本作のUAが300を突破しました。
とっても嬉しいです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
して、今回は短めです。
確かかつて締切の1時間前に執筆を始めて、眠気と疲労でボロボロになった脳ミソから捻り出した作品だったと思います。
感謝を述べつつ雑極まりない過去を持つ短編を投下する己を恥じます。
「料理にもっとも必要なのは愛情です」
誰に問い掛けるわけでもなく、
小さな蛍光灯の淡い光に照らされた、小綺麗であることだけが取り柄のいささか飾り気のなさすぎる我が家のキッチン。
そんな中佇む弥生の姿。小柄かつ細身ながらも脆弱さは微塵も感じさせない体つき。背中まで伸ばされた色素の薄い、白糸のような頭髪。冗談みたいに整った顔立ち。
こんな面白みのない空間の中でも、彼女の儚く幽艶な魅力は微塵も衰える様子がない。透き通るような彼女の声音は何物にも遮られることなく俺こと
「センスとかは必要ではないのk「愛情です」
小さく異論を呈してみたら即座に否定された。
弥生にとって料理に最も重要なのは愛情。これはもはや確定事項らしい。
威圧感すら覚える彼女の鋭く温度の低い目と俺の視線が交わる。
もっとも、実際に彼女が俺を威圧しようとしているわけではなく、彼女の視線の平均温度は常人のそれよりも遥かに低いというだけの話。真顔でいようが笑顔でいようがその瞳は一見するとブリザード。表情筋の方も動きが鈍いため、彼女の感情は一貫して読みにくい。
しかし、ある程度親交を深めていくと彼女の雰囲気や口調等の微妙な変化から感情を読み取れるようになってくる。
そして今の弥生から読み取れる感情は──焦燥。
「……その手元の料理、失敗でもしたのか?」
なにを焦るようなことがあるのか。
即座にそれを察することは難しかったので、いくつかの可能性を考慮して一つずつ直球で問うてみることにした。
「ななな何を馬鹿な」
声帯付近でバイブレーションが作動したのかと錯覚するくらいには声が震えていた。図星ですよこいつぁ。
……俺と弥生が恋愛的な意味での交際を開始してから二年の月日が経過した。
高校生一年生の頃に俺から告白し交際が始まり、二人が三年生となった今に至るまで、時に意見のすれ違いがあったり、なんでもないことで喧嘩をしたりすることはあれど、総じて順風満帆、至って健全な恋愛関係を維持していけていると感じている。
そんな中、俺はつい昨日彼女に一つの要望を伝えた。それが今回の件の発端。
『明日の休日、弥生の手料理を食べてみたい』。
三年生となり間近に控えることとなった大学受験の対策のため、休日はどちらかの家で勉強会を開く機会が増えたことから、なんだかんだ今まで食べたことのなかった弥生の手料理を所望してみたのだ。
我が家のキッチンと食材は好き勝手に使ってくれて構わないから、ひとつお願いできないだろうか、と。
8割方、弥生の料理の腕はいかほどなのだろうという好奇心からくる要望だったので、すげなく突っぱねられる可能性ももちろん考慮していた。
しかし弥生はこれを快諾。表情こそへ平時通りの無愛想だったものの、その時の彼女の体は微かにだがゆらゆらと左右に揺れていたのを覚えている。一見すると何らかの大技を繰り出す予備動作のように思えるが、これは彼女が先の予定を心待ちにしている時に頻繁見せる動作だ。初めてこの動作を見た際には反射的にファイティング・ポーズをとってしまい、彼女を怯えさせてしまったことも今では笑い話のひとつ。
自分のハイレベルな料理の腕を俺に披露するその時を楽しみにしているのだろう。そう解釈した俺は彼女に乗っかるように今日の機会を楽しみにしていたのだが。
「…………」
「…………」
時は現在。
未だ眼前では、視線を外せばその時点で負けだと言わんばかりの気迫でこちらを睨みつけてくる弥生がいる。
そんな彼女の手に握られていたフライパンの中央には何やら形容しがたい、黒ずんだ肉の塊のようなものが鎮座していた。フライパンの余熱でじゅうじゅうと音を立てるそれからは不自然なほどに何も香ってこない。醤油や塩、コショウがそれなりに振り掛けられていたのを確かにこの目で見たはずなのだが。
「私に造形の才能がなかったということは認めます。ですが、味は保障します」
「そうか。じゃあ早速食べさてくれるか」
「いえ、まだ最後の仕上げが終わっていませんので」
そう言ってフライパンを俺から遠ざける弥生。
最後の仕上げと言うが、最早フライパンからは余熱もすっかり引いている。ソースでも自作するのかと思ったが、彼女の周囲にはそれらしき材料は置かれていない。それでも必死に肉塊のような何かを俺から隠そうとする弥生の姿がなんだかおかしくて、俺は思わず苦笑してしまった。
「わ、笑わないでください。これは違うんです……こんなはず、では」
「ああ、別に嘲笑したわけじゃないんだ。泣かないでくれ」
俺の様子を見て誤解した弥生がじわりと瞳を湿らせ始めたので、慌てて彼女の頭を撫でて宥める。
「そんな自分の腕を否定しなくてもいいじゃないか。料理に最も必要なのは愛情なんだろ。弥生はそれに、愛情を込めてくれたか」
「……たっぷり」
涙目になりながらもそこだけは間違いないと弥生が頷く。
料理は愛情だけで作られるものではない。
レシピ通りに工程を進められる正確性や、小さなミス等を上手く補える応用力、センス。そして何より数々の失敗と成功を経験することで料理の腕というものは向上していくものだ。少なくとも俺はそう思う。
そういった観点で言えば弥生の今回の料理は完璧には程遠い。色々必要なものが欠如している。具体的にどの要素が足りないのかを指摘するのは難しいが、少なくとも一般的な学生が料理に失敗しても、肉がこんな火山弾みたいなビジュアルにはならない。
だが、今はそれでも良いじゃないか。
これから経験を重ねていけばいい。たくさん失敗すればいい。
その横には俺が付き添うから。
だから今は、彼女の愛情だけ頂くとしよう。
「これ、もらうな」
「あ……」
弥生の手元のフライパンの中から肉塊の一部を適当に手で千切り取り、間髪入れずに口の中に放り込む。
水気が飛びすぎずいい具合にベチョッとした独特の歯ごたえ。そしてそんな歯ごたえからは似つかわしくない硬質な何かが砕けるような音が咀嚼の度に脳の奥に響いてくる。味はまさかの甘味強め。口内が瞬く間に蹂躙される様はまさにこの世の地獄絵図──。
「ど、どうでしたか琉斗くん」
「甘くて美味しかった」
「スパイスを効かせたハンバーグのつもりだったのですが」
2秒で味覚が破壊され、咀嚼と連動して視界が明滅しだす料理だって構わない。
だって、彼女の料理にはもっとも必要なモノが詰まってるんだから。
個人的に料理で一番大事なのはレシピに忠実であることだと思います。
アレンジを加えると決まって不味くなる私の腕前は侮れませんよ。