今日も船はやってこない。
赤らんでいる海の先に目を凝らすようにして見つめる、ツートンカラーヘアをフードで覆った少女は、いつものように、彼に届くと信じて喉をふるわせて歌う。
こうやって海の向こうに歌を届け始めてからの約十年足らずの間に、多くの曲を作りあげてきた。
ただ悲しみに暮れる日々を描いた歌や、この果ての見えない海への、消えずに残る憧れや期待を込めた歌、胸に燻る淡い想いなどの数々を楽譜に起こして、揺れる波に乗せていく。そんな日々がどれほど続いたか。
今日も太陽が沈んでいく。
何も変わらない灰色の日常を、後どれだけ過ごせばいいのだろうか。
「ダメだ、考えるな、考えるな!絶対に来てくれる。絶対に来てくれるはずだから。もうちょっとのはずだから!」
じんわりと目から滲んでくる涙をこぼさないように上を向き袖で抑える。
「泣いちゃダメ。ゴードンに心配かけちゃう。私は笑ってなきゃ。こんなことで泣いてたらルフィにも笑われる。」
戻った時に怪しまれないように気をつけて涙を拭うウタ。陽が沈むまでそうやって膝を曲げて座り込んでいる。
いつも、というわけでは無いがこうして夕陽を眺め見ながら耐えきれず泣いてしまうことがある。ゴードンでさえもおそらく知らないことだろう。
「そろそろ戻ろう。ご飯も作ってくれてる頃だろうし、心配して探しに来させるのも悪いしね。」
砂を払い立ち上がって暗くなった道を歩く。
街灯なんてあるはずも無く、月と星の灯りだけが島を照らしている。城なだけあり大きすぎる正面の入り口からでなく、裏手から入り自室へと向かう。
階段を登り、渡り廊下に差し掛かった時。
ペタペタと奥の方から聞き慣れない鼻歌と足音とが聞こえてきた。ゴードンの履く靴ではこんな音は出ない。
私とゴードンだけしかいないはずのこの場所で一体何故?と不安を感じ、思わず足を止める。
自身の体を抱くようにして腕を回し、足は片足を半歩引く。そして、じっと奥の建物の影から何かが現れるのを待つ。
影から抜け出した草履がこちらに歩を進める。
果たしてそこには、かつて飽きるほどにこの目に写した古びた麦わら帽子を頭に乗せた、少年がいた。
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「おめェがおっさんの言ってたやつか?」
風に揺れる帽子が飛ばないようにか手で帽子を押さえながら、目の前の男がそう尋ねてきた。
「・・・おっさん?ゴードンのこと?ゴードンが何か言ってたの?・・・・ていうか、あなた誰!?なんでこんなとこにーーーー」
見知らぬ男への戸惑いと、見たくも無い『あいつ』を思い出させるような帽子を被った相手に対して思わず声を荒げてしまう。
何故ここに、何が目的で、と問いただそうとした時、下から強めの風が吹いてきた。
咄嗟に目を閉じる。押さえずにいたためにフードが捲れてしまった。向こうの方は、「風つえーなー」なんて下を除き込んでいる。呑気な物だ。
身を乗り出して下を見ていたが、この暗さでこの高さだ。特に面白い物も見えなかったのだろう。視線をこちらに戻してきた。
「・・・・・お前、その髪・・、どっかで見たことあるような?・・・なあ!お前!なんていうんだ!?」
「はぁ?」
「名前だよ!名前!お前、めちゃくちゃ似てるんだ!俺の友達の、『ウタ』に!」
突然興奮したように両肩を掴んで満面の笑みを見せつけてくる。
「な!?なんで私の名前!・・・そっか、ゴードンに聞いたんだね!」
やめてよ。その顔で、笑いかけないで。夢にして、目を逸らしてるんだから。
「!!やっぱり!!おめぇウタなのか!なっつかしいな〜。覚えてないか?俺だよ俺!」
そんなわけないのに、期待しちゃう。
「な、何よ・・・。私には知り合いなんてほとんどいないよ。私にはもう、あいつしか・・・」
来るはずがないなんて私が一番わかって・・・・
「忘れちまったのか?俺のこと。『ルフィ』だよ!ルフィ!フーシャ村で一緒に遊んだだろ!!なんでこんなとこにいるんだ?音楽家になるんじゃなかったのか?」
は?
「嘘はやめて。」
「嘘じゃねえよ!」
「だって、だってルフィがこんなとこに来るはずが・・・」
どれだけ自分に言い聞かせても、あり得ないことを望んでいるなんてことわかってる。
仮初でも、幸せを感じたくて想像してきたことなのだから。
「いやー!船から落っこちまってよ!この島に流れ着いてきたんだ。そしたら、イイおっさんはいるし、久しぶりにウタに会えるし、ニシシシ!ラッキーだな!」
ほんとうに来てくれたの?
「ほんとうにルフィなの?ほんとうのほんとうのほんとうに?」
「あったりまえだろ!ナーニ疑ってんだよ!」
視界が滲む。うまく前が見えない。力まで抜けてきちゃった。
きて、くれたの?
・・・うれしい・・・!本当に来てくれたんだ。
感情が抑えきれない。ダメだと思っていても後から後から湧き出てくる。
「うっうぅ、あアあぁ、ぅわああアアあぁーーーーー!!!!!るふぃーい!ざみじっかったぁ!わたし、わ゛たし!ここにお゛いてかれて、ずっとあいたくて、ずっとうたってて、まってたんだよー!ううっえエぇーーーん!!!」
胸元に飛び込み、力の限り抱きしめる。
彼の温度を感じたくて、本当にここにいることを確かめるようにして。
どこにも行かないように、かたく、かたく抱き止める。
何かを察してくれたのだろう、何も言わずに胸を貸して頭を優しく撫でてくれる。
「いかないでよ...ここにいてよ...ルフィ...」
「・・・安心しろよ。何があったかは知んねーけど、泣きたけりゃ好きなだけ泣け。終わったらまた歌ってくれよ。俺、ウタの歌好きなんだ!」
「うんっ!うんっ!いっぱい゛歌うよ!!」
月明かりの下。悲しみからでない、喜びによる咆哮が島に響き渡る。
離れ離れだったけど、たしかな絆がそこにはあった。