メゾン・ド・チャンイチの裏事情 作:浅打
甘くて 綺麗で
ひょいっと摘まんで、口に運べば
砕けて 溶ける
雨の日の交通事故、背負い引き摺った兄の体から熱が失われていく感覚が今でも忘れられずに事故が起きてしばらくの間は夢にも出た。
心的外傷後ストレス障害、PTSD、所謂トラウマ。兄の死をきっかけにして生まれた心の傷は深く、気落ちした井上織姫はイジメの対象にもなったが持前の負けん気と良き友を持ち少しずつ明るさを取り戻していった。
その呪縛から解き放たれたのは皮肉にも再び蘇った兄が死んだ事に因る物であったが、今度は自ら送り出す事によって兄の件は解決した。
自らを護り、自らを救ってくれたヒーロー、それが彼女にとっての黒崎一護であった。
黒崎一護が最弱でも構わない、黒崎一護が悪魔でも構わない、その輝きに触れられる距離にさえ居させてくれれば構わない。
ただそれだけをささやかに願っていたのに、突然目の前で黒崎一護が爆発した。井上織姫に出来たのは泣きわめく位で何もしてやれることは無かった。
――――彼の血を浴びた時、心臓がきゅうってなって、肺が苦しくなって、胃が暴れて、血が冷たくなって、目が潤んで、震える手足を動かして、声を出す事しか出来なかった。
『一護ォー!!サッカーしようぜ!!お前ボールな!!』
「うおおおおお!?あぶねぇ!!」
白様の修行で地面に叩き伏され、サッカーボールキックで頭を蹴り飛ばされそうになった一護が飛び起きて回避する。
黒崎一護は復活した、死神の力を取り戻した彼は強くなるために修行を続けるだろう。
その時、自分に何が出来るのだろうか、彼についていけるのだろうか。黒崎一護を護りたい、彼の輝きを失いたくない。
「お悩みですか、井上サン♪」
「えっと…はい」
「ふむ、もしかして怖くなりました?」
「尸魂界でしたっけ、そこに行くのは怖くないです。でも黒崎くんが傷つく事が、恐ろしいです」
「そうですか、しかし貴女は私に黒崎一護を護る為に強くなりたいと言いました。その言葉を実行して貰いましょうか」
そう言っていつの間にか用意されていたホワイトボードに井上織姫が持つ能力のおさらいが書き記されていく。
「さて、井上サンの能力は『拒絶』、これを三種に分けて扱う事が出来るのが盾舜六花の力ですかね」
「盾の外部における攻撃から拒絶する、盾の内部における破壊を拒絶する、そして対象における二つの結合を拒絶する」
「中々面白い能力だ、それぞれが強力な力を持つ。しかしこれだけでは面白くありません」
「双天帰盾、これは対象が失ったモノを補充する能力ではない。死神が扱う回道に似たようなモノとも思いましたがテッサイさんが否定していました」
「回道では失ったモノを完全に戻す事は難しいからです。皮膚が重傷であれば肥厚性瘢痕による古傷が残り、軟骨が修復される際に別物の繊維軟骨で補填され、骨が折れれば元の強度を取り戻せずに厚くリモデリングしたり、再生力の豊富な肝臓にも限度があったりと人体は一度傷付けば二度と同じには戻らない」
「ですが井上サンのソレは完全に元に戻してしまう、現在における否定によって過去すらも否定してしまう、これは因果の操作によるもので大変面白い。」
「一方で過去を書き換えているわけでは無い、時間を巻き戻しているわけでは無い。限定的ではありますが現実を否定する為の究極の現在不干渉系、つまり貴女は現実というモノを受け入れたくないお人ですかね」
「外界を拒絶して己を護り、目の前の出来事を無かったことにして、貴女と世界を結び付ける物を切り離す。貴女にとって現実とはさぞツマラナイものでしょう」
現実の拒絶、現実からの逃避。ああ――――そんな事はいくらでもあった。私は世界が嫌いだ、世界なんて辛い事だらけだ。
何も見ない、何も聞かず、何も信じない。私の喜怒哀楽だって外の世界の借り物、自分の意志なんて世界の流れに上書きされて流されてしまう。
閉じた部屋こそ私の世界、より良き友を得ても私の心に空いた穴は埋まらず、永遠の静寂に存在する虚無にこそ至高の幸福だと信じていた。
―――――黒崎一護に、出会うまでは。
欲しいと思った、きっと彼はかつて私と一対どころか一個の存在だった。食べてしまいたかった、私が持ってないモノを持っている彼の事が羨ましかった。
これは私の心だ、誰にも渡さない。私らしさは黒崎君と共にあって初めて存在する。
貴方こそ私の陽だまり、貴方が見るモノを一緒に見たい、貴方が聞く音を一緒に聞きたい、貴方が世界が美しいと言えば本当に世界は輝くだろう。
「黒崎一護が死にますよ」
「どういう、事ですか……?」
「諸事情で私は尸魂界にはついていけません、尸魂界では数多の強大な力を持つ死神が貴女達を襲うでしょう。黒崎サンが強くなったところで、その程度の実力では抵抗すら怪しいでしょうね」
「だったら、何で黒崎君を止めてくれないんですか」
「井上サンだって黒崎サンを止めなかったじゃないですか。貴女は黒崎一護を止める気がない、なのに私には黒崎一護を止めろと言う。随分自分勝手じゃないですか」
「私にも思惑が在るのは認めましょう、彼には是非尸魂界に行ってもらいたい。しかしそれは黒崎一護の生存に結びついてはいない、私は黒崎一護が死んでもいいと思っている」
目の前の景色が酷く冷めていく、音が平坦に響いている、なんだか何でも壊してしまいたい気分になる。
黒崎君と出会う前の私、たつきちゃんが護衛の為と教えてくれた空手。でも私は分かっていたんだ、私はたつきちゃんよりも強いって。
お兄ちゃんに心配かけたくなかった、だから笑って見せた。なによりたつきちゃんが私を護ってくれたから、私はただ護られていた。
弱い者苛めは趣味じゃないから、たつきちゃんが私を護る事を望んでいたから、私は何もしなかった。
「いっそのこと、黒崎サンにはたった今死んでもらいましょうか?」
そう言って浦原さんは仕込み杖から刀を抜く、視線の先には黒崎君、修行に必死で気付いていない。
私の世界、私の箱庭、そこに手を伸ばす者共を私は許さない。どうせ許さないのだから――――。
完現術者とは物質に宿った魂を引き出し、それを使役する能力。それが最大限に活かされるのは、最も愛着がある物質に宿る魂を理解した時。
「私は貴方を『拒絶』する」
もしわたしが上司だったなら
それが永遠に交わることのない
会社の理念と部下を繋ぎ留めるように
社畜の心を繋ぎ留めることができただろうか
100000UA突破嬉しいです!!
誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。
今後の方針
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コメディっぽい方が良い
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今まで通りでいい