【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】 作:ロウシ
本当に無計画で申し訳ない
10/20 誤字修正 報告ありがとうございます
0-1.
押し寄せたのは、絶望であった。
目の先で、炎に包まれ、崩れ落ちる雷神の姿。
それは、私が、私の裡に堰き止めていた絶望に、力を与えたもうた。
なぜ──
なぜだ。
なぜ、こんな光景を見ねばならぬ。
ラグナロクを、
死にゆくオーディンに託されたルーンを慰めに、ただひと柱取り残され、統治を余儀なくされた。
灰燼に帰した世界に、たたずむ私。
ボロボロの戦乙女たち。
そして、微かに生き残った、愛すべきヒトと巨人たち。
溢れる涙さえたちまちに気化し、心をこぼすことさえ許されない廃熱の世界。
誰もが、唯一神となった私に、救いを求めた。
だから、私は立ち上がった。
願いを受け取って。
受け取るしかいなかった。
頼れるものはいない。
戦乙女たちはあれど、彼女らは真の意味で神では無い。
彼女たちですら、私に救いを求めていた。
灰燼の世界。
私は、それを観る。
神の記しは何もない。
だというのに、使命を果たしきれなかった、終焉の炎だけが揺らめいている。
だから、私はまず、雪と氷で世界を覆った。
隠すように。
私の魔力をふんだんに含んだ積雪で、世界を形造った。
オーディンなら、もっと上手くやっただろう。
フレイヤなら、もっと豊かな大地を造っただろう。
バルドルなら、輝ける光で世界を満たしただろう。
だが、私にはそう、できなかった。
私は、氷の女王だからだ。
やがて、資源が足りなくなった。
ヒトを、生かし続けることが、困難になった。
それを、最初の時。
私は自ら集落に降り立ち、終焉を生き延びた最古参の、年老いたヒトの子たちに、説明した。
死んでくれ。
そう、言った。
私の世界を続けるために、死んでくれ、と。
彼らは、
彼らは──笑っていた。
大丈夫です。
そうも言った。
スカディさまの御心を受け取って、旅立つのです。
我々は果報者です。
たったひとりの、神の、たっての願いで逝けるのだから。
終焉を生き延びて、良かった。
報われました。
しわがれた手が組まれ、窪んだ目が閉じられ、私に祈りが捧げられた。
みな、膝立ちに傅いて、私に祈った。
私は、泣きたかった。
彼らを抱きしめてあげたかった。
嘘だと、わかっていたからだ。
彼らは、本当はまだ、死にたく無いと思っている。
本当は、まだ生きていたいと思っている。
それが、口々から、態度の微細な動きから、漏れ出していたからだ。
だが、彼らは、決してそれを口に出さなかった。
言葉にはしなかった。
すまぬ。
私は、それだけ言うのがやっとであった。
なんという薄情ものであろうか。
その薄情ものに、彼らはそれでも微笑んでいた。
そうして、『定めの日』は生まれた。
ヒトの寿命を、私は定めてしまった。
玉座にありて世界を見渡しながら、私は恐る心を閉ざしきれない。
いつか、叛逆されるのではという思いがあった。
ヒトの子らは、自らの理不尽な
不浄なる神を駆逐せんと、刃を向けてくるのではないかと、恐れていた。
だが、ついに三〇〇〇年。
反乱は一度として起きず、ヒトの子らは神の必定を受け入れている。
私は、それは、最古の彼らが、笑って逝ったからだと思った。
彼らが定めの日に、後の子らに戒めたのだ。
『決して、神さまを恨んではいけない』と。
その一念だけが、言葉の姿を捨ててもなお、ヒトの子らの心に脈々と継がれ、宿っているのだと。
私は、吐き気がする思いであった。
悲しかった。
それに安堵を覚える私が。
ヒトの子らの、自らが無知無学であらんとする懸命な努力が、愛しくて憎くてたまらない。
──殺そうか、愛そうか。
私は、愛することを決めた。
この北欧に存在する全てを、愛することを自らに定めた。
オーディンたちを恨むこともできなかった。
大神の、アース神族の、巨人族たちの顔を思い浮かべても、自らの心中に湧き出るものは、常に、憎しみではなく懐かしさだったからだ。
彼らも、愛おしい。
彼らの力と智慧が懐かしい。
私は、彼らを憎む勇気を持てなかった。
なんといういくじなしであろうか。
それを、吐き出す相手もいない。
それを、吐き出す相手を作れない。
だから、
だから──
雷神ソーがこの世界を訪れた時の、私の喜びは喩えようがない。
その姿は、私の知るところではない。
だが、その逞しさは私の知るところであった。
だが、その強さは私の知るところであったのだ。
そして、この地において、ヒトを愛し、ヒトに愛されるオーディンソンを見ることは、私の数少ない癒しとなっていた。
何かが、変わる。
そう確信していた。
だが、
だが、目の前で、雷神は終末の炎に包まれた。
「あ、あ──」
私は、呆然とそれを眺めていた。
感情が出てこない。
ずしりと、オーディンソンの身体が地に落ちる、静かな振動を感じ取った。
「あ、あ、あぁあ……!!」
叫び出したい。
投げ出したい。
なぜ、再びこんな光景を見なければならないのか?
なぜ、再び、あの狂える巨人は私の世界に降り立ったのか?
愛さなければ良かったのか?
殺して仕舞えば良かったのか?
オフェリアを? かの騎士を?
母の愛に飢え、か細い体で震える少女をか!?
できない。
できるわけがない。
ああ、私はなんと恥知らずなのだ。
オーディンほど偉大ではない。
トールほど力強くない。
ロキほど賢しくない。
フレイほど美しくない。
バルドルほど輝けるものではない。
ミーミルほどの寛容もなく。
スルトほど使命に殉ずることもできない。
彼らなら、
彼らなら、
想う。
想ってしまう。
私は、私の弱さ故に。
崩れ去ろうとしていた。
0-2.
巨人王の誘惑に、私は負けてしまったのだ。
でも、決してそれを、彼だけのせいにするつもりはない。
全てを焼き尽くす使命に駆られたもの。
それと、星の終わりを共にする。
それが、彼の愛の示し方だとわかっていた。
彼には、それしかできないのだと。
「 ああ、オフェリア 」
彼が言う。
彼の言葉は、常に迷いと共にあった。
自らの存在のどうしようもなさを知りながら。
それでも、私のために何ができるかと探していた。
「 オレは、お前に何をしてやれるだろうか? 」
そんなことを言われたのは、初めてだった。
暗い日曜日。
私は、父と母の期待の狭間に沈みゆく。
掬い上げられることを望んでいた。
誰かが、手を伸ばしてくれるものだと思っていた。
でも、それがないことは、自分で一番わかっていた。
固い扉。
私を閉じ込める、暗くて小さな部屋。
部屋を暗くしているのは、自分なのだ。
扉を重く、分厚くしているのは、私なのだ。
いつだって、その先に行けたはずだ。
だけど、できなかった。
やらなかった。
やれなかった。
怖かったからだ。
踏み出すのが、怖かったから。
キリシュタリア・ヴォーダイムの犠牲を目にしてやっと、私の足は動き出した。
終末に向かって。
彼は、私に言う。
期待している、と。
だけど、私は知っている。
それは、私に向けた言葉ではないと。
それは、クリプター全員に捧げられた言葉だと。
キリシュタリア・ヴォーダイムが、自らに戒めるための言葉だと。
彼に憧れた。
彼に執心した。
だけど、彼もまた、私の手をとってくれるわけではない。
私を救ったのは、私がクリプターだからだ。
彼が犠牲を払ったのは、私が仲間だからだ。
オフェリア・ファムルソローネという、ひとりの少女のためではない。
何度も何度も、勇気を糧に踏み出そうとする私がいる。
その度に、暗い部屋の奥から、私の身体を抱き止める者がいる。
私だ。
他ならぬ、私だ。
震える私だ。
怖がって、泣いている。
だから、私はいつも足を止めて、私を抱き返した。
私を孤独にさせないために、私は踵を返して、暗い部屋に戻っていくのだ。
でも、それじゃあダメだった。
わかっていたの。
ダメなことぐらい。
でも、私は踏み出せなかった。
「 オフェリア 」
ああ、スルトが私を呼んでいる。
ごめんなさい。
少し、よそ見をしていたわ。
私は終焉の炎に寄り添う。
私は、手の中で輝くものを。
その篝火を、優しく抱きしめた。
1.
オーウェン・リース。
モレキュールマン。
分子の支配者。
持ち主に全能を齎すコズミック・キューブの力を浴びて、全能に等しい分子操作能力を持つスーパーヴィラン。
世界を、「そうあれ」と念じるだけで。
いや、そこに在るだけで「そうある」ように書き換えてしまう力を持つ男。
だから、ここにいること自体は不思議ではない。
どうやってここに来たのかは問う必要もない。
モレキュールマンの力は、宇宙が生命領域に与えうる物理法則を超越している。
だから、ソーが思う疑念は少し違う。
なぜ、ここにいる。
「二羽の鴉に導かれてって、言ったろ?」
モレキュールマンは、ソーの思慮を見通して、言った。
「
ことの顛末から話そうか。
インカージョンの結末。
終焉と創世の物語を。
モレキュールマンが言うと、ソーの眼前の空に、映像が浮かび上がる。
そこに、インカージョンの映像が浮かぶ。
Dr.ドゥーム、Dr.ストレンジ、そして、モレキュールマン。
「まず、結論からいうと、ビヨンダーズは倒された」
倒したのはDr.ドゥームだがな。
リード・リチャーズたちですら、ビヨンダーズへの対策は、とうとう打てなかった。
ビクターだけが、かの神々を倒すべく動いていた。
ビクターは俺を、ビヨンダーズを倒すために使ったんだ。
爆弾として。
ビクターとストレンジ、そんで俺は、いわゆる『時の暁』にてビヨンダーズを討ち倒した。
だが、インカージョンによる多次元世界の崩壊は防げなかった。
だから、ビクターは世界を造り直すことにした。
──どうやって?
ビヨンダーズのパワーを奪ったのさ。
おかしいことじゃないだろ?
ビクターは普段からシルバーサーファーのコズミックパワーを奪ったり、オンスロートのパワーを簒奪しようと企んでる男だった。
そういうことはお手のものってわけだ。
そして、自らを神帝とし、混沌の世界に降り立って言った。
『光あれ』
とな。
そうして新しい世界ができた。
文字通りの創世神。
言葉通りの絶対者。
『宇宙には最初、ドゥームがあった』ってワケさ。
パワーソースは、もちろん俺。
ヤツは俺を通じて、ビヨンダーズの全能を行使していたのさ。
Dr.ドゥームと、俺と、ストレンジだけが旧世界のことを引き継いでいた。
そこそこ上手く入ってたんだぜ?
「だが、滅び去ったのだな」
ああ。
リード・リチャーズやサノスだ。
あいつらは自身も含めて、旧世界から何人か脱出させていた。
そいつらが神帝ドゥームの世界──バトルワールドに降り立ち、ヤツの支配は終わった。
「そしていま現在、フランクリンの
その際に、多元宇宙を安定させる『錨』として、俺がそれぞれの多元宇宙に移動してるのさ。
「だから、我を迎えに来た、と……」
そうさ。
バトルワールドを創造する時、実はいくつかのピースが足りなかった。
特にソー。
おまえはビヨンダーズと原始宇宙の亜次元領域で戦って死んだせいで、俺たちが認識している宇宙の外に吹っ飛んでいたらしい。
アダム・ウォーロックの言葉を少し借りるが、「サノスですら、この宇宙を構成するピースにすぎない。なくてはならないもの」だ。
だとしたら、マイティ・ソー。
おまえも、俺たちの宇宙には必要不可欠なピースなのさ。
だから、おまえの穴埋めをするためだけに、バトルワールドに『マイティ・ソー軍団』を作って水増ししてたりもしたさ。
「マイティ・ソー軍団……?」
怒るなよ。
シビル・ウォーの時のクローンとはわけが違う。
ムジョルニアもどきを量産しまくって、マイティ・ソーの大軍団を作ってやっと、おまえひとり分。
それでようやく、世界の均衡を保っていたんだぜ。
「…………」
納得できねえ、って顔されても困るぞ。
さあ、これで俺たちの世界がどうなったかはわかったか?
じゃあ帰るぞ、ソー。
「待て。リースよ」
……なんだよ?
「我に、この世界を見捨てろと申すか」
……あのなぁ。
いいか、そもそもここは俺たちの宇宙じゃねぇ!
ましてやこの世界は、だ!
この宇宙の、地球上にすら、本来ありえねえ世界なんだよ!
世界から打ち捨てられた糸グスをかき集めて、それを空想樹なんてケッタイなモンでむりやり結びつけて、現実の上にかろうじてふわふわ浮いてる存在だぞ?
おまえは、そこに巻き込まれたイレギュラーだ。
本来この世界の、この時間に存在するべきじゃないんだよ。
何が言いたいかって?
つまり、おまえがいようがいまいが、サーターはあいつらに倒されるってことだ!
だから、ここでおまえがいなくなっても、何にも問題ねえんだよ!
「リース、モレキュールマンよ……」
なんだよ?
「そなたの言い分は、おそらく正しい」
そうさ。
「だが、我はこの世界を見捨てぬ」
「…………」
たとえ、我以外の存在が、成すべきことを成せるのだとしても。
たとえ、我の存在が、この世界にありえざるものだとしても。
そんなものは、我がやらぬ理由にはならんのだ。
リースよ。
分子の支配者よ。
そなたは正しい。
だがそれは、世界の眼──神々の視座ゆえの正しさだ。
そなたは、この世界に住まうヒトの子らが、なぜ偽物だと言えるのか?
そなたは、何を持って、我からひとつまみの花を受け取った少女の笑みを……まやかしだと言い切るのか。
我に捧げられた感謝と敬意を、過ちと謳うのか。
「……ああ、そうだよ。それは、ホンモノだ」
ゲルダが腹を空かせていた理由。
いまならわかる。
我には合点がいく。
そなたであろう? リースよ。
神の力を行使するのだ、当然腹は減る。
バトルワールドなる宇宙を支え続けたそなたは、常に飢餓に迷い落ちていたはずだ。
そして、この世界に来たのならば、当然力を使い──腹が減ったのだろう?
「……ああ、そうさ」
ゲルダのパンは、美味かったであろう。
「……ああ、うまかったよ」
そなたは供物を捧げられたのだ。
モレキュールマンよ。
分子の支配者よ。
神の力を振るうものよ。
その力を持つものが、供物を捧げられたのならば、報いるべきだ。
「……大いなる力には、ってやつか?」
違う。
それはヒーローたるものの心構えなり。
そなたはヒーローではない。
そなたの力は、間違いなく神のそれなり。
そなたは捧げられた。
ゆえに、それに報いねばならぬ。
超常者としての、在り方の問題よ。
「…………おまえさ、ソーよ」
なんであろう?
「いつのまに、そんなに口、上手くなりやがった?」
…………ふっ。
我もまた、未だ学びの途上なるぞ。
「……ちっ、しょうがねえか」
言っとくがな。
おまえのためじゃねえぞ。
あくまで、俺の腹を満たしてくれた、ゲルダのためだ。
これから、俺がやることはな!
2.
呆然と、見呆けてしまっていた。
その背中を。
崩れるスカディの脇を抜けて、スルトの足下にかけていく。
藤丸立香と、マシュ・キリエライト。
彼は、スカディに望まなかった。
庇護を、救いを。
代わりにかけた言葉は、
「あとは、俺たちがやります」
であった。
その顔を見上げるスカディに、笑顔を浮かべていた。
身体が細かく震えていた。
大丈夫です。
そう言った。
俺たち、こういうの、慣れてますから。
何度も、何度も──乗り越えてきましたから。
笑って、言う。
震えて、言う。
もう、スカディを向いていない。
その視線は強く、距離感もわからぬ巨人へと向けられている。
「いくよ、マシュ」
「はい! マスター!」
そうして、二人は踏み出した。
神の先へと。
スカディは、止めるべきだと思った。
賛意を求め、ヒトの世の賢者に振り返る。
しかし、賢者は、しょうがないなあと、困ったように、参ったように。
どこか、嬉しげに笑っていた。
「ようし! 藤丸くん! マシュ! スルトに絶対やらせちゃいけないことだけは教えるよ! スルトの剣を大地に触れさせちゃダメだ! あれは終末をもたらす炎剣。振り抜かれたら、その時点でこの異聞帯ごと焼き払われる!」
あと、アレ、恒星級の超高温だから!
マシュの防御範囲から絶対に出ないでね!!
わかった!
と藤丸は言った。
任せてください!
とマシュは答えた。
「女王陛下」
呼ばれて、振り返る。
スカディを呼んだのは、ブリュンヒルデに支えられる、血まみれのシグルドであった。
覚醒していた。
彼は、自らの不甲斐なさを恥じていた。
スカディを見ながらも、罪悪感に目を顰めている。
「当方は、申し開きもできないほど、多大なる迷惑をかけてしまった」
しかし、と続ける。
「だからこそ、この身、この先にやるべきことは決まっている。大神と雷神の導きにありて、大罪を濯ぐ術は、この手に」
シグルドはそう言って、その手に持つものを掲げた。
片手に、魔剣を。
そして、もう片手に、ハンマーを。
「それは……そなた、
「当方だけでは叶わなかったでしょう。しかし、握る先から伝わるのです。ミョルニルにみなぎる雷神の轟き、大神の威光。崩れゆく我が身に惜しみなく注がれる力は、大神と雷神の恩情と受け取っています」
我が愛よ。
シグルドはブリュンヒルデに向き、囁いた。
優しく、柔らかく、それはまさに愛の言葉であった。
ブリュンヒルデは、はい、と。
その眼を見つめながら、言った。
共に、どこまでも。
覚悟を秘めた眼で、口で。
神の前で、そう、言い切った。
そうして、飛び立った。
誰も、スカディに戦うことを求めない。
誰も、護ってくれと、救ってくれと、求めなかった。
その事実に、呆然とする。
彼らの歩みに、ヒトの歩みを見届ける。
そこに、傅くものが、ひとり。
ナポレオンであった。
砲を寝かせ、片膝をつき、首を垂れている。
騎士然とする佇まいであり、それが良く似合っていた。
「スカディ」
粛々と、口を開く。
まだ、顔は伏している。
「この場で、最もオフェリアと共にあったのは、アンタだ。だから、アンタに言う」
彼女の心に踏み込むぜ。
オフェリアの孤独をぶっ壊す。
赦しはいらない。
許されなくても、オレはやる!
ナポレオンは顔を上げた。
スカディを見る、その瞳に──炎が宿っていた。
そして、走り去っていった。
「……スルーズよ」
「はい。我が神スカディ」
スカディが名を呼ぶと、その斜め後方に、スルーズが立つ。
「そなたらも、終末に立ち向かうか」
問いかけであった。
空を駆けるブリュンヒルデ。
戦乙女の長子。
その隣に、並びたいのではないか?
スカディは、そう言っていた。
それは、意志への問いかけであった。
心への、問いかけであった。
はい。とスルーズは言った。
迷いはなかった。
ヒルドも頷いた。
オルトリンデも、また。
「そうか……」
スカディの、その時の表情は何であるのか。
満足そうであり、
寂しそうであり、
悲しそうであり、
楽しそうでもあった。
ヒトの歩みは止められぬ。
黄昏と終焉の先、終末の夜明けに向かって、彼らは歩き出した。
そう、だから、彼はそこにいた。
ようやく、彼が、この世界に立った。
スルーズたちが飛び立ち、ひとり残ったスカディの後ろに、男が立っていた。
スカディがつい、とそちらを見る。
金髪で、ひょろりと背の高い男だった。
碧眼で、青白い襟付きのシャツにジーパンとスニーカー。
北欧世界にあるにしては、少し寒そうな格好である。
驚きはない。
それが誰なのか。
何者なのか、スカディには見当がついているからだ。
「初めまして、女王陛下。挨拶が遅れて申し訳ありません。ドナルド・ブレイクです」
「そなたが、
こくりと、ブレイクは肯定した。
彼はスルトを見上げる。
「ソー、全く……ひとりでサーターに立ち向かうなんて、無茶をする」
せっかく、頼りになる仲間がこんなにいるのに。
彼は、北欧の世界に来て、神の自分を意識しすぎてますね。
ここが、彼にとって居心地がいい世界なのはよくわかるし、私がいなかったから、それも仕方ないかもしれないけど。
──そう。
マイティ・ソーの地球にありし姿とは、人間たるドナルド・ブレイクと表裏一体である。
二人で、一人。
それが、北欧異聞帯に落ちてから、ソーは常にひとりだった。
ならば、その力も、当然半減している。
ヒトの世にあるソーではなく、神の世にあるソーとして、存在していた。
神の側面のみが、強く顕現していたのだ。
「まあ、この世界の
「すまぬ。ブレイクとやら……神としてのトールを望んだのは、私もだ。気が至らなかった」
困り顔で、いいんですよ、とブレイクは言う。
ソーもソーです。
すっかり、神としての自分だけに満足してるんですもん。
でも──そろそろ、思い出してもらわないと。
マイティ・ソーが何者なのかを。
いつのまにか、ブレイクの手には杖が握られていた。
木造りの、腰の長さほどもある、ブレイクの手でようやく握り込める太さの杖が。
それを見て。
スカディは、大変な思い違いをしていたことに気づいた。
今更ながら、
雷神トールは、神である。
ドナルド・ブレイクはヒトである。
ならば──二人がひとつとなった存在。
マイティ・ソーとは?
ブレイクが杖の尾で地面を叩いた。
雷鳴が轟く。
光と、熱と、雷がブレイクを包み込んだ。
そう──
マイティ・ソーは、ヒーローである。
それも、スーパーなヒーローである。
3.
「
初めて、スカディはソーに向かって、その名を呼んだ。
呼応する。マイティ・ソーは、そこにある。
「すまぬ、スカディよ。我はこの世界の居心地の良さに酔い、我が本質を見失っておった」
マイティ・ソーは、地球最強のヒーロー。
神であり、人であり、
同時に、それを超えたもの。
『ラグナロクの
「よいのだ、ソーよ……よくぞ、よくぞ舞い戻ってくれた」
スカディが言う。
ソーは応える。
ムジョルニアを天にかざし、雷鳴を轟かせた。
4.
北欧異聞帯に鳴り響く力。
世界全域に瞬く間に広がりゆく力。
それは、大地から天に向かって昇り行き、天から大地に向かって落ちる、太く、激しい雷鳴。
神話に謳われし力。
その真の姿。
神の力を具象化した、雷であった。
「おお、あの雷は!!」
「はい、雷神の……」
気づけば、シグルドの手から、ムジョルニアは消えていた。
しかし、身体にはまだ、魔力が漲っている。
雷鳴に呼応するように、強く強く、湧き上がってくる。
「すごい……」
藤丸立香と、マシュ・キリエライトは最前線にありながら、思わずそれを見つめてしまった。
光だ。
綺麗だ。
青白い筋が、枝別れした何本もの光が迸る。
目を奪われる光景であった。
超常の景色が、そこにある。
その威光に足を止めたのは、スルトですら、そうであった。
北上する足を、止めていた。
空想樹を喰らうその手を、止めていた。
「 雷神か 」
氷炎の巨人から、不敵な笑みが消えていた。
その雷の中から、飛び出してくるものがあった。
それに、スルトは顔を殴られた。
音速を優に超える速度で突進したそれは、スルトの右頬を激しく撃ち飛ばした。
「 オフェリア 」
しかし、スルトの心配は自身ではなく、肩に乗せるオフェリアにあった。
大きく揺らぐ。
だが、倒れない。
その身を形作る炎の中でも、一際熱の小さな場所に乗せていた。
空想樹を取り込み、接続し、フェンリルの権能を取り戻したスルトは、高熱と零下の中間となる場所に再び置いた。
そこから、少しでもズレて他の部分に触れれば、たちまちオフェリアは灰となるか、凍りついてしまう。
「 雷神めが 」
怒りが噴き出ていた。
炎となって。
それを、マイティ・ソーはムジョルニアを掲げ、無造作に受け止めた。
「 灰燼となれ 」
再び、スルトは剣を振るう。
その右手が大きく振り上げられる。
それと、同時。
マイティ・ソーは大きく飛び上がり、その眼前に現れた。
ひとりではなかった。
男を、連れていた。
「ありがとよ、マイティ・ソー!」
その男は、両腕に巨大な砲身を備えていた。
その砲口を、スルトに向けていた。
その顔が、笑っている。
その眼が、炎を宿している。
暗く死の匂い立つスルトとは違う。
この銀世界のように、爽やかで情熱的な炎を。
ナポレオン・ボナパルトであった。
5.
ナポレオンは、虹を掛けた。
その命を使い果たし。
放たれた命はオフェリアの心を締め付けていた呪詛を撃ち破り、その心に繋がった。
前に踏み出せ。
ナポレオンは言った。
オフェリアにのみ、聞こえる言葉で。
砲兵が、こんな近距離で獲物を撃つなんざ、想定外にも程がある!
だが、まあ、単純な話。
心に訴えかけるんなら、近い方が良いってのも道理っちゃ道理だ!!
笑っていた。
少ない時間、しかし、多くの言葉を、幾つも投げかけた。
可能性を手繰り寄せた一撃である。
望み叶える英霊──ナポレオン・ボナパルトの全てを載せた必殺の一撃。
それは、オフェリアの深淵に吹き溜まる、暗き日曜日をそれごと貫いた。
彼が彼女に何を伝えたのか、マイティ・ソーには知る由もない。
知る必要もないし、知る気もなかった。
ひとりの漢の、命をかけた告白に、野暮はいらないのだ。
ただ、酒を飲み交わしてみたかった。
消えゆく広い背中を見て、そう思っていた。
マイティ・ソーの目の前で、オフェリアは倒れる。
スルトがそれを拾い上げんと伸ばした手を、ムジョルニアの一撃にて打ち砕く。
「 どこに、いく 」
哭いていた。
「 オフェリア、どこにいくのだ 」
求めていた。
砕け散った左手を、それでも伸ばす。
掴めぬ手を伸ばす。
スルトは、遠ざかるものに哀しみを訴えていた。
ただひとり、自身の運命を憐れんだ人間を、失うことを恐れていた。
6.
砕け散る巨人の力。
広がりゆく神の力。
それは、北欧に点在する集落にも降り注ぐ。
スカディによる結界を張られているとはいえ、撃ち合う力は創世と終焉を呼ぶほどのそれである。
御使いの戦乙女たちが余波を防ごうと動いているが、全てを受け止め切ることは不可能であった。
星が、砕けて降り注ぐ。
集落の人々には、あるいは綺麗なものですらあった。
そしてついに、いくつもの炎の塊が各集落に落ち始めた。
「ゲルダ! 早くこっちに!!」
「わああ! 家が、家が燃えるよう!!」
「大丈夫だ! 御使いさまが……神さまがなんとかしてくださる……!!」
叫び惑うも逃げ場はない。
家の中にいても、飛来する炎は家ごと焼き潰す。
外にいれば、熱波になぎ倒される。
何人かが、その場に膝をついて、手を組んだ。
祈りを。
神に祈りを、捧げ始めた。
ゲルダは、そうしなかった。
空を見上げていた。
綺麗だと、思っていた。
「ちょっと! そこの女の子!! 伏せなさい!!」
飛来する炎を、巨きなものが打ち砕く。
その腕の人なでで、はるか上空に存在する炎が消えていく。
「よくやったわ、バーサーカー!」
「あなたは……?」
人々の視線の先に、銀髪の少女と、それに寄り添う巨人がいた。
「自分で言うのも何だけど、女神さまよ!」
変なおじさまに言われて、あなたたちを護りに来たわ!
「変なおじさまはねえだろ、お前だって、俺からすりゃあかなり変だぞ」
巨人の背後から、するりと男が出てきた。
ゲルダには見覚えのある男であった。
お腹が空いていたから、パンをあげた、あの人。
ようゲルダ、元気そうだな。
と男は言った。
しかし、と雷鳴のうるさい空を見る
「いつも思うんだが……使命感からヒーローに覚醒するのは結構なことだが、周りの被害ってもんを考えろっての」
男が手をかざす。
ただそれだけで、ゲルダの周囲に迫っていた終焉のエネルギーは、音もなくチリとなり、銀世界に溶けていった。
「すごい、すごいわ! おじさまも、神さまだったんですか!?」
「いや、俺は神じゃない。ましてや、ヒーローでもない」
そんなもの、俺はごめんだね。
まあ、今、らしくないことをしている自覚はあるがね。
「それよりゲルダ、誰も言わないだろうから、俺が言っといてやるよ」
「? なにをですか」
「この世界の救世主は、お前だってな」
お前は、リード・リチャーズやビクター・フォン・ドゥームができないことをやった。
ピーター・パーカーですらできないことをやったんだ。
腹を空かせているものに、飯を恵むっていう、救いを与えたんだ。
「? お腹が空いている人に、ご飯を分けてあげるのって……そんなにすごいことなんですか?」
「ああ、世界を救うほどにな」
二人は、空を見上げた。
シトナイも、空を見上げた。
巨人の身体が揺らいでいる。
決着が、近かった。