蝉時雨の天才とある科学者   作:ジト民逆脚屋

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権威

「──教授?」

「そう、──教授。今日、講演に来るって話よ。まさかだけど一夏、知らないって事ないわよね?」

「いや、懐かしい名前だなって」

 

織斑・一夏に──の名は懐かしかった。

まだ小学生の頃、──は幼馴染みの箒の姉である束に連れられ、篠ノ之神社に度々顔を出していた。

直接話した事はほぼ無かったが、あの気難しそうな仏頂面は、今でもよく覚えている。

最後に見たのは、束が体調を崩して初めて倒れた日だった。

 

「懐かしいって、……そうね。あんた達はそうよね」

「鈴、そんな顔すんなって。確かに色々あったけど、もうどうしようもないんだ」

「あんたは大丈夫でも、箒はどうなのよ? 実の姉でしょ。いや、やっぱり止めとくわ。部外者がどうこう言う話じゃないもの」

 

そうだな、と一夏は首肯する。鈴の言葉を借りるなら、一夏も部外者なのだ。

幼馴染みの箒は、唐突に姉が難病に掛かり、何か出来る事も無く喪った。

あの時の事は正直よく覚えていない。だが、──が普段の仏頂面を歪めて、箒達篠ノ之家に頭を下げていた事だけは覚えている。

箒はまだ彼の事を恨んでいるのだろうか。

その答えは、すぐ後ろから返ってきた。

 

「鈴、一夏。あまり気にしないでくれ。私達は先生の事を恨んでいない。姉さんの遺書に、先生がどれだけ自分の為に無茶をしたのか、どれだけ先生に救われたのかを胸焼けがする程書いてあったからな」

 

それに

 

「先生に出会えたから、姉さんは夢を叶えられた。先生を恨みはしたが、それ以上に感謝がある」

「そうなのね」

「ああ、だから心配だ。先生はまだ、姉さんの事で自分を責めているのではとな」

「もしかしたら、今日話せるかもしれないぞ」

「そんな機会があればいいな」

 

箒は柔らかく微笑み、そう言った。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

「──教授」

「織斑・千冬、久し振りだね。暮桜のフィッティング以来かな」

「正確には、私が第一回大会で優勝した時以来ですね」

「ああ、そうだったね。しかし、あの君が教職とは、世界というのは何が起きるのか分からないものだね」

「──教授、自分でも不相応な事は承知しています。止してください」

「ふふ、すまない」

 

来客用の部屋でパソコンを操作する気難しい仏頂面、しかし千冬は知っている。彼は巷で噂されている程、冷血でも理知的でもない。

どちらかと言えば、冷血であろうとするロマンチスト。だから、束の理論に耳を傾けて協力した。

 

「ああ、そうだ。今日の講演だが、申し訳ないが少し予定を早める事になる」

「というと?」

「……あまり、口にする話題ではないが、世界中で発生しているインフィニット・ストラトスの凍結事件について、開発者の意見を求められてね。サンプルも無しに憶測では何も言えないと断ったのだが」

「断りきれなくなったという訳ですか」

「彼女の妹ともう一度、ちゃんと話をしたかったが、どうにも時間が取れそうにない」

 

参った。そう言う──の顔には、はっきりと疲れが浮かんでいた。

ISの凍結事件、世界中にあるISコアが前触れも無く、突然その機能を一つだけ残し、凍結状態になるという現象。

凍結したコアは、その高度な演算機能だけを稼働させ、何かの計算を行っているというが、いまだにその計算が何を求めているのか判別されていない。しかも、その計算はコア単体ではなく、凍結したコアがネットワーク上で連結し、並列で行っているという。

世界中のIS関係者が頭を悩ませ、解決の糸口すら掴めなかった。そして遂に──に声が掛かったという事らしい。

 

「まったく、どうせコアのブラックボックスに手を出して、アクセス権限を破棄されたのだろうに、専門家とやらの程度が知れる」

「世界に貴方以上にISに詳しい人は居ないでしょう」

 

くだらないと吐き捨てる──に、千冬は呆れも含めた言葉を返す。

今、世界に──以上のISの専門家は居ない。故に、世界中の研究機関が──を求めて、こぞって厚待遇を以て誘いを掛けているが彼はその全てに頷かず、ある研究に没頭していると聞く。

 

「いい迷惑だ。まだ研究も納得がいかないというのに」

「ところで、今は何の研究を? ISの研究からは少し離れていると噂で聞きましたが」

「電脳技術の研究だよ。元はそちらが専門でね」

 

──が言うと、チャイムが鳴り響いた。

授業が終わり、──の講演の準備を始める鐘だ。

 

「時間の様だ。織斑・千冬、話はまたの機会に」

「ええ、心持ちにしています」

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

「……であるから、インフィニット・ストラトスとは高度な電脳と、それを支える発電機関の同一化、そしてコア間のネットワークの連携により、現在の性能を確立した従来とは一線を画す性能の演算装置であるのだ」

 

箒が会場で聞く声は、あの日々に聞いた声と何一つ変わらなかった。

何一つ変わらず、嘗て姉と共に夢を形にしようとしていたあの頃のまま、変わらず夢を語る。

 

「箒?」

「ああ、安心しただけだ。先生は今も何も変わっていない」

 

次第に講演は終わりに近づき、──の言葉もそれらしくなっていく。

 

「そして、最後にもう一度言うが、インフィニット・ストラトスは戦いに使われるものではない。この事を君達には覚えていてもらいたい」

 

以上だ。その言葉で締め括られ、──の講演は終わった。

インフィニット・ストラトスは戦いに使われるものではない。それは、束の夢を聞いていた箒には痛い程に判る言葉だった。

 

「終わったな。じゃあ、箒。俺は会場の片付けがあるから」

「む、それなら私も手伝おう」

「いいって、先生と何か話したい事とかあるだろ?」

「いや、先生は忙しそうだからな。それに連絡先が分からない訳ではない。また、話せるさ」

 

壇上から姿を消す──を見送りながら、箒はそう言った。

そして、それが生身の──を見る最後となった。

講演が終わり、その日一日が終わり、また明日も同じ様な日々が続く。

そう思っていた。

 

「は?」

 

翌朝、──が交通事故により死んだ。

このニュースを聞くまでは。

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