【完結】ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【挿絵有り】   作:ロウシ

9 / 9
これにて完結でございます。


最終話:ラストエピソード

 

0.

 

 

 雷神が炎に包まれ落ちゆくのを見た時、私の胸は確かな痛みを覚えた。

 

 いの一番に飛び出したくなるのを、懸命に堪えた。

 スカディの前だったからだ。

 姉妹たちの、前だったからだ。

 汎人類史の者たちの、前だったからだ。

 計算するまでもなく、私たちではスルトには勝てないとわかっていたからだ。

 

 かの雷神が敗れた。

 神の力を振るい、巨人の歩みを止めんと正面に立ち塞がり、そして、終焉の炎に包まれた。

 

 当然のことだ。 

 スルトは、北欧神話に終わりをもたらすもの。

 北欧の現実を焼き尽くす、終末装置に他ならない。

 ならば、かの雷神といえど、勝てるはずがないではないか。

 事実、雷神は不意を突かれたとはいえ、かの騎士の状態にあった不完全なスルトにすら負けている。

 なぜ、立ち向かったのか。

 戦神としてのプライドが許さなかったのか?

 まさか、スカディの前で格好つけたかったからではないだろう。

 

 その、我が神は、哀しみに潰されかけている。

 私の目の前で。

 私たちの目の前で。

 まるで、母を失った幼子のように崩れている。

 ここに至るまでに高まっていた期待が砕け散った。

 だから、無理もないと悟る。

 スカディの、雷神への信頼と希望、それらは目の前で塵と化した。

 

 ヒルドとオルトリンデも躊躇っている。

 今、スカディに未来を乞うことはできない。

 だが、戦乙女は基本、神に入力されたことを忠実に行う存在。

 スカディの命なくば、動けない。 

 ましてや、雷神を斃したスルトは北上し始めている。

 目的は空想樹だろう。

 この世界を、いや──この惑星を、今度こそ焼き滅ぼすつもりなのだ。

 どこにも逃げ場がない。

 どうしようもない。

 

 私が、目の前の現実から計算させし未来に伏せていると、カルデアのマスターはスカディに言った。

 

 大丈夫だと。

 あとは、自分たちがやる、と。

 

 笑顔で。

 

 そして、駆け出した。

 スカディは、遠くなる小さな背中を、呆然と見ていた。

 

 そこに、騎士──シグルドと、我らが長子、ブリュンヒルデが続く。

 シグルドの手には、雷神の槌があった。

 ミョルニル。

 それが、死に体のシグルドに力を与えている。

 

 シグルドと、ブリュンヒルデもまた、飛び立った。

 誰の足にも迷いはない。

 そこで初めて、私たちは、私たち自身が思った。

 私たちも、ブリュンヒルデのあとに続きたい、と。

 

 スカディが、こちらを向く。

 ナポレオン・ボナパルトもまた、駆け出した後だった。

 スカディが、我らに聞く。

 

「そなたらも、終末に立ち向かうか?」

 

 疑問系の言葉だが、答えを予測している声であった。

 私たちは、はい、と答えた。

 胸の奥から、驚くほどすっと、その言葉は出てきた。

 

 その瞬間の、スカディの表情を例える言葉を私は知らない。

 笑っているような、

 泣いているような、

 呆れているような、

 確かなことは、スカディの心が震えているということ。

 もちろんヒルドも、オルトリンデにも、それを現す言葉はわからない。

 戦乙女でそれを知るとすれば、それは我らが長子だろう。

 つまり、ヒトの愛に堕ち、今なお我らが目の前で、それを貫かんと動くブリュンヒルデだけだろう。

 

 私たちは飛び立った。

 その羽根の、なんと軽いものか。 

 ヒトの歩みに、神に連なるものが続く。

 

 ああ、そうか。

 

 私は理解する。

 あるべき世界の姿が腑に落ちる。

 

 これが、正しき世界の姿か。 

 ヒトの歩み、ヒトの勇気に、神が奮い立つ。

 その勇猛に、神が続く。

 これが、汎人類史の歩みなのか。

 強いはずだ。

 

 私は、笑っていた。

 私たちは、笑っている。

 

 絶望の具現に立ち向かいながら、その身体には不思議な力が漲っていた。

 

 

 

1.

 

 

 打ちのめされていた。

 スルトが、である。

 雷鳴に、愛に、勇気に。

 

 ムジョルニアに砕かれた左腕を治す暇がない。

 殴りつけられ、射抜かれ、それでもなお、スルトの意識はオフェリアを追っていた。

 

「  オフェリア、どうしてだ  」

 

 慟哭。

 炎が揺らぐ。

 契約を切られた。 

 その実感が、スルトにあった。

 だが、もはやスルトは顕現している。

 焼き尽くす世界はすべからくスルトの領地となり、焼き尽くす廃となった世界から魔力を吸い上げて自身を保っていた。

 

 だから、今ひとつ攻めきれていない。

 スルトは変わらない。

 相変わらず、佇むだけで世界を焼き滅ぼすものだ。

 相変わらず、その剣に焼き砕かれればヒトであれ神であれ命はない。

 

 オフェリアは立ち上がっていた。

 スルトを、見上げていた。

 

「……カルデアのマスター」

 

 オフェリアは、眼帯をとった。

 オッドアイが覗く。

 藤丸とマシュは、オフェリアを見た。

 覚悟を秘めた眼が、そこにあった。

 

「私が、スルトを弱体化させます。その隙に、雷神やシグルドたちに、一斉攻撃の指示を」

 

 オフェリア・ファムルソローネは、手の甲を外に向けて持ち上げ、魔眼をなぞるように、確かめるように眼底を撫でた。

 大令呪(シリウスライト)

 命と引き換えに行使するそれならば、スルトの動きも止められる。

 その力を大きく削げる。

 藤丸立香たちには、何も言わない。

 これを使えば死ぬとわかれば、彼らは殴ってでも自分を止めようとするだろう。

 

 オフェリアは藤丸とマシュを近くで見て、その目に潜む優しさと、寂しさを理解した。

 星を宿す二人の眼を見て、微笑んだ。

 

 だが、

 

「オフェリア・ファムルソローネよ。自害は許さぬぞ」

 

 神の心眼は目ざとく、その機微を読み取っていた。

 降り注ぐ声と、超然の存在。

 マイティ・ソーがオフェリアの前に降り立った。

 じろりと睨むその目が、オフェリアのやましさの全てを貫いていく。

 

 オフェリアは唇を噛み締めて、吐き出した。

 大きな声だった。

 

「雷神よ! いいえ! 私はやります!! 私はこうでもしなければ、彼らにも、ナポレオンにも申し訳が立たない……!!」

「自責に駆られ、無為に死ぬるは、更なる咎をこの者らに押し付けることになるぞ。オフェリア・ファムルソローネよ」

「……ッ!」

「オフェリアよ」

 

 雷神の声は、抱擁の優しさを持っている。

 しかし、厳しい言葉であった。

 

「そなたが真に罪を償うと願うならば、然るべき審判の時にて裁かれよう。我は天秤と法を担う神ではない故、そなたの罪を裁けぬが……そなたが、自らの行いを悪と断ずる限り、必ず、その罪を濯ぐ時がこよう」

 

 だから、死ぬのは許さぬ。

 そなたの死と引き換えに与えられる勝利とは、そのものらにとって『穢れ』を押し付けられるに他ならぬ。

 これは、スカディとて同意見であろう。

 オフェリアよ、理解するがいい。

 そなたは今、ヘラの抱擁と呪いを持って、そのものらの善意を踏み躙ろうとしておるのだぞ。

 

「…………」

 

 言葉が出ない。

 肘を曲げ、腕を、手を、強く握る。

 

「オフェリアさん!」

 

 伏せるオフェリアを呼んだのは、マシュ・キリエライトであった。

 煤こけた武装に身をやつし、デミ・サーヴァントであったが故に、最前線に立たねばならなくなった少女。

 藤丸立香とともに苦楽を乗り越え、悲しみを背負い、そして人理を救ったヒト。

 そして、とうとうここまで歩んできた、強い少女であった。

 

 まぶしい笑みが、オフェリアを見る。

 

「全部終わったら、その……い、一緒に、お茶を飲みませんか!?」

「────!!」

 

 精一杯の励ましだったのだろう。

 たどたどしい言葉は、迷いがちらついていた。

 だが、それは、何よりも。

 どんな力よりも。

 あるいは、ナポレオンのそれに匹敵する破壊力で、オフェリアの心に飛び込んできた。

 

「…………マシュ」

 

 つぶやいた。

 はい! とマシュは答えた。

 オフェリアは眼を伏せ、口を硬く閉ざし、ふっ、と息を吐き出して、マシュの目を見た。

 星を宿す眼を。

 

「わかったわ……アナタたちに、託します」

 

 オフェリアは、微笑んでいた。

 その身体を固めていた緊張も、強迫に潰されていた心も、柔らかくなっていた。

 神のひと声のおかげであり、ナポレオンのおかげでもあり、マシュの言葉のおかげでもあった。

 暗い部屋吹き溜まっていた鬱屈さが、するりと身体から抜け落ちていた。

 朗らかに、頬肉が動いている。

 

 それは、先ほどスカディが戦乙女たちに見せた表情のようであった。

 つまり、

 喜びのような、

 悲しみのような、

 形容し難い感情を浮かべていた。

 

 

2.

 

 

 結論から言うと、スルトに勝ち目は無くなっていた。

 

 オフェリアとの接続を切られ、

 雷神が本来の力を振るい、

 戦乙女たちが撹乱し、

 大神と雷神の魔力に包まれた騎士が、愛を持って魔剣を打ちつける。

 

 そして──スカディが立ち上がったのである。

 

 スカディは、シグルドとブリュンヒルデ、スルーズたちにルーンをかけた。

 

 その歩みを押し留める、スルトの眼下にある小さな盾を、神鉄で補強した。

 

 スルトは完全に身動きがとれなくなった。

 

「  オフェリア  」

 

 助けを求める声であった。

 北欧に、轟いた。

 

「  オフェリア、なぜだ!? 約束したはずだ。一緒に……星の終わりを見ようと  」

 

 回帰する声であった。

 その痛々しさは、シグルドたちの胸を苦しめるに値する。

 

 宙空に立つ、マイティ・ソーがスルトを見下ろしている。

 侮蔑の目ではなかった。

 憐れみの目であった。

 察していたからだ。

 サーターもまた、結局のところ、宿命に抗う小さな命であったのだと。

 意志と愛を胸に、自らの運命を打ち砕かんともがき苦しんでいたのだと。

 ラグナロクの運命に縛られしは、アスガルド神族だけではない。

 スルトもまた、そうなのだ。

 

 だが──それを理解した上で、マイティ・ソーは言った。

 力強い声だった。

 

「サーターよ、終末の巨人王よ。そなたの心、その痛み、我は理解しよう」

 

 だが。

 

「その果てにあるものが、星の終末とあるならば、我は全霊を持ってそなたを打ち砕かん!!」

 

 ──オーディンの世界を穢すものよ!

 ──スカディの世界を脅かすものよ!

 

「さらば!!」

 

 雷雲をムジョルニアに巻き上げ、全開のそれをスルトの脳天に、身体ごと撃ち下ろす。

 その雷撃は、掲げたスルトのレーヴァティンをそれごと打ち砕き、その身体をも砕いた。

 

「  オフェ……リア……!  」

 

 終末の巨人王が倒れ行く。

 

 その魂が砕けていく。

 

「  オフェ……  」

 

 最後の最期まで、スルトはオフェリアの名を呼び続けていた。

 

 

3.

 

 

 その日の暮れ、氷城ではパーティが行われていた。

 スカディ、スルーズたち、マイティ・ソーはもちろん、カルデアのものたちも集落のヒトの子らも結構な数を集めていた。

 

 豪勢とは言えない酒と食事が用意された。

 とはいえ、それは集落のヒトたちにはとてつもないご馳走である。

 

 賑わいを見せていた。

 

 シグルドと、ブリュンヒルデはいなかった。

 スルトを討伐し、集まった先で、シグルドとブリュンヒルデは役目を終え、この世界から退去していた。

 最後に、ブリュンヒルデはスルーズたちに。

 シグルドは彼女たちと、マイティ・ソー。

 そして、オフェリアに。

 ふたり共通に、カルデアのものたちとスカディに頭を下げて回った。

 

「雷神よ」

 

 シグルドは快活に語りかけた。

 

「騎士よ」

 

 ソーは、それをどっしりと受け止めた。

 

「騎士よ。そなたの魔剣、その技量。素晴らしきものであったぞ。できれば、そなた自身と力を比べ合いたかったものよ」

「雷神よ。北欧に名高き最強者にそう言われるとは、いち戦士として光栄の至り。縁にて結ばれし当方は、また何処で雷神にお会いするやも知れません」

 

 その時は、お手柔らかに。

 とシグルドが笑う。

 もちろんだ、とソーも笑った。

 

 この男もまた、北欧の銀世界にふさわしい、快男児であった。

 

 そうして、ふたりは手を結び、星のしずくとなり、空に帰った。

 

「う、ううむ! まさか本当にスルトを討伐してしまうとは……いやしかし、空想樹はまだ存在している……いやそれでも、北欧の終末を退けるとは、小僧たちもやるものだ! ここは素直に褒めてもいいものか……いや、しかし……」

「なにぶつぶつ言ってんだこのおっさんは……」

「まあまあ、こう言うところがゴルドルフ新所長の良いところだよ」

 

 初めてこの地に降り立ったゴルドルフは、酒をちびちびと飲みながらぶつぶつと思考を巡らせていた。

 そばにムニエルとダ・ヴィンチがいる。

 藤丸たちはその空気に遠慮して、遠巻きに、ソーに改めて彼を紹介した。

 

「ほう……ヴォルスタッグを思わせるふくよかなるものが、そなたらの大将であったか」

「……ヴォルスタッグ?」

「北欧の戦士です、先輩」

「ふむ、では我も挨拶というものをしておくべきだろう」

「ちょ! 待ってソーさん! 今あなたが行ったら新所長倒れちゃいますよ!!」

「なんと、彼のものに似るは見た目だけか?」

「いいえ。ゴルドルフ新所長は、とってもりっぱで、お優しい人です。雷神ソーさま」

 

 なみなみと酒の注がれた樽を片手にだべるソーに、幼い声がかけられた。

 

「ソーさま!」

「おお、ゲルダではないか! 無事で何よりである」

「ありがとう、ソーさま!!」

 

 朗らかに微笑んで、ペコペコと頭を下げるゲルダを見届ける。

 ソーは酒樽を机に置いて、膝を曲げ、目線を合わせた。

 

「礼を言うべきは我の方だ。ゲルダよ、そなたの優しさがこの世界を救ったのだ」

「え、えへへ! や、やっぱりそうなんですか!? えへへっ!」

 

 ゲルダの頭を優しく撫で、微笑みを投げてソーは立つ。

 スカディの元へ向かった。

 

 

4.

 

 

 その途中、

 

「スルーズか?」

「はい。雷神よ」

 

 スルーズが立っていた。

 ソーは足を止める。

 沈黙が流れた。

 ソーのマントが、風に靡いている。

 

「ありがとうございました」

 

 よそよそしく、スルーズは言った。

 ああんもう! という姦しい声がどこかからしたのをソーは聞き取ったが、あえて気づかないフリをする。

 

「我は当然のことをしたまでよ」

 

 そなたもまた、ご苦労であった。

 そなたたちがいなくば、スカディの三〇〇〇年はなかったであろう。

 雷神トールとして、礼を言おう。

 

 そう言って軽く頭を下げ、ソーはスルーズを横切り、立ち去ろうとした。

 

「あの──……」

 

 戸惑いの声が、その足を止める。

 ソーがスルーズに振り向くと、彼女は視線を泳がせて、口をもこもごさせていた。

 

「あの……は……」

 

 は?

 

「握手、していただけますか?」

 

 どこかで、ずこんと何かが倒れる音がした。

 だが、ソーはまた、あえて無視をする。

 手を伸ばし、スルーズがその手を取ろうと伸ばした瞬間、

 

「──!」

「すまぬな。だが、本当に感謝している」

 

 ソーはスルーズの腕を引っ張り、その身体を優しく、その身に抱き寄せた。

 恋人にするものではない、親愛のハグであった。

 

「──……うう!」

「よくぞここまで……」

 

 涙が、こぼれていた。

 スルーズの胸から込み上げるものが、涙腺を押し上げて、涙を外へ外へと押し出している。

 止まらない。

 ソーは、微笑んでいた。

 うわあん、うわあんと、子供のように、スルーズはその腕の中で、泣き叫んだ。

 

 

5.

 

 

「超常者は、去ったか?」

 

 ソーが並んだ時、スカディの言葉は芯を射抜いた。

 気づいておったのか、とソーは言った。

 当然だ、とスカディは言う。

 

「北欧は私の世界だ。それを除いても、あれほどの超常者の訪れに気付かぬほど、私は愚鈍ではないぞ」

「リースは、まだこの世界に存在している」

 

 所在はしれぬがな。

 とソーは言う。

 

 スカディは宇宙(そら)を見上げた。

 月が昇っている。

 大きな月だ。

 正しき太陽の光をその身に反射させ、夜の世界を照らしていた。

 

「ありがとう」

 

 淡々と、しかし心を込めて、スカディは言った。

 

「スカディよ」

 

 ソーの言葉は、心配を孕んでいた。

 それは、未来を憂う言葉であった。

 

 つまり、それは、この北欧世界の未来をである。

 

「私は、カルデアのものたちと、戦う」

 

 スカディは、言った。

 

「我は……」

「そなたには、決して手を出さないでほしい」

 

 ────!

 

 言おうとした言葉を、先んじて封じられた。

 ソーは眼を閉じた。

 静かに、わかった、と言った。

 

 

6.

 

 

 翌朝。

 露出した空想樹の根本で、スカディたちは藤丸たちと戦った。

 そして、敗れた。

 スルーズたちを従え、自らの神格を戦闘用に練り上げてなお、スカディたちはカルデアに敗れた。

 

 その理由は、ソーとスルーズたちにはわかっている。

 

 スカディは、この北欧世界を支えるために、自身の魔力を積雪へと変換し、世界全てを覆っていた。

 つまり、スカディは常時魔力を張り巡らせた状態で、三〇〇〇年を過ごしていたのだ。

 ならば、今更戦闘用に練り上げる魔力など知れたもの。

 オーディンから授かりしルーンの力も、対スルトに注ぎ込み回復していない。

 

 スカディは敗れた。

 その時を持って、オフェリアは正式にカルデアに対し捕虜の身となって拘束された。

 

 ソーは、はるか空の果てから、それを見下ろしていた。

 自身がその場に立ち会えば、カルデアたちにとってフェアではないと考えたからだった。

 藤丸立香とマシュ・キリエライトが今更ソーを疑う愚者ではないのはわかっていたが、やはり超然たる存在はそこにあるだけで意識を集めてしまう。

 

 空想樹が切除された。

 カルデアの者たちが、シャドウ・ボーダーに乗り込む。

 

 藤丸立香は、最後にスカディたちに頭を下げた。

 泣きそうな顔であった。

 スカディは、ただ、静かに、頷いた。

 

 

7.

 

 

 そうして、終わりの時がくる。

 

 スカディはスルーズたちを集め、御使いの乙女たちに命令を下した。

 全ての集落のヒトに、家の中にあることを。

 ベッドに入り、たとえ眠れなくとも、目を閉じて眠ることを。

 

 ソーが、スカディのそばに降り立った。

 スカディが振り返る。

 困ったように、笑っていた。

 

「マイティ・ソーよ、まだいたのか。そなたも早く、元の世界に帰るがいい」

 

 いくらそなたと言えど、白紙化される世界に取り残されては、万全無事とはいかぬかもしれぬぞ。

 

 しかし、ソーは動かない。

 精悍な顔立ちで、神々しい佇まいで、スカディの側にあった。

 

 ありがとう。

 

 スカディは呟き、眼を瞑った。

 終わりを受け入れるために。

 

 ………

 ……………?

 

「眼を開けよ、スカディ」

 

 ソーの声がした。

 スカディは、疑念に首をひねる。

 おかしい。

 なぜだ?

 幻覚か?

 幻聴か?

 

「まやかしではない、眼を開けよ」

 

 スカディは、眼を開けた。

 

 変わらぬ北欧世界が、そこにあった。

 

「──ッ! なっ!?」

 

 いや、変わっている。

 春の陽気。

 生命の安らぎ。

 育ち、営む木々の脈動を感じる。

 

 隣に、ソーが立っていた。

 彼は、変わらず。

 

「何が──?」

「この世界は、糸くずをかき集めて結びつけていた」

 

 声がした。

 男の声である。

 スカディの聞いたことのない声だった。

 

「その役目を、空想樹が担ってたわけだ。あれはまさに、この世界を現実に留める『錨』だったワケだが……」

 

 飄々と、男は言う。

 どこからともなく現れ、スカディの前をスタスタと軽快に歩いている。

 

「超常者か──!」

「そうさ。オーウェン・リースだ。つまりモレキュールマン。スカサハ=スカディ、孤独の神。反自然の申し子。初めましてだな」

 

 この世界は、そなたが──?

 

「そうさ、スカサハ=スカディ。俺の力は物理法則を超えていてね。自然と反自然、科学と魔術。すなわち現実。現実を構成する分子の構造も、その行先も、俺には思うがままなのさ」

 

 この世界、要は可能性の煮詰まった世界。

 これ以上、未来に進む可能性のない世界。

 じゃあ、それを存続させるには? 

 

 答えは簡単だ。

 可能性を生み出せばいい。

 あるいは、

 その必要のない世界にすればいい。

 

「……なん、だと……そなた、まさか世界をひとつ、別の次元に、まるまる創り出したのか!?」

 

 流石に地球丸ごとってワケじゃないがね。

 まあ、北欧領分しかないこの世界ぐらい、別次元に創り出すのも維持するのも、俺にはどうってことはない。

 俺はついさっきまで、宇宙そのものを支えていたからな。

 わかりやすく言うと、俺の存在そのものが超々宇宙規模の空想樹なのさ。

 俺が支えていたバトルワールドは、無限の、あらゆる可能性が混在した世界。

 あらゆる自然と反自然が、ひとつに重なった世界。

 俺はつまり──多元宇宙の現実そのものを支えていたわけだからな。

 

 なら、もともと可能性がゼロのこの世界ぐらい、俺の力のひとかけらを置いておけば、現実に留めるのは容易い。

 

「──なぜ」

 

 ん?

 

「なぜ、こんな……?」

 

 そりゃあ、ソーがこうしねえと、帰らねえって意地張りやがるからな。

 あと、悪く言うなら、本質的には俺に取っちゃあ、どうでもいいからだ。

 

「どうでもいい……だと?」

 

 まあな。

 この世界があろうが、なかろうが。

 俺たちの宇宙にはなんの関係もない。

 なら、この世界が存在していても、まあ、俺に取ってはそれもいい。

 それだけの話さ。

 

「…………」

 

 スカディはソーを見た。

 彼は、真剣な表情であった。

 

「スカディよ。この世界には、かつてより少しだけ多く、資源を残してある。それをどう活かすかはそなた次第だ……我にできるのはここまでよ」

「いや……至れり尽くせりだ。マイティ・ソーよ」

 

 感謝しても仕切れぬ。

 そなたへの褒美など、とても思いつかぬよ。

 

「褒美などいらぬ。スカディよ。我は神としてではなく、ヒーローとして当然のことをしたまで。故に対価など求めはせぬ」

 

 ありがとう、本当に……

 

「おい、まて。大半は俺の手柄だぞ! 俺も褒めろよ!」

 

 無論だ、超常者よ。

 そなたへの賛礼と褒美もまた、私ではもはや思いつかぬほどだ。

 ……そうだな。

 戦乙女をひとり、あてがってやろうか……

 

「いらん。ってか、イヤだね! ……ああいや、なんでも言うこと聞くしもべってのは便利だろうが、あいにくとそんなもんは、俺の能力で間に合ってる」

 

 ふふ、そうか。

 

「さあ、もう心残りはないな? 帰るぞ、ソー」

 

 モレキュールマンが手を伸ばす。

 そこに、光の門が現れた。

 白い光で形成された、異なる次元を繋ぐ門である。

 

「スルーズたちに、よろしくと」

「ああ」

 

 そうして、ソーは振り返り──

 

「マイティ・ソーよ!」

 

 スカディが言った。

 

「今度は」

 

 ソーは、顔を半分だけ振り向かせた。

 

「今度は、私からそなたの元に行こう」

 

 この世界を、素晴らしい世界にする。

 そうした時、その報告を、そなたへの礼と捧げたい。

 

 ソーは、笑った。

 微笑みを浮かべた。

 

 そして、光の中に消えていった。

 

 

8.

 

 

 何年経っただろうか。

 

 ソーはひとり、玉座にいた。

 剥き出しの玉座である。

 部屋を囲むものは誰もいない。

 

 ソーはひとりであった。

 寂しさはすっかり友となり、ソーの心に横たえている。

 その身に携えるのは、鎧と、ムジョルニアと、オーディンのあしらえた神剣──ラグナロクソードである。

 たっぷり蓄えた白髭は、ソーの身に更なる貫禄を備えさせ、失明した片目を覆う眼帯は、かつての父、オーディンと全く同じ威厳をソーに与えていた。

 

 アベンジャーズが世界を救い、それから何年経っただろうか。

 ゆうに、ひとつの種が誕生し、絶滅を迎えるに十分な時が経っているはずだ。

 その間、ずっと、ソーは独りで宇宙を護っていた。

 

 残されし最後の神として。

 唯一の神として。

 

 世界を救った。

 それどころか、宇宙を救った。

 代わりに、全てが死んだ。

 スーパーヒーローも、スーパーヴィランも、神々さえも。

 

 世界に残ったものは、闇から滲み出す悪の眷属たちと、それに脅かされる、小さな命たちであった。

 

 戦いを止めるわけにはいかない。

 まだ、世界には護るべき命がある。

 軋む身体にオーディン・フォースを滲ませて、世界を探る。

 悪を探るのだ。

 闇を。

 

 そこに、ひとつ、反応があった。

 

 玉座の正面だ。

 あたたかい光であった。

 

 どこかで、感じたことのある神々しさであった。

 

 ソーは、顔を見上げた。

 それに合わせて、その神は、微笑みを携えて、言った。

 

「マイティ・ソーよ。ずいぶん歳をとったものだ。その貫禄……オーディンによく似ているのではないか?」

 

 その少女は、ソーに、懐かしさと戸惑いを齎し、眼を見開かせる驚きを投げかけた。

 

 紫を基調とした、ガラス細工のような装飾の細かいドレスを着ていた。

 その手に、その指先で摘むように、長くしなやかな杖を持っている。

 紫の髪色。

 見る角度、光の加減によって、紫にも紅にも見える、宝石のような瞳。

 

「────ッ!」

 

 ソーは言葉が出なかった。

 そのものは、『母』の寛容で、ソーの驚きをも包み込んだ。

 

 

 

 すまぬ。随分と時間がかかってしまったが──

 

 

 

「約束通り、今度は私が、そなたに会いに来たぞ」

 

 

 

 

 

 ソーんなことってあんまりダアァァァア!!【完】

 

 




おしまい おしまい
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