メゾン・ド・チャンイチの裏事情 作:浅打
運命的な夜を過ぎて、俺は未だにこの人をなんと呼べばいいのか分からない。
名前を呼ぶのも躊躇い、肩書や職位で呼ぶことも憚られて、結局は「
「……それで、何でアンタがここにいるんだ」
「フフ……、これから面白い事になりそうですから」
更地となった十一番隊の修練場の地べたに座り込む二つの影、二人の剣八、二匹の鬼。
更木剣八が隊舎に戻ると荒れ果てた住処の荒れ具合に沸き立ち、そして勢ぞろいして土下座をかました己の部下達の姿に困惑した。
曰く、負けた事。
曰く、恥じ入る事。
曰く、―――願いを叶えてやりたい事。
強くなる為たった一人で十一番隊に殴り込んで来た愚かな若者を、一端の漢にしてやりたい事。
その気概に触れて、脳裏に回顧を誘う風が流れる。
更木剣八は死闘を好むが、職務を全て投げ出すことはしない。旅禍が倒れているなら殺すだけの事。
それでも、更木剣八は眠りこける黒崎一護に止めを差すことは無かった。
強者との死闘を求めて一日千秋、しかし―――この男は何者だ。
目を覚まして、飯を食って刀を振るう。飯を食って、やる事もなく刀を振るう。寝ていても、体が疼いて目を覚まして刀を振るう。
そんな奴も居たがコイツは違う。眠っていながら、指先一つ、瞼一つも動かさずに――――戦い続けている。
一つの芸を極めた者は己の身一つで五感の全てを表現すると言うが、この男の放つ気配はそれに近い。
何より、
傲慢かつ堂々としたその在り様は、確かにこれは斬り甲斐のありそうな奴だ。
だから待つ事にした、班目一角を四番隊へ遣いに出して卯ノ花烈を呼び出し治療もさせた。
「……帰らねぇのか」
「……私は邪魔ですか?」
「……」
「冗談ですよ、ですが立会人は必要でしょう?」
「いらねぇ」
「アナタはそうでも、そうはいかないのですよ」
静かに問われて、口を噤む。更木剣八にとって、卯ノ花烈とは難しい人物だった。
友でもない、夫婦でもない、同じ趣味を持つ同士ではない、嘗ては共に命の獲り合いをした仲だ。
ヤマアラシのジレンマの様に刺されば抜けない棘と傷が二人を結び、時に離れても時に近づく。
――――二人の剣八とは二人の独りぼっちなのだ。
「旅禍の少年、あの子は何処で拾ってきたのですか?」
「知らねぇな、あんな奴が何処かに隠れていた気配もなかった」
「確かに、あれは異常です」
「……アンタが、そう言う程なのか」
鬼も仏も斬る女が、あの卯ノ花烈が溢す言葉に更木剣八は瞠目する。
「回道は霊力を補充する鬼道、しかし彼に霊力を注ぐ内にその容量の果てが見えない事に驚きはしましたがそれは些細な事」
「アナタも見たでしょう、私や貴方と同じく彼は争いを求む鬼。……しかし、彼自身からは血の匂いがしなかった」
「人の皮を被った鬼とは違う、人鬼一体。彼の求める強さとは、一体それが何を意味しているのか、私はソレを―――」
知りたい、という言葉は吐息に交じって消えた。
ふと静かになった空気に卯ノ花烈が振り向くと更木剣八は斬魄刀を抱えたまま眠っていた。
ムカついたので取り合えず小石を投げたが躱された。
ハク様が腕を組んで、胸を張って激励する。
『ようやく形になったか、一護』
『8時間の睡眠時間、その2万5千倍は随分辛かったか?』
『だが、お前は更に強くなった。小川は流れて大河となり、己が地球に転がる小石だと理解した』
「……ああ」
斬月のオッサンが俺に斬月を投げ渡す。
「故にお前の魂は、遥かに研ぎ澄まされた」
「……これは」
『随分と、重くなっただろ?』
白い俺が振り下ろす斬月を受けても、ビクともしない俺の斬月。
『お前が変わったんだ、だから斬月も変わる』
「見せかけではない、お前の力」
『眠りこけてるお前の肉体は少しも変わっちゃいない、純粋にお前の魂がより密度を増したんだ』
確かに斬月は重くなった、しかしそれは寧ろ頼れる重さだ。
『いいか、皆に見せつけてやれ。ジャンケンと無間の闘争の融合が生み出したお前の新たなる力!!』
果ての峰の影より太陽が昇りて日差しが大地をなぞり、朝日が生命の炎を燃え上がらせる。
隊員が起床の合図を鳴らさずとも修練場の跡地に群がり始め、一つの円を作り上げた。
彼等は見届け人であり、儀の進行を妨げる者に対する防壁でもある。
既に見られている――――猛者である彼らは姿や気配を感じずとも理解している。
少なくとも隠密機動の尖兵は潜んでいる、霊子通信を利用した監視も行われているだろう。
日輪が峰を乗り越えた頃、身動ぎ一つせず寝ていた更木剣八と卯ノ花烈が立ち上がる。
眠気に誘われた欠伸、晨風に揺られて朝露が落ちる、鳥の囀りが鳴り、草花は背伸びをする様に顔を擡げる。
その全ての音が悉く消え去り、全ての視線が十一番隊の隊舎に集まる。
擦るような足音に、濁流の様な霊圧に十一番隊の隊士は無意識に踏鞴を踏む。
隊舎から修練場までの道筋に迷う事もなく、そもそも修練場で儀を執り行うとも話していない。
それでも一筋にここまで来たのはハク様の指摘だけではなく、何かに導かれるようにその必要性を感じたのだ。
「待たせたな」
「ああ、待ちくたびれた」
黒崎一護と更木剣八は初対面である、しかし昨晩既に死境の刃は共に交わしている。
それは更木剣八の隣に立つ卯ノ花烈も同じなのだが、黒崎一護は錆びた歯車の様に首を捻って視線を向ける。
卯ノ花烈は朗らかな笑顔を浮かべたまま指の二本で首元をなぞる、昨晩に飛ばされた殺気で斬り飛ばされた箇所だ。
「お体の調子はいかがですか?」
無意識の狭間に行われた応酬で卯ノ花烈は一護の首を刎ねたが、黒崎一護は卯ノ花烈の胸元を斬月で貫いていた。
「今ならアンタにも勝てそうだ」
本音で言えば、相打ちにでもなれば僥倖だが黒崎一護は譲らない。
袖で口元を隠しながら後ろに下がって距離を開ける卯ノ花烈を尻目に剣八と一護は互いの間合いに立つ。
「昨夜の先手は俺が貰ったからな、今度はお前から来い」
「ありがとよ」
黒崎一護が背負った斬魄刀の柄を握ると、まるで意思を宿しているかのように刀身を包んでいた飾り布が独りでに解けていく。
しかしその柄布の端を握りしめると、――――大きく斬月を振り回し始めた。
カウボーイの投げ縄の様に頭上で振り回される斬月の軌道をなぞる様に月牙天衝の光が渦を作る。
既に空に放たれた黒崎一護の月牙天衝を斬月が喰らい、新たな月牙天衝として練り上げていく。
それは月牙天衝の威力を階乗の様に上げ続け、本来の月牙天衝の威力を大幅に超える一撃となる。
隙だらけで使えない机上の空論だった技、斬月そのものである白一護が編み出した一撃。
月牙天衝を抑え込む圧力と遠心力のぶつかり合い。それが限界を超えた時に生み出される破壊の一撃は上位の鬼道にも迫る。
練り上げられた必殺の一撃が、解き放たれた矢のように鋭く更木剣八に襲い掛かる。
しかし抜き放たれた浅打の一振りに弾かれて、そのまま明後日の方向へあっけなく飛んでいった。
<ドカァアアアアアアン!!
<イヤァアアアアアア!!!!?
そのままの勢いで飛んだ月牙天衝が瀞霊廷の塔を一撃で半壊させながら飛び続け、瀞霊廷の空に一瞬とはいえ穴を開けた。
「フン、悪くはねぇな」
「これでお返しだとさ」
「あ?」
「こっからが、俺の分だ」
不意打ちの一撃、そしてこれこそ黒崎一護の試金石となる一撃。
死神の戦いは霊圧との闘い。目の前に鎧武者がいたとして、その鎧ごと断ち切るか、鎧の隙間を抜くかが肝要だ。
黒崎一護の脳裏を駆けるのはあの夜、卯ノ花烈が見せた八千の剣の流れの果て、その流れの一つをここに顕現する。
有を棄て空に
黒崎一護は迷うだろう、疑うだろう、そして打ちひしがれるだろう。
それでいいのだ、どんなに極限の状態に追い込まれようとも―――心が折れる事はしない。
今自分に出来る事をする、今の自分を誰よりも信じる、精一杯にやり遂げる。
ならばその先に待つ結末に――――、一切の後悔はない。
全てに意味があり、全てを受け入れる。その全てに縛られず、その全ては無意味とする。
今こそ黒崎一護には見えるだろう、色即是空の道筋が。
剣八とか隊長とか霊圧とか、そんなもの全て無視する一撃が!!
修練場に血が飛び散る、全ての時が止まったかのように一拍の沈黙。
「「――――ああ、良い」」
「お前なら」
「アナタなら」
「「―――楽しめる」」
休日一日使って千文字位しか書けない、故に侘助。
誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想とここすきと推薦をお待ちしております
今後の方針
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コメディっぽい方が良い
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今まで通りでいい