【人外モノ】百足の神獣と闇落ちエルフの姫 作:流されそうめん
それは凄惨な戦いだった。
先日まで一般人であった、普通の両親から生まれたヒューマンの耐えられる限界の訓練に耐え抜き、信仰心と戦闘力以外の全てを削ぎ落とした死の軍団。
僅か百名の軍団は、ユーシオレハイ帝国の国境に沿う様に陣を敷いていた。
ユーシオレハイ帝国皇帝のサトゥリークは、まるで羽虫を追い払わせるように、陣を敷いたチャレン人民平等国軍の先陣を、そしてその背後の国そのものを滅ぼす事を命じた。
チャレン軍団とは違って、全盛期を過ぎた者が多いとはいえ、長年軍隊に身を置いてきた職業軍人達は、チャレンの軍団を軍隊とは見做していなかった。
精々がキチガイ犯罪者の集団であった。
それは驕りであった。
軍隊に所属しているだけで、戦闘経験そのものは多くなく、以前の皇帝の時代は殆ど訓練もなく、所属しているだけで酒代を稼げるという有り様という体たらくであった為に。
背後の国が滅ぼされることそのものはともかく、チャレン人は強者として弱者を踏み潰す帝国の在り方と、自分達の宗教や価値観が滅ぼされる事は耐え難かった。
赤・青・黄・緑・桃の五つの魔法鎧が起動し、先頭の五名がそれを纏った。
変身と同時に血と悲鳴が滲み出しているが、彼等は必死にそれを神からの試練だと思い込もうとした。
御使いとして戦い死んだとしても、天使として神に召し上げられるのだと。
御使いを名乗る五人の装着者にそれぞれの稼働時間の差はあるが、概ね十分程度は戦えた。
魔法鎧の牙が伸びて、自分が絶命する前に交代の者に渡す事で、敵の手に渡るのを防ぐ戦法であった。
交代して魔法鎧を解除した者がまだ生きていれば、直ぐに回復魔法で治癒が掛けられている。
「奴等何なんだよ!! おい、どうして此処にはあの電気ムカデは無いんだ!!」
ユーシオレハイ帝国軍からはそのような声が聞こえてくるが、逃げようとする者は、エリートからなる督戦隊に処刑されている。
督戦隊の隊長は、デスオールという名家ジェノサイダー家の次男だ。
彼は今回、能力の低い
魔法があるこの世界では、優れた十人を養う方が、劣った百人を養うよりもコストパフォーマンスが良い。
軍隊は金食い虫だ。
しかし同じ金食い虫なら、純度の高い銅と肉を好むスパークペンドラの方が高い成果をあげる。
それならば戦争で活用しつつ縮小させておこうと、デスオールの兄であるキルオールは考えた。
だが人が減りすぎては、戦後の敗戦国の統治が難しくなる為に、少しでも多くチャレンの国民を減らしておくようにも命じられている。
チャレン人民平等国の軍隊は、負けるとしても最後までチャレンの恐ろしさと意地を見せ付けて、ユーシオレハイに侮らせず非道な統治は逆に危険だと思わせようという気運であったが、もしかすると勝てるのではという希望的観測が広がり始めていた。
だが、彼等は知らない。
魔法鎧を装着して戦う五人の戦士は倒せなくても、その交代要員は魔法鎧を上から装着する事を前提に薄着であり、格好の獲物であると見抜かれていたことを。
突如雨が降り出した。
その雲はユーシオレハイ軍の上から現れて、凄まじい速度でチャレン軍の方へと向かって来ている。
それは────矢の雨で出来た早雲であった。
前線で魔法鎧の戦士達に擦り潰される自国の兵を無視して、チャレン人民平等国軍の後方だけを狙いとして、弓は引き絞られ、矢は放たれたのだ。
矢の雨を受けた者は死に、受けなかった者も逃げ出そうとした。
薄着でいた交代要員は、余りにも無防備過ぎたのだ。
交代要員がいなければ、己がずっと魔法鎧を着ていなければならなくなる。
そうなると偶然適合者であると発覚した緑の装着者以外は、時間経過と共に鎧に喰い破られて死を迎える。
かといって、鎧を解除して逃げれば矢の雨に斃れる。
地獄であった。
いや、この世界そのものが一種の地獄ではあったが、此処は局地的な大地獄だった。
魔法鎧を着たまま如何に逃げ切るか。
装着者の内、緑色の鎧を装着したミドリベレー・シゲルグリーンは、他の装着者が喰い殺されて死ぬ度に、待機状態の腕輪形態となった鎧を回収していった。
これは、ロイネの父とリオットからミドリベレーが受けた特命であったが故に。
結局総崩れとなったチャレン軍は敗走し続けた。
そこには既に一人も戦闘する魔法鎧装着者はおらず、ただただ敗走し続けるのみであった。
そんな彼等が帰る場所はチャレン人民平等国しかなく、彼等が行き着いた先で見たものは、ユーシオレハイの中級兵士で構築された別働隊であり、笑いながら町やチャレン人の尊厳を破壊していた。
日頃下級兵士よりはマシであることを心の支えにしている彼等にとっては、明らかに格下扱いしてよいチャレン国民は虐殺の対象であった。
救いは強姦だけは一件も無いことであろうか。
これは、ユーシオレハイ帝国においては、格下の民族にユーシオレハイ人の優れた遺伝子を与えるなという厳しい教えによる結果であった。
寧ろ混乱の中、どうせ死ぬならとチャレン人の方が他のチャレン人を強姦している姿が映った。
ここで強姦が多く起こっていた方が、未来のチャレン人にとっては幸福であったかもしれない。
何故なら、ユーシオレハイ人の血が混じったチャレン人の人権をユーシオレハイ人の一部の活動家が保護し始め、その次は人権を持つに至った混血児が、自らのルーツであるチャレン人の人権を保護しようとするからだ。
しかし、ユーシオレハイ人が遺伝子の一滴さえも与えなかった事で、その未来は完全に消滅してしまった。
デスオールが率いる本隊が合流してからは、虐殺は止まったが、回復魔法無しに治らない障害を負わせる為の暴行や、復旧が難しい程の町の破壊は加速した。
自分達が戦って倒した相手故に、相手の力量を理解した上で自らが格上だと認識する事が出来た故に。
根拠のない差別は止めることが出来る。
しかし根拠のある差別は止めることは出来ない。
直ぐにチャレン人民平等国国家代表ウワ・アザッコが降伏を申し出た。
ユーシオレハイ側からは、デスオールが
ユーシオレハイ帝国が恐れていたのは、魔法鎧を着た戦士であって、魔法鎧を装着した者が姿をくらませて以降は、チャレン人民平等国に一切の危険を感じなかった。
デスオールは理解した。
理解してしまった。
魔法鎧の無いチャレン人民平等国は危険ではなく、危険でない。
だからどれ程相手を追い詰めても、安堵したままでいられると。
故に、とことん追い詰める事にした。
ユーシオレハイ帝国から出した条件は以下の通りであった。
【第一条 ユーシオレハイ帝国はチャレン人民平等国を併合しない。
チャレン人民平等国は存続し、永久にウワ・アザッコ国家代表若しくはその親族が統治する者とする。】
これはウワにとって意外であったものの、望外の喜びであった。
しかし、それはユーシオレハイがチャレン人民平等国に一切の責任を持たないということであり、国家元首をチャレン国民の恨みを被るスケープゴートとすることでもあることをこの後に知ることとなる。
【第二条 チャレン人民平等国は今後永久にユーシオレハイ帝国の決定に必ず従うこと】
これを断ろうとしたウワの眼の前には、デスオールの突き出した拷問器具が、僅か指一つ分の距離で置かれていた。
ウワは逆らう事を止めた。
【第三条 ウワ・アザッコ代表及びその親族はユーシオレハイ帝国における奴隷としての身分を認め、チャレン人民平等国の自称貴族の存在を認めない。彼等も他のチャレン人民平等国の平民と同じく、今後はゴブリンとして扱う。ユーシオレハイ帝国の人間がゴブリン及びその巣を破壊した場合、チャレン人民平等国は報奨金をその者に支払うものとする】
【第四条 チャレン人民平等国民は同国の周辺から出ることは、ユーシオレハイ帝国の許可なく行ってはならない】
【第五条 チャレン人民平等国民は同国の国民以外と婚姻又は子を成す事を禁ずる】
【第六条 チャレン人民平等国は一年に一度、全チャレン人民平等国民の命の重さと同じ価値の貢物をユーシオレハイ帝国に捧げなければならない。この品目表については国内外に発表するものとする。これが破られた時には、ウワ・アザッコ代表及びその親族を除く全チャレン人民平等国民の中から無作為に一割を処刑する】
【第七条 チャレン人民平等国民が神に選ばれた至上の民族とするヨモジ神教統一派については、国外においての布教が行われた場合、第六条同様にチャレン人民平等国民を処刑する】
【第八条 チャレン人民平等国内においては、ヨモジ神教統一派を唯一の国教として認める。尚、この決定の責はチャレン人民平等国国家代表にある】
【第九条 チャレン人民平等国は自衛としての戦力の一切を放棄し、今後如何なる侵略においても抵抗してはならない】
【第十条 チャレン人民平等国はエルフを受け入れてはならない。ゴブリンか又は他の国の著しく能力や素行が悪い者を受け入れる事は拒否してはならない】
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【第百条 これらの条約全てを、チャレン人民平等国国家代表は自国の全国民に徹底しなければならない】
ウワ・アザッコも流石にこれらの条約を締結させられる事は拒みたかったが、目の前にある鋭利な拷問器具の存在がそれを許さない。
もし何れチャレン人民平等国とユーシオレハイ帝国の力関係が逆転すれば、条約などは何時でも幾らでも破って良いものだから。
故に今の間だけだからと、国民を説得することにした。
しかしトランプの大富豪のように、片方が貢物を受け取り、もう片方が負債を受け取り、その上ゲームが終わらずリセットがされないのであれば、嵌められた枠組みから抜け出せる筈も無かった。
これらと同様の不平等条約は、ヒコンコン人道主義国においても結ばされていた。
戦勝国と敗戦国においては不平等条約が結ばれるのは当たり前だが、その力の差が大きければ大きい程、敗戦国の恨みが恐くなければ恐くない程、平等のシーソーは片方に傾く。
傾き過ぎて乗るどころか滑り落ちるしかない形になっているが、それだけの戦力差があれば仕方無かったのだろう。
ヒコンコンがユーシオレハイを恨む理由は幾つかある。
その中でも、特に大きなものが一つある。
ヒコンコン人は生まれ持っての容姿が醜い為に、後天的な手術による整形を積極的に行う。
国際会談の際に、ヒコンコンの代表使節団に対し、ユーシオレハイの先代皇帝夫妻が回復魔法をかけた。
するとせっかく整形した顔が全て元に戻ってしまい、余りの醜さ故に笑い者になった事を、未だにヒコンコンは恨んでいたのだ。
戦争が始まる前の平時においても、既にシーソーは傾ききっていた。
この世界においては、整形なとによって美しくて高い魔力が無い者はいても、醜くても高い魔力がある者はいない。
何故なら、高い魔力を持つ者は自己遺伝子改変能力があり、受精卵として誕生したその瞬間から、無意識の内に己の遺伝子を整えていく為に、免疫や疾患などの問題が発生しにくく、それが容姿となって表れる。
そしてそれを意識的に行い続けた種族がエルフであり、魔力、体力、知力、容姿の全てが圧倒的な高水準にある。
逆に一切魔力を持たない民族だけで構成されたヒコンコンは、その逆であり、何をするのにも他国に負けていた。
そしてそれは、戦争という総合能力の場においても証明されてしまった。
電気を纏うムカデが戦場を蹂躙したのだ。
ヒューマンの最上位やエルフであれば何とかなったかもしれない。
しかし、ヒコンコン人はヒューマンの中でもかなり下の方だといえた。
自分より大きなムカデに勝てないのは当たり前であったのだろう。
スパークペンドラの身体の至る所から伸びる銅線のワイヤーや、ハサミムシの様な尾が鋭い事もあったが、何よりも全身を電気が流れている事が強い。
ケイ素を食べて、体内でジルコンへと作り替える過程でエネルギーを生み、ジルコンの皮膚を水と化合させて高熱を発生させると共に、七色に輝くジルコニアへと変化させている、邪神が遣わしたかのような怪物と比べれば、年商数億の巨大企業の経営者と非正規雇用の貧困層程の差はあるかもしれない。
しかし、経営者も貧困層も能力は明らかに違えど、生物学的にはどちらも人間の枠内にあるのと同様に、デスプリンドラもスパークペンドラもどちらもムカデの怪物だ。
人間がネズミと殺し合って負けない様に、怪物が人間と殺し合って負ける事も考え難い。
ヒコンコン人道主義国は、スパークペンドラの戦力を目の当たりにして敗北が濃厚になると、軍隊を用意して戦闘に突入している状況でありながら、戦争反対である、倒すべきは邪悪な蟲と皇帝であると、必死に主張をしていた。
悲惨なことに、ヒコンコン人道主義国の未来は決まっていた。
人間を使って攻められなかった時点で、統治も搾取も考えられてはいなかったのだ。
ヒコンコン人道主義国の末路とは、スパークペンドラの養殖場であった。
サトゥリーク家の三男オーサーツは、スパークペンドラを操る軍の将である。
皇帝への忠義は無いが、皇帝に忠義を尽くす兄への忠義には篤い。
そして人への情は兄以外には薄いが、スパークペンドラへの情は深い。
彼は破れかぶれに襲い掛かってくる民衆を燃える剣で切り裂きつつ、切り裂かれた肉片をスパークペンドラに手渡しで食べさせていた。
オーサーツは一度にヒコンコン人を
しかしとて、ヒコンコン人を逃がすつもりもない。
ヒコンコン人には囲いの中で増えて貰い、その上で可愛いムカデ達の餌になってもらわなければならないからだ。
「食べ切れない程死なれては困るんだよ。無駄な食べ残しは勿体無いでしょう?」
兄二人とは母親が違う為に、東洋人らしさが入った見た目の少年は、スパークペンドラや自分に向かって来ては無駄に命を落とすヒコンコン人に面倒臭さを感じていた。
彼は、もうムカデはお腹いっぱいなので今は大人しくしておいて、空腹になった時に食べられに来てくれる事をヒコンコン人に臨んでいるのだが、ヒコンコン人は思うように従ってくれない。
そうしていると、オーサーツの腰を矢が貫いた。
どうやら未だにヒコンコン人が抵抗しているらしい。
オーサーツは矢を引き抜くと匂いをかぎ、毒が塗られていないことを確認すると、射った当人であろう弓を持った男に向けて矢を素手で投げ返した。
男は絶命したが、オーサーツは何時までも抵抗させていては、ムカデ達が快適に過ごせないと判断した。
「ここからあっちまでの、人間全員殺してきてよ」
一度徹底的に逆らう気持ちを折る事にした。
彼の兄達であれば、もっと早くこの判断に至っていただろうが、彼は平和主義者なのだ。
無闇に殺す発想には至りにくい。
彼の平和主義には、(彼と兄とムカデの)という枕詞が付くが、平和主義者であることには変わりない。
尤も敵が多い彼等にとっての平和とは、平和を脅かす大勢を滅する事であり、その大勢にとっては彼等こそが危険そのものである事はいうまでもない。
そして、ユーシオレハイ帝国内においても弱者と邪魔者は排除されていた。
「悪逆皇帝サトゥリークを討て!!」
「集え革命軍に!! 尽くせ平和の為に!!」
そう叫んでいた平民達を、電気ムカデと、皇帝とその婚約者、そしてフジツボの中身の様な力自慢の怪物と、粘体の様に下に潰れた象が殺していく。
「逃げるな!! 戦え!! お前達は間違っていない!! 間違っているのは皇帝の方だ!!」
反政府運動活動家達はそう主張したが、世の中には正しい間違っているだけで命を捨てられる人間だけでなく、命が危険かどうかで正しいかどうかを無視できる人間がおり、多くの弱者が後者に位置する。
皇帝の婚約者ホロコスト・ジェノサイダーは、「陛下に逆らうのなら生まれなければ良かった」「価値の無い愚民は価値ある陛下の為に死ね」と叫びながら、化け物達を使役していた。
彼女は内乱を封殺した後に正式に皇帝と婚姻する。
故に気合が入っていた。
電気ムカデは電気で人間の神経を焼き尽くしては喰らい、フジツボの中身の様な怪物ヴィネーグは蔓脚を伸ばしては人を捕らえ、自身の細長い口を相手の身体の中に突き刺しては吸い尽くしている。
潰れた象の様な形で不透明なスライム状の化け物、フィフィールアブラは、民衆を捕まえては取り込んで、頭だけを体表面から出させて運んでいた。
人々は、まるでフィフィールアブラの毛穴から飛び出た汚れの如き有り様になっている。
そして、取り込まれた人々の身体は、足元から順番に溶け始めていた。
この潰れ象スライムの正体は、陸生の貝の一種であり、食欲は非常に旺盛だ。
「死にたくない」
「誰か助けてくれ」
「ママー」
取り込まれた四十過ぎた男達は、余りの恐怖に悲鳴をあげる。
しかし、近付いて自分も取り込まれたくない人々は、距離を取るばかり。
民衆を焚き付けた革命軍の指導者達も、例外ではなかった。
自分達の理想を実現するためなら、民衆を使って国を攻め、国と共に民衆が滅んでも、その後自分達が理想的な指導者として生き残った民衆を滅ぼせば正義の国となると考えていた革命軍指導者達は、その思想故に内乱終了後の国を導く為の存在である自分達を危険に晒す訳にはいかなかったからだ。
「革命軍。自分達が正しいというのなら何故助けない? 正義の為に戦い捕らえられた仲間は今ならまだ生きているぞ? 何故助けようとしない? 革命軍としてそれが正しいと判断するのだな?」
そう言って、ホロコストは嘲笑う。
その言葉を聞いた民衆達は、力も無いのに自分達を巻き込んで、その上敗北して危険に晒す革命軍を見限り始めていた。
ホロコストは、そんな革命軍に賭けた時点で、先見性のない国民も愚かだと思っているが、このタイミングで民衆達は革命軍に見切りを付けた自分達は賢い側だと思っていた。
とっくに取り返せぬ程の愚かさを晒していても、まだ自分は人類の平均より賢いと思いたがるのが民衆だと言った皇帝の言葉を、ホロコストは噛み締めていた。
民衆を犠牲にしても理想を実現したい革命軍指導者達と、理想などよりも生き残りたい民衆達は、危機の原因を互いに求め合って、互いを見下し合いながらここに決裂した。
ふとフィフィールアブラは、溶けて上半身のみになった人々を開放した。
毛穴から角栓を押し出す様に、人々は徐々に押し出されて開放された。
開放された人々は、気持ち悪い油に塗れていたが、革命軍指導者は、ここが最後の民衆を味方に付けるチャンスだと思い、油塗れの人々に駆け寄った。
その直後、油が赤熱して爆発した。
この油は空気に触れると加熱し、一定以上の温度になると爆発する性質を持っていた。
爆発に倒れた人々を、再び不透明な陸生貝は捕らえると取り込んだ。
今度は誰も助けに行こうとはしなかった。
この陸生貝とフジツボもどきの共通点は、己より魔力の低いものばかりを餌とする習性である。
目の大きさや、高さで相手と自分の身体の大きさを比べて、己が食う側か食われる側かを判断する生物がいるように、この二種類の生物は、対象との強弱関係を魔力量で判断する。
現実としてそういった事はそうそう起こり得ないのだが、もし周囲に己より魔力が高い生物しかいなくなった場合、餓死してしまう。
実際には捕食者が幾ら食い荒らしても、餌となる生物の方が繁殖力が高いから問題になることはほぼない。
皇帝がこれらの化け物を投入した理由の一つとして、魔力の低い人間を淘汰して、その隙間を魔力が高い者が産んだ子供で埋めるというものがあった。
だからこそ、これらの化け物に襲われる人々の側に、優れていないという問題点があり、彼等が滅びる事は皇帝の意に適うのだ。
虐殺にも戦闘にも何の高揚も感じないホロコストであったが、皇帝の望みが達成されていくという事実そのものには耐え難い歓びを感じていた。
ユーシオレハイの新皇帝は、多くの富裕層を作る代わりに、多くの貧困層を生み出し、それを切り捨てて来た。
逆らう者は抹殺した。
しかし、国力としてみると、兵力、財力・治安のどれもが以前より遥かに高まっている。
国力の上昇には、貧困層を纏めて救い上げる必要など無いと主張して、民意にそぐわないと前皇帝に処刑された彼女達の父親の考えを、新たな皇帝は見事証明して、ジェノサイダー家をユーシオレハイの貴族社会に返り咲かせた。
ホロコストを含めた一族は皇帝によって救われた。
これによって、格差はより拡がってしまう事となったが、皇帝はそれを案じてはいない。
例外もあるが、無能な両親よりも、優秀な両親から生まれた子の方が優秀である可能性が高い。
ならば、優秀な一族だけを残せれば、優秀な子孫が遺されやすいからだ。
そしてジェノサイダー家は、その恩恵の中心にいる。
彼女の一族の多くは、皇帝に心酔しているが、彼女自身も例外ではなかったのである。
これ以降、ユーシオレハイは優れた人々によって、富と権力と誇りを独占される事となる。
しかし、独占する人々にとってそれは、何の問題も無いどころか、最も合理的で効率的な在り方であったのだ。
速く進めない者達を切り捨てて、革新的に進み続ける合理的で効率的な組織は、成長が遅い他国との格差を拡げていくことだろう。
…唯一の問題は、ジェノサイダー家どころか皇帝よりも優れた先天性の能力を持つエルフという種と、ユーシオレハイを容易に壊滅させられる大ムカデが、この世に存在するという事実だけだ。