皆様が仰りたいことは重々承知しております。
「今は夏なのになんで鍋の話?」とのご意見でしょうが、過去作に加筆修正して登校するという本短編集の構成上、こうなってしまうこともままあるのです。できるだけ時期に合わせていきたいものなのですが。
つまるところ、今回のお話は冬ごろに「鍋」をテーマに書いた作品がベースです。作品内の時期設定もゴリゴリの冬です。
私は夏に鍋はあまり食べませんが、冷やしトマト鍋やレモン豚鍋など、夏にオススメの美味しい鍋は多数あるようなので、ぜひ一度食べてみたいなとも思いますね。
鍋奉行。
鍋をみんなで食べる際、食材の入れ方だとか引き上げるタイミングだとか、火加減だとか出汁の量だとか食べ方だとか、とにかく事細かく指示をしたがるような方のことを指します。
場合によってはありがたい存在になり得ることもあるのですが、基本的には団欒に水を差す口やかましい厄介者とされますな。
ここはわたし、
今夜、ここに四人と数少ない我らがサークルメンバーが集まり、忘年会的な鍋パーティーが開かれています。
部室のフローリングに敷かれた絨毯が冬仕様に替わり、かつての先輩方が部費で購入されたという
具沢山の鍋を仲睦まじい仲間たちで囲んでつつく今回の催しは、笑顔溢れるたいへん温かなものとなっていました。
「…………」「…………」「…………」
「……あの、もしもし先輩方? 具材の方はまだ投入しないので?」
「シッ! 出汁の煮える音を聞きなさい」
「音とな」
「鍋はタイミングが命だ。
「……(コクコクと頷く線の細い同級生)」
「はあ……」
嘘を吐きました。
現在この部室は温かみとは無縁な、妙に張り詰めた空気が漂っております。
わたしに沈黙を促した眼鏡の黒髪女子先輩。
厳格な口調でありがたい助言をくださった大柄の偉丈夫先輩。
そして口数が少ないながらも感情表現は豊かな無口くん。
どうやらわたしを除くこの三人の部員は、鍋物に対して並々ならぬ情熱をお持ちのご様子。
適当にお出汁を鍋に投入し、適当に具材を煮込もうとしたわたしは早々に三人に待機を命じられ、カセットコンロと鍋、お酒や取り皿などが並ぶ机の一角で正座をしております。
わたしがレモンサワーの缶を開け、ちびちびと舐めながらしばしカセットコンロの火の揺れをぼうっと眺めていると。
「今だ中野。まずは煮えにくい白菜を入れるぞ」
瞑目していた大柄先輩がカッと目を見開きました。
長い長い待機時間が明け、ついに鍋を作り出せるのかと私は安堵の息を吐きました。
「やっとですか? そろそろ空腹も限界でし」
「待ちなさい。最初は出汁の出やすい魚介類……ここでいう海老を入れるのが当然でしょう?」
わたしの言葉が眼鏡先輩に遮られてしまいました。
「……出汁を吸わせたいしらたきを最初に入れて馴染ませておくのが常識。先輩方は
無口くんが非常に挑発的な物言いをしました。
「なんだと?」「なにかしら」「……」
鍋奉行のお三方が視線でバチバチ火花を散らし始めます!
先ほど言葉を遮られてしまいましたが、そろそろわたしの空腹がお酒では誤魔化しきれない域に達しつつあるのです。
故にこれ以上の遅延は避けたいところ。わたしは余所行きの愛想マシマシ笑顔を顔に張りつけ、三人の仲を取り持とうと試みることにしました。
「あ、あのー。ここは皆さん仲良く尊重し合って全部いっぺんに入れてしまうというのはどうでしょうか?」
「愚の骨頂だな。それに、俺の采配に間違いはない」
自信満々に首を振る大柄先輩。
しかしそれに呆れるように眼鏡先輩が溜め息を吐きました。
「鍋は繊細なのよ。普段ストーリー展開の雑な、勢いだけのバトル漫画ばっか読んでるあなた主導じゃ、味にも雑味が出るわよ」
「読んでいる漫画は関係ないだろう!」
それはわたしもそう思います。
「関係あるわよ。その証拠に私が愛読しているのは恋愛漫画。恋愛なんて繊細の代名詞みたいなものじゃない?」
「……僕がよく読むのはグルメ漫画」と、無口くん。
「読んでいる漫画なんて、その人が作る鍋のクオリティーとはまったく関係がないわ」
「おい貴様」
自分より鍋に関係深そうな漫画ジャンルを、無口くんが愛読していることを知った途端に手の平を返す眼鏡先輩。こういったフットワークの軽さは尊敬しています。ちなみにわたしはファンタジーが好きです。
わたしは愛想笑いを継続しつつ提案しました。
「じゃあもう、じゃんけんでもして勝者の意見が絶対ということにしたらどうですか?」
◆ ◆ ◆
「「「じゃん! けん! ぽん!」」」
私の愚かしい提案がお三方に受諾されてから十数分が経過した頃。
部室内においては、用意された具材を投入するすべてのタイミングで三人の意見が割れ、その度にじゃんけんで採用する意見を確定するという、鬼のように時間を食らう流れが続いておりました。
わたしは場の空気が強制してくる精神的重圧から逃れるために、お酒を当初より大きめの一口で飲みながらじゃんけんのレフェリー役に終始しております。つらい。
「貴様今、後出しをしただろう! 卑怯者が、恥を知れ恥を!」
「してませんー! あなたが速く出してただけですー!」
「……醜い。このような醜態を晒す先輩方に今宵の鍋を取り仕切る資格があるのか。いやない。反語」
「生意気を言うなよ後輩……!」「人生の長さはそのまま鍋の深みに還元されるってことを覚えておきなさい」
「レフェリーがいるのに揉めないでください!」
しかもそのレフェリー役としても割と無視されますからね。
そんなこんなで大小様々な諍いをなんとか右へ左へと逸らしつつ、わたしは地獄のじゃんけん大会を進行させていきました。
「……具材が全部入った」
そして、やっとのことで具材を投入し終わったとき、蓋が閉じられた鍋を見て無口くんが呟きました。
「では、煮えるまで待とうか。……どうした中野? 憔悴しているようだが」
大柄先輩が心配そうに声をかけてきました。
「がるるるる」
誰のせいで疲れていると思っているのだと、唸り声をあげることで抗議の意志を示してみせます。
「中野が猛獣になったぞ」
「怖いわね」「……(慄く無口さん)」
先ほどまで鬼気迫る、まさしく獣のような眼をしながらじゃんけんをしていた彼らに言われるのはたいへん遺憾でした。
「まあ、もうすぐ鍋にありつけるのですから些細なことです」
わたしがいつの間にやらもう三本目にもなるお酒の缶を空にしながら言うと、お三方も同意するように頷きました。
そうして平静さを取り戻した場は歓談タイムへと移行します。
「鍋って家や地方で特色が出るわよね」
頬杖を突きながら鍋に視線をやっていた眼鏡先輩がそんな話題を振ってきました。
「そうですか? ウチでは特にこだわりはないですし、今回皆さんが持ってきた具材も見慣れたものばかりですけど」
今宵のパーティーの鍋には、四人が各自持ち寄ってきた食材をすべて投入しています。
若干闇鍋みたいになっていたものの、食材自体に特に珍しいものはなかったのでは? と具材を思い出しながら言ってみますが、どうやらお三方はそうでもないご様子。
「俺のところではホタテを鍋に入れたことはなかったな。北海道の鍋って感じだ」
「……実家が北海道だったから。子供の頃食べてた鍋を参考に具材を持ってきた」
海老やホタテなどの魚介類をクーラーボックスに入れて持ってきた無口さんの姿は印象的でした。
「……でも、それを言うなら、ごぼうも意外」
「あーそれ私も思った。ごぼうってあなたが持ってきたのでしょ? 実家どこだっけ」
ごぼうを持ってきた大柄先輩が驚いたように目を見開きます。
「出身地の関係なのか我が家特有の問題なのかは知らんが、秋田だ。てっきりごぼうは全国共通のメインメンバーだと思っていたんだが」
「秋田の鍋って、きりたんぽのイメージが強いです」
「わかるわ、それ」
「ウチではそんなに頻繁に食べていた記憶はないな」
わいわいがやがや。
四人が一様に笑顔で言葉を交わしあっています。
そうです。先程まで無駄にバイタリティ溢れる言い争いを繰り広げていたわたしたちですが、本来はこのように穏当に交流しながら漫画を読むだけの集まりなのです。
ビバ平和!
感動と安堵のままにわたしは
◆ ◆ ◆
「鍋が煮えたわよー」
眼鏡先輩が鍋の蓋の隙間から中身を見て言いました。
わたしはそれを聞き、机に脱力して突っ伏します。
「やっとですか! 長かった……」
「俺が取り分けよう。ベストな取り分け方があるのだ」
「……
チラチラと奉行様の御姿が垣間見えましたが、今やわたしの五感はすべてもうもうと湯気を立てる鍋に集中しており、お伺いを立てる気力はとうに尽き果てておりました。
大柄先輩によって鍋の蓋が開けられたことで一気に香ってきた出汁の香りも、重なり合う野菜や肉などの具材の姿も、何もかもが至高に感じられました。思わず滂沱のような涙がわたしの両目から溢れ出します。
「うっ……うっ……。おいしそうですねえ……!」
「なんで泣いてるのこの子?」
「……飲みすぎ」
「中野は飲むと泣き上戸になるからな。なぜこんなハイペースで飲んでしまったのやら」
「がるるるる」
半ば反射的に喉の奥から唸り声が漏れました。なぜじゃねーでしょうがの抗議です。
とにもかくにも、今は鍋です。
わたしたちは大柄先輩に具材を取り分けてもらった後、改めてお酒の缶を打ち突け合いました。
『カンパーイ!』
そのままの勢いで一口ゴクリ。効きます。
取り分けてもらった白菜も食べてみました。
素晴らしい味でした。
「いい感じにしんなりしてて、味もばっちり染みてます。あ、このお肉もおいしい。海老も……」
「……満足しているようでなにより」
わたしが数々の具材に舌鼓を打っていると、ごぼうを齧りながら無口くんが誇らしげに笑っていました。
彼の視線は先輩方の方にも向いており、二人が美味しそうに鍋を食べている姿を見て、彼はとても嬉しそうでした。
「ふーん。あなたが入れた具材、中々良い仕上がりじゃない。……うん、まあ、おいしいわね」
「それは貴様も同じだろう。なんてことのない安物の鶏肉だったはずだが、タイミングと下ごしらえでこうも変わるか。……うまい」
己の矜持と味覚の狭間で揺れ動きつつも、概ね満足そうです。
いや、それにしても、
「味には確かに満足しましたが、進行は大いに不服でしたよ。あなた含め、三人とももう少し譲り合えなかったんですか」
「……男には決して譲れないものがある」
「あららあらあら、高尚な信念ですこと」
「……すみませんでした」
無意味にちょっとカッコいい台詞を言ってきたのが癇に障り、無口さんの脇腹をつねってみたところ、早々に土下座をしてきました。
「殊勝な態度は嫌いじゃありません。今度からは仲良くしてくださいね?」
「……善処する」
「よろしい」
バツの悪そうな表情をした無口さんの前でふんぞり返りつつ、わたしは鍋を堪能する作業を再開します。
「唯。ネギ食べる?」
「あ、いただきます」
お皿を差し出します。
「
「わーい」
両手を上げて歓喜します。
鍋が煮えてからは特段諍いもなく、何事もなく時間は流れていき。
「む、具材がなくなってきたな」
「本当ですね」
もうそろそろ鍋の中身が空になろうとしていました。少し名残惜しいですが、お開きも近いでしょう。
たいへん心労の絶えないスタートを切ったお鍋パ―リーでしたが、されど、終わりよければすべてよしというもの。
わたしは最後に皆さんが仲良く団欒できたことに対して、若干の気恥ずかしさを覚えつつも心からのお礼をしようと、
「では、締めの雑炊の時間だな」
「は? 鍋の締めはラーメンでしょ?」「……パスタが常道であるが」
「……おやおや?」
再び部室の空気が凍り付くのを肌で感じました。
錯覚でしょうか、わたしには、第二次鍋奉行ロワイヤルの火蓋が切って落とされる音が聞こえた気がして──。
「「「やはり貴様ら(あなたたち、先輩方)は鍋のなんたるかを何もわかっていない!!」」」
……わたしはあと何本、お酒の缶を空ければ良いのでしょうか。
鍋奉行たちの夜はまだまだ長そうでした。
今短編の主人公である中野唯はキャラクターとして割とお気に入りです。
今後過去作のストックが尽きて一から短編を投稿するようになった際には、彼女を再び主人公に据えてひとつ書いてみたいですね。
感想も募集しております。