The Back Rooms Story 〜Fanmade〜   作:犬社長

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再びショタに襲い来る試練の刻。





トム・マクフライ記録補完その⑦〈急転直下〉

 

 

 

 

 レベル92のヘレンのコテージでの食事休憩を終えたトムは、彼女からの許可を得てコテージ周辺を見て回る事にした。

 

 真っ赤に熟れたリンゴを齧りながら、トムはコテージの周囲を歩き回る。

 

 コテージには良く手入れされた庭が付いていて、そこには沢山のプランターが置かれていた。

 そして、プランターにはトムの知らない観葉植物が沢山植わっている。

 

 空を見上げれば、小鳥が囀りながらホバリングを繰り返していた。(アレはハチドリだろうか?)

 

「凄いや。…お花がいっぱい…。」

 

 トムは歩きながら、幾つかのハーブが育っている畑も見つけた。

 ローズマリーの爽やかな香りは、トムをリラックスさせるには十分だった。

 

ーーーー更に、トムは森へ続く幾つかの小道と、森の中に住んでいるであろう動物達ーーーー鹿や兎などーーーーを見る事も出来た。

 人に慣れているのか、或いは人を知らないのか、トムを見ても逃げる事無く、此方を見つめてくる。

 

ーーーーとは言え、流石に近付くと警戒して距離を取ってしまう様だ。……餌でもあげれば、直ぐ懐くかも知れない。

 

「………この世界には…こんな居心地良いレベルもあるんだ。」

 

トムにとっては、それは新たなる発見だった。

 

こんなレベルだったら、別に帰らなくったってーーーー

 

「いやいや……。僕は帰るんだ。帰るって決めたんだから。」

 

一瞬浮かんだ考えをかき消して、トムはリンゴを齧る。

 

 

 

ーーーーーーーーやがて、トムの前に大きな温室が見えてきた。

 

 

「…わぁ、大っきい建物…。ーーーー中はどんなのだろ??」

 

トムは好奇心旺盛に温室の中へ入っていく。

 

ーーーー温室なだけあって中は温かく、やはり大量の花や植物が育っていた。

 

 この辺りには似たような温室が幾つか存在し、中には其々異なったコンセプトで植物が植わっている様だ。…見ていて、全く飽きない。

 

「ヘレンさんって、凄いお婆さんなんだな〜。こんなに沢山のお花とかを、全部一人で育ててるんだから。」

 

 幾つかの温室を見て回ったトムは、感心しながら森の中の探索を続ける。

 

 森は静かで、空は青く、遥か遠くから風が吹いて来ていた。

 

「…あれ?」

 

 歩き回っている時、ふとトムは別の温室を見つける。

 

 ソレは他の温室とは離れた所にあり、少しだけ纏っている雰囲気が違った。

 

「ーーーーこんな所にも有るんだ。へー…。」

 

 温室は大きく入口を開けて、トムを待っていた。其処に彼が入るのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーーー『世界』の意思に『招かれし者』はーーーー

 

…木々がざわめく。森の中で、温室の存在感が矢鱈と大きくなっていく様だ。

 

ーーーーその『先』へ進む事を望まれるーーーー

 

鳥の声が遠くへ行く。

風が不自然に止まる。

 

ーーーー無限の深淵へその身を投じーーーー

 

「……あの中には…どんな物が……。」

 

 トムは何かに引き寄せられる様に、その温室へ歩み寄った。…温室は、手招きする様に入り口を開けている。

 

ーーーー夢幻の永遠を歩み続けるーーーー

 

そして、トムはゆっくりと温室へ足を踏み入れーーーーーーー

 

 

ーーーーようこそ再訪の空間へーーーー

 

 

ーーーーーーーー次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

そして君はこの世界の一部となるのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇N()E()X()T() L()E()V()E()L()◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

 

…………木々のざわめきが聞こえる。

 

 

ーーーーでも、あのレベル92の様な、穏やかなざわめきでは無い。

 

もっと切羽詰まった、急かすようなざわめきだ。

 

 

 

「…え?」

 

 

 トムの呆けた声が、()()()()()()()()()()()()

 

辺りには、無茶苦茶に生え散らかしている雑草達。

 

 手入れもされていない温室の中は、古い土の香りがする。

 

「………なにが起きたの…??」

 

 いつの間にか地べたに座り込んでいたトムは、辺りを見渡しながら起き上がった。

 

 レベル92の温室の中に足を踏み入れた筈なのに、全く雰囲気の違う場所に立っている。

 

 漂う空気は湿気を帯びて蒸し暑く、微かに霧が立ち込めていた。

 

「部屋の中…だよね?」

 

 トムは混乱しながらも、自分の居るボロボロの温室から白いドアを通って外へ出る。

 

 

 

ーーーーしかし、外の景色はまるっきり別の物へ変わっていた。

 

 

 

「何これ…!」

 

眼前に広がる景色を見て、驚愕の声を上げるトム。

 

 何故ならば、目の前に広がっている景色が、レベル92のモノと全く異なっていたからだ。

 

ーーーー先ず、全体的に草や木が多過ぎる。

 

 レベル92は森全体が丁寧に管理されていたが、此処は完全に放棄されているのか、あらゆる植物が無造作に伸び放題だった。

 

そして、やはり霧が濃い。

 

「……何処なのココは…?あの森じゃ無いの…?」

 

トムは怯えながら、雑草を掻き分けつつ進む。

 

 そして、自分が最初に居たボロボロの温室の周りを、ぐるっと一周してみたが、ヘレンのコテージに繋がるような目印は何も無かった。

 

ーーーーまるで、全く別の場所に自分だけが飛ばされてしまったかのようだ。

 

「……もしかして…そうなの…?」

 

トムは霧立ち込める中で、恐る恐る呟く。

 

……ココがさっきまで居たレベルでは無いーーーーと言う可能性に、トムは気付いてしまったのだ。

 

 しかし、例えそうだったとしても、何故ココに辿り着いたのかが全く分からない。

 何度か、意味も無くボロボロの温室と外を行ったり来たりして見たが、なんの成果も上げられなかった。

 

「…どうしよう……ココは何処…??なんで僕は…ココへ??」

 

心臓が焦った様に鼓動を刻む。

 

 レベル92の中とは違い、此処からはレベル301やレベル9の様な、不気味な悪意が蔓延っている様に見えた。

 

「も…戻らなきゃ…!電車に乗れなくなっちゃう…車掌さんに…会えなくなっちゃう…!でも…どうやって………」

 

 トムはアテも無く、ただ急かされるように、荒れ果てた森を歩き出した………

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーこのレベルの名は、Level 683〈The Crawling Gardens(這う森)〉。

 

 

深い霧に包まれた、無限に続く荒廃したレベルである。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

雑草を掻き分けながら、トムは進む。

 

 しかし足に絡まる蔦や、乱雑に生えている低木が邪魔をして、中々上手く進めない。

 

「……あいたッ!」

 

 地面からはみ出した木の根に躓いて転んでは、また起き上がって歩き続ける。

 

 しかし、どれだけ進もうとも目新しい物は見えてこなかった。

 最初に出てきたあのボロボロの温室以外に、この森の中には何も無いみたいだ。

 

「…なんで…こんな事に…?」

 

ーーーートムは知らない。

 バックルームに存在するレベルには、ありとあらゆる『出口』がある事を。

 バックルームでは、些細な行動が自らを別の世界(レベル)へ運んで行ってしまう。

 

 トムは不運にもーーーー或いは必然的にーーーー違うレベルへ向かう条件を、満たしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーアレからどれだけ歩いただろうか?

 

 

 既に2、3時間は歩いているかもしれないーーーーと、トムは思えてきた。

 

 もしそうならば、もうとっくに停車時間は過ぎている。…車掌さんとポリゴンは、もう電車に乗ってレベル92を発ってしまったに違い無い。

 

「いたっ!」

 

また木の根にトムは躓いて転けた。

 

「うぅ……。」

 

 トムの体には、あちこちに打ち身のアザや、草木に引っ掻かれてついた細かな傷が付いてしまっている。

 

「それでも……!」

 

トムはふらつきながらも執念で起き上がった。

 ヘレンの言葉が、頭の中に過る。ーーーーあの、優しげな声がトムに未だ語り掛ける。

 

 

『諦めてはいけない』とーーーー。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーガサッ!!

 

「?!」

 

 ふと、自分からそう離れていない所で、自分では無い、草木を掻き分ける音が聞こえた。

 

 

ガサガサッ!パキッ!

 

 

ーーーー何かが、トムと同じ様に草木を掻き分けて、コチラへ向かって来る。

 

「な…なに…?」

 

 トムは後退った。ーーーーレベル92は安全なレベルだと聞いていたので、透明マントは電車の中に置いて来てある。ーーーー身を隠す手段は無い。

 

ーーーーガサガサガサッ!!

 

……そして、後退ったトムの前に()()()()()()()()()

 

 

「ーーーーひっ?!」

 

 

 窪んだ白目に、青白い肌と長い手足ーーーーレベル301でも出会った、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の別個体だ。

 

「ス、スキンスティーラー!?!?」

 

トムは恐怖の叫び声を上げる。

 

あの時は車掌さんがそばに居た。透明マントもあった。

 しかし、今の自分は丸腰で、隠れる物も頼れる者も周囲に無い。

 

『ーーーー!』

 

成り変わる者(スキンスティーラー)〉も、トムの存在に気付いたようだ。

 その白い落ち窪んだ目をギョロリと動かし、青白い手の指先をトムへ向けて来る。

 

「うわぁぁぁあぁぁあ?!?」

 

トムは回れ右して逃げ出した。

 

 絡まる蔦を振り払いながら、トムは霧に包まれた森の中を走る。

 

ーーーーガサガサッッ!!

 

成り変わる者(スキンスティーラー)〉は、そんなトムを追い掛けてきていた。

 

 向こうの方がトムよりも大きく、歩幅もデカい。トムであれば足止めされる様な低木も、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉なら無理矢理なぎ倒して進める。

 

仄暗い森の中から始まった命懸けのチェイス。

 

ーーーーしかし、あっという間に距離は縮まった。

 

『ーーーーーーーー!!!』

 

 声にならない呻きのような物を漏らしながら、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の手がトムの肩を掴む。

 

そしてそのまま、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の顔の前までトムは持ち上げられる。ーーーー酷く冷たい皮膚の感触がした。

 

「いやだぁッ!?」

 

捕まったトムは、足を夢中で後ろに突き出す。

 

『mmmmッ?!』

 

 バタ足が運良く〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の目に当たったのか、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉は呻いてトムを取り落とした。

 

 地面に落ちたトムは、死にものぐるいで起き上がって走り出す。

 

 〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉はトムに蹴られた片目を押さえていたが、やがて再びトムを追い掛け始めた。

 

ーーーー霧は深く、濃くなっていく。

背の高い草木が、トムの視界と行く手を阻む。

 

そして、再びトムと〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の距離は縮まった。

 

『ーーーー!!』

「あぐっ?!」

 

ーーーーーーー今度は、トムに向かって蹴りを見舞って来る〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉。

 

 その太く大きな脚から放たれた蹴りは、トムの小柄な体をサッカーボールか何かの様に吹っ飛ばし、多い茂った雑草の中へ彼を叩き付けた。

 

「あぁあッ!」

 

 蹴られた背中が痛む。…茂った雑草がクッションになり、体を叩き付けられた際の衝撃は、ある程度吸収された。

 しかし、強い衝撃を受けた事に変わりはなく、トムは息も詰まるような痛みを全身に感じていた。

 

(痛い…!痛い!ーーーー胸が…苦しい…!!)

 

 蹴り飛ばされた時の衝撃で、息ができない。起き上がろうとして藻掻くも、意思に反して手足が動かなかった。

 

そんなトムに近付く〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉。

その白い目は、トムを敵意を持って睨みつけていた。

 

(…嘘だ…!ココで…僕は死ぬ??ーーーーせっかく、車掌さんに助けてもらったのに…!そんなの嫌だ!!)

 

そう心では思っても、体は動いてはくれない。

 

 そして、迫る〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の青白い指が、トムへ伸びーーーーーーーー

 

 

ガサッ!!!!

 

 

 再びトムの近くで草が動いた。……否、()()()()()()()()()

 

(え?!)

『!!!!!』

 

成り変わる者(スキンスティーラー)〉が驚いた様に後退る。そんな〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉へ飛び掛かる、()()()()()()

 

『mmmmmm!!!!』

 

 〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉は吠え声を上げると、自分に絡みつく『草の塊』を手で引き千切るように放り投げた。

 

 その青白い皮膚の一部が爛れている。……強力な酸性の液体を掛けられたかのようだ。

 

 一方で、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉に投げられた『草の塊』は、生きているかの様にモサッと起き上がった。

……何度も見ても、やはりただの草の塊にしか見えない。

 

 

「な、なにアレ……草の塊???」

 

 

 トムは知らないーーーーーーあの草の塊もまた、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉と呼ばれるエンティティの1体であると言う事を。

 

 

トムが唖然と見つめる先で、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉と〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の対決は続く。

 

 ビシュン、と音を立てて、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉が長い蔦を鞭のように伸ばした。

 そしてソレは〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の足に素早く絡まる。

 

『ーーーー!!』

 

しかし、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の方が力が強かった。

 

 グイッ、と逆に引っ張られて〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の足下まで引きずり出されてしまう〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉。

 

ーーーーーそのまま、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉が大きな足で〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉を踏み潰そうとした時だった。

 

 

ーーーーガサッ!!

ーーーーガササッ!!

 

 

『?!?!?!』

 

 

 なんと、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の背後から2体目と3体目の〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉が飛び出し、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の首と腕に蔦を巻き付け締め上げだしたのだ。

 

 コレには不意を付かれたのか、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉はバランスを崩して倒れ込む。

 

 倒れ込んだ〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉に群がる3匹の〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉。

 

酸の様な、鼻につく酸っぱい匂いが立ち込める。

 どうやら、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉が酸性の液体を至近距離から〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉に浴びせている様だ。

 

『ーーーー!!ーーーー!!!』

 

 手足をバタつかせ、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の包囲から逃れようとする〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉。

 

 しかし、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の四肢を押さえつけるかのように伸びる〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の蔦が、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の動きを完全に封じ込めて、逃さない。

 

 やがて、〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の体はドロドロと悍しいスライムの様に溶けていき、森の土壌へ染み込んでいった。

 

 

…もしかすると、ああやって〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉に溶かされた〈住まう者(エンティティ)〉達が養分となり、このレベルの草木を育てているのだろうか……??

 

 

「ーーーーって、見てる場合じゃない…!逃げないと…!!」

 

我に返ったトムは、フラフラと起き上がる。

…呆然と怪物大戦争を見ている間に、ほんの僅かだが体の痛みが引いていった様だ。

逃げ出すチャンスは、今しか無い。

 

 3匹の〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉は、自分達が倒した〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉の亡骸を溶かす事に集中しているらしい。ーーーートムがその場を立ち去ろうとしても、彼に目向きもしなかった。

…そもそも、ただの草の塊に過ぎない彼等に目などは無いが。

 

(…あの草の塊だって、きっと危ないヤツな筈…。)

 

トムはその場から忍び足で立ち去る。

 

そして、ある程度離れた所で歩く足の速度を速めようとしーーーーーーーー

 

 

ガサッ

 

 

ーーーーーーーー()()()()()()()忍び寄る者(クリーピングブレード)〉が現れた。

 

「え。」

 

呆けた声を漏らしたトムの首に、固く冷たい蔦が絡みつく。

そして、万力のような力でトムの首は締め上げられた。

 

「か…ぁ……ぁッ?!」

 

息が出来ない。

頭に血が登る。

口が酸素を求めて開く。

 

 トムは目を見開きながら、両手で首に巻き付く蔦を外そうとした。しかし、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の蔦はガッチリと首に巻き付いて外れない。

 

 〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉などとも違い、およそ顔らしきものなど有していない〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉からは、何の感情も意思も読み取れない。

 ただトムを『養分』の1つであると無感情に認識し、ソレを『摂取』する為の最適解を取るのみだ。

 

「…ッ…こ、この…ぉ…ッ!」

 

 トムは藻掻きながら、〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉から伸びる蔦を掴む。

 

 そして無我夢中で蔦を手繰り寄せると、()()()()()()()()()()

 

 

……子供の力とは言え、顎力と言うものは存外バカに出来ない。

 

 

ーーーーブチッ!と蔦の繊維が口の中で千切れる音がして、トムの口いっぱいに青臭い草の味が広がった。

 蔦を噛みちぎって拘束から脱したトムは、ドサッと腐葉土の上に落ちる。

 

「…げほっ!ゴホッ!!かはっ!」

 

 首に巻き付く蔦を解くと、酸素を求めていた肺が急速に呼吸を再開し、トムはえずいて咳き込んだ。

 

 一方の〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉は、何の反応も見せずに2本目の蔦をトムへ伸ばす。

 その行動に驚きや怒りの感情は感じ取れず、ただ淡々と逃げた獲物を捕まえようとしていた。

 

 分かりきっていたことだが、ただの草である〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉に痛覚など無いらしい。

 

(ーーーーもう…捕まるもんか…!!)

 

 トムは伸ばされた蔦をすんでの所で躱す。そして、蠢く草の塊に背を向けると、脱兎の如く走り出した。

 

 後ろから、ガサガサと草木が揺すれる音が断続的に聞こえてくるが、もうトムは振り返らない。

ほんの僅かな間に2回も死にかけたのだ。

ーーーーもう、今の彼には、逃げる事しか考える余裕は無かった。

 

しかし、逃げ続けている途中でトムはある事に気付く。

 

(…ココ…『草の塊』でいっぱいだッ!?)

 

ーーーーいつの間にか、トムの背後は勿論、左右にも〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の姿が現れていたのだ。

 

 知らず知らずの内に、トムは〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の群生地へ足を踏み入れてしまったらしい。

 

 そして勿論、全個体が養分(トム)の接近を感知して蔦を触手のように伸ばしている。

 

ーーーーしかし、それでも足を止める訳には行かない。

 

 トムは無我夢中で、蠢く〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の大群の中を走って突っ切ろうとした。

 

ーーーー四方八方から伸びる〈忍び寄る者(クリーピングブレード)〉の蔦が、トムの肩を掠める。

 かと思えば、トム目掛けて強酸性の液体が、飛沫のように飛んで来た。

 

「うわっ?!?!」

 

 幸い頭からソレを被ることは無かったものの、飛び散った液体の飛沫が肌をヒリヒリと灼く。

 そして、トムはズルリとバランスを崩し、草の茂みの中へ頭から転げ落ちた。

 

「ーーーーうわあぁああぁあ?!?!」

 

ーーーーすこし下り坂になっているのか、トムは何度も体中を打ち付けながら、ゴロゴロと転がっていく。

 

…何度も視界が上下に反転する。

 

 そのままトムは転がり、また転がって、更に転がり続けーーーーーーーー

 

 

フッーーーーと、()()()()()()()()()()()

 

 

(あれ………???)

 

 まるで崖から落ちたかのようだが、このレベルにそこまで高低差は無い。

 

ーーーー恰も、床から自分がすり抜けてしまった様なーーーー

 

(コレってまさか、車掌さんが言ってた【ノークリップ】ーーーー)

 

 

 

…そして、トムの視界は再びひっくり返った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇NEXT LEVEL◇◆◇

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

…………

 

 

……………水の流れる音が聞こえる。

 

 

「ーーーーーーーはっっっ?!」

 

 トムは、悪夢から目覚めた時の様に、ガバッと起き上がった。

 

「はぁ…はぁ…こ、ここは…??」

 

自分は、濡れた大きな石の上に座り込んでいる様だ。

 そして、周囲には凄まじい勢いで流れる川ーーーー否、『滝』が有る。

 

「…何これ……滝…??」

 

 トムは唖然としながら周囲を見渡しーーーーーーーー自分が()()()()()()()()事に気が付いた。

 

「…??いつの間に……僕はこんな物を??」

 

 防護服は若干ゴワゴワしていたが、およそトムの体型に合ったサイズで、鈍い銀色に光っている。

 脱ごうとしても、脱ぎ方が分からないので、トムは着たままにする事にした。

 

「ーーーーそれに、周りも森じゃ無い。……僕はさっきの場所から…また違う所に来ちゃったの……?」

 

困惑しながらも、トムは岩の上で立ち上がる。

 

 濡れた岩はツルツルしていて、しっかり立っていないと滑り落ちそうだ。

ーーーーそしてもし滑り落ちれば、眼下を流れる大瀑布の激流に呑み込まれてしまうだろう。

 

「なんか……滝がいっぱいだ……。」

 

 トムは遥か先まで続く永遠の大瀑布を眺めながら、圧倒された様に呟いた。

 

 

ーーーーココはLevel 1297〈Waterfall Worlds〉。

 

 

無限に続く大瀑布が広がる世界である。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

……ザリッ、と防護服が岩を踏みしめる音がする。

 

 トムは轟々と流れる滝の側を、濡れた岩を足場にして歩き続けていた。

 

何処までいっても尽きる事の無い滝の世界。

 滝の合間には岩の足場が点々と存在しており、歩く場所は意外にも確保されているが、足場の全てが濡れて滑りやすくなっている。

 

(滑り落ちたら……死ぬ…。間違いなく死ぬ…。)

 

なれない防護服で、這うようにしながらトムは進み続けた。

 

 別に行く宛がある訳では無い。…しかし、トムに残された手段は2つに1つ。

 

ーーーー歩くか、諦めるか、なのだ。

 

 

(なら、僕は歩く…!ママとパパと…皆に会いに戻るんだ…!!)

 

もはや執念でトムは動いていた。

 

「ふぅ…ふぅ…!ーーーーーー帰るんだ…!絶対にッ…帰るんだッ…!」

 

涙を流しながら、彼は濡れた路を行く。

 

「へ、ヘレンさんが言ってくれたんだ…!諦めちゃダメだって…!」

 

…ズルッと指先が滑って、少し下へトムは落ちかけた。

ーーーーしかし、全身の筋肉を使って何とか岩にしがみつく。

体を叩く、水飛沫。

 

「…不可能じゃないって、車掌さんも言ってた…!ポリゴンさんだって、9ヶ月も、9ヶ月も迷子になってたのに、諦めずにお家に帰ろうとしてた…!!」

 

トムは岩の上に再び這い上がった。

〈Level 683〉で〈成り変わる者(スキンスティーラー)〉に蹴り飛ばされた背中がズキズキと痛む。

忍び寄る者(クリーピングブレード)〉に締められた首の痕も、熱を帯びて痛い。

ーーーーそして何より、何時間にも及ぶ過酷な放浪の旅の疲労が、トムの体に襲いかかっていた。

 もう、ヘレンのコテージで休んだのが何年も前の様に思える。

 

ーーーーそれでも、トムは歩き続けた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……帰るんだ…帰るんだ……」

 

 滝から飛び散る水飛沫に防護服が濡れ、驚く程に冷たい水がトムの体温を奪う。

 

 更に、酷い喉の渇きがトムを苦しめた。このレベルに足を踏み入れた時から、やけに喉が渇く気がする。

 

「……喉…渇いた……。」

 

うわ言のようにトムは呟いて、流れる滝へ目を向ける。

 

「ーーーーみ、水……!」

 

…確かに滝を流れるのは水だ。

ーーーーだが、トムなど枯れ葉のように流してしまう滝から水を採ろうと近付けば、果たしてどうなるだろう??

 

「ーーーーーーーーあっ。」

 

ツルッと足が滑った。

 

「あぁッ?!」

 

 ほんの少し、ほんの少し水が飲みたかっただけなのに、トムは取り返しのつかない行動に出てしまった。

 

……つまるところ、彼は滝に近付き過ぎたのだ。

 

ーーーードボンッ、と滝に落ちるトム。

 

そしてそのまま、急流の中で揉みくちゃにされる。

 

「がぼっ!かぼぼぼっ?!ぐぼぼっ!!!」

 

水がドバッと口の中に入ってきて、トムは藻掻いた。

肺から空気が抜けていく。

 

(ーーーーお、溺れるッ!!!)

 

トムは救いを求めるように手を伸ばした。

しかし、流れる水の中では何も掴めない。

 

(嫌だ…!僕はーーーー帰らなくちゃいけないのに!!!)

 

「ごぽッ……………」

 

肺から最後の空気が抜けていく。

 そして、そのままトムの意識は溺れる苦しみと共に遠ざかりーーーーーーーー

 

 

ーーーー大丈夫。貴方は帰れるよーーーー

 

 

……()()()()()()()()()()()()()()

 

(え……??)

 

『何か』が、トムの体を、流れる水から掬い上げる。

 

…視界が変にホワイトアウトして、何が起きているか良く見えない。

 ただ、自分は()()()()()()()()に抱きかかえられ、何故か空を飛んでいた。

 

(何がーーーー起きてーーーーー)

 

溺れかけたせいで霞む視界に、轟々と流れ落ちる滝が見える。

 

ーーーー『招かれた者』よ。どうか強く生きて欲しいーーーー

 

 耳元でーーーー或いは遥か遠くからーーーー囁くような()()()()が聞こえる。

 

 トムが声のする方を見ようとしても、見えるのは白い光と()()()()()()()()()不明瞭な影のみ。

…そして、何故かトムは深い悲しみの感情を感じ始めていた。

 

その『グリッチした影』が、トムへ言葉を紡ぐ。

 

ーーーーこのレベルが炎に包まれる前に、あなたを救えて良かったーーーー

 

(……???)

 

 トムが朧げな意識の中で、その言葉の意味を考えようとした時、眼下に広がる滝に変化が起きた。

 

 

ーーーーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(ーーーー!?)

 

 あっという間に灼熱地獄へと変貌した滝を見て、トムは目を見開いた。

ーーーーもしも、自分があのまま水の中に居たら、間違いなく骨すら残らず焼き尽くされていただろう。

 

ーーーーさぁ、行くわよーーーー

 

『声』が囁く。

 

「行く…って……何処へ………?」

 

弱々しく尋ねるトム。

すると『声』が答えた。

 

ーーーー『海』へーーーー

 

ーーーー『出口』では無いけれど、此処では無い何処かへ、貴方を連れて行ってくれる場所ーーーー

 

 

やがて、トムの前に広がる景色が変わった。

 

 

ーーーー煮え滾る溶岩が、現れた時と同じ様に忽然と水に取って代わり、そして唐突に()()()()()

 

……そして、トムの眼の前には()()()()()()()()

 

「ーーーーう、海……だ…。」

 

 

 広がる『海』は、激しく荒波を立て、其処に勢い良く滝が流れ込んでいる。

 

 

ーーーー私に出来るのは此処まで。此処から先は、また貴方が歩いていくのーーーー

 

優しげな声が、そっとトムに最後の言葉を送った。

 

(待って…!キミは誰なの??)

 

トムの思考に、『声』は小さく囁く。

 

ーーーー()()()()()()()()()()。だけど、憶えておく必要は無いわ。忘れてね?ーーーー

 

 そんな言葉と共に、トムは海へと()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 最後にトムの視界に映ったのは、グリッチした様に歪む女性の彫像でーーーーーーーー

 

 

 

 

 

そして、トムは海へ消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇NEXT LEVEL◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーコレは酷いな。()()()()()()()()()()()()()()。しかも()()()()。」

 

……明るい光を感じる。

 

「ぁ………。」

 

トムは薄っすらと目を開いた。

 

体が鉛のように重い。

吐く息は熱く、意識は朦朧としていた。

 

ーーーー自分を、至近距離から()()が覗き込んでいる。

 

「…だ、、れ…?、、ココは、どこ、、??」

 

掠れた呟きに、その影はそっと答えた。

 

 

 

「ーーーー俺は『イライジャ・バケット・ミラー』ーーーーそしてココは、LEVEL240〈Lotka Lake(ロトカの湖)〉だ。……キミがどんな目に遭って来たのかは分からないが、良く頑張ったな。ーーーー()()()()()()。」

 

「あ………」

 

 

『安全』。ーーーーその言葉を聞いた瞬間、トムは緊張の糸が切れたかの様に再び意識を失ったのだったーーーーーーーー。

 

 

 

 






お 前 の 様 な 覚 悟 ガ ン ギ マ リ の 子 供 が 居 る か
(読み返した時の感想)

これに尽きる。
この子のメンタルどうなってんすかね??

……ハイ。
取り敢えず、今回の旅の解説を致しましょう。(本文だと分かりにくいからネ)

①LEVEL92からLEVEL683へ。(何方もFandom版)
移動条件【温室に入ると低確率でLEVEL683へ移動する】
↑コレでトムくんは移動しました。

②LEVEL683からLEVEL1297(Fandom版)へ。
移動条件【LEVEL683の茂みをノークリップ】
↑坂道を転げ落ちてる時に、ノークリップしてしまいました。

③LEVEL1297からLEVEL240(wikibot版)へ。
移動条件【LEVEL1297の海から脱出すると、ランダムなLEVELへ飛ばされる】
↑移動先がレベル240だったのは『たまたま』です。

ーーーーこんな感じですね。
なんというか、超絶ご都合展開かつ無理矢理感が漂いまくってますけどコレもシナリオ通りなんで許して、ユルシテ……

途中でトムを助けた存在は何なのか、『招かれし者』とは何なのか、本編でもあった『各レベルをサクサク進みすぎ問題』と言うメタい話にも、ちょっとした理由を付けようと思ってるので、暫しお待ちを。

取り敢えず、次回でトム編は終われそうです。
ではまた。サラダバー

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