お久しぶりです。
今回の話はシンプルに「雪」をテーマにしたショートショート。
私が住んでいる地域では滅多に雪が降らないので一面の雪景色というものを見てみたいと思う反面、いざ降ったら絶対めんどくさいだろうなとも思います。
憧れと実益は違うんですよね。
何やってんだあの人。
その敷地内にぽつんと備え付けられた凍てついたベンチに、汚れ一つない真っ白な、薄っぺらい
季節は折しも一月中旬。日本において寒さがピークに達すると言われる時期だ。現に今直哉がいる地域一帯にも雪が降り積もっており、空は分厚い雲で覆われている。
そのどれもが濁った白色で、物静かかつ冷え切った印象を抱かせる。
そんな中で防寒対策の「ぼ」の字も無い格好で座っている女性を見れば、誰しも直哉と同じような感想を抱くだろう。
そして、そのうちの何人かの人は今にも彼女が風邪を引いてしまうのではないかと心配し、お節介だろうかと思いつつも警告の一つでもするはずだ。
直哉もそのお節介焼きの一人であった。
「あの、そんな所にいつまでもいると風邪を引きますよ」
「…………?」
それまでまるで人形のように微動だにしていなかった女性が、直哉に話しかけられて初めて生命活動を開始したかのように首をこちらに巡らせてくる。
肌は彼女が来ている長襦袢に負けず劣らず白く、背中まで伸びた髪は銀色。大きな黒瞳は水晶、すらっと細く長く伸びた手足は桐木を思わせた。
指先一つでも触れようものならそのまま掻き消えてしまいそうなほどに儚げな雰囲気を漂わせているのに、その姿は既に直哉の網膜に焼きついて消える気配がなかった。
しかし今、そのアイドルが裸足で逃げ出しそうな程に端正な顔立ちには疑問符が浮かんでいる。歳はパッと見で大学生の直哉と同じくらいに見えるのに、その表情のせいで童女を相手にしているような錯覚を直哉は覚えた。
いつまでも不思議そうに直哉のことを見つめてくる女性に相対している状況に堪え切れなくなり、直哉は重ねて問いかける。
「いや、だから風邪引きますよって。寒くないんですか? そんな格好で」
「ああ……」
「ああって」
「ううん、大丈夫。寒くないよ」
ゆるりと首を振った後、くすりと微笑んで女性は答える。
「心配させた?」
「通りすがりの分際で余計なお世話だとは思いましたけど。すんません」
「なんで君が謝るの」
今もハラハラと空から降ってきている雪を仰ぎ見ながら、今度は心の底から可笑しそうに女性は笑った。笑顔のバリエーションの多い人だと直哉は思った。
「ねえ、少し話をしていかない?」
「え?」
「私が寒そうに見えるなら付き合ってよ。優しい人と話していると、ここが温かくなるの」
女性が自らの胸元を指差して言う。
芝居がかった言い回しだなとか、初対面の人とよくそんな話す気になるなだとか、そういう考えは不思議と生まれなかった。
というか、こんな綺麗な女性の誘いをその程度の理由で断るだなんて有り得ない! と直哉の男としての本能の部分が力強く吠えている。何なら理性の部分も「全くだ」と深く頷いていた。
最近はこの公園で喋るバクが現れたとか妙な目撃情報が囁かれていたものの、この女性もそんな物の怪の類ということは考えにくいだろう。
自らの内心の満場一致を得た直哉は女の誘いに頷くことで応えた。
「私は
「直哉です」
「なおや……、直哉。良い名前だね」
「そちらこそ。あなたの雰囲気に合ってて、素敵です」
「照れちゃうね」
簡単に自己紹介を交わしながら直哉がベンチの上に積もった雪を払って女の隣に座ると、間髪入れずに彼女はこんな質問を投げてきた。
「ねえ直哉くん。雪はお好き?」
今まさに雪が降ってきているのだし、最初の話題としては順当と言えるだろう。
天候の話題は偉大だ。いついかなる時でも重宝する。天候と趣味の話題だけで人との関係性は維持できるまである。
それはそうと、こちらの回答を待ちつつ瞳を無邪気に輝かせる彼女──柊花を見ていると、
「好きでも嫌いでもないって感じですかねえ」
「煮え切らないね」
「子供の頃は降るだけで喜んでた記憶があるんですが。今じゃ愚痴の方も沢山出てくるようになってしまって」
「皮膚に触れると冷たいとか、服や髪につくのが鬱陶しいとか?」
ご明察。直哉は頷いた。
「よく分かりましたね」
「みーんなそう言ってるからね。……綺麗なのに」
「そうとも思うからプラマイゼロで普通なんですよ」
実際、夜に降る雪は幻想的で美しい。
冬にしか見られない特別な景色に子供の頃は魅せられていたし、今も傍から見る分には良いものだけれど、直接自分が降られると色々不満が噴出してしまう。
時の流れは残酷だなあと他人事のように直哉は思う。
「僕、昔は雪だるまとかも作ってたんですよ。超大作の」
「へー。三段重ねとか?」
「三段重ねのやつとか、巨大なやつとか、いらない服を着せたやつとか、色々です。数も相当作りましたよ」
今や懐かしい思い出だ。友達と一緒に狂ったようにそこら中を駆け回って雪玉を作り、それを積み重ねた。それだけのことがとても楽しかった。
その時の感情も既に朧気になってしまっているのだけれど。
……過去を振り返ると、どうにも感傷的な気分になってしまっていけない。直哉は誤魔化すように質問を返すことにした。
「そう言う柊花さんはやっぱり雪が」
「大好きだよ」
即答である。質問遮ってるし。
「綺麗だっていうのも理由だけど、単純に私が暑いのが苦手なんだよね」
「この気温の中でそんな薄着してるくらいですもんね」
「そ。暑がりなの。雪の降るくらい寒い時以外は外に出ないくらいにね」
それはまた筋金入りだ。
それにしたってこの気温下ではもう少し厚着をするのが賢明だと思うのだが……と直哉が考えていると、不意に鼻の奥が疼いた。
馴染みある感覚。咄嗟に鼻と口の周辺を直哉は手で抑えた。
「えぇっくしっ!」
「おぉうっ! だ、大丈夫?」
直哉がくしゃみをすると、柊花が驚きから肩を跳ねさせた後、すぐに心配そうにこちらの顔を覗き込んで来る。
大丈夫か大丈夫でないかで言えば大丈夫ではない。
この寒さだ。彼女は何故か平気なようだけれど、直哉のような普通の人間が長い間こんなところに居れば、体の芯が冷えてしまうのは自明の理である。
「顔、青白いよ」
「お揃いですね」
軽口を叩くと、柊花は申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、引き止め過ぎた。家に帰って温まった方が良いよ」
「ここで話そうって誘って来たのはそっちじゃないですか」
「それを言われると弱いんだけど……」
意地悪な言い方をしてしまっただろうか。
ちょっぴり不安になりながらももう少しだけ柊花と話をしていたいという欲求に直哉が抗えずにいると、彼女が白い紅葉のような手の平をこちらにすっと差し出してきた。
「……?」
一瞬の思考の後、ぽふんと自分の手の平を置いてみる。
「お手じゃないよ。温めてあげるから、手袋外して」
「え、あ、はい」
急かされるままに直哉は手袋を外し、柊花の前へと差し出す。
すると柊花は寒空の下に曝け出された直哉の手を握り締め、はぁー……はぁー……と息を当てた。
温かくなるように低速で排出されたハズの息はなぜかまったく温かくはなく、今も継続して吹き荒ぶ冷風と大して変わらないくらいの低温であった。
しかし、一生懸命何度も自分の手に息を当ててきてくれる柊花の糸のような銀髪を見下ろしているうちに、直哉は手だけでなく体全体が火照ってくるような感覚を覚えた。
「……どう? 温まった?」
「……ええ、とても」
だから直哉は、不安気にこちらを見上げてくる柊花にそう言った。
「これならもう少しここにいても風邪は引きそうにないですね」
「意外と強情っ張りなんだね、君は」
呆れたように言いながらベンチに座り直した柊花を横目で見てみれば、風に乗って吹きつけてくる雪をなんとも心地良さそうにその肌で受けている。
──彼女のこんな表情が見られるのなら。
「僕、やっぱり雪が好きかもしれないです」
「なにそれ。調子良いんだから」
そう言ってまた笑った雪女の横で、直哉もまた胸の奥に生まれた熱を滲ませるように微笑むのだった。
翌日普通に風邪を引いた。
良い子のみんなは厚着を過信せず、早めに体を温めるよう努めよう。
物語の体裁をとりつつ自分の雪に対するスタンスと私の性癖とマッチするきゃわわな雪女さんを書いただけの短編です。
前話のバクと公園で会話を交わすシチュが被っていますが、これは当時ボツにする予定だったバクの話のシチュエーションをこの話に流用したからです。シチュの引き出しが少なスギィ!