ロボメイドたちの恩返し【短編集】   作:おさくら

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お客さんが少ないからという理由だけでフラッと入った飲食店の料理がめちゃくちゃ美味しいと、物凄く得した気分になります。

こうして短編集としてまとめて投稿してみると、無意識でしたが自分はやたらと料理に関係ある短編を書いていたんだなあとぼんやり思います。


穴場の定食屋にて

 

 

 お客は一握りの常連さん以外は滅多に来ない、けれども出てくる料理は絶品の一言。

 そういったいわゆる穴場の定食屋を発見し、入り浸るようになったのは丁度二年前の夏だったと思う。

 

 大学受験を終えた開放感から、今日は普段行くことのない店で昼食を摂ってみようかとのささやかな冒険心から、わざわざバスを使って遠くの街の隅っこへと降り立ち、ふらふらと放浪した末に見つけたのが、あの小ぢんまりとした定食屋《さくら》だ。

 後に話を聞いたところ、どうやらかつては店主の親戚が定住していた古民家を空き家となった際に譲り受け、半年間ほど補修・改装工事を行って定食屋とした経緯があるらしく、さほど長くない創業年数に対して、外観は年季の入った食堂の様相を呈している。

 

 辺りの店がピカピカの外観だったために逆に目を引き、試しにと入店してみたら、出てきた料理の味は一級品の一言。

 それ以来俺はこの店の虜となったのだ。

 

.....まあ、他にも理由はあったのだけれど。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 夜の帳が下り、街が街頭の虚ろな光に照らされ始めた頃。

 例の定食屋を訪れていた俺は、店内にL字型に配置された黒木のカウンターに肘を突きながら、湯呑に入った冷たい緑茶を飲んでいた。

 すぐ傍には今しがた緑茶を淹れるのに使用した小綺麗なヤカンが無造作に置かれている。なんの変哲もないただの緑茶のはずなのに、世界の果てで提供される至高の一杯であるかのように感じてしまうのは、空気が身体を優しく抱擁してくれるような、ここの独特の雰囲気に当てられてしまっているのか単なる常連の贔屓目なのか。

 判断はつかなかったけれど、ここではそんな難しいことを考える必要はない。ただ出されたものに舌鼓を打ち満足するだけ、そういう気の抜けたぬるま湯のような時間が過ごせるのがこの店の魅力なのだ。

 湯呑を手に持ちながら一人頷く俺。端から見れば変質者と間違われそうだったが、どうせこの時間帯は俺くらいしかお客はいない──―。

 

 

「お客さんはいないかもしれませんが、私がここにいるのですよ」

 

 

 そうでした。

 

 

「店主のことも忘れて虚空を見上げたと思えば何やらブツブツと呟き始めて……。私でなければ通報されてもおかしくない奇態でしたよ」

 

「フヘヘ、ありがとうございます桜華(おうか)さん」

 

平賀(ひらが)さんは数少ないウチの常連ですので。一文無しになるまでは情けをかけてあげます」

 

 

 そう言って薄い胸を張ってふんぞり返る彼女の名は(みなもと)桜華。この定食屋の店主である。

 小柄で細身ながら脆弱さを感じさせない体つき。小麦色に焼けていながらシミひとつない肌。ポニーテールにまとめられた栗色の髪。意志の強さを感じさせるきりりとした瞳。正直こうして対面してみても高校生くらいの年代の美少女にしか見えないのだが、本人曰く大学を卒業したれっきとした社会人であるという。

 

 本来なら調理担当である桜華さんともう一人、彼女の妹である百合(ゆり)さんが接客担当としてこの店にいるはずなのだが。

 

 

「百合さんは今日どうしたんです? 姿が見当たりませんけど」

 

「数時間前に『星があたしを呼んでいる!』と叫びながら外へと出ていきました」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……その、こういう自由な雰囲気、俺は好きですよ」

 

 

 そう言った瞬間にカウンターの向こう側から軽い手刀を頭部に打ち込まれた。多分、自由奔放に過ぎる妹への不満を俺にぶつけてきたのだろう。苦労人な桜華さんの気持ちが晴れるのならばこの扱いも甘んじて受けようではないか。

 

 

「はあ。それで平賀さん、ご注文は?」

 

「いつもので」

 

「そんな注文が通るほどあなたは同じメニューを繰り返し頼んでいないと思うのですが」

 

「いや、常連っぽさが出るかなって」

 

「ご注文は今日出た残飯の寄せ集めでよろしいですね」

 

「オムライスでお願いします」

 

 

 カウンターに額を擦りつけつつ、メニューの一部を人差し指で示し懇願する。

 しばらくすると頭上からふすっ、と呆れたような、けれどもどこか楽しそうな鼻息が聞こえてきた。

 それから間もなく「かしこまりました」と声が聞こえ、俺がカウンターから顔を上げると既に桜華さんは包丁を片手に厨房の方へと向かっていた。厨房の様子は客の方からも見えるようになっており、当然料理を作る桜華さんの姿も視界に捉えることが出来る。

 

 注文を受けた桜華さんは平時の取り澄ましたような涼し気な表情とは異なる、生気に満ち満ちた無邪気な子供のような表情で食材や調理器具の用意をしていた。

 俺は料理をする時の桜華さんが好きだ。何かを心から楽しみ、一生懸命に打ち込む人の表情をしているから。彼女の表情は眩しくて魅力的で、彼女とは正反対の俺のようなツマラナイ人間の心を掴んで離さなくしてしまう。

 

 

「平賀さん、卵の固さはどのくらいがお好みですか?」

 

「え、そんなの指定出来るんですか」

 

「他に誰もいませんし、サービスです」

 

 

 そうなるとこの定食屋の場合大抵の日がサービス・デイなのではと思ったが、わざわざ痛い目に遭いに行くこともない。俺は努めて笑顔でふわとろ卵の衣を桜華さんに注文した。心無しか桜華さんの瞳がこちらを威圧するように細められた気もするが大丈夫だ。バレてないバレてないバレないでください……。

 

 そのうち不意に熱したフライパンを顔面に押し付けられたりしないだろうかという俺の危惧は杞憂に終わり、店内はしばらく桜華さんがベーコンと玉ねぎ、マッシュルームを包丁で細かく刻むリズミカルな音のみが響いていた。そして前もってバターを馴染ませておいたフライパンに刻み終わったそれらが放り込まれる。油の弾ける音と共に溶けたバターがジュッと音を立て、その濃厚な香りを店内に撒き散らした。

 

 

「手際良いですよね。やっぱり昔から料理は得意だったんですか?」

 

 

 俺が半ば魅入ったままそう問うと、桜華さんは若干俺の声が聞き取りにくかったのか眉根を潜めつつも答えてくれる。

 

 

「得意……ではなかったと思います。でも、好きでした」

 

「得意じゃないのに好き?」

 

「はい。肉を焼けばすぐに焦がしてしまうし、切った野菜は形が不揃いでしたし、味噌汁は味が濃すぎたりしたのですが。日々練習していくうちに自分の腕が上達していくのが嬉しかったですし、上手く出来た料理を百合や両親が美味しいって言いながら食べてくれるのが好きでした」

 

 

 塩コショウで具の味を調えた後は間髪入れずにご飯が投入される。バターの塩味を馴染ませるためか、一瞬底から混ぜるようにして軽く炒めた後に桜華さんはケチャップをフライパンに入れた。

 

 

「私が分不相応にも百合と一緒にこうして定食屋を開いたのは、いつまでもあの思いを味わっていたいと思ったからなのですよ。自己中心的でしょう?」

 

 

 結果としてはお店を開く際に立地を間違えたせいで、まずこのお店に辿り着く人が少ないという状況が続いているのですが、と桜華さんは苦笑した。

 こんな表情は普段なら絶対に見られない。桜華さんが料理をしている時にちょっぴり明るくなるのは子供の頃の事を思い出しているからなのかもしれないな、と思った。

 

 桜華さんが仕上げたケチャップライスを手慣れた様子で皿の上に盛り付ける。次は卵の衣。

 桜華さんは泡立て器を使って卵液をかき混ぜながら、今度は俺に問い返してくる。

 

 

「平賀さんは何か得意なことなどは?」

 

「お、俺ですか? いやあ、俺は昔からダラダラ生きてきた怠惰の申し子みたいな人間ですから特には」

 

「それで終わってしまっては、私が過去の身の上話までしたのに不公平ではないですか」

 

「ええー」

 

 

 身の上話についてはどちらかというとあなたの方から話し始めたことではないのか。

そんな主張を唇を尖らせることで桜華さんに伝えようと試みたものの、桜華さんはわざとらしく泡立て終わった卵液を投入したフライパンに視線を向け、さも自分は今調理に集中しているためこちらを見ることが出来ませんよーっといったような無言の主張をしてくる。さっきまで余裕そうに会話に乗って来ていたクセに!

 

 

「……強いて言うなら料理ですかね。その、桜華さんの姿を始めて見てから練習し続けてたんで」

 

 

 自分より遥かに立派な人に少しでも近づけたらという浅ましい願望の発露だったけれど、俺の生活水準を一回り向上させる程度にはその成果は出ている気がする。

 それでも桜華さんの腕や彼女自身の気高い在り方とは比較することすら烏滸(おこ)がましい。カウンターを挟んだ向こう側から眺めるくらいが俺の身の丈に合っているのだ。

 小さな頃から自分の好きなことに真っすぐ打ち込み、店まで開いた彼女と俺は違う。

 俺が頻繁にこの店に通う理由のひとつには、彼女とこうやって会話をしている間は、まるで俺と彼女が対等であるかのように感じられるからという、我ながら卑屈なものもあるのだ。

 それが分かっているから俺は誤魔化すように言葉を濁した。

 

 

「いやー、本当にこれが桜華さんほど上手くいかなくて。これはもう、将来はこの定食屋に就職して桜華さんに付きっきりでご教授願うしかないかなと思っているところですよハハハ」

 

 

 と、そこでコトリ、と音を立てて俺の方に料理の載った皿が差し出された。

 

 

 

「お待たせいたしました、オムライスです。……平賀さん、今なにやらツマラナイことを考えていましたね」

 

「え」

 

「定食屋の店員は常連さんの顔色には敏感なのですよ。わかります」

 

 

 戸惑う俺を余所に、桜華さんは芝居がかった様子で続ける。

 

 

「今のあなたは何もできないのかもしれません。せいぜいが一人でトイレに行けたり、ひらがなが読めたり、足し算を指を使って解けたりするくらいなのかも」

 

「俺のこと乳幼児かなにかと思ってます?」

 

「でも、それでいいんですよ」

 

 

 流れるように俺を稚児扱いしつつも、にこりと桜華さんは笑う。

 

 

「思うがままに、自分が正しいと思った道を進み続けてください。そうすればきっと立派な人になれます。あなたは変な人ですが、怠惰ではないと思いますから」

 

「……そうですかね」

 

 

 俺のどこを見てそう思ったのかは定かではないけれど、桜華さんの目には気遣うような色は見られず、本気だというのが察せられる。

 なんだかバツが悪くなって視線を逸らしたが、俺の胸中には沸々と何かが沸き上がるような感覚が生まれていた。

 

 

「ええ。そうやって進み続けた先で、ウチに就職したいと思ったのならどうぞご自由に。その時は歓迎しますよ」

 

 

 そう言って話を締めた桜華さんはオムライスの載ったお皿をちょいちょいと指で示す。冷める前に食えということらしい。

 俺はそれに従い、卵が覆いかぶさったオムライスをスプーンで掬い取って口内へ運んだ。

 

 

「めちゃんこ美味いです……」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

 注文通りの、ふわふわトロトロの半熟玉子の口当たりと味が最高なのはもちろんのことだが、それがトマト特融のほのかな酸味の効いたケチャップライスと絶妙な調和を生んでいる。

 また、ケチャップライスに混ぜ込まれた細かく刻んである玉ねぎやマッシュルームの食感がより良いアクセントになり、食べていて非常に面白い。

 総じて、絶品。こんな逸品を俺と会話しながら作ってしまうのだから、やはり桜華さんの腕には恐れ入る。

 

 しかし、それでも。

 

 

「桜華さん。俺、桜華さんに負けないように頑張りますから」

 

「ええ、応援していますよ」

 

「ですからそのために……。俺、毎朝桜華さんの料理を食べたいです」

 

「……は」

 

 

 なぜか桜華さんが固まる。

 しかし俺は構わず決意のままに席を立ち、桜華さんの方へと身を乗り出して続けた。

 

 

「最初から諦めていた俺がバカでした。今後は一生懸命頑張りますし、桜華さんの前で堂々と胸を張れるようになります。だからその一助として、桜華さんには毎朝この美味しい料理を作ってほしい」

 

「は、はへぇ? あ、あのあの、平賀さんっ、それはプロポ」

 

「美味しい朝ご飯は一日の漲るパワーに繋がります。日々を乗り越えるたびに、これからは講義の前に毎朝通いますから! この店の常連として! 

 

「………………」

 

 

 宣言をして、俺は席に戻り、オムライスの摂取に戻った。やはり美味い。オムライスだけを毎朝食べたとしても飽きることはないのではないかと思うほどだ。

 舌鼓を打っている間にみるみるうちにオムライスは皿の上から減っていき、数分と経たないうちに完食してしまった。

 名残惜しく思うものの、これからは桜華さんと対等に肩を並べられるような男になるために精進し続けると決めたばかり。楽しむのもそこそこに、まずは家に帰って昨日受けた講義の復習でもしようかと俺は席を立った。

 

 

「ご馳走様でした。とっても美味しかったです! また明日の朝来ますので、よろしくお願いしますね、桜華さん」

 

「はいどうもお粗末様でしたさようなら」

 

「……アレ、なんか桜華さん怒ってます?」

 

 

 気付けば桜華さんの顔に表情がない。さっきまであんなに表情豊かだったのに。

 

 

「怒ってないですよというかそろそろお店閉めますんで出て行ってくださいさようなら」

 

「えっちょ、桜華さん!? 桜華さぶへぇっ!?」

 

 

 辛うじてお代はカウンターに置けたものの、ほとんど叩き出される形で退店。

 

 

 ───俺はこの定食屋が好きだ。

 料理は美味いし、雰囲気も優しくて温かくて、時には厳しいものの綺麗で立派な店主さんが背中を叩いて前を向かせてくれる、この定食屋が。

 

 だからこそ常連を名乗れるまで通い詰めていたわけだが……それほどに通ってもまだまだわからないことがあるのだなと、俺は定食屋《さくら》の前で尻餅をついたまま茫然としつつ思うのだった。

 

 





「毎朝味噌汁を作って欲しい」ってまだプロポーズとして認知されてるんでしょうか。

今短編はサークル活動開始からの初期の初期に執筆したものなのですが、読み返していくうちに物語の展開が雑な感じがして、半分黒歴史のように思いつつも勢いのまま最低限の修正をして投稿しました。

かつて最高の出来だ!と思って書いたものが時を経て黒歴史のように感じてしまうのはなんだか物悲しいですね。
私が今必死に作っている帆船模型も、未来の自分が黒歴史だと断じて破壊したりするのだろうかと思うとひどく憤りを覚えます。許せねえよ。
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