メゾン・ド・チャンイチの裏事情   作:浅打

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High Pressure

ここは黒崎一護の心象世界、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する場所。

 

この横たわった世界で右手を天壌無窮に広がる青空に向ければ左には底の見えない永遠無限の闇が広がっている。

 

ここで目を覚ました黒崎一護はまたかよと思いながら、よっこらせと体を起こす。

 

どうせまた面倒な事が起きているんだろうなと頭を掻きながらも辺りを見回す事はしない。

 

()()()はどうせここにいる、俺の影は、俺が目を背ければ何時だって影はそこにある。

 

「出て来いよ、……俺」

 

『ッハ……ようやく認めたかよ』

 

その男は黒崎一護であった、同一なる姿をしたドッペルゲンガー。

 

姿形は黒崎一護そのままに、その死覇装と全身を白く染めたホワイトが漆黒の影から現れる。

 

『一護、お前はここがなんだか分かってるのか?』

 

「俺の心の中、心象世界だっけか?」

 

『その通り、そしてこの場所こそ今のお前では本来たどり着けない悟りの境地』

 

「悟り…?」

 

『罪福もなく損益もなし、寂滅性中問覓(じゃくめつしょうちゅうもんみゃく)すること(なか)れ』

 

いつの間にか訪れたハク様が何かを語る。いつも突然で、いつも何を言っているか分からない。

 

『ここには幸も不幸もなく、損も得もない。つまり今こそ悟りの境地にいるのだから、それ以上を求めてはいけない―――って言う意味だよ』

 

「なんだよ、それ」

 

「お前はまだまだ強くなれる、という事だ一護」

 

斬月のオッサンまで現れて、無音の空間がにぎやかになる。

 

『早速だが、一護。二百人斬りの感想はどうだ?』

 

「まぁ……いい経験になったよ」

 

『へぇーふーん?』

 

冷たい目線と嘲笑する口元のハク様、明らかに笑いを堪えているホワイト、苦々しい表情のオッサン。

 

「……なんだよ」

 

『いやいや、その煮え切らない態度は分かってるんだろ?』

 

「………」

 

 

 

『という訳で反省会だ馬鹿野郎』

 

 

 

 

 

 

『で?お前結局散々イキって、斬月の偽解放まで手伝ってやったのにボコボコにされて、挙句の果てには最後の十秒でクソの弟が体乗っ取って月牙天衝ぱなすまで有効打がありませんでした?』

 

『一護ー!お前ダサ過ぎ!ギャハハハハハ!!!』

 

「うるせぇ!!こっちはこっちで必死なんだよコンチクショウ!!」

 

『大体、何で月牙天衝を最初から使わなかったんだ?』

 

「使ったら死ぬだろ!?俺か!相手が!!」

 

『あー、まあ確かにそうなんだが……』

 

月牙天衝は単純が故に使い勝手がいい、勉強部屋での修行で霊圧の量や振りの速さ、そして解放のタイミングの差異によって状況に合わせた一撃を選べるように特訓した。

 

しかし実戦でいざ戦おうとする時、一々計算問題をその場で解いてから挙手をする様な暇を相手が与えてくれるかは別問題。

 

弱い月牙天衝を打って隙を晒すよりは強い月牙天衝でゴリ押しするのが一番手っ取り早いのだが、確かにゴリ押ししてしまうと相手に月牙天衝がめり込んで死んでしまうのだ。

 

『言っておくが一護、次にお前が眼を覚ましたら今度こそ死ぬからな』

 

「…え?その辺込みの作戦じゃなかったのか?」

 

『馬鹿だなぁ!一護君はぁ!』

 

ハク様のお手元にフリップボードを取り出し高々と見せつける、題名は『黒崎一護強化計画』。

 

『さて一護に問題です。尸魂界の護廷十三隊、その内の十一番隊を二百人倒すと良い物を貰えます、それはなーんだ』

 

「……なんか、許可証とか?」

 

『せいか~い♡何だぁ、分かってるじゃん!!』

 

黒崎一護はまさかの正解に驚き、その答えが自分の死に繋がっているという意味が分からずにいる。

 

『答えは現十一番隊の隊長をぶっ殺して、新たな十一番隊の隊長になる権利を貰えるでした~!!ん?権利と許可は違うか?まあええか』

 

「……はぁああああああああ!?何してくれてんのアンタ達!?」

 

『いやいや、ここは十一番隊というのがミソでな。他の隊だと二百人の隊士の同意が取れなくてな』

 

「そういう事じゃねぇ!!」

 

『アァ!?じゃあ何が聞きてぇんだ!!』

 

「何で俺が十一番隊の隊長にならなきゃいけねぇんだよ!!」

 

『隊長の乗っ取りはおまけだおまけ!万全な準備をした上で邪魔されずに戦える隊長が十一番隊しかなかったんだよ!!』

 

「……クソ、毎回毎回丸め込もうとしやがって」

 

『一護、諦めな。浦原サンと姉貴は相手を破滅させる事に関しては悪魔的だ』

 

黒崎一護の一つ一つの出来事にドス黒い企みを練りこんでいく様は、作業めいていて恐ろしい。

 

「それで?どうすればいいんだ?」

 

『……分かってきたねぇ、一護。そうだ、今のお前が尸魂界の隊長格と戦うためには限界を超える必要がある』

 

「俺の限界?」

 

『そうだ、お前が超えるべき限界。ゼロコンマ以下の世界だ』

 

 

 

 

 

 

 

人間である限り、物理法則からは逃げられない。例外は不可能を可能にする霊子の存在だが今は割愛する。

 

人間は経絡に神気が流れる事で動く、それを数々の人間が様々な観点で観測をしてきた。

 

先ずは神経反射、0.11秒(理論値)

これは上述のように目や耳等の感覚器が刺激を受容してから効果器に反応が現れるまでの最高速度だ。

 

そして反応時間、0.35秒(一般の男性平均)

これは目で見て体が動くまでの時間だ。

 

意識の速度、0.5秒

これは動くと決めてから意識に反映される速度だ。

 

意識の決定のキャンセル。実行前の0.2秒

これはそのまま決定した意思に逆らう猶予の時間。

 

例えば黒崎一護が攻撃を受けるとする、「攻撃が来る!」と感じてから「攻撃が来る!」と考えるまでが0.5秒。

 

この0.5秒以内に攻撃を受けると攻撃が来る!と認識する前にやられてしまう。

 

例えばプロ野球選手のスイング時間が0.12秒程と言われているので、0.5秒後に逃げよう!と考えても間に合わない。

 

『そして0.11秒と0.35秒の間に存在する0.24秒、約14.4フレーム。これが重要だ』

 

敵の攻撃を認識して0.11秒で反射開始、体が動くまでの0.35秒の間に存在する0.24秒がロスタイム。これを打ち消す為には一体どうするべきか。

 

『時間を超越する、-0.24秒のタイムリープ。ゼロコンマの世界の裏へと突き抜ける反応の極致だ』

 

0.24秒前にトリガーをずらす事で、結果的に0.11秒で体を動かす事が出来る。或いは、もっと先の次元まで。

 

『第六感とか、未来予知とか、殺気を感じるだとか。言い方は色々あるが、珍しい話じゃない』

 

ストップウォッチを二回連続で押してタイムを計る遊びをした事があるだろうか。もしも人間が認識してから動くまでに0.35秒かかるのであれば、一回目のボタンを押した事を認識してから動いたのであれば最速でも0.35秒かかる筈。

 

『だけど普通に0.11秒を割るよなぁ?つまり次の動きの予約をしておけば、ロスタイムは消滅する』

 

「理屈はこじ付けでもよぉ、どうやってそれを出来るようにするんだ?」

 

『そりゃあお前、やってみれば分かるっしょ!!』

 

 

 

 

 

 

 

黒崎一護とホワイトが互いに向かい合う、互いに右手に斬月を握り、互いににらみ合う。

 

ここにあるのは負ければ死ぬ、勝っても死ぬかもしれない文字通り命懸けの真剣試合。

 

鏡合わせの様に、腰溜めに沈んで構える。相手を屠る為の戦い、新たな次元に辿り着くための秘策とは――――!!

 

 

 

『「ジャンケン、ポン!!」』

 

 

 

『死ねぇ!!!!!』

 

 

 

「うおおおおおおおおおお!!?」

 

 

 

 

『あっち向いて死ね!開幕だー!!』

 

 

 

 

―――あっち向いて、ホイの改悪版である。

 

 

 

 

 

 

「こちらです……卯ノ花隊長」

 

「……」

 

半壊した隊舎の一室に黒崎一護の身柄は押し込まれていた、旅禍である事を知ってなお十一番隊は一護を保護したのだ。

 

全ては彼らの長である、更木剣八の為。主の望む死闘に捧げんが為。しかし、話を聞きつけた四番隊隊長の卯ノ花烈が夜分遅くに訪れた。

 

幾ら隊長と言っても救護・補給専門部隊の長である。舐めてかかる強気の隊員も多く居たが―――何れも膝を突いて頭を下げた。

 

己の首を晒すという行為が当然と思える程の威圧、普段の温厚な気質を漂わせる彼女が本質を僅かに晒す程の出来事。

 

己の執着に横やりを入れられるという事即ち、それは一瞬の死すら生ぬるい。

 

班目一角も折れた、本人は望んでは居ないだろうが強者や上位の者に対して態度を弁える事は滅法に長けているのだ。

 

そして部屋に踏み込んだ二人は、世界が切り替わったかのような違和感に包まれた。

 

班目一角はこの感覚を知っている。これは死線の匂いだ、化け物の腹の中、ここは夜の森の獣のように恐ろしい。

 

卯ノ花烈はこの感覚を知っている、これは死線の匂いだ。饐えた肉の匂いと錆びた血の匂いを呼び覚ます、ここは故郷の様に心地良い。

 

黒崎一護は大の字で寝かされていて斬魄刀は壁に立掛けられている、その手が届く事は無いのに感じるこの気配は一体何か。

 

「―――試してみますか」

 

そう溢して斬魄刀に手を伸ばした卯ノ花に、黒崎一護の殺気が放たれる。

 

放たれた殺気を受ける前に放った卯ノ花の殺気が部屋一面にばら撒かれて班目一角は大きく飛び退いた。

 

卯ノ花烈が放った殺気はあくまで試し打ちのもの、その手に斬魄刀が握られ振るわれていれば部屋ごと一護を切り捨てる一撃だったのだが―――噛みついてきた。

 

一方で班目一角には、己の感覚が錯覚で乱され困惑していた。

 

自分の【眼】では黒崎一護が殺気を放ち、それに対して卯ノ花隊長が殺気でねじ伏せた様に見えた。

 

しかし【肌】では卯ノ花隊長の殺気が先であり、黒崎一護の殺気が応えた様に感じたのだ。

 

時系列が捻じれる、ゼロコンマの世界の裏へと突き抜ける反応の極致。

 

卯ノ花烈の世界では、試そうかと発言した時点の思考よりも先に本能が()()()()()()()()()()()()

 

黒崎一護の世界では、卯ノ花の本能が黒崎一護を殺そうと判断した瞬間に黒崎一護は殺気を放った。

 

それは0.5秒の意識の隙間よりも狭く、反射の0.11秒よりも速い精神と思考の領域。

 

無意識の処理速度は意識のおおよそ2万5千倍前後だと言われている、臨死の瞬間には世界がスローモーションに見える、思考が2万5千倍で流れると走馬灯も流れる程の余裕が生まれる。

 

最早この世界では時間は存在するが、前後が役に立たなくなる。あくまで判定を行うのであれば、二人の殺気は()()()放たれたのである。

 

この二つの世界の、一瞬の何万倍以下の空間では卯ノ花烈の手は動いてすら居なかった。

 

眼で見た映像と精神世界における応酬の二つが脳内で変換された際に生まれる伝達の誤差。

 

班目一角の眼と肌はどちらも正しく、どちらも間違っている。

 

本来は考察に値せずに切り捨てられる情報のやり取りが、二人の間で重要な意味を持つ事だけが答えだった。

 

 

 

「――――ああ、悩ましい」

 

 

 

そしてそれは―――卯ノ花烈の愉悦に包まれ隠された。

 

 

 

 




働くことと 働かされることに
違いはない
出勤と 休日出勤に
違いが無いように

誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想とここすきをお待ちしております

今後の方針

  • コメディっぽい方が良い
  • 今まで通りでいい
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