The Back Rooms Story 〜Fanmade〜   作:犬社長

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トム・マクフライ記録補完その④〈崇高なる『覚悟』〉

 

 

 

ーーーー吊り革が左右に揺れている。

 

 

それにつられて、自分の体も揺れる。

 

 

…耳に響く、ガタンゴトンという軽快な音。

 

 

「…………。」

 

 

 トムは、ぼーっとした顔で電車の長椅子に座っていた。

 

 レベル1の闇の中から車掌によって助け出され、この電車に乗り込んだは良いものの、長い放浪の疲労感が一気に襲い掛かってきたのだ。

 

 最初に電車に抱いた興奮も薄れ、真っ暗なトンネルの中の景色をただ惰性で見つめていると、ふと横に誰かの気配を感じた。

 

『お疲れの様ですね。』

 

ーーーートムの隣に立った車掌が、彼に話しかける。

 その手には、何やらボトルのような物が握られていた。

 

「……車掌さん…。」

 

 ぼんやりと返事するトムに、彼は手に持っていた物をトムへ差し出す。

 

『かなり疲労困憊している様子ですから、コレを飲んでみて下さい。ーーーー効果は保証致しますよ。』

 

 既にキャップが開けてあるそのボトルから、微かにバニラのような甘い香りが漂ってくる。

 

 その香りを嗅いだ瞬間、今まで意識してこなかった空腹が急に蘇ってきて、トムは迷いなくそのボトルを受け取っていた。

 

名前もろくに確かめず、彼はボトルの中身を飲む。

 

「……!!美味しい!!」

 

 ほんのりと甘い液体が口いっぱいに広がって、トムは目を見開いた。

 

『〈アーモンドウォーター〉です。…栄養補給、水分補給、疲労や外傷の回復など、飲んで良し掛けて良しの万能オブジェクトですね。』

 

 夢中で飲み続けるトムの隣で、車掌がトムに渡した物の説明を行う。

 

 一方、トムはあっという間にボトルを一本空にしていた。

 

「美味しかった!ーーーーありがとう車掌さん!」

 

笑顔で、空になったボトルを車掌に返すトム。

 

感じていた疲れや、空腹感が一気に遠のいた気がする。

 

『それは良かったです。旅に必要なのは、十分な休息と栄養ですから。』

 

そう言って、車掌は帽子のつばを少し上げた。

…その顔は、靄が掛かった様に良く見えない。

 

「………?」

 

 それを不思議そうにトムが見つめていると、車掌が此方へ視線を向けて来たーーー気がした。

 

『…どうかされましたか?ーーーーアーモンドウォーター、まだいりますか?』

 

トムは首を振る。

 

「あ。ううん、大丈夫です!……その…ココが何処なのかな、って思って…。」

『ーーーーーーーーなるほど…。』

 

トムの声に、車掌は視線を電車の進行方向へと向けた。

 

『《何処》とは明確には言えませんね。ーーーーただ、少なくとも貴方の居る世界とは違う世界である事は確かです。』

「…?どういう事なの?ーーーー僕は、家の地下室からこの変な場所に来た筈なのに………。」

 

トムの疑問に、車掌は静かに答える。

 

『〈扉〉は何処にでも開き得る、という事ですね。ーーーー貴方は、運悪く〈扉〉の向こう側へ足を踏み入れてしまった。』

 

ーーーーところで、と車掌は前置きしてからトムの方へ振り返った。

 

『ーーーー貴方は家にーーーー〈元の世界〉に帰りたいですか?』

 

トムは素早く頷いた。

 

 今の目の前にいる『車掌』は恐ろしくも何ともないが、彼に出会うまでに彷徨った2つの世界は、どれも恐ろしく孤独と不安に満ちていた。

……あんな場所にはもう二度と行きたくない。ーーーー彼はそう思っていたのだ。

 

しかし、その頷きを見た車掌は少し暗い雰囲気で俯いた。

 

『そうですか……。ーーーーですよね。誰だってそうでしょう。』

 

そう彼は呟いてから、トムの肩に手をおいた。

 

『最初に言っておきます。ーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、この私ですら、この世界では小さな存在です。ですから、覚悟だけはしておいて下さい。』

「覚悟…?どういう事??車掌さんは何を言ってるの??」

 

訳が分からず、トムは車掌を見上げる。

 

 その靄の掛かった顔が、自分を真っ直ぐ真剣に見つめている気がした。

 

『………良いですか。落ち着いて聞いて下さい。』

 

 車掌の優しくも真剣な響きを持った声が、トムの耳に届く。

 

 

『貴方はもしかすると、もう帰れないかもしれません。』

 

 

「え?」

 

トムは唖然として口を開けた。

 

ガタンゴトンと鳴る電車の音が、やけに大きく聞こえる。

 

「か…帰れない?なんで?どうして!?」

 

トムの声に、車掌は静かに言葉を紡ぐ。

 

「此処は、貴方達の世界とは次元そのものが異なる世界。故に、この世界からの脱出は困難を極めます。……幼い子供の貴方では、難しいかもしれません。」

 

 そう言ってから、車掌はトムにこの世界についての事を教えてくれた。

 

 曰く、この世界には無数の〈レベル〉と呼ばれる空間が存在すると言う事。

 

 そして、元の世界に帰るためには、幾つものレベルを越えていかなければならない事。

 

 更に、レベル1でトムに襲い掛かって来た〈笑う者(スマイラー)〉の様な、〈住まう者(エンティティ)〉と呼ばれる危険な存在がこの世界には居ると言う事。

 

 脱出して、元の世界に帰るためには、ソレらの困難を自分の身ひとつで、乗り越えていかなければならないと言う事。

 

 

ーーーーーーーーそれは、トムの想像も及ばないような、長い長い道のりだったのだ。

 

 

 

「そんな………僕は……そんなに長い旅をしなきゃいけないの…?」

 

揺れる電車の中で、全てを知ったトムは項垂れる。

 

 せっかく悪夢の様な世界から助かったと思った所に、突き付けられた無情なる現実。

 

「僕は…どうしたら……。」

 

項垂れ俯く彼の肩に、車掌がポンと手を置いた。

彼の耳に、車掌の力強い声が届く。 

 

『大丈夫です。…不可能とは言っていません。ーーーーーそれに、最初にも言った通り、私は貴方が元の世界に帰れるよう、出来る限りの努力を致します。……私は貴方の味方ですよ。』

「……!」

 

 トムは顔を上げて、靄のかかっている車掌の顔を見つめた。

 

「どうして……。どうして車掌さんはそこまでしてくれるの…?僕の為に……どうして。」

 

 その問いに、車掌は電車の進行方向を見た。…電車はいつの間にか速度を落とし、止まろうとしている様だ。

 

 車両の前方には、白い光に満たされたトンネルの出口が見えている。

 

それを見つめながら、車掌は重々しく呟いた。

 

『ーーーー私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですから、()()()()()()()()()()()。貴方達の様な、時間と空間を超越してこの世界に()()()()()、哀れなる〈放浪者(ワンダラー)〉を。』

 

 彼の言葉の終わりと同時に、電車はゆっくりとトンネルから抜け出す。

 

 そしてトムの眼の前に、白いタイル張りの広々とした空間が姿を見せた。

 

 まるでプールの様に、綺麗な水を彼方此方に湛えた白い部屋の集合体。

 

『ーーーーさて、話の途中ですが到着アナウンスはしなければ。』

 

車掌はそう言うと、少し声色を変えて喋り始めた。

 

 

『ーーーーご乗車、ありがとうございました。まもなく、当車はLevel37〈The Poolrooms〉に到着致します。なお、電車の停車時間は20分を予定しております。お忘れ物無いようお願い申し上げます。右側のドアが開きます。ご注意下さい。』

 

 

ーーーーーーーそんな流暢な車掌の声と共に、銀色の電車はLevel37〈The Poolrooms〉へと、滑るように停車したのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

Level 37〈The Poolrooms〉。

 

 

 

 電車に乗って辿り着いたこの場所は、〈プール〉の名が示す通り、水を湛えたプールの様な部屋と回廊で構成されているようだった。

 

 辺りは静かで、部屋の大部分が水没しているのに空気は乾いている。

 

なんとなく、神聖な雰囲気さえ感じさせる空間だった。

 

 

「わぁ……プールだ……。」

 

 電車から出たトムは、眼の前に広がる広大なプールに手を突っ込んでみる。

 

水は思ったよりも温かった。

 

『ココで降りるのでなければ、あまり遠くへは行かないようにして下さい。停車時間は20分で、延ばせませんから。』

 

車掌が先頭車両から顔を出してトムに忠告する。

 

「うん。分かってる。」

 

トムは頷いた。……もとより、遠くまで行くつもりは無い。また迷子に逆戻りは嫌だった。

 

「…………。」

 

 トムは広々としたプールの縁に腰掛け、ゆらゆらと揺れる水面を見つめる。

 

 微かな水音しか聞こえない白い世界に居ると、また孤独感が湧き上がってきた。

 

 そして、もう帰れないかも知れないと言う思いが、ジワジワと心の中を侵していくのだ。

 

「ママ……パパ………。お祖母ちゃん…お祖父ちゃん……。」

 

揺れる水面を見つめながら、トムは独りごちる。

 

 家族の顔が、脳裏に浮かんでは消えていった。…優しい両親、友達、親戚、あの温かな家に、もう一度戻りたい。

 

 

 

ーーーーーーーーこの世界は、孤独すぎる。

 

 

 

「それでも僕は………()()()()…。」

 

呟いたのは『願い』の言葉。

 

「車掌さんは、僕の為に努力してくれるって言ってくれた。絶対に帰れない訳じゃないって、言ってくれた。……だから。」

 

自分に言い聞かせるかのように、トムは1人呟く。覚悟の言葉を。

 

 

 

()()()()()()()()()()()…!」

 

 

 

呟いたトムは、ゆっくりと立ち上がる。

 

 水の音と自分の吐息の音以外、一切の雑音が生じないこの空間に居ると、かえって覚悟が決まった気がした。

 

 謎の光源に照らされた、汚れを知らない白い部屋と、心を洗い流す様な澄んだ水の輝きが、自分の中の恐怖と不安を取り去っていく様だ。

 

 

……きっと、このレベルで感じる『孤独』は、恐怖的な孤独では無く、ある種の安らぎに近い孤独なのではないかーーーーーーそうトムはなんとなく考える。

 

 

 

『ーーーー出発5分前です。ご降車されない方は、車両内にお戻り下さい。繰り返しますーーーー出発5分前です。』

「…!」

 

 

 そんな車掌の事務的なアナウンスが聞こえてきて、トムは振り返った。

 

 光に照らされて水没した回廊の水面に、まるで浮かぶかの様に佇む銀色の電車から、車掌がコチラに手を降っている。

 

「今行くよ車掌さん!」

 

トムはそう言って、電車へと駆け寄った。

 

ーーーー乗り込むと、直ぐに車掌がトムの方へ話しかけてくる。

 

『……随分と顔色が良くなったようですね。アーモンドウォーターがかなり効いた様で、何よりです。』

 

 トムの顔色が良くなったのは、アーモンドウォーターの力だけでは無く、覚悟を決める事が出来たからなのだが、車掌はそう考えたようだ。

 

「ーーーー僕は諦めないよ、車掌さん。」

『?』

 

そんな車掌に、トムは自分の覚悟を告げる。

 

「必ず、ママとパパの所にーーーー僕の家に、僕は帰る。だから、力を貸してください。」

 

ーーーー車掌が安堵したように笑った気がした。

 

『勿論です。権限の及ぶ範囲でお貸ししましょう。ーーーーそう言えば、まだお名前をお伺いしておりませんでしたね。…貴方のお名前をお伺いしても?』

 

丁寧に訪ねてくる車掌に、トムは自分の名前を告げる。

 

「トムです。トム・マクフライって言います!ーーーー車掌さんのお名前は??」

 

車掌はゆっくりと答えた。

 

『私の事は、《車掌さん》で結構ですよ。トム・マクフライさん。ーーーーでは、これからの旅路、どうぞ宜しくお願いします。』

 

 

そして車掌は、手慣れた物腰でトムにお辞儀をしたのだったーーーーーーーー

 

 

 









やっと始まったって感じで草。



元々、レベル37は本編に出す予定もありました。
結局出さなかったんですけど、補完編で出せたんで良かったです。

界隈では、非常に完成度の高いレベルであると評価されているらしく、かくいう私も好きです。

ちな、このレベルに滞在すると、最初は気持ちが落ち着くらしいので、トム君が覚悟決める場所にもピッタリって事で。ハイ。

では、また次回〜
(ほんと不定期で申し訳ない。)
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