メゾン・ド・チャンイチの裏事情   作:浅打

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世界はそれを愛と呼ぶんだぜ

「……成程、話にならんが一理ある」

 

朽木ルキア隊士による緊急の報告を受け、事態収拾のために護廷十三隊が動き始める。

 

事情は分かった、半数は興味がなさそうに、そして一部は興味深そうに。

 

そして、朽木白哉の反応は特に際立っていた。

 

「緋真様が……緋真様が思念珠となっておりました」

 

一部間違っているが概ね正しい。しかし十分の真実にどれほど価値があるというのか。

 

「……総隊長、双殛の丘を借りれるか」

 

「ふむ、この火急の件の最中に何を成す」

 

「思念珠は私が始末する。しかしもう一つ、黒崎一護の試しとしたい」

 

「ほう……試すか」

 

「尸魂界に未だ歯向かうか、そして逆賊藍染との闘いに戦力となるかを見定める」

 

「ふむ、其方の副隊長といい、少々甘やかしすぎではないか?」

 

「甘かろうとも喉を焼く」

 

「よかろう、どの道思念珠は始末する。それをお主がやるというなら何もいうまい」

 

話は終わったとばかりに朽木白哉は翻って隊長室を後にする、廊下で待機していたルキアが義兄の存在に気が付くと傍による。

 

「兄様、その……」

 

「緋真を斬る」

 

「例え心が、記憶が本物であろうとも、護るべき事がある」

 

喉が絞られた様な声が出た。遺影を見ても感傷も湧かない他人に近い人物であろうと、その人が義兄の大切な人だと知っていたから。

 

「しかし、よく知らせてくれた」

 

自分がまた、他人を不幸を呼び込んだのではないか。そんな思いを汲み取ったのか義兄は言葉短めに慰めをくれた。

 

「ルキア、お前に頼みがある」

 

「は、はい!!」

 

義兄に頼られる、それがこの時であればどれ程喜ばしい事だったか。

 

その頼みに応える為、朽木ルキアは走り出す。

 

 

 

 

双殛の丘にはまるで以前の戦いが無かったかように修復されていた。

 

いや、一部が荒れているのは阿散井恋次と更木剣八との修行のせいであろう。

 

争いの跡を見れば分かる、恋次の一撃の深さが段々と上がっている。

 

暇つぶしに雲の流れを眺める様に、それにも飽きて視線を降ろすとそこには既に黒崎一護が立っていた。

 

「斬らぬのか、兄は甘いな」

 

「斬って欲しかったのか。何も言わないで理解して貰えると思うなよ甘ちゃんが」

 

まるであの日、この少年と刃を交わした時のよう。

 

思えば、他人の様に感じたこの少年との因縁は何だ。不思議とこの男はいつも自分の深い所へ入ってくる。

 

「兄が勝てば、好きにするがいい。どうせ何か備えがあるのだろう」

 

「あるさ、だけどアンタを倒さなきゃ何も進まねぇ」

 

朽木白哉が抜いた斬魄刀を逆手に持ち、地に向けてそっと落とす。

 

黒崎一護が抜いた斬魄刀、その刀剣解放した姿である斬魄刀が白塗の鞘に納められる。

 

―――斬魄刀の切っ先が、本当の敵を示すでしょう。

 

唯一つ、勝者が全てを手に入れる。敗者の想いもまた同じく背負うだろう。

 

 

「卍解、千本桜景義」

 

「卍解、盈月・朔!!」

 

 

天地を睨む斬魄刀と母に還る斬魄刀。恨みも憎しみもないのに殺し合う。

 

「月牙昇竜残月千輪菊錦先飛星天衝!!」

 

連続にして特大の花火のような月牙天衝が放たれる、薄紅色の膜の様に千本桜が攻撃を防ぐ。

 

互いに手札を知っている以上、過程は同じ手筋をなぞるもの。そしてそこから一手ズレるだけで終局は様変わりする。

 

変わるのは、変わらぬのはどちらか。

 

「俺が誰も死なせねぇ!それだけは……それだけはさせねぇ!!」

 

「死神とは死を司る者、それ故に死は絶対だ」

 

或いは、変わってしまったのはどちらなのか。

 

黒崎一護の輪郭がぶれる、再び容を持ったかと思えばその姿は幾つもの数に増えていた。

 

その全てが朽木白哉に向かって飛んでいき、その全てが爆発する。

 

「残像に月牙天衝を混ぜたところで、威力に乏しいぞ」

 

「だからこうすんだよ!――――月牙廻天螺旋槍!!!」

 

盈月が形を変える、その身に蓄えた膨大な霊力を以って螺旋の月牙天衝を解き放つ。

 

「強いのは先端だけ、そして逸るのも先端だけだ」

 

斜めに受けた千本桜で月牙廻天螺旋槍は受け流されて尸魂界の空の雲がかき混ぜられて終わった。

 

黒崎一護が朽木白哉に勝てたのは、卯ノ花烈が乗り移っていた事と朽木白哉が本気を出してしまった事。

 

「やはり、か。黒崎一護」

 

「何だ!」

 

 

「兄は、何も護らない方が強いぞ」

 

 

それは黒崎一護のアイデンティティを揺らがせる、最大の侮辱。

 

―――事実が嫌がらせなんて、そんな事があるのかい?

 

「思念珠の少女が、緋真が、生きていたいと言ったのか」

 

「それは、――――」

 

声が出ない。生きていれば、生きていたいと思うのが当然だと思っていた。

 

例え命と体を失っていても、生きていたいと―――。

 

―――井上織姫の兄もバケモンだったか、織姫を想って自らの命を絶ったあの男はバケモンだったのか。

 

「誰しも生きていたいと思うのは当然の事、誰もが死を遠ざけるのも当然の事」

 

「それはどう生きるか、どう死ぬかと同義だろう」

 

「それを蔑ろにする事、蔑ろにする者、何れも許すわけにはいかない」

 

「死んでも甦るなど、生に対する侮辱でしかない」

 

月牙天衝が千本桜を吹き飛ばす、しかし油断も隙もない朽木白哉には通用しない。

 

「個人に特別な意味があれば、寿命など不要。人は死してなお輝く」

 

「金を配り、時間を配り、心を配る。人は他人によって輝く」

 

「兄はただ、自分勝手に恐れているだけ。その輝きを、無駄に曇らせているだけだ」

 

朽木白哉の手元に千本桜が集まり、一振りの斬魄刀の形を作る。

 

それは黒崎一護にとって見慣れた形、己の半身にして、己の象徴。

 

「月牙天衝」

 

振るわれた衝撃と共に千本桜の斬撃が飛ぶ、その光景を前にタイミングを失い黒崎一護は真正面から受けてしまう。

 

「月牙天衝!」

 

「破道の四、白雷」

 

密接な状態で放たれた月牙天衝で打ち消した隙を縫って放たれた一撃が黒崎一護の身を焼いた。

 

「何故一人で来た、何故仲間を頼らなかった」

 

「兄は仁徳を積み、仲間を持った。それが兄の強みであろう」

 

「兄は、人は、一人では生きていけないのだ」

 

それを聞いて、すこしだけ納得した。俺には斬月オッサンもハク様もいる、彼等が助けてくれた時の黒崎一護は強かった。

 

「……ハク様、今の俺、どう思う?」

 

『つまんなーい』

 

「……そうかよ」

 

その手から斬月が離れて、尻もちをついてしまった。

 

「私の勝ちだ、黒崎一護」

 

「………ああ。俺の、負けだ」

 

既に彼女達の思いは、黒崎一護に届いていた。だけど黒崎一護はそれを自分の都合で無碍にするところだった。

 

朽木白哉は職務と責任を果たす為、そして黒崎一護が過ちを犯す前に食い止めた。

 

 

「手紙を預かっている、現世で読むといい」

 

 

 

その夜、ひっそりと、再殺がしめやかに行われた。

 

朽木白哉の斬魄刀が一人の女性を貫いた。

 

世界には、そんな夜など存在しなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

『ちょっと好きだったよ、一護の事』

 

 

 

それが、黒崎一護の過ごした日々の果報。

 

何故生きていたのかも分からない少女の、何故死ななければならなかったのかも分からない少女の、世界に残したたった一つの瑕。

 

思念珠は本来存在せず、存在を許されないもの。故にその消滅は世界における存在の抹消と同じことらしい。

 

思念珠の事を覚えているのは黒崎一護と朽木白哉だけ、それ以外は皆忘れてしまった。

 

だから、悲しい事より虚しい事の方が強かった。

 

かつて彼女が出現した河原の橋で、風と遊ぶ紅いリボンを捕まえた。

 

その向こうから、記憶に新しい声が聞こえてくる。

 

「……茜雫?」

 

「……?お姉ちゃんの事、知ってるんですか?」

 

瓜二つの少女、彼女には姉が居たらしい。

 

死ぬ前に、彼女に会わせてあげたかった。彼女の帰るべき家はすぐ近くにあったのだ。

 

「お兄さん、死んだ後も霊が残るって信じられます?」

 

「……まあ、信じるよ」

 

「この前、今で手を合わせてたら聞こえたんです。『ただいま』って」

 

「……良かったな」

 

「良かった……うん、そうですよね。帰ってきたんだと、思います」

 

茜雫はきっと、もうやりたい事を叶えていたのだ。未練は既になかったのだ。

 

黒崎一護とその世界を護る為、最後の時間と力を使い果たしてでもその身を捧げたのだ。

 

今日も生きている黒崎一護はまた護られた、だけど護りたいという思いは変わっていない。

 

 

 

 

 

 

『一護、私の妹に手を出しちゃだめだよ?』

 

「出さねーよ!?」

 

 

 




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