メゾン・ド・チャンイチの裏事情 作:浅打
色即是空―――それは、形を無にする奥義の一つにして基本系。
刃物を見れば、何かを切るという事に専門性がある事が見て取れる。
皮膚を、肉を、骨を、果実を、葉物を、獣を、魚を、人をそれぞれの形で切って分ける。
色即是空とは単純なもので、全てを断ち切るという事は容易いものだ。
全てを斬る事が出来るのだから、全てを斬る事が出来るというそれだけの事である。
人は迷う、迷った人は用意された動かぬ目標ですら斬れぬ事もある。
必要なのは、斬れると信じる事。直感であろうが、計算であろうが、己の全てを信じて刀を振るう事。
色即是空とは単純なもので、斬れるのだから斬る、その境地に辿り着けば自ずとそうなるのだ。
それでは―――更木剣八を斬れると信じるにはどれだけの自信と覚悟が必要なのだろうか。
「お前、名前は?」
―――斬られた。それがたとえ霊圧を抑制され、わざと無抵抗であったとしても。
「……黒崎一護だ、よろしく」
―――斬れた。それがたとえ霊圧に阻まれ、その肉の表面をなぞるだけだったとしても。
たったそれだけだったとしても、久々の獲物に剣八の血が昂る。
一目惚れの少女の様に、恋に浮かれる乙女の様に、ロマンティックに耽る童女の様に。
名前を訪ねて、響きに酔う。だけど楽しみはまだまだこれから。
一緒にお出かけして、少しずつ互いを知り合う。少しずつ、曝け出すのだ。
手を繋ごうとおずおずと手を伸ばすかのように―――無情の袈裟切り。
更木剣八と黒崎一護の斬魄刀が一瞬交わり、弾くように受け流される。
不意に手と手とが触れ合い、反発しあう照れ隠し。互いに目線を合わせて口角が浮く。
憧れの人に後ろから飛びつくように―――瞬歩で回り込む横薙ぎ。
しかもそれはバレバレで、振り向き様に受け止められて、むしろお返しとばかりに蹴りが肩に刺さる。
更木剣八は蹴られた勢いに揺らがず津波の様に前へ、一護は蹴りの勢いに乗って一回転の後に横薙ぎ。
若干なりとも勢いが削がれた一撃と軸がぶれている一撃とがぶつかり合って互いに流れる。
こっちは手を抜いているし、相手は手加減をしている。そんなものは、刺激的じゃない。
だから少しだけ本気を出した。色即是空は基本系、更木剣八は当然持っている。
更木剣八の斬魄刀が怒涛を放つ、必殺剣が黒崎一護を殺めんと襲い掛かる。
剛毅な拵えの斬魄刀が、月牙天衝をその身に纏い。乾坤一擲の一撃が、気合を以て放たれる。
色即是空を破るのは同じく色即是空、全てを断ち切る刃に怯んで刃筋を乱せば斬魄刀ごと斬られるだろう。
絶対には絶対を、互いに正しくそれを発揮すれば互いに負ける事はない。
互いに魅かれあう二人がいずれ辿り着くのは破局、その感情の名前は同族嫌悪。
「本気でやろうぜ」
「ああ、やろう」
黒崎一護は斬月を正眼に構える、膨大な霊圧がその身から放たれ斬月の柄布が暴れて立ち上る。
「俺の切り札、その一だ」
黒崎一護の斬魄刀である斬月はハク様を初めとしてメゾン・ド・チャンイチがその力を抑え込んで作られている。
虚と死神の力を現す斬魄刀を滅却師の力でコーティングする事、そしてその形を【斬魄刀の始解】としてパッケージングする事で【常時開放型】の斬魄刀として安定を図るというものである。
そう、黒崎一護の斬魄刀は本来の力を刀の形に封じたものなのだ。
故に斬魄刀に封じ込めた力を解放すれば、黒崎一護は本来の力と斬魄刀を取り戻す。
それこそが天鎖斬月、己の姿を変える斬魄刀。
本来斬魄刀とは、俺の力を外側に表現する力であり本体の姿を変える事は無い。
姿を変えるのは、破面の帰刃の特徴だ。
故に―――天鎖斬月は卍解ではない。
荒れ狂う霊圧が嘘だったかのように、静謐な気配を漂わせる黒崎一護のその姿。
重厚な身幅を持った斬月は姿を変えて、ただ一振りの斬魄刀へと姿を変えた。
「……やれんのか?」
「ああ、ありがとな」
黒崎一護は足を広く開いて膝を曲げ低く構える、獣というよりは昆虫のソレ。
次の一瞬で跳ねる、斬魄刀を引きずるような構えから繰り出される斬り上げは流れる様に更木剣八に落ちていく。
更木剣八の斬魄刀に伝わる衝撃は段違いだ、軽くなった一護の斬魄刀からは想像できない重さ。
勁が乗っているのだ、その若き体躯にこれ程までの力を漲らせるほどに。
勁という力を乱暴に説明するのであれば、あらゆる箇所で発生する力を、目的の場所に伝える力である。
発勁とは溜め込んだ力を発し、体の中の勁道を通し、目的の場所に作用させる力である。
これが難しい、難しいが力というものは生活のあらゆる場所に溶け込んでいる。
貴方が転んで人にぶつかった時に人を跳ね飛ばすだろうが、これも発勁の表れである。
転びそうになった体を支えるために溜め込まれた力が、アンバランスによって解放された時に放たれる力がそれだ。
これを全身、あるいは武器をも含めて実行するのが発勁である。
指一本分だけの間を開けて放たれた拳がレンガを割る動画が広く見られるが、これは拳に体重移動の力が乗っているからだと分析されている。
数十キロある肉体を前に吹き飛ばす脚力を、体を飛ばさず拳だけに乗せれば見た目に似合わぬ力を発揮するという事だ。
黒崎一護が振り下ろす斬魄刀には、霊力で強化された発勁の力が乗っている。
更木剣八がそれを片腕で持った斬魄刀で受けると地面は大きく陥没して、生まれた衝撃が周辺にいた十一番隊の隊士達を吹き飛ばした。
黒崎一護の斬魄刀から伝わる勁を自分の体を勁道として継ぎ足して通した結果、更木剣八に当てる筈の発勁が地面に衝突したのだ。
そう、更木剣八も発勁を使えるのだ。しかしそれは天性の能力ではない、見て受けて覚えたのだ。
あらゆる流派・あらゆる刃の流れは我が手にありと八千流を名乗っていた者が戯れとばかりに見せたその時に。
卯ノ花烈は思う、では彼はいつ覚えたのだろうか。
発勁は言ってしまえば大爆発だ、その痕跡は昨日の戦場の跡には残っていなかった筈。
一つだけ気になっている事がある。彼の師匠は誰なのか、だ。
そう考えている間にも戦闘は続く、黒崎一護の挑戦は続く。
更木剣八が振るう斬魄刀を黒崎一護は発勁で凌ぐ、受けては返すの繰り返し。
しかしその内に黒崎一護の黒染めの斬魄刀から霊力が漏れ出すのが見えるようになる。
「やっと温まってきたぜ」
「あぁ?」
「力を通すっていう練習は、元々霊力を通すための練習だったんだ」
黒崎一護が振るう斬魄刀の軌跡に黒い霊力が追随する、まるで空に墨を撒くように。
「何とか
黒崎一護が使う月牙天衝は、黒崎一護の用いる戦闘術には含まれない異質のものだった。
霊力を練り上げて月牙天衝に変換して放つ、そんな暇が彼には無かったからだ。
しかし昨晩彼が昏睡している間に覚えたそれは、あらゆる箇所から力を斬魄刀に伝える技術は要求に合致する技だった。
スイッチを押す圧力で発電して、スイッチを機能させる事と同じように。身体を霊力で強化するのだから、その霊力を直接斬月に流せばいい。
「月牙天衝」
「月牙天衝」
「月牙天衝」
天鎖斬月から溢れ出す黒染めの月牙天衝は龍踊の様に途切れる事無く、斬撃と斬撃の間を埋めるからの様に溢れ続けている。
恐ろしい程の発勁の精度だ、彼の言葉を信じるならば発勁の流れが滞った時には使えなくなるのだろう。
やはり異常だ、そんな事が一朝一夕で出来るわけがない。
遂に更木剣八の斬魄刀が弾かれ隙を見せる、黒崎一護が足を止めて深く脇に構える。
数瞬あれば更木剣八は体勢を整えるだろう、そうなれば隙は消える。しかし黒崎一護は動かない。
更木剣八が体勢を整える、まだ動かない。更木剣八が斬魄刀を振りかぶる、間に合わない。
今から動いたならば間に合わない、今から動き始めたのならばだが。
発勁は見た目に似合わぬ力を発揮する、見るだけではその力を見通す事は出来ない。
黒崎一護は構えた時には既に動いていた、不動の中で開いた足に踏み込む力と留まる力が反発してその場に黒崎一護を押しとどめる。
遂に黒崎一護の居合が発動する、半歩前に出て天鎖斬月が走り始める。
踏み込む足と軸足のつま先が再度地面を捉え、月牙天衝を纏った天鎖斬月が更木剣八の斬魄刀とぶつかり合う。
互いに弾かれ―――次の瞬間、更木剣八の体に黒崎一護の袈裟切りが決まった。
これには流石に卯ノ花烈も目を見張る、普通は斬魄刀を弾かれた瞬間に振り返す事は出来ない。
実際、更木剣八は反撃できなかった。先の卯ノ花烈と同様に驚愕している。
「……燕返し」
卯ノ花烈が溢したのは、殆ど誰にも見せていない技だった。
必要なのは二つの勁、争勁と沈墜勁。
黒崎一護はまず争勁を使った居合の斬り上げで更木剣八の斬魄刀に天鎖斬月をぶつける。
重要なのは斬るのではなく構えた事。二つの斬魄刀が衝突する時には黒崎一護は一つの塊となっていた、例えるなら更木剣八は大岩を叩いたのだ。
その更木剣八の強烈な一撃を弾いた黒崎一護は、半歩前に出していたつま先をもう半歩前に出して踵で地面に着地する。
沈墜勁だ、体を急降下させる勁を用いた。踵を軸とする筋の協調運動は下方向に作用する。
つま先を使って地面を蹴るふくらはぎの筋肉は、踵を楔として膝を折り曲げる動きに変化する。
斬り上げを行うために最大まで伸ばされた筋肉は、縮む際にも最大の力を発揮する。
そのまま切り上げの体勢から袈裟切りに移行しただけの事。それは魔剣の類ではなくただの二の太刀、カウンターである。
卯ノ花烈が驚き、そしてその技を使わないのは色即是空の境地故にカウンターを必要としないから。
そして誰にも教えていないから、知っている人間がいたとしても彼に教える事はないだろうからだ。
たった一つの可能性を見る。彼は朽木ルキアの死神の力を奪った死神、死神代行らしい。
過去にも死神代行がいた、その男は他人の能力を奪う事が出来たと言う。
過去にとある死神から聞いたことがある、義魂という技術は己ではない霊力を己に取り込む技術だと言う。
―――回道は霊力を補充する鬼道、しかし彼に霊力を注ぐ内にその容量の果てが見えない事に驚きはしましたがそれは些細な事。
ただの一人の死神の容量の果てが見えないとは何だ、それではまるで注ぎ込んだ傍から消えていくようではないか。
注ぎ込んだ私の霊力を吸収した?霊力は力そのもの、私そのもの?
それなら今、あそこに立っている少年は。
「私の力を継承した……?」
鳥肌が立ち、悶えて身を捩り、よだれと涙が溢れそうになるほどの快感が全身を駆け抜ける。
「ああ、貴方は、私が欲しかった―――」
ずっと祇(くにつがみ)やってました、故に侘助。
誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想とここすきと推薦をお待ちしております
今後の方針
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コメディっぽい方が良い
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今まで通りでいい