【人外モノ】百足の神獣と闇落ちエルフの姫   作:流されそうめん

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引き継がれる地獄

†公王の息子:マロスメール・ダーキャン

 世界に突如現れたハイエルフ。

 彼女達の存在は、僕達を見下すエルフであっても、所詮はハイエルフよりは格下の癖にという安堵と、エルフでも届かないのに、ハイエルフ相手には到底敵わないという諦めを僕達ヒューマンに与えた。

 

 そして、元ヒューマンでありながら、ハイエルフとなった人物がいて、その者の選別に適えば、エルフを超える存在になれるという話が瞬く間に拡がっていった。

 

 既にヒガージアにおいては、新たな支配者ヨトウ・ソウサイが、国民全てに対して、ハイエルフのガラスの羽を疫病への特効薬と宣伝しては注射して、生存した人間のみを残す選別計画が始まっていると、ヒガージアに送り込んだスパイから聞いている。

 

 ガラスの翼を持つハイエルフはヒューマンから進化したハイエルフのみであり、不実体のハイエルフが複数確認される中、未だに数少ないと聞いている。

 果たして国民全員に行き渡る程に、ガラス羽の破片を提供してくれるハイエルフがいるのか?

 眉唾物の話だと思っていた。

 しかし答えは意外にも是。

 どうやらガラスの翼は幾らでも再生するので、積極的に提供したと、提供した本人であるハイエルフから聞いた。

 僕は今、そのハイエルフと向き合っている。

 

 …その、人物はまさかの人だった。

 

「姉…さん…」

 

「あら、誰かと思えば私の可愛い弟じゃない。

マロスメールなら、特別に丁寧に作り変えてあげるわ」

 

 姉さんの背中から伸びた、幾多の剣の如き硝子の翼が長く伸びては、僕を手招きするように蠢いている。

 

「大丈夫。貴方ならきっと生き残れるわ。だって生き残って良い程に価値があるのだから」

 

 僕の知る姉さんは、他人を生かすか死なせるかを選別する権利を持ったかの様な言い回しをする人ではなかった。

 寧ろ、その権利を持つが故に慎重になる人だったのに…。

 勿論、必要とあらば下々を使い潰す事も母さんから習ってはいたけれども…。

 人々を囚えては、成功率も効率も悪過ぎる使い方で、使い潰す様な作戦を強制する人では無かったはずだった。

 

「姉さん…。人々を無駄遣いするのはおかしいよ」

 

 

 ふと、強烈な殺気を感じた。

 そちらに視線を向けると、僕と同じくらいの歳の少年がいた。

 彼もまた、小さなガラスの翼を持っていた。

 僕を射殺さんばかりに睨み付けている。

 

「許せない。マームシドリーク様に尽くそうともしないのに特別に扱われるなんてっ…!!」

 

 その目には憎しみが宿っており、僕に向けられた爪には、殺意が宿っていた。

 しかし、少年が僕に向かって駆け出そうとした瞬間、衝撃音と共に地面に伏していた。

 姉さんが横を通り過ぎようとした少年の頭を掴んで、大地に叩き付けたのだ。

 姉さんは少年の方を見ずに言った。

 

「当然でしょう。マロスメールは私の血の繋がった本当の(・・・)弟。

生きているだけで特別な存在なのだから。許可なく余計な事をしたら、────潰すわよ」

 

 少年は視線だけで僕を呪わんとばかりにこちらを睨んでいる。

 そう言えば彼の名前は何と言うのだろう。

 姉さんは一度も彼の名前を呼んでもいない。

 

「君の名は?」

 

 少年にそう聞いても、こちらを睨んでいるだけだった。

 だから結局、姉さんに少年の名を聞くことにした。

 しかし…

 

「知らないわ。

知らなくても何も困らないし、もうどうでもいいもの。

本物の弟と再開出来たのよ?

ならば代替品は要らないでしょう」

 

 まるで僕に諭すかの様に、姉さんは、優しく告げる。

 昔僕に勉強を教えてくれた時と同じ笑みで、同じ口調で、僕だけを視界に入れてそう告げた。

 

「マームシドリーク様、あんまりです!! 僕はっ!! 僕は貴方様の為に…っ!! 僕は貴方を────」

 

 

 最後まで言う前に、少年は頭を姉さんに踏み潰された。

 名前も知らない少年は、そこから動かなくなった。

 

「感動の再会に雑音は不要という機微さえ働かせられないとは…。ハイエルフ亜種になったとはいえ、所詮は平民ね」

 

 

 姉さんは変わってしまった。

 一体何が姉さんを此処まで変えたのかは分からない。

 姉さんが率いるヒューマンの軍勢は、完全に使い捨て扱いだった。

 ヒューマン部隊の主な用途が自爆テロと言えば、ヒューマンを人として扱っていないのが解る。

 今の姉さんは、最早ヒューマンを別種として扱っている。

 自分は存在が格上の種族であると、定義してしまっている。

 無論民は国の為にあり、国は王族の所有物であるとは小さい頃から僕も習ってはきた。

 しかし、それは効率的な統治の為だと学んだ。

 下々の民が使い潰される事を拒絶するのを、そのまま認めていては効率が悪いので、国家の繁栄の為にも、上の者が適切に強制してやる務めがあるのだと、そう学んだ。

 何か優れた能力があるわけでもない者でも、与えず使い潰す事でギリギリでプラスへと変える運用方法もあり、それを行わないと優れた能力で成果を出す者への負担となってしまう。

 全ての物事が自国の中で完結しない以上、他国よりも優れた収支を重ね続けなければ、他国に優越され続けて潰される。

 自国を優れた民で揃えなければ、優れた民で揃えた他国に、国家規模で搾取される。

 エルフが優れた民族として、劣ったヒューマンに汎ゆる面で勝利出来る能力を背景に、戦争をせずとも搾取し続ける事を証明して以降、この世界の国家運営陣でその事実を否定する者は、弱肉強食優勝劣敗なこの世界の在り方そのものに反発する者達以外にはいない。

 魔力が存在するせいで、個体ごとに出来る事の差異が大き過ぎて、能力差が生む分断が明確過ぎたんだ。

 かといって、解けて溶け落ちる砂月の雫がこの大地に降り続ける以上、世界の魔力量が増えることはあっても、減ることはない。

 神話でも語られていた。

 嘗てこの星と魔力を持つ月が争った時に、この星が勝ち、それ以降月は自身の身体に宿る魔力を、身体と共にこの星に献上し続けている、と。

 

 それから、人類を苛む災害級の獣達が生まれた。

 この星が月と戦ったのが良くなかった。

 勝った際に、賠償金を求めたのが良くなかった。

 戦わなければ良かった。

 勝者が敗者から奪うのが間違っていた。

 僕はそう考えている。

 大百足の先祖を含む神話の獣達は、奪われ続ける月の恨みでは無いのかと、ふとそう感じた。

 

 

 

 

 人類全体から見れば少数のエルフが世界から搾取する為に始めたグローバル化の流れは、国単位で他国より優れている為に、自国内に生産性の低い者の生存を認められない社会を生んでしまった。

 競争の範囲を広げれば、淘汰圧は広がってしまうのに、エルフは自分達が世界規模で競争しても勝てるから、地域内でしか戦えない人々に敗北しか与えない戦いを押し付けたんだ。

 

 適者生存なんて、自分で環境を変えられる大ムカデや、自分の遺伝子を変えてきたエルフがとっくに否定してしまった。

 エルフの中でも特に優れた上位貴族は、ハイエルフへの進化の成功率が高いとも聞く。

 ヒューマンからの進化成功例が、ヒューマンとしてはかなり魔力が高かった姉さんと、あと少ししかいないのも、結局はこの世界の在り方を肯定してしまっている。

 優れた者が必ず成功するわけではないが、優れた者の方が成功しやすい。

 故に、弱者を使い潰す客観的な必要性があることそのものは、僕にも理解出来る。

 

 でも、今の姉さんは、他の者を使い潰す事そのものを目的にしているようにさえ見える。

 

 

「姉さんは間違っている!! 世界が残酷なら残酷な仕組みの中で成功する方法を探すのではなく、この残酷な世界そのものを変えるべきだ!!」

 

 

「…所詮はヒューマンね。物理法則も魔法の法則も変わらない。ならば世界を一時的にどう動かせたところで、同じ結末に帰着するわ。だから仕組みの中で成功出来るハイエルフに、私が、貴方を、進化させてあげる!!

 

 

 ヒューマンの危機を乗り越えるだけならば、際限なくヴォルクリスタという地獄を拡げていく大ムカデを倒せば終わるけど、人類の平等と弱き者の生存権が保証される為には、明確に優れた成功者であるエルフが生きていては駄目だ。

 ヒューマンの上位互換が絶滅しなければ、ヒューマンは常にエルフの下位互換として、劣等感を持ち続けなければならない。

 姉さんがエルフになった時点で、僕が滅ぼさないと世界は地獄のままなんだ。

 

「魔法鎧、顕現!!」

 

 ブレスレットが輝き、全身を光が包むと僕は蒼い鎧を纏っていた。

 外部機構から吸い込まれる魔力により、僕は姉さんと等しい地平にいる。

 

「人類に優劣があるべきじゃないんだ!!」

 

 不意打ち気味に指先の籠手の破片を射出する。

 生物としての戦闘能力そのものは高くても、戦闘経験が足りない姉さんには避けられない。

 

 姉さんの急所を目掛けて十の部位を狙った攻撃は、姉さんを正確に撃ち抜いた。

 姉さんの至る所から出血していた。

 

 けれど、その穴は結晶により塞がり、そして再生した。

 

 

「酷いわ。マロスメール…。貴方も(・・・)裏切るのね…!!

いいわ、折角残してあげようと思っていたのに…っ!!

もういいわ。私にはあの御方さえいればいい。

貴方は、私という地獄に呑まれて散れっ!!

 

 姉さんは翼を拡げると、左右の翼を互いにぶつけた。

 痛みがあるのか、姉さんの苦悶の声が聴こえたと同時に、吹雪の様に細かいガラス片が飛んできた。

 

「ハイエルフになればきっと考えが変わるはずよ。

だからもうヒューマンのマロスメールなんか要らない。

ハイエルフとして生まれ変われたら、私の弟として、私の子供として、可愛がってあげる!!」

 

 やはり姉さんは優しい人だった。

 僕はこの無数のガラス針が、ヒガージアでワクチンとして使われているものと同じものであると察した。

 ハイエルフの魔力をもってすれば、もっと効率の良い攻撃手段はあっただろうに、あくまでハイエルフとして仲間を増やす攻撃手段を使ってきた。

 

 それが消耗の大きい攻撃手段である事は、痛みに耐える姉さんの表情から理解が出来た。

 

 

 

 

 

 

 でも、僕はそれを拒絶する。

 魔法鎧がもつ固有技能により、水を含んだ突風を巻き起こし、ガラス片を押し返した。

 

 姉さんは、自分のガラス片で怪我をした様子は無いが、忌々しそうにしていた。

 

 

「私を拒絶、私を拒絶私を拒絶私を拒絶私を拒絶…?

認めない認めない認めない認めない認めない認めない認められない。

可愛いマロスメールが私を拒絶…!?

こんなのは、絶対に認めない」

 

 姉さんの翼が更に巨大化して、先程と同じ様に翼同士をぶつけ合い破片を飛ばしてきた。

 今度は破片といっても、一つ一つが長剣の刃程の長さがあった。

 破片というよりは、刃片というべきだろうか。

 水飛沫で弾ける範疇を超えている。

 

 剣技では姉さんに勝てる自信があったが、数百の剣を同時に投げ付けられては、剣技で勝る劣るの話では無くなる。

 完全適合者である僕は、魔法鎧に食われる事はない。

 不適合者が纏うと、鋼鉄の処女と呼ばれる拷問器具の様に使用者の命目掛けて伸びてくる牙は、僕には向かって来ない。

 けれど、その機能そのものが無くなった訳ではない。

 自分に向けて、敢えて牙を伸ばさせる様に命じる事で、鎧の能力の制限を取り払う事が出来る。

 

 

 姉さんは、本当の意味では僕は殺すことは出来ない。

 でも僕は違う。

 世界のために姉さんを殺す。

 

 鎧が周囲から魔力と水分を吸い上げる。

 大地は干乾び、空気は乾燥する。

 僕の伸ばした手の先には、水が収束して槍となった。

 槍の成分はほぼ純粋な水だ。

 臨界流体となった水は、爆発的なエネルギーと腐食性を持つ。

 

 それこそ、ガラスなど溶かして呑み込んでしまう程には。

 

 水の密度を高める程に、蒼く発光していく槍。

 触れたガラス刃が溶けて取り込まれるのを見なくても、姉さんはこの槍の危険性に気が付いたに違いない。

 

 ここで姉さんは攻撃方法を切り替えれば良かったのだけれど、最後まで姉さんはやり方を変えなかった。

 それが姉さんの甘さで優しさだった。

 

 姉さんの翼が更に巨大化して、それが重なる。

 けれど今度はぶつけ合って砕け散るのではなく、一つの刃へと統合された。

 

「決着を付けましょう」

「…うん」

 

 互いの得物を振りかぶって、全力でぶつけ合った。

 その結果、────僕の槍が勝った。

 

 

 

 姉さんの甘さが、姉さんの敗北を生んだんだ。

 でも、姉さんは嬉しそうだった。

 

 悪寒がして振り向くと、姉さんに踏み潰された少年が、大地に幾つもバラ撒かれた姉さんの刃片を握り、僕に突き立てていた。

 

「良かった。貴方をハイエルフに出来て…。

ヒューマンよりも、ずっと、ずーっと、幸せになれるわ」

 

 そう言って上半身が下半身から滑り落ちる様に死んだ姉さんから、僕は呪い(祝福)を与えられた。

 

 身体全ての細胞が作り変えられる痛みと嫌悪感。

 今の自分の価値が否定され、より高性能な変更後の自分こそが世界に欲せられる事が直感的に解る絶望。

 

 魔法鎧は既に維持出来ていない。

 ブレスレットに戻ってしまった。

 

 ハイエルフへの作り変えに失敗したら死ぬのだろうが、僕は不思議と死ぬイメージは持てなかった。

 

 

 苦しんで倒れていると、何者かが近付いて来るのを感じた、

 

「この程度の相手に敗北するとは…。ハイエルフ亜種になったとはいえ、所詮は元ヒューマンですね。

名前を覚える前でしたが、結果的には覚える必要もありませんでした」

 

 

 その声を聞いた時に、僕は本能的に、そいつが姉さんが言っていた『例の御方』であると気が付いた。

 しかし、顔を上げて姿を確認しようとすることさえ出来ない激痛が、身体の自由を許さない。

 

 

 それが去って暫くして、僕は漸く変生を終えた。

 魔力鎧が無いのに、まるで装着したかの様に体内に取り込まれていく魔力。

 試しに近くの大木を殴ると、綺麗に穴が空いてしまった。

 

 僕はヒューマン上がりのハイエルフとなって、ハイエルフとヒューマンの間にどれだけ種族的格差があるかを理解してしまった。

 

 ヒューマンが如何に弱く劣った種族かを、実体験してしまった。

 姉さんがあのように振る舞った理由の一端は理解できてしまった。

 

 けれども、優れているからといって劣った存在の価値を否定してしまうのは良くないと思う。

 

 

 ハイエルフはヒューマンよりも優れた種族という事は認めよう。

 けれども、その上で人類全てを救う世界へと変えていこう。

 

 

 僕は騒がしさに気が付き振り向くと、ゴブリンの大群が此方へと向かって来ているのを感じた。

 

「今で無ければ君達の人権を守ってあげたいとは考えてあげているんだよ。

でもね、今は感傷に浸りたい。

邪魔をするのなら、死んでくれ」

 

 

 僕は魔法鎧を纏い、彼等に腕を伸ばし拳を握り込むと、彼等は一斉に干乾びた。

 でも、命までは取らない。

 今の僕とゴブリンの間には、命を奪わなくても行動を封じれる程度の余裕があるくらいには、隔絶した力の差があるのだから。

 

 圧倒的に優れている者だからこそ振るえる、優しさというものがある。

 僕は────もっと強くなりたい。

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