例の如く食べ物関連の短編です。
一応執筆テーマは「焚き火」でしたが、色気より食い気といったところですね。
最近近所のファミリーマートでお芋キャンペーンが開催されており、購入した冷やし焼き芋が非常に美味でした。
「焼き芋やりたぁい」
相も変わらず湿度の高い日々が続きつつも、吹き抜ける風の温度や断続的に降る細く柔らかで単調な雨に、秋の訪れを予感させられることが多くなってきた日頃。
一足早い紅葉のように紅みがかった髪をツーサイドアップにまとめ、もこもことした部屋着に身を包んだ
「こう、焚き火で風情ある感じに……」
「やってくれば?」
返したのはこれまた少女の声。ぶっきらぼうで、されど刺々しさはない風に揺られる鈴のような声音だった。自然と彼女の対人温度はこのくらいが標準なのだと察せられる。
凛香が顔を上げると、自分を見下ろすように椅子に腰かけたルームメイトの
地元から離れた大学に通うにあたって、生活費と家賃の節制のために二人でひとつの部屋を借りることとなってから、共に長い時を過ごしてきた旧友に、凛香は甘えるような声音と共にしなだれかかる。極めて鬱陶しそうな表情をされた。
「一緒にやろうよぉ」
「ちょっと涼しい日も増えてきたとはいえ、まだ十月の上旬で基本的に日中は暑いんだけど。第一、場所がないでしょ」
「近くに無料のキャンプ場があるじゃん。文が来るって言ったら
「あの二人も来るんだ。で、なんで参加の意思表明をしてない私の参加が既に伝えられているの?」
おもむろに椅子から腰を上げた文が、その細腕からは想像もつかない万力のような握力で凛香の頭部を締め上げる。みるみるうちに凛香の頭の形が洋梨型へと変形を始めた。
「いだだだ……! い、いもっ、焼き芋あたしの分もちょっとあげるから許して……!」
「いらない」
「サツマイモの代金、文の分もあたしが払うから許して!」
そこそこ魅力的な提案とともに滝のような見せ涙を流しながら懇願してくる凛香。そもそも事前に一切話を聞かされていなかった文に支払い義務が発生していた事実に疑問は残るが。
それはそれとして、やはり交渉の際は暴力こそが正義だと文は実感する。普段から奔放な凛香に振り回されている文の精神状態はいささか荒んでいた。
◆ ◆ ◆
「あ、来た! おーい、凛香さーん、文さーん!」
のそのそと外出の準備を進める文を凛香が急かしに急かした後、マンションを出発して徒歩とバスで約20分。
焼き芋の直火での調理に必須となる焚き火が許可されているキャンプ場に到着した凛香たち二人を、これまた二人の友人たちが出迎えた。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら笑顔で手を振る半袖ミニスカの茶髪が
灯に呼応するように「灯ちゃーん!」と軽快なスキップを交えつつ駆け出したと思えば、ばっと彼女に飛びついていった凛香を横目に見ながら文は春乃に挨拶をする。
「おはよ、春乃」
「おはよう文ちゃん。お芋買ってあるわよ」
そう言いながら春乃が手に下げていた大き目のレジ袋を広げて見せてきた。中には紫色のサツマイモがぎっしりと詰まっている。ここにいる4人で分け合うとはいえ随分な量だ。
自身の空腹度合いを測りながら文は若干の不安を覚えて呟く。
「食べきれるかな」
「灯ちゃんと凛香ちゃんが私たちの倍くらい食べるから平気よ。むしろ足りないくらいじゃないかしら」
然り。二人の胃袋は鉄にして底なしの沼。焼き芋の4本や5本くらいなら苦も無く平らげてしまうだろう。
微笑みを絶やさないまま半ば確信したように言う春乃を見てそれを思い出した文は、深く頷く他なかった。
「凛香さん! 焚き火用の落ち葉集めましょう落ち葉!」
「がってん!
「こちらをどうぞ! フゥー! ここら一帯の落ち葉は灯たちが独占してやります!」
なにより、あんな飲酒を疑うレベルのハイテンションで落ち葉をかき集めていれば、腹も減るというものだろう。
「私は整地とか火種やバケツの用意をしておくから、文ちゃんはお芋を洗ってきてもらえる?」
「んー」
春乃に促され、文はキャンプ場に備え付けられた水道がある方向へとレジ袋を抱えながら歩を進める。今もなお暴風のような勢いで落ち葉を集める凛香と灯を見るに、サツマイモを洗い終わって帰ってくる頃にはすぐに焚き火の準備に入ることができるだろう。
◆ ◆ ◆
一つ一つ丁寧にサツマイモを洗い終えた文が帰還したころ。
「文ー。落ち葉集めといたよー」
「がんばりましたぁー」
「多すぎなんだよなあ」
文ら4人の目の前には見上げるほどに大きい落ち葉の山ができあがっていた。
高さを表す比喩表現がいくらでも当てはまりそうなものだが、まあとにかく量が多い。ただの枯れ葉に威圧感を覚えたのは文にとって初めての経験である。
頬を引きつらせる文だったが、山を形成した犯人コンビはそれぞれ熊手と竹箒を携えながら実に得意げな表情をしていた。
「んっふふ、そんなに褒めても何も出ないよ文」
「褒めてないけど?」
「もっと集めて来いということでしたら、不肖この灯、命尽きるまで落ち葉を収集してくる所存です!」
「灯ちゃん、わたしは集めすぎだこのおバカコンビと言っているんだよ」
「「そんな立て続けに褒められると照れます」」
「春乃ー! わたしこの二人を同時に相手するの無理ー!」
同じお国の言語を扱っているのにまるで会話が成立しない。文は学生の身分で日本の教育の現状を嘆いた。
「まあ、必要な量だけ取り分けて後で適当に散らしておけばいいわよ。これだけあれば途中で落ち葉が足りなくなることはなさそうだし、さっそく
落ち葉を焼いて灰床を作り、その中に水で濡らした新聞紙の上からアルミホイルで包んだ芋を埋めて、ちょくちょく落ち葉や小枝を足しながら火を焚きつつ待つと焼き芋ができあがる。
十全な安全管理を心得た上で落ち葉による焚き火をして作る焼き芋は絶品なのだが、諸々の準備を含めるとそれなりに時間もかかる。
一刻も早く焼き芋にありつきたいというのなら、効率的な作業分担が必須となるだろう。
「灰床は私と凛香ちゃんで作るから、灯ちゃんと文ちゃんはサツマイモを濡らした新聞紙とアルミホイルで包んでもらえる?」
「あ、うん。わかった」
「了解です!」
「よーし、作るぞー!」
二手に別れて各々の作業を進めていく。
新聞紙が破れないように気を遣いつつ、煙くならないよう遠目から春乃と凛香の様子を窺っていると、二人ともかなり慣れた様子で木の棒で灰床を整えながら火の勢いを調節しているのがわかる。火種の用意が迅速だった辺り、過去にキャンプを何度か経験しているのだろうか。バリバリのアウトドア派の凛香はともかく、休日は図書館などで過ごすことが多いと本人が言っていた春乃までが手慣れた様子を見せたのには驚かされた。
関心しながら、文と灯がぼーっと焚き火の様子を眺めていると。
「焼き芋ができるまで二時間弱でしたっけ……。長丁場ですー」
美味が保証されているとはいえ、目の前に餌をちらつかされたままお預けを食らうのは辛いと言わんばかりに灯がぷるぷると切なそうに体を震わせた。
一応春乃が選び用意したサツマイモはどれも細く小さめなために調理時間の短縮が期待できるが、それでも彼女にとっては待ち遠しくなることに変わりはないのだろう。その姿は小動物のようで大層愛らしかったのだが、同時に少々哀れっぽくもあったので、なにかお菓子でも持ってきてなかったかと文が懐をまさぐっていると。
「ふっふっふ。安心して灯ちゃん、あたしが持ってきてたこれ、一緒に食べようよ」
いつの間にこちらに戻ってきていたのか、どうやら灯の様子を見て文と同じことを考えていたらしい凛香が、手提げから何かを取り出して灯に差し出していた。いったい何を渡したのだろうとささやかな興味が湧き、文が凛香の手元を覗き込むと。
「凛香さん、これは……!」
「サンマだよ。肉厚でおいしそうでしょ」
「焼き芋しに来たんだよね?」
えらく活きのいい複数匹のサンマが、生のままその身を外気に晒していた。なぜ持ってきたのかも分からないが、どこから出したのかも見当がつかない。今までずっとこの状態で手提げに仕込んであったのだとすると、生臭さの一つもしなかったのはどういう理屈なのだろうか。
「サンマだって焚き火で焼くとおいしい秋の味覚だからね。これはもう実質焼き芋だなと思って持ってきたの。これならすぐ焼けるし」
「焼き芋もそんないい加減なカテゴライズをされて、さぞ不服だろうね」
「でもでも文さん、やっぱり凛香さんの発想力は素晴らしいですっ。わたしも見習って大学の成績表を焼きますね。これで落とした単位もチャラです」
「現実を見て灯ちゃん! 成績表を焼いても単位はもらえない!」
と、頓珍漢な理論展開をし始めた灯を押しとどめようとする文たちに、春乃からの催促が飛んできた。
「灰床が整ったわよー。交代時間まで誰か火の番を一緒にやってくれる人〜?」
「わたしがやります! 都合の悪いものはすべて火にくべてしまえばいいのですよわははは!」
「灯ちゃんサンマもよろしくー」
何かが吹っ切れたように灯が高笑いしながら焚き火の方で走り去って行く。その姿は小動物というより、獲物を食い散らかさんとする獰猛な肉食獣を連想させた。
◆ ◆ ◆
「そんなこんなで、できあがったのがこちらになります」
あれから一時間弱。
焼きあがったサンマを美味しくいただいたり、文が火の番をしている間に、彼女の家での無防備な姿の写真を春乃と灯に見せつけていた凛香を締め上げたりして過ごしていると、ついに焼き芋が完成した。
凛香が持ってきた焼き芋はどれもよく焼けていて、割ってみると温かみのある山吹色が覗き湯気を上げた。
「美味しそうです! もう食べていいでしょうか⁉」
「いいと思うわよ。ちゃんとふーふーして「あっちゃぁ!」食べなさいと言おうとしたのだけれど……」
「まだたくさんあるし慌てる必要はないよ。……ん、おいし」
アルミホイルで包み蒸し焼きにする形で作った影響だろうか、ねっとりとした歯ごたえととびきりに甘い芋の粒子が口内を瞬く間に蹂躙していく感覚。実に美味だ。
春乃も灯も時々焼きたてゆえの熱さに眉をしかめるものの、すぐにその味わいに頬を緩ませ、そこにさらに芋を放り込んでいく。小さめのサツマイモを選んだのが功を奏し、火の通り加減も均等である上に食べやすいのも素晴らしい。
これだけ美味ならばこの焼き芋キャンプの発案者である凛香は歓喜のあまり、用意しておいた焼き芋の半分くらいは食べてしまうかもしれない……と思い、文が横を見やると。
「……うっぷ」
「…………」
「…………」
「……サンマでお腹一杯になったんだね?」
「……はい……」
未だ一本目の焼き芋を手にしたまま腹に手をやり、遠い目をしていた凛香が沈痛な表情で俯いた。
なんとも残念な結果だ。言い出しっぺでありながら満足に焼き芋を食べることができないとは。せめて未練を断って介錯してやることが友人としてしてやるべきことだろう。
──そう考えた文は、とびきりの笑顔で叫んだ。
「灯ちゃーん! 凛香はもう焼き芋食べられないみたいだし全部食べちゃっていいよ!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「わああああ待って待ってっ待って! あと少ししたら消化できるから! まだ食べられるからぁー!」
涙声の凛香の悲鳴が木霊した──。
直火での焼き芋調理は小学生の時分に学校主催の焼き芋大会があり、その時に体験しました。
火の扱い周りはさすがに先生方が行いましたが、自分たちで焼き芋を突っつきながら焼き加減を調整するのはとても楽しかったですね。