【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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第七話:アトミック・ビヨンド(後)

 

1.

 

 

 心が震えている。 

 思い返すものは、さまざまであった。

 

 スルーズは、氷城の一室にて控えていた。

 ヒルドとオルトリンデも同様。

 量産型の戦乙女たちは各集落を囲うように、遠巻きに配置させていた。

 窓際に立って、窓ガラスに区切られた北欧世界を見ている。

 ここからでも、山嶺の炎が強く瞬いているのが分かる。

 

 戦乙女たちは、シグルド──スルトの行方を探すことは禁じられた。

 当然、オフェリアの行方もである。

 手負の獣ほど、恐ろしいものはない。

 スルトが雷神と戦い、満身創痍なのは明白であるが、量産型の戦女神ではなお歯が立たないことも明白であった。

 

 今、氷城に向かってカルデアの移動基地が走っているのだという。

 カルデアのマスターと、そのサーヴァントであるマシュ・キリエライト。

 ナポレオン・ボナパルトも同席し、ホログラムの少女を含めてスカサハ=スカディの元で、話し合いに着いていた。

 未だその身に炎が癒えぬマイティ・ソーも、その場にいるだろう。

 

 スルーズは、胸に秘めるモヤがあった。

 それは、ずばり言って感情というものである。

 マイティ・ソーの、地に付した姿を見た時。

 罪科を告白する、集落の少女の涙を見た時。

 スルーズの胸に、確かな痛みがあった。

 ブリュンヒルデと対峙した時にも、味わった痛みだ。

 

 どうしたというのだろうか。

 機械的に、神の使命を果たすべく生まれた私が。

 こう考えることが、既に使命とはかけ離れた行いである。

 だが、揺らいでいる。

 どうしたというのだろうか。

 これから、間違いなくスルトと戦いになる。

 北欧神話の終末を告げるもの。

 暗き日曜日。

 かの大神すら焼き滅ぼした巨人王。

 

 我々三姉妹の槍が、如何に大神に賜ったものであっても、迷いのままに貫き、打ち果たせる相手ではない。

 

「ほう、おまえがソーの楔というわけか」

 

 そこに、声がした。

 男の声であった。

 スルーズは、槍を握って振り返ろうとして──

 

 できなかった。

 

「!?」

 

 身体が動かない。

 指一本動かせない。

 視覚と聴覚だけが、辛うじて機能を保っていた。

 同期ができない。

 何をされたのか。 

 口が開けない。言葉が紡げない。

 

 それは、足音なく、スルーズに歩み寄る。

 両手を後ろに組んで、悠々とした態度であった。

 

「怒るな」

 

 と男は言った。

 

「神を敵に回すのは、今の俺にはちと、煩わしい」

 

 まるで、神と戦ったことがあるような口ぶりである。

 

 ──俺が何者か気になっているな?

 

 当然の疑問を、男が紡ぐ。

 ふてぶてしい態度であった。

 妙に上から目線で、あつかましい言い草である。

 

「まぁ、俺が何者かは、おまえには大した問題じゃない。少なくともこの世界の敵じゃないからな、俺は」

 

 ならば、何者なのか。

 なんのために、ここにいるのか?

 

「遠巻きに見ていたんだが、おまえたち、このままじゃサーターにしてやられるのが目に見えてる。ソーに死なれるのは俺も困るんだよ。ヤツほどの神の蘇生は疲れるんだ」

 

 せっかく、少し腹が満たされて、気分がいいんだ。

 ムダに力を使って、また空腹になったらたまらない。

 

「…………!?」

 

 男の言葉は要領を得ない。

 何が目的なのかは掴めない。

 ソーに死んで欲しくない?

 なぜだ?

 わからないことのだらけの中で、だが、ひとつわかったことがある。

 この男は、マイティ・ソーの世界の存在だと言うことが。

 

「サーターは今、おまえたちの『お姉さま』とやらの所にいるぜ」

 

 ──!!

 

「さっさと行って、ちゃっちゃとぶちのめしてこい。ソーたちを連れてな。俺もいい加減、この銀世界には飽きてきているんだよ」

 

 最初は静かでいい世界だとも思ったんだがな。

 リチャーズの目も届かないんだし、移り住んでもいいかとも思う程度にはな。

 だが、うまいものが、そんなにないからな──

 

 その言葉が終わると同時に、スルーズは槍を振り抜けた。

 だが、鋒は空を切る。

 声の発声点には何もいない。

 一切の残滓なく、男はそこから消えていた。

 

「…………っ!」

 

 スルーズは戸惑い、それを飲み込むためにひと息吐き出して、今の情報を姉妹たちと同期する。

 そして、その身は玉座に向かわせた。

 

 スルーズの報告、男のことは伏せた。

 スルトの現在地を聞いたスカディたちは速やかに行動に移った。

 飛べるものを除き、ちょうど辿り着いたというカルデアの移動基地に乗り込んで、炎の城へと向かうことが決定した。

 

 

2.

 

 

 炎の城。

 藤丸たちは、そこに囚われているのもが汎人類史のブリュンヒルデであると、道中でスカディに説明を受けた。

 

 ブリュンヒルデ。

 戦乙女たちの長子。

 人の英雄たるシグルドと恋に落ち、しかし悲哀に身を焼いたもの。

 シグルドの命を穿ち、終わらせてしまった悲劇の乙女。

 

 どういうことなんでしょう?

 

 それを口に出したのは、マシュであった。

 疑問のニュアンスを受け取った藤丸も、軽く頷いた。

 スカディたちに挨拶を終え、ホームズの代わりに作戦参謀となったダ・ヴィンチが具体的に口にする。

 

「スルトは、あくまでシグルドの霊基に入っていると見て間違いない。なのに、シグルド(英雄)殺しの逸話そのものを持つ、ブリュンヒルデの元に向かった……なんでだろうね?」

 

 自ら死にに行っている。

 たしかに、スルトの力を持つシグルドには、戦乙女では量産型はおろか、スルーズたちでも勝てないだろう。

 だが、ブリュンヒルデとなれば話は違う。

 その地力が他の戦乙女と隔絶するのは当然として、彼女はシグルドを殺した逸話の持ち主である。

 想定として、雷神と戦い満身創痍であろうスルト──シグルドが敵う相手とは思えない。

 

「ふ、ふうむ……どういうことかね? 雷神に挑んだことといい、まるで自らの死を望んでいるかのようではないか」

 

 ゴルドルフの言葉はもっともである。

 

「うーん。もしかしたら、マスターと契約を交わしていないうちに、ブリュンヒルデを倒しちゃおう! ……ってことなのかな」

 

 言いながら、ちら、とダ・ヴィンチはナポレオンに視線を伸ばす。

 ナポレオンの服装は変わっていた。

 シャドウ・ボーダーに乗り込む前に、藤丸立香と契約を交わし、霊基に充分な魔力が注がれたことで、パワーアップしているのだ。

 

「でも、それだと先に、その……雷神と戦ってるのはおかしくないか? 今回は勝ったみたいだけど、下手すりゃスルトはその時点で負けてたんだろ?」

 

 ハンドルを握るムニエルが疑問を挟む。

 それも、納得するものであった。

 シグルドを殺しうるブリュンヒルデを倒すのなら、わざわざ先に雷神と戦う博打を打つ必要はない。

 先に、ブリュンヒルデを倒しに行けばいい。

 いくらスカディが北欧にありしもの全てを愛しているとはいえ、敵対する汎人類史のサーヴァントなので排除しに行ったとでも言えば、一応の言い訳も立つんじゃないのか?

 

「逆じゃ、ないかな……」

 

 藤丸立香が、ぽつりといった。

 ぐい、とボーダー内部の空気が藤丸に集まっていく。

 どういうことだい? とダ・ヴィンチが聞く。

 ええと、としどろもどろ、藤丸は言った。

 

「スカディ……さまは、ソーさんの力を、ここにいる誰よりも信じていますよね」

「無論だ。オーディンソンの類稀な力は、神たるこの身にはよく知るところである」

「だから、スカディさまは、その……ソーさんとスルトが戦うのを、そのまま見過ごした……んじゃないですか……?」

「────!」

 

 恐る恐るともたらされた藤丸の言葉に、スカディは言葉を詰まらせた。

 その通りであった。

 

 シグルドが、人界における超常者であることは理解していた。

 あれは、本質からしてシグルドであったと想定しても、スルーズたちでは三騎がかりでやっと倒せるほど、強いと。

 逆に言えば、スルーズたちですら、三騎がかりなら十分な勝算があると見立てていたのだ。

 もちろん、自身のルーンならば、御し切るには不足はないと。

 ならば、神の世において超常者たるオーディンソンに、敵うはずはないと思っていたのだ。

 だから、ソーとスルトの戦いを見逃してしまった。

 ソーならば問題ないだろうと。

 だからこそ、ソーが魔剣に打ち伏せられた時、スカディの狼狽は玉座から崩れるのを隠せぬほど大きかったのだ。

 

 もし、スルトが先にブリュンヒルデを倒しに行くとなれば、スカディは当然それを察知し、止めていたであろう。

 

「……なるほど……ヒトの子よ、よくぞ恐れず申したものよ」

「え、あ……その……す、すみません」

「いや、そなたの言う通りだ。まさか、かの騎士に内在するものが、スルトであると見抜けなんだ、私の落ち度に違いはなかろう」

 

 それは違うぞ、スカディよ。

 

 ボーダーの中に、精悍な声が響いた。

 外を飛ぶ、ソーのものだ。

 

「聞こえていたか、オーディンソンよ」

「すまぬ。盗み聞きするつもりはなかった故に黙っていたが、こればかりは異議を申す。サーターに敗れしは我が身の至らなさ。かの者の正体を見極められなんだ、我が未熟の引き起こした顛末。断じてそなたの落ち度ではない」

「励ましでは、ないのだろうな?」

「どう聞こえたかは、そなたの心に委ねよう」

「…………すまぬな」

 

 どこまでも格好のいいやりとりであった。

 マシュが、ほおっと眼を輝かせている。

 書物の中でしか見たことがない、純然たる神々のやりとりに相席している奇蹟。 

 自然と、心が打ち震えていた。

 

「すごいね、マシュ」

 

 藤丸が言った。

 小声である。

 マシュにのみ届くようにした声だった。

 はい、とマシュは頷いた。

 

 神々の会話。

 神々の酌み交わす言葉。

 なんと力強く、美しいのだろう。

 自らの力への自負、

 友に対する信頼、  

 遠回りながら、気遣いもある。

 それらが……いや、それだけではない。

 いくつもの意味が、心が、ひとつ、ふたつの言葉に秘められている。

 神の綴る言葉は、人が感じるだけで、多くの深慮を秘めているのだ。

 

 マイティ・ソーとスカサハ=スカディの関係性は、愛恋のそれではない。 

 だが、ただならぬ想いをお互いに向けている。

 藤丸は、それを現すに最も近い言葉は、『畏敬の念』であるのだろうと思った。

 お互いに尊重し合い、寄り添いあっている。

 マイティ・ソーは、異界のトールだという。

 それが真実かは藤丸にはわからない。

 藤丸には、ソーが本当に雷神のトールなのかどうかすら、実は確信がない。

 だけど、彼のスカディやスルーズに対する態度を見れば、彼の度量がはったりではないと理解できる。

 

 そして、スカディやスルーズが実は、ソーに対する後ろめたさを感じているような気もしていた。

 

 だからか、藤丸に浮かんだ気持ちは、

 『なんとかしてあげたい』であった。

 

 なんと傲慢な考えだと思う。

 我ながら、無遠慮すぎると思う。

 だけど、対人──対神関係か。

 彼らの距離感は、その規格の差はあれど、人と変わりないようにも見えるのだ。

 だから、凡庸な自分でも、そこをなんとか取り持つことができるんじゃないかと。

 

「とと! これ以上は、ボーダーじゃあ進めねえな」

 

 鬱蒼と生い茂る森林の前で、ボーダーは停車した。

 炎の城は山間の中にある。

 シャドウ・ボーダーの巨躯では獣道を通るのには不便だ。

 藤丸たちは下車した。

 ボーダーは近くの集落に停めて、ゴルドルフたちは待機することとなった。

 ダ・ヴィンチからも、いざスルトと戦う時に、近くにボーダーがあって壊れては困ると進言され、また、回復しきっていないホームズの面倒も見るために、ダ・ヴィンチも残ることとなった。

 

 必然、スルトの元に向かうメンバーが定まる。

 彼らが雪原の上に降り立ち、向かうべき方を向いた時、ぞくりと、藤丸とマシュの背を恐ろしい魔力風が撫でた。

 掻き乱され、乱暴な風であった。

 激しい熱波が、こちらに届き切る前に積雪に冷やされ、風向きがデタラメに乱れている。

 その風を受ける、スルーズたちの気持ちが逸っている。

 今にも飛び出しそうな彼女たちを、スカディが優しく諌めていた。

 

「戦っておるな」

 

 ソーが、言った。

 誰もが同じことを思った。

 

「行こう!」

 

 藤丸立香が言った。

 

 

3.

 

 

 遅かった。

 間に合わなかった。

 藤丸たちの視点からすれば、それは断言できた。

 

 巨大な質量が、宙空に現れた。

 槍だ。

 それは、まだ炎の城の輪郭を捉えたばかりの藤丸たちにもはっきりと見えた。

 

「お姉さま!!」

 

 ヒルドが叫ぶ。

 あれは、ブリュンヒルデの宝具だと。

 ならば、その矛先にあるものは──

 

 巨大な質量が、超速で落下する。

 地面にたどり着いた瞬間に炸裂したエネルギーが爆風を巻き上げる。

 マシュ・キリエライトが藤丸立香の前に立ち、シールドを広げて防いた。

 ナポレオンも木影に身を低く投げ込み、踏ん張った。

 戦乙女たちはスカディを庇うように立ち、彼女たちに、スカディがルーンを被せた。

 ソーは、空に仁王立ちで、それを見届けていた。

 

「先にゆく」

 

 爆風で遠くなった耳に、しかしソーの声ははっきりと届けられる。

 藤丸が目元を覆っていた両腕を少し開くと、もう、そこにソーの姿と。

 

 戦乙女の、スルーズの姿がなかった。

 

 

4.

 

 

 爆心地で、胴体に穴の空いたシグルドが立っている。

 口からヘドロのような粘ついた血を流し、胸の穴からこぼれ出るものは炎であった。

 

 笑っていた。

 悲願叶ったりと、邪悪に笑っていた。

 

「あなたは──」

 

 対峙するのは、ブリュンヒルデ。

 肩で息をしている。

 肌が、普段以上に血の気の引いた色となっていた。

 マスターとの契約もせずに放った、渾身の一撃。

 それは、無理やり抽出した魔力によって、自らの身体をも痛め尽くしている。

 それでも、鋭い視線でシグルドを貫いていた。

 槍の刃先を、未だ隙なく、シグルドに突きつけている。

 

「あなたは、シグルドではない!!」

 

 言い切った。

 確信の声色。北欧の火山の大噴火にも勝る憤怒が、発露していた。

 クク、とシグルドは笑っている。

 流石だ、と言った。掛け値なしの賞賛であった。

 

「無論だ。だが、この身がシグルドなのは、間違いではないぞ……」

 

 煽っていた。

 下卑た笑みを浮かべて、ブリュンヒルデを射すくめる。

 両腕を広げ、顔と背を逸らす。

 顎だけを引いて、ブリュンヒルデを見る。

 傍目に見れば、ブリュンヒルデを抱き止めんとしているようにも見える。

 それが、彼女の愛を、燃え上がらせる。

 罠だと、分かっていても、止められない。

 ブリュンヒルデは槍を構えて、叫んだ。

 今一度、シグルドの胸に飛び込んだ。

 

 槍のその身体を貫き、ブリュンヒルデの身体がシグルドの正面に収まった瞬間。

 その身体を貫いた瞬間。

 時間が止まってようであった。

 刹那的な、永遠の情景であった。

 悲しさと、

 愛と──

 怒りと──

 憎しみと──

 歓喜──

 この世に(いず)るあらゆる感情が、その一瞬に凝縮されているようだった。

 

 槍はついに霊核を砕き、シグルドの身体がひび割れていく。

 

「クク、ククク……!!」

 

 シグルドは、とうとう、その声までも()()()()()()()()()

 

 ブリュンヒルデが飛び退いた。

 噴き出る炎熱に、肌が焼かれていた。

 

 そこに──

 

「なんと、これは……」

「ブリュンヒルデお姉さま!」

 

 ソーとスルーズが到着した。

 ブリュンヒルデが驚き、振り向く。

 

「いかん!!」

 

 ソーの視線の先で、シグルドの身体を引き裂いて、炎が大きく広がり出た。

 それが、天に昇っていく。

 

 北欧を照らし続けた、巨大な太陽に向かって。

 巨大な、黒々とした色となっている、太陽に向かって。

 

 そして、太陽から這いずるように、それは顕現した。

 

 誰もが、見上げた。

 それが姿を見せた瞬間、北欧世界の気温が、グンと跳ね上がった。

 それが大地に脚を下ろした時、地面は溶岩のように溶けていった。

 その身体が立ち上がり、その双眸が世界を見下ろした時、北欧在る全ての生命が、悟った。

 

 終わりが、始まったのだと。

 

 

5.

 

 

「サーター!!」

 

 真っ直ぐに、真っ先に、マイティ・ソーが飛び込んだ。

 ムジョルニアを回転させ、破壊力を高めた一撃を見舞うために。

 狙いは顔。

 故に、その眼前に飛ぶ。

 目があった。

 光熱の身体のなかで、一際白く光る目がソーを見た。

 ソーの頭上を、大きな影が覆った。

 スルトの手であった。

 蝿を叩き落とすが如く、その巨大な手が、ソーの頭上から振り抜かれる。

 

 それを、ソーは受け止めた。

 ムジョルニアを起点として、柄を両手で握り、力を込める。

 

「ぬううっ……!!」

 

 ムジョルニアの力、ソーの力と、スルトの力がぶつかり合う。

 雷鳴が轟き、灼熱が広がり、光波がとめどなく溢れ、エネルギーが密になる。

 凄まじい力が空間を形成する力場を歪め、風船のようにぶくりと膨らみ、弾けた。

 ソーと、スルトの手は同じように吹き飛ばされる。

 

 ソーは、地面に背中から落ちた。

 体勢を整える暇もない、力と速度であった。

 ごどん! と音がした。

 とても、肉体がぶつかる音ではなかった。

 

「ソー!」

 

 スルーズが駆け寄った。

 すぐさまソーは立ち上がる。

 大事はないようだ。

 スルーズはホッとした。

 そして、ソーの視線を追うように、見上げる。

 

 スルト。

 終末の巨人。

 暗き日曜日。

 本当に……スルトだったのか。

 

 スルトは、ソーたちに見向きもせず、明後日の方向へと歩み出した。 

 そして、山間のある場所で立ち止まり、それをそっ、と拾い上げる。

 

 ソーと、スルーズの卓越した目には、拾い上げて肩に乗せたものを認識する。

 

「オフェリア・ファムルソローネ!」

 

 呆然と、力無く、オフェリアはスルトの肩に乗せられた。

 

「スルーズよ」

 

 ソーが言った。

 

「スカディたちと合流せよ」

「ソー、あなたはどうするのですか……!?」

 

 答えは、分かっていた。

 わかっていても、聞かざるを得なかった。

 ソーは、にっと、微笑んだ。

 ごまかすような、柔らかな笑みであった。

 

「我は、立ち向かおう」

 

 足止めを行う。

 やはり、計算した通りのことを、ソーは言った。

 理解はできる。

 スルトは、存在しているだけで、この世界に破滅を齎している。

 たたずむ今を持ってなお、彼の足元に、我らが巨人王の帰還を喜び、集まる巨人たちが群がり、無惨にも踏み潰され、焼け死んでいる。

 北欧の大地がその足から熱されて、溶かされている。

 歩き出すだけで、あれは災害などというレベルを超えた、終末をばら撒くのだ。

 

 ならば、足止めしなければならない。

 そして、この場でその力を持つものは、マイティ・ソーに他ならない。

 

 スルーズは、くっと、下唇を噛んだ。

 視線を伏せて、ぎり、も強く噛み、そして顔を上げた。

 サファイアの目が、ソーを見た。

 ソーは、笑っていた。

 いや、笑ってはいないのだが、スルーズには、自身に向けられるその顔が、優しく笑っているように見えた。

 

「お姉さま!」

 

 スルーズは倒れるブリュンヒルデに駆け寄った。

 彼女に肩を貸し、その後、彼女の頼みで骸に等しいシグルドも担ぎ上げて、スカディの元へと飛んだ。

 飛び去る際に、一度、ソーを振り返った。

 

 見届けて、ソーは再びムジョルニアを回す。

 

 そして、スルトの正面に回り込み、雷鳴と共に振るった。

 

 

6.

 

 

 スカディとカルデアと合流し、三姉妹で同期して情報を共有する。

 ブリュンヒルデの傷を癒すためにも、藤丸は急いで契約を交わし、礼装の力を借りて魔力を注いだ。

 

 雷鳴と炎が踊っている。

 しかし、やはり──スルトは徐々にその歩みを進めていた。

 

「ダメだ、雷神も踏ん張ってはいるが……やっぱりスルト相手じゃ押されてる」

「弱点はないの?」

「マスター。スルトは『神々の黄昏(ラグナロク)』において、討伐された逸話がありません……つまり、弱点は……」 

 

 神々の黄昏(ラグナロク)の記録。

 終末の巨人の末路は、誰にも倒されず、世界を焼き滅ぼしたのちに、行方知らずとなった。

 生存者リストに名前がないために、共に滅んだとする説もあるが、どのみちそれは、スルトが滅びるためにはラグナロクを完遂させなければならないと言うことである。

 

「オフェリアだな……」

 

 ナポレオンが、言った。

 

神々の黄昏(ラグナロク)の時に、スルトにないもの。今ここにいる、スルトにあるもの──それを考えるなら、オフェリアだろう」

「うん。私も今、同じことを考えていたよ」

 

 ダ・ヴィンチが補足する。

 仮にも──スルトはオフェリアのサーヴァントとして現界している。

 ならば、ごくごく当たり前の話、オフェリアとの契約を切ってしまえばいい。

 そうなれば、例え単独顕現スキルなどを持ち合わせていたとしても、スルトの存在を消せるかはともかく、大幅な弱体化は見込める。

 

 だが、オフェリアは今、スルトの肩にいる。

 それでありながら、マイティ・ソーですらをスルトは相手取り、優勢に振る舞っているのだ。

 オフェリアの様子がおかしいことは、スルーズの報告でわかっている。

 おそらく、契約に用いる回路(パス)を通じてスルトから逆に影響を及ぼされ、精神を閉じた状態にあると予想された。

 

「つまりだ!」

 

 ナポレオンの言葉は、この後に及んで燃え盛る情熱を孕んでいた。

 思考に耽ることを許さない、暗き想いを吹き払う、スルトとは違う熱波を帯びている。

 

「オフェリアの目を覚まさせて、オフェリアから契約を切らせりゃいいんだろ!?」

 

 だったら、オレに任せな!!

 白い歯を見せて、伊達に笑う。

 清々しい笑顔であった。

 スカディが、ふっ、と笑みをこぼした。

 

「全く、面白い男よ。汎人類史のアーチャー……いや、ナポレオン・ボナパルトであったか」 

 

 名前を呼んだ。

 神の言葉は、力を持っている。

 ナポレオンの身体から、むわりと熱気が立ち上った。

 収まりきれない力が、滲み出しているようだった。

 

「できるの、ナポレオン?」

「ああ! 任せときな、マスター! 予想よりだいぶ早くなっちまったが、オレの隠し球を使う時が来たぜ!!」

 

 その時であった。

 

 剣が、振るわれた。

 炎の剣。

 スルトの剣。

 終末を引き起こす炎剣、レーヴァティン。

 

 スカディたちの目の先で、それが、ソーの雷鳴を焼き砕いた。

 彼の身体ごと、爆炎の剣閃が包み、引き裂いた。

 

 

7.

 

 

 滅びの炎に包まれながら、ソーは声を聞いていた。

 

 それは、スカディの声。

 それは、スルーズの声。

 それは、藤丸立香の声。

 それは、マシュ・キリエライトの声。

 それは、ゲルダの声であった。

 

 いずれも、堕ちゆく我が身を案ずる、悲痛な叫びであった。

 ムジョルニアが手に無い。

 どこかに吹き飛んでいた。

 

 不甲斐ない。

 ソーは、焼き砕かれる身体を評する。

 

 なんと不甲斐ない。

 相手は、確かにサーターである。

 我が父、オーディンをして、滅びを与えんとする巨人王。

 アスガルド神族そのものを滅ぼすために生まれし天敵に他ならぬ。

 

 だが、それは負ける理由にならない。

 負ける理由にしてはならない。

 

 キャプテンなら、負けない。

 スタークなら、折れない。

 バナーなら、やはり咆哮と共に立ち上がるだろう。

 

 かのものたちは、いずれも己が宿命と何度も相対し、時に敗れはすれど、最後には必ず勝利を手繰り寄せてきた。

 ならば、雷神たる我が、それをできぬわけにはいかぬ。

 勝利を我が手に。

 諦めるものか。

 

 だが、身体が動かない。

 炎に包まれている。

 身体が、細胞が焼かれている。

 諦めるな。

 諦めるな。

 

 自らに檄を飛ばすが、指先ひとつ動かない。

 

 そのまま、落ちた。

 仰向けに、倒れた。

 自らの胴体からもうもうと立ち込める黒煙が見える。

 それが、遠い世界の出来事に思えるほど、意識が混濁していた。

 傷口が再び開き、より深く、炎が練り込まれた。

 命に届きうるものだった。

 

 思い浮かべる。

 それは、走馬灯では無い。

 勝つために、想うのだ。

 

 スカディの顔。

 スルーズの顔。

 ゲルダの顔。

 北欧に住まう者たち。

 憂いを帯びるスカディの顔。

 鬱屈が反発したのだと、一目瞭然の、喜ぶ、彼女たちの顔。

 

 そして、

 我が父であり、

 我が父ではない、

 オーディンの顔。

 

 立ち上がらねば。

 勝たねば。

 

 しかし、身体が動かない。

 

「星の導きにありて──」

 

 声が、した。

 ソーの、遠くなる意識にするりと潜り込む、男の声だ。

 聞いたことのある声であった。

 

 二羽の烏に導かれ、探し求める雷神の願い。

 倒れ伏し死にかけてなお、知らぬ世界の願いを想う。

 

 淡々と紡ぐ言葉は、感嘆があった。

 わずかな、呆れがあった。

 しかし、安堵の息遣いがあった──

 

「まあ、ヒーローらしい。実にアベンジャーズらしい考えだと思うがね」

 

 その男は、倒れるソーの()()()()()()()()

 

 ソーが、目を見開いた。

 知っている男であった。

 なぜ、ここにいるのかはわからない。

 

 だが、この男ならば、ここにいても不思議ではない。

 

「オーウェン……リース……!」

 

 そう、

 と男は答えた。

 

「リード・リチャーズの言うところの、モレキュールマンさ」

 

 迎えに来たぞ、ソー。

 

 驚愕に心を震わすソーに。

 モレキュールマンは、言った。

 




最終話、『ソー:ラストエピソード』に続く
残すところ後一話。最後までお付き合いいただけますよう、よろしくお願いいたします
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