The Back Rooms Story 〜Fanmade〜 作:犬社長
お ま た せ
ーーーーーーーー
周りにはレンガ造りのアパートが乱立していて、物陰からは常に恐ろしい怪物たちの気配がしていた。
しかし、
まるで実家であるかの様に迷い無くアパートを歩き、目指すべき場所へ急ぐ。
ーーーー車掌帽を目深に被り、紺色の制服を翻しながら。
◇◆◇
やがて、とあるアパートの前で彼は立ち止まった。
『………。』
車掌帽のツバを軽く持ち上げ、赤い空に浮かび上がるアパートを仰ぎ見る。
………
それを聞いた彼は、一足飛びてアパートの屋上へと飛び上がる。
ーーーースタンッ、と難なく屋上に着地した彼に気がついたのか、
「おや、〈運行者〉。ーーーー久しぶりだね。今は〈自由時間〉かい?」
そう口を開く青年。
…ゆったりとした、クラッシックの様な音楽が彼の周囲に流れていた。
ーーーーまるで、彼自身が音源であるかの様に。
『ええ、お久しぶりですね〈
ーーーー〈
「アナタからの頼みとあっては、断る訳には行かないね。……それで、頼み事とは??」
好意的に微笑む〈
『
「なるほど…人探しか…。うーん…それはまた難しい依頼を………。」
〈
「ーーーー無限に広がるこの世界から特定の何かを見つけるのは、砂漠の砂の中から一粒の砂金を探す様なモノ。…ほぼ不可能に近い。…アナタも上位者ならば、良く知っている筈。」
『しかし、私は
ーーーー疑念の無い、実に真面目な声色で車掌は〈
黙り込む〈
「………
ややあって、彼はそう曖昧なーーーーしかしハッキリとーーーー肯定の頷きを返した。
『ーーーー確かに不可能とは言っていない。だが、難しい事に変わりはないよ?ーーーーまぁ、〈
顎に手を当て考え込んでいた〈
「…分かった。その頼み事、確かにこの〈
車掌は頭を下げた。
『感謝します。ーーーー私も、自由時間の合間に情報を集めて貴方に報告しますので、その時はまたお願い致しますね。』
それを聞いた〈
「真面目だね。流石は貴方だ。……しかし、
〈
『ーーーー今回の乗客の方は、『終点まで乗る』と言う
『ーーーー私は『
「ん〜…なんか屁理屈めいてる気がするけど、確かにそれもそうか……。」
〈
『ーーーーそれと、例え〈越権行為〉となっても、私はあの方を助けたいと思っています。…あの方は、この世界に消えるには余りにも惜しい。』
そんな車掌の声を聞いた〈
「ーーーーへぇ……貴方がそこまで言うとは、ね。何者なんだい??」
『ーーーー名はトム・マクフライ。あちらの世界の子供ですよ。ーーーーしかし、幼い体に途轍も無く強い心を秘めています。』
車掌は〈
『ーーーー先の見えぬ恐怖の中でも覚悟を失わず、目的を成し遂げようとする強い心を。素晴らしいと思いませんか?』
〈
「心の強さ、か。…確かに大事なモノだ。とってもね………。」
その呟きは、赤い空に溶けて消える。
一方、車掌は右手に巻いた腕時計をチラリと見やると、〈
『ーーーーーーーでは、そろそろ時間ですので失礼します。…トム・マクフライさんの捜索、頼みましたよ。』
〈
「了解。ーーーーどうか、今日も変わらぬ良い日を。」
『ええ。変わらぬ良い日を。』
こうして、2人の〈上位者〉は赤い空の下で別れた。
ーーーーそして、舞台はトム・マクフライの下へ戻る。
◇◆◇
「うぅ…ん……。」
ーーーー頬に、暖かい光を感じる。
トムは、ゆっくりと片目を開けた。
頭が、重い。…病み上がりの様に、全身に倦怠感が纏わり付いていた。
「ーーーーん……。ココ、は……。」
薄めを開いたトムは、自分が寝ている場所を見渡す。
どうやら、木の板を貼り合わせて造った様な小さな小屋の中に、自分は寝かされているらしい。
「…う。」
起き上がろうとして、トムは目眩を覚えた。
手をついて、体を支える。……なんだか、自分がとっても軽くなった様な気がした。
「…僕はーーーーなんで……。」
朧げながら、記憶の断片が蘇ってくる。
ーーーー霧の森、怪物、流れる滝、溺れる自分を掬い上げた手と、波打つ海。
そして『ココはもう安全だ』と、自分に諭すように話し掛ける声。
ーーーー自分は、その声を聞いた途端に気絶してしまったのだ。
「そうだ……僕はレベル92から……」
トムはふらつきながらも再び起き上がる。
そして、立ち上がろうとしたその時ーーーー
「ーーーーーーーーあら!起きたのね!?」
ーーーー不意に部屋のドアが開き、その向こうから10代後半程の少女の顔が、ひょこっと覗いた。
「!?」
驚くトム。
彼女はスタスタとトムに近付くと、彼のおでこに手をサッと当てた。
「うん!ーーーー熱はほぼ無し!…ボク、気分はどう?」
「あ…えっと、大丈夫…です。」
ゆっくりと頷くトム。
彼の声を聞いた少女は笑顔になった。
「そっか!良かった〜。ミラーが貴方を見つけた時、貴方は凄く酷い熱を出していたのよ?ーーーーなかなか目を覚まさないから心配だったけど、起きれたって事はもう大丈夫ね!」
笑顔で捲し立てた彼女は、手慣れた手付きでトムをまたベットの上に寝かせた。
「お腹すいたでしょう?ご飯は私が持ってくるわね。ーーーーまだ、もうちょっと安静にしてるのよ??」
そう言って、部屋から立ち去ろうとする少女。
そんな彼女を、トムは呼び止めた。
「待ってお姉さん!ーーーーココは何処なの?!」
少女はドアの前で振り向く。
「ココは、Level240〈
「に…240……。」
唖然となって呟いたトムに、彼女はニコリと微笑んだ。
「あぁ、大丈夫よ。ココはとっても安全な場所だから!心配しなくても良いわ。ーーーーあ、取り敢えず、先に自己紹介しよっか!」
ふと思い立った様に手を打った彼女は、トムへ軽く会釈をする。
「ーーーーはじめまして。私の名前は、カミーユ・ノースコットよ。ココ〈Level240
「……トム。…トム・マクフライです…。」
そう言って、トムは小さく会釈を返した。
ニコッと笑うカミーユ。
「トムくんね!いきなりで色々と混乱してると思うけど、後から順を追って説明するわ。とにかく、ご飯を持って来なくっちゃ。じゃ!」
カミーユと名乗った少女は、少し急ぎ足で部屋を出ていった。
あとに残されたトムは、呆然としたまま部屋の天井を見上げ、ため息を吐くのだったーーーーーーーー。
◇◆◇
その後、カミーユは直ぐにオートミールを持ってやって来た。
更に彼女の側には、最初にトムをLevel240で見つけたという、カミーユと同じぐらいの年齢に見える少年ーーーー『イライジャ・バケット・ミラー』ーーーーーが付き添っていて、2人でトムに話を聞かせてくれた。
2人曰く、このレベルはトムの様に、この世界に迷い込んだ子供達を集め、保護している場所らしい。
「ココにいる限り、貴方は危険を犯して外のレベルを彷徨う必要は無いわ。」
そう笑顔で話し掛けてくるカミーユ。
隣のバケット・ミラーも会話に加わる。
「ーーーーあぁ。このレベルは〈
ーーーー会いに行くか?と、トムに問い掛けるバケット・ミラー。
「ミラー?先ずは休養が先よ?挨拶しに行くのにも、まず立てるようにならなくっちゃ。」
オートミールをトムに差し出しながら、カミーユが彼を窘めた。
「分かった。」
彼は特に異を唱えること無く、頷いて引き下がる。
カミーユは、トムの方を見ながら、言葉を続けた。
「ーーーーまぁ、私達からの話はこんなモノね。…次は、トムくんの話を聞かせて貰っても良いかな?勿論、トムくんが話したければだけどーーーー。」
「……うん。それなら大丈夫だよ。」
トムは頷いて、ココに来るまでの詳細を2人に語って聞かせた。
家の地下室から、ドアをくぐってこの世界にやって来た事、そして、車掌さんに出会った事、電車に乗って様々なレベルを訪れた事、そしてレベル92に辿り着いた時に、何処か別の場所へ自分だけ飛ばされてしまった事、ーーーー彼は全てを二人に話したのだ。
「ーーーーソレは……その……」
話が終わった後、カミーユが呆気に取られた様な顔付きで、呟きを漏らす。
「…中々に壮絶な体験だったな。」
バケット・ミラーが、カミーユの呟きを引き継いだ。
「…それにしても、『電車』と『車掌』か…。〈
彼はトムの頭を一度だけ撫ぜた。
「ーーーー今の話を聞くに、君は元の世界に帰る事を諦めていないんだな?」
「うん。ーーーー僕は帰るって決めたんだ。」
トムは深く頷く。
「ココがいい場所だってのは、お兄さんとお姉さんの話で分かったよ。ーーーーだけど、僕は帰らなくちゃいけない。…ママやパパが、きっと僕を探してる筈なんだ。だから…。」
「諦めないのは良い事よ。」
カミーユが、眩しい物を見るように微笑んだ。
「…私たちはもう、
「………ブルーエンジェル??」
トムは首を傾げる。
「『滝の世界』で君を助けたモノを、俺達はそう呼んでいる。……危険な
バケット・ミラーが補足してくれた。
「……そんなモノまで居るんだ……。」
トムは茫然と滝の中から助けられた時の事を回想する。
……確かにアレは天使のようだったかもしれない。
ーーーーでも、天使と呼ぶには
「ーーーーま、今はともかく良く休みなさい。」
ブルーエンジェルについて思いを巡らしていたトムの耳に、カミーユの優しい声が割り込んだ。
彼女はトムの頭を軽く撫ぜると、空になったオートミールのボウルを持って立ち上がる。
「暫くは安静にしていないと、体に毒よ。貴方は
「えっ、そんなに??」
トムは驚く。
どうりで、体が弱っているように感じる訳だ。
「あぁ。ゆっくりしてくれ。…また来る。」
バケット・ミラーが、軽く目礼してから退室していく。
カミーユもあとに続いた。
「じゃあね。またご飯持って来るわ。元気になったら、このレベルを案内するわね〜。」
二人の姿がドアの向こうへ消えていく。
ーーーー二人が居なくなったので、トムはまたベットに横になった。
すると、再び睡魔がトムに忍び寄り、彼はゆっくりと眠りに就いたのだったーーーーーーーー
◇◆◇NEXT DAY◇◆◇
次の日、少し元気を取り戻す事ができたトムは、カミーユの宣言通り、彼女の手でレベル240を案内してもらっていた。
今は、微かな霧に包まれた湖の畔をカミーユに連れられて歩いている。
湖は澄んだ水に満たされており、湖面はスイレンの葉で覆われていた。
そして、ガラスで出来ているような透明色の不思議なカエルが、その葉っぱの上をジャンプして移動している。
湖の周囲は、同じく微かな霧に包まれた森であり、大きな木に纏わりつくようにして、ツリーハウスの様なモノが建っていた。
トムが寝かされていた部屋も、あのツリーハウスの一角だったのだ。
「ココには何千年もの時に渡り、この世界に迷い込んで来た子供の放浪者が過ごす場所なの。」
ツリーハウスの真下を歩きながら、カミーユはトムへそう説明する。
子供が継ぎ接ぎして作ったかの様なツリーハウスの至る所から、トムと同じぐらいの子供達の顔が覗いていた。
「おはよう皆〜!」
カミーユが彼等を見上げて、にこやかに手を振る。
「おはようございま〜〜す!」
「おはようございますカミーユさーーん!!」
「おはよーー!」
「おはようカミーユさん!!」
ーーーー口々に返ってくる挨拶の声。
「あの子達はもう何百年も前から此処に住んでいるわ。一番貴方の時代と近い子でさえ、1925年生まれの子よ。……この世界に子供が迷い込む事自体が稀だし、迷い込んだ子が此処に辿り着くまで生き延びられる事はもっと稀だもの。」
そうトムに話して聞かせるカミーユ。
トムは首を傾げた。
「……でも、皆ボクと同じぐらいだよ?」
「このレベルには、アンチエイジング効果があるの。〈
「……何時までも子どものまま、って事?」
「その通りね。…因みに私は1792年生まれよ?元の世界基準なら、とっくの昔にお墓の中ね。」
あっけらかんと言い切ったカミーユ。
「お姉さんだけど、お婆さんみたいに長生きって事なんだね…。」
トムの呟きにカミーユは笑った。
「あはは…。そういう事ね。因みに、私が最年長で此処のリーダーをやってるのよ?何せ、私が初めてこのレベルに足を踏み入れたんだから。」
「…?!ーーーーそうなんだ…!」
「うん。…その時から〈
そうカミーユは懐かしむように呟いて、湖の畔の一角である、少し池の中へ延びている様な足場の上に立った。
トムが隣に立ってみると、湖の真ん中に小さな石造りの台座が置いてあるのが見えた。
…何か、子どもの落書きの様な無数のシンボルマークが、台座には彫られている。
そして、その台座のある場所の周りだけ、底が見えない程に深かった。
「深い………!」
流石に恐怖を感じたトムは、其処を覗こきこもうとするのを辞める。
一方カミーユは、その深い場所目掛けて、湖の畔から叫んだ。
「ロトカーーーー!!!『彼』、起きたわよーー!!挨拶に来たわーーーー!!!」
ーーーー次の瞬間、水面がザブンと揺らいだ。
そして、湖の深い深い水底から、ぬおぉぉぉん…と巨大な影が水面を割って姿を表す。
「うわ…!!」
トムは思わず一歩引いてしまった。
ーーーー何故なら、
ーーーーーーーーソレは、黒い肌と大きな白い目をした、ひょろ長い半人型生物としか形容出来ないモノだった。
上半身しか水の上に出していないのにも関わらず、その半身は見上げる程に大きい。
真っ黒で真ん丸な顔には、目以外の器官は見受けられない。
白い目は怖くは見えなかったが、優しくも見えなかった。
ソレが此方を向く。
体から湖の水を滴らせながら、ソレは声を放った。
「やあ………。おはようカミーユ。…眠っていたよ…。」
微かにハム音の様なノイズが混じる、年老いた男性の様な声。
呆気に取られたトムを見つめ、ソレは微笑んだーーーー気がした。
「そして…キミが新しい子供だね……?名前は…?」
「と…トム…トム・マクフライです…。」
気圧された様に答えるトムを見て、ソレは笑った。
…まるで、ノイズのようなーーーーしかし、柔らかな声で。
「ふふふふふふ…。怖がらなくても良いよトム。…私についての話は聞いたかな?……私は114番…或いは〈
ザブン…と音を立てて、〈
…指だけでも、トムを軽々と潰せそうなぐらい大きい。
「あ…うん。宜しくお願いします…。」
ーーーー恐らく握手を求めているのだろう…と考えたトムは、濡れた黒い指先に触れる。
…思ったよりも柔らかかった。
「……さて、良かったらどこから来たのか、教えてもらえるかい?…私は、子どもと話すのが大好きなんだ…。新しい子なら、特にね………。」
「あ…はい…!」
トムは〈
ソレは長い話となったが、〈
そして、トムが話し終わるとゆっくりと口を開く。
「そうか……。長い旅をしてきたね…トム。…大変だっただろう…?」
〈
その白い目が彼を見つめる。
「…だが、此処はもう安全だよ。痛い目にも、死にそうな目に遭うことも無く、ずっとずっと子どものまま、安らかに過ごせる。……君の様な子供にとっての、楽園だからね……。」
その声は優しかったが、トムは首を振った。
「…だけど、僕は帰るって決めたんです。ーーーーココは良いところだけど、僕はママやパパの所へ帰らなくちゃ。…だから、僕はこのレベルから出ないと行けないんです。行かせて下さい。」
〈
「危険だよトム。…君の話を聞いて、君は此処にいるべき人だって、直ぐに思った……。ーーーー君は此処に居るべきだよ…。…どうだい?ココで暮らそう。友達も…いっぱい出来るよ…??その方が良い…。」
その話を聞いたカミーユが、トムの隣で微かに眉を顰める。
「……〈
その呟きはトムの耳には入らなかったが、〈
〈
「私らしくないのは承知の上さ…カミーユ。ーーーーだが、聞いてほしい。私がこうして、らしく無い食い下がりをしているのには、理由があるんだよ……。」
「理由、とは?」
カミーユの問に、〈
『ーーーー待って下さい。』
ーーーー瞬間、トムにとっては聞き慣れた声が、3人の会話に割り込んだ。
「!!」
振り向くと、トムたちから離れた森の中より、紺色の制服に身を包んだ『車掌さん』が、此方に向かって歩いて来ていた。
…隣には、トムの見たことのない、ピンストライプのスーツを着てシルクハットを被った男が歩いている。
ーーーー微かに、クラッシックの様な音楽が、風に乗って聞こえて来ていた。
…まるで、彼自身が音源みたいに。
「おや………〈
微かに警戒したような声を漏らす〈
そんな〈
『安心して下さい。…あなたのレベルへ手出しはしません。ただ、探していたのですよ。私のお客様を。』
「その通り。ーーーー目的を果たしたら、すぐ出るから。許してほしいな、〈
そう言って、〈
「車掌さん!ーーーー僕を探してくれていたの?!」
トムは驚きつつも、車掌へ走り寄った。カミーユは、驚いて両者を見つめている。
『ええ。…まだ、貴方は終点の〈The Metro〉へ辿り着いていませんから。…このレベル基準で5日程掛けてしまいましたが、何とか見つけ出せて良かったですよ。』
「ーーーーじゃあ、乗せてってくれるの?」
『ええ。緊急事態ですので、このまま〈The Metro〉へ行けますよ。貴方がまだ行きたければ。』
「勿論行くよ!ーーーーもう会えないかと思ってたんだ!」
喜びを露わにするトム。
しかし、〈
「……彼を連れて行くのかい…?」
『ええ。……彼はまだ、私の客ですので。』
車掌の声を聞いて、〈
「……私は、彼はこのレベルに居るのが良いと思っている……。それが彼の為だと……。」
『理由を聞いても?』
車掌の問に、〈
「彼の話を聞いてはっきり分かったんだ…。彼は『
「「???」」
その言葉は、トムとカミーユには理解できなかった。
しかし、車掌さんと〈
「ほぉ………。なるほど…。」
『………。』
ーーーーそう呟いたのは、
〈
「キミたちなら分かるだろう。……この世界に『迷い込んだ者』の辿る運命は2つだ。…死ぬか、生きて脱出するか、だ。……しかし、『招かれた者』はココに2つの運命が加わる。ーーーー即ち、世界から与えられた試練に勝てず、しかし死にきれず、〈
〈
トムは何がなんだか分からなかったが、もしかすると今自分の目の前で、この世界の根幹に深く関わるような話が繰り広げられているのでは無いかーーーーと言う、朧げな予感が渦を巻いていた。
カミーユも、完全に会話について行けていないらしい。
そんな二人をおいて、話は進む。
「そして…恐らくは『成れない』だろう。…よしんば成ったとて、私は嫌だ…。世界より果て無き使命を与えられ、正しい生命としての理から外れた歯車へと、彼の様な子供が化してしまうのは。」
「ーーーーこのレベルでは、私が神だ。私が全てだ。…このレベルに居る限り、『世界』はトムに手出し出来ない。…しかし、一度外に出してしまえば、『世界』はトムを引き摺り込むだろう…。果て無き、ヒトを棄てさせる為の旅へと……。」
ため息混じりの声と共に、〈
暫くは、誰も、何も言わない。
ただ、微かな湿気を帯びた風がゆっくりと吹くのみだ。
『ーーーーーーしかし、彼はまだ『電車』の『乗客』です。私は、〈運行者〉としての役割を、この方に果たさなければ成りません。…ソレが、私の業務なのですから。』
湿った沈黙を破り、車掌が〈
「…彼は引き摺り込まれるぞ…?…そして、必ず試練に出会うだろう…。〈
その忠告は、ある種の悲壮感を帯びていた。
「無駄足を取らせて済まないが……キミたちは帰って欲しい。…私は彼を守りたいのだ…。彼を外の世界へ送り出す訳には行かないのだよ…〈
そう重々しく呟く〈
車掌は帽子のツバを持ちながら、〈
『ーーーーしかし、彼が私の乗客である以上、私は業務を全うしなければ成りません。……彼を渡して下さい、〈
〈
『……〈
ザワ……と湖面が揺らぐ。
ーーーーふと、ロトカの体が一回り大きくなった様な気がした。
その黒い体がどんどんと黒みを増し、まるで夜の闇のように真っ暗な影へと変わって行く。
一方で顔に輝く2つの白い目は、夜空に浮かぶ満月の如く、爛々とした光を放ち始めた。
息も詰まる程の重圧感。
スイレンの葉が恐れをなしたかの様に、自分で勝手に枯れていく。
遠くから此方を見ていたレベル240の子供達、そして、トムの隣にいたカミーユは、〈
「……不味い………〈
「え…??」
我に返ったカミーユが、トムの手を引く。
ツリーハウスの子供達も、見てはいけない物を視てしまったかのように、慌てふためきながら森の向こうへ身を隠した。
…………空が陰る。
ーーーーゴロゴロ……と、遠くから雷鳴の様な唸りが木霊してきた。
天候が変わろうとしているのだ。…変わる筈の無い、このレベルの天気が。
ミシミシと軋むような空気の中で、カチャリ……と車掌が、片手で銀の儀礼剣の柄を握る音が聞こえる。
ーーーー〈
ーーーー車掌も、彼を黙ったまま見上げ、その剣を抜こうとして…………
ーーーー両者の間に、〈
彼は水面の上に立ち、
そして、若干の冷や汗を頬に浮かべながら、2人に向かって口を開いた。
「落ち着いて下さい2人共…。今、アナタ達が争えば、
彼はお互いを交互に見ながら、言葉を続けた。
「…〈
唐突に〈
「あ…うん!はい。ーーーーあの……えっと…僕は、帰りたいんです…!」
トムはただならぬ空気を纏う〈
〈
「車掌さん達の話は正直、良く分かんないけど、僕は車掌さんと一緒に行きます!!ーーーーそうすべきだって…僕は思うから…!!」
〈
…その白い目の光が、強くなったり弱くなったりを繰り返していた。…恐らくは、悩んでいるのだろう。
やがて、何分にも感じる沈黙の後、〈
その闇より黒い体が、ゆっくりと薄く縮こまって行く。
同時に押し潰されるような重圧感も霧散し、空は元通りの明るさを取り戻した。
「分かった……分かったよトム…。ーーーー君は強いな…。君のような子供は、そうそう居ないよ…断言する。」
そう言って、〈
そして、黒い指先でトムの頭を撫でる様に軽く触る。
「…ーーーーーーー…。」
……不明瞭な呟き声が聞こえた後、不思議な温かさがトムの体にじんわりと広がった……気がした。
「……??」
首を傾げた彼に、〈
「
トムは顔を輝かせ、〈
「じゃあ……」
「あぁ……行きなさい。出口は此方だ…。〈The Metro〉へ繋いで置いたからね…。…お征きなさい……そして、どうか無事で居るんだよ……。」
ーーーー〈
アレが、このレベルからの出口なのだろう。
『………感謝します。』
車掌は〈
「今度は…彼を見失うんじゃないよ…〈
『分かっておりますよ。…迷惑をお掛けしましたね。申し訳ありません。』
重ねて謝罪と謝礼を述べた車掌へ向かって、〈
「…良いんだ。彼の望み通りに、私はすると決めた…。迷惑じゃないよ……ただ、祈るだけさ…。……彼の無事を…。」
その言葉を聞いた車掌は、車掌帽の位置を直すと〈
そして、カミーユ達へ手を振るトムと共に、ドアの向こうへ消えて行くのだった。
◇◆◇
「ーーーーーーーー行ったね…。」
……2人を送り出したドアが消えたのを見て、〈
〈
「…それにしても、『おまじない』とは考えたね。〈
〈
「ーーーーこのレベルの中なら、アナタは
そう言ってから、〈
「ーーーーおまじないの内容の
「………あぁ。」
〈
「…だが、ソレがどれ程の効力を持つかは未知数だよ……。叶わないかもしれない………。」
「ふむ………。」
〈
…やがて、彼は何か思いついたのか、軽く手を叩いた。
「じゃ、私も一肌脱ぐとしようかな。ーーーーアナタと運行者に認められた、強い心の持ち主…。ソレが失われるのは忍びないしね。ーーーーそれじゃ、変わらぬ良い日を!」
そう言って彼はニコッと微笑んだ。
そして、その場からパッと
あとには静かに佇む〈
ーーーー
因みに、ポリゴンフェイスリングは、トムが行方知れずとなっていた5日間の間に、既にレベル11行きの電車を見つけ、無事に帰る事が出来たらしい。
トムとしても彼の事は気掛かりだったので、無事に帰れた事を知れた時は嬉しかった。
………そして、
ーーーーーーーー思ったよりもずっと早く。
………音が聞こえた。
………金属のレールの上を疾走する、重々しい音が。
〈TheMetro〉の〈車掌室〉の中で、車掌と共に此れからの旅について会話していたトムは、車掌よりも早くその音に気付いた。
「……電車……??」
呟きながら立ち上がるトム。
ーーーー続いて、車掌もトムと同じ様に立ち上がる。
『……おかしいですね…。今は自由時間な筈。…私無しに動く電車など限られて………』
信じられないと言わんばかりに呟いて、車掌は車掌室から外へ出る。
トムも、彼の後に続いて車掌室から出た。
ーーーーズラリと並ぶ駅のホームの一角で、電光掲示板が激しく点滅を繰り返している。
其処には黄色の文字で、こんな言葉が踊っていた。
『
電光板を文字をサッと読んだ車掌は、驚いたように口を開いた。
どんな時でも冷静な態度を崩さなかった彼が、途轍も無く驚いている。
「……どう言う事なの?車掌さん??」
そう言って車掌を見上げたトムの頭に、車掌の手袋の付いた手が軽く置かれる。
「??」
首を傾げたトムに、彼は優しく話しかけた。
『
「お別れ?」
ーーーーーーーー瞬間、トムと車掌が立っている駅のホームに、凄まじい突風と雷鳴の様な音を立てながら、
「し、新幹線っ?!?!」
目を見張るトム。
微かな蒸気を纏って停車するソレは、ツヤのある真っ黄色の車体を持ち、何両編成なのかも分からない程に長い。
それを唖然と見つめるトムの前で、彼の眼の前のドアがゆっくりと開いた。
そして、その中からなんと、〈
「やぁ。ーーーー数年……いや、貴方達からして見れば数分ぶりだね。」
のほほんとした口調で片手を上げ、新幹線から降りる〈
特徴的なクラッシックの様な音楽が、トムの耳に心地良く響く。
『ーーーー〈
車掌が、これまた驚いた顔で、下車して来た〈
〈
彼の伸びに合わせて、少しだけ音楽にノイズが走った。
「いやーー、疲れた疲れた。……ロトカのおまじないを、ぜひ叶えて上げたくてね…。この世界を、端から端まで駆けずり回って来たんだよ。色んなツテを頼ってね。」
そう言って、彼は黄色い新幹線の車体を軽く叩く。
「ーーーーま、お陰でこの特殊車両を、何とかMetroに繋げられて満足さ。此処は、ほぼ時の流れが止まってるからね。…どれだけでも時間を掛けれたのは、有り難かったよ。」
ニコッと微笑む〈
車掌は呆れたように頭に手を当てた。
『…なんともかとも……。良くぞ其処までって思いですよ…。』
「なに。貴方のお客さんと、ロトカの願いを叶える為なら、コレぐらい出来る。ーーーー大変だったけどね。悪いけど、車掌室で休ませて貰うよ?」
『構いませんよ。今回ばかりは、貴方にしか出来ない様な大仕事をやって貰ったわけですから。……この特殊車両を呼び出す事に、果たしてどれほどの思考と試行を重ねたことか、想像に難くありません。』
明らかな尊敬の意が籠もった車掌の声に、〈
「ーーーーありがとう〈運行者〉。…『世界のルール』による縛りがかなり緩い私でも、今回は危ない橋を渡ったからね。…幾重にも
「…!ーーーーはい!!」
トムは促されるままに、新幹線に乗り込んだ。
すると、何処からともなくホイッスルの音が響き渡る。
ーーーー出発の合図だ。
「……ほんとにコレでお別れなの…?」
トムは車掌へ問い掛ける。
彼は車掌帽を軽く持ち上げて、笑った様だ。
『突然の事で信じられない気持ちも分かりますよ。…私も、まさかこの様な形で、貴方との旅が終わるとは思っていなかった。ーーーーしかし、コレで良いのです。貴方が危険を犯す必要はなかった。…但し、貴方が示してくれた覚悟は、無駄ではないですよ。その覚悟のお陰で、貴方は今まで生き延びてくれたのだから…。』
そう言って、車掌は手を振った。
後ろから、〈
『ーーーーでは、さようならトム・マクフライさん。お元気で。ーーーーそして、出来ればこの世界の事は忘れてください。…この世界での恐ろしい経験が、未来の貴方に影響を与える事が無いように。』
「…それはできないよ車掌さん!」
車掌がトムを気遣って言ったであろう言葉に、トムは思わず首を振っていた。
「確かに怖い目にも、痛い目にも遭ってきたけど、車掌さんって言う助けてくれた人とか、ポリゴンさんとかヘレンさんとか、この旅の事を忘れたくなんか無いよ!…初めての大冒険だったんだから!皆にも言うよ、こんな不思議な世界が合ったんだって!」
だからーーーーとトムは言葉を続ける。
「ーーーーだから、僕は忘れたりなんかしない!!絶対に!!」
その声を聞いて、車掌はにこやかに微笑んだ。ーーーー今だけは、その靄の掛かった顔が笑みを浮かべているのだと、トムははっきりと分かった。
『……そう貴方が思うのならば、それが良いのでしょう。ーーーーでは、時間ですよ。……行ってらっしゃいませ。』
ガタンと音が鳴って、新幹線のドアが閉まった。
そして、窓に張り付いて車掌達を見つめるトムの視界が、ゆっくりと横へ流れていく。
「車掌さん………。」
ーーーー流れる景色はどんどんと速くなっていく。
やがて余りの速さに、車窓から見る景色は長い線の集まりの様になっていき、何かを突き破るような轟音がして、トムの視界は光りに包まれたーーーーーーーーーーーー
◇◆◇
…
……
………
「あれ……??」
ーーーートムは、踏切の鳴る音で目を開けた。
辺りは、夕暮れのオレンジ色に光る陽光に照らされていて、トムは1人ポツンと踏切の手前で立ち尽くしている。
オレンジに染まる空は高く、自分の影は長く伸びていた。
「………僕は……」
ーーーーひっきりなしに鳴っていた踏切の音が、パタリと止む。
役目を終えたように、スッと上がる遮断器。
……結局、何も線路を通る事は無かった。
「……。」
なんだか、ポッカリと記憶に穴が空いたような心持ちで、なんとなく線路を眺めていたトムの後ろに、パトカーが一台止まる。
そして、其処からドーナッツを片手に持った小太りな警官が降りてきた。
「ーーーーーーーートム…マクフライ君かい……??」
警官からの遠慮がちな問い掛けに、トムは振り返る。
「はい。……お巡りさんは…??」
そうトムが返事をすると、彼はドーナッツを仕舞ってトムへ手を差し出した。
「…今まで何処に居たんだい?君を探していたんだ。ーーーーママとパパが心配しているよ。
「ーーーー!!!」
その言葉を聞いた瞬間、トムの脳裏に
ーーーーそうだ。自分は家へ帰るために、
「ーーーーはい!!!」
トムは満面の笑みで、警官の手を握った。
ーーーーーーーー彼は帰ってきたのだ。
「ーーーー無事、行ったね。」
〈
車掌もゆっくりと頷く。
『ええ。無事。』
ーーーー〈
「ーーーーしかし、トム君には悪いが、
『…ほう?』
車掌は〈
「仕方のない事だよ。…ロトカのおまじないには、2つの効果が合った。…1つは、トム君の脱出を助ける事。ーーーーもう1つは、彼がこの世界の事を忘れる事、だ。…あのロトカの事だし、貴方が考えた事と、同じ事を考えたんでしょ。この2つはセットだったから、1つだけを叶えさせるって言う器用な事は出来なかった。」
そう言って、〈
「ーーーーあと、
『……なるほど。また、会う可能性もある訳ですね…。』
車掌は、彼が言わんとすることを理解して、顎に手を当てた。
「そうだね。…ソレがいつになるかは分からない。もう、来ないかもしれないし、来たとしても今度は会えないかもしれない。ーーーーだけど、
『勿論です。ーーーーもしもその時が来たら、運命が彼を導くでしょう。…もっとも、来ない事が望ましいですが。』
「…ふふふふ…確かにそれが一番さ。」
〈
車掌も彼に続いて中へ入る。
そして、ドアはゆっくりと閉まった。
congratulations!
You have escaped from the back room!
…はい。
無理矢理感ありますが、終わりました。
最後の最後で文字数がドバーっと増えたぜ。たまらねぇぜ。…いや、マジ勘弁()
因みに補完の補完をすると、トムくんが居なくなってたのは現実世界では僅か1日未満です。
朝に消えて、夕方に発見されたって感じですね。
あと、『招かれた者』について少々。
ぶっちゃけコレは後付設定なんですが、招かれた者ってのは『ノークリップ以外の方法でバックルームに入った人』を指します。
具体的には、『自然発生したドアを使ってバックルームに入った人』ですね。…MEGのゲートは関係ないヨ。
この違いは、ノークリップが『自分からバックルームへ入り込んだ』なのに対して、ドアを使った侵入は『バックルームの方から入口を開いた』と言うことにあります。
そして、招かれた者はバックルーム自体によって奥へ奥へと誘われ(コレが試練)、やがて世界の深淵に近付き〈上位者〉に成ります。
そしてコレに本編を当てはめると、実はヒロインのジェニファーさんは『招かれた者』側になるんですよね〜。
たしかにあの人、猫ちゃん込みとは言え、やけにサクサク進んでたし、なんかホテルのレベルで、バックルームの真相に関わってそうな夢を見てたし、あのまま行けば多分〈上位者〉ルートでしたよ。
あと、トムが本編でバックルームに入った原因はノークリップです。
つまり、本編のトムは招かれてません。迷い込んだ者側です。
…だから本編でバックルームは殺意全開だったんですね。…生きて返さないつもりか、とか車掌さんに言われてましたし。
つまり世界は今回でトムを諦めたのかな?
それとも……?
まぁ、良いでしょう。良くないけど
では、また次回……があるかどうかは未定ですが()
一応、コレが暫定最終回??
いや…分からん。
また書きたくなったらどうせ書くでしょう!
では、サラダバーー!!