【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

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長くなりすぎるので最終話前編になります
本当に無計画で申し訳ない
10/20 誤字修正 報告ありがとうございます


第八話:ソー:帰還

 

0-1.

 

 

 押し寄せたのは、絶望であった。

 目の先で、炎に包まれ、崩れ落ちる雷神の姿。

 それは、私が、私の裡に堰き止めていた絶望に、力を与えたもうた。

 

 なぜ──

 なぜだ。

 なぜ、こんな光景を見ねばならぬ。

 ラグナロクを、(くるい)し終焉を超えた先。

 死にゆくオーディンに託されたルーンを慰めに、ただひと柱取り残され、統治を余儀なくされた。

 

 灰燼に帰した世界に、たたずむ私。

 ボロボロの戦乙女たち。

 そして、微かに生き残った、愛すべきヒトと巨人たち。

 溢れる涙さえたちまちに気化し、心をこぼすことさえ許されない廃熱の世界。

 

 誰もが、唯一神となった私に、救いを求めた。

 

 だから、私は立ち上がった。

 願いを受け取って。

 受け取るしかいなかった。

 頼れるものはいない。

 戦乙女たちはあれど、彼女らは真の意味で神では無い。

 彼女たちですら、私に救いを求めていた。

 灰燼の世界。

 私は、それを観る。

 神の記しは何もない。

 だというのに、使命を果たしきれなかった、終焉の炎だけが揺らめいている。

 だから、私はまず、雪と氷で世界を覆った。

 隠すように。

 私の魔力をふんだんに含んだ積雪で、世界を形造った。

 

 オーディンなら、もっと上手くやっただろう。

 フレイヤなら、もっと豊かな大地を造っただろう。

 バルドルなら、輝ける光で世界を満たしただろう。

 

 だが、私にはそう、できなかった。

 私は、氷の女王だからだ。

 

 やがて、資源が足りなくなった。

 ヒトを、生かし続けることが、困難になった。 

 それを、最初の時。

 私は自ら集落に降り立ち、終焉を生き延びた最古参の、年老いたヒトの子たちに、説明した。

 死んでくれ。

 そう、言った。

 私の世界を続けるために、死んでくれ、と。

 

 彼らは、

 彼らは──笑っていた。

 大丈夫です。

 そうも言った。

 

 スカディさまの御心を受け取って、旅立つのです。

 我々は果報者です。

 たったひとりの、神の、たっての願いで逝けるのだから。

 終焉を生き延びて、良かった。

 報われました。

 

 しわがれた手が組まれ、窪んだ目が閉じられ、私に祈りが捧げられた。

 みな、膝立ちに傅いて、私に祈った。

 私は、泣きたかった。

 彼らを抱きしめてあげたかった。

 嘘だと、わかっていたからだ。

 彼らは、本当はまだ、死にたく無いと思っている。

 本当は、まだ生きていたいと思っている。

 それが、口々から、態度の微細な動きから、漏れ出していたからだ。

 

 だが、彼らは、決してそれを口に出さなかった。

 言葉にはしなかった。

 ()に、ただ、祈りを捧げた。

 

 すまぬ。

 私は、それだけ言うのがやっとであった。

 なんという薄情ものであろうか。

 その薄情ものに、彼らはそれでも微笑んでいた。

 

 そうして、『定めの日』は生まれた。

 

 ヒトの寿命を、私は定めてしまった。

 

 玉座にありて世界を見渡しながら、私は恐る心を閉ざしきれない。

 いつか、叛逆されるのではという思いがあった。

 ヒトの子らは、自らの理不尽な運命(Fate)に怒り、団結し、立ち上がるのではないかと。

 不浄なる神を駆逐せんと、刃を向けてくるのではないかと、恐れていた。

 

 だが、ついに三〇〇〇年。

 反乱は一度として起きず、ヒトの子らは神の必定を受け入れている。

 私は、それは、最古の彼らが、笑って逝ったからだと思った。

 彼らが定めの日に、後の子らに戒めたのだ。

 『決して、神さまを恨んではいけない』と。

 その一念だけが、言葉の姿を捨ててもなお、ヒトの子らの心に脈々と継がれ、宿っているのだと。

 

 私は、吐き気がする思いであった。

 悲しかった。

 それに安堵を覚える私が。

 ヒトの子らの、自らが無知無学であらんとする懸命な努力が、愛しくて憎くてたまらない。

 

 ──殺そうか、愛そうか。

 

 私は、愛することを決めた。

 この北欧に存在する全てを、愛することを自らに定めた。

 

 オーディンたちを恨むこともできなかった。

 大神の、アース神族の、巨人族たちの顔を思い浮かべても、自らの心中に湧き出るものは、常に、憎しみではなく懐かしさだったからだ。

 彼らも、愛おしい。

 彼らの力と智慧が懐かしい。

 私は、彼らを憎む勇気を持てなかった。

 なんといういくじなしであろうか。

 それを、吐き出す相手もいない。

 それを、吐き出す相手を作れない。

 

 だから、

 だから──

 

 雷神ソーがこの世界を訪れた時の、私の喜びは喩えようがない。

 

 その姿は、私の知るところではない。

 だが、その逞しさは私の知るところであった。

 だが、その強さは私の知るところであったのだ。

 

 そして、この地において、ヒトを愛し、ヒトに愛されるオーディンソンを見ることは、私の数少ない癒しとなっていた。

 

 何かが、変わる。

 

 そう確信していた。

 

 だが、

 だが、目の前で、雷神は終末の炎に包まれた。

 

「あ、あ──」

 

 私は、呆然とそれを眺めていた。

 感情が出てこない。

 ずしりと、オーディンソンの身体が地に落ちる、静かな振動を感じ取った。 

 

「あ、あ、あぁあ……!!」

 

 叫び出したい。 

 投げ出したい。

 なぜ、再びこんな光景を見なければならないのか?

 なぜ、再び、あの狂える巨人は私の世界に降り立ったのか?

 愛さなければ良かったのか?

 殺して仕舞えば良かったのか?

 オフェリアを? かの騎士を?

 母の愛に飢え、か細い体で震える少女をか!?

 

 できない。

 できるわけがない。

 ああ、私はなんと恥知らずなのだ。

 オーディンほど偉大ではない。

 トールほど力強くない。

 ロキほど賢しくない。

 フレイほど美しくない。

 バルドルほど輝けるものではない。

 ミーミルほどの寛容もなく。

 スルトほど使命に殉ずることもできない。

 

 彼らなら、

 彼らなら、

 想う。

 想ってしまう。

 

 私は、私の弱さ故に。

 崩れ去ろうとしていた。

 

 

0-2.

 

 

 巨人王の誘惑に、私は負けてしまったのだ。

 でも、決してそれを、彼だけのせいにするつもりはない。

 

 全てを焼き尽くす使命に駆られたもの。

 それと、星の終わりを共にする。

 それが、彼の愛の示し方だとわかっていた。

 彼には、それしかできないのだと。

 

「  ああ、オフェリア  」

 

 彼が言う。

 彼の言葉は、常に迷いと共にあった。

 自らの存在のどうしようもなさを知りながら。

 それでも、私のために何ができるかと探していた。

 

「  オレは、お前に何をしてやれるだろうか?  」

 

 そんなことを言われたのは、初めてだった。

 暗い日曜日。

 私は、父と母の期待の狭間に沈みゆく。

 掬い上げられることを望んでいた。

 誰かが、手を伸ばしてくれるものだと思っていた。

 でも、それがないことは、自分で一番わかっていた。

 

 固い扉。

 私を閉じ込める、暗くて小さな部屋。

 部屋を暗くしているのは、自分なのだ。

 扉を重く、分厚くしているのは、私なのだ。

 

 いつだって、その先に行けたはずだ。

 だけど、できなかった。

 やらなかった。

 やれなかった。

 

 怖かったからだ。

 踏み出すのが、怖かったから。

 

 キリシュタリア・ヴォーダイムの犠牲を目にしてやっと、私の足は動き出した。

 終末に向かって。

 

 彼は、私に言う。

 期待している、と。

 

 だけど、私は知っている。

 それは、私に向けた言葉ではないと。

 それは、クリプター全員に捧げられた言葉だと。

 キリシュタリア・ヴォーダイムが、自らに戒めるための言葉だと。

 

 彼に憧れた。

 彼に執心した。

 だけど、彼もまた、私の手をとってくれるわけではない。

 私を救ったのは、私がクリプターだからだ。

 彼が犠牲を払ったのは、私が仲間だからだ。

 

 オフェリア・ファムルソローネという、ひとりの少女のためではない。

 

 何度も何度も、勇気を糧に踏み出そうとする私がいる。

 その度に、暗い部屋の奥から、私の身体を抱き止める者がいる。

 私だ。

 他ならぬ、私だ。

 震える私だ。

 怖がって、泣いている。

 だから、私はいつも足を止めて、私を抱き返した。

 私を孤独にさせないために、私は踵を返して、暗い部屋に戻っていくのだ。

 

 でも、それじゃあダメだった。

 わかっていたの。

 ダメなことぐらい。

 でも、私は踏み出せなかった。

 

「  オフェリア  」

 

 ああ、スルトが私を呼んでいる。

 ごめんなさい。

 少し、よそ見をしていたわ。

 

 私は終焉の炎に寄り添う。

 回路(パス)を通して、彼の心が安寧に包まれるのを感じる。

 

 私は、手の中で輝くものを。

 その篝火を、優しく抱きしめた。

 

 

1.

 

 

 オーウェン・リース。

 モレキュールマン。

 分子の支配者。

 持ち主に全能を齎すコズミック・キューブの力を浴びて、全能に等しい分子操作能力を持つスーパーヴィラン。

 

 世界を、「そうあれ」と念じるだけで。

 いや、そこに在るだけで「そうある」ように書き換えてしまう力を持つ男。

 

 だから、ここにいること自体は不思議ではない。

 どうやってここに来たのかは問う必要もない。

 モレキュールマンの力は、宇宙が生命領域に与えうる物理法則を超越している。

 だから、ソーが思う疑念は少し違う。

 なぜ、ここにいる。

 

「二羽の鴉に導かれてって、言ったろ?」

 

 モレキュールマンは、ソーの思慮を見通して、言った。

 

お前の親父(オーディン)だよ」

 

 ことの顛末から話そうか。

 インカージョンの結末。

 終焉と創世の物語を。

 

 モレキュールマンが言うと、ソーの眼前の空に、映像が浮かび上がる。

 そこに、インカージョンの映像が浮かぶ。

 Dr.ドゥーム、Dr.ストレンジ、そして、モレキュールマン。

 

「まず、結論からいうと、ビヨンダーズは倒された」

 

 倒したのはDr.ドゥームだがな。

 リード・リチャーズたちですら、ビヨンダーズへの対策は、とうとう打てなかった。

 ビクターだけが、かの神々を倒すべく動いていた。

 ビクターは俺を、ビヨンダーズを倒すために使ったんだ。

 爆弾として。

 ビクターとストレンジ、そんで俺は、いわゆる『時の暁』にてビヨンダーズを討ち倒した。

 だが、インカージョンによる多次元世界の崩壊は防げなかった。

 

 だから、ビクターは世界を造り直すことにした。

 

 ──どうやって?

 

 ビヨンダーズのパワーを奪ったのさ。

 おかしいことじゃないだろ?

 ビクターは普段からシルバーサーファーのコズミックパワーを奪ったり、オンスロートのパワーを簒奪しようと企んでる男だった。

 そういうことはお手のものってわけだ。

 

 そして、自らを神帝とし、混沌の世界に降り立って言った。

 『光あれ』

 とな。

 そうして新しい世界ができた。

 文字通りの創世神。

 言葉通りの絶対者。

 『宇宙には最初、ドゥームがあった』ってワケさ。

 パワーソースは、もちろん俺。

 ヤツは俺を通じて、ビヨンダーズの全能を行使していたのさ。

 

 Dr.ドゥームと、俺と、ストレンジだけが旧世界のことを引き継いでいた。

 そこそこ上手く入ってたんだぜ?

 

「だが、滅び去ったのだな」

 

 ああ。

 リード・リチャーズやサノスだ。

 あいつらは自身も含めて、旧世界から何人か脱出させていた。

 そいつらが神帝ドゥームの世界──バトルワールドに降り立ち、ヤツの支配は終わった。

 

「そしていま現在、フランクリンの能力(全能)多次元宇宙(マルチバース)を再創造している段階ってわけだ」

 

 その際に、多元宇宙を安定させる『錨』として、俺がそれぞれの多元宇宙に移動してるのさ。

 

「だから、我を迎えに来た、と……」

 

 そうさ。

 バトルワールドを創造する時、実はいくつかのピースが足りなかった。

 特にソー。

 おまえはビヨンダーズと原始宇宙の亜次元領域で戦って死んだせいで、俺たちが認識している宇宙の外に吹っ飛んでいたらしい。

 

 アダム・ウォーロックの言葉を少し借りるが、「サノスですら、この宇宙を構成するピースにすぎない。なくてはならないもの」だ。

 だとしたら、マイティ・ソー。

 おまえも、俺たちの宇宙には必要不可欠なピースなのさ。

 

 だから、おまえの穴埋めをするためだけに、バトルワールドに『マイティ・ソー軍団』を作って水増ししてたりもしたさ。

 

「マイティ・ソー軍団……?」

 

 怒るなよ。

 シビル・ウォーの時のクローンとはわけが違う。

 ムジョルニアもどきを量産しまくって、マイティ・ソーの大軍団を作ってやっと、おまえひとり分。

 それでようやく、世界の均衡を保っていたんだぜ。

 

「…………」

 

 納得できねえ、って顔されても困るぞ。

 さあ、これで俺たちの世界がどうなったかはわかったか?

 じゃあ帰るぞ、ソー。

 

「待て。リースよ」

 

 ……なんだよ?

 

「我に、この世界を見捨てろと申すか」

 

 ……あのなぁ。

 いいか、そもそもここは俺たちの宇宙じゃねぇ!

 ましてやこの世界は、だ!

 この宇宙の、地球上にすら、本来ありえねえ世界なんだよ!

 世界から打ち捨てられた糸グスをかき集めて、それを空想樹なんてケッタイなモンでむりやり結びつけて、現実の上にかろうじてふわふわ浮いてる存在だぞ?

 おまえは、そこに巻き込まれたイレギュラーだ。

 本来この世界の、この時間に存在するべきじゃないんだよ。

 何が言いたいかって?

 つまり、おまえがいようがいまいが、サーターはあいつらに倒されるってことだ!

 だから、ここでおまえがいなくなっても、何にも問題ねえんだよ!

 

「リース、モレキュールマンよ……」

 

 なんだよ?

 

「そなたの言い分は、おそらく正しい」

 

 そうさ。

 

「だが、我はこの世界を見捨てぬ」

「…………」

 

 たとえ、我以外の存在が、成すべきことを成せるのだとしても。

 たとえ、我の存在が、この世界にありえざるものだとしても。

 そんなものは、我がやらぬ理由にはならんのだ。

 

 リースよ。

 分子の支配者よ。

 そなたは正しい。

 だがそれは、世界の眼──神々の視座ゆえの正しさだ。

 そなたは、この世界に住まうヒトの子らが、なぜ偽物だと言えるのか?

 そなたは、何を持って、我からひとつまみの花を受け取った少女の笑みを……まやかしだと言い切るのか。

 我に捧げられた感謝と敬意を、過ちと謳うのか。

 

「……ああ、そうだよ。それは、ホンモノだ」

 

 ゲルダが腹を空かせていた理由。

 いまならわかる。

 我には合点がいく。

 そなたであろう? リースよ。

 

 神の力を行使するのだ、当然腹は減る。

 バトルワールドなる宇宙を支え続けたそなたは、常に飢餓に迷い落ちていたはずだ。

 

 そして、この世界に来たのならば、当然力を使い──腹が減ったのだろう?

 

「……ああ、そうさ」

 

 ゲルダのパンは、美味かったであろう。

 

「……ああ、うまかったよ」

 

 そなたは供物を捧げられたのだ。

 モレキュールマンよ。

 分子の支配者よ。

 神の力を振るうものよ。

 その力を持つものが、供物を捧げられたのならば、報いるべきだ。

 

「……大いなる力には、ってやつか?」

 

 違う。 

 それはヒーローたるものの心構えなり。

 そなたはヒーローではない。

 そなたの力は、間違いなく神のそれなり。

 そなたは捧げられた。

 ゆえに、それに報いねばならぬ。

 超常者としての、在り方の問題よ。

 

「…………おまえさ、ソーよ」

 

 なんであろう?

 

「いつのまに、そんなに口、上手くなりやがった?」

 

 …………ふっ。

 我もまた、未だ学びの途上なるぞ。

 

「……ちっ、しょうがねえか」

 

 言っとくがな。

 おまえのためじゃねえぞ。

 あくまで、俺の腹を満たしてくれた、ゲルダのためだ。

 これから、俺がやることはな!

 

 

2.

 

 

 呆然と、見呆けてしまっていた。

 その背中を。

 崩れるスカディの脇を抜けて、スルトの足下にかけていく。

 藤丸立香と、マシュ・キリエライト。

 彼は、スカディに望まなかった。

 庇護を、救いを。

 代わりにかけた言葉は、

 

「あとは、俺たちがやります」

 

 であった。

 その顔を見上げるスカディに、笑顔を浮かべていた。

 身体が細かく震えていた。

 

 大丈夫です。

 

 そう言った。

 

 俺たち、こういうの、慣れてますから。

 何度も、何度も──乗り越えてきましたから。

 

 笑って、言う。

 震えて、言う。

 もう、スカディを向いていない。

 その視線は強く、距離感もわからぬ巨人へと向けられている。

 

「いくよ、マシュ」

「はい! マスター!」

 

 そうして、二人は踏み出した。

 神の先へと。

 

 スカディは、止めるべきだと思った。

 賛意を求め、ヒトの世の賢者に振り返る。

 しかし、賢者は、しょうがないなあと、困ったように、参ったように。

 どこか、嬉しげに笑っていた。

 

「ようし! 藤丸くん! マシュ! スルトに絶対やらせちゃいけないことだけは教えるよ! スルトの剣を大地に触れさせちゃダメだ! あれは終末をもたらす炎剣。振り抜かれたら、その時点でこの異聞帯ごと焼き払われる!」

 

 あと、アレ、恒星級の超高温だから!

 マシュの防御範囲から絶対に出ないでね!!

 

 わかった!

 と藤丸は言った。

 任せてください!

 とマシュは答えた。

 

「女王陛下」

 

 呼ばれて、振り返る。

 スカディを呼んだのは、ブリュンヒルデに支えられる、血まみれのシグルドであった。

 覚醒していた。

 彼は、自らの不甲斐なさを恥じていた。

 スカディを見ながらも、罪悪感に目を顰めている。

 

「当方は、申し開きもできないほど、多大なる迷惑をかけてしまった」

 

 しかし、と続ける。

 

「だからこそ、この身、この先にやるべきことは決まっている。大神と雷神の導きにありて、大罪を濯ぐ術は、この手に」

 

 シグルドはそう言って、その手に持つものを掲げた。

 片手に、魔剣を。

 そして、もう片手に、ハンマーを。

 

「それは……そなた、()()を持てるのか」

「当方だけでは叶わなかったでしょう。しかし、握る先から伝わるのです。ミョルニルにみなぎる雷神の轟き、大神の威光。崩れゆく我が身に惜しみなく注がれる力は、大神と雷神の恩情と受け取っています」

 

 我が愛よ。

 シグルドはブリュンヒルデに向き、囁いた。

 優しく、柔らかく、それはまさに愛の言葉であった。

 ブリュンヒルデは、はい、と。

 その眼を見つめながら、言った。

 共に、どこまでも。

 覚悟を秘めた眼で、口で。

 神の前で、そう、言い切った。

 

 そうして、飛び立った。

 誰も、スカディに戦うことを求めない。

 誰も、護ってくれと、救ってくれと、求めなかった。

 

 その事実に、呆然とする。

 彼らの歩みに、ヒトの歩みを見届ける。

 そこに、傅くものが、ひとり。

 

 ナポレオンであった。

 砲を寝かせ、片膝をつき、首を垂れている。

 騎士然とする佇まいであり、それが良く似合っていた。

 

「スカディ」

 

 粛々と、口を開く。

 まだ、顔は伏している。

 

「この場で、最もオフェリアと共にあったのは、アンタだ。だから、アンタに言う」

 

 彼女の心に踏み込むぜ。

 オフェリアの孤独をぶっ壊す。

 赦しはいらない。

 許されなくても、オレはやる!

 

 ナポレオンは顔を上げた。

 スカディを見る、その瞳に──炎が宿っていた。

 

 そして、走り去っていった。

 

「……スルーズよ」

「はい。我が神スカディ」

 

 スカディが名を呼ぶと、その斜め後方に、スルーズが立つ。

 

「そなたらも、終末に立ち向かうか」

 

 問いかけであった。

 空を駆けるブリュンヒルデ。

 戦乙女の長子。

 その隣に、並びたいのではないか?

 スカディは、そう言っていた。

 それは、意志への問いかけであった。

 心への、問いかけであった。

 

 はい。とスルーズは言った。

 迷いはなかった。

 ヒルドも頷いた。

 オルトリンデも、また。

 

「そうか……」

 

 スカディの、その時の表情は何であるのか。

 満足そうであり、

 寂しそうであり、

 悲しそうであり、

 楽しそうでもあった。

 

 ヒトの歩みは止められぬ。

 黄昏と終焉の先、終末の夜明けに向かって、彼らは歩き出した。

 

 そう、だから、彼はそこにいた。

 ようやく、彼が、この世界に立った。

 

 スルーズたちが飛び立ち、ひとり残ったスカディの後ろに、男が立っていた。

 スカディがつい、とそちらを見る。

 金髪で、ひょろりと背の高い男だった。

 碧眼で、青白い襟付きのシャツにジーパンとスニーカー。

 北欧世界にあるにしては、少し寒そうな格好である。

 

 驚きはない。

 それが誰なのか。

 何者なのか、スカディには見当がついているからだ。

 

「初めまして、女王陛下。挨拶が遅れて申し訳ありません。ドナルド・ブレイクです」

「そなたが、()()の、ヒトの世の姿か」

 

 こくりと、ブレイクは肯定した。

 彼はスルトを見上げる。

 

「ソー、全く……ひとりでサーターに立ち向かうなんて、無茶をする」

 

 せっかく、頼りになる仲間がこんなにいるのに。

 彼は、北欧の世界に来て、神の自分を意識しすぎてますね。

 ここが、彼にとって居心地がいい世界なのはよくわかるし、私がいなかったから、それも仕方ないかもしれないけど。

 

 ──そう。

 

 マイティ・ソーの地球にありし姿とは、人間たるドナルド・ブレイクと表裏一体である。

 二人で、一人。

 それが、北欧異聞帯に落ちてから、ソーは常にひとりだった。

 ならば、その力も、当然半減している。

 ヒトの世にあるソーではなく、神の世にあるソーとして、存在していた。

 神の側面のみが、強く顕現していたのだ。

 

「まあ、この世界の()()()()()は、救い主としてトールを求めていたわけだから……私がこの世界に再構築されなかったのも、仕方ないんでしょうけどね」

「すまぬ。ブレイクとやら……神としてのトールを望んだのは、私もだ。気が至らなかった」

 

 困り顔で、いいんですよ、とブレイクは言う。

 ソーもソーです。

 すっかり、神としての自分だけに満足してるんですもん。

 でも──そろそろ、思い出してもらわないと。

 

 マイティ・ソーが何者なのかを。

 

 いつのまにか、ブレイクの手には杖が握られていた。

 木造りの、腰の長さほどもある、ブレイクの手でようやく握り込める太さの杖が。

 

 それを見て。

 スカディは、大変な思い違いをしていたことに気づいた。

 今更ながら、

 

 雷神トールは、神である。

 ドナルド・ブレイクはヒトである。

 

 ならば──二人がひとつとなった存在。

 マイティ・ソーとは?

 

 ブレイクが杖の尾で地面を叩いた。

 雷鳴が轟く。 

 光と、熱と、雷がブレイクを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 そう──

 マイティ・ソーは、ヒーローである。

 それも、スーパーなヒーローである。

 

 

 

3.

 

 

()()……」

 

 初めて、スカディはソーに向かって、その名を呼んだ。

 呼応する。マイティ・ソーは、そこにある。

 

「すまぬ、スカディよ。我はこの世界の居心地の良さに酔い、我が本質を見失っておった」

 

 マイティ・ソーは、地球最強のヒーロー。

 神であり、人であり、

 同時に、それを超えたもの。

 

 『ラグナロクの運命(Fate)』を打破するために、オーディンによってミッドガルドに落とされ、それを超えてなお、ドナルド・ブレイクと共にあるもの。

 

「よいのだ、ソーよ……よくぞ、よくぞ舞い戻ってくれた」

 

 スカディが言う。

 ソーは応える。

 ムジョルニアを天にかざし、雷鳴を轟かせた。

 

 

4.

 

 

 北欧異聞帯に鳴り響く力。

 世界全域に瞬く間に広がりゆく力。

 それは、大地から天に向かって昇り行き、天から大地に向かって落ちる、太く、激しい雷鳴。

 神話に謳われし力。

 その真の姿。

 神の力を具象化した、雷であった。

 

「おお、あの雷は!!」

「はい、雷神の……」

 

 気づけば、シグルドの手から、ムジョルニアは消えていた。

 しかし、身体にはまだ、魔力が漲っている。

 雷鳴に呼応するように、強く強く、湧き上がってくる。

 

「すごい……」

 

 藤丸立香と、マシュ・キリエライトは最前線にありながら、思わずそれを見つめてしまった。

 光だ。

 綺麗だ。

 青白い筋が、枝別れした何本もの光が迸る。

 目を奪われる光景であった。  

 超常の景色が、そこにある。

 その威光に足を止めたのは、スルトですら、そうであった。

 北上する足を、止めていた。

 空想樹を喰らうその手を、止めていた。

 

「  雷神か  」

 

 氷炎の巨人から、不敵な笑みが消えていた。

 その雷の中から、飛び出してくるものがあった。

 

 それに、スルトは顔を殴られた。

 音速を優に超える速度で突進したそれは、スルトの右頬を激しく撃ち飛ばした。

 

「  オフェリア  」

 

 しかし、スルトの心配は自身ではなく、肩に乗せるオフェリアにあった。

 大きく揺らぐ。

 だが、倒れない。

 その身を形作る炎の中でも、一際熱の小さな場所に乗せていた。

 空想樹を取り込み、接続し、フェンリルの権能を取り戻したスルトは、高熱と零下の中間となる場所に再び置いた。

 そこから、少しでもズレて他の部分に触れれば、たちまちオフェリアは灰となるか、凍りついてしまう。

 

「 雷神めが 」

 

 怒りが噴き出ていた。

 炎となって。

 それを、マイティ・ソーはムジョルニアを掲げ、無造作に受け止めた。

 

「 灰燼となれ 」

 

 再び、スルトは剣を振るう。

 その右手が大きく振り上げられる。

 それと、同時。

 マイティ・ソーは大きく飛び上がり、その眼前に現れた。

 

 ひとりではなかった。

 男を、連れていた。

 

「ありがとよ、マイティ・ソー!」

 

 その男は、両腕に巨大な砲身を備えていた。

 その砲口を、スルトに向けていた。

 その顔が、笑っている。

 その眼が、炎を宿している。

 暗く死の匂い立つスルトとは違う。

 この銀世界のように、爽やかで情熱的な炎を。

 

 ナポレオン・ボナパルトであった。

 

 

5.

 

 

 ナポレオンは、虹を掛けた。

 その命を使い果たし。

 放たれた命はオフェリアの心を締め付けていた呪詛を撃ち破り、その心に繋がった。

 

 前に踏み出せ。

 

 ナポレオンは言った。

 オフェリアにのみ、聞こえる言葉で。

 

 砲兵が、こんな近距離で獲物を撃つなんざ、想定外にも程がある!

 だが、まあ、単純な話。

 心に訴えかけるんなら、近い方が良いってのも道理っちゃ道理だ!!

 

 笑っていた。

 少ない時間、しかし、多くの言葉を、幾つも投げかけた。

 可能性を手繰り寄せた一撃である。

 望み叶える英霊──ナポレオン・ボナパルトの全てを載せた必殺の一撃。

 それは、オフェリアの深淵に吹き溜まる、暗き日曜日をそれごと貫いた。

 

 彼が彼女に何を伝えたのか、マイティ・ソーには知る由もない。

 知る必要もないし、知る気もなかった。

 ひとりの漢の、命をかけた告白に、野暮はいらないのだ。

 

 ただ、酒を飲み交わしてみたかった。

 消えゆく広い背中を見て、そう思っていた。

 

 マイティ・ソーの目の前で、オフェリアは倒れる。

 スルトがそれを拾い上げんと伸ばした手を、ムジョルニアの一撃にて打ち砕く。

 

「  どこに、いく  」

 

 哭いていた。

 

「  オフェリア、どこにいくのだ  」

 

 求めていた。

 砕け散った左手を、それでも伸ばす。

 掴めぬ手を伸ばす。

 スルトは、遠ざかるものに哀しみを訴えていた。

 ただひとり、自身の運命を憐れんだ人間を、失うことを恐れていた。

 

 

6.

 

 

 砕け散る巨人の力。

 広がりゆく神の力。

 

 それは、北欧に点在する集落にも降り注ぐ。

 スカディによる結界を張られているとはいえ、撃ち合う力は創世と終焉を呼ぶほどのそれである。

 御使いの戦乙女たちが余波を防ごうと動いているが、全てを受け止め切ることは不可能であった。

 

 星が、砕けて降り注ぐ。

 集落の人々には、あるいは綺麗なものですらあった。

 

 そしてついに、いくつもの炎の塊が各集落に落ち始めた。

 

「ゲルダ! 早くこっちに!!」

「わああ! 家が、家が燃えるよう!!」

「大丈夫だ! 御使いさまが……神さまがなんとかしてくださる……!!」

 

 叫び惑うも逃げ場はない。

 家の中にいても、飛来する炎は家ごと焼き潰す。

 外にいれば、熱波になぎ倒される。

 

 何人かが、その場に膝をついて、手を組んだ。

 祈りを。

 神に祈りを、捧げ始めた。

 

 ゲルダは、そうしなかった。

 空を見上げていた。

 綺麗だと、思っていた。

 

「ちょっと! そこの女の子!! 伏せなさい!!」

 

 飛来する炎を、巨きなものが打ち砕く。

 その腕の人なでで、はるか上空に存在する炎が消えていく。

 

「よくやったわ、バーサーカー!」

「あなたは……?」

 

 人々の視線の先に、銀髪の少女と、それに寄り添う巨人がいた。

 

「自分で言うのも何だけど、女神さまよ!」

 

 変なおじさまに言われて、あなたたちを護りに来たわ!

 

「変なおじさまはねえだろ、お前だって、俺からすりゃあかなり変だぞ」

 

 巨人の背後から、するりと男が出てきた。

 ゲルダには見覚えのある男であった。

 お腹が空いていたから、パンをあげた、あの人。

 

 ようゲルダ、元気そうだな。

 と男は言った。

 しかし、と雷鳴のうるさい空を見る

 

「いつも思うんだが……使命感からヒーローに覚醒するのは結構なことだが、周りの被害ってもんを考えろっての」

 

 男が手をかざす。

 ただそれだけで、ゲルダの周囲に迫っていた終焉のエネルギーは、音もなくチリとなり、銀世界に溶けていった。

 

「すごい、すごいわ! おじさまも、神さまだったんですか!?」

「いや、俺は神じゃない。ましてや、ヒーローでもない」

 

 そんなもの、俺はごめんだね。

 まあ、今、らしくないことをしている自覚はあるがね。

 

「それよりゲルダ、誰も言わないだろうから、俺が言っといてやるよ」

「? なにをですか」

「この世界の救世主は、お前だってな」

 

 お前は、リード・リチャーズやビクター・フォン・ドゥームができないことをやった。

 ピーター・パーカーですらできないことをやったんだ。

 腹を空かせているものに、飯を恵むっていう、救いを与えたんだ。

 

「? お腹が空いている人に、ご飯を分けてあげるのって……そんなにすごいことなんですか?」

「ああ、世界を救うほどにな」

 

 二人は、空を見上げた。

 シトナイも、空を見上げた。

 

 巨人の身体が揺らいでいる。

 

 決着が、近かった。

 

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