The Back Rooms Story 〜Fanmade〜 作:犬社長
ーーーー吊り革が左右に揺れている。
それにつられて、自分の体も揺れる。
…耳に響く、ガタンゴトンという軽快な音。
「…………。」
トムは、ぼーっとした顔で電車の長椅子に座っていた。
レベル1の闇の中から車掌によって助け出され、この電車に乗り込んだは良いものの、長い放浪の疲労感が一気に襲い掛かってきたのだ。
最初に電車に抱いた興奮も薄れ、真っ暗なトンネルの中の景色をただ惰性で見つめていると、ふと横に誰かの気配を感じた。
『お疲れの様ですね。』
ーーーートムの隣に立った車掌が、彼に話しかける。
その手には、何やらボトルのような物が握られていた。
「……車掌さん…。」
ぼんやりと返事するトムに、彼は手に持っていた物をトムへ差し出す。
『かなり疲労困憊している様子ですから、コレを飲んでみて下さい。ーーーー効果は保証致しますよ。』
既にキャップが開けてあるそのボトルから、微かにバニラのような甘い香りが漂ってくる。
その香りを嗅いだ瞬間、今まで意識してこなかった空腹が急に蘇ってきて、トムは迷いなくそのボトルを受け取っていた。
名前もろくに確かめず、彼はボトルの中身を飲む。
「……!!美味しい!!」
ほんのりと甘い液体が口いっぱいに広がって、トムは目を見開いた。
『〈アーモンドウォーター〉です。…栄養補給、水分補給、疲労や外傷の回復など、飲んで良し掛けて良しの万能オブジェクトですね。』
夢中で飲み続けるトムの隣で、車掌がトムに渡した物の説明を行う。
一方、トムはあっという間にボトルを一本空にしていた。
「美味しかった!ーーーーありがとう車掌さん!」
笑顔で、空になったボトルを車掌に返すトム。
感じていた疲れや、空腹感が一気に遠のいた気がする。
『それは良かったです。旅に必要なのは、十分な休息と栄養ですから。』
そう言って、車掌は帽子のつばを少し上げた。
…その顔は、靄が掛かった様に良く見えない。
「………?」
それを不思議そうにトムが見つめていると、車掌が此方へ視線を向けて来たーーー気がした。
『…どうかされましたか?ーーーーアーモンドウォーター、まだいりますか?』
トムは首を振る。
「あ。ううん、大丈夫です!……その…ココが何処なのかな、って思って…。」
『ーーーーーーーーなるほど…。』
トムの声に、車掌は視線を電車の進行方向へと向けた。
『《何処》とは明確には言えませんね。ーーーーただ、少なくとも貴方の居る世界とは違う世界である事は確かです。』
「…?どういう事なの?ーーーー僕は、家の地下室からこの変な場所に来た筈なのに………。」
トムの疑問に、車掌は静かに答える。
『〈扉〉は何処にでも開き得る、という事ですね。ーーーー貴方は、運悪く〈扉〉の向こう側へ足を踏み入れてしまった。』
ーーーーところで、と車掌は前置きしてからトムの方へ振り返った。
『ーーーー貴方は家にーーーー〈元の世界〉に帰りたいですか?』
トムは素早く頷いた。
今の目の前にいる『車掌』は恐ろしくも何ともないが、彼に出会うまでに彷徨った2つの世界は、どれも恐ろしく孤独と不安に満ちていた。
……あんな場所にはもう二度と行きたくない。ーーーー彼はそう思っていたのだ。
しかし、その頷きを見た車掌は少し暗い雰囲気で俯いた。
『そうですか……。ーーーーですよね。誰だってそうでしょう。』
そう彼は呟いてから、トムの肩に手をおいた。
『最初に言っておきます。ーーーー
「覚悟…?どういう事??車掌さんは何を言ってるの??」
訳が分からず、トムは車掌を見上げる。
その靄の掛かった顔が、自分を真っ直ぐ真剣に見つめている気がした。
『………良いですか。落ち着いて聞いて下さい。』
車掌の優しくも真剣な響きを持った声が、トムの耳に届く。
『貴方はもしかすると、もう帰れないかもしれません。』
「え?」
トムは唖然として口を開けた。
ガタンゴトンと鳴る電車の音が、やけに大きく聞こえる。
「か…帰れない?なんで?どうして!?」
トムの声に、車掌は静かに言葉を紡ぐ。
「此処は、貴方達の世界とは次元そのものが異なる世界。故に、この世界からの脱出は困難を極めます。……幼い子供の貴方では、難しいかもしれません。」
そう言ってから、車掌はトムにこの世界についての事を教えてくれた。
曰く、この世界には無数の〈レベル〉と呼ばれる空間が存在すると言う事。
そして、元の世界に帰るためには、幾つものレベルを越えていかなければならない事。
更に、レベル1でトムに襲い掛かって来た〈
脱出して、元の世界に帰るためには、ソレらの困難を自分の身ひとつで、乗り越えていかなければならないと言う事。
ーーーーーーーーそれは、トムの想像も及ばないような、長い長い道のりだったのだ。
「そんな………僕は……そんなに長い旅をしなきゃいけないの…?」
揺れる電車の中で、全てを知ったトムは項垂れる。
せっかく悪夢の様な世界から助かったと思った所に、突き付けられた無情なる現実。
「僕は…どうしたら……。」
項垂れ俯く彼の肩に、車掌がポンと手を置いた。
彼の耳に、車掌の力強い声が届く。
『大丈夫です。…不可能とは言っていません。ーーーーーそれに、最初にも言った通り、私は貴方が元の世界に帰れるよう、出来る限りの努力を致します。……私は貴方の味方ですよ。』
「……!」
トムは顔を上げて、靄のかかっている車掌の顔を見つめた。
「どうして……。どうして車掌さんはそこまでしてくれるの…?僕の為に……どうして。」
その問いに、車掌は電車の進行方向を見た。…電車はいつの間にか速度を落とし、止まろうとしている様だ。
車両の前方には、白い光に満たされたトンネルの出口が見えている。
それを見つめながら、車掌は重々しく呟いた。
『ーーーー私は、
彼の言葉の終わりと同時に、電車はゆっくりとトンネルから抜け出す。
そしてトムの眼の前に、白いタイル張りの広々とした空間が姿を見せた。
まるでプールの様に、綺麗な水を彼方此方に湛えた白い部屋の集合体。
『ーーーーさて、話の途中ですが到着アナウンスはしなければ。』
車掌はそう言うと、少し声色を変えて喋り始めた。
『ーーーーご乗車、ありがとうございました。まもなく、当車はLevel37〈The Poolrooms〉に到着致します。なお、電車の停車時間は20分を予定しております。お忘れ物無いようお願い申し上げます。右側のドアが開きます。ご注意下さい。』
ーーーーーーーそんな流暢な車掌の声と共に、銀色の電車はLevel37〈The Poolrooms〉へと、滑るように停車したのだった。
◆◇◆
Level 37〈The Poolrooms〉。
電車に乗って辿り着いたこの場所は、〈プール〉の名が示す通り、水を湛えたプールの様な部屋と回廊で構成されているようだった。
辺りは静かで、部屋の大部分が水没しているのに空気は乾いている。
なんとなく、神聖な雰囲気さえ感じさせる空間だった。
「わぁ……プールだ……。」
電車から出たトムは、眼の前に広がる広大なプールに手を突っ込んでみる。
水は思ったよりも温かった。
『ココで降りるのでなければ、あまり遠くへは行かないようにして下さい。停車時間は20分で、延ばせませんから。』
車掌が先頭車両から顔を出してトムに忠告する。
「うん。分かってる。」
トムは頷いた。……もとより、遠くまで行くつもりは無い。また迷子に逆戻りは嫌だった。
「…………。」
トムは広々としたプールの縁に腰掛け、ゆらゆらと揺れる水面を見つめる。
微かな水音しか聞こえない白い世界に居ると、また孤独感が湧き上がってきた。
そして、もう帰れないかも知れないと言う思いが、ジワジワと心の中を侵していくのだ。
「ママ……パパ………。お祖母ちゃん…お祖父ちゃん……。」
揺れる水面を見つめながら、トムは独りごちる。
家族の顔が、脳裏に浮かんでは消えていった。…優しい両親、友達、親戚、あの温かな家に、もう一度戻りたい。
ーーーーーーーーこの世界は、孤独すぎる。
「それでも僕は………
呟いたのは『願い』の言葉。
「車掌さんは、僕の為に努力してくれるって言ってくれた。絶対に帰れない訳じゃないって、言ってくれた。……だから。」
自分に言い聞かせるかのように、トムは1人呟く。覚悟の言葉を。
「
呟いたトムは、ゆっくりと立ち上がる。
水の音と自分の吐息の音以外、一切の雑音が生じないこの空間に居ると、かえって覚悟が決まった気がした。
謎の光源に照らされた、汚れを知らない白い部屋と、心を洗い流す様な澄んだ水の輝きが、自分の中の恐怖と不安を取り去っていく様だ。
……きっと、このレベルで感じる『孤独』は、恐怖的な孤独では無く、ある種の安らぎに近い孤独なのではないかーーーーーーそうトムはなんとなく考える。
『ーーーー出発5分前です。ご降車されない方は、車両内にお戻り下さい。繰り返しますーーーー出発5分前です。』
「…!」
そんな車掌の事務的なアナウンスが聞こえてきて、トムは振り返った。
光に照らされて水没した回廊の水面に、まるで浮かぶかの様に佇む銀色の電車から、車掌がコチラに手を降っている。
「今行くよ車掌さん!」
トムはそう言って、電車へと駆け寄った。
ーーーー乗り込むと、直ぐに車掌がトムの方へ話しかけてくる。
『……随分と顔色が良くなったようですね。アーモンドウォーターがかなり効いた様で、何よりです。』
トムの顔色が良くなったのは、アーモンドウォーターの力だけでは無く、覚悟を決める事が出来たからなのだが、車掌はそう考えたようだ。
「ーーーー僕は諦めないよ、車掌さん。」
『?』
そんな車掌に、トムは自分の覚悟を告げる。
「必ず、ママとパパの所にーーーー僕の家に、僕は帰る。だから、力を貸してください。」
ーーーー車掌が安堵したように笑った気がした。
『勿論です。権限の及ぶ範囲でお貸ししましょう。ーーーーそう言えば、まだお名前をお伺いしておりませんでしたね。…貴方のお名前をお伺いしても?』
丁寧に訪ねてくる車掌に、トムは自分の名前を告げる。
「トムです。トム・マクフライって言います!ーーーー車掌さんのお名前は??」
車掌はゆっくりと答えた。
『私の事は、《車掌さん》で結構ですよ。トム・マクフライさん。ーーーーでは、これからの旅路、どうぞ宜しくお願いします。』
そして車掌は、手慣れた物腰でトムにお辞儀をしたのだったーーーーーーーー
やっと始まったって感じで草。
元々、レベル37は本編に出す予定もありました。
結局出さなかったんですけど、補完編で出せたんで良かったです。
界隈では、非常に完成度の高いレベルであると評価されているらしく、かくいう私も好きです。
ちな、このレベルに滞在すると、最初は気持ちが落ち着くらしいので、トム君が覚悟決める場所にもピッタリって事で。ハイ。
では、また次回〜
(ほんと不定期で申し訳ない。)