幼馴染に裏切られたので、小悪魔な後輩の『誘惑』にあえて負けてみる。   作:

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プロローグ

 同じ学校、同じ教室でも、学生社会において生徒の間には明確な隔たりが存在する。

 それは例えるなら、光と影。或いは陰と陽。

 

「――おはよう」

 

 静かに教室の扉が開いて、透き通るような淑やかな声が響いた。

 瞬間、朝の喧騒に包まれていた教室内が静まり返り――彼女に注目が集まる。やがて波を打ったように口々に挨拶が投げ掛けられた。

 

 どこか神秘的な、銀色の長髪がふわりと風に揺れた。彼女は柔らかな笑みを浮かべて、自分の席である――俺の右隣へと歩いてくる。

 

 九条アリア。その日本人離れした外見の通り、ロシア人と日本人のハーフで、この学校に入学してからというものの、学力テストでは常に学年1位をキープ。スポーツ万能で、インターハイに出場するなど、運動神経も抜群。学校の垣根を越えての有名人。噂では、毎日他校の生徒からの告白が絶えないらしい。

 

 対してこの俺、青柳一真はと言うと。勉学もスポーツも平凡。特に何が秀でているというわけでもなく、面接があったら、真面目なところが取り柄ですとか言っちゃう系の無個性男子だ。

 

 ふと、目が合った。綺麗なコバルトブルーの瞳。

 すぐにどちらとも無く、同時に視線を逸らす。無言のまま。

 広げていた小説に視線を戻す俺。席に着いて、近くの友人と談笑し始める彼女。

 

 そう、俺と彼女とでは生きる世界が違う。光と影は決して交わらない。

 

 だから、これを話したとして誰も信じないだろうし、むしろタチの悪い妄想狂のストーカー呼ばわりされること請け合いだが……。

 

 ――九条アリアは、俺の幼馴染で、長年付き合っている“恋人”である。

 

 

 ※ ※ ※

 

 聞いた話によると『彼氏』または『彼女』がいる人間のことを、世間一般では『リア充』と呼ぶらしい。

 

 何だそれ?と思いつつ、ネットで調べてみると、自分より現実(リアル)が充実していて羨ましく思う人を揶揄し、皮肉る言葉だそうだ。

 

 なるほど。確かに俺は遥か昔、10年前の小学生だった頃から『彼女』が居るし、何なら『彼女』は物心付く前からの古い幼馴染で、何の悪戯か、小中高と今に至るまでずっと同じクラスだった。自分の事ながら、『どこのギャルゲーだよ』って突っ込みたくなったものだ。

 

 その上『彼女』はいつもクラスの中心で人気者――どころか学校の垣根を超えての有名人。その比類する者の居ない美麗な外見とスペックの高さもあってか、毎日告白する者が後を絶たない。

 

 ――そんな高嶺の花が俺の『彼女』なのだ。

 

 なるほど。確かに第三者から見れば、俺は全国屈指の『リア充』であり、誰もがその立場を僻み奉ることだろう。そりゃもうご大層に。

 

 しかし、残念ながら現実はそんなに甘くなかった。確かに、俺とアリアは付き合った当初は特別仲が良かったが、10年も経てば話は別だ。

 

 アリアの性格は中学に入ってから、ずっと世俗的に変わっていったし、俺はといえば、周囲に合わせるのも面倒で、ひたすら自分を貫いていた。

 

 いつも人の輪の中に居たアリアと、本を開いて自分の世界の中に籠っていた俺。

 それが10年。話など合うはずがない。

 

 時の流れと共に俺たちは、自然と疎遠になっていった。

 同じクラスでも会話を避け、やがては視線すら避けるようになる。

 そして進学につれ『恋人』という関係性自体も、周囲から忘れ去られて、今では当の俺自身からしても、現実味を帯びない存在となった。

 

 実際、アリア自身も、未だ関係の解消こそしていないものの、『そんな約束したっけ? 今更じゃない?』くらいの認識でしか無いだろう。

 いや、俺なんかとの約束なんて一つ残らず綺麗サッパリ忘れてるだろう。間違いなくその可能性の方が高い。だから、気にしてるのはきっと俺だけだ。

 

 一応言っておくが、別にアリアと関係を戻したいとか、そんなんじゃ無い。

 俺たちはこれから先も交わる事は無いだろうし、きっとその方が良い。こうなったのも自然の摂理と言う奴で、俺には何の未練もない。

 

 しかし、何れはこの曖昧な関係にケジメをつけなければならないと思っている。

 

 毎日のように男に告白されても、1度たりともアリアは彼氏を作っていないらしいが、いつかは出来る。

 例え関係性そのものを忘れ去られてるのだとしても、やはりキッチリ別れて、筋を通しておくべきだ。

 

 学生間の恋愛なんて適当なもので、こんな細かい事にこだわる俺は神経質すぎるのかもしれないが、そんなことを改めて思い起こした。

 

 ※ ※ ※

 

 高校二年生の初夏。空を雄々しく浮かぶ巨大な入道雲に、ジリジリと肌を焼く強烈な太陽の光。セミが微かに鳴き始め、夏休みへの期待が周囲の雰囲気から仄かに伝わり始める頃。

 

 俺は『風紀委員』の腕章を掛け、炎天下の中、容赦なく照りつける日差しに汗水を流しながら、校門を通り過ぎる生徒を上から下に視線を走らせていた。

 

 スカート丈に髪の色、香水の有無に……ソックスの種類? 正直な話、俺には死ぬほどどうでもいいが、風紀委員として選ばれてしまった以上、与えられた役割に基づき、我慢してこなすしかない。

 

 そこで1人。明らかにスカートが短い女生徒を発見した。つくづく嫌な役回りだなと心の中でぼやきながらも、呼び止める。

  

「あー。ちょっと、そこのキミ。少し時間いいかな?」

 

 きょとんと俺を見た彼女。

 俺の二の腕に架かる風紀委員の腕章に目を移し、文字を読み取って表情を歪める。

 

 そして、『えーー!?』と心底嫌そうな声が響いた。

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