幼馴染に裏切られたので、小悪魔な後輩の『誘惑』にあえて負けてみる。   作:

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3話 七色の虹

 

「せーんぱい、遅いですよっ!」

 

 校門を出ると、突然後ろからポンと体を押された。思わず声を出して驚く。

 振り向くと、星乃が傘を差しながらニヤニヤ笑っていた。

 

「あれ。もしかしてセンパイ、傘忘れたんですか? じゃあ、私が貸してあげましょうか?」

 

 そう聞かれて、初めて自分の姿を省みる。

 

 制服も髪もびちょ濡れ。濡れネズミのような酷い有様。今更ながら、自分が傘もささずに雨ざらしの状態だったことに気づいた。

 

 本当何やってんだよ、俺……。

 

「悪い。助かる……サンキュ」

 

 感謝し、星乃に向けて手を伸ばす。しかし星乃は自分が差している傘をそのまま渡してきた。

 

「?」

 

 それじゃ星乃が濡れるだろ?と戸惑ったが、取り敢えず受け取る。

 すると、星乃がそのまま近づいて、傘の中に入り込んできた。俗に言う『相合傘』というヤツだ。

 

「お、おい……」

 

「私一つしか傘持ってないですけど、どうします? 風紀委員さん」

 

 ちょこんと、小首を傾げる星乃。

 後半を強調する嫌味な言い方。悪戯な笑み。

 

「お前なぁ……」

 

 俺は呆れを含めた、浅い息を吐き出した。

 

 しかし正直なところ、既に十分濡れたと言え、このまま雨ざらしで帰ることには抵抗がある。 

 風紀については元々心底どうでもいいし、それに今は校外だ。何も関係ない。 

 強いて言えば、生徒の目があることくらいだが、まあ、俺なんかを気にするような奇特な人間もいないだろう。

 

「じゃあ、ちょっと借りさせてもらうぞ」

 

「はいはーい!」

 

 俺は星乃がはみ出さないように、受け取った傘を深めに被せる。

 女の子らしい小さめのお洒落な傘。肩が少し濡れるぐらいはなんの問題もない。そのまま相合い傘で帰路を歩み出す。

 

 ――ちょいちょいと制服の裾を引っ張られた。

 

「ね、センパイ。今日は濡れちゃってるみたいですし、喫茶店巡りは別の日にしましょっか?」

 

「あ、ああ、そうだったな。……悪い」

 

 しまった。雨どころか、すっかり約束があったこと自体忘れていた。気を使わせた。

 罪悪感に苛まれる。ガシガシと頭の裏をかいた。

 

 そんな俺の様子を見てか、コロッと表情を変えて、快活に笑いかけてくる星乃。

 

「……じゃあ、手繋いでくれたら、許してあげてもいいですよ?」

 

「はあ……?」

 

 意地悪な笑みを浮かべて、手を繋ごうと伸ばしてくる星乃。――いつもの悪ふざけ。

 

 普段の俺なら、呆れ交じりに一喝し、すぐ振り払う所だが……。俺はふと思った。

 

 いつもはからかわれ、星乃に言い様に面白がられて終わりのところだが、

 

 ――本当にこの小生意気な後輩の言う通りにしてやったら、どんな反応をするだろうか?

 

 さっきのアリアとの一件もあって、何かの枷が外れていたのかもしれない。

 

 真っ直ぐ伸ばされる星乃の手。やがて互いの指先がちょんと触れ合った。

 しかしすぐにパッと弾かれるように星乃の手が離れる。

 視線が合った。無反応な俺を見て、戸惑いに揺れる星乃の瞳。いつもと違って余裕のない、珍しい星乃。

 

 一泡吹かせてやった。

 僅かな優越感に浸り、こっそり笑みを浮かべる俺。

 

 なるほど。星乃の悪戯は、最初からスルーしていれば良かったのか。

 俺が毎回変に反応しているから、面白がられていたのだ。

 よく良く考えれば、星乃もからかいと言っても、俺なんかと手など繋ぎたくないだろう。

 良い攻略法を見つけた。そのまま無視して歩く。

 

 しかし、少し経って、再度隣に並ぶ星乃の手が俺の手におずおずと触れてきた。

 

 何考えてるんだ……?

 

 そう思った瞬間、手のひらに柔らかい感触が遠慮がちに差し込まれる。弱々しく俺と後輩の手が繋がった。

 

 思わず星乃の方を向くと、想像していたような悪戯な笑みではなく、下を向いて俯いた星乃の姿。俺から表情は見えない。

 しかし、真横から覗き見えるその頬は、見たことがないくらい真っ赤に紅潮していた。

 

「……」

 

 思っていたのと違う、純粋すぎる反応。

 俺は取り敢えず無感情を装うものの、心中ではどうしたらいいか分からなくなっていた。

 

 今更振りほどくのもおかしく、俺と星乃は手を繋いだまま、暫く無言で歩く。雨音が妙に大きく感じた。

 

 どこか気まずそうな様子の星乃。俺の顔色を不安そうにチラチラ伺っている。

 視線を合わせようとすると、パッと顔を背けられた。

 挙動不審な態度。

 

 本当に何がしたいんだコイツは……。

 

 そんな俺の疑惑の視線を察してか、星乃はハッと思い直したように顔を上げる。

 

「ふ、ふーん……。手を繋ぐくらいなんでもないってことですか? センパイのくせに偉そうに……。じゃ、じゃあ、次は恋人みたいに指を絡めちゃいますよ?」

 

 無理やり作ったような悪戯っぽい笑み。小悪魔のように挑発し始める星乃。手をギュッと強く握ってくる。

 

 ――だが、ここまで来たら、俺も負ける訳には行かなかった。

 

「ああ、別にいいぞ」

 

「えっ?」

 

 星乃がアクションを起こす前に、俺から言われた通りに手を繋ぎ直した。星乃の指と指の間に自分の手を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

 

「えっ? えっ……?」

 

 目を見開き、瞬時に沸騰したように顔を赤くする星乃。

 目に見えた慌て方。やはり効果抜群らしい。

 

 しかし星乃は手を放すことなく、こほんと咳払いをして仕切り直す。

 

「せ、先輩……今日はどうしちゃったんですか。もしかしてやっと私の魅力に気づいたんですか? んふふ、このこと彼女さんにバラシちゃしますよ?」

 

 と繋いだ手を持ち上げて見せて煽ってくる星乃。

 スマホを取り出してパシャリと写真を撮る。

 

「ほら、証拠も確保しちゃいました」

 

 と意地悪な笑顔を向けてくる。

 

 だが、俺とアリアの関係はもう終わったし、そもそも、そんなことを気にするような関係でも無い。

 

「好きにしていいぞ」

 

「へっ!? え……あ、じゃ、じゃあ学校でばら撒いちゃいますよ!」

 

「だから別に構わないって。そんなことしても困るのはお前1人だからな」

 

 目に見えて困惑する後輩。

 いつもは押され気味の俺だが、ようやく反撃してやれた。ニヤリと笑う俺。

 

「う……あっ!」

 

 からかわれていることに気づいたのか、星乃が頬を膨らませて視線を背ける。

 

 会話が途切れた。

 変な雰囲気のまま、なぜか恋人繋ぎを離すことなく俺の家付近の交差点に付いた。

 

 目が合った。

 少しの沈黙。どちらともなく握っていた手を離す。

 

「……じゃ、俺こっちだから。また明日な」

 

「は、はい、センパイ! また!」

 

 俺は左で星乃は右。いつもここで別れている。

 今日もいつも通り挨拶し、別れた。

 

「あれ、雨いつの間にか止んでる……」

 

 傘を出てから少し経って気づいた。

 空を見上げると、雲の切れ間に、一際大きな虹が出ていた。

 

 ※ ※ ※

 

【View 星乃木葉】

 

 センパイと交差点で別れた後、私は少し歩いてから、キュッと立ち止まった。

 

 くるりと方向転換。そのまま来た道を辿り、さっきの交差点に戻る。

 

「センパイもう行ったよね……?」

 

 物陰からこっそり確認し、いないことを確認すると、交差点をさっき先輩と歩いてきた学園方向へ曲がる。

 

 つまり――センパイの家と真逆な方向へと向かった。

 

 本当の私の家は学園から見ると、先輩の家とは全くの反対側。 一緒に帰りたくて、先輩には嘘をついてるだけで……。

 

 もう一度周囲にセンパイがいないことを確認して、ホッと一息つく。

 そしてさっきまで先輩と繋いでいた手を見る。

 まだ先輩の温もりが残ってる……気がする。

 緊張のせいか、私の手汗……ヤバかったみたい。ポーっと羞恥で赤くなる。

 恥ずかしい。

 大丈夫かな、引かれてないかな……。

 心配しながらも、気がつけばにまにまと笑みを浮かべている。

 そのことを足元の水溜まりを見て気づき、私は慌てて首を振った。

 

「あっそう言えば……」

 

 スマホのギャラリーアプリを開く。

 あった。やっぱり夢じゃなかったんだ。

 

 センパイと私が恋人繋ぎをしている写真。脅しを掛けようとしてさっき咄嗟に撮ったもの。我ながらいいアイデアだった。

 

 スマホを複数タップ。直ぐに自身の待受画面にする。

 

「うん、これでよし……」

 

 満天の笑顔で一つ頷いて――しかし、私は儚げに表情を曇らせた。

 

 知っている。分かっている。

 

 ――この恋は叶わない。

 

 それは、遥か昔、初めて先輩と出会った瞬間からずっと直感的に分かっていたこと。

 

 先輩には彼女がいる。10年も前の昔からずっと。そして、きっとこれから先も――ずっとずっと隣には彼女がいるんだって。

 

 容姿端麗で、頭脳明晰。誰からも愛される明るい性格。しかも生後すぐの正真正銘の幼馴染で――こんな何の取り柄のない劣等生の私なんかより、ずっとお似合いの2人だって。

 

 この恋は、絶対叶うはずのない恋だから。だから、今日のことは、例え単なる先輩の気まぐれだとしても、からかいだとしても、一瞬でも先輩の彼女になれた気がして本当に嬉しかった。

 

 もしかしたらこんな未来もあるのかなって少し想像してしまった。……ホント馬鹿だ、私。

 

 ふと、顔を上げる。

 

 雨上がりの空には、そんな私を皮肉るように、見たことないくらい美麗な7色の虹が出ていた。

 

 

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