。

 スルーズ……と藤丸が問いかけた時、

 

「サーターだ」

 

 と精悍な声が部屋に染み入った。

 部屋の中にいるものの意識が、声に釣られる。

 マイティ・ソーは、半身を起こして彼らの意識を受け止め、再びその名を言った。

 

「かの騎士の中にいるもの。それはサーターに他ならぬ」

 

 

5.

 

 

 サーター。

 つまり……

 

『炎の巨人王。北欧神話に終末をもたらすもの、スルトだね』

 

 要約したのはダ・ヴィンチであった。

 まさか、とマシュがこぼそうとしたのに被せるように、有り得ません! と強い声が轟く。

 スルーズであった。

 

「かの巨人王は、大神がその身を捨ててまで封じました! あの騎士がスルトだなどと……」

『うん。わたしもむちゃくちゃな話だと思ってるよ。でも、この北欧の大地において……この世界で雷神トールに敵意を持ち、なおかつ勝ちうる存在とすれば、それしか考えられない』

「──世迷いごとを!」

 

 スルーズ!

 と強い声が、湧き上がる怒りと焦燥をなだめる。

 ソーは、その身体を起こした。

 

「雷神よ、まだ起きられては──!」

「構わぬ。動ける程度には回復した。そこに映る定命の智慧者よ。そなたの推理は見事である」

 

 雷神に誉められちゃった! とくりっと目を丸くするダ・ヴィンチに微笑み、ソーはスルーズに、そして藤丸立香たちに向き直す。

 

「かの騎士に内在するものはサーターに他ならぬ。そして、かの騎士がそれを内包できる英傑であることに疑いはない」

 

 魔剣の正体。

 自身に振るわれたエネルギーから、ソーは的確に読み取っていた。

 

「あれは、魔剣グラムであろう。となれば、それはかつて、我が父(オーディン)が人の世の超越者に授けしもの」

「魔剣グラム──つまり、あの騎士はニーベルングの指環の……」

 

 シグルド。

 竜殺しの大英雄にして、かのジークフリートと肩を並べる北欧最優の英雄と呼べる存在。

 

「サーヴァントなるものは、複数の神であっても依代となるものを通せば現界は可能であるのだろう? なれば、かの巨人王とて、竜殺しの英雄の身ともなれば、かように収められよう」

『オフェリア・ファムルソローネは時計塔の降霊科の出身だ。何か特殊なサーヴァントの召喚術式を知っていても不思議じゃない』

 

 スルーズが信じられないのも無理はないと思う。

 とダ・ヴィンチは続けた。

 ロシアのヤガたちもそうだったけど、異聞帯の存在は、自らの世界に疑念を持てないんだろう。

 でも、それも無理ないことだ。

 自分達が生まれて生活する世界が、実はとうに滅び去っているはずの世界だなんて……そんな疑問を自問自答すること自体が、その世界の内にある以上、正気じゃない。

 だから、おそらくスカディも気づかなかったんだろう。

 オフェリアのサーヴァントがスルトだと言うなら、逆に言うと、オフェリアが来るまではこの世界に、スルトはいなかったんだから。

 

 点と点がつながっていく。

 急速に。

 カルデアにとっては、まだ数日の出来事だ。

 だが、既にこの異聞帯に於いて、事態は変異の真っ只中であるのは間違いなかった。

 目を回しそうになる。

 だが、藤丸立香はぐっと手に力を込めて、堪えた。

 

「オフェリア・ファムルソローネとサーターには、神たる我にこそ見える、不可思議な結びつきがあった。だが、同じくヒトとサーヴァントの関係であるそなたたちに、それは見えぬ。であるならば、恐らくオフェリアもまた、サーターの(はかりごと)の中にあるのであろう」

 

 ナポレオンが、口角を強く結ぶ。

 静かな怒りが、その眼の中で燻っていた。

 

「スルーズ。オフェリアは今、何処か?」

「雷神ソーよ。既に城に用意した部屋はもぬけの殻です。今、ヒルドとオルトリンデに探させています」

「いかん! 二人とも、すぐに城に呼び戻すのだ」

「ですが……」

「スルーズよ。この世界のサーターに限らず、我が世界に於いても、かの巨人王は我が父すらも屠るものである。さしもの戦乙女といえど、数があればと敵う相手ではない」

「……しかし、サーヴァントであるならば、オフェリアを廃せば巨人王も……」

「それは、我が許さぬ。そして、スカディもであろう?」

「…………わかり、ました」

 

 スルーズは目を閉じて、かろうじて言葉を紡ぐ。

 その様子に一番ホッとしたのは、ナポレオンだろう。

 

「スカディに、会わせてもらえますか……」

 

 藤丸立香であった。

 彼は、ソーの前に立ち、その眼を真っ直ぐ見つめて、喉を鳴らして、緊張を漲らせて言った。

 改めて、ソーの目は深い空をどこまでも広げているような蒼蒼とした輝きがあった。

 真摯な視線で、藤丸を見つめ返す。

 ゆっくりと、口を開いた。

 

「奇遇なり。我からも、それを提案するところであった」

 

 ソーは、立ち上がった。

 そして、彼の手にある以外ではびくともしなかった鎚──ムジョルニアを背に挿した。

 

「顔のひとつも見せねば、スカディといえど心配であろう」

 

 

6.

 

 

 氷城の中。

 この世界の中心。

 すなわち、玉座の間において、藤丸立香とマシュ・キリエライトは深々と頭を下げた。

 その頭上には、両名の記憶するスカサハよりも、幾分か幼い面持ちの神──スカサハ=スカディがいる。

 

 藤丸たちのすぐ後ろに、マイティ・ソーとスルーズ。

 そして、ナポレオンが控えている。

 

 ──面をあげよ。

 

 艶やかな声が、空間を満たした。

 思わず、その通りに身体を動かしてしまう声であった。

 並々ならぬ、言葉にし辛い力がある。

 二人とも、実はこの手の圧力は初めてではない。

 それは、かつての特異点修復にあって、ときどきに触れてきた、まさしく神通力であった。

 

「スカディ。この者たちが汎人類史の、カルデアのものなり」

「知っておるよ、オーディンソン……そなたがまだ、万全の力をふるえぬことも、な」

「だとしても、我は我が力を惜しむつもりはない」

「……殊勝な心がけとは言わぬぞ」

「それでよい、スカディよ。そなたはそれで良い」

「まったく、おぬしは……」

 

 しっとりとした会話であった。

 愛恋のそれではないが、湿っぽい。

 

「スルーズよ、我が娘よ」

「はい。我が神、スカサハ=スカディ」

「そなたの姉妹から、既にことのあらましは聞いておる。正直、私も信じられぬ想いではあるが……」

「ですが、事実です。我が神よ」

「………………」

 

 あの、と言ったのは藤丸立香であった。

 

「なんだ? カルデアのマスターよ。ヒトの子よ」

「その……スカディ様は、北欧の、この世界に存在するもののことは、わかるんですよね」

「その通りだ」

「その……オフェリアさんと、シグルド──スルトがどこにいるのか、わかりませんか……」

 

 すまぬ、と言った。

 スカディである。

 実は、と続けた。

 

「山嶺に横たえる炎の全てが、勢いを増しておる。故に、我が魔力が阻害されておるのか、万全に行き届かぬのが実情よ」

「あの炎は、スルトの──」

 

 やはり、そうだったのか。

 と会話を聞きながら、ソーは腑に落ちる。

 ソーがかつてあの炎を拾い上げた時、自らの肉体は容易く傷つけられた。

 それも、あれがサーター──すなわちスルトの焔だと言うのならば、説明はつく。

 

「ともあれ、あれは捨ておけぬ」

 

 スカディの表情が引き締まった。

 どこか痛々しい──怒りを浮かべていた。

 

「スカディよ。我はそなたにこの者たちとの共闘を提案しよう」

「共通の敵あらば、団結を拒む余地は無し──と?」

「然様。この北欧の大地において、サーターは万物の敵たり得よう。意見を(たが)える時ではあるまい」

「……オーディンソンよ」

 

 スカディは言った。

 何か、とソーは聞く。

 スカディの顔に、もう怒りの色はなかった。

 

「すまぬが。なんだかだんだん……そなたは本当に雷神なのかと疑ってきておるぞ」

「……スカディよ、我はまごうことなき雷神であるぞ」

「ふふ……わかっておる。全く、なぜ私の周りはこう……かたぶつばかり揃うておるのか」

 

 スカディは、ふふと笑った。

 自然な、見惚れるほど愛嬌のある笑みであった。

 

 

7.

 

 

 カルデアとマイティ・ソーらがスカディと会話を酌み交わしているのと時を同じくして、シトナイは玉座が降り注ぐ爽やかな感情に喜びつつ、疎外感を感じていた。

 

 わたしも混ぜてくれて良くない!?

 

 率直に頬を膨らませていた。

 なんだか、スカディはともかく、ソーにすら存在を忘れられているように思える。

 

 カルデアとスカディが和解、休戦した今なら、堂々と上に出て行ってもいいんじゃないかしら?

 とぶつぶつ思っていると、

 

「忘れられし世界で、神が忘れられる──」

 

 これほど面白い構図もなかなかないな。

 

 と、声がした。

 聞いたことのない、男の声であった。

 

「糸くずをかき集めて、綻びを穴埋めした世界に……これだけの神が集まってるのは面白いもんだな」

 

 シトナイが思わず振り返る。

 

 そこに──男が座っていた。

 

 緑を基調とする変な色の、妙な服装である。

 馬鹿馬鹿しく尖った肩パッドが飛び出ている。

 顔に、両顎から両目にかけて、それぞれイカズチ模様の、傷のようなものがあった。

 一切の気配なく、

 一切の残滓なく、

 一切の痕跡なく、

 その男は、最初からそこにいたかのように、中空に逆さ向きに胡座をかいて座っていた。

 

「な──何者……?」 

 

 シトナイの戸惑いを、待ち構えていたように、男は笑った。

 どちらかといえば、邪悪な笑みのようであった。

 

「なに──少しばかり、安全な場所で見物したいだけだ」

 

 この世界の終末ってやつを。

 この世界の、日曜日ってやつをよ。

 

 男は、無邪気にそう言った。

 

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